『マイ・スィート・ディジー おまけ2……埋め合わせの夜』 |
「ふっふふん〜、ふんふんふん〜っ、ふふふふん〜っ♪」 上機嫌に鼻歌を歌いながら、ダイはものすごく楽しげにベッドメイクをしていた。 だが、ダイの名誉のために言うのなら、ただ慣れていない上に苦手なだけで、真剣さとやる気はあるのだ。 なんと言っても、今夜はポップが泊まりにくる日だ。 『あのよ。今夜こそ、あの時の埋め合わせ……してやっから』 後で、おまえの部屋に行くから――そう、ちょっと恥ずかしそうに言ったポップの顔が、忘れられない。 だいたい、ポップの方からその気になってダイの部屋に来るだなんて、初めてと言っていい。 口説いたり、拝み倒したり、すがりついたり、甘えたり、泣き落としたり、強引に押し倒したりして、やっと、ポップとそーゆーことをやれるのである。 (……生きていてよかった…………!) 心の底から幸せを噛み締めながら、ダイはせっせとポップを迎える準備に専念する。 いつでも使えるように風呂を支度し、ベッドに枕を置いては、ダイは真剣な目でそれの角度を計る。 (う〜ん、もっとくっつけた方がいいかな? いや、それともヤる時は邪魔にならないように、もっと別の場所においた方がいいかな?) ……真剣さと反比例して、ものすごーく下らないことを考えているものである。 (そ、そうだっ) ことが終わった後、当然のようにダイとポップは一緒に眠る。だが、その際、枕がなかったとすればどうだろう。 「ねえ、ポップ。おれの腕を貸してあげるから、もっとこっちにきてよ」 と、さりげなく腕枕に誘うことが可能なのではないかっ! ぱぱぱぁ〜と物凄くいい笑顔になったダイは、さっそく余分な枕を箪笥の奥にしまい込む。……この辺は兄弟子譲りというべきか。 (ふっふっふふ♪ ポップ、早くこないかな〜っ♪) 胸をときめかせながら、ダイはひたすらポップがくるのを待った――。
と、そう言いながらポップが飛び込んできたのは、すでに月もすっかりと昇りきった夜中になってからだった。 昼下がりからずーーーーっとポップを待ち続け、食事を食べに行っている間にポップと擦れ違うのを恐れるあまり、夕食まで抜いたぐらいである。 「ううんっ、待ってたけど大丈夫だよ!」 「今日に限ってトラブル続きでさ、なかなか仕事が終わらなかったんだ。待ちくたびれただろ?」 そう言いながら、ポップはダイのすぐ隣に腰掛けてくる。 「ホント、悪かったな。埋め合わせに……今日はおまえの言うこと、なんでも聞いてやるよ」 「………………っ?!」 ポップの肩を抱き寄せようとした姿勢のまま、ダイは硬直していた。 (い、いま、ぽっぷ、なんていったっけ?) 混乱のあまり、思考までもが硬直しまくっていた。
ポップが訝しげに聞いてくるまで、ダイは放心しきっていたらしい。 「あ……ううん、今、ちょっと、おれ、まだ魔界にいるのかなーって思っただけ」 魔界では、ダイはさんざんポップの夢を見た。 もしかすると自分はまだ魔界にいて、自分に都合のいい夢を見ているだけなんじゃないだろうか――。 「なに、バカ言ってんだよ。安心しろ、おめえはちゃんとここに……おれの隣にいるじゃねえか。 ポップの手が、かき混ぜるようにダイの頭を撫でる。変わらないその感触が、ダイに安心感と新たな歓喜を与えてくれる。 「うん……っ」 ポップが隣にいるのなら、地上だろうと魔界だろうと構わない。 「えっと……そうだっ、ポップ、お風呂に入る? おれ、支度しといたんだよ!」 本音で言ってしまえば、ダイはポップの匂いが大好きなだけに、お風呂なんか後でもいいと思う。 まあ、ダイもポップが望むのなら別に風呂に入るのは構わないが、うかつに先に風呂に入るような時間を許してしまうと、ポップが逃げる可能性があるのが嫌なのだ。 だが、今日はポップの方だってその気なんだし、せっかく用意しておいた風呂を無駄にすることもないだろう。 「いや、おれは今、入ってきたとこだから」 (あ、そう言えば、石鹸の匂いがするや) 鼻孔をかすかにくすぐるその香りに、ダイはますますドキドキが強まるのを感じる。 そのまま押し倒してしまいたい欲望を、ダイはなんとか堪えた。 「そ、そうなの? じゃ、おれも入った方がいいかな?」 お伺いを立てるように聞いてみると、ポップは「ああ、入ってこいよ」と軽く返してくる。 「じゃっ、じゃあっ、ちょっとだけ待っててね、ポップ!」 うわずった声で言いながら、ダイは駆け足で風呂場に向かった。
