Act.5  アトラスの迷路 

 

 ――汗ぐっしょりになって、目が覚めた。
 自分でも意識していなかったが、俺はいつの間にか眠っていたらしい。横を見やると、マキトの奴もすーすー寝息を立てて眠っていた。

 こうも気持ちよさそうに眠られると、腹が立ってくるな。こっちはずっとろくでもない夢にうなされていたのに。
 詳しくは忘れちまったけど、……多分、サソリの夢だった――。

  バン! バン! バン!

 運転台との仕切りが激しく叩かれた。
 なんだ?
 俺は身構えた。トマト籠にもたれて眠っていたマキトも起きた。……別に、こいつは寝ててもいいんだけどよ。

「アトラスの検問所だ!」

 ラアイが、短く言った。マキトは腕時計を見た。

「がたつくな!」

 検問所なら、まず安心なんだから。
 念の為にマキトの上にズタ袋を幾つもかぶせてから、俺もうずくまった。見えなくても、トラックが止まったのが分かる。外から、検問所の奴の声が聞こえてきた。

「どこへ?」

 へえ、ベルベル語か。懐かしいな。
 ここんとこ、英語かトゥアレグ語ばっかり聞いていたもんな。

「市場でさ、軍曹さん」

「荷物は?」

「ダットでさあね」

 トラックのドアが閉まる音と、幌がまくられる音がした。

「袋を全部降ろせ!」

「全部ですかい?」

 ……ラアイってつくづく役者だよ。あんな驚いた声、出したりしてさ。

「全部だ!」

「軍曹さん、よしてくださいよ。早く着かないと、旦那に叱られちまいまさあね」

「降ろすんだ」

「いつもは通してくれるじゃないですか」

 初めてのくせに。

「今日はそうはいかないんだ。ファティマで日本人のちびが逃げ出したんだ。途中で見かけなかったか?」

「日本人のちび?」

 ラアイはしゃあしゃあと嘘八百を並べる。

「どんなちびです? 日本人なんて、一度も見たことありませんや」

「わしだって見たことない。とにかく、おかしなちびを見なかったか?」

「懸賞金がかかってるんで?」

「1万だ」

 ラアイがヒューと口笛を吹いた。
 1万なんて、張り込んだもんだな、サソリも。
 このヒヨコが1万なのか。当の1万賞金首は、ベルベル語が分かっているのかいないのか緊張して身を縮こめている。

 また、幌がまくられる音と、ズタ袋が放り出される音が続いた。その度にマキトがぶるっているのが、分かる。

 マキトは精一杯落ち着き払ったふりをしようとしていたけど、ビビッているのが見え見えだった。そんなマキトを見て、俺は皮肉な笑いを浮かべた。
 マキトが知らないだけで、検問所を安全に抜け出す手はあるんだ。

「軍曹さん」

 息を弾ませたラアイの声と、誰かが乱暴に荷台に飛び乗る音が聞こえた。

「ここまで下ろしたんだから、充分でしょ」

 急に声が低くなった。

「もう二十出せ」

 やっぱり低い声で、ごうくつ軍曹が答えた。

「それじゃ稼ぎがなくなりますぜ。全部下ろしまさあ」

 ズタ袋が思いっきり投げられた。

「よし、もう十」

「五!」

「もうすぐ秘密警察がくるぜ。やつらが来たら、トラックまで分解されるぜ」

 ラアイの深い溜め息が、はっきり聞こえた。

「よーし! 早く行け」

 軍曹の怒鳴り声と共に、ズタ袋が投げ込まれだした。マキトはホッとしたらしく、俺の顔を見てニヤリとした。
 まったく、お気楽なヒヨコだぜ。

 俺は目を閉じ、モーゼルを下げた。ところがトラックの横に車が音を立てて、急停車した。

「軍曹!」

 えらそうな男の声。秘密警察だ。
 俺は再びモーゼルを上げ、身構える。もしかしたら、とちらっと思ったが、最悪の事態にはならなかった。

「よし。早く行かせろ!」

 ラアイは軍曹に怒鳴られながら、トラックをスタートさせた。マキトは溜めていた息をゆっくり吐きだした。
 やがて、トラックは町中に入った。人のざわめきや車の音、ヤギやラクダの泣き声が聞こえてくる頃になって、ようやくマキトが話しかけてきた。

