【刹那の君】

     


誰も訪れることの出来ない絶世の孤島――
アルゴ岬より続いていた、かつてのアルキード王国の名残。

今は荒れる海流と島を包む乱気流の為、住むものは何も無いまま世界に取り残されている。
一筋の光帯が尾を引いて、其処を訪れた。

背の高い、短い黒髪。
精悍な顔立ちの片頬に、引っ掻いたような十字傷。
簡素なマントと旅衣に覆われている逞しい肢体は、歴戦の戦士を示している。

意思の強そうな眉と強い力を秘めた黒曜石の瞳が見詰める先に、

佇む人影があった。

「久しぶりポップ」
微笑むと、相手も人好きのする明るい笑みを浮かべた。
「よ、一年振りだなダイ」
踝まである緑を基調とした魔道士の長衣を着た、ひょろりと三日月の様な佇まいの青年。
額に巻かれた山吹色のバンダナにクセのある長めの前髪が掛かっていて、吹く風に揺れている。

二人は互いに歩み寄り、固く握手をした後に肩を叩いて抱擁した。


「そっちの情勢はどう?」
「相変わらず膠着状態だな、流石にやらしい戦略吹っ掛けてくるぜ」

「こっちは今はちょっと劣勢かな、質より数で圧してくるから、でも大丈夫」

「本当に大丈夫か?」
「竜の騎士の名のもとに、精霊王へ協力を仰いだんだ。援軍すると返事か来たから。
新部隊もかなり実戦に慣れたし」

「そうか…でもヤバかったら直ぐに俺を呼べよ?」

「ポップこそ、必要なら俺を呼ぶんだよ!」
「……」
「……」
真剣に見合った後、ふ、とどちらからともなく吹き出した。

今、地上と魔界は同時に危機に晒されていた。

魔界ではヴェルザー本体の封印が融けかけていて、八分程解放されたその凄まじい力は魔界の全土を激しく震撼させた。
完全解放される前にそれを再び封印しようとする必要がある。

封印が崩壊しつつある事を見越して、地上ではヴェルザーの配下であるキルの本体と名乗る魔族が、
魔界の強力なモンスターの大軍勢を連れて侵攻を開始していた。


…最後の知恵ある竜ヴェルザーは、先の大魔王バーンが地上に君臨しようとした大戦を魔界から一部始終『視て』いた。

その圧倒的勝利を目前にしながら滅びたバーンの姿を。

そしてその最大の要因――己が地上侵攻にて最も難関の敵と成るだろうモノ…。

勇者とその仲間達の絆。

恐るべきは、

勇者とその傍らに立つ魔法使い。


だからこそ満を持して胎動した時、地上の戦力を分割させるために同時制圧の策を打って出た。


当時二十歳になったダイは心身ともに竜の騎士として充実していた。
ヴェルザーと対峙してもその身体能力に遜色無い。
しかし、魔界、地上を同時に守る事は流石に無理だ。

かといって、各個撃破していては両方とも手遅れとなる。

苦渋するダイに、此方の戦力も二分割した上で、
同時に戦力の育成を進める策を打ち立てたのは、ポップだった。

ヴェルザーの思惑を充分読んだ上で、
……あえて別れる道を選んだ。


ダイは魔界にて。
ラーハルト、クロコダイン、ヒム、チウを引き連れヴェルザーと対峙し、
ポップは地上にて。
マァム、ヒュンケル、レオナ、メルルと共にキル含む魔軍と対峙する。

