--------------------------【絶】-------------------------------------        




 敗者に、自由は無い。
 敗者に、願う事は許されない。

 敗者は、その全てを勝者へ。
 その肉体も、その心も、死すらも。

 全ては勝者の気紛れ。

 自由に扱えていた魔力は封じられ、武器の一つでもある偽りも無く。
 いっそ狂えてしまえれば楽になれるであろう現実(いま)
 それすらも出来ず、流れる日々を過ごすだけ。

 生きている、生かされている。
 死の自由すらなく、与えられるモノをただ受け入れるだけ。

 何度ソレをいらぬと拒否したか。
 何度ソレを止めろと拒絶したか。

 脳裏を過ぎる仲間達と比べ、自由ではあった。
 けれど、それらは何の慰めにもならない。
 むしろ自らの場所に吐き気すら感じる。

 逃げてしまいたい。

 少し前の自分ならば出来たかもしれない行為。
 これ以上、欲しくも無いモノを与えられ続けたくない。
 これ以上、己を保つモノを失い続けたくない。

 それでも……出来ない、出来る筈が無いのだ。

 唇が奏でるは大切な仲間達の名。
 心が宿すは大好きな仲間達の笑顔。


 彼らを想えば、まだ……壊れる訳にはいかない。



 たまには趣向を変えてみるのも一興。

 そんな事を言われ、謁見の場に集められた者達が表情を曇らせる。
 勿論、ポップ以外が分かり易く顔の筋肉を動かす事はしない。
 それでもそう言いたげである事位、バーンやキルバーンにはすぐに読み取れる。
 少し前ならば、確実に全ての感情を封じていたであろう濁った瞳も……今は多くの言葉を語ってしまう。
 己で律し、封じていた事さえも……
 ポップとて、その気になれば表情を動かさずに聞く事だって出来た。
 敢えて、感情のままに崩したのだ。


「バーン様、それは……?」
 さり気なくダイから最も遠い所に立っていたラーハルトが問い掛ける。
 その視線は玉座に鎮座した目の前の男、バーンへと向けられていた。
 手には妙に古めかしい小さな箱が乗っており、時折小刻みに揺れている。
 閉められている蓋には呪術的な文様が刻まれ、中から力が漏れ出るのを封じていた。
 何なのかは不明だが、何かが入っている事は確実。
 それによってもたらされる事柄が自分達にとって苦しみに直結している事位、容易に想像が出来てしまう。
 

 

「これか? これは東の大陸に住まうモンスターの一種らしい。
 暇潰し位の役にはたつだろう」
 箱を爪先で突っつき、バーンは笑みを深めるばかり。
 その視線の先には、浅緑の衣を身にまとった魔法使い。
 それだけで今回のターゲットが誰であるか、察する事が出来てしまった。


「このモンスターには面白い性質があってネ。
 常人を凌ぐ高い知能と戦闘能力によって暴虐の限りを尽くしてたらしいよ?」
 バーンの傍に立っていたキルバーンが愉しげに嘲笑いつつ、説明を加える。
「一度戦い始めちゃうと、相手か自分が死んじゃうまで、絶対に止まらないンだってさ」
「実際に見た事は無いけど、す〜っごいらしいよね!」


 キルバーンの肩に乗っているピロロが両手を叩き、期待に瞳を輝かせている。
 まさか、そんな相手と戦え。とで言いたいのか。
 少し前の状態ならばまだしも……今の状況では到底勝てる筈が無い。
 満足に戦う事も、己の身を守る事すら叶わぬ一行に。
 唯一、対抗出来るのは戦士組だけだろう。
 まさかそんな先が見え、呆気無く終わってしまう事をバーンがする筈が無い。
 もっと……更に恐ろしい事を考えているのだろうから。

「……誰かに、似ておらぬか?」
 高い知能と高い戦闘能力。
 どちらか、ならばこの場に居る全員が当て嵌まる。
 最初に『少し前ならば』というおまけ付きではあるが。
 その身に宿す膨大な力から繰り出される破壊力。
 必要に応じて的確な作戦を組み立てる事の出来る知力。