「ついてたねえ」

 別に囁かなくったって、外にゃ聞こえねぇけど。

「秘密警察のことか?」

 ぶっきらぼうに言うと、マキトはうなずいた。

「ついていたのは、やつらさ」

 ったく、なんにも分かっちゃいねえな!
 ズタ袋に唾を吐きかけ、ニブチンに説明してやる。

「検問所は仲間に取り囲まれてたんだ」

「でもここで撃ち合いになったら、サソリはすぐにカンづくよ」

「どうやってカンづくんだ?
 ここで起これば、検問所襲撃はファサドでもファティマでも、モローリアのあちこりでいっせいに起こる手筈になっている。あいつらが眼を回すほど忙しい朝になるんだ」

 俺達が十日もかけて計画をねってたんだぜ。だいたい、行き当たりばったりにやるつもりだったら、マキトが掴まった夜に殴り込みをかけていた。

 俺はせせら笑いながら、マキトを見た。
 ヒヨコが何かを言い返してくるかと思ったけど、意外にもマキトは沈みこんだような感じで、それっきり黙りこんでしまった。拍子抜けしたが、それなら俺も別に話などない。
 トラックは幾度も町を回り、止まった。

「アル=アサービア」

 小声で、ラアイが呼んだ。
 俺とマキトはズタ袋から顔を出し、這いだした。そこは、見覚えのあるガレージの中だった。

 ラアイは小太りのモローリア人と話していたので、俺とマキトは事務所の奥の部屋に入って、待っていた。
 やがてラアイがきた。ラアイは入ってくるなり、言った。

「マキト、残念だがモロッコとアルジェリアへの山道は封鎖されてしまった。このトラックでの脱出は不可能になる」

「じゃ、今、やつらに攻撃をかけたら? 国境は今だと手薄だろ?」

 俺は腕を組んで、乱暴に言った。

「道路は登り口と国境の山腹の二ヵ所で封鎖されてるんだ。危険すぎる。夜を待って、迂回しながらアトラスを越える以外ない」

 なんとなくやばい気はするけれど、今、攻撃をかけるよりはましか。そう思い、俺はそれ以上は反論しなかった。
 マキトはなんの意見もないのか、質問さえしなかったので、俺とマキトはさらに奥の小部屋に通され、ヤギのミルクとヤギのチーズとパンを食べた。

 はっきり言って、一晩なんにも食べなかったから、腹はめちゃくちゃ減っていた。 
 マキトも同じだったらしく、ガツガツ食べた。

 ラアイはマキトにもガンドゥーラを渡して、部屋から出るなと言い残して出ていった。
 俺は人心地ついたら、さっそくモーゼルを分解し始めた。なんせ、二回も三回も水に漬かったもんな。

 マキトは俺より遅れて食べ終わってから、不思議そうな顔をして質問をし始めた。

「サソリはどうしてぼくなんかのために、道路を閉鎖したり、こんな大がかりな捜査をするんだろ?」

 当惑したような顔でそう言うマキトは、本気でそう思っているのだろう。
 この騒ぎの張本人のくせに、まるっきり分かっちゃいないバカなヒヨコだ。
 
「なんて血の巡りが悪いんだ。
 奴の首がかかっているからさ。自分の屋敷から人質が奪回され、国外に逃亡されたとなれば、奴の面子は丸潰れだ。石油開発がおじゃんになってみろ、アブタヒールは真っ先にサソリを閉め殺すだろう」

 オレはモーゼルに気を取られながら、それでも一応答えてやる。
 うん、異常なし、だ。
 手早く組み立てながら、続ける。

「奴はおまえを奪い返すのに全力をあげ、こちらはおまえを守るのに全力をあげるってわけだ。
 大物になって満足したかい、知りたがり屋のヒヨコさん」

 そんな風に言う間も、俺はモーゼルに弾を込める手を休めなかった。が、マキトの奴は、妙に姿勢を正して話しかけてきた。

「アル、君には感謝してるよ。勇気には尊敬している。でも、そのヒヨコはやめてくれないか?」

 その言葉に、俺はちょっとばかり奴を見返した。
 泣いてばかりで、うるさい奴かと思っていたが、それだけじゃないのかもしれない。
 確かめてみたくなって、俺は喧嘩をふっかけた。

