DRAGON QUEST ダイの大冒険
―指定席―

 

 大魔王バーンとの戦いから半年。
勇者ダイは地上へと帰ってきた。
 神々や精霊が住まう天界。そこにそびえる神殿の奥深く,癒しの封印の中で眠るダイを,二代目大魔道士・ポップが連れ戻してきたのだ。


 人々は歓喜し,世界中が祝賀ムードに包まれた。ダイが現在身を寄せているパプニカも例外ではなく,各国の王達とアバンの使徒が集まって,盛大なパーティーが催された。
 夜も更け,招待客も家路についた頃。ダイは城の屋上の一角で,ポツンと腰掛けていた。警備の兵も居らず,先程までの喧噪が嘘のような静けさの中,彼は月を見上げている。


「ダイ君」
 柔らかな声がした方に視線をやると,パプニカ王女・レオナが佇んでいた。さっきまで会場で片付けの指示を飛ばしていたのだろう。彼女はドレス姿のままだった。


「……どうしたの?元気ないみたいだけど」
 隣に腰掛けながら問いかけてくるレオナに,ダイは苦笑しながら答える。
「あ……いや,ちょっと疲れただけ。パーティーって,どうも慣れないからさ」
「それでさっさと寝間着に着替えちゃったの?」
 小さく頷いたダイの顔を覗き込むようにして,レオナが重ねて問う。


「……本当に,疲れただけ?」
真っ直ぐな目で見つめられ,ダイは降参というように肩をすくめた。
「……考えてたんだ」
 二人の間を,温かい夜風が通り過ぎる。


「明日はデルムリン島に帰って,じいちゃんや島のみんなに会いにいくつもりだけど……それから後は,どうしようかな……って」
レオナは風になびく髪を軽く抑えながら,ダイの横顔を見つめた。
「……またどこかで戦いが起これば行かなきゃいけないけど。それまでの間,俺はどこで何をしてればいいのかな……」
 平和を取り戻した地上では,彼の『力』は必要とされない。大魔王バーンの脅威が無くなった今,ダイは自分が次に成すべきことは何なのか,分からないでいた。


 そんな彼に,レオナはいつものように明るく告げた。
「そんなの簡単よ。ダイ君がしたいことをすればいいの!」
「俺の,したいこと……?」
 ダイがきょとんとした顔を向けると,彼女は得意げに頷く。
 

「色々あるはずでしょ?デルムリン島でのんびりするとか,世界中を旅して回るとか,デパートで好きなだけ買い物するとか,各地のグルメを食べ尽くすとか♪」
「……買い物やグルメは,レオナのしたいことだろ?」
ダイは冷静に突っ込みを入れるが,レオナはあっけらかんとしていた。


「それはそうだけど。ダイ君が,竜の騎士として戦い続ける運命だとしても……ず〜っと戦いっぱなしってわけじゃないでしょ?今,平和なこの時を,好きなことを思いっきりしたり,恋をしたりして,しっかり楽しまなきゃ!」
「こ……恋ぃ?俺が?」
目をパチクリとさせる少年に,王女がからかうような笑みを見せる。


「竜の騎士を生み出す聖母竜がもう居ないなら,ダイ君が子どもを作らないといけないじゃない?……頑張らなきゃ,ねっ♪」
「……そーゆーの,考えたこと無かった」
 確かに父・バランからもそういった趣旨のことを言われたが,ダイは自分が恋愛や結婚をする立場になるなんて,今まで想像もしていなかった。


「ポップやレオナやみんなが幸せに暮らしてくれたら……それが俺にとって一番幸せなことだと思ってるからさ」
 月をぼんやりと見上げながら呟く小さな勇者に,レオナは少し寂しげな笑みを見せる。
「私の……いえ,私達の望みは,幸せに暮らすみんなの中に,ダイ君が居てくれることよ」


ダイの左手を,少女の両手が優しく包み込んだ。レオナは頬を少し赤く染め,囁くように告げる。
「貴方には,本当に幸せになってほしいから。世界を救った勇者として,竜の騎士としての貴方じゃなくて……ただの『ダイ君』としての貴方に」
「レオナ……」
 掌から伝わるレオナの温もりを感じ,ダイは顔が火照るのを自覚した。


 しばしの沈黙の後,少年が口を開く。
「そうだなぁ……とりあえず,勉強しようかな,俺」
「あら,珍しいわね。ダイ君がそんなこと言い出すなんて」
 むくれて手を引っ込めてしまったダイに,ゴメンねと苦笑しながらレオナが聞いた。


「勉強って,何の?」
「ん〜……文字の読み書きや計算は,竜の紋章の記憶で出来るようになったんだけど。世界や国の仕組みとか,人や物の流れとか,軍のこととか,そういう勉強はちゃんとやってないからさ。昔っから勉強は苦手だけど,ずっと逃げてるわけにもいかないし。それに,呪文だってまだまだ訓練が必要だし」
少年は一拍の間を置いて,ひょいと立ち上がる。


