『遥か彼方の桃源郷』    




 大切な仲間を守る為、大好きな友を救う為。
 その為に、彼らは震える足で前へと進んだ。
 倒れそうになる身体を、遠のいてしまいそうな意識で懸命に繋ぎ止め。
 ただ前へと、進んで行った。

 辿り付いた場所が、激戦地と知りながら。
 されど放たれた閃光を浴び、仲間達は一瞬で姿を消す。
 抗う事も、逃げる事も、友へ言葉を届ける事さえも……もはや彼らには出来ない。

 足元に転がる球体の数を見、青年は言葉を失った。
 球体の数は九つ。
【こ……此処は……?】
【だ、出せぇー!!】
【此処まで来て……役に立てぬとはっ……!】
 転がる球体から紡がれる声達に、対峙する男は不敵な笑みを浮かべる。
 顔に大きな亀裂が入ったかのような笑みに、球体の中から悲鳴にも似た声が上がった。
「くくくっ……!
 やはり息も絶え絶えで此処まで昇って来た者が多かったようだな」
 男の言葉も聞こえていないのか、青年は球体達を見つめるだけ。
 本来ならば、そんな事をしている場合では無いのに。 
 男の前で油断をすれば、一瞬で殺される事を理解しているのに。
 青年は、一つの球体を凝視するばかり。
 ジッと見つめれば、微かに見えるのは……少年の影。
 戸惑い、不安げに揺れている瞳。
 何かを懸命に伝えようと唇を動かし続けているが、声は男にしか届かない。
「くくくっ……くーくくくっ!
 そら、勇者はお前に逃げろと言っているぞ。
 仲間を捨て、友を捨て、己の誇りすらも捨てて逃げろと。
 出来るか? 出来ぬよなぁ……?

 貴様は、友の為ならば何度でも命すらも捨てられる男だからなぁ」

 紡がれた言葉に、青年はようやく反応を示す。
 上げられた瞳に宿る感情を正確に読み取れたのは、目の前の男だけ。
 男の発した言葉の意味を正確に読み取れたのも、目の前の青年だけ。

「貴様の足掻きも、これまで。
 久しぶりに面白い遊戯盤だった。
 人間を見下していた男は最後の瞬間に人間を助け。
 人間を憎んでいた男は息子の友を救おうと、己の血を分け与え。
 人間を玩具としか見ていなかった男は……」
 チラリと視線を動かせば、其処には漆黒の影が。
 己の頭部を片手に持ち、仰々しく礼をする。
【なっ……!?】
 球体から驚きの声が聞こえるも、聞こえている者は反応を示す事は無い。
 影は愉しげに嘲笑う。
「ボクも、まさかこ〜んな二、面白い事になるなんて思ってなかったヨ。
 魔法使いクン?」
 影の出現にも青年は驚かず、ただ一つの球体を握り締めるだけ。
 せめてこれだけでも守りたい。
 そんな決意を感じ取り、男と影は笑うばかり。

「最初の頃に比べ、貴様も学んできたようだな……
 貴様一人が幾ら足掻いた所で、この絶対的な力の差はどうにもならん。
 仮に……倒せたとしても、其処からの局面を引っくり返す事は不可能。
 ……何度試した?」
 最後の呟きに、青年の身体は大きく跳ねる。
 今まで以上の反応に、満足げな笑い声が響く。
「ボクの記憶が正しけれバ、三千五百七十六回……
 そノ内でバーン様を倒せた回数は三十二回。
 デ、魔法使いクンの身体が限界で倒れたのも三十二回。
 勇者クンが人間達によって血祭りに上げられた回数も……三十二回」
「止めろ!!」
 掠れた叫び声に応え、流暢な数字は止められた。
 青年の声によって訪れた静寂は耳に痛みを、身体に鈍痛を、胸に激痛を与える。
 それは此処に辿り付くまでに味わった痛み達が、どれも軽く感じる程。
【えっ……?】
【ど、どういう事……?】
 様子のおかしい仲間に気付いたのだろう。
 球体達から多くの疑問の声が上げられるが、青年にまでは届かない。

「そぉら、仲間どもが貴様を心配しているぞ?
 何か答えてやったらどうだ?」

 それに青年が応じる事が無いと知りながらの言葉。
 叫びたい衝動を堪えようと噛んだ唇に滲む血。
 伝う血を拭う事すらせず、ただ懸命に言葉を飲み込むばかり。

「おや? オやおやおや、おヤや〜?
 もしかして、今回は降参するのカイ?
 降参するのかい?屈服するのかい?」
「するのかーい?」

 言葉が早いか、行動が早いか。
 影の肩に乗る子供が愉しげに嘲笑い、世界を一変させる。
 ただ、子供の両手が虚空へ伸ばされただけで。
 其処に目には見えぬ扉があるかのように。

 戦いの地は、豪華な茶会の地へと変えられた。
 テーブルには香りの良い紅茶が存在を主張し、中央には四角い板が乗せられ、二つの駒が乗せられていた。
 箱の外には幾つかの駒が転がっているが、その多くはヒビが入っており、触れただけで壊れてしまいそうで。
 用意されている椅子には男と青年が座っている。
 最初からそうして居たかの如く。
 目の前の紅茶には目もくれず、青年は球体を握り締めるだけ。
 それ以外の物は、テーブルの上に置かれた籠の中。
 影は男の後ろに立っており、茶会の準備に動いている。
 片手に顔を持ち、片手にクッキーを持っていた。
 クッキーには赤い、紅いジャムが乗せられている。
 普段の状態ならば違う感想を抱けたであろうが、その色はあまり気分の良い物では無かった。
 それはまるで……

