陸章 デパートを封鎖せよ!

 

 

「そ……そんな…………っ、さすがにデパート外までは保険適応範囲外なのに……」

 途方に暮れたような声で、支配人が呟く。保険だのなんだのと悩んでいるっぽいが、ここは腹をくくってもらわないと困る。ここでぐずぐずすればするほど、バンバンシー達が増えていくんだ。

 バンバンシーの恐ろしさは、その強さではない。次から次へと数を増やしていく、その繁殖力にある。

「被害を抑えるために、無関係の人はさっさとデパートから逃がして、出入り口は封鎖しないと。他にもバンバンシー化した人間がいるなら、このデパートから出すわけにはいかない……!」

 おいらは、必死だった。
 いくらなんでも、おいら一人で出来ることなんて限界がある。デパート内の人達の避難誘導や、出入り口の封鎖なんかにはどうしたって助けが必要だ。もし、彼らがそれさえも拒んで逃げ惑うだけなら、はっきりいって状況は絶望的になる。

 デパート壊滅は確定として、被害は爆発的に広がってしまうことだろう――。
 と、静まりかえった部屋の中に、明るい声が響き渡った。

「了解。分かった、全面的に協力するよ。何をすればいいのか、教えてくれるかい?」

 そう言い切ったのは、高虎だった。
 思わぬ協力の申し出に、ホッとするやら、ガッカリするやら――正直、半々だった。もちろん、賛成してくれるのは嬉しいけど、悪いが警備員達ならまだしも、子供一人じゃたいした助けにはならないと思ったからだ。

 一番、頼みにしていた支配人は息子の意見に反対なのか、むしろ叱りつけるように言う。

「お、おまえ、そんな勝手に……っ。子供は黙っていなさい、今は大変な時だというの……っ」

「パパ――ううん、支配人。これは、次席株主としての決定だよ。不満があるなら、緊急株主総会を動議するよ。そうなったら、おばあちゃん……じゃなくて筆頭株主にも来てもらうからね」

 親の言葉を遮って高虎がそう言った途端、支配人の態度は一変した。息子を叱る父親はどこにいったのやら、揉み手混じりの商売人が引きつった笑顔で腰を低くする。

「い、いやっ、不満だなんてっ、そんなっ。あの、だからその、お義母様には内密に……っ」

 ――どういう事情なんだかはさっぱりだけど、支配人のあの様子から見て、彼は株主には弱いっぽい。

「なら、協力してくれるよね?」

 と、にっこりと笑った高虎に、支配人がコクコクと頷く姿を、おいらはあっけにとられて見ていた。
 な、なんだ、これ、なんの京劇だよ? が、そうやってあっけにとられていたのは、わずかな時間だった。

「それで、ナム。避難誘導しながら、玄関を封鎖すればいいんだね?」

「あ、ああ、うん。キョンシーやバンバンシー達は、人間の言葉なんかろくすっぽ分からないから、どんどん避難を呼びかけて欲しいんだ」

「OK。なら、管理室に連絡するよ。あそこからなら、店内放送でデパート中に避難を呼びかけられるし、防火シャッターだって操作できる」

 そう言ったかと思うと、高虎はポケットからスマホを取り出して、早速話し始めた。

「もしもし、藤堂高虎だけど。――うん、これは緊急回線発令だよ。まず、店内方法でお客様に避難誘導を。その内容は――」

 やけにテキパキと、的確な指示を出し始めた高虎に、おいらは目をまん丸くするしかなかった。さっきまではおバカな中学生だとばかり思っていたのに、印象が変わるにも程がある。

 が、ここで驚いてばかりいても始まらない、おいらは気を取り直して支配人に聞いた。

「防火シャッターって、なんですか?」

 問いかけると、支配人が汗をふきふき教えてくれた。

「あ、ああ、ナム君は知らないのかな? 日本では火災発生時に備え、ある程度以上の大きさに建物を区切ることができるように防火シャッターを設置するよう、義務づけられているんだ。そ、そうだ、まずはこの階を閉めた方がい
い!」

 そう言いながら、支配人は階段の方へと走っていく。それに、おいらや警備員達が続く。
 支配人が小さな扉を開け、何やらいじったかと思えば、階段とフロアを塞ぐようにシャッターがいきなり降りてきた。

「へー、こんな仕掛けがあったんだ」

 感心して、おいらはシャッターを軽く叩いてみる。薄っぺらい金属で出来ているようだが、意外と丈夫そうなそれは、並のキョンシーでは開けることはできないだろう。

 しかも、シャッターを閉めた横にはきちんと扉があった。
 これなら、逃げ遅れた人間はこの扉から逃げ出せる。扉を開ける知恵なんて残っていないキョンシーだけが、その階ごとに取り残されるって寸法だ。

