『平和の実感』(ポップ編)

  

(あれ……?)

 城の奥まった場所にある、忘れ去られたような空き地じみた中庭。
 静かで、なおかつ日向ぼっこにちょうどいいから、休憩したい気分の時には決まってくる所。

 最近のポップのお気に入りの場所に、珍しく先客がいた。それがダイなら驚きもしなかっただろうが、木にもたれかかって眠っているのはヒュンケルだった。

(なんでこいつがここに?)

 ヒュンケルの現在の身分は、レオナ直属の近衛騎士団の隊長だ。
 姫を初めとする重臣の警護、およびその管理を主とする役職であり、そうそう暇な立場ではない。

 もっとも隊服を着ていないところを見ると、今日は非番なのかもしれないが、それならばなおさらパプニカ城の中庭にいる理由が分からない。

 疑問が浮かぶが、物珍しさの方が先に立った。
 なんだかんだ言って長い付き合いだが、彼の寝顔を見るなんて珍しい。……というよりも、初めてかもしれない。

 戦士としての隙のなさのせいか、それとも単に他人を徹底的に信用していないだけか、ヒュンケルは眠りがひどく浅い。

 ちょっと人の気配を感じただけでも、即座に目を覚ます。
 一緒に旅していた頃でさえ、ポップはヒュンケルの寝顔を見た覚えがない。

 彼が他人の前に寝顔を晒すなど、せいぜいが魔王軍戦時代に負傷して休んでいる時ぐらいのものだろう。が――ヒュンケルが負傷しているような時にゃ、ポップは人事不省に陥っている場合が多くって、彼の寝顔を拝むチャンスなど皆無だった。

(こーして見ると……こいつってやっぱ美形だよな、腹立つけど)

 整った顔立ちは、目を閉じていてもよく分かる。険のある目が閉じられたせいで、彫刻を思わせる端正さが際立っていた。ろくな手入れもしていない癖に、女性でも羨むようなさらさらの銀髪がかすかに風に靡いている。

 申し分のない美形でありながら女性的な要素が薄いヒュンケルは、古代の男性神の彫刻に匹敵する男性美を体現している。

 母親似の細身な体質を気にしているポップにとっては、見ているだけでムカつく話である。

 一瞬、起こしてやろうかともちらりと思ったが、さすがにそれは八つ当たりがすぎるというものだろう。

 それに――自分の接近に気がつかないなんて、よっぽど疲れているのかもしれない。ポップはそう思った。

 場所を取られたのは面白くはないが、わざわざ起こしてまで取り返すほどこだわりのある場所でもない。
 そう思い、ポップは少し離れた芝生の上に座った。

 そこは、普段ならダイの指定席だ。
 ポップが本を読んだり休んだりしていると、いつの間にかダイがここに来ていたりするのは良くあることだ。

 ポップの邪魔をするでもなく、かといって本を読むでもなく、昼寝したりぼーっとしているだけなのだが。
 この場所は、なぜかくつろげる。

 手入れの行き届いていない空き地は、城の中という感覚から遠いせいかもしれない。
 パプニカ城に仕えていて自室までもらっているとは言え、庶民育ちのポップにとって王宮にはいまだに馴染めない感じが残る。

 それはダイやヒュンケルも、多分同じなのだろう。
 別に、逃げ出したい程嫌いな訳ではないが、たまには息を抜く時間も必要だと思う。

 政務とは全然関係のない本をのんびりと読みながら、日向ぼっこをする。そんな時間が、ポップにとっては最大の息抜きだ。
 ほとんど頭を使わなくてもいい軽い本は、笑いどころもたっぷりとあって面白かった。


「……ぷぷ……っ、おい、ダイ、聞けよ、面白い話のってるぜ」

 つい笑ってしまい、いつものようにダイに声をかけようとして――ポップは近くにいるのがヒュンケルだと思い出す。

 ダイならば何をしていようともポップが声を掛けると飛び起きて反応してくるのだが、ヒュンケルは素知らぬ顔で寝ているだけだ。

 それをちょっと物足りなく思いながらも、まあ、これはこれでいいかとポップは思い直す。
 今はこの場に居なくとも、ダイはこの城の中……望めばすぐに会える場所にいる。

 少し前までの、二度と会えないかもしれないと不安を抱えながら必死で探し回っていた時と比べたら、雲泥の差だ。

 そして、ポップには少しばかりとは言え、こうしてのんびりできる時間があって。戦い以外はなにも関心を持たなかったあのヒュンケルが、気を抜いて昼寝できるぐらいに世界は平和になっている。

 本を読む手を休めて、ポップはなんとなく周囲を見回した。
 木漏れ日越しに感じる日差しが、ひどく気持ちがいい。かすかに出てきた風が、髪やバンダナを揺らす感触を楽しみながら、どのくらいそうしていたのか――。

 ポップは大きく伸びをした。

(さて……そろそろ行くかな?)

