拾弐章 思わぬリターンマッチ

 

 

「はぁああああっ!?」

 思わず叫んでしまったおいらを、高虎は呆れたような目で一瞥する。

「しっ、そんな大声出したら中に聞こえちゃうだろ?」

 などと、ごく当然のように声を潜めて話す高虎だが、これって普通、驚く場面だろ!? っていうか、なんだってよりによってミンミンの家にあのウー・ロンの手下が入っていくんだよ!?

 喚き散らしたい気分だったが、とりあえずおいらはそれをぐっと堪えた。
 高虎だけならともかく、真っ青な顔をしているミンミンにこれ以上心配させたくはない。それに、考えようによってはあの家の人間がいるってのは、情報源になる。

「ミンミン、君の家って他に出入り口はある?」

「う、裏に従業員用の出口がアルネ……」

 詳しく聞いてみると、ミンミンの家は家族と数人のバイトで営業しているこじんまりとした中華料理屋らしい。

 今日は定休日で、母親は親戚の家に泊まりがけに出かけていて不在、家に居るのは父親と――もし、先に戻っているなら祖父だけのようだ。
 だが、足音を忍ばせて店に近づいただけで、異常さは感じ取れた。

「……ずいぶん、騒がしいな」

 定休日の札はしっかりとかかっているが、店内で賑やかに騒いでいる様子が外からでも窺える。

「とにかく、中に入って確かめよう」

 正直、ベビキョンは諦めるとしても、高虎やミンミンは外で待っていて欲しかったが、二人とも当然のように着いてくる。なにより、鍵がしっかりとかかっている裏口を開けられるのは、鍵を持っているミンミンだけだ。

 ベビキョンならテレポートで中に入れるかと思ったのだが、なにせ相手は赤ん坊、難しい説明は全く理解してくれやしない。ま、まあ、大人しくしてくれているだけ、ましか。

 足音を忍ばせ、おいらは靴のまま家の中に潜入する。こう言うと泥棒みたいだけど、ちゃんとミンミンの許可は取ったから! 日本の家に、土足のまま入るのはマナー違反だとは知っているけど、この先にウー・ロン達が居るとしたら戦いが待っている。

 そうなれば、靴のある、なしで蹴りの威力が違ってくるんだから、今は礼儀なんか気にしている場合じゃない。ただ、非戦闘員である高虎とミンミンと靴を脱いで、手に持ったまま続いてきた。いざとなったら、外に逃げ出すことを考えてそうしてもらったのだ。

 一応、最初から土足のままの方がいいとは説得したんだけど、日本人や日本的教育を受けた者には土足で家に上がるのはどうも心理的抵抗が強いみたいだ。心なしか、ミンミンなどは廊下においらの汚れた足跡がつくのを、じっと見ているし。……うう、ごめんなさい、後で掃除を手伝うから!

 これで中にウー・ロン達が居なかったら、おいらの方が泥棒みたいなものじゃないかとヒヤヒヤしながら進んだが、その心配は無かったようだ。

「ええい、酒じゃ、酒! それにつまみも用意せんかっ!!」

 聞き覚えのある特徴的な声は、紛れもなくウー・ロンのものだった。店に通じるドアを少しだけ開けて、中の様子を確かめる。すると、店の一番大きなテーブルを陣取ったド派手な老人と、これまたド派手な少年が見えた。

 シルクハットにタキシード、赤いマントと揃いの格好ではあるが、これほどまでに差が際立っている親子も珍しいだろう。ついでにいうのなら、その二人の後ろには両手を前に伸ばした姿勢で直立しているチーの姿も見える。

「さっさと用意しないと、このじじいがどうなっても知らんぞ!」

 自分もじじいのくせにそんなことを言っているウー・ロンのすぐ隣には、気の毒にも縄で縛られたご老人がいた。

「おじいちゃん……っ!?」

 ミンミンが押し殺した声を漏らす。

「わ、分かった、分かったから、もう少し待つヨロシ!」 

 厨房にいる男が忙しげに鍋を振るい、なにやら調理しているようだ。ぷーんといい匂いが漂ってくる。

 この状況から察するに――ウー・ロンの奴、逃げるどさくさにまぎれてミンミンの祖父を人質に取り、中華料理屋で食い逃げ……というか、食い強盗を働こうとしているってことか?
 謎の怪盗のはずが、やることがちゃちいな、おい。

