『拾壱章 一難去ってまた一難!』 |
「とりあえず、これでデパート内はだいたい片づいたみたいですね」 それから30分後――管理室に高虎とミンミン、ついでに支配人を残して三人がかりでチェックしてもらい、監視カメラの死角になる部分をおいらとベビキョンが走り回って調べた結果、再び管理室に戻ってきたおいらはそう結論づけた。 ……なぜか、おいらが一番下っ端的に走り回っていた気がするが、まあ、それはいい。おいらは、霊幻道士でばっちり身体も鍛えているんだから。さすがにデパート中走り回ったせいで、今は軽く息切れしているけど。 ついでに言うのなら、ベビキョンはもちろん全く役に立たなくて、おいらの肩の上できゃあきゃあはしゃいでいただけだったが。 とりあえず、玩具売り場で一つパクった――いや、一時借りたぬいぐるみを持たせたら大人しくなったので、良しとしよう。なにやら、もぐもぐとぬいぐるみを食べようとしているけど、普通の子供と違ってこの子はベビキョンだ、お腹を壊すこともあるまい。 今はベビキョンより、バンバンシーの方が大切だ。 キョンシーに襲われて怪我をした人は、意外なくらい少なかった。早めの避難誘導が効果的だったのか、あるいは特にキョンシーに人を襲えと命令していなかったのが良かったのか、バンバンシーとなった人間は十人にも満たなかった。 その全てをお札で封じたので、一安心だ。 「みたいだね。で、これからどうするすればいいの?」 高虎がそう言いながら、ぽいっと何か飲み物を投げてよこす。とりあえず喉が渇いていたので、それを受けとって飲む。それがキンキンに冷えているのが、いかにも日本人っぽいと思った。中国人なら、飲食は暖かいものというのが原則だ。 まあ、冷たい飲み物なのが気にくわないけど、今は暑いからちょうどいいと言えばちょうどいいか。 「バンバンシーになった人達は、しばらくの間、一室に閉じ込めておいてください。お札を貼っていれば絶対に動かないままですが、万が一にもお札が剥がれたら大変なことになります」 「そ、そうなんですか!? で、ですが、それっていつまで……」 「多分、数日ぐらいですね。師匠に相談してからじゃないと、はっきり言えませんが」 そう答えながら、おいらは内心、げんなりしまくりだった。 最低でも、兄弟子レベルじゃないと無理だ。 いや、怒られるだけならまだいいけれど、最悪の場合、破門されるんじゃ……? それを考えるだけで気が重くなるが、だからといってバンバンシーにされた人達を放っておけるわけにはいかない。事情が事情だし、仕方が無いと思ってくれる……と信じて、国元に連絡するしかない。 「しかし……チーの奴はどこに行ったんだ?」 ウー・ロンが置き去りにした三体のキョンシー達。 「うーん……デパートの周辺にも、それっぽいのはいないみたいだね」 パソコンを忙しくいじりながら、高虎が答える。 「おじいちゃん、いないネ……」 デパートの入り口に詰めている人達は半分ぐらいは野次馬だが、一際熱心に、と言うよりも必死になってシャッターを叩いているのは、おそらくバンバンシーになった人達の家族だろう。 彼らを思うと気の毒だが、しかし、事が済むまで彼らを会わせるわけにはいかない。会わせた結果、万が一にも額のお札が剥がれてしまったら、大変なことになる。なんせ、もう師匠に書いてもらったお札は打ち止めなんだから! くれぐれも彼らを会わせないよう、面会謝絶をするように支配人に頼み込んでから、おいらはミンミンを慰めた。 「もしかしたら、君のおじいちゃんは先に家に帰ったんじゃないのかな? 君が逃げて家に向かったと思ったとか」 「……そう、かもしれないネ」 ミンミンは弱々しく答える。そう思っていると言うより、そう思いたいと考えているような感じだ。 