Act.2 秘密の取引
 


「さて」

 ドクターは真面目な表情をして、切り出し始めた。
 これからが本番だ。

「私はモローリア自由戦線代表として、これから君と話し合いたい」

 皮肉に、ミスター・モリが言い返す。

「モローリア帝国皇帝として、話してくれてもいいぜ」

 ムカッとくる奴だ。
 ドクターはアブタヒールとはまるで違うんだぜ。できるもんだったら、こっ
から頭をふっとばしてやりたいよ。
 ドクターもさすがに苦笑いしていた。

「素晴らしいユーモアのセンスだ」

「スパイの報告書になかったかね」

「冷静さとユーモア、私はひじょうに高く買っている。これで君が最後まで冷
静さとユーモアを忘れずにいると分かったわけだ」

「話の中味による」

 多分、おたくにはいい話とは言えないだろうよ。
 俺はなんとなく不安になって、ドクターを見つめた。ミスター・モリは考え
ていた以上の男みたいだ。

 ドクター、うまく話をまとめられるんだろうか?
 ドクターは俺の気も知らずに、のん気に灰を捨てている。

「モローリアはひじょうに貧しい国だ」

 力を込めて、ドクターは話し始めた。

「文盲率と幼児死亡率は世界一だろう。工業もなく、農業ときたら」

 ドクターは両手を広げて、天を仰いだ。

「食料の半分を輸入に頼る有様だ。ダット(ナツメヤシの実)と岩塩、わずか
ばかりの燐鉱石を市場の露店商人のように外国に売り、やっと飢え死にを免れ
ている有様だ」

「俺にも買えと言いたいのかい?」

 ミスター・モリははぐらかすような返事に、ドクターはククッと笑った。

「外貨もピラミッド顔負けの高さになって、友好的なアラブ諸国にも見捨てら
れた。国際的には、とっくに破産国だ」

 借金だらけの、破産国さ。

「そこで俺のヘソクリに目をつけたというわけか、元経済大臣は」

 ミスター・モリがチャチャを入れる。

「会社から身の代金を取ろうってのかい?」

「よく分かっているはずだよ、ミスター・モリ」

 すると、ミスター・モリが黙り込んだ。確かに分かっているらしい。
 でも、脇にいるマキトときたら、チンプンカンプンって面でポカンとしてらあ。
「コンターマップだ(地下構成図)」

 ドクターは言った。

「日本で資料をコンピュータにかけなきゃ作れないことぐらい、知っているだろ?」

「分かってる」

「俺はジン(砂漠に住む魔人)でも超能力者でもない。コンターマップを分析しても、犬のように掘ってみなきゃ実際に石油があるかどうか分からない博打打ちだってことも、よくご承知だろ?」

 ミスター・モリのくどいくらい詳しい説明に、ドクターはうなずいた。

「じゃ、何が狙いだ?」

「君の会社とモローリア政府は、厳しい条件の契約を交わしている。物理探鉱後、五ヵ月以内にコンターマップを含む報告書を提出し、六ヵ月以内に試掘にとりかかるという」

  うわ──、ドクター、どういう頭してるんだ。あんなにたくさんの情報、どうやって詰め込んでいるのかな。

「よくご存知だ」

 ミスター・モリは帽子を膝に叩きつけた。八つ当たりしてら。

「政府内にも多くの友人がいる」

 ドクターは黙ってしまったミスター・モリに、おだてをかける。

「君は金の卵を産む鶏だよ」

「コケコッコーと鳴こうか」

 ごつい鶏さんはやけくそ気味に言う。全然、おだてに乗らない。

「君はモローリアの経済的、政治的破産を救う、ただ一人の人物なんだ」

「買いかぶり過ぎだぜ、ドクター=ファラビー。俺は錬金術師じゃない」

「いや、現在の錬金術師なんだよ、この砂漠の砂一粒ずつを金に変える」

 ミスター・モリはうんざりしたように両手を振り回した。

「冗談はよせ、ドクター。君は石油のことをなにも分かっちゃいない。石油はそんな簡単に見つかるもんじゃない。最も有望な所を何十箇所も試掘し、一本上手く当てたとしても採算の合う油田かも分からないんだ。
 商業規模の油田は、百本井戸掘っても、よくて二、三本なんだぜ。
 君は幻の油田を夢みてるんだよ」

