捌章 バンバンシーとの戦い |
「……ッ!」 バンバンシーの動きは、予想以上に機敏だった。 店員とおばさんバンバンシーは即座に方向転換し、躊躇なくおいらに向かってきた。それは助かるが、子供の方はそのまま女の子に向かっていくのが見えた。 内心焦ったが、訓練を繰り返した身体は思うよりも早く動く。修行中は厳しい師匠や兄弟子を恨みもしたが、いざという時には身体にしみこませた訓練こそがものを言うというのは、正しかった。 ジャンプの勢いのままに二段蹴りをかまし、まずは二体のバンバンシーをとりあえずぶっとばす。この程度じゃ止めにはほど遠いが、今は邪魔者を一時的にでもどかすのが先決だ。 空いた隙間をそのまま走り抜け、おいらは子供バンバンシーへと向かう。今にも女の子の肌に爪を突き立てようとしているバンバンシーの股を、おいらは後ろから蹴り上げた。 これが人間だったら、男であれば年齢に拘わらず悶絶するだろう。 壁にも当たっていないのに不自然な動きを取る子供バンバンシーに、おいらは思わず舌打ちした。 「ちっ!!」 いまや、子供バンバンシーは完全に宙に浮いていた。ふわふわと頼りない感じで、大人の目の高さぐらいの場所に浮いている。どうやら、このバンバンシーはベビキョンのように超能力が使えるらしかった。 純粋な子供ほど死後に超能力を得る可能性が高いとは教わったが、まさか実際に自分の目で見ることになるとは。ううっ、武術で攻撃されるならなんとでもなるけど、超能力で攻撃される用意なんてしてないのにっ! 子供キョンシーはふわりと空中で方向を変え、いっちょ前に牙を立てておいらに向かってくる。 だが、すぐにおいらはこの子供キョンシーの力がそれほどでもないことに気づいた。確かに身体が動かしづらくなったが、集中すれば少しは動かせるっぽい。 テレポートしようともしないし、どうやらこの子供キョンシーの能力はベビキョンには及ばないようだ。その事実に少しばかりホッとしながら、おいらは素早く周囲を見回した。 このフロアは、家具売り場のようだ。 そこそこの大きさがあり、重さもありそうだ。そのくせ、柔らかい素材なのがちょうどいい。 おいらは、集中して足に力を込める。 もちろん、狙うのは襲いかかってくる子供バンバンシーだ。空中を飛んでいたそいつは、真正面からソファにぶつかって落下した。 運良くというべきか、子供バンバンシーは自分よりも一回り大きいソファの下敷きになり、もがいているばかりだ。ろくに動けもしないバンバンシーの額に、おいらは右手のお札を貼りつけた。 その途端、ふっつりとその子供の動きが止まった。 「ごめんな……」 後で、必ず助けるから。だから、それまで大人しく眠っていて欲しい――そう考えたおいらの耳に、つんざくような悲鳴が飛び込んできた。 「きゃーっ!」 女の子が叫んでいた。続いて、どこからか高虎の声が聞こえる。 「後だっ、ナムッ!」 ハッとすると同時に、おいらは背後の気配に気づいた。ピリピリするような殺気を感じる。 いけない、子供に気を取られて油断しちゃったが、まだ店員とおばさんバンバンシーがいるんだ。シュッと空気を切る音に、おいらは身体を大きく沈めて避けてから、振り向いた。 案の定、爪を立てて襲いかかっているバンバンシーが二体。 その隙を突こうとしたのか、襲いかかってくる店員バンバンシーに右足で一戦する。 地面すれすれに真横になぎ払う蹴り――いわゆる水面蹴りをしかけて、相手をすっ転ばせるのに成功した。店員が倒れ込んだのと同時に、おいらはジャンプしてその上に乗りかかる。 当然のように店員バンバンシーは暴れ出すが、しっかりと身体の上に乗ってしまえば、そう簡単に振り落とされることはない。暴れるバンバンシーを片手であしらいつつ、くわえていたお札を手に取り、額へと貼り付けた。 その途端、このバンバンシーも嘘のように大人しくなる。それを確かめてから、おいらはようやく息をついた。 「ふぅ……っ」 あまり強いバンバンシーでなかったのは、本当に幸いだった。おかげで、どのバンバンシーにも傷を負わせることなく眠らせることができた。 「イン・フー、手を貸してくれよ」 高虎の手を借りて、おいらは子供バンバンシーの上に乗っている椅子を、お札が剥がれないように慎重にどかした。いくらバンバンシーが痛みを感じないとは言え、このまま放置しておくのはあまりにも忍びない。 おばさんと子供はどうやら親子っぽいので、同じソファに座らせるようにしてあげた。店員も本当はそうした方がいいんだろうけど、重すぎて動かせなかったので悪いけどそのまま放置することにした。 未だに座り込んだまま震えている女の子は、見たところ怪我は見当たらないが、念のために声をかける。 「怪我はないかい?」 そう聞いた途端、なんと、女の子が突然抱きついてきた! 暖かくて、ふわっといい匂いがして、おいらは焦らずにはいられなかった。だ、だって、キョンシーやバンバンシーとは全然違うっ。 「謝謝(シェイシェイ)……」 小さく呟かれたその一言に、反応したのは高虎の方だった。 「あれっ、君もナムと同じで中国人なの? って、それじゃ日本語はわかんないかな?」 高虎が話しかけたのを聞いて、女の子はパッとおいらから離れてしまった。 とりあえず距離を取り、恥ずかしそうに頬を染めている彼女は、それでも健気に質問に答える。 「ワタシ、日本語、分かりマス。ワタシ、中華街に住んでいるネ。今日は、お使いでここに来たアルヨ」 少したどたどしさを感じる日本語で、女の子は状況を説明してくれた。 聞いた話では日本国籍を持つ中国人や長期滞在している中国人も多く住んでいる街で、日本語と中国語を話せる人も珍しくないそうだ。 おいらは中国生まれの中国育ちだけど、日本人の血を少し引いているのとは逆に、この女の子は両親ともに中国人だけど日本生まれの日本育ちのようだ。それでも、同じ国の子と言うだけでなぜだか親しみを感じてしまう。 このデパートからは中華街に割と近い上に、日本ではなかなか手に入らない中国の食材が豊富なので、よく買い物に来ていたらしい。 しかし逃げ遅れて、こんな事件に巻き込まれてしまったようだ。言われてみれば、彼女のすぐ近くには大きな荷物が転がっていた。おそらくは料理の食材なのだろう、袋が無残に破れてその辺に散っているのが見える。 ひどく不安そうに、でも一生懸命に説明しようとする女の子に、おいらは少しでも励ましたくて、声をかける。 「それは災難だったね……でも、おいらが来たからには大丈夫さ。これでもおいらは、霊幻道士なんだぜ!」 胸を張ってそう宣言すると、女の子は顔を上げた。歳は同じだと聞いたけど、彼女の方が少し背が低い。必然的に上目遣いに見上げられ、なぜかどぎまぎしてしまったおいらは、ついつい付け加えてしまった。 「……見習いだけど」 やけに澄んだ目を前に嘘をつくのは悪いことのような気がして、つい、みっともないことを暴露してしまったが、それを聞いて彼女は初めて笑顔を見せてくれた。 「ありがとネ。ワタシ、ミンミンって言うアルネ!」 |