『魔法使いは腕の中』

 

 心臓は、破裂しそうなほどに高鳴っていた。
 いっそ、破けないのが不思議なくらいの早さで鼓動を打つ。
 その癖、背筋に流れるのは恐怖ゆえに伝う冷や汗だった。

 ものすごく興奮しているのに、とんでもない緊張を強いられる一瞬――まるで大魔王バーンと戦った時みたいだと、ダイは思う。
 実際、ダイの放っている気迫はそれに匹敵するものだったに違いない。

 回廊で見張りの任務に就いていた近衛兵達が、夜遅くに突然、大魔道士の部屋に行こうとする勇者を止めるどころか、質問すら投げかけなかった。

 パジャマ姿の上に、片手に毛布を、片手に枕を持った姿は、どう見ても尋常ではないのだが……それに文句を言える程の『勇者』は存在しなかった。
 近衛兵達はどこか怯えた顔をして、素直に道を譲る。

 やたら思い詰めた顔をしたダイはいつものように彼らに挨拶をする余裕もなく、そのまま螺旋階段をのぼっていく。
 その先にある扉を、ダイは勢いよく開いた。

 そこにいるのはラスボスならぬ、大魔道士にしてダイにとっては唯一無二の親友、ポップ。

 もう寝るところだったのかすでに寝間着姿で、ベッドに俯せに寝転んで本を読んでいたポップが、驚いたような顔をしてこちらを見る。

 途端に、ダイの鼓動の早さは、さらに高まった。
 気が揺らがない様に、ダイは用件だけを大きな声できっぱりと言った。

「今日、ここに泊めてほしいんだ、ポップ」

 それを言うためには、バーンに再戦を挑んだ時と同じか、あるいはそれ以上の勇気が必要だったのは、ダイだけの秘密だ。

 きょとんとした顔をしてまじまじとダイを見返すポップは、すぐには答えない。
 その顔を見ながら、ダイは祈る様な気持ちで答えを待った――。





 ポップと、一緒のベッドで眠ること。
 それは、ダイにとっては大切な日常の風景の一つであり、魔界にいる間、何度となく思い出しては焦がれた記憶の一つだ。

 どんなに不安で眠れない時でも、ポップと一緒のベッドでならよく眠れたし、安心出来た。

 だけど、あんなにも楽しみにしていたのに、そして、せっかく地上に戻ってきたというのに、ダイはまだ一度もポップと一緒のベッドで眠ってはいない。
 いや――正確に言うのなら、やりかけたことはある。

 あれは、魔界から戻ってきてすぐの頃だった。
 勇者の帰還を祝って、大勢の人が祝福してくれ、あげくにはパプニカ城を上げてのパーティが開かれた。

 だが、ポップはそれには参加しなかった。
 帰還してからずっと昏睡状態に陥って、眠り続けているポップを心配して、ダイはできるだけの時間を付き添おうと思った。

 それは、ダイにとってはごく当然の選択だった。
 大戦の最中も、ダイはポップとほとんどの時間を一緒に過ごしていたのだ。

 特に、ポップが魔法力を使い果たして昏睡状態に陥っている時は、ダイは決まって一緒に眠るようにしていたのだから。

 なにかというとパーティに引っ張りだそうとするレオナや三賢者達の目を盗んで、やっとポップの側に訪れることができたのは、戻ってきてから三日目の夜だった。

 本来ならば祝いの中心に立つに相応しい活躍をしたはずのポップは、誰もいない部屋の中で、一人、深い眠りに落ちていた。

 昏睡に陥ったポップがいつ目覚めても混乱しないように、深夜にも関わらず明かりを絞ったランプが点けられていて部屋を柔らかい光で満たしていた。

 いまだ起きないポップにがっかりしながらも、ダイはなんの衒いもなく、彼の隣に横たわった。

 ポップが目覚めるまで側にいたかったし、それが無理でも、できる間の時間は一緒に居たかったから。

 以前と同じように、意識のないポップの身体を抱きしめ――前との違いに当惑してしまった。

(ポップって、こんなに小さくて……細かったっけ?)