「いいね、これは悪くない。だけど、これだけじゃ心配だから……警備員の皆さんも、手伝って欲しいんだ」

 おいらの呼びかけに、警備員達が戸惑った様子を見せる。だが、ここで譲るわけにはいかない。

「みなさん、できれば各階のシャッターの側にいてもらえないかな? 封鎖の管理をしながら、避難する人が来たら通してあげて」

 それは、地味ながら大切な役割だ。
 今はまだ、お客さん達も戸惑って店内を逃げ回っているか、隠れているだろうが、店内放送が始まれば出口へと向かうはず。そうなったら逃げるのに精一杯で、扉を開けっぱなしにしてしまうかもしれない。

 だが、それでは意味がない。
 お客さんを安全に逃がしつつ、きちんとキョンシーを封鎖してもらわないと困る。

「でも、キョンシーやバンバンシーを見つけたなら、絶対に近寄らないで逃げてくれ。あいつらは、おいらが責任を持って引き受けるから」

 それを聞いて、やっと警備員達もやる気を取り戻してくれたらしい。直接、キョンシーと戦わなくていいと分かった分、気が楽になったのだろう。だが、それでも心配そうに聞いてくる警備員もいた。

「ですが、どうやってキョンシーと人間を見分ければいいのか……」

「簡単だよ。声をかければいい。返事をすれば人間だけど、キョンシー達はしゃべれないから」

 正確に言えば、しゃべれるキョンシーもいる。が、少なくともポンやチーは所詮は第一級の低レベルキョンシーだし、バンバンシーはさらにその下とされている。

 呼びかけて、まともな返事がなければ即キョンシーだと判断してもらって構わない。
 唯一、ベビキョンなら片言ならばしゃべれそうだが、まあ、あれは例外と考えていいだろう。

「いいかい、返事がない人や呻き声しか出せない人は絶対に通さないで。それに、怪我をして気絶している人がいたなら、絶対に近寄っちゃだめだ!」

 おいらの発言に、警備員達がどよめいたのが分かった。
 ま、そりゃそうだ、怪我人を見捨てろと言っているようなもんだし。それに、おいらだって分かっている……この方式で人間とバンバンシーを区別しようとしたのなら、わずかに間違える可能性があるって。

 怪我を負って声が出せない人を、バンバンシーと誤認するかもしれない。その結果、何の罪もない人が逃げるに逃げられず、結果的にバンバンシーの仲間入りさせてしまうかもしれない。
 だが、それでも……危険を冒させるわけにはいかないんだ。

「さっきも言ったように、おいらはバンバンシーなら治療できるんだ。後で必ず助けるから……っ、今は、お客さんに避難を優先してくれ!」

「は、はいっ」

 幸いにも、警備員達もおいらの説明に納得してくれたらしい。さっそく、警備隊長らしき人物が誰が何階に向かうか決め始めた。それと同時ぐらいに、ピンポンパンポーンとリズミカルな音楽と共に、落ち着いた女性の声でアナウンスが流れ始めた。

『ご来店のお客様に緊急連絡です。ただいま、デパート内で凶器を持った不審者が複数侵入したという情報が入りました。危険ですので、直ちにデパートより避難をお願いします。なお、不審者を見かけても決して近づかず、速やかに避難してください。従業員各員は、お客差を非常口に誘導してください。繰り返します……』

 アナウンスの話は事実とは少し違っていたが、このくらい嘘も方便ってものだろう。
 それを聞いて、店内のあちこちにいる制服姿の従業員達もようやく行動を開始し始めたようだ。

「ナム、放送を流したよ! 防火シャッターや従業員出口の類いも、ほぼ閉じた! だけど、一つ悪いニュースがあって、どうも正面玄関が故障しちゃったっぽいんだ。管理室からじゃ、どうやっても閉められないんだって」

「なっ!? なんで、そんな肝心な場所がっ!?」

 つい、おいらは全力で突っ込んでしまう。
 本来ならこの短い時間でいち早く対処してくれた高虎を労うべきだと思っていたのに、悪いニュースの衝撃が大きすぎた。

「あぁああっ、もしや、先月の大雨で故障した箇所か!? 自動開閉はできるからって、修理費をケチらずすぐに直しておけば……っ」

 って、原因はあんたか、支配人っ。
 今すぐにでも怒鳴りつけたい衝動に駆られたら、そこはぐっとこらえる。確か、いかにも日本のデパートらしく、透明なガラス製の大きな自動ドアだったはずだ。

 いくら頭が悪いキョンシーでも、そこから外に出られるのは一目で分かるだろうし、自動開閉するのなら素通しも同然だ。いや、それどころか、外から新しく入ってくる人間を止めることもできない。

 さっき、屋上に物見高い見物客が戻ってきたように、無責任な見物人がデパートに入ってきたりしたらと思うと……。
 放っておくには、ヤバすぎる!

