『賞賛に値する』  ナーさん様作

    茴香またはフェンネル

 芹科 ウイキョウ属 地中海原産で平安時代に日本に渡来。葉っぱは凄く細い糸状。春から夏にかけて黄色い傘状の小さな花が多く咲く。古くはローマ時代から栽培されてきた野草。胃薬や香料などに使用されて、「魚のハーブ」とも言われ実際魚料理に使用される。






 

 大戦後から3年。それだけの月日が流れ、勇者ダイは地上へ帰還した。竜の騎士として強大な力を持つ者への戸惑いと畏怖の眼もあったが、小さな勇者が為した事への感謝と帰還に対しての歓迎の心を向ける者の方が多かった。この話は、それに関する一部である。

 商業と軍備が発達し、大戦当時「世界一安全な国」と称されたベンガーナ。ダイはその城下町の港へと足を降ろして、潮風の香りをかいでいた。その隣では、ポップが思い切り手を上に伸ばしていた。その様子にふっと頬を綻ばせて、ダイが港を見まわしながら言った。

「船旅なんて久しぶりだなぁ。…ベンガーナも。なあ、ポップ。ちょっとレオナに聞いたけど、一応ポップの住む村もベンガーナに入るんだろ?」

相も変わらず緑の魔法衣を着こなす彼は面倒くさそうに返事した。

「ああ、らしいな。俺は今まで気にしたことなかったんだけど…。にしても、お前も大変だな、各国への挨拶周りなんて。姫さんもアバン先生もいないし。」

ダイがどの国の勢力圏にも入れない今の状況下を指して言うと、ダイ自身は特に気にした様子もなく頻りに辺りをキョロキョロ見渡しては何かを探していた。

「まあ、そこら辺は仕方ないよ。俺はよく分かんないけど、セイジテキジョウキョウってのも難しいんだろう?」

あっさりと返事を返すダイが、ようやく遠目にベンガーナ兵士を見つけてその方向に歩き出す。その動きに少し遅れたポップは、ダイらしいようならしくないような言葉に嘆息しながらその後をゆっくりと追いかけた。

 

二人が乗っていた大型船の乗組員は荷物を運びながら何やら怒鳴り散らし、港町の露店からは歓声が聞こえてくる。カモメが飛び交う空は、あの日と同じく快晴で日差しが酷く熱い。どうやらこれから、ますます温度は上がるらしい。ダイはベンガーナ兵隊長らしき人物に案内されながら、これからの暑さを考えて内心げんなりした。数歩して追いかけてくるポップの方をチラリと見ると、どうやら彼も同じらしく眉を顰めてウンザリしたような顔をしている。

「もう少しで準備をさせた馬車がございますので、申し訳ありませんがそちらまでどうかご辛抱を。」

兵隊長らしき男は先導しながら、こちらを振り返って無表情でそんな事を突然言ってくる。それに胸が驚かされて、ドキッとしてしまう。思わず、こっちが悪い事をしてしまったような気がしてしまった。急いで手と首を横に何回か振り、気にするなということを伝えると男は静かに「そうですか」と言ってまた前を向く。なんとなく二人とも気まずく感じながらも、それでもベンガーナ城下町をキョロキョロと見ながらついていく。途中で小さな女の子やら若い男性やおばさんなど様々な人達に声をかけられては、周囲にいる兵士達に民間人は阻まれ、先を促されて男の後を追うということを繰り返す。

馬車を置いてある広場に入った時、また不意に男が話しかけてきた。今度はキチンと体を正面に向けて。

「ダイ殿、何時ぞやは我が国ベンガーナを救っていただき有難う御座いました。それだけではなく3年前の世界の危機を払って頂いた御恩、感謝してもしきれません。…このような事は陛下からも仰られるでしょうが、あくまでも個人で感謝を述べておきたいが為、私から申しました。それでは、ベンガーナ城への馬車をしばしお楽しみ下さい。」

そう言うと彼は敬礼をして、用意させていた馬車の扉を開けさせた。ダイはジンと胸が熱くなった。それに応じて無意識に服の中央を掴んでいたらしい、ポップが勢いよく肩を叩いてきてから気づいた。緑の魔法使いを見ると、彼は機嫌が良さそうにニッカリ笑って馬車の中を指さした。

「さあ、とっとと乗ろうぜダイ。ベンガーナの王様も首長くしてお待ちになってるだろうよ。」

「うん、そうだね。あ、そうだ。あの、平和は皆で守ったものですから。」

頷いて、馬車へ乗り込む…前に兵隊長に一言返す。彼は口を片方上げてニヒルに笑うと、綺麗な敬礼をしてくれた。馬車の窓からは、ベンガーナの人達が皆笑って手を振ってくれていた。それに何となく手を振り返すと、わぁと一段と歓声が高くなる。

じっと窓から眺めていたダイは、内心こういうのじゃなくてもいいけれど、もっと長いこと地上にいてもこうやって一緒に楽しくいられたらいいなぁと感じていた。

 

 頑丈な石造りの城の壁と、城を守るための大砲を始めとした兵器の数々。それと風通しが良くなるように設計されている窓の多さ。これこそがかつて「世界一安全」を誇ったベンガーナ城であった。その中の豪奢なカーペットが敷かれている先を、大戦時にお世話になったアキームに先導されながら進む。彼は3年前から変わらず冗談が通じない性質ではあったが、再会した時には涙を流して帰還を喜んでくれた。真面目で誠実な彼の様子と言葉は、裏がないのが分かるだけにこちらも余計嬉しくなる。

