『百万回の誓いよりも』 |
「ねえ、ポップ……おれ、ポップが好きだよ」 以前よりも低くなった、だがいまだに子供っぽい口調の残る声が、真剣に愛を告げる。 なんの衒いもなく、真っ直ぐに。 「突然、何、言ってんだよ、おめえは?」 愛の告白……にしては、妙に唐突だ。 今日もてっきりそうかと思っていたのに、顔を合わせるなりそう言われるとは思わなかった。 「おれ、本気だよ」 「そりゃ、知ってるけどよ」 ダイは真顔で嘘をつけるほど、器用な奴じゃない。そんなのは相棒であるポップが、一番よく知っている。 それに、ダイがポップを好きなことなど、当の昔から知っている。 当たり前のように夜を重ねる関係になっているというのに、こんな風にあらたまっての告白には、嬉しいよりもなによりも、当惑が先に立つ。 「なあ、ダイ、なんかあったのか?」 そう聞くポップに、ダイは少しばかり悲しそうな顔をする。 「大好き、ポップ」 そう言いながら、ダイはポップの肩に手をかけ、顔を近づけてくる。 「ちょ…っ、なにすんだよっ、こんなとこでっ?!」 逃げかけて、後ろが木で遮られていると気がついたポップは、慌てて両手を突っ撥ねてダイを阻もうとする。 「大丈夫、誰もいないよ」 「いなきゃいいってわけじゃねーだろっ?!」 ポップの感覚で言えば、誰かに見られるかもしれない場所でキスをするなんて、論外だ。 いくらここが中庭の中でも奥まった場所で、人がほとんど来ないとは言ったって、ここは一応城の中だ。もし、侍女か誰かに見られたら、アッという間に噂が広がってしまう。 「とにかく、やめろったら!」 強く拒むと、ダイはそれ以上は無理強いはしなかった。だが、じっと、伺う視線をポップに投げかけてくる。 「……ダメ?」 捨てられた子犬のような目で見つめられ、ポップは溜め息をついた。 「――キス、だけだぞ」 「うん……っ!」 ポップの許可にパッと嬉しそうな笑顔になり、ダイは再び行動を開始した。 「愛してるよ、ポップ」 その囁きと共に、ダイとポップの唇が重なった。
「ん……」 ポップはあまり肺活量がある方じゃない。 息苦しくなってくると、ポップはいつもダイに合図を送って、一度、開放してもらう。 が、今日のダイは、いくらポップが背を叩いて合図を送っても、腕の力を緩めてはくれない。 痛い程、掴まれているわけではない。 キスもいつもよりずっと激しくて、まるで貪るように、貪欲にポップを求めてくる。 「……っ、……!」 必死になってもがき、だがそれでも通用しない抵抗に疲れてぐったりしかかってきた頃になって、やっとダイは口付けから開放してくれた。 「大丈夫、ポップ?」 (おまえのせいだっ、おまえのっ!) と、怒鳴り返したい気持ちは山々だったが、なにぶん息が苦しくて呼吸を整えるだけで精一杯だ。 「…ちょ…っ、ちょっとは、休ませろよ……何、焦って――んっ?!」 最後まで言い終わらないうちに、再び、ダイがポップの唇を奪う。 「ま、待てっ、ダイッ?!」 身をよじって、逃れようとしたのがかえってまずかった。 ポップが地面や木の枝で身体をぶつけないよう、最大限に気を遣ってくれているのは分かるが、草むらの上に押し倒された格好になって、ポップの焦りはますます強まった。 「愛してるよ、ポップ」 言葉と共に、ダイの手は休むことなく動く。しっかりと閉ざしたベルトをくつろげられ、上着の裾から直に手が潜り込んでくる感触に、背筋にゾクリとした震えが走る。 (ちょ…っ、ちょっと、待てよっ?! 最近、いくらご無沙汰だったからってっ?!) まさか、こんなところで本気でヤるつもりなのかと、内心焦りまくったポップだったが、ダイの手の動きはいつもとは違った。 薬を良く染み込ませた分厚いガーゼの上を、ひどく丁寧になぞられただけなのに、ズキンとした鈍痛を感じてポップは思わず顔をしかめる。 「やっぱり……! ケガ、してたんだね」 自分の方が怪我をしたような神妙な顔をして、ダイは慎重にポップを引き起こしにかかる。さっきまでの強引さとは真逆の気遣いに苦笑しながら、ポップはその手を借りて起き上がった。 