「私が恐れているのはね、ミスター・モリ、幻の油田なんだよ」

「なんだって?」

 ミスター・モリ、驚いてら。これから、もっとビビるような話が続くんだぜ。

「もし君が石油を掘り当てたとすると、どうなるかね?」

「会社もモローリア政府も国民も、アッラーの神と八百万の神に、感謝の祈りをささげるだろうな」

「一番感謝の祈りをするのは大統領だね。すぐさま外人部隊が雇われ、新式の武器も洪水のようにモローリアに流れこんでくる」

 ミスター・モリは、ドクターの言葉を引き取って続けた。

「たちまち自由戦線はぶっつぶれてしまう。しかし、会社には関係のないことだ。それに、そんなアラビアンナイトは何千分の位置の確率だぜ」

「私は何千分の位置の確率に、多くの同志逹の生命を賭けるわけにはいかんのだ」

 ドクターはパイプをぐっと握りしめ、乗り出した。

「何が言いたいんだ?」

「試掘の価値のある分析結果が出た場合、二つある」

 指を一本立てて、ドクターはものすごくムシのいい条件を持ち出したんだ。

「一、モローリア政府への報告書を修正してほしい。つまり、油田がある可能性を変えるということだ」

 あたりまえだけど、ミスター・モリの返事は冷たかった。

「消しゴムで消せというのか?」

 できればそうして欲しいもんだ。

「ばれたら会社だけの問題ではすまなくなるぜ。日本の信用問題にまで発展する」

 ドクターはミスター・モリの言う事、まるっきり無視して指を二本立てた。

「二、まったく望みのない所を試掘してほしい」

 ミスター・モリは口笛を吹いた。

「言うね。
 一箇所試掘するのに、いったいどのぐらい金がかかるのか、分かってるのかね。1メートル掘るのに、最低千三百ドルはかかるんだぜ。ひどく簡単に言ってくれるが、だれがそのツケを払ってくれるんだ、自由戦線がか?」

 ミスター・モリは歌うように、陽気に言う。

「話にならん」

 ミスター・モリは立ち上がって、ドクターを睨みつけた。

「行こう」

 マキトの腕をひっつかんだミスター・モリは相当ハラをたててる様子で、捨て台詞のように吐き出した。

「銃を突きつけられても、話はもう終りだ」

 短気なミスター・モリと違って、寛大なドクターは静かに言う。

「仮に石油を掘り当てたとしても」

 俺達としては、後1年は出ないでほしいや。

「君の会社の利益にはならない」

 ドクターの言葉に、ミスター・モリはドクターを殺すような目付きで睨みつける。
 あの男、昔、殺し屋でもやってたんじゃないか?
 一呼吸置いてから、ミスター・モリが苦い声を押し出した。

「当然、そのからくりは教えてくれるだろうな?」

「大統領には秘密兵器がある」

 ……そんなに楽しそうに言うなよ、ドクター。

「ポケットに原爆でも持っているのか?」

「ただの一枚の紙切れだ」

「トイレットペーパーの間違いじゃないかい?」

 吐き捨てるようなミスター・モリの言葉に対して、ドクターはニッコリ笑った。

「ニトロ紙よりも、もっと強烈な爆弾だ」

「モローリアも手紙爆弾で外貨を稼げるほど、科学水準が高くなったという意味か?」

「いや?」

 ドクターはパチンと指を鳴らした。

「紙には簡単な文章がタイプ打ちされている。聞きたいかね?」

「お代が欲しいのかね?」

「プレゼントだよ、自由戦線からのね。つまり、こんな文章だよ。
『モローリアに置ける石油会社は、百パーセントモローリア人所有でなければならない』その下に空欄があってね、大統領が好きな時、日付を入れて署名すれば、法律として立派に通用する事になっている」