「ダイ殿がご帰還なさり陛下も大変お喜びです。もし宜しければ、謁見の後食事でも一緒にとらないかとの仰せです。」

それを聞いて、少し頭を巡らせて予定を確認した。ポップの方を見ると首を縦に振っている、特に差し障ることはないらしい。アキームに了承の意を伝えると、彼が少し頬を緩ませた。

「良かった、これでダメでしたらどうしようかと思っていたところです。」

「予定が合わなくても、それはアキームさんでもベンガーナ王のせいでもないだろう?」

「本当に堅物だよな、予定を確認しろって言われただけじゃねえか。」

ポップと二人でそんな事を言うと、またアキームはびしりと背筋を伸ばして「いいえ、私はお二人を陛下の元へお連れしろと申し付けられました。」と生真面目に返してきた。そんな会話に、大戦時と同じようにポップが呆れていた。

 

 応接間の何段か高くなっている所に、髭を蓄え頑丈そうな体を持つ一人の男が玉座に座っている。太い眉はつり上がりぎみで目は大きく、一目で荒っぽい男のイメージが伝わる。アキームはその男に敬礼をして、連れてきた二人を紹介する。

「陛下、お二人をお連れ致しました。予定はこの後ないようで、陛下のご希望通り昼食は一緒に召し上がることが出来るそうです。それでは失礼しました。」

「うむ、ご苦労だった。お前は下がって通常業務に戻っていい。」

「畏まりました。」

アキームは再び敬礼をして、応接間から規則正しい足並みで下がっていった。やがてベンガーナ王は玉座から立ち上がると、ずかずかと段差を降りてダイの真ん前に来た。そしてダイの両手を握って勢いよく何回も振った。

「よくぞ戻ってきた勇者ダイよ、大戦の事はいくら礼を重ねても足りぬほどだ。ヒドラがデパート前で暴れた時も、そなた達が解決してくれたと聞く。儂もあの時に学んだ事は多かった。どうか今日は、一緒に食事でもして色んな事を語りたい。そして、どれだけ復興したのかじっくり後で見ていってくれ。」

「あ、えっと。そんないいえ、あれは俺だけじゃなくて皆で力と心を合わせたから成り立ったことなんです。な、ポップ。」

「そうですよ、おうさ…陛下。平和は、俺たち直接戦っている奴らだけで手に入れたものじゃあありません。でも、丁度美味しそうな食事が頂けるならご相伴にありがたくあずかります。」

ポップが、最初に王様と言おうとして途中で言い直してからヘラリと笑って軽い口調でそんな事を言う。それを受けて、ベンガーナ王も豪快に笑いながら頷いた。

「ならば、まず食事の前にこの花束を送ろう。妃と共に選んだのだ。」

その言葉の後に、女官が一人黄色と白の花束を持ちダイたちの前に立って一礼をした。

「こちらは、カスミソウと茴香の花束にございます。どうぞお受取り下さい。」

流れのままに受け取ると、独特な香りが漂ってくる。あれ?何の香りだっけと思い出すと、ナイフとフォークを使って魚を食べる時に嗅ぐ匂いに近かった。しかし、訳が分からないからただ混乱して茫然としてしまう。思わず助けを求めてポップを見ると、彼も首を捻ってブツブツ独り言を言っている。

「…カスミソウは分かるけど、茴香?なんで魚のハーブなんだ?」

「なんだ、賢者のお前も知らぬのか。このカスミソウは「幸福」と地方によっては「感謝」の花言葉を意味し、この茴香は「賞賛に値する」だ。どうだ、そなた達にピッタリであろう。妃に相談して決めたのだぞ、まあハーブは贈り物というには若干この場所には不似合いに見えるかもしれぬがな。」

ベンガーナ王は目をパチパチさせてポップを見ると、ゴホンと一つ咳をして花束の意味を語ってくれた。手を大げさに広げて、ニヤリと笑う様はまるで小さな子供が悪戯に成功した時のように無邪気だった。

「賞賛に…値する。」

ポツリと呟くと、ポップがやれやれと首を振りつつダイのくせっけな頭を乱暴に撫でてきた。

「まあ、人一倍スゲー事を頑張ったってことだよ。うん、そんでお前はその黄色の花束に見合うことをして、ようやく帰ってきたんだ。さ、王様とお食事だ。みっともねえ食い方すんじゃねえぞ。」

良い事を言っていたはずなのに、最後に茶化された。思わずムッとして「なんだよ、それ」と言い返した時に、お腹の音が鳴り気恥ずかしくなる。その様子に、ベンガーナ王は別段気を悪くした雰囲気もなくまた豪快に笑う。ポップがこちらを密かに小突いてきて、ニッと笑う。フニャリと笑い返し、そっと抱えている花束を見ると何故だか今日見たベンガーナの人達を思い出させてくれた。

(終)


 ナーさん様から頂いた、素敵SSです!

 戦いが終わって、平和な世界に戻ってきた勇者の幸せな日常話です〜っ。魔王軍との戦いの最中ではベンガーナの人達に冷たい目で見られて悲しい思いも味わったダイが、暖かく受け入れられる話は読んでいて心がほっこりしましたv フェンネルにこんな意味合いの花言葉があるとは知りませんでしたが、ベンガーナ王の思いやりと意外な繊細さに感動。そしてもう一つ、密かに愛妻家なところにびっくりです♪  

 

次に続く
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