「平気だよ、かすり傷だって」 「強がりばっかり、言うなよ……っ! 平気じゃないから、こんな風に手当てしてんだろ?」 ダイの抗議は、正しかった。 だが、ポップは気にしなくていいと証明するため、わざと傷の真上をぽんぽん軽く叩きながら、明るく言った。 「ちょっと、痛みが残ってるだけだって。傷自体はもう治ってるんだし、平気だっつーの。んな、深刻な面なんかしてんじゃねえよ」 いつものダイなら、ポップの軽口を聞けば全面的とまではいかなくても、納得して気を緩めてくれる。 「……おれ、ヒュンケルから聞いたんだ。ポップが、悪い奴に襲われたってこと。それに、レオナも教えてくれた。今の会議で、ポップがすごく大変な立場になっちゃってるんだって……」 (ヒュンケルも姫さんも、余計なことを!) 内心、ポップは舌打ちせずにはいられない。 幸い、怪我はたいしたことはなかったし、悪漢も単独犯であり、黒幕の存在はない。周囲の動揺を抑えるため、事件があったことさえ伏せるように通達しておいたはずだ。 「バーカ、そんなの気にしてるんじゃねえよ。大丈夫だって、オレは気にしちゃいねえよ、そんなの」 「でも、おれが嫌なんだ……! ポップが傷つくのも、それを我慢して隠して平気な顔して笑っているの、見るのも……っ」 ぎゅっと、強く自分を抱きしめてくるダイに、ポップは逆らいはしなかったものの、一言言った。 「おい、苦しいぞ」 不安でいっぱいいっぱいになっているダイは、力加減をちょっと忘れてしまっているらしい。 「ポップ……、愛してる」 「それ、さっきも聞いたって。おまえなぁ、いったい何回言えば気がすむんだ?」 「……何回、言えばいい?」 身を放す間際、耳元に囁かれる声音はゾクリとするような低音で、大人の男を感じさせる。なのに、真正面からポップを見つめる表情は子供の時の面影そのままで、なんともアンバランスだ。 悔しいことに、背はもうとっくにポップを追い越したダイは、顔立ちも子供っぽさが抜け落ちかけている頃だ。 少年から青年になりかった年齢になったダイは、昔から変わらぬ一途さのままでポップを見つめていた。 「――あと何回愛してるって言ったら、おれを頼ってくれる?」 真摯な思いを込めた、ダイの告白。 「おまえって、ほんっと、呆れるぐらいの単純思考だよな。そんなの、何回言ったっておんなじだろ」 「え?」 きょとんとした間抜け面をさらす勇者様に、ポップは分かりやすいよう、はっきりと言ってやる。 「おまえが千回……いや、百万回こっぱずかしい台詞を言ったからって、オレがおまえを頼るわけねえよ」 「え、ええぇっ?!」 思わずすっとんきょうな声を上げるダイに、ポップはさらに追い討ちをかける。 「それよりいい加減、手を放せよな。そろそろ、マジで昼休みが終わるんだよ」 身をよじって抜けだすポップを、ダイは止めなかった。……というより、身動きもできずに固まっていた、という方が正しい。 そのあまりのショックの受けように、城の方に行きかけていたポップも気になったのか、足を止めて戻ってくる。 「……だから、てめえは単純過ぎるって言うんだよ」 そんなポップのぼやきに、ダイは反応もできずにただただ、ぼーっとしているばかりだった。 「え? え? え……っ?」 「バーカ。んな言葉なんか言われなくったってよ――とっくの昔っから、オレはおまえに頼っているってえの。分かれよ、そんぐらい」 わずかに視線を逸らして早口でそう言うポップの顔は、赤く染まっている。
そして、ポップの姿がとっくに見えなくなってから、やっと状況を把握したのか、ダイの顔が赤く染まった。 「ポップ、ずるいや〜……」 気が抜けたような、文句がダイの口から漏れる。 それなのに、たった一言で、ダイが嬉しくてたまらなくなるような、魔法の言葉をいつだってくれる魔法使い。 「ホント、だからポップには適わないんだよなぁ……」 そう呟いて、ダイはこの上なく大切なものに触れるように、ポップにキスされた頬を抑えた――。 《後書き》 |