『聖なる夜をあなたと』
    
 
 普段はロングスカートで覆っている膝小僧に容赦なく冷気が当たる。
 慣れない感覚は寒いというよりも・・・・・・恥ずかしい。
 ベンガーナのデパートで見つけた、緑の地に赤のチェックが入ったフレアスカート。
 
 
 彼が好んで身に付ける新緑の色合いに思わず手に取ってしまった。
 そのスカートに合わせて選んだアンサンブルニットとブーツ。

 勧めてくれた店員さんは「似合う」って言ってくれたけど・・・・・・普段しない格好は、かなり、不安。
 ドキドキしながら待ち合わせの場所に足を進めた。
 
 
 クリスマス色に染まった街は、かなり鮮やかだ。
 闇を照らすように温かなランプの色がともり、どこからともなく鐘の音や誰かの笑い声や歌い声が聞こえる。
 ああ・・・平和だな。

 思わず笑みがこぼれた。
 これが、アイツが取り戻してくれた平和なんだ。
 俺がこんな風に穏やかな気持ちで大切な人を待つことができるのも・・・・・・

 「・・・ごめんなさいっ!ポップさん。遅れてしまって。寒くなかったですか?本当にごめんなさいっ」

 想念を打ち破るように、声が届く。
 人ごみの中でもするりと心に届く声、そして姿。
 普段の穏やかな様子が嘘のように泣きそうな顔で駆け寄ってきたのは、大切な待ち人。

 生真面目な彼女のこと、きっと約束の時間の10分前には来るだろうと踏んでいたが、まさに予想通り。
 彼女を寒空の下待たせたくなくて。もっと言うと、待っている彼女を他の野郎どもに見せたくなくて。
 照れくさくて、決してそんなことは言えないけれど・・・・・・

 遅刻なんてしていないと、自分が早く着いただけだと開きかけた口が止った。
 慌てたように白い息を弾ませ、白い頬をピンクに上気させたその姿も。

 申し訳なさそうに潤んだ黒目がちの瞳も。
 いつもとは違う雰囲気を醸し出す服装も。
 全部、俺のためだと自惚れてもいいんだろうか・・・・・・
 

 
 
 「いや、俺が勝手に早く来ちゃっただけだから。それよりメルル、メリークリスマス!」

 いたずらっ子みたいな笑顔に心臓が跳ねる。
 ・・・・・・どうしよう。顔が・・・熱い。絶対赤くなっちゃってる。どうしよう、変な顔になっちゃっててポップさんに呆れられたら。

 「は・・・はい。メ・・・メリークリスマス」

 返事するのが精いっぱいな自分が情けない。

 「んじゃ、こんな寒いとこにいるのもなんだし、ご飯でも食べ行くか」

 笑顔と共に差し出された手に、胸が高まる。
 握られた手からポップさんの暖かさが伝わってきて。
 ・・・・・・ドキドキする。

 心臓が苦しくなるくらい早鐘を打っている。
 ・・・・・・私、このままドキドキしすぎて倒れちゃわないかしら。

 「それにしても、さすがクリスマス・イブだなぁ。すごい人出だ。気ぃ抜くとはぐれそうだな」

 ポップさんはいつもどおり飄々としてて・・・・・・
 恋人の聖夜(クリスマス・イブ)。

 旅の途中とか政務の合間とか、今までも二人きりになったことはないわけでは決してないけれど。二人で約束して出かけるのは、今日が、初めて。
 ・・・・・・ドキドキしているのは、私だけですか?
 

 
 
 「2名様でご予約のポップ様ですね。奥の部屋へどうぞ」

 重々しく告げられた言葉に思わず息をのんでしまった。
 「彼氏と一緒に行きたい店」と城の女官たちが噂にしていた店の、俺には分不相応な重厚さに思わず怯んでしまう。
 ・・・・・・メルルは喜んでくれるだろうか。

 こっそり横目で彼女を見る。驚いてはいるようだが、困惑した様子がないことにホッとした。
 ったく情けねぇ。

 どんなことをすればメルルが喜んでくれるか分からなくて、だけど直接聞く勇気も持てなくて、こんな回りくどいことをしているのだから。
 彼女に見つからないようにそっと溜息をついた。
 
 
 
 
 ・・・・・・ポップさんの様子が、変。
 気づいたのは、デザートを食べ終えて、食後の紅茶を飲んでいるときだった。
 さっきまで、ダイさんたちの様子とか、お仕事の状況なんかを面白おかしく話してくれてたのに。

 急に話が無くなったかと思ったら、黙り込んでしまった。
 どうしよう。ポップさんの話を聞くばかりで私が何にも話さないから、呆れちゃったのかしら。私のほうから話しかけたほうがいいのかな。
 
 
 

 ・・・・・・どうしようか。
 ポケットの中の四角い箱を握りしめる。
 調子に乗ってしゃべり続けていたのが嘘みたいに緊張する。

 今渡すか?もっと後の方がいいか?
 ってゆうか、コレ喜んでもらえるのか?
 まだデパートも開いてるし、メルルの好きなものを一緒に買いに行ったほうがいいのか?
 どうする?

