『金色の小さなスライム』 |
「ピピピーッ、ピーッ、ピーッ!!」 甲高い泣き声を立てながら、きらきらと金色に輝く鳥が飛ぶ。 射るような光に目をすがめつつ上空を見上げた途端、その輝きは方向転換してヒュンケルに向かって飛んできた。 勢いよくぶつかってきた小さな塊を、ヒュンケルはこゆるぎもせずに受け止めた。 厚い胸板に自ら突撃してきたのは、羽の生えた小さなスライムだった。 ダイがいつも連れて歩いている、ゴールデンメタルスライム……通称、ゴメちゃんに違いない。 ヒュンケルとはめったに――どころか、皆無なまでに接点はないが、ダイが友達と呼ぶこのスライムに親しみぐらいは感じている。 それだけに、ダイやポップの周囲をいつも飛び回っているゴメちゃんが単独行動を取っているのを不思議に思う。 「どうしたんだ?」 軽く目を回しているスライムを両手の上に乗せて話しかけてみたものの、その後どうすればいいのやらヒュンケルは思案する。 だが、幸いにもヒュンケルが悩んでいる間に、ゴメちゃんは勝手に復活して翼をパタパタとはためかせながら、さっきまで以上の勢いで鳴き始めた。 「ピーピッピピピーッ、ピピピッピピ、ピップ! ピピッピピッ!!」 時折頷きを交えつつ、最後まで一通り聞いてから、ヒュンケルはその整った眉をほんの少しばかり潜めた。 「……すまない。何を言っているのか、分からないんだ」 とてもスライム相手に喋っているとは思えない、生真面目な口調である。 「ピピピー……」 言葉は喋れなくとも、この金色のスライムはとても表情豊かだ。 「ピピッ、ピッピ!」 ヒュンケルの服の裾を軽くくわえ、ゴメちゃんは必死に羽ばたき始めた。 「ピッピ、ピピーッ!!」 ゴメちゃんはクルクルとせわしなく飛びながら、時折ヒュンケルの服をくわえて一方向へと導こうとする。 「ついてこい……と言いたいのか?」 「ピッ!」
こちらに背中を向け、ぼんやりと空を見上げているポップは近付くヒュンケルやゴメちゃんに気がついていないらしかった。 もっとも、一面緑の中で彼の黒い髪は一際目立つ。 「ピピピーッ!」 ポップの姿に気が付いた途端、ゴメちゃんは一直線にそちらに飛んでいく。その声が聞こえたのか、ポップは座ったまま肩越しに振り返った。 「お、ゴメ、ごくろーさん。ずいぶん早かったな」 労う声をかけながら、ポップは自分の肩に飛び乗ってきたゴメちゃんを左手で撫でる。が、ヒュンケルに気がついた途端、その手はぴたっと止まった。 「げっ……!?」 露骨に顔をしかめたかと思うと、ポップは優しく撫でていた手でゴメちゃんを摘み、ぐにぐにと引っ張りだす。 「なんでヒュンケルなんかを連れてくんだよっ、おれはダイを連れてこいっつっただろっ!?」 ポップは結構力を込めて引っ張っているように見えるが、身体の柔らかいスライムはさして気にした様子もない。 「ピピーッ、ピピピーッ!」 「だから、平気だって! それよりやり直しだ、今度こそダイを連れてこいよ!」 むんずとゴメちゃんを掴むと、ポップはボールでも投げるように左手でぽいっと空中に投げだした。 が、空中で鋭くユーターンしたゴメちゃんは今度はポップの頭の上に乗って、ポンポン弾みながら鳴きたてる。 「ピピッ、ピッ! ピッピ、ピピーッ!!」 それは、ふざけているとかはしゃいでいる行動とは程遠い。むしろ、叱りつけてでもいるような強い調子だ。 「いてっ、いてっ、何すんだよ、このっ!? 余計なこと言ってないで、ダイを呼んでこいつーのっ! あいつ、絶対に近くにいるはずなんだからよーっ」 怪物の言語が理解できるのはダイだけで、ポップにはゴメちゃんの鳴き声は小鳥の声も同然にしか聞こえまい。 手をぶんぶん振り回し騒いでいるポップとゴメちゃんを、ヒュンケルは無言のまま眺めやる。 「おめえ、まだいたのかよ? 用なんかないから、どっか行けよ」 シッシとばかりに手を振って、ぷいっと背中を向ける態度はどう贔屓目に判断しても褒められたものじゃない。 普通の人間なら、怒ってこの場を立ち去ってもおかしくない。 「ダイでなければ、駄目な用でもあるのか?」 突然の質問に、ポップは一瞬怯んだように見えた。が、すぐに強く言い返してくる。 「……そうだよっ!」 「そうか」 そう答え、ヒュンケルはポップへと近寄る。 「なっ……、なんでこっち来るんだよっ!? おまえにゃ関係ないだろ、こっちに来んなっ!」 元気よくしゃべり、大袈裟に手を動かしているからごまかされてしまいそうだったが、さっきからポップは一歩も動いていない。 魔法使いの割には案外身が軽く、逃げ足の速いポップなら、ヒュンケルに来るなというぐらいなら逃げた方が早いはずだ。彼はその気になれば、魔法で空に飛び上がって逃げ出せるのだから。 