「ミンミンは一度、家に帰った方がいい。おいらが送るよ」 チーのことも気になるが、居場所が分からない以上どうしようもない。それなら、先にこの子を安全な場所へ送り届けるてもいいだろう。支配人もそれに反対しなかった。 「では、その間に私は被害に遭った方達を安全な場所へ移動させるように手配しよう。ご家族も説得しないと行けないし、そろそろ警察や消防にも根回ししておかないと」 テキパキと言いながら、支配人は何やら電話をしはじめた。部下か誰かを呼び出しているらしい。高虎もそれに加わるのかと思ったのだけど、 「それならおれも行くよ。緊急事態が起こった時に、連絡する係がいるだろうし」 と、言った。 とりあえず、おいらは肩に乗ったままのベビキョンを下ろして、目をあわせるようにしゃがみ込む。 「アー?」 ウサギのぬいぐるみの耳をもぐもぐしていたベビキョンは、それを止めて不思議そうに首を傾げた。 「あのね、おいらはこれからお出かけしないといけないんだ。すぐに戻ってくるから、君はここで待っていてくれるかな?」 そう話しかけた内容を、ベビキョンはどうやら理解したらしい。その証拠に、ベビキョンはくりっとした目を大きく見開き、手にしたぬいぐるみをぽたりと落とす。 「アーーアーーアアー! ジェジェ、ジェジェ、ヤァー!」 いやいやしながらおいらに抱きつき、泣きわめく姿は、母親に置き去りにされようとしている幼児さながらだ。 「い、いや、だからね、別にこれでお別れじゃないから! 用事が済んだら、すぐに戻ってくるから!」 と、いくら説明したところで、ベビキョンは聞き分けてくれない。 「ジェジェ、ジェジェ!」 必死にしがみついてくるベビキョンを見て、高虎やミンミン、それに支配人までもがおいらを責めるような目で見ているぞ。 「可哀相アルネ。連れて行く、ヨロシ」 と、ミンミンが言えば、支配人もすかさず後押しする。 「そうですよ、君にこんなに懐いているんだし。それにこの子を置いて行かれて何かあったりしたら、困りますよ」 いや、後半に本音がダダ漏れだぞ、支配人。 「でも、ベビキョンを連れ歩いたりしたら、目立つだろうし……」 おいらの控え目な反対を、高虎が一蹴する。 「あー、別にそんなの気にするほどでもないって。ここらじゃ、奇抜な格好やコスプレじみた衣装をきた変人なんて、珍しくもないから。現に、ナムだって別にジロジロ見られるってほどでもなかったろ?」 「うっ」 鋭い点を突かれ、おいらは絶句する。 日本の都心部では、目を見張るような格好をしている人がゴロゴロ居たからおいら程度じゃかすむぐらいだし、たまにおいらの格好に注目する人が居たとしても、特に何か言われることもない。 都心の人は他人に無関心というか、ちらっと見るだけでそれ以上の関心を寄せないっぽい。 「……しょうがない、おいで」 言い訳がなくなったので、おいらは諦めてベビキョンに向かって手を広げる。途端に、ベビキョンは嬉しそうに腕の中に飛び込んできた。 「アーアーッ♪」 甘えるようにすがりついてくるベビキョンは、どうやらしばらく抱っこしないと気が済まないらしい。……こんなことなら、余計なことを言わずにずっと肩車していた方がマシだったかも。 「良かったネ」 ミンミンは優しく笑いかけるが、おいら的にはあんまりよろしくないのだが。ま、しょうがないからこうなったら早く用事を済ませるしかない。 「じゃ、支配人、後はよろしくお願いします」 そう言って、おいら達はデパートの裏口からこっそり外へ抜け出した。正面入り口だけでなく、従業員用の扉まで野次馬やらカメラを持ったリポーターみたいな人達が押しかけていたのだが、なにせ高虎はこのデパートの株主だ。 