 「あ・・・のぉ。・・・・・・ポップさん?」

 かけられた言葉に、はっと我に返った。
 目の前には少し身を乗り出しかけた少女。
 「神の瞳」とも称される黒曜石の瞳が俺だけをまっすぐに見つめている。

 普段は綺麗な光を放つ双眸は、今は、不安そうに揺れていて。
 馬鹿か、俺は。
 彼女にこんな表情(かお)をさせてどうする。

 「あのさ・・・メルル。よかったら、もらってくれないかな」

 さっきまであんなに悩んでいたのが嘘のように言葉が口からこぼれ、手が動いていた。
 本当に、メルルはすごい。
 俺の中のあるかないか分からないくらいの・・・・・・本当になけなしの勇気を掬いだしてくれるんだから。
 
 
 

 「あのさ・・・メルル。よかったら、もらってくれないかな」

 言葉と共に目の前に赤い箱が置かれた。
 え?

 「メルルにもらってもらえると、うれしい」

 え・・・・・・?

 「私に、ですか?」

 呆然とつぶやいた私にポップさんが顔を赤くしてうなずいた。

 「開けてみて」

 やさしい声に促されるように、リボンをほどく。
 中から出てきた石に思わず息をのんだ。

 彼を思わせる緑の石は淡い光を放っていて。
 そして、温かい魔道の波動を感じた。

 「ポップさん・・・・・・これ・・・エメラルドですか・・・・・・?」

 「そう。それにトヘロスを封じてあるんだ。護身札代わりになるんじゃないかなって」

 「トヘロス」は術者より弱い敵を近づけなくする呪文。大魔道士(ポップさん)がかけた呪文に対抗できる悪者なんているわけがない。
 私の身を案じて作ってくれた。

 「ありがとう・・・ございます」

 石に呪文を封じるにはかなりの集中力と時間が必要になる。政務に忙しいポップさんが私のために、私だけのために時間を割いてくれた。
 
 「ずっと身につけます」
 
 肌身離さず身につけて、ポップさんをいつも感じることができるものを贈ってくれた。

 「本当に・・・・・・嬉しいです」

 それだけ言うのがやっとだった。
 あとはもう、あふれる涙をこらえようとするのが精いっぱいで。
 こらえきれなくなった涙をぬぐうことしかできなかった。
 
 
 

 「ポップさん、これを受けとっていただけませんか」
 
 瞳は涙で潤み、頬は紅潮したまま。メルルが両手に乗るくらいの包みを取り出す。
 
 「なかなかうまく編めなくて・・・・・・」

 恥ずかしそうに俯くメルル。
 赤と緑のクリスマスカラーに包まれていたのは、緑の手袋。
 穏やかな温かみのある深い緑色。

 魔法耐性のある特殊糸で編まれているそれは、防具用とは思えないくらい細かな、凝った編みこみがされている。
 これまで世界をめぐってきて、いろいろな武器屋や防具屋、デパートを見て回ってきたけれど、こんな普通の・・・防具に見えない・・・「平和な」手袋を見たのは初めてだ。

 これだけの魔法耐性を持つ糸を探すのにメルルはどれだけの店を回ってくれたんだろう。
 こんなに凝った編み込みを施すのにどれだけの時間がかかっているんだろう。
 ・・・・・・糸を選ぶ間も、編んでいる間も。俺のことをずっと考えていてくれたんだろうか。

 「・・・・・・ありがとう。メルル・・・・・・これ、はめてみても、いいかな」

 はめてみて、予想以上の暖かさと魔法耐性、そして意外なほどの薄さに気づいた。
 これだけ薄ければ、はめたまま書類を書いたり決裁印を押したり・・・そんな事務仕事をすることも可能だ。
 決裁中に怪我人が出たとかで急に呼び出され、手袋を忘れて慌てて取りに戻るなんてことをしなくて済む。

 「本当に、ありがとうメルル」

 魔法使いであり政務事務官でもある、両方の俺を後押ししてくれて。

 「いえ。喜んでいただけて、うれしいです」

 ふわりとしたメルルの笑顔に、自分も笑顔になるのが分かった。

 「これ、このままはめててもいい?」

 このぬくもりを手放すことなど、できそうにもない。

 

