『鋼の心』

  
 

 荒涼とした死の大地にも、月は昇る。
 周囲の闇に押し潰されそうなかそけき光ながらも、それでも月は月に違いがなかった。

 欠けた月を、その男は無言のまま見つめていた。
 テラスに佇むその人影には、とてつもない覇気に満ち溢れていた。
 ただ立っているだけなのに、風格を感じさせる長身の魔族。

 かつて、一度は世界を席巻した魔王ハドラー。
 魔族としての身体を、永劫にも等しい長寿を捨てた代わりに、超魔生物へと化したハドラーは見違える程に変わっていた。

 三本の角が兜のごとく頭を守り、はちきれんばかりの筋肉は鋼の鎧のごとく全身を覆ったその姿。
 だが、真に彼の雰囲気を違えているのは、そんな外見上の変化ばかりではない。

 威風を帯びた堂々たるその佇まいには、ほんの少し前まであった焦りや保身など微塵も感じられない。
 地位や勝利に拘る余り、卑屈とも言える焦りがハドラーを蝕んでいた。

 だが、今のハドラーはそんな迷いなど脱却していた。
 代わりに所作の端々からこぼれ落ちるのは、揺るぎない自信。
 皮肉にも、全てを捨て去ったハドラーはかつて魔王時代以上の覇気に満ち、誇りを取り戻していた。

「……」

 月を見上げていたハドラーの視線が、わずかに動く。
 その目のわずかな動きよりも早く、反応を見せたのはテラスの片隅にいた銀色の塊だった。

 今までは彫像のように控えていた者もまた、人ではなかった。
 チェスの駒より生み出された、全身オリハルコンで出来ている金属生命体。
 ヒムと名付けられた生まれたての兵士(ポーン)は、ハドラーも察知した気配に向かって身構えた。

 素手であっても、何の問題もない。
 全身が超硬度を誇る金属で出来ているヒムは、距離を詰めての接近戦で絶対の強さを発揮する戦士だ。

 並の戦士ならば、彼の発する好戦的な気迫を感じるだけで尻ごむだろう。
 だが、訪れた気配の主は、良くも悪くも並の存在ではなかった。

「ハァ〜イ、グッドイブニーング♪ 月の綺麗な夜だねえ?」

 ゆらりと、闇の中から踊るような足取りで現れたのは桎梏の衣装を纏った道化師だった。

「キャハハッ、ハハッ、こーんばんわー」

 道化師の肩にちょこんと乗った一つ目ピエロが、甲高く笑う声が場違いに響く。

「キルバーンか……何用だ?」

 咎める口調ではないものの、ハドラーの声音に不審があるのは否めない。

「いやいや、特に用ってわけじゃないんだけどねえ、あんまり月が綺麗な夜だからちょっと月見としゃれこもうかと思ってねえ」

 仮面に浮かぶ固定されたままの笑みはとらえどころがなく、人を食った口調からは本心など伺えるはずもない。

「ご一緒しないかい、ハドラー君? そーんな無粋なお人形さん達なんか引っ込めちゃってさ」

「そうそうっ、それともそんなに多くの護衛を連れ歩かないと怖くて動けない? キャハハッ」

 明らかな挑発の意図を含んだ軽口に反応したのは、ハドラーではなく彼の周囲にいた親衛隊達だった。
 いつの間にかハドラーとヒムだけでなく、親衛隊全員が駒を揃えていた。

