Act.15 逆転、逆転、また逆転! |
ジープを先頭にして、戦車、装甲車、装甲トラックがずらずらと続いて走っていた。兵士を満載した護衛部隊はファティマを目指し、砂漠を渡っている真っ最中。 その中の大型装甲車に、俺達は乗り込んでいた。 その横にでぶっちょの大尉が胸に小形機関銃を吊し、用心深く拳銃を抜いて立っていた。その側で通信兵が、背負った無線機を使い、ファティマと連絡を取ろうと頑張っていた。 「司令官、妨害されています」 通信兵はダイヤルを回しながらわめいた。 「取り続けろ!」 大佐は防塵メガネをかけて、胸を張って立っていた。 俺達はと言うと、仲良く、銀の帯のような弾薬ベルトに囲まれて座っていた。 ただ、サソリと同じトラックってのが気に食わない。それも、ご隠居サソリってところがな! 「ドクター、待ち伏せしてるかな」 独り言のように、小声でマキトがつぶやいた。 「当たり前だ!」 あんまり、バカな質問するなよな。 「恐ろしいのか?」 マキトはかぶりを振った。 「たださ、今さっきまでは、ぼくとアルが秘密警察や政府軍から必死に逃げていただろ?」 「今度はやつらが必死で逃げ出す番だ」 嬉しくって、にやついちまうな。なんて皮肉な逆転劇だろう! 「でも、戦車や装甲車もいるぜ」 砂と埃を巻き上げ前を走る戦車を、マキトは溜め息交じりに見た。 「それに、大佐はうまくドクターの待ち伏せをかわしたんじゃないかな?」 「巻かれるドクターじゃないぜ。それに、あんなボロ戦車なんか、へっちゃらだよ」 しゃべりながら俺は、俺が生き生きとしてきたのを感じた。 「おまえは迷惑なのか?」 俺達ゲリラが邪魔なんかしなきゃ、すぐファティマについて日本へ一直線だもんな。 「ヒヨコは大手を振って日本に帰れるからな」 マキトは大きく横に首を振って、言った。 「乗りかかった船には、最後まで乗るよ」 「強がりを言わなくってもいいぜ、俺を相手に」 俺はマキトにウインクを送った。マキトはむかっとしたらしく、青いベールを鼻まで引き上げた。 俺、知ってるんだぜ、ヒヨコさんがどんなに親鳥のもとに帰りたがっていたか。ゲリラの特訓を受けた俺でさえキツい逃亡だったのに、文句一つつけずに頑張ったんだから。 俺は初めて会った時、『後ろに子鳩のように隠れている』とドクターに言われたマキトを思い出した。 ゴホッ、ゴホン! 吹きつける細かい砂のせいか、マキトは咳をした。横殴りの強い熱風が吹き、砂煙が一気に吹き飛ばされた。 「司令官!」 兵士の一人が怒鳴って、後ろを指した。 「ゲリラだ、戦車と装甲車を後尾に回せ!」 いかにも軍人らしく、てきぱき大佐が命令した。 真昼の太陽にまともにあぶられて、大型装甲車はアッという間に熱いフライパンに変わり、俺達はぴょんぴょん飛び跳ねた。 「司令官!」 兵士が絶叫し、左側を指した。 しっかし、大胆なことをするな、ドクターも。 「発砲をやめさせろ!」 と、大佐が怒鳴り、大尉が無線機にかじりつくようにがなったが、兵士は完全にパニックってる。 それにしても、呆れるぜ。モローリア軍って、本当にろくでなしの、スカポンタンだよ。 「無駄だよ、マリクシャーフ」 いきなり、サソリが怒鳴った。 「ろくに訓練もしてない部隊だ」 大佐は黙って、コンボイを双眼鏡で追っていた。 また、ドクター、遊んでるよ。 「君の軍隊に撃てるのは、市民ぐらいだけだ」 と、サソリが嘲り笑う。嫌な声だぜ。 それでもサソリは笑いをやめなかった。うろたえたのは、大尉の方だった。 それに引き換え、大佐は堂々として落ち着き払っている。