 ミスター・モリはうめいて、ブツブツ悪態をついている。ざまーみろだ。
 さらに、ドクターは追い討ちをかける。

「君の会社は4割の原油を受け取るどころか、モローリアからロハで蹴り出される。会社が破産する程の大赤字を抱えたままでね。さらにもう一つ、プレゼントしておこう、ミスター・モリ」

 ドクターは楽しげに続ける。

「大統領はすでに、モローリア石油開発会社を持っている。もちろん、今は社長一人の幽霊会社にすぎないがね。社長は大統領の顧問弁護士だ」

 俺もそこまでは知らなかったな。ほんっと、腹黒い大統領だ。

「大統領は石油の最初の一滴から最後の一滴まで、自分の懐にねじ込むつもりなんだ」

「それじゃ革命が起きるぜ」

「もう、起きてるさ」

 ドクターは、陽気にウィンクをおくった。

「俺や会社を納得させるだけの裏付けはあるんだろうな。ドクター、ハッタリはきかないぜ」

「私は自分の言葉に責任を取ってきた男だ。その書類を見たければ、大統領の執務室にある大金庫をのぞけばいい。百万ドル近い外貨と、五十万ドルの価値のある宝石に囲まれ、大切に保管されている。
 幽霊会社は、登記を調べることだね」

 ミスター・モリは指の骨をポキポキ慣らした。

「ようするに、モローリアから手を引けといいたいのかね、ドクター=ファラビー」

「とんでもない、手を引いてもらっては困る。自由戦線側としてもだね、メジャーの息のかかっていない日本の石油会社とは、手を組んでいきたい。すれっからしのメジャーが入ってくるだけだからね」

「しかしどうも納得できないな。ドクター、きな臭いな。素直にポケットから隠しカードを出さないか?」

 指を慣らしながら言うミスター・モリに、ドクターは笑いかけた。

「今取り出すところだよ、ミスター・モリ。自由戦線はもうすぐ、そうだな一年以内には必ず全土でいっせいに蜂起し、政府との決着をつける」

「つまり一年以内には、君か大統領の首がファティマの城壁からぶらさがっているというわけか」

「百体一で賭けてもいい、大統領の首だ」

「君の首だった場合、会社は全く見込みがないといっていた地点を、改めて試掘し始めるのかね?」

「そういう事になるね」

 …まるで他人事みたいに言わないでくれ、ドクター。

「大統領はすぐに気づくぜ。そして、君との関係を嗅ぎだす」

「それは確かだ。しかし、大統領とメジャーの間には秘密の協定があってね、メジャーは君の会社が石油を掘り当てれば、すぐに後釜に座る手筈になっている」

「じゃ、なぜ最初から大統領はメジャーに鉱業権を与えないんだ? 彼らにだって競争入札に参加したぜ」

 食い下がるミスター・モリに、ドクターはスラスラ答えた。

「大統領を理解していないな。それでは彼のパイは小さくなる。それはメジャーは飴玉を取り上げられれば、指をくわえてひっこみやしない。彼らのバックには、経済封鎖をしたり、軍隊を送り込める政府がついている。見本政府はそこまでやってくれるかね、君達の会社のために。
 大統領はそこを読んでいるんだ、ミスター・モリ」

 とうとうさすがのミスター・モリも、黙り込んだ。

「どうあがいても君の会社の出番はない。生き残るにはモローリア自由戦線と手を組む以外ない。君の息子、マキトにだって分かる理屈だ」

 こっくりうなずいたマキトを、ミスター・モリはギロリと睨みつける。目付きの悪い男だよ、何かというと睨むんだから。
 と、ミスター・モリはためらいがちにドクターに質問した。