それどころか、立ち上がりさえしない。 「…………いったい何をやっているんだ、ポップ」 押し殺した声での問い掛けに、ポップは目一杯不機嫌に答える。 「……見りゃ分かるだろ!」 確かに、状況は一目瞭然だ。 どうやら相当長い間放っておかれたもののようでかなり錆が浮き、歯の部分などボロボロになまっていて殺傷力は皆無に等しい。 おかげで、手袋ごしとは言え手首をもろに罠で噛まれたポップは、ケガをしている風には見えなかった。 だが、それでも本来の頑丈さまでは壊れきっていないのか、完全に手を挟み込んだ罠からポップは抜け出せないでいる。 (……道理で左手ばかり使うわけだ) 内心、ヒュンケルは深く納得する。 「いったい、なんで獣罠なんかにかかったんだ?」 この罠は古いだけあって、偽装もはげ落ちてしまっている。見えている罠に、そうそう引っかかる人間もいないだろう。 足にかかったというならまだ納得もできるが、手というのがどうにも解せない。 「そんなの……っ、おまえにゃ関係ねえだろ。一人でだってどうにかできるよっ、ほっといてくれ!」 この後に及んでまだヒュンケルを追い払おうとするポップには、呆れていいやら、逆に感心していいやら。 「とても『どうにか』できたようには見えんが」 罠の付近の地面は乱雑に掘り返され、土が散っている。 死に物狂いで暴れる獣に掘り返されないように、この手の罠は土台の部分を深く埋めるのが常だ。ちょっとやそっと掘った程度では、到底自由になれるわけがない。 ましてや利き手を使えず、魔法も使わないともなれば、ポップがこの罠から独力で脱するのは難しいだろう。 「ピピーッ、ピー……」 ポップの頭の上にいるゴメちゃんが、ヒュンケルに向かって切なげに鳴く。 「あっ、おいっ!?」 ポップの抗議も無視して、側に屈み込んで罠を確かめる。 「少し痛むぞ」 一声をかけてから、ヒュンケルは罠の間に手持ちのナイフを割り込ませる。それを支点にして、梃子の要領で罠の口をこじあける。 「つぅっ……!」 罠が緩んだ所を狙って、ポップの手を掴んで強引に罠から引き抜く。そのついでに、そのまま手首を確かめるように動かし、ケガがないかを確かめた。 「いててっ、触んなよっ」 意外に元気に、ポップがヒュンケルの手から自分の手を引っこ抜く。その動かし方を見る限り、捻挫や骨折などのケガをした風には見えない。 が、血の代わりといってはなんだが、おかしなものがついていた。 「この罠には……兎がかかっていたのか?」 その質問に、ポップは答えなかった。 「そこ、どけよ! くそっ、こんな罠なんかっ」 乱暴にそう言ったかと思うと、ポップは杖を拾ってそれを罠に向ける。 「ヒャダルコ!」 呪文と同時に、罠が一瞬で凍りついて固まった。続いて、杖の先から炎が踊りだす。 「メラミッ!!」 極端な温度差に、古い罠はひとたまりもなかった。 軽く蹴っただけのように見えて、その身体が有り得ない高さまでフワリと浮く。 「ピピピッ!!」 心配そうに鳴きながら、ゴメちゃんがその後を追う。 「ったく、礼なんか言わないからなっ!!」 その捨て台詞を残して、ポップは空高くにまで浮かびあがりそのまま飛んでいってしまった。 城門につくなり、手を振りながら駆けよってきたダイにいきなりそう言われて、ヒュンケルは少し考え込んだ。 現在のところ一応はパプニカ城で寝泊まりしているとはいえ、朝早くから夜になるまで一人修行を繰り返しているヒュンケルは、あまり他のメンバーと顔を合わせる機会がない。 今日はダイとは朝食の時に顔を合わせた程度だし、たった今、城に戻ったばかり。礼を言われるような覚えなどなかった。 「おれじゃなくって、ゴメちゃんだよ。ヒュンケルにお礼を言いたいって言うから、通訳しただけ」 「ピピッ!! ピピピッ、ピピッ!」 こここそが自分の場所とばかりに、馴染んだ態度でダイの頭に乗っているゴメちゃんは羽を広げて大きくはためかせた。 言っている意味こそは分からないが、どうやらお辞儀の代わりのしぐさらしいとは見当がつく。 「いや、礼を言われるほどのことはしていない」 生真面目に礼を辞去してから、ヒュンケルはふと思いついてゴメちゃんに視線を合わせて聞いてみた。 「しかし、一体、昼間はどうしてあんな状況になったんだ?」 「ピピピ、ピピ、ピピーー、ピー……」 熱心に訴える言葉はまったく分からないものの、ダイにはちゃんと分かるらしい。 「え? そんなことあったの? 知らなかったー、教えてくれればよかったのに」 「ダイ、なんて言っているんだ?」 「あ、うん。あのね、罠には、兎の赤ちゃんがかかっていたんだって。ゴメちゃん、助けようと思ったんだけど、うまく行かなかったんだ」 それは当然だろう。 