どうして大佐が、大統領なんかにペコペコするのか不思議だよ。 そう言えば、ドクターがいつかマリクシャーフ大佐はたいした男だと褒めていたっけ。確かに頷けるよな。ドクターって、めったなお世辞は言わない人なのにさ。 そのドクターの乗っているコンボイは、平行したまま同じ間隔を保って、速度を上げさっさと追い抜いていった。 「行っちまったよ、アル」 わけが分かんないようにマキトが言った。 「先で待っているのさ。あるいは」 ワクワクしてくる気持ちを抑え、俺は指を鳴らしながら言った。 「前から、殴りこんでくる」 砲声が激しくなり、銃声もエンジンのうなりを消すぐらいになった。護衛部隊は、何の攻撃も受けないうちから(追い越しが攻撃にはいるかっ!)早くも隊を崩し始めた。 戦車は横に飛び出し、気の狂ったように砲頭を回し、撃ち続けやんの。 そのうち、後尾を追跡してきたゲリラのコンボイが左右に分かれ、護送部隊を軽快に狩りたてた。 「大尉、戦車の発砲をやめさせろ、砲弾の無駄だ」 大佐はマキトを見、片頬を歪めて言った。 「床に伏せているんだ、今度は弾が飛んでくるぞ」 マキトは慌てて伏せた。 「なにするんだ!」 「味方の弾に当たりたいの?」 ったく、ヒヨコもうるさくなったな。 やがて、あられのように弾が装甲版に当たり跳ねかえる音が激しく聞こえた。 大佐の命令で、三台の重機関銃が吠える。空薬莢が熱いシャワーのように俺達に降りかかる。この、きなくさい臭いが鼻や目の奥につぅんとするし、轟音で耳がわんわんする! どうして、自分のより他人の銃の音の方が堪えるのかな。なんてのん気なことをちらと考えた時、トラックの両側を黒いつむじ風のような物が轟音を響かせ、続け様に擦れ違う。 重機関銃を撃っていた兵士が、頭半分吹き飛ばされ、床に転がった。 俺は顔を背けた。 今、死んだ奴だって、家族なんかがいるだろう。胸や腹ならまだしも、頭半分がないなんて不気味な死体を見て、家族のやつらは真っ先になんて思うんだ? ………いやだよな。 ゾクッとすらあ。あんな風にだけは、なりたくない。 ズシン! ズゥッ!…… 腹にこたえるように爆発音が、いくつも響く。兵士達も気が狂ったように撃ち続けている。 その中で、屈みもしないで突っ立っている大佐がいた。たいしたもんだ。通信兵は伏せているし、大尉にいたってはマキトより低くはいつくばってるっているのによ。 そして、サソリは恐れる様子もなく座り続けていた。 おまけにかろうじて残っているやつらも、すっかり乱れきって一台、一台むちゃくちゃに走っている。さらに、遠くで戦車が黒煙を上げ、燃えていた。 マキトは頭を抱え込み、兵士はパンチを食らったようにトラックから転げ落ちていく。 大佐は身体を乗り出し運転手になにか指図した。ぴたっとトラックはいきなり止まった。 マキトは弱々しくうなり、俺は歯を食いしばった。いくらなんでも、こんな死体とは仲良くしたくない! 「降りろ」 大佐が拳銃を抜いて、命令した。 生き残ったトラックは、俺達を取り囲むように急停車した。 我が国の大型特殊免許の試験のレベルも、どうなってんのかいつか調べてみたいもんだよ。 「マリクシャーフ」 大声で怒鳴り、サソリは縛られた手首を突き出した。 「銃をくれ。一人でも多い方がいいだろう」 「私の眼は、後ろの敵まで見れない」 大佐が、さらりとかわす。 「ならば、私を殺せ。生きたまま、やつらに捕らえさせるな」 止まった。心臓が。血が。一瞬で沸き立った。 「殺せ!」 ふり絞るような絶叫。 「大尉!」 大佐は叫んだ。 「トラックの下に潜っていては、戦えんぞ!」 