拾肆章 仰天、衝撃、リー・ロンの正体! |
「な……っ!?」 リー・ロンの整いすぎるほど整った目が、ぎょっとしたように大きく見開く。そして、奴はすごい勢いで吐き捨てた。 「やなこった! 誰がお前なんかと!」 真っ先に言うことがそれかい! やっぱりこんな奴、助けるのはやめとこうかとも思ったが、おいらはなんとか短気を押さえ込む。 「そんなこと言ってる場合だと思ってんのかよ?」 だが、リー・ロンは強情だった。 「オレ一人でだって……ッ」 強気にそう言い放ち、リー・ロンはおいらに先んじて続けざまに付きや蹴りを放つ。だが、形こそはウー・ロンに向けた攻撃でも、それはただの牽制に過ぎないのがおいらには一目で分かった。 普通の人間が相手なら、素早い連続攻撃を見せつけられたらどうしても怯えや恐れが生まれ、攻撃を控えるだろう。 小柄なウー・ロンは見た目以上の素早さを見せて器用に跳ねまくり、リー・ロンの拳をかいくぐる。 それだけならまだしも、ウー・ロンはのろのろとうろつくチーへと飛びつき、その額に触れる。 「げっ!?」 バンバンシーとは思えない理知的な行動に、おいらは目を疑った。元がキョンシー使いだったせいか、こいつ、妙なところでその知恵が残っていやがるのか!? たちまち、チーが復活して再び高い位置からのジャンプ攻撃を繰り出し始める。しかし、さっきまでと違ってチーの攻撃目標はリー・ロンだ。 2対1で上下からの波状攻撃を食らい始めたリー・ロンは、目に見えて動きが鈍りだした。今はなんとか持ちこたえているが、このままではだんだんと押され、最終的にはやられてしまうだろう。 それが分かったのか、さすがのリー・ロンにも焦りが見え始める。それを確信してから、おいらは再びウー・ロンの前に割って入った。 「ウー・ロンはおいらが引き受ける。おまえは、チーの方をやれ!」 互いに背中をぶつける形で、おいらは前を見たままそう言った。一瞬の沈黙があったのは、迷いのせいだろうか。 「……た、助けられたからって、恩には着ないからな!」 「期待しちゃいないよ。けど、しばらくでいいからキョンシーの足止めを頼む」 さすがに二体を一度に封じるなんて、おいらにゃ無理だ。一体ずつ相手にするしかない。 「ケッ、頼まれたから従うわけじゃないからな!」 そう言いながらも、背中から奴の体温が消えたのが分かる。続いて聞こえる打撃音は、リー・ロンがチーと戦い始めた証拠だ。絶え間なく聞こえるその音に安堵を感じつつ、おいらはウー・ロンへと向き直った。 リー・ロンは確かに腕が立つが、性格的には甘さが目立つ。と言うよりも、普通の人間が死者を倒すこと自体、無理があるんだ。まして、それが自分の親しい相手であれば迷いも強まる。 死者に対して正しい知識を持ち、冷静に物事にあたり、必要とあれば死者を永遠の眠りに就かせる霊力と胆力を備えるからこそ、霊幻道士は意味がある。 「はぁっ!」 気合いを込め、おいらは奴に掌底を叩き込んだ。それも、一度ではなく、繰り返して。 アイテムはほぼ使い切ってしまったが、成り立てのバンバンシーの動きを封じるぐらいなら、素手でも出来る……はず。 ただ、さすがに師匠や兄弟子のように手際よく終わらせることができず、ウー・ロンを倒したのは実に21発目の焦点を叩き込んだ後だった。 「おい、そっちが終わったのなら、こっちもさっさとかたづけろ、見習い霊幻道士ッ!」 一息つく間もなく、リー・ロンがせっつく。あー、口が悪いよな、ホントに。 「分かってるって」 チーは相変わらず、高いジャンプを繰り返していた。 せめて、ベビキョンが手伝ってくれたらなと思ったのだが、ふと気がついたらベビキョンはおいらの側から離れている。 「わあ、この子、可愛いアルネ!」 「いないいない、ばあー」 などと、場違いにキャッキャと笑いあっているのは、ベビキョンを抱っこしたミンミンに、高虎だった! あ、あいつらっ、この非常時になにやってんわけ!? やることないなら、この場から逃げてくれよっ。ミンミンのじいさんなんか、いないところ見るとちゃんと逃げているじゃないか! 「イン・フーッ! 遊んでるぐらいなら、支店長に連絡とっといてくれよっ」 「ん? ああ、もうすぐ見ぶ……戦いも終わりそうだし、分かったー」 やけに素直に高虎が頷いたが、今、明らかに見物と言いかけていただろ! ミンミンやベビキョンを連れて場所移動してくれたのは良いとして、なんか納得いかないぞ! つーか、ベビキョンっておいらに懐いてたんじゃなかったのか、女の子だったら誰でも良かったのかと密かにショックも受けたりもしたが、チーのキレのあるジャンプを前に無駄口を叩くような余裕はない。 「リー、こいつを動けないようにするから手を貸してくれ!」 一緒にキョンシーと戦っているリー・ロンの方がまだ味方っぽいと思い、助けを求めたが、現実は非情だった。 「馴れ馴れしく呼ぶなっ、親父の仇のくせに!」 いや、そう言われればそうだけどっ。でも、まだ止めはさしてないのに! 