『ハッピーバースデー(ポップ編)』

  
 

 それは、大魔道士と呼ばれる少年にとって、明らかに不意打ちだった。

「お誕生日おめでとう、ポップ君!」

 一斉に合わさった声と共に、クラッカーが景気よくならされる。
 目をパチクリさせているポップの目の前で、仲間達がずらりと勢揃いしているのが見えた。

「え…? なんで……」

 大広間の扉を開けたままの姿勢で、ポップはそのまま固まっていた。
 ダイはともかくとして、三賢者やレオナ、バダックなど、パプニカ城でも屈指の忙しさを誇る連中が勢揃いしているだけでも驚きだ。

 なのに、普段はなかなか会えない国外にいる仲間達……マァムやアバン先生や女王フローラ、ヒムやチウ、クロコダインにヒュンケルにラーハルトまでもが勢揃いしているとなれば驚愕するのも無理はない。

 いつものように政務を終えた後、姫からの呼び出しを食らって広間に来たポップにとっては、まさに予想外のサプライズ。

「受け取れ……」

「よお、誕生日なんだってな、おめでとうさん! まあ、喜ぶかどうか分からないが、プレゼントだ」

「ふん、おまえなんかの誕生日なんかぼくにはどうでもいいのだが、義理は果たさないとな。ありがたく受け取りたまえ」

「これは私からよ、ポップ」

「おめでとうございます、ポップさん」

 あっという間に、ポップの両手は誕生日のプレゼントで埋もれ、乗せきれなくなって周囲にまで山積みされてしまう。

 びっくりしているのかまだ動かず、反応もしないポップを、ダイは強引に引っ張ってテーブルに連れて行った。

「おめでとう、ポップ! さっ、こっちに来てよ。あ、プレゼントはここにまとめとくね。おれも用意したんだよ、後で見てね!」

「こっちって…おい、ダイ?! こりゃあ、いったいどういう……」

「さあさあ座って、座って! 主役がここに来てくれないと、始まらないじゃない」

 文句を言いかけたポップを制して、マァムとメルルが競うように背を押してテーブルの上座に座らせる。

「おめでとう、ポップ。このケーキ、アバン先生と一緒に私達が焼いたのよ。それにお料理もね」

 テーブルの上には所狭しと、料理が並べ立てられている。
 どれもこれもが手が込んだものであり、ポップの好物ばかりだった。
 中でも一際目立つのは、ポップの席の前におかれているケーキだろう。

 18本のロウソクが等間隔に並べられたケーキを前に、ポップは絶句しているばかりだった。

「いやだ、何、そんなに驚いているのよ、ポップ君? 忙しすぎて、自分の誕生日さえ忘れちゃっていたの?」

 少々からかうようにかけられたレオナの声に、ポップはやっと正気に返ったような顔をする。

 しかし、その顔は喜んでいるとはほど遠い。
 どうにも納得できないと言わんばかりに顔をしかめ、微かに首を左右に振った。

「…………いや。忘れてないから、驚いてるんだって」

「え?」

「だって、今日、おれの誕生日じゃねえよ」

 ポップのその言葉に、……一瞬の沈黙を置いて全員が一斉に叫ぶ。

「えええーーーっ?!」

「いったい誰が、今日がおれの誕生日だなんて言ったんだよ?」

 いささか憮然としたその質問に、全員の視線はさっとダイに集まる。

「だ、だって、ポップ、前に冬生まれだって言ってたじゃないか!」

「言ったとも。冬に生まれたのは間違いないからな。後、二か月も先だけど」

 うろたえる勇者に向けられる大魔道士の目は、微妙に冷たい。
 それだけにダイはますますうろたえ、必死に言い募った。

「で、でも……冬になったらすぐにお祝いしたいって思って! だってポップだって、春になったらすぐ、おれの誕生日祝いしてくれたし」

 ダイにしてみれば、それは嬉しい記憶だった。
 誕生日を祝ってもらったのは生まれて初めてだったし、パーティの発案者が他ならぬポップだと後で聞き、ぜひお返しをしたいとずっと思っていたのだ。
 だが、そのダイの善意はどうやらズレてしまっていたらしい。

「あのなーっ! デルムリン島と違って、普通は生まれた季節じゃなくって、誕生日当日に祝うもんなんだよっ!!」

 捨て子で、正式な誕生日の分からないダイは『だいたい春』という区分しかもっていなため、暦の上で春になる日にパーティを企画したのがポップの発案だ。
 が、普通の一般的な人間ならば、誕生日は正確に生まれた日を選んで祝うもんである。


「まったく誰か気がつかなかったのかよ、途中で。つーか、一言ぐらい確認してくれりゃあいいのに」

 不満げなポップの言葉に微妙に視線をずらしたのは、ダイではなくてレオナだった。
 単に誕生日を祝うだけで済ませず、サプライズパーティを企画したのは、お祭り好きなレオナの仕業だ。

 せっかくならばポップに内緒で支度して、不意打ちで驚かせて喜ばせようと思ったのに……それが、とことん裏目に出ようとは。

「変だと思ってましたよ。あなたの誕生日パーティだと呼び出された割には、日付が違っていましたからねえ」

 どことなく気まずい空気をものともせず、くすくすとおかしそうに笑うアバンに、ポップは眉をしかめる。

「先生〜。それならそれで、早めに訂正しといてくれたって、いいじゃないですか」

 ポップの声音に非難めいた響きが混じるのも、無理はない。
 他のメンバーはともかくとして、最初の師であるアバンだけはポップの正確な誕生日を知っているのだから。
 だが、アバンは微笑みながら首を左右に振った。

「おやおや、日付なんて、些細な問題でしょうに。大切なのは、気持ちですよ、気持ち。あなたの誕生日を祝いたいと思って、ダイ君からの急な知らせを聞いたにもかかわらず、これだけの人が集まってくれたんですよ?」

 瞬間移動呪文で各国を飛び回って、これだけの人に連絡をつけるのはさぞ大変だっただろう。
 ポップと違って、ダイはそれほど瞬間移動呪文が得意というわけではないのだから。

「ポップ、ごめん…」

 しょんぼりと俯くダイは、捨てられた子犬を思わせる。
 図体が大きくなっても、その辺の印象は変わらない。

「……バーカ。それを言うなら、『おめでとう』だろ?」

 ダイの頭を軽く殴るふりをして、ポップは1、2度だけ乱暴に彼の頭をぐしゃっと撫でる。
 そして、みんなの方に向き直っていった。

「いーよ、おれの誕生日が今日ってことで。せっかくみんなが揃った機会なんだし、日付繰り上げってことで誕生日を祝ってもらうよ。考えれば早めに祝ってもらうなんざ、そうめったにあることじゃねえしな、さ、パーッといこうぜ」

「ポップ……!」

 パッと、嬉しそうにダイは目を輝かせる。

「ありがとう! それでもって、おめでとう! おれ、ポップのホントの誕生日には、もっともっといっぱいお祝いするからね!」

「いや、もうやらんでいい。一年に二回も誕生日パーティなんかできるか! だいたい、18にもなった男の誕生日なんかいちいち祝うまでもないつーの」

 抱きついてくる勇者を振り払おうとする魔法使いを見て、一同は安堵したように楽しげな笑い声を立てた――。

                                     END


《後書き》
 お題挑戦シリーズの一つ。今回のテーマは誕生日、おーし今度こそばっちり……と思ったけど、よくよく考えてみれば正確には誕生日じゃないですね(笑)
 なお、ダイの誕生日が『だいたい春』は公式設定ですが、ポップの誕生日が冬説は筆者の個人的捏造です。
 
 

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