「それで城まで助けを呼びに戻ったけど、みんな、ゴメちゃんの言葉、分からないもんね。運良くポップがいたから、来てくれたんだけど。でも罠を外す時に兎が暴れまくったから、手元が狂ってポップが罠にかかっちゃったんだってさ」 スラスラと事情を説明するダイのほっぺたを、後ろから伸びてきた手がぐいっとひっぱる。 「ひてっ!?」 柔らかいほっぺたを、両手でぐにぐにと引っ張っているのは、ポップだ。彼が近づいてきたのはダイにしろ、ヒュンケルにしても気がついていたが、全然警戒していなかっただけにこの暴挙は不意打ちになった。 「ひたいよ、はひふんらよ、ほっふぅ〜!?」 「何すんだもへったくれもあるかよ!? つまんねーこと、チクッてんじゃねえ!」 ほっぺたを無理やり引っ張られているせいでちゃんと言葉になっていないダイとも、コミュニケーションが成立しているようだ。 「それよりポップ、手、平気? ケガとかしなかった?」 ほっぺたを引っ張る手を無理やり引きはがし、ダイは自分のほっぺたをそっちのけで、心配そうにその手をまじまじと見る。 「してねーよっ。古い罠だったし、そんなに長い時間じゃなかったし! って、なに勝手に手袋脱がしてんだよっ!?」 「あーっ、やっぱ、赤くなってるじゃないか!? アザになってるよ、これっ!」 手袋の下には、くっきりとした赤い痕が残っていた。男にしては色が白いだけにやけに目立つその痕を見て、ダイとゴメちゃんはあたふたと慌てふためく。 「痛い? 大丈夫? おれ、レオナかマァム呼んでくるっ!」 「ピピイッ!!」 「そんな大袈裟な真似しなくっていいって! おい、聞いてんのかよ、ダイ!?」 ポップの制止よりも早く、ダイはいち早く駆け出して行ってしまった。 最初からポップの様子に注目していたヒュンケルと目が合った途端、噛みつくように怒鳴ってくる。 「なんだよ、文句でもあるのかよ!?」 「いや。ただ、疑問に思っただけだ。なぜ、一人で罠の解除をした?」 罠を壊すだけなら、ポップにとっては簡単だ。さっきヒュンケルの目の前で実際にやったように、魔法を打ち込むだけで事足りる。 それに、罠に掛かった獲物というのは、実は相当に危険だ。たとえこちらが助けようとしていても気がつかず、死に物狂いの力で無闇に暴れかねない。か弱い兎であっても、必死の力というのは侮れるものじゃない。 防御力に劣るポップには、やはり向いているとは言いがたい作業だ。 瞬間移動呪文を使えるポップにとってはその方がよほど簡単だし、合理的な方法だ。 「兎は兎でも、あれは一角兎だったんだよ。それなのに、うかつに人を呼べないだろ」 一角兎は強い怪物ではない。 そう判断したポップが、他者に助けを求めるのを自粛したのは分かる。 「なら、ダイが来るまで待てばよかっただろう」 怪物島育ちのダイは、怪物に対する偏見がない。むしろ、怪物こそを仲間と考えている傾向があるし、進んで助けるに決まっている。 それを誰よりもよく承知しているポップが、あえて自力で罠の解除に拘った理由が分からなかった。 「そりゃ、おれだって最初はそうするつもりだったけどよ……」 口ごもった末、ポップはボソッと呟く。 「あの一角兎、結構弱っていたし、見てらんなかったんだよ」 その答えに、ヒュンケルは意識してはいなかったが、どうやら笑ってしまっていたらしい。目敏くそれを見つけたポップが腹を立てて食ってかかってくる。 「なに笑ってやがんだよ!? ふんだ、どうせバカな真似をしたとでも思ってんだろう!? そんなの言われなくったって、自分が一番よく分かってんだよっ。あー、そうだよ、おれはどうせ、怪物助けたあげく蹴飛ばされて、罠に引っかかった間抜けだよっ!! 笑いたければ笑えよっ!」 自棄を起こしてまくし立てるポップは、自分でも恥ずかしいと思っているのか顔が真っ赤だ。 「笑う訳がなかろう。オレも、同じ立場だ」 金色の小さなスライムに呼ばれるままに、罠にかかった獲物を助けにきた。しかも、その獲物に即座に逃げられ、まったく感謝されなかったところまでそっくり同じだ。 「いや……オレの方がまだマシか」 「なんだよ!? やっぱ、人をバカにしてんのかよ、てめえはっ」 今度こそカンカンに腹を立てたのか、ポップはもういいと怒鳴ってヒュンケルに背を向け、城の方へと戻っていく。 怒らせてしまったなとは思ったが、自分の言葉を訂正する気にはならない。さっき言ったのは、本心だ。 ヒュンケルが助けだした獲物は、蹴飛ばしたりなどしなかった。 どう考えても自分の方が恵まれていると確信しつつ、ヒュンケルもまた、ゆっくりとポップの後を追って城へと戻った――。
END 《後書き》
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