装甲トラックの下から、もぞもぞと大尉が出てきた。砂だらけの顔を歪ませ、大尉はすすり泣くように訴えた。 「司令官、このままだと全滅です。降伏をお願いします」 すでに多くの兵士達は両手を上げ、歩き出していた。唯一、機関中を撃ち続けていた装甲車が、突然、ボール紙でできていたように穴が開いた。 「対戦車ライフルだ」 「どうして戦争になると、君は元気がでるんだい?」 ……いきなり、変なことを聞くな。それも、俺自身にさえ分かんないことを。 「戦争の中で、生きてきたからさ。闘いが、俺の生活だよ」 ただ、言ってる俺自身、それが正解なのか分かっちゃいないけどさ。 「マリクシャーフ司令官!」 スピーカーから懐かしい声が流れ出した。 「私は、ドクター・イブン・ファラビーだ、無益な血を流す必要はない。降伏したまえ」 真っ先に応じたのは、サソリだった。サソリは、誰も何も言わないうちに叫んだ。 「マリクシャーフ、こちらには人質がある」 マキトの髪の毛は、一気に逆立った。 「私を怒らせても、君を撃たんぞ、アラムート」 大佐は拳銃をサックにしまいこんだ。サソリは黙って、眼を閉じた。 「ドクター・イブン・ファラビー、降伏する!」 大佐が叫ぶと、兵士達の恐怖に満ちた眼が、見る見るうちに喜びの色に変わった。まるで勝ったかのような歓声を上げ、兵士達は喜びまくった。隠れていた大尉ものそのそ這い出し、大佐の両手を握ろうとした。 が、大佐は不潔なものでも見るような眼つきで、大尉を見下した。 ドクターだ。 おかしなもんだぜ。 よかった。 「行方不明と聞いて、小さなこの胸を痛めていたんだよ。しかし、怪我をしなくて本当に良かった。小さなモローリア人くん」 おどけて言ったドクターは、マキトを地上に下ろした。 「今日は、トゥアレグの格好をしていませんね」 弾んで、マキトは聞いた。ドクターは、今日はサハラシャツを着ていた。 「あの方が似合うかね」 ドクターは、暖かくにこにこ笑って聞き返した。マキトも笑い返し、ドクターを見上げた。 「少なくともおなかは、見えませんから」 ドクターはマキトのアゴに軽いパンチを当てた。いつまで立っても直らないね、あの性格は。 「よくやった、アル。私の期待してた以上だった。心から感謝するよ」 「ちょろいもんでした」 肩をいからせ、俺は見栄を切った。本心は、褒められて有頂天さ! ねぇ、ドクター。本当はさ、いろんなことがあったんだぜ。だけど、言わなくても分かるよな、きっと。 「せめて私の部下の半分が、彼のような兵士なら、あなたもてこずったでしょう」 静かに、大佐が口をはさんだ。 「司令官、あなたの部下もアルと同じ勇敢なモローリア人ですよ。ただ、彼らは腐敗した独裁者のために命を懸け、戦いたくはなかっただけです。よく承知しているはずですよ」 大佐は黙って拳銃をドクターに手渡した。ドクターはすぐ俺に渡した───。 俺は、手の中の銃を見た。 そして、うずくまるように座っているサソリを見た。 俺はもう一度、銃を見た。 ここでサソリを殺さなかったら、俺はなんのためにゲリラをやってきたんだ。 そいつらのためにも、親父やお袋のためにも、そして、何より俺のために、殺してやる。 「私は撃ち方を、まったく知らないんです」 恥ずかしそうなドクターの声。 ───こんな、バカなことが、あっていいわけ、ない。 こんな時に、引き金が引けないなんて。指が動かないなんて。それも、さっき大佐の部屋で動けないのとは、まるで違っていた。 眼の前にいるのは、サソリじゃない。 眼の前にいるのは、サソリなんかじゃないんだ。 |