『師と弟子と武器屋の話』 |
町中を歩く――それは、ヒュンケルにとっては悪い話ではなかった。 一度はこの国を滅ぼした負い目がある分、あまり堂々とは町中を歩く気にはならないものの、以前のように敢えて避けようとは思わなくなった。 まだ復興途中とはいえ、パプニカの城下町は人が活気に溢れている。 流れ者である彼らの存在は治安の乱れにも繋がっているが、ヒュンケルにとってはむしろ町の中心部よりもこの付近を歩く方が気楽といえば気楽だ。 この辺には最近は柄の悪い連中が集まってきたようだという噂を聞き、実際の様子を見にきたのだが……確かに少々雰囲気が悪くなっている様子だ。 怪しげな露店がいくつも建ち並び、昼から酒を飲んでいる男達がたむろしている区域は、半ばスラム化していると言ってもいい。 (これは、姫の耳に入れておいた方がいいかもしれんな……) 国は、綺麗事だけではなりたたない。 だが、よそ者達が急激に悪い方向に変化をもたらすのは、あまりいい傾向とは言えまい。 それは、見慣れた人影を見つけたせいだった。 無造作に山積みにされた何十本もの剣の中から一本を選びだし、少しだけ鞘から抜いて刃の具合を見定める。刃を見る目は真剣そのものだが、そう長い間ではない。 しばらくそうしていたかと思うと、また鞘に収めて別の剣を手にする。その繰り返しだった。 大量の剣に群がるように、数人の男達が熱心に剣を物色している。 「さぁさ、お客さんら、よーく見てくださいよっ。いい武器は見た目からして違いますからね」 店の主人だろうか。 「やい、親父よぅ、これに本当に高い剣なんか混じってるのかよ? 安物ばっかりじゃねえの?」 疑わしそうに一人が主人にケチをつけるが、恰幅のいい武器屋の親父はとらえどころのない笑みを浮かべる。 「いえいえ、とんでもない、ちゃーんと高い剣もお入れしていますとも。中には一本2000Gもする鋼鉄の剣も入っていますよ。こんなお買い得の話はないでしょう? たった100Gで、鋼鉄の剣を手に入れられるだなんて破格ですよ!」 「だが、こんなに剣が多くちゃ、目利きのしようもないぜ、まったく」 「ボヤかない、ボヤかない! いい剣を見抜くのも、戦士の資格ってもんでしょうに。 (なるほどな……) 主人と客のやり取りで、ヒュンケルは大体の仕組みを見て取った。 おそらくは町に怪物が襲ってきた際に破損した商品であり、普通だったら売り物にならない代物だ。 だからこそ、少し変わったバーゲンを執り行い、客に選ばせる形で売ろうとしているだろう。いかにも商人らしい、利を貴ぶ考え方だ。 「いや〜〜っ、残念! 本来だったらこの剣は1000Gはした逸品だったんですが、あいにく、これは火にまかれた商品ですね。半端に焼きが入ったせいで切れ味が落ちて……せいぜい今は10Gの剣ですね、これは。惜しかったですね、お客さん」 「ちっ、なんだよ、クズ剣かよぉっ!?」 「いえいえ、そうとばかりは言えませんよ。打ち直せば十分に使えますって。まあ、少なく見繕っても500Gはかかりますがね」 店の主人の鑑定に、客が大袈裟に悔しがる。 「はい、お次は……おや、坊やで最後だね」 ポップが選んだのは、今までの客達が選んだ剣の中ではもっとも地味な剣だった。 「おいおい、坊主、そんなザマなのに剣なんか買う気かよ? 鎧も着ない内に剣なんて、まだ早いんじゃねえのか?」 「まあ、半人前の戦士には安物の剣がぴったりかもなあ」 (つくづく、目のない連中だな) 国を救った勇者の一員として、ダイやポップの顔はパプニカではかなり知れ渡っていると言っていい。 それなのにまるっきり知らないこの連中らは、よほど最近この国に来たばかりなのだろう。 