エピローグ ようこそ、自由の世界へ 
 

 ドクターとマキトと俺は、ファティマの国際空港にいた。それも、とびっきりのおしゃれをして、だ。

 ドクターはちゃんとした背広は着てたけど、ネクタイは崩れているし、パイプをくわえた上何本もパイプを背広のポケットに押し込んでいるから、タバコ屋の親父そっくり!
 とてもモローリアの臨時大統領には見えないよ。

 あの後、自由戦線がコンボイでファティマに迫っても、大佐はアトラスから一歩も動かなかった。それで大統領は大慌てでカバンに金を詰め込み、脱出用に官邸に張りつかせていたヘリコプターに乗って、モロッコにとんずらした。

 本当にあっけないぐらいあっさり、独裁政権はつぶれた。モローリア最後のヘリコプターと一緒にな。
 マキト達の両親のピザが降りる前だぜ。

 あんまり早いんで不思議に思ってたら、ドクターは力学の法則さと笑った。
 力学はともかく、俺達はずいぶん変わった。
 マリクシャーフ大佐は国防大臣に任命され、サソリは牢の中で裁判を待っている。

 もっとも、俺はもうサソリのことはあんまり気にかからない。
 そうだな、やっぱり一番変わったのは俺かもしれない。
 今、俺はまっさらの半ズボンとシャツを着てるんだぜ!

 俺をよく知っている奴でさえ、見間違えたぐらいだ。マキトに言わせると、時々険しい眼をする時があるけど、急に子供っぽくなったと言って、喜んでいた(何を喜んでるんだ!)

 この前、ドクターにこれから学校に行くんだと言われた時は、もうめげた。思いっきりしょげちまったもんな、あの時は。
 でも、慣れればきっと、なんとか……なるかな…?

 それはなんとかなっても、マキトと離れ離れになるのはちょっと……辛いな。ここ数日間、ずっと一緒にいたおしゃべりで陽気な、質問好きのヒヨコがいなくなるなんて、まだ信じられないくらいだ。

 今日、というよりもうすぐ、マキトの両親がカサブランカからのフレンドシップに乗って、到着する。
 俺達はそれを待ってるわけだ。

 マキトは落ち着きなく、少しもじっとしていなかった。
 ようやく親鳥に会えるんだもんな。それに、マキトも俺と同じような気持ちらしい。そのせいもあって、見える方が焦れったくなるぐらい、そわそわしている。

 ずいぶん長い時間待った後、金属音を立ててひどい滑走路にフレンドシップ機が着陸した。
 マキトは夢中になって、大きく手を振った。

 機は止まり、タラップがつけられ、そしてドアが開いた。ミスター・モリと、ミセス・モリらしい女性が降りてきた。
 ミスター・モリとミセス・モリはマキトの前に立った。

 前に見かけた時よりも頬のこけたミスター・モリは、マキト以上に照れて、まるで赤ん坊の時に生き別れになった息子と再会したように、マキトを見つめていた。

 ミセス・モリの方は泣き出していた。
 マキトは、手を差し出した。ミスター・モリは戸惑ったけど、すぐがっちりした手で力強く握った。
 ヘン、マキトの奴かっこつけてら。

 俺はミセス・モリの方を見た。
 優しそうな女の人で、化粧をまるっきりしてなくて、泣いているのにきれいに見えた。立っているのが不思議なくらい乱れて、ハンカチで顔を覆っていたけど、それでも、とてもきれいな女性だった。

「やあ、パパ。また、会えたね」

  さりげない口調でマキトが言った。───ったく、よく言うぜ!
 ミスター・モリは口ごもりながら、何度も頷いた。

「やあ、ママ」

 ミセス・モリはマキトが言い終わらないうちに、抱き締めた。
 ミスター・モリとドクターはどちらかともなしに堅い握手を交わした。絵にするんなら『友情と信頼』って題だな、これは。

「息子さんをお返ししますよ、無傷とはいきませんがね」

 言いながらドクターは、不安そうにマキトを見た。
 マキトの頬にはあざがあるし、頬は歪んでるし、頭は丸坊主!
 それが全部、俺の仕業だもんな〜。

「息子さんは、フルベ族の成人式を受けたんですよ」

 ドクターは冗談を言い、パイプを振り回した。
 フルベ族の成人式は、鞭を振るう大人達の間を歩いて通り抜けるってやつだ。

「顔を見れば分かりますよ、ドクター。私より、ふけた面をしている」

 息子がこんな目にあわされたのに、ミスター・モリは嬉しそうだった。
 いいな。
 なんとなくマキトが羨ましいよ。

「このお礼を、なんて言えばいいのか分かりません」

 口ごもりながらのミスター・モリの言葉に、ドクターは照れくさそうにパイプをいじった。

「私も満足しているんですよ。頼りにして頂いてもいい男だという証しをたてられて」

 控え目だけど、ドクターの誇りがはっきり感じられた。
 その間、ミセス・モリはマキトを強く抱き締め、震えていた。
 いいな。
  本当にマキトが羨ましいよ、本当に───。

 俺は最初っから、みんなから少し離れた場所にいた。
 あーあ、羨ましいなっ。
 俺は爪先で砂を蹴飛ばした。あんなにいいパパとママがいて、平和な日本に帰ったら、あいつ、俺のことコロット忘れんじゃないかな。

 うん、ありえるな。
  今だって俺のこと、忘れてるもんな。───それにしても、本当にいいよな、あいつ。
 俺はちょっぴりすねて、爪先で砂を蹴り続けた。

 ミセス・モリはさっきより少し落ち着いて、マキトを抱き締め続けていいのか、言葉をかけたらいいものか、迷っていた。

「ママに是非、親友を紹介したいんだ。モローリア一勇敢な子で、ぼくの命の恩人でもあるんだ」

 優しい口調の、マキトの声。
 俺、びっくりしたけど、それでも砂を蹴り続けた。
 なんだよ、あいつ。

 俺のことなんか、忘れてたと思ったのにさ。俺はちょっぴり肩を揺すって、横目でチラッと見ると、ミセス・モリは黙って大きく頷いた!
 マキトは振り返った。

「アル、来いよ!」

 マキトは叫び、腕で俺を招いた。
 俺は顔を上げた。

「ぼくのママを紹介するぜ」

 今、行くよ!
 俺は駆けだしたい気持ちを抑え、もったいぶって歩いていった。
                                                                                                                                 END

 
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