 そして何より、強敵を前に一歩も引かぬ姿。

「この箱にはな、幾つかのまじないがかけられてあってな。
 中に入っているモンスターと性質の似た奴に憑く、というモノだ。
 余の見立てでは……ヒュンケル、お主に憑くのでは無いか?」
 実際には別の人物を思い描いているであろうに、ワザとらしくそんな事を口にする。
 そうはならないと、分かっているであろうに。


「聡明で愚かな貴様達は……誰だと思う?」
 問い掛けの形を保ってはいるが、それに答えを求めては居なかった。
 ただ戸惑う一同を見、口にしただけの事。
「さて……こやつは一体誰を選ぶのか……愉しみだな」
 これから起こるであろう出来事を思い描き、大魔王は不敵な笑みを浮かべた。

 ゆっくりと開けられた箱より、飛び出したる黒き影。
 大きさは子供の拳程度の大きさ程しか無く、先程口にされた禍々しさは感じられなかった。
 それでも、油断出来る筈が無い。
 まるで並ぶ元勇者一行を値踏みするかの如く、影は周囲を飛んでいるのだから。
 すぐに目標は定められてしまった。
 まだ幼さが残る人間の子へと……影は一直線。
「っ!!」
 反射的にポップは足を後ろへ、ヒュンケルは前へと出ようとした。
 それは本人すらも気付かぬ程小さな一歩で。
 この場の絶対的支配者以外は、誰も気づかなかった。

 ポップの細い躯へと向かった影は器を手に入れる喜びからか、歓喜の咆哮を上げる。
 それに合わせて奏でられる悲鳴。
 一瞬で終了してしまったが、支配者の心を満たす音楽としては極上のモノ。
 ダイやレオナが少年の名を呼ぼうと口を開くも、実際には言葉として吐き出される事は無かった。
 ただ表情を歪ませ、全身を覆う影を見つめるだけ。
 そうする事しか許されていないのだから。
 

「くっくっく……余程相性が良いのかな? 饕餮(とうてつ)
 聞き慣れぬ名が箱の中に封じられていた中身の名前なのだろう。
 紡がれた名に反応し、閉ざされていた双眸が開かれる。
 其処にあったのは……優しい闇の色ではなかった。
 刺青によって封じられている魔力を感じさせる、獣の金色。


「相性? あー……まぁー……良いんじゃねぇの?」
 長く伸びた前髪を軽く払い、気だるそうに返事をする少年。
 ポップと同じ声なのは間違いないのだが、其処に込められた感情には大きな違いがあった。
「主もしばし食事をしてはおらんだろう?
 地上に降り、好きに喰うと良い」
 ただ食事を進めているだけならば、此処まで不安にはならなかったかもしれない。
 

「へー! お優しい事で!
 おれが『ナニ』を喰うのか……知らねぇー訳じゃねぇだろ?」
 ただの会話ならば、此処まで不安を覚える事もなかったかもしれない。
 この発言者が、このタイミングだったから……
 それだけだ。
 何度か頭の中で思い込もうとするも、それらは一度も成功せずに終わってしまう。
 相手も、それを理解した上で言っているのだろう。

「知っているさ。
 (みなごろ)しにしてくれば良い。
 好きなだけ、な」
 口にされた言葉を理解するまでに、数秒程かかってしまう。
 まさかこれで主食が果物や動物である筈が無い。
 この場に居る全員へ聞かせているのだから……
「っ……」
 最悪の考えに辿り着いてしまう。
 唾を飲み込む音が……妙に大きく聞こえた。


 まさか……


 声無き声が紡ぐ。
 それを感じ取ったのか、まるで亀裂のような笑みで親友は笑う。


 幾らか鍛えていたとしても、ポップは魔法使いなのだ。
 どうしたって、純粋な腕力では戦士には勝てない。
 そうであったのに。

 地上の様子を映し出す鏡の中、力で人々を捻じ伏せる少年の姿があった。
 自らの感情を隠す事を覚えた奴隷ですら、涙を堪える事は出来ない。
 其処で、ようやく理解してしまう。