「もし、君の提案を会社が拒否すれば?」

「自由戦線は君の会社を敵と見なし、政府のどんな護衛がつこうと、試掘が攻撃されることは間違いない。
 何人が生きて日本に帰れるかね」

「脅迫かね、ドクター=ファラビー」

「忠告だよ」

「いずれにせよ」

 さっきまでと比べると嘘みたいにおとなしくなったミスター・モリは、用心深く言った。

「俺はただの技術者にすぎない。君に今、返事を与える事はできない」

「よく承知している。帰国して、会社の首脳に話してほしいのだ。確か月曜日に発つのだろう」

「なにもかも、よくご存じだ」

 呟くようにボヤいたミスター・モリは、今度は皮肉っぽく質問した。

「一年以内というのは、モローリア流の時間かね?」

 ドクターは首を振った。

「一年以内というのは、一年以内だ。私はもうすぐ外国政府との間で、正式に軍隊、掲載援助を結ぶ運びになっている。日時は私にも分からないが、なにしろ政府の駆け引きがからんでいるのでね」

 少しの間、二人とも沈黙した。
 俺は今まで以上に緊張した。だって、話の成り行きと、ミスター・モリの出方によっては……。

「君の申出を書類にしてほしいね」

 ぽつりと、ミスター・モリは言った。
 やった! 成功だ。ドクターもホッとしたのか、パイプに火をつける。

「詳しくはスイスにいる私の代理人と話してほしい。名前と住所はスイスから日本の社宛てに送ろう。用心するのに越したことがないからね。大統領は人一倍欲深いが、人一倍頭のきれる男だ」

 ドクターが手を上げて退治する。俺達は岩影からでた。

「これはこれは」

 顎をなでながら、平然とミスター・モリが言う。
 うーん、大物だ。まるでビビらない。マキトはビビッてるが。

「仮装行列のご一行様というわけか。どこかで祭りでもしてるのかい?」

 いちいち、こいつは…。

「私の護衛でね。君達を驚かすつもりはなかった」

 ドクターは礼儀知らずに近づいてって、手を差し出した。

「やはりやめておこう。俺は気がめいってんだ」

「今友人にはなれなくとも、これだけは覚えておいてほしい、ミスター・モリ。何かの時、私は頼りにしていい男だとね」

「鞭と飴かね、ドクター=ファラビー」

 また、二人は睨みあった。
 俺達も敵意を込めて、ミスター・モリを睨みつける。さっきからのこいつの立場を考えれば、打ち殺されたってあたりまえってもんだ。
 なのに、ドクターは笑いを浮かべて、気の毒そうに慰めてやったりしてさ!

「もし、君が私の立場だったら」

 ミスター・モリはドクターの言葉を遮った。

「それはたいした慰めにもならんさ。ドクター=ファラビー、君のやり方も大統領と変わりないからな」

 ここまで言われて、我慢がきくもんか。仲間に何人かは銃をミスター・モリに向けた。

「部下の短気を許してほしいね、ミスター・モリ」

 ドクターは俺達に厳しい視線を向ける。
 ったく、どうしてあんな奴なんかをかばうんだよ。俺はカッとなって、ミスター・モリの足元に唾を飛ばした。
 と、みんなが俺に注目する。

「アル=アサービア」

 ドクターはあきれたように、首を振る。

「私のお客だよ、礼儀正しく振る舞えないのかね?」

 ドクターの客だからこそ、唾を吐くだけで(それも足元で)我慢してやったんだ。
 俺はできるかぎり、怒りを押さえて答えた。

「ドクター、ではあなたのお客は礼儀正しく振る舞いましたか?」

 とんでもないよ。さんざん言いたい放題いいやがって。

「彼はドクターをあの恥知らずと一緒にしました」

「あたりまえじゃないか。ドクターはパパを脅したんだ」

 マキトだ。
 青い顔して、言う事だけは言うじゃないか。

「ぼうやは黙って、ママのオッパイに戻りな!」

「口が過ぎるぞ、アル!」

 厳しくドクターにたしなめられて黙ったけど、口が過ぎたなんて思わない。もっと言ってやりたいとは思うけどよ。

「いい面構えだな」

 ミスター・モリになんか、褒められたくもないや。
 ドクターはうなずいて、

「優秀な兵士だ」

 と、言ってくれた。こっちは嬉しいや。

「自由戦線はこんな子供までつかっているのか?!」

 ミスター・モリはなじるように言う。『こんな子供』で悪かったな。

「私は反対なのだが…」

 ドクターは腕を組み、顔を曇らせる。

「戦いだと言いたいのかね? 戦いは大人が始めたものだ」

 ミスター・モリは、まるでドクターが悪の元みたいに非難がましく見る。

「言いたい事は分かっているが、アルには加わる理由があるんだ」

「さぞ、立派な理由だろう」

 吐き捨てるように、ミスター・モリが言う。
 なにも知らないくせに。

「それはアルに聞いてくれ」

 冗談じゃない!
 俺はまた唾を吐いた。マキトが前に出ようとし、ミスター・モリに止められた。別に止めなくってもよかったのに。
 俺とマキトは、さっきのミスター・モリとドクターのように睨みあった。