「なら、おいらはすぐにそっちに向かうよっ。手動なら、閉められんだろ!?」

 これでもし、手動じゃ無理と言われたら途方に暮れるところだったが、幸いにも支配人は大きく頷いた。

「あ、ああっ、それはもちろん! 開閉装置を停止させてシャッターを下ろすのは、普段は手動で行っていますから」

「なら、そのやり方を教えてくれっ!」

「まず、自動ドアから少し離れた場所にある開閉装置を操作する必要があるのですが、少し複雑で……それに、そこを開ける鍵がないと……管理室にはあるのですが……」

「ええっ、なんだよ、それっ!?」

 思っていた以上にややこしい条件に、思わず叫んでしまう。が、暢気な声が隣から聞こえた。

「その必要はないよ。やり方はおれが知ってるし、おれも一緒に行くから。マスターキーだって、持っているしね」

「「ええええっ!?」」

 今度の驚きの声は、おいらと支配人の声がぴったりハモった。

「何言ってるんだよ、危険にも程があるだろ!? 子供はさっさと逃げた方が――」

「そっちこそ、何言ってんの」

 おいらの言葉を遮って、高虎がおかしそうに笑う。

「ナムだって、子供じゃん。それにさ、おれがいればデパート内じゃ迷わないよ。昔っからしょっちゅう遊びに来てたから、このデパートの中には詳しいんだ」

 その言葉に、おいらは反論できなかった。
 実際、高虎の方がこのデパートに詳しいそうだ。

 おいらもキョンシー展のために毎日ここには来ていたとはいえ、さすがにデパート全体の構造まで把握しちゃいない。むしろ、まだちょいちょい迷うぐらいだ。

「ところでさ、ナムってスマホ持ってる?」

「いいや」

 不意に投げかけられた質問に、おいらは素直に答えてしまう。それが間違いだと悟ったのは、高虎がニヤリと笑ったのを見た時だ。

「へーえ。なら、なおさら、おれと一緒の方がいいと思うけどなあ。だって、スマホもなきゃ管理室や警備員さんらとの連絡も、とれないよ? まあ、貸してもいいけど……慣れてないのなら、スマホの操作は入り口の手動開閉より難しいんじゃないかな」

 ぐらついたおいらの目の前に、高虎は見せびらかすようにスマホを突き出し
て見せた。

 あぁああああっ、恨むぞ、師匠&兄弟子めっ。
 霊幻道士にはそんなチャラついたものなんか必要ないとかなんとか言って、おいらが欲しいと思ったゲームだの携帯機だの、なんでもかんでも反対しまくりやがって。

 おかげで、おいらは情けないことに、その手の流行機器には弱い。
 たとえ、ここで高虎にスマホだけ借りたって、ろくに使えないのは目に見えている。

 うう、素人を連れてキョンシーやバンバンシーと戦うなんて、なおさら難度が上がった気がするけど、この際、しょうがないか。おいらは、半ばやけくそ気味に行った。

「分かったよっ、こっちから頼むから協力してくれ!」

「りょーかい、りょーかい♪ じゃ、パパ、そういうことだから、後はよろしくね!」
 軽くいいながら早くも走り出そうとした息子を見て、支配人が慌てたように止めようとした。

「い、いやっ、そんな危険な真似は――」

「パパ。粉飾決算ってどう思う?」

 その言葉は、魔法のように効き目があった。真っ青になってぴたりと動きを止めた実の父親に向かって、高虎はけろりとした口調で言う。

「パパには、支配人として管理室に行って欲しいんだ。お客さんを逃がしながらモニターを確認して、キョンシーの場所をこっちに教えて」

「わ、分かった、これからすぐに監視室に行こう……。モニターで状況を確認しつつ、指示を出すから……いいかい、くれぐれも危険なことをするんじゃないぞ!? ナム君、息子をどうかよろしくお願いしますっ!」

 と、痛いぐらいに手を強く握られて、閉口した。だがまあ、気持ちは分かるだけにおいらはもっともらしく、頷く。

「はい」

「おお、お願いしますぞ! ――それでは警備員諸君も、よろしく頼む。各自、放送に注意を払って欲しい。また、個々に伝えるべき事柄は携帯機を通して連絡してくれ」

 支配人がすぐに態度を切り替え、警備員達に声をかける。それに便乗して、おいらも声をかけた。

「警備員さん達も気をつけて! もし、危ないと思ったら非常口に鍵をかけて、躊躇なく逃げて!」

 無理に粘って、バンバンシーに襲われでもしたら、被害がどんどん広がるだけだ。それよりは、被害が出る前に自主的に避難してくれた方が助かる。
 幸いなことに、支配人もおいらと同じ考えのようだった。

「従業員達が逃げるタイミングは、私から指示を出そう。……最終責任は私がとる。施錠後は、君達も順次避難してくれ。君達自身の命を守ることも、大切なことだ」

 苦みを帯びた口調でそう言い切る支配人を見て、おいらはちょっと驚いた。保険やらお金に散々拘っていたとは思えないほど、堂々として見える。

「は、はい、分かりました」

 支配人の態度に影響されたのか、警備員達の姿勢も良くなった。アナウンスの声も、脱出するために近い出口を分かりやすく説明している。誰もが一丸となって、この危機を乗り越えようとするのが分かった。

 それだけでも、少しだけ気が軽くなった気がする。ついさっきまでは、おいら一人でやらなきゃいけないかと思っていただけに、この手助けは大きかった。

「さあ、行こう、ナム。正面玄関になら、階段を降りていった方が早い!」

 駆けだした高虎を追って、おいらも精一杯駆けだした――。  《続く》

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