 実際には、ポップも以前よりも成長している。だが、ダイの成長が彼に追いついてしまったせいで、まるでポップが小さくなったかのような錯覚を感じてしまう。

 前はずっと大きく感じていた身長は、今はほぼ同じか、下手するとわずかとは言え低いぐらいになってしまっている。

 体付きが細っこいなとは前から感じていた感想だが、身長が同程度になってしまうとなおさら強く感じてしまう。

 ほっそりした華奢な体付きや腕に、なんだか、レオナに抱きしめられた時を思い出して、妙にドキドキしてしまう。

(そう言えば、ポップって寝ている時に見ると、女の子みたいだよな)

 本人に言ったら、メチャクチャに怒るだろうから決して言う気はないが。
 だが、実はそれは大戦中から抱いていた、密かな感想だった。

 起きている時はオーバーなくらいコロコロ変わる表情にごまかされて目立たないが、顔立ちだけを見るなら結構整っている。

 すんなりと細い眉の下、思っていたよりもずっと長い睫が伏せられているのを見て、ダイはなんだか落ち着かなくなった。

 何か、身体の奥の方からムズムズする様な、じっとしていられない様な――そんな変な感じが込み上げてきて、たまらない気分になってしまう。
 なにかをしたいのに、なにをどうしていいのか良く分からない。

 しかし、頭は初めての事態に混乱して熱を出しそうなぐらいにパニックを起こしているのに、身体の方は正直だった。
 気がつくと、絶対に離さないとばかりに強くポップを抱きしめていた。

 そうすると、心臓がよりいっそうドキドキするのに、不思議に心地好い。
 何一つ抵抗しない身体が嬉しくて――もっとと力を込めかけた時に、ポップが身動ぎした。

 ちょうど昏睡から普通の眠りに切り替わる時だったのか、今まで人形の様に抵抗しなかったポップが動きだした。

 わずかに身体を動かそうとするポップを抑えようと、ダイは無意識に力を込めたらしい。ポップは苦しそうに眉をひそめ、小さく声を漏らす。

「…っ……ん…」

(あ……っ!?)

 自分の中に生まれた欲望に罪悪感を覚え、ダイは慌てて手を離した。
 今まで、ダイはポップが昏睡から目覚めるのが嬉しくて堪らなかった。

 一緒に寝る時は、ずっとその瞬間を待ち続けていたのだし、ポップが普通の眠りに移れば心から安心できた。

 だが――今、ダイが感じたのはポップの抵抗を疎ましくさえ思う、そんな身勝手な欲望だった。
 ポップが昏睡していようといまいと関係なく、強く抱きしめていたいという思い。

 大戦中だったら、ポップが昏睡から覚めたらすぐに腕の力を緩め、楽にさせてあげようと思えたのに、今は違っていた。

 ポップが目覚めても、嫌がっても、無理にでも『なにか』をしてしまいと思ってしまう、強い感情。
 それを自覚した途端、ダイは慌ててポップから離れ、逃げる様にベッドから抜け出した。
 それっきり、ダイはポップと一緒に眠ろうとはしていない。
 起きている時は、別にいい。

 いつものポップと遊んだり、笑ったりする時は、『なにか』をしたいだなんて忘れている。
 一緒にいられるだけで楽しいし、満足できるから。

 でも、眠っているポップと一緒にいると――あの時に感じた『なにか』を、続けたいと思わずにはいられなくなってしまう。
 ダイは、それが怖かった。

 たとえ、ポップが嫌がったりしても無理になにかをしてしまいそうな気がして、そんな自分が信用できなくて。
 未練を感じつつも、一緒に眠る機会は涙を飲んで避け続けてきた。

 だが、今日ばかりはそうはいかない。
 今日ばかりは、どうしてもポップと一緒にいたいのだ。

「……ダメ、かな?」

 返事がなかなか戻ってこないのに痺れを切らして、ダイは恐る恐る聞く。
 実際には、そう対して時間は経ってなどいないのだが、緊張しきっているダイにとってはとてつもなく長い時間のように思えた。

「いや、そりゃ構わねえけど……なんだよ、その毛布は?」

 戻ってきた答えが否定的なものではないのにホッとして、ダイはやっと部屋の中へ踏み込む勇気が持てた。

 いつもはノックもせずに飛び込んでいるのだが、今はなんだかひどく意識してしまってぎくしゃくする。
 それをごまかそうと、ダイは一直線にソファーに向かった。

 持参した毛布と枕を乗せ、ごろんと横になる。
 そして、そのまま一気に眠るつもりだったが、思いがけずポップから待ったがかかった。
「お〜い? 泊めろって、そこのソファーで寝る気か?」