猛スピードで身体を洗いつつ、嬉しい悩みに、ダイはぐるぐると思考を巡らせる。 そのせいか、ダイからの手を拒否しなくとも、自分から積極的に動くことは少ない。 (あんなこととか、こんなこととか……そうだっ、一度はあれをやってみたかったんだけど、いっつも嫌がられてたもんなぁ。でも、今日ならポップ、やってもいいって言ってくれるかもっ) 膨らむ妄想にわくわくしまくりながら、ダイは身体を拭くのもそこそこに全裸のまま風呂から出ようとした。 焦り過ぎたせいで、完全に締まりきっていなかった脱衣所の扉の隙間から、ポップの姿が見えた。 (ポップ……) ほんの数分、座っているだけなのに眠気に負けてしまう――それは、よく考えてみれば当たり前のことだ。 ダイよりも格段に社会常識がある上、高い判断力と場を読んで振る舞う洞察力があるとは言え、ポップも本来あまり礼儀正しい方ではない。 そのせいか他国から帰ってくる時は、ポップは大抵ひどく疲れている。ただでさえそうなのに、帰国後はレオナへの報告や留守中の仕事の処理やらが詰まってるから、いつも以上に忙しくなる。 にも関わらず、ダイのために時間をとってくれた。 だが――。
ダイが呼び掛けてから、俯き加減だったポップはやっと顔を上げて、しぱしぱと瞬きをした。 「ん……ダイ、遅かったじゃないか。烏の行水のおまえにしちゃ珍しいな」 眠気を振り払うようにその場で立ち上がったポップは、ダイの姿を見てちょっと意外そうな顔をする。 「おいおい、髪の毛ちゃんと拭かなかったろ、水がぽたぽた落ちてるぞ」 呆れたように言いながらも、近付いてきてダイの髪を拭いてくれるのは面倒見がいいというか、お節介と言うべきか。 「なんだよ、おまえの身体、冷えまくってるぞ。風呂、入ったんじゃないのか?」 「あー、頭を冷やそうと思って、今、水を被ったから」 「なにやってんだよ、風邪引くだろ? あーあ、こんなに冷たくなっちまって……」 文句を言いながらも、ポップはダイの濡れた髪をタオルでごしごしと擦ってくれる。 「じゃあ、ポップが暖めてよ」 そう誘いをかけると、顔を赤らめつつもポップは素直に頷いた。 「ああ……。じゃ、ベッドに行くか?」 そう言いながら、ポップはするりと上着を落とす。 いつもは呆れるほど鉄壁に隠されている肌が、暴かれていく。 「――その先は、おれにやらせてくれる?」 「え……、い、いいぜ」 ちょっと顔を赤らめつつも、ポップは嫌がらなかった。 「動いちゃだめだよ。おれが何をしても、目を閉じてじっとしてて」 が、そう念を押すと、少しばかり不安そうに言ってくる。 「あ……あのよー、そりゃなんでも言うこと聞くっていったけどさ。あんま、変態っぽいことはヤだぞ?」 (ポップ……おれのこと、そーゆー風に思ってたのっ?!) 一瞬、泣きたくなったダイだが、この場でそう言ったりしたら雰囲気というものがぶち壊しである。 「心配しなくていいよ、ポップ。変なことなんてしないから。 促すと、ポップは素直に目を閉じた。 男性向けの肌着は、裾の長いシャツと大差のないものだ。ほぼ膝までもあるほど裾がたっぷりしているが、普段は隠されている足がむき出しになっているのが目を引く。 女性で言えば、シュミーズに当たる役割を持つ肌着であり、身体を隠すという目的には向いていない。 時折、手がもじもじと所在無げに動くのは、恥ずかしさのせいだろうか。 「うわっ?!」 何せ目を閉じていたせいで、何をされたのか一瞬分からなかったポップが驚きの声を上げて、反射的にダイにしがみつく。 自分にしがみつく細い腕を楽しみつつ、ダイは出来るだけそっとポップをベッドの上に横たえさせた。 「……!」 気配でそれを察したのか、ポップが一際強くギュッと目を閉じる様子が、可愛かった。 ちょっと怯えたような様子を見せているのに、それでいて自分に迫る手を避けずにじっとしている姿が、ゾクゾクするほど男の本能を揺さぶる。 (ホントに、ポップのしぐさってすっごく可愛くて、たまんないよなぁ) そう思いながらダイはポップを抱き締め――そのまま、動きを止めた。 「……ダイ?」 あまりにもダイが次の行動を起こさないのを不思議に思ったのか、ポップがぱっちりと目を開けた。 「だめだよ、ポップ。 そう言いながら、ダイはポップの目の上に手を当てて塞ぐ。 「で、でもよ、こんな風になんにもしないでじっとしてたら、おれ、寝ちまうぞ?」 当惑したようなポップの声の響きを楽しみながら、ダイは囁きかける。 「それでも、だよ。 「……いいのかよ?」 「うん。おれがそうしたいんだ」 正直、ポップがほしいと思う。
