『マイ・スィート・ディジー おまけ2……埋め合わせの夜』

  
 

「ふっふふん〜、ふんふんふん〜っ、ふふふふん〜っ♪」

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、ダイはものすごく楽しげにベッドメイクをしていた。
 いや……しているつもりになっていた、というべきか。
 ダイのベッドメイクときたら、この部屋を昼間掃除した侍女が見たら嘆くに違いないであろう、実に乱暴で大雑把なやり方だった。

 だが、ダイの名誉のために言うのなら、ただ慣れていない上に苦手なだけで、真剣さとやる気はあるのだ。
 むしろ、有り余りまくっているほどに。

 なんと言っても、今夜はポップが泊まりにくる日だ。
 しかも、ただ来るだけではない。
 パプニカに戻ってから、二日後。残務処理やら報告に追われてバタバタとやたら忙しそうなポップは、昼に擦れ違った時、わざわざダイを引き止めて言ってくれたのだ。

『あのよ。今夜こそ、あの時の埋め合わせ……してやっから』

 後で、おまえの部屋に行くから――そう、ちょっと恥ずかしそうに言ったポップの顔が、忘れられない。
 もちろん、ダイに異存があるはずがない。というか両手を上げて大歓迎だ。

 だいたい、ポップの方からその気になってダイの部屋に来るだなんて、初めてと言っていい。
 というか、実際に初めてだ。
 いつもはダイが誘う一方なのだから。

 口説いたり、拝み倒したり、すがりついたり、甘えたり、泣き落としたり、強引に押し倒したりして、やっと、ポップとそーゆーことをやれるのである。
 それが、ポップの方から誘ってくれる日がこようとは。

(……生きていてよかった…………!)

 心の底から幸せを噛み締めながら、ダイはせっせとポップを迎える準備に専念する。
 ポップから初めて誘われる夜に夢中になっているダイは、今はまだ昼下がりだという事実も気にも止めなかった。

 いつでも使えるように風呂を支度し、ベッドに枕を置いては、ダイは真剣な目でそれの角度を計る。

(う〜ん、もっとくっつけた方がいいかな? いや、それともヤる時は邪魔にならないように、もっと別の場所においた方がいいかな?)

 ……真剣さと反比例して、ものすごーく下らないことを考えているものである。
 が、ダイは不意に目をカッと見開いた。

(そ、そうだっ)

 ことが終わった後、当然のようにダイとポップは一緒に眠る。だが、その際、枕がなかったとすればどうだろう。
 ベッドはダブルサイズ。だが、枕は一つにしておけば……。

「ねえ、ポップ。おれの腕を貸してあげるから、もっとこっちにきてよ」

 と、さりげなく腕枕に誘うことが可能なのではないかっ!
 ……そんなの、どこがさりげないんだっと、突っ込むであろう人間はここには残念ながらここにはいなかった。

 ぱぱぱぁ〜と物凄くいい笑顔になったダイは、さっそく余分な枕を箪笥の奥にしまい込む。……この辺は兄弟子譲りというべきか。
 ダイの中では、すでに準備は万端だった。

(ふっふっふふ♪ ポップ、早くこないかな〜っ♪)

 胸をときめかせながら、ダイはひたすらポップがくるのを待った――。

 

 


「悪ぃ! 遅くなっちまって……待たせちまったか?」

 と、そう言いながらポップが飛び込んできたのは、すでに月もすっかりと昇りきった夜中になってからだった。
 正直言えば、ダイは待っていたなんてものじゃない。

 昼下がりからずーーーーっとポップを待ち続け、食事を食べに行っている間にポップと擦れ違うのを恐れるあまり、夕食まで抜いたぐらいである。
 そのせいでおなかもぺこぺこだったが、ポップの顔を見た途端、いきなり満たされたような気分になる。

「ううんっ、待ってたけど大丈夫だよ!」

「今日に限ってトラブル続きでさ、なかなか仕事が終わらなかったんだ。待ちくたびれただろ?」

 そう言いながら、ポップはダイのすぐ隣に腰掛けてくる。
 体温さえ感じそうな程近くに、ベッドに並んで腰掛けてきたポップは小声で続けた。

「ホント、悪かったな。埋め合わせに……今日はおまえの言うこと、なんでも聞いてやるよ」

「………………っ?!」

 ポップの肩を抱き寄せようとした姿勢のまま、ダイは硬直していた。
 今、自分の聞いた言葉が信じられない。

(い、いま、ぽっぷ、なんていったっけ?)