 とは言え、厄介なことに変わりは無い。これでは、おいらが何かしようとしても、ウー・ロンはご老人を盾にしようとするだろう。どうしようかと考えるおいらの頭を、ぺしぺしと軽い感触が叩く。

「アーアー! アー?」

 小っちゃな手でおいらを叩いているのは、言わずと知れたベビキョンだ。どうやら、おいらが急に動かなくなったのが不満らしい。今はおまえと遊んでいる暇はないんだと言おうとして、閃いたことがあった。

「そうだ、ベビキョン。あそこにいるおじいちゃん……あ、縛られている方な、あの人をこっちへ移動出来るか?」

 ベビキョンに分かりやすいように、身振り手振りを入れながら説明する。ベビキョンの超能力を思えば、それぐらい簡単なはずだ。
 だが、問題なのは知能は赤ん坊並のこの子に、おいらの要求が通じるかどうかなのだが……。

「アー!」

 元気よくそう言ったかと思うと、ベビキョンがおいらの頭を叩くのを止めて、両手を前に伸ばす。この姿勢こそは、キョンシーが一番力を使いやすい姿勢なのだ。

 集中し始めたベビキョンが落ちないよう、おいらは手でそっと小さな足を押さえてやる。

「アイ、アイ!」

 たどたどしくベビキョンが呪文を唱えると同時に、ご老人の姿がパッと消えた。

「な、なんじゃ!?」

 驚くウー・ロンの手には、まだ縄がしっかりと掴まれたままだが、中身を失った縄は輪の形のまま床に落ちる。それと同時に、ミンミンのすぐ隣にご老人が出現した。

「おじいちゃんっ、無事で良かったっ」

 ミンミンが嬉しそうに抱きつくが、ご老人は驚きのあまりそれどころではないようだ。そりゃ、悪党の人質状態からテレポートでいきなり救出なんて、そうそうあることじゃないもんな。

 ウー・ロンやリー・ロンも戸惑って、動揺している。
 となれば、今こそ付けいるチャンスだ!

「ミンミン、厨房の人を避難させてといてくれっ」
 
 そう言って、おいらは足音も高らかに店内に乗り込んだ。

「怪盗ウー・ロン! とうとう追い詰めたぞっ!!」

 そう叫ぶと、ウー・ロン達はぎょっとしたようにこっちを見る。ついでに言うのなら厨房の人も同じだったが、あんたはいいんだ、いいからさっさと逃げてくれっ。
 あんたを逃がすために、こんな派手な登場をしたんだから!

「お、おまえは……あの小生意気な見習い霊幻道士かっ!? なぜここが分かったんじゃ!」

 腹立たしそうに怒鳴ってから、ウー・ロンはおいらの方を見て納得したように頷いた。

「そうか……ベビーキョンシーを手なずけよったか。それでここが分かったんじゃな?」

 一人納得しているウー・ロンだが、それは単なる勘違いというか、買いかぶりだ。おいらがここに来たのは単なる偶然だし、ベビキョンがおいらに懐いたのは事実だが、自分の配下のキョンシーとして支配下に置いたわけじゃない。

 が、馬鹿正直にそう言っても意味が無いんで、ここはこのままハッタリを利かせよう。

「そう、その通りさ。おいらの実力が分かったか!? 降参するなら、今のうちだぞ!」

 思いっきり強気に出るおいらの影で、ミンミンがこっそりと父親を呼び、厨房の人がそそくさと廊下へ逃げていく。なんとか安全圏へ逃がせたようだ。

 よし、後はこのハッタリを信じてウー・ロン達が大人しく投降してくれれば願ったり叶ったりだが、さすがにそこまでは望めないだろうな。
 前のように、手持ちのキョンシーをけしかけて逃げてくれれば、大ラッキーってなもんだ。

 ベビキョンがいるとはいえ、完全なおいらの支配下のキョンシーでない以上、今の状況では実質三対一なんだ。まともに戦って勝つのは、難しい。
 だから、おいらはさらにハッタリを強める。

「おまえの配下のキョンシー二匹は、完全に滅したぞ」

「なにいっ!? 本当か!?」

 もちろん、嘘に決まっている。
 キョンシーを滅するような力なんて、おいらにはない。師匠のお札を使って、動きを止めるだけで精一杯だ。だが、手下のキョンシーが戻ってこないこの状況では、ウー・ロンにそれが分かるはずがない。