「くくくっ……どうした? 喰わんのか?」
 過去、一度だって青年はそれに手を伸ばした事は無かった。
 今までも、きっとこれからも。
 きっとそれは変わらない。
「毒なんて入って無いよ、毒なんて……ネ!」
 毒以外の物は入っている、とでも言いたげな子供の言葉にも青年は応じない。
 ただ、手の中の球体を握り締めるだけ。
 大切な宝物、大事な大事なたからもの。

「今回も、余の勝ち……だな。
 どうだ? そろそろ諦められるのではないか?」

 最初から存在しないのだ。
 勇者が大魔王を倒し、人の世で幸せな最期を終える事等。
 かの勇者が【人間】で無い以上、どうやったとしても。

 重ねられる言葉に、青年はゆっくりと顔を上げる。
 瞳に宿る強き閃光を見、男は浮かべた笑顔を一瞬ばかり消した。

 其処に居るのは、敗北者である筈なのに。
 何回でも運命に抗う挑戦者が、其処には座っていた。

「諦める? んな事、する訳がねぇだろう?
 あいつの為なら、俺は何度だって乗り越えてやるさ」
 苦しみも、悲しみも、己の死すらも。
 親友の為ならば何度だって。
 そして、何度だって同じ言葉を届け続けよう。
 何度だって隣に立ち、小さな背を押してやろう。


「俺は……あいつの、あいつだけの魔法使いだからな」


 笑い声が、部屋中に響き渡る。
 声の主は目の前の男と、影。

「面白い、本当に面白いなぁ!
 ただの人間が、此処まで強靭な想いを持つとは!」
 だからこそ、男の相手として相応しい。
 だからこそ、そんな相手を屈服させた時こそ。


 真の勝利に酔う事が出来る。


「貴様が己の意思で、コレを身につける時が楽しみだ!」
 手に持つは……漆黒の首輪。
 首輪には紅い字が刻まれ、時折常磐色に輝いていた。
 掲げられた品を見つけた瞬間、青年の表情は不愉快そうに歪む。
 浮かべた表情が面白かったのだろう。
 影は更に愉しげに身を揺らし、青年の傍らへと接近して来る。

「覚えてるだろウ? アレを君が自分ノ手で巻いた時……
 君の魂は、魔に染まル」

 そして、繰り返される悲劇と喜劇の終焉を意味する。

 それが……ルール。
 どれだけ極悪な行為をしたとしても、男はけして規律違反だけはしなかった。
 非道な手を好んで行う影も、違反ギリギリの行動を楽しんでいる節がある。
 青年もそれらを知っているからこそ、この勝負を受け入れたのだ。
 絶対的な力の差はあれど、規律の上では対等。
 だからこそ、こうして居られる。
 だからこそ、こうしてチャンスを見出しては手を伸ばす事が出来る。

「いつだって」
 握り締めた球体を優しく撫でながら、青年は言葉を発した。
 閉じた瞳に浮かぶのは、仲間達の笑顔と。
 酷く歪んでいる人間達の顔。

「人間達が勇者を化け物と言い始めたのは……」

 歪んでしまったのは、誰?
 世界が先か、住人が先か。

 それを正確に知る事は出来ずとも。

「俺が死んでから」

 予想する事位ならば、出来るから。


「つまり、あいつを精神的にも実力的にも止める事の出来る存在が消えたから。
 
 扱いが勇者か、化け物か。
 そのどちらに傾くかは、俺の生死に関わって来るって事だろ?


 なら、答えは簡単だ」


 死ぬ事によってその天秤が傾くのならば。


「本気で俺を追い詰めたかったら、殺しちゃ駄目だぜ。
 俺は絶対にダイを見捨てない。
 勇者でも、竜の騎士でもねぇ。
 ブラスの爺さんに育てられた、筋肉馬鹿で、魔法が下手糞で。
 普段は何も考えてねぇー癖に変なことばっか思いつく、正真正銘の大馬鹿野郎で。
 人間だろうとモンスターだろうと関係無くダチになれる。


 そんなデルムリン島育ちのダイを助け続ける為に。


 その選択がどれだけ難しく、困難であるかも知っている。
 何度でも、何度でも。


 生きて、生きて、生き抜いて。
 本当の最期を見届けるまで。


俺は、死なねぇよ!!


 魂からの言葉は力を持つ。
 発した存在が大魔道士ならば、尚の事。

「くっくくくっ……!
 ならば見せてみよ! たかが人間の分際で、何処まで世界を引っくり返せるのかをな!」

「あぁ! 見届けやがれ! たかが大魔王の分際が、人間甘く見るんじゃねぇーよ!」




「やれやれ、本当に君ハ……」
「大魔王の分際、なぁ〜んて啖呵切れる人間が居るなんてねぇー」


 
 言葉は力を持ち、力は確定している未来にさえも干渉して来る。
 その結果がどう転ぶかは、まだ誰も……知らない。


 葉月・ルナ様から頂いた、素敵小説です!
 うみねこ風味の、ポップvsバーン&キルバーンのスリリングなゲームの素晴らしさといったら、もう……っ!
 どんな状況に陥っても決して諦めず、世界もダイも救おうとするポップの諦めの悪さ! よりにもよって大魔王に向かって啖呵を切る、その度胸と不敵な台詞回しにしびれましたっ。ゲーム版うみねこの演出、真実の赤で語られるポップの決意が涙が出るほどかっこいいです!

 うわぁあ、やっぱり、ポップはこうでなくっちゃ……! 素敵なお話を、どうもありがとうございましたっvvv
 


◇神棚部屋に戻る


 

 

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