 混乱のあまり、思考までもが硬直しまくっていた。
 あまりにも素晴らしすぎることが起こると、人間、それを受け入れきれないものらしい。
「……ダイ? どうした?」

 

 ポップが訝しげに聞いてくるまで、ダイは放心しきっていたらしい。

「あ……ううん、今、ちょっと、おれ、まだ魔界にいるのかなーって思っただけ」

 魔界では、ダイはさんざんポップの夢を見た。
 その中には、ポップ本人は決して言えないような性的なものも含まれている。
 想い人が、本来なら有り得ないほどに積極的に、エッチを誘ってくる……思春期男子特有の夢を、ダイもまた何度も見た一人だ。

 もしかすると自分はまだ魔界にいて、自分に都合のいい夢を見ているだけなんじゃないだろうか――。
 そんな妄想じみた不安を、一蹴してくれたのはポップだった。

「なに、バカ言ってんだよ。安心しろ、おめえはちゃんとここに……おれの隣にいるじゃねえか。
 大丈夫だ、ここは魔界なんかじゃねえ、地上だって」

 ポップの手が、かき混ぜるようにダイの頭を撫でる。変わらないその感触が、ダイに安心感と新たな歓喜を与えてくれる。

「うん……っ」

 ポップが隣にいるのなら、地上だろうと魔界だろうと構わない。
 やっと現実を受け入れて、ダイは思考を働かせだした。

「えっと……そうだっ、ポップ、お風呂に入る? おれ、支度しといたんだよ!」

 本音で言ってしまえば、ダイはポップの匂いが大好きなだけに、お風呂なんか後でもいいと思う。
 だが、ポップはどちらかと言えば風呂に先に入りたい派だ。といういか、それがマナーだと主張して、ベッドイン寸前でダイと揉めることも多い。

 まあ、ダイもポップが望むのなら別に風呂に入るのは構わないが、うかつに先に風呂に入るような時間を許してしまうと、ポップが逃げる可能性があるのが嫌なのだ。
 ……実際に何度か寸前で逃げられて、非常に悲しい夜を過ごしたことだって何度かある。
 

 だが、今日はポップの方だってその気なんだし、せっかく用意しておいた風呂を無駄にすることもないだろう。
 しかし、ポップは首を横に振った。

「いや、おれは今、入ってきたとこだから」

(あ、そう言えば、石鹸の匂いがするや)

 鼻孔をかすかにくすぐるその香りに、ダイはますますドキドキが強まるのを感じる。
 ダイとヤることを前提の上で、先にお風呂を済ませてからきてくれた――それはポップの本気度を示しているようで、躍り上がるぐらいに嬉しい。

 そのまま押し倒してしまいたい欲望を、ダイはなんとか堪えた。
 あんまりガツガツするのもよくないだろうと思うぐらいの、理性のかけらはダイにもあったのだ。

「そ、そうなの? じゃ、おれも入った方がいいかな?」

 お伺いを立てるように聞いてみると、ポップは「ああ、入ってこいよ」と軽く返してくる。
 一緒に入ろうよと誘いかける言葉が喉元まででかかったが、ダイは何とかそれも堪えた。
 今、ポップの裸を見たら、理性を抑えられる自信などない。それこそ、浴室でそのまま襲いかかってしまうだろう。
 せっかくの機会なのだ、できるのならもう少し頭を冷やして色々と考えてみたい。

「じゃっ、じゃあっ、ちょっとだけ待っててね、ポップ!」

 うわずった声で言いながら、ダイは駆け足で風呂場に向かった。

 

 


(なんでもってことは、なんでも、なんだよねっ?! 何をしてほしいって言おうか?)