「ヒヨコだからヒヨコと言うんだ。泣き虫でおしゃべりのヒヨコめ!」

 マキトの眼の光が変わった。――本気だ。
 俺はモーゼルを机の上に置いた。

「やるか、ヒヨコ」

「君には借りがある」

 すぐにかかってくるかと思ったら、マキトの奴、変なことでためらってるな。ホント、おもしろい奴だ。俺はニヤッと笑った。

「忘れさせてやる」

 俺はマキトをぶん殴った。
 これで、奴は借りなんて忘れたのは間違いない。
 椅子から落ちたマキトは、パッと立ち上がるなり俺を捕まえにかかったが、それより早く奴の腹に一発蹴りをいれるのは簡単だった。

 マキトはうめいてしゃがみ込んだ。
 もう終りかよと思いながら、俺はうずくまっているマキトに近づいた。もう勝負はついたと見て、起こしてやるつもりだったんだ。

 が、いきなりマキトが飛びかかってきた! 慌てて奴の頬をぶん殴ったが、同時にガンドゥーラを掴まれ、あっと思う間もなく放り投げられた。俺は見事に一回転した上、日干しレンガの上に叩きつけられた。
 瞬間的に、脳裏に火花が散る。

 強烈な痛みに呻きながら、俺は今更のようにミスター・モリのデータを思い出した。
 『柔道』と言う、日本特有の武術の使い手だから油断はできないとドクターは言っていた。

 どうやらそれは、息子にも教えてあったらしい。
 マキトの奴、しゃれたことしやがって。
 ほとんど反射的に、ナイフを取り出していた。それを見て、マキトは跳びずさった。俺はゆっくり立ち上がり、蛇のようにシュッシュッと息を吐いて威嚇する。

 それに対して、マキトは椅子を掴み、身構える。
  俺達は互いに牽制しながら、ジリジリと間合いを計りだした──。

「アル、相手が違うんじゃないのか?」

 静かな声。
 いつの間にか、ラアイが入ってきた。
 俺はなんとなく照れくさくなって、すぐナイフをしまう。マキトも同じだったらしく、慌てて椅子を下ろした。

「後生だから」

 両手を腰に当てて、ラアイは厳しい声で嫌味を言う。

「ここで殺し合いはやめてくれ。外では秘密警察が嗅ぎ回り、眼を離すと、中では命のやり取り。少しは私を休ませてくれないかね?」

「ちょっとしたゲームですよ、ラアイさん」

 こーゆー時は『さん』づけしちゃうよ。

「ちょっとしたゲームにナイフと椅子を使うのかね?」

 辛辣にこき下ろしてくれちゃって。

「アル。マキトは私達の大切なお客だということを、忘れているようだな。とにかく今夜は徹夜の強行軍になる。二人とも、そのエネルギーを貯めておくことだね!」

 それだけ言うと、ラアイは呆れたように首をふりふり出ていった。ラアイもごくろうさんだよ。

 ラアイが出ていくと、マキトは仲直りのつもりか、黙って手を出した。本当にマキトって奴は……。
 なんだか照れくさくって、手を握る代わりにマキトの手に唾を吐きかけた。

「ヒヨコなんかと握手はできない」

 声が、すごく嬉しげに響いた。
 そうだな、嬉しいのかもしれないな。マキトが思ったよりもやるのがか、仲直りを申し込まれたのがか、それとも、もっと別のことかはよく分かんないけどよ。

 しかし、腰の方は痛いや。
 俺が腰を押さえて顔をしかめている間、知らん顔を決め込んだマキトもまた、なんだかひどく満足げだった。





 夜になって、俺逹はマキトの国外脱出を進めた。
 まず、俺とマキトは小形のトラックの改造された運転席にライフル、機関銃、食料なんかと一緒に押し込められた。

 えらく狭いのなんのって!
 おまけに車が揺れる度に武器が身体にぶつかり、マキトとは密着してるし、たまんないぜ!