 呆れたようなポップの声が、聞こえてくる。

「うん、そうだけど」

 ポップが心配だから、ポップの側に居たい。
 それは、ダイにとってはどうしても譲れない一線だ。

 昼間、ポップが具合が悪そうにしているのを見て以来、心配でたまらなくって、どうしても落ち着かない。

 放っておくと夜も眠らずに無理しかねないポップだから、側にいて、ちゃんと眠るのを見届けたいと思う。
 この感情に、疚しい思いなど一点もない。

 だけど、ポップになにかしてしまいそうなのが怖いから、一緒のベッドには寝られない。
 その中間を取って同じ部屋のソファーで眠る――ダイにとっては珍しく頭を使い抜き、さんざん考えたあげくに思いついた、ベストと思える選択だった。
 が、ポップはそんなダイの努力をあっさりと無にしてれた。

「……何考えてんのか知らないけど、寝るならベッドにしとけよ、ダイ。そこじゃ風邪引くし、後で身体が痛くなるぞ」

 その誘いに、ダイは意識するより早く跳ね起きていた。

「え……っ!? い、いいの?」

「いいのって、他にどこで寝る気だ、おまえは? ほら、来いって」

 ごく当たり前の様に、ポップは毛布を軽く持ち上げて、自分の元に誘う。
 それを目の当たりにしてしまっては、もうとても拒絶なんてできっこない。
 むしろいそいそと、ダイはポップの元に向かう。

「う、うん」

 やたらドキドキとしながら、ダイは大きめのベッドに潜り込む。
 以前、宿屋などで使っていた小さめで狭いベッドと違って、この部屋にあるベッドはやけに大きくてゆったりしている。

 ポップやダイどころか、大の大人が2、3人は優に眠れそうな広々とした大きさだ。
 触れ合わずに並んで眠れるその大きさに、安堵とちょっとばかりの残念さを感じつつも、ダイはポップに背を向けて壁の方を向いた。

「……なんでおまえ、そっち向いてんだよ?」

「い、今はこっち見たい気分なんだっ」

 嘘だと、自分でも分かっている言い訳を口にする。
 本当は、ポップの顔を見ていたい。
 ポップをもっと、うんと強く抱きしめたいと思う。

 一つに、解け合ってしまえるほどに。
 相手をむさぼり尽くしたいと――そんな、飢えるような欲望がダイの中に生まれてしまっている。

 実際にポップを目の前にしたら、それが我慢出来なくなるような気がして、怖かった。
 あの時、昏睡に陥っているポップを前にしてそうしてしまった様に抱きしめて――ポップに拒まれるのがなによりも怖かった。

 緊張し、身体を強張らせながら必死に横たわりつつ、ダイは自分で望んでやっていることとは言え、べそをかきたいような気分に襲われる。

(前は、こんなんじゃなかったんだけど……)

 ポップは大事な友達で、誰よりも一番身近にいてくれる仲間で。
 ポップに抱きつきたい時は、いつだってそうできた。
 一緒のベッドで眠るのも、平気だった。

 今でもそれは変わらないはずなのに、なんでこんなに落ち着かなくなるのか、ダイには分からない。

 二年前との差に当惑を感じずにはいられないダイだが、ポップはそんなのは一切感じていないらしい。
 ちょっと憎らしくなるぐらい、のびのびとしたままだ。

「壁なんかが見たいのか? 変な奴」

 そうじゃない。
 そんなの、全然違う。

 だけど、それをどう伝えたらいいのか分からなくて、頭がごちゃごちゃになったまま固まっているダイに――細い手が、巻きついてきた。
 背中から抱きついてくる確かな感触に、ダイの心臓が跳ね上がる。

「わわわっ、な、ななにすんだよっ、ポップッ!?」

 焦って、顔と身体だけを捻って振りむくと、悪戯っ子のような笑顔で笑うポップと目が合った。

「昔の仕返し、だよ。おまえ、よくこうやっておれに抱きついて寝てたろ? おれがいっくら離せって言っても、ずっとこうしていたじゃないか」

「あ……」

 ポップの言葉に、忘れかけていた記憶が不意に蘇る。
 今の気持ちが強すぎるから、昔に感じていた思いはたいしたことないと思っていたが――考えれば、そうだった。

 二年前だって、ダイはポップを強く抱きしめたくてたまらなかった。
 ただ、今ほどはっきりとした衝動や欲望を意識していなかっただけで。

(……そう言えば、ポップが嫌がってもがいてたのを、強引に抱きしめて寝た日もあった気がする〜)

 ダイは二年前の自分と今の自分との差におたついてしまったが――ポップから見ると、結局、なんの進歩もなかったらしい。
 一気に顔が赤らむのを感じながら、ダイは慌てて謝った。