 猛スピードで身体を洗いつつ、嬉しい悩みに、ダイはぐるぐると思考を巡らせる。
 ポップは、ひどく奥手だ。
 というか、未だに男と男で身体を交わすことにためらいや戸惑いが抜けきらないというべきか。

 そのせいか、ダイからの手を拒否しなくとも、自分から積極的に動くことは少ない。
 そのポップが、こんな風に言ってくるなんてそうそうあるとは思えない。なんとしても、このチャンスを思いっきり活かしたい  ダイがそう考えるのも無理もないだろう。

(あんなこととか、こんなこととか……そうだっ、一度はあれをやってみたかったんだけど、いっつも嫌がられてたもんなぁ。でも、今日ならポップ、やってもいいって言ってくれるかもっ)

 膨らむ妄想にわくわくしまくりながら、ダイは身体を拭くのもそこそこに全裸のまま風呂から出ようとした。
 が――。

 焦り過ぎたせいで、完全に締まりきっていなかった脱衣所の扉の隙間から、ポップの姿が見えた。
 座ったままで首をこくりこくりと不自然に揺らしているのは、うたた寝をしているせいだろう。

(ポップ……)

 ほんの数分、座っているだけなのに眠気に負けてしまう――それは、よく考えてみれば当たり前のことだ。
 移動呪文が使える上、大使の役割も持つポップはしょっちゅう外交のために各国を訪れるが、それはひどく大変な作業だ。

 ダイよりも格段に社会常識がある上、高い判断力と場を読んで振る舞う洞察力があるとは言え、ポップも本来あまり礼儀正しい方ではない。
 各国で失礼がないように振るまい、その上で外交上有利になるために交渉するのは、そうそう簡単なことではないのだ。

 そのせいか他国から帰ってくる時は、ポップは大抵ひどく疲れている。ただでさえそうなのに、帰国後はレオナへの報告や留守中の仕事の処理やらが詰まってるから、いつも以上に忙しくなる。
 それこそ、眠る時間を削っての作業になるだろう。

 にも関わらず、ダイのために時間をとってくれた。
 その気持ちは、物凄く嬉しい。それに、そんなポップが愛しくて、ますます抱き締めたい気持ちが高まる。

 だが――。
 少し考え、ダイはもう一度風呂場に戻って、冷水を頭から浴びた。

 

 


「ポップ、おまたせ」

 ダイが呼び掛けてから、俯き加減だったポップはやっと顔を上げて、しぱしぱと瞬きをした。

「ん……ダイ、遅かったじゃないか。烏の行水のおまえにしちゃ珍しいな」

 眠気を振り払うようにその場で立ち上がったポップは、ダイの姿を見てちょっと意外そうな顔をする。
 それもそうだろう、いつもなら風呂上がりには全裸、よくてもパンツ一丁で上がってくるダイが、きっちりとパジャマ姿で出てくるのは珍しい。

「おいおい、髪の毛ちゃんと拭かなかったろ、水がぽたぽた落ちてるぞ」

 呆れたように言いながらも、近付いてきてダイの髪を拭いてくれるのは面倒見がいいというか、お節介と言うべきか。
 が、ダイの髪の毛に触れたポップは顔をしかめた。

「なんだよ、おまえの身体、冷えまくってるぞ。風呂、入ったんじゃないのか?」

「あー、頭を冷やそうと思って、今、水を被ったから」

「なにやってんだよ、風邪引くだろ? あーあ、こんなに冷たくなっちまって……」

 文句を言いながらも、ポップはダイの濡れた髪をタオルでごしごしと擦ってくれる。
 それはそれで嬉しかったが、ダイが求めるのはそんな庇護される子供みたいな扱いじゃない。
 いつまでも、12才の子供のままじゃないのだ。