 口をちょっとでも開けたら舌を噛みそうで、さすがに俺もマキトもなんにもしゃべる気になれなかった。
 くう〜、アザが1ダース……いや、1グロスはできそうだ。

 やっと、本当にやっとと言いたくなるぐらい時間が経ってからようやくトラックが止まり、隠し蓋が開けられた。俺達は出たらすぐ、手足を伸ばした。ずっと、縮こまってたもんな。

 俺達はアトラス山脈の麓にきているらしい。トゥアレグ姿のゲリラ達もそろった。

「言っておくが、道はない。それに夜だ。ライトももちろん使えない。足元には充分気をつけるんだ」

 ラアイはマキトに注意すると、先頭に立ってゲリラ達と軽々登っていった。俺やマキトも、時々は手で引っ張り上げられたり、ロープで引き上げられたりしたが、登っていく。

 しばらく登ると、涸れ谷に出た。
 木や草が生えていたけど、昨日見たサソリの庭園の何百分の一だけ。ほんっと、世の中不公平もいいところだぜ!
 ハラが立ってくるな、考えないことにしよう。

「もうしばらく登ればムサビットの家がある。そこで休憩する。そこからモロッコまでは楽なもんだ」

 質問もせず黙っているマキトに、説明してやる。疲れているのか口をきかなかったが、マキトはラアイが仲間のうち二人を先に行かせたのを、目で追っていた。

「斥候だよ」

 普段だったら、俺も行くんだけどな。

「ここは俺達の支配下だけど、昨日から政府軍も増えているからな。とにかくおまえを取り戻すのに血眼さ」

 マキトの奴、何を言っても相槌一つしやしねえ。いーかげん、ムカついてきた。

「もうすぐおまえと別れられると思っただけで、小鳥のように囀りたくなるぜ」

「じゃ、なぜ一緒にきたのさ?」

 ようやく、マキトが返事をした。

「ドクターの命令さ。俺が助けたくってやったわけじゃない。覚えておくんだな」

 俺は助け出したときのマキトの嬉しそうな様子を思い出しながら、釘を刺しておいた。別に、志願したわけでもない。確かに俺にとっちゃ、マキトの救出なんか乗り気じゃなかったんだ。

「学校は行かないのかい?」

 ひょんな質問が飛びだす。
 痛いとこ、突きやがって。俺はいまいましげに唾を吐きだした。

「戦場という学校で勉強してるんだ。おまえ達、ヒヨコとは違う!」

「こんなに緑があるなんて、ちっとも知らなかったよ。それに、家があるなんてもね」

「おまえの知らないことは、まだまだあるぜ」

 だけど、俺も知らないことがあったんだ。
 突然、上の方で激しい銃声が聞こえてきた。俺はマキトを引き倒した。
 途端に、ラアイの声がとんでくる。その声は緊張感を孕んだ、厳しいものだった。