「ご……、ごめん、ポップ。おれ、前、すっげー迷惑だったね」

「何を今更。おまえって、今でもじゅーぶん迷惑だって」

 的確に突っ込まれ、ダイはもはや言葉もなく呻くばかりだ。

「うぅっ……」

 考えてみれば、その通りだ。
 今にも、迷惑だから出て行けと言われるのではないかと身を縮めていると――思いがけない言葉がかけられた。

「それに、嫌じゃなかったさ。本気で嫌だったら、メラゾーマを打っていたって」

 心臓が、今まで以上にとくんと撥ねる。
 幻聴かと思うくらいに嬉しい言葉に、ダイは我慢できずに振り返った。
 惜しいとは思ったが、ポップの手を振り切って真正面から向かいあう。

 ポップは時々、嘘をつく。
 強がって本音を隠したり、心配をかけまいとごまかしたりと動機は様々だが、本気で嘘をつく気になったポップを見破るのは難しい。

 だが、ダイはなんとなくそれを見抜ける。
 純真の資質を持つダイは、直感力に優れている。

 本音を隠されてしまえば真相を見抜くのまでは無理だが、相手が嘘をついているか、本当のことを言っているかは、見分けがつく。

「……ホント?」

 今の言葉の真偽を確かめる為、真正面から向き合って尋ねるのには勇気が必要だった。
 もし、これがポップ一流の優しい嘘で、ダイを気遣ってそう言ってくれているのだとしたらと思うと、怖かった。
 しかし、すぐ目の前にいるポップは、嘘やごまかしのない笑顔で気楽に言ってのけた。

「ああ、本当だ。嫌だったら、今だってベッドになんか入れないぜ?」

 そう言いながら、ポップはスッと手を伸ばしてきて頭を撫でてくれる。
 昔、よくそうやってやったように。

 子供扱いされているようなその扱いは、ちょっと腹立たしい気もするけど、くすぐったい程に嬉しくて、気持ちがいい。

「あ〜あ、やりにくくなったな。やっぱ、チビな方が可愛いかったぜ」

 変わらない笑顔に、変わらない優しさ。
 それが、たまらなくうれしかった。
 だが――。

「ひどいなあ! ……でもさ」

 思い切ってダイは、ポップに抱きついた。
 前と、同じじゃ嫌だ。
 それだけじゃ、我慢などできない。

「あ、こらっ」

 文句を言ってポップが振りほどこうとするのが分かったが、それは本気とは程遠い抵抗だ。

 魔法を使おうともしない抵抗など、ダイにとっては簡単に封じ込められる。
 両腕の中にポップを閉じ込めて、ダイは心から満足して笑う。

「なんか、こーやって抱っこすると、ポップは可愛くなった気がするね。前よりずっと楽に抱きしめられるようになったし」

 嬉しさのあまり、思ったままをそのまま口にすると、ポップの顔が見る見る内に怒りで真っ赤に染まる。

「――やっぱ、てめーは出て行け! ソファーで寝ろ!」

 途端に、邪険に追い払おうとするポップを、ダイはますます強い力でしっかりと抱きしめた。

「そりゃないよ、ポップ!? さっきはいいっていったじゃないかっ」

「さっきはさっき! 今は今だっ! 文句があるなら、廊下ででも寝ろっ」

「それだといくらなんでも風邪引くよっ!?」

「大丈夫だ、バカは風邪なんか引かないから! それより、いい加減に腕を離せっ!」

 文句をいい、もがき、ついでに足をバタつかせるくせに、やっぱりポップは魔法を使おうとはしない。

 本気じゃない抵抗をむしろ嬉しく思いながら、ダイはどさくさに紛れてよりいっそうポップにしがみついた――。

 





「ポップ? もう、寝ちゃった?」

 そっと尋ねた言葉に返ってきたのは、規則正しい寝息だった。
 さんざん暴れて文句を言った末、ポップは結局ダイの腕の中で眠ってしまった。

 さっきまでの抵抗が嘘の様に無防備に眠っているポップを見ていると、やっぱり心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 まだ、ダイにとっては未知の『なにか』……それが、すぐ手の届くところにあると思えるから。
 もし、ダイがその気になったのなら――この先に進むのは簡単な気がした。

 ……まあ、世間知らずの悲しさで男女の営みとかぱふぱふとか、その方面の知識には著しく欠けるダイだが、その分、彼には研ぎ澄まされた本能がある。

 戦いとなれば自然に竜の騎士の知識が目覚めて勝手に身体が動く様に、いざとなればなんとかなるという自信がある。

 今のドキドキ、もやもやした気分を解消するためにはそれをやるのが一番だと、理屈ではなく直感が教えてくれる。

 普段のポップならともかく、完全に寝入ってしまった今のポップならば抵抗なんかできるはずがない。
 それにもし抵抗したとしても、ポップの力ではダイにかなうはずがない。