 そろそろ昼休みが終わる時間と判断したポップは、本を閉じて立ちあがる。
 そして、ちょっとヒュンケルを見て――自分のマントを外しながら近寄った。

 暖かで心地のよい日だが、風が少し出てきた。外で昼寝すると、意外なくらい体温を奪われるものだとポップは知っている。

 起こしてやってもいいのだが、よく寝ているだけにそれはためらわれた。
 近くに来たら気配で目覚めるかと思ったが、よほど熟睡しているのかヒュンケルは目覚める気配もない。

(ま、殺したって死ぬような奴じゃないけど、もし風邪でも引かれたら寝覚めが悪いからな)

 なかば言い訳っぽくそう思いながら、ポップはマントをヒュンケルの上にふわりと掛けてやる。

 それでも目を覚まさないヒュンケルを意外に思いながら、ポップはできるだけ足音を立てないようにその場を去った――。
                          END 


 


 

『平和の実感』(ヒュンケル編)

 

 ふわりと、柔らかい布がかけられる感触が心地好い。その厚意には感謝も感じる。
 だが、ヒュンケルにとってはこの上なく無意味な行為だ。

 野宿に慣れている上に、あまり良好とは言いがたい生活環境で暮らしてきた彼にとっては、この季節に、しかも昼間に外で眠った所でビクともしないだけの体力がある。
 つい苦笑したくなる気持ちを、ヒュンケルは必死で堪えていた。

 暖かなマントの感触と引き換えに、近付いた人の気配が遠ざかっていくのが分かる。それを少しばかり惜しんでいると、新たな靴音が聞こえてきた。
 地面を蹴って走ってくる、元気のいい気配。

 その気配は、ヒュンケルから少しばかり離れた所で止まる。そして、迷いもせず声をかけてきた。

「ねえ、ヒュンケル。ポップを見なかった?」

 ごく普通に話しかけられ、ヒュンケルは苦笑しながら目を開けた。
 ポップと違い、ダイは一瞬たりともヒュンケルが眠っているなどとは思わないらしい。
 まあ、それも当然だろう。

 いかに寝ているように見えても、起きている人間と眠っている人間では、気配が全然違うのだから。気配で他人を察知するのが癖になっているダイが、それに気がつかないはずがない。

「ポップならついさっきまでここにいたが、今、城の方に戻っていったところだ」

 そう告げると、ダイは目に見えてがっかりとする。

「あーあ、せっかく急いで来たのになぁ」

 そう言って、ぺたんとその場に座り込むダイは、訓練着のままだった。かなり汗もかいているし、息も切れている。

「訓練はもう終わったのか?」

 今のダイは年齢のせいもありこれといった役職にはついていないが、未来の国王候補と見なされると同時に、大将軍の地位をも期待されている。
 まあ、そんな周囲の思惑に本人はあまり自覚はなさそうだったが。

 兵士達に混じって実戦形式の訓練に参加しているのも、身体を動かせるのが嬉しい程度にしか考えていないのだろう。

「うん、やっとね。もっと早く終わるかと思ったけど、やっぱ総稽古の日は長引くね」

 いかにも暑そうに袖で汗をぬぐうダイを見兼ねて、ヒュンケルはハンカチを渡してやった。

「ありがと。ところで、ヒュンケルがこんなとこにいるなんて、珍しいね。ヒュンケルもポップみたいに、本でも読みにきたの?」

「いや。大体、オレは読書はあまり好みじゃないしな」

「ええ? そうだったの?」

 ダイが意外だと言わんばかりに、目を大きく見張る。

「だってヒュンケル、アバン先生の本とか熱心に読んでいたし、本が好きなのかと思ってたよ」

 ダイの単純な思い込みには、呆れるを通り越していっそ感心させられるとヒュンケルは思った。

「いいや、そうでもないさ」

 勉強方法として、読書が優れているのは承知しているし、知識を得るために本を読むのは吝かではない。
 だが、ヒュンケルは必要不可欠ならばともかく、余暇の時間まで読書に当てたいとは思えない。