「得意なことを伸ばすより,苦手なことを克服する方が,ずっと時間が掛かるもん。いざという時,『これが出来るようになってれば』『これを知ってたら』なんて後悔はしたくないんだ。だから,そういうのは平和なうちにやっておかないとね――」
そう言葉を続けたダイの両頬を,不意に引っ張る細い指。
「こぉら!……思考回路が,竜の騎士モードになってるわよ?」
 すぐ目の前に,レオナの碧い瞳があった。


「い,いひゃいって,レオナ〜」
 苦手分野を克服し,欠点を無くすのは,成長する上で非常に重要なことは確かだ。しかしそれは,ダイが竜の騎士としての役割を果たすため――近い将来,戦いが起こった時に,彼がどう行動すれば良いかを考えるためだ。
ただ真正面から敵とぶつかり合うだけが戦いではない。彼の『力』に物を言わせるより,搦め手を使う方が得策なこともある。また,助力を頼まなくてはならない時,信頼に足る相手かどうか判断するには,どこに着目すれば良いのか。味方を率い,自軍や周辺への被害を最小限に抑えながら闘うには,どうすれば良いのか……。そういった戦略を立てるために不可欠な知識を得たいと,ダイは言外に言っているのだ。


(それが必要になる時が来るってことを,この子は本能的に悟ってるのね……)
 次の戦いの場―おそらく魔界―では,彼が指揮官として先頭に立つことになるだろう。また置いていかれる寂しさが,レオナの胸に浮かんでくる。
(王女としての立場もあるし,あたしは魔界に付いていくことは出来ない。でも……ダイ君が地上でいる間,全力でサポートすることは出来るわ)


 一頻り抓った後,ダイから指を離したレオナは小さくため息をついた。ダイが再び旅立つのは数日後なのか,それとも数年後のことなのかは分からない。だが事態がどう転ぶにせよ,ダイを待ち受ける未来を思えば,微妙なバランスで保たれている国際関係や軍事面のことを知らないままでいるのは,彼にとってマイナスになる。
「…ま,確かにそういう勉強をしておくに越したことないわね。家庭教師なら,あたしが頼んであげるから」
「ありがとう…レオナ」


抓られた部分をさすりながらも,ダイはレオナが助力を申し出てくれたことに,素直に感謝した。
「呪文のことなら,ポップ君が特訓に付き合ってくれるわよ」
「…そうだね。明日にでも,頼んでみるよ」

 もう一度顔を見合わせて笑う二人を,少し離れたところから見下ろす人影があった。
 黒髪に,黄色いバンダナが印象的な少年――ポップである。パーティーもお開きが近づいた頃,ダイの姿が見えないのに気付いて,トベルーラであちこち探していたのだ。ようやく見つけた親友は,随分と冴えない表情だった。ポップが声を掛けようとしたその時,レオナがやってきてダイに話しかけた――。

 もう遅いからと,それぞれの部屋に戻るダイとレオナを,ポップは寂しげに見送る。
 知らず,少年の口から小さな呟きが漏れた。
「ずりぃよ,姫さん……」
 先に声を掛けようとしていたのは,自分なのに。
 レオナがダイに贈った,数々の言葉。あれは全て――。

(俺が,あいつに言ってやろうと思ってたのに)

 元気を無くしたダイを励ますのは,いつも自分の役目だった。
 戦場で傍らに立ち,彼をサポートしていたのも。
 天界で封印されている彼を見つけ,地上に連れ戻したのも。


(……俺だったのに)


 それに,レオナが腰掛けていた,あの場所は。
 ダイの隣は。

オレノ シテイセキダッタ ハズナノニ……。

 ポップの頬を,一筋の涙が伝う。
眼下の城に背を向けて飛び去る彼を,月だけが見つめていた。

 

【終】


 遠野くれあ様からいただいた、素敵SSです! 凛々しく前を見つめながら、一緒に肩を寄せ合っているダイとレオナのほのぼのした雰囲気…、なにより、片思いのポップの切なさがたまりません! 自分の居場所を失ってしまった寂しさに一人涙するポップのいじらしいことったら。

 ポップからダイへの片思いというお話は、あまりお見かけしないだけに新鮮で、可哀相さに胸がきゅんきゅんしちゃいます。ダイとレオナがいい雰囲気なだけに、ポップのつらさや哀しみが際立つ感じですごく印象的なお話です。可哀相と思いつつも、泣いているポップに目を引かれ、ついついもっと見てみたいと思ったり(鬼か(笑))
 本当に素敵なお話を、どうもありがとうございました!

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