「じゃあ、ポップが暖めてよ」

 そう誘いをかけると、顔を赤らめつつもポップは素直に頷いた。

「ああ……。じゃ、ベッドに行くか?」

 そう言いながら、ポップはするりと上着を落とす。
 今日は割と盛装に近い服を着ていただけに、複雑な組み紐だの飾り帯がついた衣装だが、慣れているポップは楽々と脱いでいく。

 いつもは呆れるほど鉄壁に隠されている肌が、暴かれていく。
 自分を守る衣装を一つ一つ解いていくポップを、魅入られたようにじっと見つめていたダイだが、肌着だけになった時にその手を掴んで止める。

「――その先は、おれにやらせてくれる?」

「え……、い、いいぜ」

 ちょっと顔を赤らめつつも、ポップは嫌がらなかった。

「動いちゃだめだよ。おれが何をしても、目を閉じてじっとしてて」

 が、そう念を押すと、少しばかり不安そうに言ってくる。

「あ……あのよー、そりゃなんでも言うこと聞くっていったけどさ。あんま、変態っぽいことはヤだぞ?」

(ポップ……おれのこと、そーゆー風に思ってたのっ?!)

 一瞬、泣きたくなったダイだが、この場でそう言ったりしたら雰囲気というものがぶち壊しである。

「心配しなくていいよ、ポップ。変なことなんてしないから。
 だから、目を閉じて。……ね?」

 促すと、ポップは素直に目を閉じた。
 今のポップが身につけているのは、長衣の下に着る定番の薄い肌着一枚に、パンツだけの格好だった。

 男性向けの肌着は、裾の長いシャツと大差のないものだ。ほぼ膝までもあるほど裾がたっぷりしているが、普段は隠されている足がむき出しになっているのが目を引く。
 白く、透けてしまいそうなほど薄い肌着は、元々、肌と服の接地面を減らして長衣の線を綺麗に見せるために着るためのものだ。

 女性で言えば、シュミーズに当たる役割を持つ肌着であり、身体を隠すという目的には向いていない。
 どこから手を出してもいいよと言わんばかりに、無防備な身体をダイは見つめずにはいられない。

 時折、手がもじもじと所在無げに動くのは、恥ずかしさのせいだろうか。
 そんなポップを、ダイはお姫様だっこの形で抱き上げた。

「うわっ?!」

 何せ目を閉じていたせいで、何をされたのか一瞬分からなかったポップが驚きの声を上げて、反射的にダイにしがみつく。

 自分にしがみつく細い腕を楽しみつつ、ダイは出来るだけそっとポップをベッドの上に横たえさせた。
 続いて、自分もベッドの上に乗る。

「……!」

 気配でそれを察したのか、ポップが一際強くギュッと目を閉じる様子が、可愛かった。 ちょっと怯えたような様子を見せているのに、それでいて自分に迫る手を避けずにじっとしている姿が、ゾクゾクするほど男の本能を揺さぶる。

(ホントに、ポップのしぐさってすっごく可愛くて、たまんないよなぁ)

 そう思いながらダイはポップを抱き締め――そのまま、動きを止めた。

「……ダイ?」

 あまりにもダイが次の行動を起こさないのを不思議に思ったのか、ポップがぱっちりと目を開けた。

「だめだよ、ポップ。
 目を閉じて、じっとしていて。今夜はおれの好きなようにさせてくれるって約束だろ?」
 

 そう言いながら、ダイはポップの目の上に手を当てて塞ぐ。

「で、でもよ、こんな風になんにもしないでじっとしてたら、おれ、寝ちまうぞ?」

 当惑したようなポップの声の響きを楽しみながら、ダイは囁きかける。

「それでも、だよ。
 ポップ、今夜はずっと、目を閉じてじっとしててね」

「……いいのかよ?」

「うん。おれがそうしたいんだ」

 正直、ポップがほしいと思う。
 だが、それ以上にポップにはゆっくり休んでほしい。
 それが、ダイの思いだった。


「……バカな奴だな、おまえも。おれがこんな据膳差し出すなんて、めったにないのによ」
 

 くっくと喉の奥で笑い、それでもポップは身体の力を抜いてダイの腕に全てを預けてきた――。

 

