Act.16 復讐の終わり |
「撃ってはいかん!」 厳しいドクターの命令が、俺を制した。俺は、ドクターを見た。 「俺は、このために生きてきたんです、ドクター!」 なのに、サソリがいないんだ! 「それは裁判で決めることだ、アル。我々はアラムートじゃない!」 だけど、奴はサソリじゃない。俺は両眼をつむった。 「いやだ! いやだ! いやだ!」 こんなの、嘘だ! どうしてだよ? 「アル!」 マキトだった。 「おまえになんか、分かるもんか!」 俺はマキトに殴りかかった。 俺はめちゃくちゃマキトを殴った。 マキトの口びるは切れ、鼻血が流れ出た。ようやく俺は、ドクターに引き離された。 「いいんです、ドクター」 マキトの言葉に、ドクターは首を振った。 ドクターは俺から拳銃を取り上げた。 「ドクター・イブン・ファラビー、モローリアのキツネ。秘密警察本部で会いたかった」 低い声で、サソリが言った。 「私は今会えて、満足している」 今まで見たことがないほど険しい顔をしたドクターは、パイプに火をつけた。 サソリは大佐を指差した。 「私も同じことを考えていたよ、アラムート」 刃を返すように、大佐が切り返した。 「私の部下は、君に聞きたいことがあるそうだ」 ドクターはサソリを真正面から、見た。サソリは甲高い笑い声を上げた。 「ファラビー。私は何もしゃべらんよ」 「しゃべらせ方を、君が教えたんじゃなかったのかね?」 ドクターはサソリを見つめながら、悲しそうに言った。 「試すんだな」 挑むような口調のサソリ。 トゥアレグが滅びゆく民族だと言ったのは、マキトだっけ? だけど……今なら賛成するぜ、マキト。 俺は少し離れた所にしゃがみ、砂を見つめた。 いつかサソリを殺ってやる、殺ってやると思いつめて、さ。 サソリの拷問を受けた時、俺は心底怖かった。鞭の痛みより、怖さが勝っていた。今思えば、我慢できないほどのものじゃなかったのに、俺が泣き叫んだせいで、親父とお袋は殺された。 俺のせいで、俺が親父達を殺したんだと思うと、やりきれなかった。 やり場のなくなった気持ちは、サソリを憎む気持ちへと変わったんだ。 俺の考え方が間違っているのかもしれない。だけど、そうしなくっちゃ、どうにも気が治まらなかった。 ま、それを今さら蒸し返す気はないけどさ。 『サハラはトゥアレグの故郷だ。サハラが滅びない限り、トゥアレグも滅びない』 と、言ったのは、俺。 トゥアレグが滅びたなら、サハラもいつかは、滅びる。跡形もなく、消え去る。 マキトが、俺の隣に座った。 「痛むか?」 俺はつぶやいた。 「痛いな」 「殴り返せよ、好きなだけ」 「貸しとくよ」 マキトは俺の肩を、ポンと叩いた。 腹の中で苦笑したら、辺りに気を配る余裕が出てきた。大佐は、ゲリラのロケット砲、無反動銃、大砲などを注意深く見ていた。 「アルジェリアの援助を受けたのかね?」 「石油が出れば返す約束でね」 タバコの煙に包まれながら、ドクターは言った。 「私にはどうやら、詐欺師の天分があるらしい」 ありあまってるよ。 「それに」 ドクターはマキトの頭に手を置いた。 「この勇敢な子が鍵だった」 どうもその形容詞には疑問が残るな。 「この子を独裁者の手から取り戻せたことで、あちらさんはモローリア石油開発の行方を決めたんだ。援助する価値があるってね。つまり、モローリアの明日のサイコロの目は、この子次第だったということになる」 ………呆れた。 「しかも君が主力をアトラスに送ったので、楽に戻ってこれたよ」 涼しい顔でドクターが付け加える。……もう、言葉もないですよっ。 「大統領の命令だった」 忌ま忌ましげに大佐がつぶやき、続けた。 「しかし、アトラスに展開している私の部隊を破れる兵力じゃない」 「だが、君はここにいる」 ドクターは大佐と向かい合った。 「アトラスにいる指揮官は優秀だよ」 「君ほどじゃない。私は以前から、一度君と話し合いたかったんだ。マリクシ 「私は捕虜だよ」 大佐は捕虜に似つかわしくない態度で、堂々と後ろで腕を組んだ。 「君は忌まわしい政府の中で、腐っていないただ一人の軍人だ。なぜ、あんな独裁者に忠誠を尽くすのか、一度尋ねてみたかったんだよ」 ドクターの言葉に、大佐はドクターを見返した。 「大統領の命令には逆らえんのだ。軍人が上官の命令に背けば、軍は成り立た 「良心に恥じてもかね」 ドクターは大佐に迫った。 「法律か良心か。私は政治家じゃない」 「私は軍人じゃない。今からでも遅くない。マリクシャーフ。モローリアの将来を考えてみようじゃないか」 「君と手を握れと言うのかね?」 ドクターはくわえたパイプを、大佐の鼻先に短剣のように突き付け、言った。 「まさにその通りだ。アトラスの君の部隊と、我々がファティマに迫れば」 大統領なんか、ひとたまりもないだろうな。 「十分と持たんよ。あるいは、君がアトラスの軍を動かさないでいてくれたら、我々だけでも充分勝てる。 もし、君が拒否しても流れは変わらんさ。 ドクターは手でジープを指し示した。 「私を信じるのかね、ドクター・イブン・ファラビー。アトラスについたら、君を攻撃するかもしれない」 大佐はドクターの眼を除き返した。 「君は知らないのかね、政治家には詐欺師と賭博師の天分が必要なんだ」 茶目っけに溢れたドクターの返事。 《続く》 |