「もう、おまえに残っている手駒は、そこにいる第一階級のキョンシーだけ……こっちのベビキョンが何階級か、おまえに分かるか?」

「うぬぬぬ……確かにその赤子、高い資質を秘めておるな第四級……いや、五級とは……」

 ひどく悔しそうにウー・ロンがうめく。
 腐っても霊幻道士と言うべきか、奴には目の前に居るキョンシーの階級が測れるらしい。というか、おいらよりも一段高く見積もっているところを見ると、もしかすると目利きは奴の方が上かも。

 あんな霊幻道士崩れの怪盗より下かと一瞬落ち込んだが、反省は暇な時にでもやろう。
 今はハッタリを押し切って、こいつらを追い払わなければ!

「さあ、どうする? まだおいらとやり合うつもりか?」

 できる限り自信たっぷりに聞こえるように言いながらも、内心では冷や汗ものだった。なにせキョンシーやバンバンシーを封じるために、おいらは手持ちのアイテムをほとんど使い切っている。

 肩車しているベビキョンは、一応はおいらの味方をしてくれる……とはおもうけど、正直それほどアテには出来ない。もちろん、高虎やミンミンも頭数には入れていない。
 まともに戦って不利なのは、多分、こっちだ。

 それが分かっているから、おいらは相手に圧をかける振りをしながら、ジリジリと場所を移動する。おいらの動きに合わせて動く連中が、店の入り口に近づくように誘導してやりながら。

 動物を狩る時は、相手を逃げ場のない方向へ追いやる必要があるが、逆に追い払いたい時には逃げ道へと誘導してやればいい。ジリジリと下がるウー・ロンは、明らかに出口を気にしているのが分かる。

 このまま、うまく追い払えるかも――そう思った時、リー・ロンが口を開いた。

「楼蘭玉はどこだ?」

「え?」

 不意打ちのようなその質問に、おいらは一瞬、懐を抑えてしまった。
 そう言えば取り返して、とりあえずしまい込んで以来、それっきり忘れていた。その後、戦いの連続だったから落としたんじゃないかと不安になったが、どうやら無事だったらしい。

 服の上からでも分かるその手応えに安堵したものの、すぐにおいらは自分の失敗に気がついた。

「へえ……まだ後生大事に持っていたのかよ、この間抜けが」

 リー・ロンが口を歪めて、ニヤリと笑う。
 奴ほどの美形ともなれば、そんな凶悪な笑顔ですら絵になるが、それに見とれるどころじゃないっ。

 し、しまった、おいらときたらなんで楼蘭玉を持ったままにしてたんだっ!?
 どこかで、安全な場所に保管するか、信用できる相手に預けておけば良かったーーっ!
 と、心底後悔したが、もう遅い。

「……そうか、そうか! ならば、ここで引く手はないのう」

 ついさっきまで逃げる寸前だったウー・ロンが、目を光らせながらじりっと一歩、進んできた。

 小柄で間抜けなじじいだと思っていたが、そうやって向かって来られると、ぞくりとするものがあった。師匠や兄弟子に稽古をつけてもらう時にいつもに感じる、自分以上の術士に対する畏怖のようなもの――。

 そして、ウー・ロンから一歩遅れて歩み寄るリー・ロンも、侮れない。術を全く使わないところを見ると、あいつは霊幻道士ではなさそうだが、クンフーの腕は確実においら以上だ。

 のっそりと突っ立っているチーだって、油断はできない。
 ポンほどの武術の腕はなくとも、チーの身軽さ、驚異的なジャンプ力は目を見張るものがある。まして、今は術士の近くに居る。

 腕利きの術士に直接指示を出されるキョンシーは、本来の実力の二倍にも三倍にも匹敵する力を発揮するのだから。
 ジリジリ進んでくる三人組を前にして、後退を余儀なくされるのは今度はおいらのほうだった。

 ま、まずい……!
 と、その弱気を見切ったように、ウー・ロンが凄みのある声で吠える。

「ベビーキョンシーごときが向こうに着いていようと、どうにでもなるわ! 霊幻道士の見習い風情が! 今度こそ倒して、わしの手下のキョンシーにしてくれるわ!」   《続く》  

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