 銀色のマントで堅く身を隠し、それでいて完璧な美貌の顔を持ち合わせた女王(クィーン)、アルビナスは涼やかな声を響かせる。

「戯言を。口の利き方には気をつけた方がよろしいですよ、ハドラー様への無礼を捨て置く我らではありませんゆえに」

 それは、憤りや怒りに任せた言葉ではなかった。
 淡々とした、感情を抱かせない言葉だからこそ、純粋な殺気だけが込められている。

「おお、怖い、怖い♪ おっかないねぇ、ボクはただ、せっかくの月夜にちょーっと世間話でも楽しもうかなと思ってやってきただけの、いたって善良な死神なのにねえ」

 ぬけぬけとそんな台詞を言いながら、キルバーンは何の恐れげもなく親衛隊達を無視して、ハドラーへと問いかけた。

「ところで、聞いた話ではあのザボエラ君がダイ君を狙って襲撃をかけたって聞いたけど、首尾はどうだったのかなァ?」

 そう聞くキルバーンの余裕たっぷりな態度から見て、情報通な彼がその結果を予め知っていることは見え見えだった。
 だが、それを承知していながら、ハドラーは落ち着き払った態度で答える。

「うむ、ザボエラならそこにいるヒムに命じて連れ戻させた。今頃はゆっくり休んでいるだろう」

「へえー、それはそれは」

 これ以上愉快な話はないとばかりに、キルバーンは喉の奥でクックと笑う。
 無論、キルバーンもハドラーも、ザボエラがどこで休んでいるか承知の上で会話を続けていた。

 ザボエラの居場所は、魔法を封じる牢の中――が、キルバーンはその件には一切触れずに楽しそうに話を続ける。

「それで、肝心の勇者ダイ君はどうなったのかなぁ? いったい、誰が彼を助けに来たんだい?」

(これを聞きたくて、わざわざ来たのか……!)

 キルバーンの目的を悟って、ハドラーは薄く笑う。

「その件なら、ヒムの方が詳しい。ヒム、話してやれ」

 ハドラーの命令を受けて、それまで無言のまま身構えてキルバーンを威圧していたヒムは、初めて口を開いた。

「ハドラー様のご命令だ、質問には答えてやる」

 口調こそは気安いものの、挑むような不定な目付きは味方に向けるそれではなかった。ほとんど敵を見据える目を、キルバーンに向けている。

「だが、オレは勇者やその一行についてはよく知らねえな」

 ハドラーが禁呪法で生み出した親衛隊達は、まさに今日、命を授かったばかりだ。
 分身体として生まれた魔族の常として、高い知識や思考能力を持っているものの、作り手の全ての意識や記憶を共有出来るわけではない。

 正真正銘生まれたてのヒム達には、ハドラーの語った言葉としての勇者しか、知りはしない。
 生涯を掛けてでも倒すべき価値のある強敵であり、彼との正々堂々とした勝負こそがハドラーの望みだ、と――。

 ヒムが知っている勇者の情報とは、それだけだ。
 そもそもヒムの受けた任務は、ザボエラを連れ戻せという一点に限られている。

 勇者一行の偵察を命じられたわけでもなく、また、小細工を嫌うヒムはさしてあの場にいた連中に注目もしていなかった。

「オレが見たのは、人間の子供二人に、ガルーダを連れたリザードマンだけだ。……ああ、そうそう、ネズミも一匹いたっけな」

 それを聞いた途端、キルバーンの目がきらめいた。

「子供が二人? もしや、片方は魔法使いだったんじゃないかい?」

「年上の方は、確かにそんな感じだったな」

 ぐったりしている子供をおぶい、驚愕もあらわに自分を見つめていた少年を思い出しながらヒムは答える。

 だが、正直言えば、ヒムはあまり彼には関心を持てなかった。
 細身の体格は明らかに格闘には不向きだったし、弱い敵をわざわざ相手にするほどヒムの誇りは安くはない。

 どちらかと言えば、優れた体格に堂々たる雰囲気を備えていたリザードマンや、ネズミが場違いにも持っていた、ただならぬ剣の方が気にかかっていた。
 それだけに、キルバーンが反応を示したのが意外だった。