 
 「すみません。ポップさんお疲れなのに、家まで送らせてしまって・・・・・・」

 忙しい彼に申し訳ないとは思いながらも、ポップさんの時間をまだ独り占めできることに喜んでいる自分がいる。
 はぁ・・・本当に私ってわがまま。

 「何言ってんだ。だいたい、本当は今日だって迎えに行くつもりだったんだぜ。いくら明かりが灯ってるとはいっても、夜だし危ないし・・・」

 そう、家まで迎えに来てくれると言ってくれたポップさんの厚意を遮って「待ち合わせ」を主張したのは私。
 人混みは決して得意ではない私が「待ち合わせ」の場所に願ったのはパプニカ城に一番近い広場の時計台の下。

 もちろん、パプニカ城で仕事をしている彼が来るのが楽なようにという意味もあったけれど、一番の理由はそこが「恋人たちの待ち合わせ場所」だったから。

 以前、そこを通りかかったとき、何組ものカップルが待ち合わせてて。自分にとってたった一人の人を待つ幸せそうな姿に「いつかポップさんとここで待ち合わせできたら」そう思ったのだ。
 まさか、それが本当に叶うなんてあの時は思いもしなかったけど。
 
 
 

 さっきまでの人混みが嘘のように、だれ一人いない石畳を歩いていくと、どこか温かみのある石造りの家が目に入る。
 木でできたアーチの前で立ち止まった。
 これで、今日(クリスマス・イブ)はお終い。

 まだ一緒にいたかったけれど。
 メルルをあまり遅くまで連れまわすわけにもいかない。
 分かってはいても、名残惜しい。
 
 このまま寒空の下、彼女を立たせるわけにもいかない。
 メルルに別れとオヤスミの挨拶をしようと口を開きかけて、ふと、アーチにかかっている緑色に気づいた。
 茶色の木にかけられた鮮やかな緑はとても目立つ。
 あれは・・・・・・もしかして・・・・・・

 「メルル、あれは?」

 指さした俺にメルルはにっこりと笑った。

 「ヤドリギという植物だそうです。クリスマスにはつきものだそうですね。今日、姫様にいただいたんです」

 ひ・・・姫さん・・・・・・
 脳裏に、にっこりと微笑むこの国の女王陛下が浮かんだ。
 恨むぜ。
 
 「ポップさん?どうかなさったんですか?」
 
 思わず額に手を当ててため息をついてしまった俺をメルルが心配そうにのぞきこんでくる。

 「あ、いや。何でもないんだ」
 
 目の前にはメルル、そして、彼女の上にはヤドリギ。
 ・・・・・・イタズラ・企み大好きなレオナの思惑に乗るのはシャクではあるが。

 それでもこの絶好のチャンスは逃したくはない。
 ドキドキするのを深呼吸で抑える。身につけたポーカーフェイスがこんなところで役立つなんてちょっと複雑な気分だ。

 「クリスマスになぜヤドリギを飾るか知ってる?」
 
 突然の俺のセリフにメルルが小首をかしげる。

 「う〜ん。何でしょう。魔除け、とかですかね」
 
 考え込み少し眉根を寄せる愛らしい表情に思わず顔がゆるんだ。
 
 「ハズレ」

 短く言って、メルルの白い頬に手を滑らせる。
 そのまま彼女の唇に口づけを落とした。

 「クリスマスにヤドリギの下にいる女性には、キスできるんだよ。」

 「オヤスミ」と、軽く彼女の肩を押して屋内に促す。
 呆然としたまま、覚束ない足取りのまま家に入ったメルルを確認すると、アーチに結わえてあったヤドリギをむしり取った。
 ヤドリギの下にいるメルルを見るのは俺だけでいい。
 
 ホッ一息ついて、思い出したように顔に熱がこもったのが分かった。
 思わず唇に手をやってしまう。
 柔らかい彼女の感触がよみがえってきて、思わずしゃがみこんでしまった。

 頬が熱い。
 ドキドキはおさまらないけど、それ以上に、うれしい。

 「悔しいけど、姫さんに感謝、かな」

 さっきはメルルに言わなかったが、ヤドリギの言い伝えは、実はもう一つあるのだ。

 『クリスマスにヤドリギの下でキスをしたカップルは永遠に結ばれる』
 
 「もちろん、ただの言い伝えで終わらす気はないからな、メルル」
 
 そうつぶやくと歩き出した。
 
                                

 クリスマスに頂いた、素敵な聖夜の物語ですっっvvvvvv 初々しい二人の初デートがもうたまらないです、しかもラストがまたいいです! ポップにこんな甲斐性があったとは(笑)
 サイトとしては、ダイポップ、もしくはポップマァムな方向を目指していますが、筆者はメルルも大好きなんです、これでも! 
 
 自分で書くと、いつも切なかったり、悲しい役どころにさせちゃいますが(心の底からすみませんっ)、幸せポプメル話には人一倍憧れが。ええ、人間自力で書けないもの程欲しくなるんですよねえ。
 紗綾さま、リクエストに見事に答えていただいて本当にありがとうございました!
 

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