「アル、マキトとここにいるんだ。私達が戻らなかったら、分かってるな!」

 モーゼルを抜いてから、俺は頷いた。
 ラアイは俺に水筒つきのリュックを渡した。それから、ラアイはマキトに向かって、少し優しく言った。

「アルがついている限り、安心だよ」

 その言葉を最後にみんなは一斉に背をかがめ、銃声に向かって駆け登っていった。

「政府軍かい?」

 マキトは石を握りしめながら言う。俺は耳を澄ませた。

「一個小隊はいるな」

 とりあえずマキトをつついて、リュックを引きずりながら岩影に隠れる。

「なぜ、分かったんだろ?」

「おまえをできるだけ早く国外に逃がすには、アトラス以外のモロッコルートはないって、バカでも分かる。アルジェリアにもモーニタリアにもサハラが控えている」

 それが分かんないのは、バカなヒヨコぐらいのもんさ。
 それにしても、やばいな。銃声が激しくなってきて、爆発音さえ混じってきた。

「大砲かい?」

 俺は舌打ちし、答えた。

「手榴弾だよ」

「ラアイさん達、無事かな?」

 マキトの声はうわずっていた。考えてみりゃ、こいつにとっちゃ初めてなんだろう、こんなの。

「銃声が聞こえている限り、どちらかが生きているってことさ」

  できりゃ、ラアイ達が勝てばいいんだが。そう思いながらみみをすませていたら、──いつの間にか、マキトが……。

「そんなにくっつくな!」

 臆病にもほどがあるぜ。
 罵ろうとした時、ズシンと腹に響く音が聞こえてきた。

「あれは?」

 やばい。
 俺は素早く舌を鳴らした。

「60ミリ迫撃砲。政府軍だ」

 あんなものを持ちだしていたってことは、計画はすっかり読まれてたってことか。
 これじゃあ、このルートは使えない。

「音で分かるのかい?」

「分からなきゃ、おまえに教えられないだろ?」

 答えながら、ふと、銃声とはまったく違うかすかな音を聞いた。

「シッ!」

 低くマキトを制し、俺はモーゼルを両手で構えた。上からトゥアレグ服の男が、よろけるように降りてくる。

 仲間か? それとも……?
 男が崩れるように座り、何かを探すように辺りを見回す。

「ここです!」

 アホヒヨコが叫んだっ!!

「黙れ、バカっ!」

「アル!」

 男が低い声で俺を呼んだ。
 よかった。
 俺は駆け寄った。男は大きく息をついていた。そして、ライフルを持つ手は血まみれだった。

「政府軍だ。ムサビットの家の所で待ち伏せにあった。
 マキトを連れ、ここから脱出し、アトラスの隠れ家に行け、というラアイの伝言だ」

 男はいかにも苦しげで、傷はかなり深そうだった。俺は一番聞きたいことを、無表情に聞いた。

「ラアイさん達は抜けだせそうか?」

「防ぐのに手一杯だが、うまくいくだろう」

 男は振り返り、上を見上げる。銃声は相変わらずだ。
 早く、離れなくては。
  なのに、マキトはいつの間にか、俺の近くで男を──男の傷を見つめていた。

「怪我は?」

 マキトの声は心配げだった。

「胸をやられた」

 男は白い歯を見せた。けど、すぐに苦しそうに咳き込んだ。
 俺はそれを気にしないようにして、立ち、大きなリュックを背負った。

「くるんだ!」

「でも、この人は?」

 おろおろとマキトが言う。マキトは、男の側を離れない。
 だけど、感傷なんかでここに残っているわけにはいかないんだ。俺は感情を押し殺して、もう一度言った。

「くるんだ! 何度も言わせるな!」

「さあ、アルと行くんだ!」

 男はそう言うと、立ち上がり、木陰に隠れた。
 俺は歩きだした。
 できるだけ早く、どこかに行くんだ。俺達がここにいる限り、ラアイ達も逃げられない。マキトは慌てて追ってきた。

「ほうっておくのかい?」

 胸を詰まらせたような声で、マキトが言った。言外に、非難を含めて。
 もう、たくさんだ!
 俺は振り返った。

「いいか」

 俺は癇癪を爆発させた。

「今はおまえを政府軍の手に渡さないのが、俺の任務なんだ。仲間の生命よりな。それに言っとくぞ。さっきみたいに、勝手に声をかけるな。トゥアレグの服装をしているからって、仲間のゲリラとは限らないんだ」

「悪かったよ」

「悪い? おまえの軽率さで、俺は死んでいたかもしれない」

 マキトはうなだれた。
 そうなってたら、マキトだって死んでたかもしれないんだ。そうなったら、仲間の犠牲は無駄になる。

「いいか、トゥアレグは味方も多いが敵も多い。おまえの知っているように、サソリもトゥアレグだ。部下にもトゥアレグがいる。雇われて、俺達と戦うトゥアレグの部隊もあれば、こちらに雇われているグループもある。
 奴らは秘密警察よりも手強い。残忍で勇敢だ。
 喉をかき切られたくなければ、覚えておくんだな!」

 俺はそれだけいうと、黙って足を早めた。マキトも黙って続いた。
 逃げるわけじゃない。
  俺は、俺達は仲間を見捨てて逃げるわけじゃない。

 逃げるじゃないけど──くそ、やりきれないなあ。
 とにかく、遠くへ、安全な所へ行かなきゃ。それが、俺の任務なんだから。
 俺達は銃声に追われながら、谷を下っていった。
                                                                                                         《続く》

6に続く→ 
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