「へえ……っ! あの魔法使いのボウヤが、戻ってきたとはねえ。それは意外というべきか――それとも、予想通りと言うべきかな?」

 やけに上機嫌にそう言いながら、キルバーンはバトンのようにクルクルと大鎌を振り回す。

「そうと知っては、ますますあのボウヤを見逃せなくなってきちゃったね。その内、ボクもちゃんとお仕事しなくっちゃあ♪」

 ふざけた口調とは裏腹に、仮面の奥に光る目には隠しきれていない殺気が宿る。
 そんな死神を横目で見ながら、ハドラーは口端を歪めるようにして笑った。

「フッ、大魔王バーン直属の殺し屋に狙われるようになるとは、ポップもずいぶんと――」

 そこでハドラーが言葉を途切れさせたのは、感心の思いゆえか、あるいは皮肉、よもや同情か。
 それは分からぬまでも、キルバーンに加えてハドラーまでもが関心を持っていた魔法使いの名を、その場にいた全員が脳裏に刻む。

 ことに、親衛隊のリーダーであり参謀を務めるアルビナスはその思いが強いようだった。言葉に出せず、目線だけで彼女はヒムに問う。
 この二人が気にする程の者なのか、と。

 ヒムがそれに応じるよりも早く、心を読んだかの様なタイミングで割り込んできたのはキルバーンだった。

「あの魔法使いのボウヤを、見た目で判断しちゃダメだよ」

「そうそうっ♪ 見た目はてーんで弱っちそうなただのガキだもんねー、キャハハッ」

 自分の方が子供な癖に、ピロロは完全に見下しきった笑い声を立てる。

「そうだね、ピロロの言う通りさ。だけどね、ボクはあのボウヤがドラゴン三匹をたった一言の呪文でやっつけたのを、見たことがあるよ。文字通りの、ワンワード・キルさ」

「……」

 さっきとは違った形で、沈黙が落ちる。
 ドラゴンといえば、言うまでもなく最強ランクの怪物だ。
 無論、この場にいる親衛隊にとっては、恐れる程の相手ではない。
 数匹どころか、数十匹と戦ったところで圧勝するだろう。

 だが、そんな彼らでさえ、呪文だけでドラゴンを瞬殺しろと言われれば、即座に頷けるものではない。
 堅い鱗を持ち、高い魔法防御力も備えたドラゴンに通じるだけの魔法を放つのは容易なことではない。

 普通の呪文では倒すどころか傷を負わせることすら難しいだろう。
 ましてや、三匹もまとめて一撃で倒すなどは並の魔法使いに出来る技ではない。

「マジかよ? とてもそんな風には見えなかったけどな」

 親衛隊の中では比較的感情を見せやすいヒムが、思わずと言った調子で口を出す。

「あのボウヤは感情的ですぐカッとなる割には、意外とどうしてクレバーな判断も出来るし、土壇場ではなかなかにしぶとくてねえ。いざとなれば捨て身になれるあの度胸を考えれば――経験を重ねれば、間違いなくあの魔法使いクンは恐ろしい敵になるだろうねえ」

 もっとも重ねられればだけど、と、くぐもった笑いと共にキルバーンは言い切った。

「うむ……。アバンの使徒の成長は早いからな。ほんのわずかの間に信じられぬほどの成長を見せる。ポップも――そして、ダイもだ」

 ハドラーは月を見上げながら、そう言った。
 まるで、その月こそがアバンの使徒達だと言わんばかりに、険しい目付きだった――。







「出せぇっ!! ワシをここから出さんかぁあっ、このワシを誰だと思っておるんじゃあっ!?」

 無人の空間に口汚なく罵り、わめき立てる声がやかましく響き渡る。
 禍々しくも厳重な鍵や装飾の施された魔牢に閉じ込められているのは、一見、小柄な老人だった。

 不自然に濁った色合いの肌や尖った耳から容易に魔族と察しのつく老人の名は、ザボエラ。
 かつてはハドラー率いる魔王軍六団長妖魔司教であり、魔法にかけては魔王軍随一の腕を誇る知恵者と呼ばれた男だ。