従業員すら普段は使わない、目立たない場所にある出入り口もしっかりと把握済みだ。そのおかげで、おいら達はなんなくデパートを脱出できた。 「こっちアルネ」 ミンミンの先導で、おいら達は中華街へと向かう。すでに、時刻は夜になっていた。だが、夜でも横浜の賑やかさは変わらない。と言うより、ネオンがついてより一層華やかになった感じだ。 人通りも多くて歩くのに苦労するが、ミンミンも高虎も慣れているのかすいすい人波を避けて器用に歩く。むしろ、おいらの方が後れを取るぐらいだ。ベビキョンは、未だに甘えて邪魔くさいし! またも高虎達を見失いそうになり、おいらは慌てて二人の後を追おうとして……それに気づいた。 ピョコン! 一瞬、高く飛び上がった際に見えた頭には、古めかしい中国風の帽子が見えた。ちょうど、ベビキョンが被っているのと同じ、飾りのついた珍しいものだ。 「え……おいっ、イン・フー、ミンミン、待ってくれ!」 とっさに二人に声をかけてから、おいらは振り返らずに帽子の方へ向かう。 つまり、あれは同じ場所でジャンプしているんじゃなくて、ジャンプしながら前に進んでいるんだ。 「どうしたアルネ?」 「何かあったの?」 ミンミンと高虎に聞かれたことに、答える余裕はなかった。なぜって、やっとその帽子の人物が誰か分かるところまで、追いついたからだ。 「な、なんであいつがここに……っ?」 呆然と、おいらは呟く。 まあ、なぜかチーが人を襲う気配がなく、ただ跳ねながら移動しているだけだからかもしれないけど、キョンシーに対する危機感とかないのかな、日本人って。 そんな疑問は感じたが、とりあえずそれは棚上げしておく。 「イン・フー、おいらはあいつの後を追うから、ミンミンを家まで送ってやってくれ!」 生きている人間に対して、基本的に凶暴性を見せるはずのキョンシーが、人間に見向きもせずにどこかに向かっているのなら、その答えは一つ。 思えば、キョンシー達の暴走は術者であるウー・ロンが遠ざかった時から始まったんだ。おそらく、ウー・ロンの力は一定距離以内にいないと効力が無い、限定的なものなのだろう。 だが、デパートから出たチーは、またウー・ロンの支配の影響を受けたに違いない。用が済んだら戻ってこい、とでも命令されてたのだとすれば、チーが周囲に見無味もせず一方向に進む理由に説明がつく。 そして、チーが向かう先にはウー・ロンもいるはずだ。 おいらは慎重にチーの後を追った。 周囲の人間達がチーにちょっかいを出せばさすがにまずいことになるかと心配だったけど、幸いにも都会人はおいらが思っていた以上にクールだった。チーの邪魔をするどころか、見て見ぬ振りを決め込んで関わろうとしない。まあ、この場合は助かったからいいや。 そうやって追跡した時間は、そう長くはなかった。チーが進んだ先は、中華街の中にあるとある店。 『烏龍大飯店』と看板の書かれた店は、一見、中華料理屋に見えるのだが、もしかしてウー・ロンのアジトなのだろうか? チーは普通に正面入り口から中に入っていったが、さすがに店の中に何人居るか分からないところに真正面から乗り込むのは、ちょっと……。 おいらも一応は鍛えている方だけど、そこまで強いってわけでもない。それにウー・ロンはともかく、リー・ロンは間違いなく凄腕のクンフー使いだ。 「で、ナム、どうする? 突入? それとも、援軍か警察でも呼ぶ?」 「い、イン・フー!?」 驚きすぎて叫びそうになったのを、なんとかこらえる。 「それに、ミンミンも……!? なんで着いてきたんだよ、イン・フー! 彼女を送ってくれって、頼んだだろ?」 「あー、だからここに来たんだよ」 ひらひらと手を軽く振って、イン・フーはごくお気楽に言う。 「この店が、ミンミンちゃんの家なんだってさ」 《続く》 |