「バンバンシーなら後でまとめてなんとかするからっ! だから今は、こいつをぶっ倒して押さえ込む、手を貸してくれ!」 「なんだよ、そんなことしなきゃ倒せないのかよ、この役立たず!」 罵りつつも、リー・ロンはチーの足に自分の足を素早く引っかけ、スッ転ばせる。ちゃんと手伝ってくれるのは良いんだけど、なにしろ口が悪い。 文句を言い返したいのはやまやまだったが、転んだチーの上に馬乗りになったリー・ロンを見て、おいらは慌てて助っ人した。なにせリー・ロンは細身で、見るからに軽そうだ。 痩せていてものっぽのチーには明らかに体格負けしていて、押さえ込もうとしても跳ね飛ばされてしまいそうだった。おいらもそんなに体格がいい方じゃないが、とにかく二人がかりでチーの上に馬乗りになり、動きを封じる。だが、それでも完全に抑えきれず、おいら達はまるで暴れ馬に乗ったように跳ね回った。 「ちくしょうっ、長くもたねえぞ!」 「待ってろ、すぐ終わらせる!」 そう答えて、おいらは再び鶏の血を採りだし、人差し指につける。それをキョンシーの額に当てて、念を強く流し込む。それでチーの動きは弱まったが、二度目だから効き目が薄かったのか、キョンシーは最後に大きく身体を動かした拍子においら達は跳ね飛ばされた。 床に倒れ込んだリー・ロンの上に、おいらも重なって倒れ込んでしまう。とっさに跳ね起きようと右手に力を込めた時、小さな悲鳴が聞こえた。 「きゃ……っ!?」 ごくごく小さな、だけど妙に甲高い声。 仰向けに倒れたリー・ロンの上に、おいらはうつ伏せに近い形で重なって倒れていて。で、起き上がろうと手を突いたそこは、床なんかじゃなくて妙に柔らかい質感のものの上――もっとはっきり言っちゃえば、リー・ロンの胸の上だった。 タキシードなんて固い服だってえのにそれでも分かる、掌にすっぽりと覆い隠せるような柔らかく、弾力のある小さな山。 おいらの右手は言い訳のしようも無いぐらいしっかりと、リー・ロンの胸の上を抑えていた。 「……てんめえ!」 叫ぶなり繰り出されてきた拳を、おいらは紙一重で避けた。あ、あぶなかった、もう一歩跳びずさるのが遅かったら、鼻を砕かれていたところだったぞ。 っていうか、今、少しかすったような気もするけど、そんなことはどうでもいい。 「お、おまえ……まさか――」 おいらは口をパクパクさせながら、リー・ロンを見つめた。 「おまえ……女だったのかよ!?」 そう言った途端、リー・ロンの顔が少し赤らんだ。 「悪いか!」 「い、いや、悪いっていうか……だって、ウー・ロンは息子だって言ってたじゃないかっ!?」 混乱して怒鳴るおいらに、リー・ロンはさらに大声で怒鳴りつける。 「親父がオレを男として育てやがったんだよっ! 文句なら親父に言え!」 本当は女だったとしても、口の悪さに変わりは無いらしい。 「おい……! 見習い霊幻道士。助けてくれたのは、一応礼を言う……!」 ギロリと睨む目には、これまで以上の殺気が籠もっていた。これじゃ、礼を言われている気なんか全然しない。 「いや、礼なんかいいよ」 まあ、女の子の胸を触ってしまった時点で、礼を言われる資格はないような気もするし。 「いや、腹は立つし無礼は許しがたいが、それとこれとは別だ。おまえの助けがなければ、オレは親父を殺すしか無かった……!」 その言葉はもっともだった。 息子じゃなく娘でも、実の父親に対してそうしなければならないのは、さぞ辛いことだろう。 「親父は、元に戻せるのか?」 「ああ、戻るよ」 そこは自信を持って、おいらは頷く。 「なら、さっさと元に戻せ!」 「ええっ!? んな、無茶な! そんなの、出来るわけないだろ! こいつはあの怪盗ウー・ロンなんだろ!?」 結果的に楼蘭玉を盗むのに失敗したとは言え、これだけの騒ぎを起こした張本人だ。罪は決して軽くはないだろう。 まあ、デパートでキョンシーやらバンバンシーが発生した件については、支配人も師匠らも大事にはしたくないからもみ消したりするかもしれないが、それでも警察に全く届けないわけにもいくまい。 日本の警察か、それとも本国の中国警察につかまるのかは知らないけど、無罪放免にはならないに決まっている。 断る一択しかない勝手な要求を突きつけてきたリー・ロンは、おいらの返事を聞いて今度は顔を強ばらせた。 「そうか……なら、貴様は親父の仇だ!」 「いや、なんでそうなる!?」 いきなり極端から極端に振れきったリー・ロンの反応に、おいらはその場に蹲りたくなった。 「うるさい! 力を貸さないなら、おまえはオレの敵だ……! 叩きのめされたくないなら、オレに力を貸せ……!」 気迫のこもった声で言いながら、リー・ロンが身構える。 敵を力尽くで従えようとする武道家の気迫を目の当たりにして、おいらは思わずため息をついた。 「ああ、分かったよ……なら、こっちもやるしかないな」 そう言って、おいらも身構える。 「おいらとおまえ……どっちが強いかで決着をつけようぜ!」 《続く》
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