「おやっ!? これは……大当たりだよ! 2000G相当の鋼鉄の剣だ、これは! ボウヤ、なかなかいい目をしてるねえ」 「へへっ、まあね。こんなのちょろい、ちょろい」 嬉しそうに言いながら、ポップはその剣を大切そうに抱え直す。が、その肩にごつい手がのせられた。 「よお、坊主。物は相談だが、この剣とおまえの剣を取り替えねえか?」 少し前に外れの剣を買った男は、押しつけがましい笑みを浮かべながら、都合のいい取り引きを持ちかける。 「な、いいだろう? どうせ、同じ100Gで買った剣じゃねえか、なあ?」 ポップがちょっとムッとした顔になり、上の方にちらっと目をやるのが見えた。 「ちょっと、お客さん、子供相手に……」 さすがに主人が止めようとはしたが、ギロリと睨まれただけで口を噤んでしまった。 「そうそう、引っ込んでろよ。オレはこの坊主と話をしてんだからよ……って、おいっ、待てっ!?」 男が主人に気を取られた瞬間を狙って、ポップは身を翻して逃げ出した。 「待ちやがれっ、このガキ!」 「へへんだっ、誰が待つもんかっ」 言い返しながら、ポップはひょいひょいっと男の手を交わし、人波をかき分けながら逃げていく。 達者な逃げ足は見事なもので、ポップは剣を抱えたまま男から逃げ出すところだった。 「うわっ!?」 転んだポップが起きあがるよりも早く、男が追いついてきた。 「なんだ? こりゃあ、魔法の杖か?」 男はポップの背に差してあった杖を抜き取り、鼻先でせせら笑う。 「なにするんだよ、返せよっ」 ポップは跳ね起きて杖を取り替えそうとするが、男は今度は身を引いて避けた。 「そうか、戦士見習いにしちゃやけに弱っちそうだと思ったら、おまえ、魔法使いか」 ニヤニヤ笑いながら、男はポップの手の届かないように杖を高くかかげてからかった。 「魔法使いなら、剣なんかいらないだろうが。どうだ? この杖とその剣を交換しようじゃないか、あん?」 あまりに一方的で虫のいい交換条件に腹を立てたのか、ポップの顔にはっきりとした怒りが浮かぶ。 杖がなければ、初級の魔法使いは魔法は使えない。それはちょっと知識があれば誰もが知っている、原則みたいなものだ。 さらにいうなら、魔法抜きの魔法使いなど一般人と同じで恐くも何ともない。 「ふざんけんな! この剣もだけどその杖だっておれんだぞ、返せよ!」 声に怒気が籠もり、ポップは片手を前に突き出して身構えた。 「ほーお、杖ぬきっで魔法をかけるってのか? やれるもんならやってみろよ」 完全に馬鹿にした口調でからかう男を、そのまま放っておいても良かった。あんな雑魚にも等しいチンピラが何人いたところで、ポップの敵ではない。 「やめておけ。そいつは、杖などなくても魔法が使えるぞ。黒焦げになりたくないのなら、その辺で引き下がるんだな」 ヒュンケルはたいして大きな声を出したつもりはないが、それと同時にその場にいた全員の視線が彼に集まった。 「……!?」 誰もが驚きやら不審の目を見せる中、一番驚いているのは、ポップだった。目を真ん丸く見開き、魔法を放とうとしていたのも忘れてじっとヒュンケルを見ている。 「な、なんだ、てめえは!? 関係ない奴はすっこんでいろよ!」 男の口から、いささか虚勢じみた威嚇が発せられた。 ひしひしと感じる殺気じみた雰囲気に怯んだのか、男はじりっと後に後ずさろうとした。だが、ヒュンケルはゆったりと歩くような足捌きで、そのくせ素早く男の側へと踏み込む。 「関係ならあるさ。こいつはオレの弟弟子でね」 凄みを利かせて、ヒュンケルは目の前にいる男だけでなく、すぐ近くにいる盗賊風の男もねめつける。 