各々かつての仲間を配置し、次代を育成。

戦力不足を補う。


互いの戦況は魔鏡を通じて行い、魔界でも地上でも動いて違和感無いチウ率いる遊撃隊を連絡網として活用した。

しかし本当に敵に知られてはいけない機密や、作戦報告などは、

ダイとポップが直接逢い話し合う。


最初の頃は頻繁なやり取りの会瀬があったが、
戦が激化するのと、補助する人材が育つにつれて、お互いの最適な判断上動く事が当たり前となった。


それから三年。

確かに戦局は一進一退、その指導者二人が抜ける事は一瞬足りともあってはいけない事だが……。


一年にたった1日。24時間。

ダイとポップは邂逅する。


それは、魔界と地上のリーダーとしてではなく。

ただのダイとポップとして。

それはどんなに新たな仲間が増えたとて、今右腕として支える存在が他に隣に在ったとて。

互いを求める変わらぬ二人の思いがそこにあるから。

三年前、違う世界に分かたれる時、
最後まで反対したのは、ダイだった。


「誓ったろ!二度と離れないって、手を、放さないって!」

しかし、かつて何処へも行くなと言った筈のその同じ口で、
ポップはダイに告げた。

「魔界へ行けよ、お前にしか出来ねぇ事があるんだ。
俺は足枷になりたくているわけじゃ無いからな!」

引き裂かれる痛みを知っている。

昔より強くなった絆。深くなった存在。

けれど、其れでもポップは世界を選んだ。


……ダイの為に。


竜の騎士としての存在理由をかなぐり捨てて、自分を選ぼうとしてくれたダイに。

本当は崩れ堕ちてしまいそうな程、心は震えた。


「行って、キッチリ片を着けてこいよ」


不敵な笑みは一層感情を押し隠し、
大事な存在を護る為に嘘を吐く。


ダイは、イレギュラーな竜の騎士。

天の祝福も、人々の理解も、魔界の居場所も、
与えられてはいない。

勝ち取らなければならない。


『行ってこい、ダイ』

ポップは繋いだ手を離した。

『行って、三世界にお前を知らしめてやれ』

正規の竜の騎士、バランでさえ成し遂げられなかったヴェルザーの完全鎮圧を。


その為になど自分の矮小なエゴイズムなど、棄ててしまえる。


ダイの為ならば。

己の唯一と。

身も魂も全てを傾けた勇者の為ならば。

 

三年たって、幾分多種な感情を慮ばかる事が出来る様になったダイは、
あの時のポップの想いを理解している。

だからこそ、この最終決戦の片が着くまでは、
己の心を固く封印した。


「さて…と、そろそろ時間か」

海に半分沈む夕陽は短い1日の終わりを告げている。

ポップは地面から立ち上がり、裾を払う。

その仕草は暗様に別れを示していて、
ダイの胸を締め付けた。

「ポップ」

ダイは数舜苦し気に表情を歪める。

本当ならば、

傍に在りたい。

その聲を、鼓動を、体温を

……一瞬たりとも。


「ダイ」

地に座ったままのダイに、ポップは右手を差し伸べた。


「うん」

その手を、繋ぐ。


(引寄せて、抱き締めて、そして…)

一瞬、解放しかけた焦げ付く様な荒れ狂う感情は、ダイの鳩尾の奥で押し潰され、
再び硬く凍らせる。


茜色の夕陽を背負い、逆光の陰となったポップの、夕闇を宿した瞳が。

彼には珍しく数多の感情を映して閃き、
そして奥へ消えたから。


その想いはもう、言葉にしなくても、解る。


繋いだ手の促すに導かれ立ち上がり、
頭一つ下のポップの顔を正面から見下ろした。

「早く、平和がくればいいね」

「俺たちで、こさせるんだ」

「うん、そうだよね」

上から降りてくる顔を、ポップは拒なかった。

ただ、繋いだ互いの掌に瞬間
力を込めて。


そして、分かたれた。

「また来年」

「此所で」

 

明日は知れない。
未来は見れない。
だからこそ、約束を交わす。


サヨナラも言わずに。


「頑張れよ」

ポップの言葉に、
ルーラで去る刹那振り返ったダイは、

太陽の如く晴れやかに笑った。

 

 

          【終】


 素敵なお話を、見ていただけましたか!? ふっふっふっ、こ〜んな素晴らしい作品を一番最初に見れて、しかも見せびらかす機会に恵まれるとはっ!! ああ、サイトにこんな楽しみがあったとはやるまで知りませんでしたよっ、毎日が新発見の連続ですぅっ。


 惚れ惚れする程男前なダイとポップ! 敢えて別れ別れの道を選んだ二人の年に一度だけの逢瀬...思い合っているのに、互いに気持ちを抑えあう切なさがたまりませんっ。
  ルドルフ様、本当に素晴らしい話をありがとうございましたぁっvvv 

 

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