くっくと喉の奥で笑い、それでもポップは身体の力を抜いてダイの腕に全てを預けてきた――。
ダイの腕の中で、ポップは安心しきってまどろんでいた。 ――だが、それはそれとして、ポップにも性欲ぐらいある。 (眠いことは眠いけど……ヤッてもよかったんだけどな) 今日のポップは、実はそんな気分だった。 それに、この間の自分だけイッたのにダイには放置プレイを強いたのは、さすがに悪かったなとポップでさえちょっぴり思ったし、その埋め合わせをしてやる気だってちゃんとあった。 ダイだから、許せるんじゃない。 あの花園の中で本物のダイの手に触れられて、それがはっきりと分かった。 後で本物のダイに触れられた時の、魂までもが震えるようなあの快感とは、比べ物にならない。 ついさっき、他の男に触られたばかりだと知っていたのに、ポップを責めるどころかこの上なく嬉しそうにポップを求めてきてくれた。 だが、あの半端な抱き合いで高ぶったのは、ダイだけじゃない。いつもだったら絶対に拒否するが……あの残り火が残っている今なら、うんとサービスしてもいいような気がしていたのだが。 (今なら、ダイのアレだって……くわえられそうな気がしたんだけどな) ダイが知ったら卒倒もののことを考えつつ、ポップは一つあくびをする。 その点については、ポップも同感だ。 それだけに、ダイに控え目に要求されても絶対に嫌だと撥ね除けてきたし、ダイの方も未練タラタラではあるもののポップに無理強いはしてこなかった。 それをいいことにポップは自分からのサービスはあんまりしない方だが……あまりに献身的に自分にサービスしまくってくれるダイを見ていると、何も返さないのが悪いような気がする時もある。 が、ポップの性分として、自分から奉仕をしたい的な発言をするのなんて、プライドが許さない。 だが、ポップがそんな殊勝な気分になること自体がそうそうない上、はっきり言われないと分からないタイプのダイが、恋人のそんな微妙な駆け引きを読み取れるはずがない。 かくして、奥手なポップの控え目な据膳気分はいまだに役に立ったためしはない。 今回のような大義名分があれば絶好の機会になったはずのだが、それを躱されたせいでなんとなく肩透かしをくらった気分だ。 (……ま、ダイがその気がないんなら、こんなの、別にこっちから言わなくてもいいよなー) ダイが知ったのなら、恥も外聞も捨てて、その気いっぱいなので全力でお願いしますと土下座しまくりかねない結論をあっさりと出したポップは、そのまま睡魔に身を任せる。 いつの間にか自分より逞しくなった勇者の腕の中で、ポップは心地好い眠りに落ちた――。
規則正しい寝息を立てて、気持ち良さそうに眠るポップを見つめながら、ダイは幸せと不幸の絶頂を同時に味わっていた。 この一時を、夢のように幸せだと感じているのは事実だった。 (あぁああああああっ、ポップってば、そんな悩ましい吐息をっ?! おまけに、すっごくすっごくいい匂いするしっ、をををっ、あ、足なんかくっつけられると……っ) 心臓が物凄い早さでドキドキと脈打ち、理性を裏切る暴れん坊将軍が隙あらば自己主張したがっている。 だが、もったいなさすぎてポップから離れることもできない。 (だっ、だめだっ、いくらなんでもっ。んなことしたら、ポップに嫌われちゃうよっ) 自身の衝動と戦うのに必死になり過ぎて、とりあえず自分で自分の欲望を解消してしまえばいいという、ごく当然の思考すら浮かばない。 (目をつぶってると、睫、長く見えるよなぁ……) 眠っていると普段よりも女顔が際立つポップだが、ダイが見とれているのは顔立ちそのものではなかった。 何か夢でも見ているのか、眠っているのに表情が動いているポップは、どんなに見ていても見飽きない。 「……ィ……」 かすかに聞こえた寝言を、自分の名前と自惚れてみるのも楽しい。 (でも、今度のポップのお休みの日には、絶対、おれから口説こう) ポップの次の休みが心から待ち遠しいと思うダイは、知らなかった。
「あーんっ、もう、仕事がたまっちゃってどうしようもないわ! もう、ポップ君には当分休日返上で働いてもらうしかないわね、こうなったら」 などと独り言を言いながら、ポップをいかに籠絡して仕事を押しつけようと企んでいるかなど。
《後書き》
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