「お、覚えていろよっ」 ほぼ世界各国共通の負け惜しみを残し、男達は感心する程の早さで去っていった。それを確かめてから、ヒュンケルは杖を拾ってポップへと渡そうとした。 が、ポップはいまだにびっくりしたような顔のまま、じっとヒュンケルを見ているばかりだ。 「どうかしたのか?」 そう声をかけると、ポップはやっと正気に返った顔になり、奪うような勢いで杖を取り返した。 「な、なんでもねえよ! 余計な真似、しやがって……! あれっくらいの相手なんか、助けてもらわなくたって自分でなんとかできたよ!!」 元より礼など期待もしていなかったが、ポップらしい強がりにヒュンケルは苦笑する。 「なに笑ってやがるんだよ!? だいたい、おまえって奴はいっつも――」 「あ、いたいた、ポップ〜っ!」 人込みをかき分けながら走ってきたのは、ダイだった。 「どこ行ってたんだよ、心配したじゃないか」 一直線に駆けつけたダイを見て、ポップの注意がそっちに向けられる。ヒュンケルに向かって言いかけた文句も忘れて、ポップはダイへと向き直った。 「それはこっちの台詞だっつーの! はぐれるなってあれほど行ったのに、迷子になりやがってよ」 「えーっ!? 迷子はポップの方じゃないか。急にどっかにいなくなっちゃってさ、おれ、ずいぶん捜したんだぞ」 そう言いながら、ダイはふと、周囲を見回した。 「……なんか、あったの?」 「いんや、別に。なんもないって」 しゃあしゃあとそう言ってのけると、ポップは持っていた剣をダイへと押しつける。 「それより、ほらっ。これ、持てよ」 「あれ? これ……鋼の剣?」 「ああ、今、買ったんだよ。取りあえず、新しい武器を見つけるまでの繋ぎに持っとけよ」 「これ……おれに買ってくれたの? うわあっ、ありがと、ポップ!」 剣を手に、ダイは嬉しそうに礼を言う。それに対し、ポップはいかにもなんでもなさそうにヒラヒラと手を振ってみせる。 「それより行こうぜ、ダイ。おれ、なんか腹へっちまった。確か大通りの方に、食べ物屋の屋台が出てたろ? あっちに戻って、なにか食べようぜ」 軽い口調でいいながら、ポップは先に立って歩きだす。 「うん。あ……っ、ヒュンケルは?」 ポップの後を追いかけかけてから、ダイはいかにも気がかりそうにヒュンケルを振り返った。 「いーよ、あんな奴はほっといて! あいつはあいつで、何か用があるんだろ。勝手にすりゃいいんだ」 「でもさぁ〜」 ポップとヒュンケルを見比べて、オロオロしているダイに対し、ヒュンケルはこっそりと頷いて見せた。 「待ってよ、ポップ!」 二人並んで去っていくその後ろ姿を、ヒュンケルは無言のまま見送っていた。 だが、二人がそろえば大丈夫だろう。
ダイの問い掛けに、ポップは慌てたように正面に向き直った。 「べ、別に、なんでもねえよ!」 商店を見ているふりをしながら、横目で後方を伺っていた、なんて絶対に言う気はない。 ましてや、見ていたのはヒュンケルだった、なんて。 背の高いヒュンケルの姿は、人込みの中でも目立っている。本人の自覚はなさそうだが、人並外れた美形なだけに黙って立っているだけでも絵になるのだ。 だが――ポップがヒュンケルを凝視していたのは、それが理由じゃない。 ポップにはどうしようもできなかったピンチを、いともたやすくひっくり返し、ごく当たり前のように助けてくれた人がいた。 その姿にポップは感動し……ずっとこの人についていこうと思った。 END 《後書き》
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