 距離を置いているのならともかく、ここまで密着した状態では魔法を使って抵抗するなんて真似だってできまい。
 ダイの、思うがままなのだ。

 無理やりにでもポップの服を脱がせて、細い身体をあますことなく味わうのも。
 おそらくはまだ誰には許したことのない行為を、ポップの身体に刻みつけることも――。
 無防備に眠っているポップの耳元に唇を寄せ、ダイは小声で呟いた。

「安心していいよ、ポップ。そんなこと、しないから」

 正直に言えば、ものすご〜く心惹かれるのだけど。
 ホントのところ、このまま、即実行したくてたまらないのだけど。
 でも、ダイはもう少し、待つつもりだった。

 自分もポップも、もう少し、大人になるまで。
 ポップが大好きだという自分の気持ちは、もう変わらないだろうと確信はダイにはあるけど、でもそれを伝える方法となるとまだよく分からない。

 それに、ダイだけの問題ではない。
 ポップときたら、ダイの気持ちになんか全然気づいちゃくれていない。

 なにせ未だにマァムに片想いしている上に、恋愛については折り紙付きの鈍感さなのだから。

 そんなポップが、ダイの気持ちを受け入れてもいいと思ってくれるようになるまで待って――それからでも、遅くないと思える。

(だって、ポップは確かにここに……おれの腕の中にいるんだから)

 起こさない様に気をつけて、ダイはポップをしっかりと抱え直す。

「んー……」

 寝ぼけて吐息を漏らす声に煽られて、思わずぐらつきそうになった気持ちを、ダイは慌てて抑え込む。

 身体だけ欲しいのだったら、とっくに衝動に従っている。
 それでも我慢しているのは、それ以上を望んでいるからだ。

「待つよ。だって、おれ……全部、欲しいんだもん、ポップが」

 ポップの心も、身体も――未来も。
 そのどれもを、誰にも渡せない。悪いけれど、マァムやヒュンケルにだって譲る気なんてない。

 ポップの初恋の人であるマァムや、常にポップを守る立場にいるヒュンケルに負けたくないという焦りが、ダイの中にあった。
 これも二年前は感じなかった思いだが、最近は強く感じていた。

 昼間、ポップが自分とヒュンケルを間違えた時などは、特に強く。
 その焦りが強かったからこそ、不安を抱え込んだままでもポップの元に押しかけたのだから。

「怖かったけど……やっぱり来てよかったと思うよ」

 本人が意識していようと、いまいと、ポップはいつだってダイを助けてくれる。
 それこそ魔法の様に鮮やかに、ダイの悩みや苦しみを消し去ってくれる。

 一人抱え込んでいたモヤモヤや、誰かに先を越されるんじゃないかという焦りや、高ぶる感情がゆっくりと解けていく。

 残ったのは、ポップが大好きだと思う、温かい気持ちだけだ。
 ――緩やかな眠気がやっと込み上げてきた。

「でもさぁ……あんまり待たせないでくれると嬉しいんだけなあ……おれ、我慢とか苦手だし」

 そう言いながらも、ダイの顔に浮かんでいるのはこれ以上はない笑顔だった。
 ダイの腕の中が、どこよりも一番安心できる場所だと言わんばかりに、気持ち良く眠るポップの寝顔を見ていると、それだけで心の奥が震える程の満足感が込み上げてくる。

 今は無自覚なこの想いを、ポップがいつか、自覚してくれますように。
 それを祈りながらポップを手放さないようにしっかりと抱え直し、ダイもまたゆっくりと眠りに落ちた――。
 
 

                           END


《後書き》
 1万hitのキリ番リクエスト、『ベッドの中で』のダイバージョン! …実はこれ、正式なリクエストを受ける前にも、拍手で続きが読みたいとのご催促をもらった、実に幸運な作品ですっ。……し、しかし、これでリクエストに添った内容になっているかどうかは、いまいち不安なのですが(笑)


 『南の楽園』のように、最速でポップを押し倒すダイの話も好きですが、自分の気持ちを自覚する前の思春期なダイも好物ですv
 魔界でやり方を覚えてこなかったため、もやもやしつつもポップが気になって仕方のない勇者様。
 書いてて結構面白かったので、また無自覚ダイや鈍感ポップの組み合わせでお話を作りたいものです。
 
 

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