「いずれにせよ、話はすんだんだから、俺達を無事に帰してくれるんだろうな、ドクター=ファラビー」

「もちろん」

「さあ」

 ミスター・モリがマキトを急かしたが、俺達は頑固に睨みあったまま。思ったより骨のある奴だ、なんて考えている時、ふと、かすかな音が空から響いた。
 仲間が銃を構えて空を見上げた。間違いない、ヘリの音だ。

「散れ!」

 ドクターの叫び声よりも早く、俺達はサッと岩影に隠れる。そして、アホな日本人親子は、まごついたように突っ立っている。

「早く隠れるんだ、パトロールのヘリだ!」

 ドクターの怒鳴り声に、ミスター・モリはマキトを抱きかかえるようにして、岩影に逃げ込んだ。
 ヘリコプターの音が大きくなり、頭上を越え、上の方へと飛んでいく。そして、エンジン音は少しずつ小さくなっていく。

「見つからなかったね、パパ」

 あの、マキトの嬉しそうな声。
 たまらない奴だな、まだ安全って決まったわけじゃないんだぞ。
 また、エンジン音が大きくなってきた。ヘリが戻ってきたんだ。石を投げたら届くぐらいまで低く飛び、そのまま空中で止まる。

 俺達は一斉に銃を撃った。
 ヘリは急上昇しようとしたが、風貌に穴が開き、エンジンから煙が噴き出た。

 ヘリはよろめいた。
 エンジン音が変わった。力つきたように斜めに墜落し始めたヘリコプターを、俺達はまた、撃った。鈍い爆発音と共に火柱が上がり、黒煙が吹き出す。火の球になったヘリコプターは急斜面を転げ、バラバラになった。

「やったぜ!」

 俺達は銃を振りかざして、歓声を上げる。
 なんせ、モローリアにはヘリは三機しかないシロモンだもんな。大統領にしてみりゃ、大損害だ。

 俺達が浮かれている間に、何時の間にかドクターやミスター・モリが岩影から出て、並んで立っていた。
  俺は銃を──モーゼル軍用拳銃を持ったまま、ドクターの横に立った。

「子供に銃まで持たせているのか」

 ミスター・モリは俺をちらっと見て、苦々しげに言った。人のことなんか、どうでもいいじゃないかよ。

「政府や秘密警察は子供だからと言って、容赦しない。アルも鼠のように殺されたくはないだろう」

 そうだよ、俺は『目的』をとげるまでは絶対に死んだりするものか。絶対に。
 俺は、何か言いたそうなミスター・モリの顔を見た。ミスター・モリは何か言おうとしたけど、頭を振って黙り込んでしまった。

「まもなく、政府軍がヘリを探してやってくるだろう。早くここを離れる事だな」

 ドクターは俺達に合図した。

「幸運を。そしてまた会う日を楽しみに」

 ドクターを初めとして、俺達はいっせいに走りだす。ミスター・モリとマキトは黙って、その場に立っていた。二人がずいぶん小さく見える所まで走った時、振り返って怒鳴った。

「それから、ミスター・モリ。ファティマのサソリには充分気をつける事だ。奴はモローリアで一番危険な男だ」

 一瞬、体が強張る。
 俺、ふいに『サソリ』の名を聞くと、どうしてもそうなっちまんだ。
 どうしても。

「一番危険な男は君だろ、ドクター=イブン=ファラビー」

 ミスター・モリが怒鳴り返す。
 ドクターは大きな、笑い声をたてた。                                                                 《続く》

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