 しかし、アルビナスにとってはそんな過去の栄光など、どうでもよい。
 リーダーのアルビナスを初めとして、ハドラー親衛隊の面々は彼の意志を最大限尊重し、彼の目的を果たすための駒として動くのを誇りとしている。

 ことに、アルビナスはその傾向が抜きんでて高かった。
 そんな彼女の目から見れば、ハドラーへの忠誠心などかけらも持たず、己の保身のみに執着するこの俗っぽい男はただのダニとしか思えなかった。

 他ならぬハドラーの命令だからこそ、幽閉程度ですませているが、もし彼女自身の判断で処置を任されたのなら即刻処刑していただろう。
 蔑みもあらわな目で見下しながら、アルビナスはザボエラに声をかけた。

「聞きたいことがあります。答えてもらいましょうか」

 気配を感じさせない女王の動きに、声をかけられてから初めて気がついたのか、ザボエラがビクッと身を強張らせる。

「なっ、なんじゃ、おまえはっ!? おまえも、あの人形の仲間なのかっ!?」

 自分への侮蔑を、アルビナスは歯牙にもかけずに黙殺した。

「あなたは、勇者一行の魔法使い『ポップ』についてなにか知っていますか?」

「ポップ……!? ああ、あの小僧のことか」

 ついさっきまで騒いでいたザボエラの目に狡猾な光が宿り、沈黙が生まれる。
 先ほどまで益体もなく騒ぎ立てていた愚かな老人とは思えない程、一瞬で落ち着きを取り戻したザボエラは値踏む目でアルビナスを見上げた。

「――答えればここから出してくれるんじゃろうな?」

 駆け引きを持ちかけようとしながらも、ザボエラは辛辣な口調でかの魔法使いをこき下ろす。

「あやつは勇者ダイの最初からの仲間で、アバンの使徒の一人ではあるが……なぜ、あんな小僧を気にするのか理解に苦しむわい。だいたい、あんなすぐに感情に走る様なガキなぞ、魔法使いには向かんわ」

 さっきまでの自分を棚に上げて、ザボエラはそう言い切った。
 まあ、確かにそれも一理ある。

 魔法使いは本来、冷静さを旨とするものだ。
 一行の参謀を務め、的確な状況判断をして戦いを有利な方向へ傾けるのがその役割だ。

 アルビナスは、まだポップを直接見たわけでなし、その性格を知るはずもない。だが、まだ子供と呼べる年齢であれば、感情の起伏を制御しきれるとも思えない。
 そこまで考えた時、場違いに軽い声が響き渡った。

「確かにあのボウヤは感情の起伏が激しいよねえ。でも、だからこそ怖いんだけどね――」

「……っ!?」

 ザボエラはいうに及ばず、アルビナスさえ驚きに目を見張る。
 いつの間にきたのやら、キルバーンは壁に寄りかかってヒラヒラと手を振ってみせていた。

「ここに何用ですか?」

「嫌だなあ、そんなに怖い顔をしなくっても。せっかくの美人が台無しになっちゃうよ♪ なーに、ちょっとばかりザボエラ君の陣中見舞いにでも、と思ってねえ」

 牢に近付きもせず、ザボエラを一瞥さえもしないままにも関わらず、キルバーンはどこまでも人を食った態度を崩さない。

「魔法使いがあまり感情を出さないのは、強く感情が揺れ動くと魔法の制御を失うからだ。
 だが、あの魔法使いのボウヤはどんなに感情的になっても、魔法のコントロールを失わない。それがどんな意味を持つか、ボクなんかよりザボエラ君の方が詳しいんじゃないかな?」

 無論、魔法を専門とするザボエラがその意味に気がつかないはずがない。
 魔法は、精神力こそが全てとなる力だ。
 心の奥底で強靭さと冷静さを保ったまま、そのくせ激しい感情の高ぶるままに魔法を施行できる魔法使いがいるとすれば、これほど恐ろしい敵はいない。