 


(んー……気持ちいいや)

 ダイの腕の中で、ポップは安心しきってまどろんでいた。
 ポップとしては、こんな風にダイにただ抱かれているだけの夜がとても気に入っている。 世界中で一番安全な場所にいるかのような、安心感を感じる。心を解いて寛げる……心の底からそう思えるのは、ダイの側にいる時だけだ。

 ――だが、それはそれとして、ポップにも性欲ぐらいある。
 確かにダイに比べると淡泊かもしれないが、ポップとて年齢が年齢だ。性に貪欲になる夜ぐらいある。

(眠いことは眠いけど……ヤッてもよかったんだけどな)

 今日のポップは、実はそんな気分だった。
 疲れてはいるが、なんとなく身体の奥に熱がくすぶっているような感覚。そんな時は単に休むより、余剰な熱を吐き出した方がすっきりとして、よく休めるものである。

 それに、この間の自分だけイッたのにダイには放置プレイを強いたのは、さすがに悪かったなとポップでさえちょっぴり思ったし、その埋め合わせをしてやる気だってちゃんとあった。
 そして、それだけではない感情も――。

 ダイだから、許せるんじゃない。
 ダイが、いい。

 あの花園の中で本物のダイの手に触れられて、それがはっきりと分かった。
 思えば、ダイと誤認していた時でさえジュリアーノの手に対して、ポップは違和感や戸惑いを拭いきれなかった。
 確かに気持ちがよかったが、ただそれだけだ。

 後で本物のダイに触れられた時の、魂までもが震えるようなあの快感とは、比べ物にならない。
 ポップの過去の男遍歴を気にして、妙に苛めたり焦らしたりなんて真似は、ダイはしなかった。

 ついさっき、他の男に触られたばかりだと知っていたのに、ポップを責めるどころかこの上なく嬉しそうにポップを求めてきてくれた。
 ポップの身体や快感ばかりを気遣って、肝心の自分の欲望を盛り上げ過ぎて泣きべそをかいていた顔を思い出し、ポップはちょっと笑いたくなる。

 だが、あの半端な抱き合いで高ぶったのは、ダイだけじゃない。いつもだったら絶対に拒否するが……あの残り火が残っている今なら、うんとサービスしてもいいような気がしていたのだが。

(今なら、ダイのアレだって……くわえられそうな気がしたんだけどな)

 ダイが知ったら卒倒もののことを考えつつ、ポップは一つあくびをする。
 男にとっては永遠の夢の一つ、恋人からのフェラチオ――勇者とはいえ男には違いないダイもまた、そのロマンを持つものだった。

 その点については、ポップも同感だ。
 というか、同感過ぎて絶対に協力できない夢の一つだ。
 ポップの頭の中には、挿れられる側が奉仕する=女扱いされている、という明確な図式が焼き付いてしまっている。

 それだけに、ダイに控え目に要求されても絶対に嫌だと撥ね除けてきたし、ダイの方も未練タラタラではあるもののポップに無理強いはしてこなかった。

 それをいいことにポップは自分からのサービスはあんまりしない方だが……あまりに献身的に自分にサービスしまくってくれるダイを見ていると、何も返さないのが悪いような気がする時もある。

 が、ポップの性分として、自分から奉仕をしたい的な発言をするのなんて、プライドが許さない。
 そんな気分の時に、タイミングよくダイから誘いを向けられたなら……してやらないでもないかな、ぐらいの考えでいる。

 だが、ポップがそんな殊勝な気分になること自体がそうそうない上、はっきり言われないと分からないタイプのダイが、恋人のそんな微妙な駆け引きを読み取れるはずがない。 かくして、奥手なポップの控え目な据膳気分はいまだに役に立ったためしはない。

 今回のような大義名分があれば絶好の機会になったはずのだが、それを躱されたせいでなんとなく肩透かしをくらった気分だ。
 そのせいもあって、ポップにしては珍しい欲情はあっさりと眠気へと転嫁されてしまった。