「だが、ポップは……本当に、本を読むのが好きなんだな」

「うん、ポップって昔っからそうだけど……ヒュンケル、知らなかった?」

「ああ。知らなかったな」

 ごく真面目に、ヒュンケルは答える。
 事実、ヒュンケルは知らなかった。
 ポップが読書を楽しむ姿など、見なかったから。

 魔王軍時代は、ヒュンケルはあまりポップと共に行動を取らなかった。クロコダインと共に別行動を取ることの多かったヒュンケルが、ポップと合流する時は大抵戦いの場でだった。

 それでも合間の休息時間に本を読んでいるのは数度見掛けたが、ヒュンケルはそれを武器の手入れと同等のものとして解釈していた。
 武人が自分の武具を手入れするのが当たり前の行為であるように、魔法使いである者が知識を確認するのは当然と思っていた。

 その認識が間違いだと知ったのは、ポップと一緒にダイを捜索する旅をし始めてからだった。
 その旅の間、ポップにとって読書は息抜きとは程遠かった。

 身体を動かせなくても、頭だけは働くというのがポップのいつもの言い分だった。
 疲れきっている時も、熱を出して頭を起こすのも辛そうな時も、ポップは寸暇の時間も惜しむ様に真剣に古文書を読みふけっていた。

 本人は好きで読んでいるんだからほっておけと言い張っていたが、ヒュンケルの目にはとてもそうは映らなかった。
 勇者の手掛かりを探すための読書は、苦行にも等しいようにしか見えなかった。

 食事の最中さえ本を手放さず、貪るように知識を欲するポップと、何度言い争いをしたかなんて覚えていない。
 どうしても本を手放そうとしないポップから、無理やり本を取りあげたことも何度もある。

 本を読む時間があるくらいなら休めばいいと、ずっと思っていた。
 その様子を見ていただけに、ヒュンケルは時折、不安を感じていた。

 政務に忙殺され時間のゆとりのないポップの、唯一の息抜きがこの場所での読書だと知ってから、……いまだに、ポップがどこかで無理をしているのではないかと。

 それを確かめるために、ヒュンケルはここに来た。
 ヒュンケルは知っていた。

 ダイとポップが、よくここでくつろいでいるのを。遠目から、ポップが読書している姿をよく見掛けていたから。

 だがまあ……ダイが近くに来ても気にしないで本を読んでいるポップだが、さすがに自分が同じことをしたらそうもいくまい。

 本心から嫌われているとは思っていないが、それでも自分が近くにいるとポップが意地を張って素直にならないのは、よく承知している。

 普段通りに寛ぐポップの姿を見てみたかったから、ダイがいそうもない日を狙って、ここで寝たふりをしていた。
 少しばかり策略じみていて後ろめたい気もするが、その甲斐はあったようだ。

 あんな風にリラックスした様子で本を読むポップは、初めて見た。
 今のポップを見たのなら、納得できる。
 ポップにとって読書は単に息抜きで、楽しむためにあるのだと。

「さて、おれ、もう行くね。ハンカチありがと、ヒュンケル。これ、後で洗って返すよ」


 汗をざっとぬぐい終わる頃には、ダイの息はすでに整っていた。人一倍の体力に恵まれた少年は、休息とも言えないわずかな時間ですっかり回復したらしい。
 ひょこんと立ちあがったダイに、ヒュンケルは小さめのマントを渡す。

「これをポップに返してやってくれないか。ついでに、礼を言っておいてくれるとありがたい」

「うんっ、分かった」

 元気よく走っていくダイを見送りながら、ヒュンケルは再び木の根元に寄りかかって目を閉じた――。


                                    END


《後書き》
 お題は『昼寝』…って、ヒュン兄さん、寝てませんよっ?! 狸寝入りしとりますですよっ?! がーん、またお題失敗っ?!(笑)
 ま、まあ、それはさておき、こんな風にダイやポップから一歩離れて、静かに見守っている風なヒュンケルが好きです。

 

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