 しかし、初期の頃からポップを知っているだけに、ザボエラは容易にそれを認められなかった。

「ふん、買いかぶりがすぎるというものじゃ! 簡単に挑発に引っかかって罠にかかるような、単純なガキじゃぞ? あんな小僧、仲間に助けられていなければ、とっくの昔に死んでおるわ!」

 サボエラが知っている範囲でさえ、今まで何度となくポップを殺せるチャンスはあった。実際、ザボエラ自身が直接手を下しかけたこともある。

 それでもポップが生き延びてこられたのは、本人の実力だけとは言い切れまい。
 寸前で、彼を助けにきた仲間がいたからだ。

「そうだねえ、あのボウヤにはつくづく幸運が味方しているよねえ。いつも、誰かの助け手が差し延べられる。

 ついさっきだって、そうだったものねえ。あの魔法使いのボウヤを助けるために、わざわざ勇者クンがやってきたんだよ? 戦いの後で疲れきっていたというのにね。それだけでも、あのボウヤを狙う価値はあるとは思わないかい――」

 キルバーンの目が、鋭い光が宿る。
 底冷えがするような殺気に、檻を挟んでいるザボエラさえ怯えて後ずさったが、アルビナスは微動だにしない。

「そーだよね〜、でもさっ、でもさっ、あいつって身の程知らずもいいところだよね〜、誰かに助けられてやっと生き延びてきたような奴なのに、肝心な時はでしゃばりなんだもんっ」

「全くその通りだよね、ピロロ。あれ程手を出すなと釘を刺したのに、ハドラー君とダイ君の決闘の邪魔までしちゃう始末だ。ホントに余計な横やりばかり入れてくれるボウヤだよ……!」

 その言葉を聞いて、アルビナスの形の良い唇がわずかばかりの笑みを形取る。
「成る程……それはいい情報を教えて頂きましたね。それが本当ならば、確かに彼は捨て置けない。注意が必要なようですね」

 それだけを言い残すと、アルビナスはくるりと踵を返して出口へと向かう。
 それを見て、ザボエラは檻の柵にすがらんばかりにして叫びだした。

「おっ、おいっ、どこに行くんじゃっ!? ワシを出すという約束はどうなったんじゃっ!?」

「約束?」

 アルビナス程の気品と美貌があれば、鼻で笑う仕草にでさえ華があった。

「有益な情報など、あなたからもらった覚えがありませんが?」

「うっ、な、ならっ、とっておきの情報を教えるから、ここから出してくれぇいっ!! あの魔法使いの小僧の、とびっきりの弱点を教えてやろうっ!!」

 ザボエラの顔に、なんともいいがたい程に醜悪な笑みが浮かんだ。

「あの小僧はな、同じ勇者一行の武闘家の小娘に惚れておってな、あの娘をおとりに使えば簡単に罠に――って、おい、こらっ、どこに行くんじゃーっ!? ワシをここから出さんか……」

 まくし立てる言葉の末尾は、閉ざされた扉によって途切れた――。


「やーれやれ、ザボエラ君もかわいそうにねえ。せめて、最後まで話だけでも聞いてあげればいいのに。人とのコミュニケーションに軽妙なおしゃべりは欠かせないよぉ?」

 アルビナスと共に部屋を退出したキルバーンは、変わらずに軽い口調で話し続けてくる。

「あのような下劣な話など、聞く価値もないでしょう」

 元より、ザボエラの情報が役に立とうと立つまいと、彼を魔牢から出す気などアルビナスにはなかった。
 ましてや、あんな下らない話など、聞くに堪えない。

「いやいや、そうとばかりは言えないんじゃないかな? 愛とか恋とかは、人間には存外大事なものらしいからねえ。恋愛が絡めば、人間は時として思いもかけない力を振り絞ったり、道を踏み外しちゃっりもするじゃないか。そういうの、女性であるキミの方がよく分かるんじゃないかなあ?」