(……ま、ダイがその気がないんなら、こんなの、別にこっちから言わなくてもいいよなー)

 ダイが知ったのなら、恥も外聞も捨てて、その気いっぱいなので全力でお願いしますと土下座しまくりかねない結論をあっさりと出したポップは、そのまま睡魔に身を任せる。 いつの間にか自分より逞しくなった勇者の腕の中で、ポップは心地好い眠りに落ちた――。

 

 

 

 規則正しい寝息を立てて、気持ち良さそうに眠るポップを見つめながら、ダイは幸せと不幸の絶頂を同時に味わっていた。
 ポップが側にいる……それだけで精神的にはものすごく満たされているし、幸せだ。しかも、こんなに安らかに自分の腕の中で眠っている。

 この一時を、夢のように幸せだと感じているのは事実だった。
 ――だが、下半身事情はそうもいかない。
 その気がないどころか、はっきりいってダイはその気でいっぱいだ。いっぱいいっぱい過ぎて、あちこちからはみ出てしまいそうなぐらいである。

(あぁああああああっ、ポップってば、そんな悩ましい吐息をっ?! おまけに、すっごくすっごくいい匂いするしっ、をををっ、あ、足なんかくっつけられると……っ)

 心臓が物凄い早さでドキドキと脈打ち、理性を裏切る暴れん坊将軍が隙あらば自己主張したがっている。
 ある意味で、この前以上の放置プレイというか、究極の焦らしプレイである。このような状況で眠れる程、ダイは心臓が強くない。

 だが、もったいなさすぎてポップから離れることもできない。
 というわけで、目をギンギンに血走らせながら、ダイはかちんこちんに緊張しつつ、必死に自分の欲望と戦っていた。
 ともすればポップをこのまま襲いたいという衝動が、沸き上がってくる。

(だっ、だめだっ、いくらなんでもっ。んなことしたら、ポップに嫌われちゃうよっ)

 自身の衝動と戦うのに必死になり過ぎて、とりあえず自分で自分の欲望を解消してしまえばいいという、ごく当然の思考すら浮かばない。
 ただただ、身動きを堪えつつ、ダイはじっとポップだけを見つめていた。

(目をつぶってると、睫、長く見えるよなぁ……)

 眠っていると普段よりも女顔が際立つポップだが、ダイが見とれているのは顔立ちそのものではなかった。
 すぴすぴと寝息を立てていたかと思うと、聞き取れないほど小さな寝言を呟き、ちょっと苦しそうに眉を寄せる。

 何か夢でも見ているのか、眠っているのに表情が動いているポップは、どんなに見ていても見飽きない。

「……ィ……」

 かすかに聞こえた寝言を、自分の名前と自惚れてみるのも楽しい。
 こんなにもポップが無防備な姿を晒し、身体を預けてくれる――その信頼を裏切りたくない。
 だから、今は、我慢しよう。

(でも、今度のポップのお休みの日には、絶対、おれから口説こう)

 ポップの次の休みが心から待ち遠しいと思うダイは、知らなかった。

 

 


 その頃、レオナが

「あーんっ、もう、仕事がたまっちゃってどうしようもないわ! もう、ポップ君には当分休日返上で働いてもらうしかないわね、こうなったら」

 などと独り言を言いながら、ポップをいかに籠絡して仕事を押しつけようと企んでいるかなど。

 

 


 知らないと言うのは、時として幸せなものである。
 かくして、ダイも、ポップも、色々と肝心のことを知らないまま、一夜を過ごすのであった――。
                                    END


《後書き》
 150000hit 記念リクエスト、最後のお話ですっ。
 しかし、ここまで書いてからやっと気が付きましたが……はっ、せっかくのR18リクなのにヤッてないですよっ?!
 うちのサイト基準では、……微エロ?(<-人にきくな)


 ま、まあ、とりあえず、なんとかハッピーエンドには辿り着けた気がしますが、どうなんでしょうかね。
 ひたすら我慢していたダイがこの時、ポップが内心考えていたことを知ったのなら、血の涙を流しそうな気がします(笑)
 

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