 どれだけ、一人の少年に期待と依存を抱いていたのかを。
 認識してしまった、よりによって、こんな時に。

「ポップ……」
 知らぬ間に、言葉がヒュンケルの口から零れた。
 ラーハルトは鏡を見、己の獲物を握り締めるだけ。
 表面上には、特に変化は無い。
 その手が小さく震えているのを、見た者は居なかった。
 レオナは鏡から目を逸らし、零れそうになってしまう嗚咽を堪えるばかり。
 流れてしまう涙を……止める事はもう出来ない。
 ダイは、親友の見慣れた顔の見慣れぬ笑顔に戸惑っていた。
 胸に広がる多くの言葉は表には出ず、内で壊れていくばかり。

 少年は笑いながら、命を狩る。
 まるで当然のように、呼吸をするかのように。
 多くの美しき景色が、世界が、人々が。
 瞬く間に塵芥へと変化して行く。

 一通りの『作業』を終えた後、その国に隠れ住んでいた者達の命が散ったのを感じ取ったのか……ようやく動きを止めた。

 此処から先が真の目的であった事を……後に彼らは知る。


 地獄は……此処から。


 動きを止め、ジッと両手を見つめる黒き眼は……揺れていた。
 濡れる手を動かし難そうにしつつも、懸命に動かし続ける。
 まるでカラクリ人形のような動きで、何度も何度も。


「えっ……?」
 見慣れた色を発見し、言葉が喉からせり上がって来る。
 疑問と共に吐き出された呟きに、バーンは説明を加えた。
 聞きたくは無かった、知りたくなかった事実と共に。


「あのモンスターの食事、それは……器とした者の苦痛と絶望。
 これより、食事の時間だ」


「あっ……あぁ……あ……」

 鏡の中、一人迷子になってしまった少年は……段々と状況を認識して行く。
 震える眼で世界を見、手を濡らす色に事実を知り、魂を貫き……切り裂く慟哭に。


 絶望するばかり。



「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 この世に、これ程までに悲痛な叫びがあっただろうか。
 ソレは人にとっても、魔族にとっても……同じ事。

「おやおや、これであの魔法使いクン……壊れちゃったんじゃないカナ?」
「こわれーた! 壊れた!」
 愉快な見世物を見物し、死神は拍手する。
 その声は弾み、悲しみに彩られた部屋の中では場違いだった。
「ふっ……それならばそれまでの男であった、と言うだけの事」
 あの魔物の与える絶望で壊れるか、否か。
 バーンはキルバーンと賭けをしていた。
 そして、どちらも同じ方に賭けたのだ。
 賭けとしては成立していなかったが、二人はそれでも構わなかった。


 地上から戻って来た時、一同が見た物。


 それは……涙を流しワラウ、少年の歪んだ笑顔だった。






 こんな時、心から願ってしまう。
 『彼』がもっと……弱い人間であれば良かったと……
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ちょっとした補足さん。

饕餮・とうてつ。
実際は日本では無く、中国の魔物に近い。
四凶と呼ばれる一匹。
名前の意味は『饕』が財産を貪る。
『餮』が飲食を貪るという意味。
いわゆる『大喰らい』。
大変欲張りで財貨を貯めても消費せず、老弱な者から財産を奪う。
大勢の者は避けて、単独で味方のない者を襲う。
よく人語で喋るが、決して真実を語らない。
右なら左、赤なら白と反対の事や、間違った事ばかり言うとされている。

実際にはポップと似た性質を持っていないが、此処での共通点は高い知能と戦闘能力のみ。
趣味、と言われればそれまで。



 葉月・ルナ様から頂いた、素敵小説第二段です! ぬっふっふ、ふふふ〜、拙作「終りなきダークネス」が、予想もしなかった素晴らしい方向へ分岐したストーリーにっっ! バーン様、キルバーンの鬼畜っぷりに惚れ惚れしまくりましたよ! そして、なによりここまで地獄を見ておきながら、まだみんなの希望であるポップの慟哭に、感涙…! 本当に、素晴らしいお話をどうもありがとうございました!!! 


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