「駒に性別など、関係ないでしょう」

 何の気負いもなく、アルビナスはそう言い切った。

「まあ、どう判断するかは、キミの自由だけどねえ。フッフッフッフッ……」

 意味ありげに、キルバーンは含み笑う。

「だけど、ボクはちょっと考えちゃうんだなあ。さっき、ボクはハドラー君を初めとする親衛隊全員の前で魔法使いクンの話をしたよねえ? だが、動いたのは、キミ、一人だけだったね」

 その言葉を、アルビナスは否定しなかった。
 確かに、アルビナスがザボエラの元を訪れたのは、ハドラーに命じられたからではない。

 それどころか、正々堂々とした戦いを望む彼は偵察や調査のような姑息な真似など喜ばないだろう。

 他のメンバーが動かなかったのも、その意味が大きい。
 いずれ、必ずまみえると分かっている敵ならば、小細工や探りなど必要ないと考えて迎え撃つ。
 その方が、ハドラーの意志に叶うと知っている。

 だが、アルビナスはハドラーの意志に準じるよりも、彼の勝利を確実にする方針を持っている。

 ハドラーの願いは、勇者ダイとの一騎打ち。
 そして、その最大の邪魔となるのは、おそらくは勇者一行の面々だ。
 その中でも、魔法使いポップは特に要注意が必要――そう思ったからこそ、彼女は戦いの前に情報を得ようと思った。

「当然でしょう。私は、参謀の役割もおっておりますから」

 時に主君に逆らってでも苦言を呈し、策を弄してでも勝利を引き寄せる。それが参謀の役割と、アルビナスは心得ている。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 この時のアルビナスは、心からそう信じていた。

 しかし、キルバーンの仮面の奥の目は、アルビナスの心の奥底までも見透かそうとする様に、不気味に揺らめいていた。

「そうかなあ? 5つの駒の中で、唯一女性体であるキミのその一途な忠誠心――それって、ただの忠誠心なのかなあ?」

 くぐもった笑い声に、不快感が込み上げる。
 その苛立ちの源が何から生まれるものか、意識しないままにアルビナスは強い口調で否定した。

「そうに決まっているでしょう。この身はハドラー様のお役に立つために生み出された物……他に何があると?」

「…………」

 おしゃべりな死神の沈黙は、言葉などよりもよほど雄弁なからかいを秘めていた。
 そして、桎梏の道化師は壁の中に沈みこんで消えていく。

 後に一人取り残されたアルビナスの心には、どこかはっきりとしない、得体のしれない不安じみた感情がしこりとして残る。

 不安とも違う、苛立ちにも似た、だが明確に名をつけるのはためらわれる、この名状しがたい想いとは何なのか――? これは、本来、駒である自分が抱くべき感情ではないと本能が告げる。

 ゆえに、アルビナスはそれを認めないまま、思考を切り換えた。
 自分の想いなど、どうでもいいことだ。
 自分が――自分達が存在するのは、ただひたすらハドラーのため……それでいい。ハドラーの勝利を確実にする、それだけを思っていればいい。

 自分は所詮、ただの駒に過ぎないのだから。
 いつものようにそう考えた時、アルビナスは心の奥底にちくりと刺す痛みを感じた――。

                                     END


《後書き》
 666Hit記念、相棒すてまるからのリクエスト! 『魔族勢揃いの話を書いてください(笑)』……の割には、勢揃いとは言えませんけどね(笑)


 しかもハドラーや親衛隊を書きたくて書いた…はずなのに、キルバーンやザボエラの方が目立っている〜っ(泣)シグマやフェンブレン、ブロームなんか台詞どころか名前すら出てないっ(笑)
 …リクエストって、こんな感じでいいんでしょうかねえ?(<-明らかに違う!)
 
 

小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system