『雄々しい姫君』

  
 

「ねえ。あたしと、婚約する気はない?」

 憂いを秘めた瞳の姫君は、思い詰めたような口調でそう誘いをかけた。
 しなやかな栗色の髪を長く伸ばした、聡明さを宿した瞳が印象的な美少女は、どこまでも真剣だった。

 上等な衣装を事も無げに着こなし、宝石のついたアクセサリーを意識もせずにいくつも身につけた、一国を背負った高貴な姫君。

 空前絶後の据膳の誘いを受けて、大魔道士の少年は……口をぽかんと空けたまま、間の抜けた返事を返す。

「はぃい?」

 寝耳に水、とはこのことか。
 しかも、さっきまで話していた会話とはなんの脈絡もないプロポーズである。ついでにいうのなら、大魔道士と姫君……ポップとレオナは間違ったってそういう関係ではない。
 確かに仲間であり、親しい友達ではある。が、ポップに言わせれば、レオナは完全に『女性』の範囲外にいる存在だ。

 親友の想い人だというのを差し引いたとしても、勇猛果敢であり天下無敵な執政者であるパプニカ王女を、ポップは女の子として意識したことなんかない。

 外見こそは可愛くても、中身はその辺の男共などまとめて蹴散らして余りある程に、漢らしい獅子王なのだから。
 しかし、レオナは優雅に紅茶を一口飲みながら、冷静に言葉を続ける。

「あたし……君となら、婚約してもいいと思うの。君が相手だったら国内の重臣からも、各国の王族達にも簡単に承認してもらえそうだし。それにポップ君って確か、ベンガーナ王国に祖父方の親戚がいるはずよね? それならベンガーナの貴族の養子となって、貴族位を獲得するのも簡単だろうし」

「ま、…待て、待て! ちょっと、ちょっと待ってくれよっ?! いったいなんの話をしてんだよ、姫さんっ?!」

 話が勝手に、しかも妙に具体的に進んでいくのを聞いて、ポップはようやく待ったをかけた。

 思わず立ち上がってしまったついでに、机の上においてあったティーカップが大きな音を立てて揺れるが、そんなのは知ったことではない。

 こぼれた紅茶を見とがめはしたものの、レオナは珍しくもそれには文句を言わず、にこやかな笑顔で話を進める。

「何って、婚約の話よ。あ、婚約指輪はちゃんとダイヤにしてね? 給料三か月分で手を打ってあげるから」

「待てよっ、おれ、いまだに給料ってもらったことないけどっ?! ってゆーか、現物支給だしっ」

 ダイヤと聞くだけでつい悲鳴を上げてしまうのは、庶民の悲しさか。
 現在、宮廷魔道士見習いとして各国を留学して渡り歩いているポップだが、別にそれで給料をもらっているわけじゃない。

 留学の身の上とはいえ、実際には各国の復興に助力しているポップは、各国の王から報酬の代わりに古文書や秘呪文を褒美をして与えてもらっている。

 ポップの給料三か月分と言えば……せいぜい、古い呪文書が1、2冊とか、下手すれば数ページの秘文の書かれた羊皮紙とかだ。

 ポップにしてみればそれこそが目当てだし、魔法使いとしてはこの上なく貴重な資料であり、役にも立つのだが  一般人から見ればただの小汚ない紙切れに過ぎまい。

「つーか、そもそもなんだって、おれと姫さんが結婚しなきゃなんないんだよっ!!」

 面白いくらいに顔色を変えて動揺しまくるポップに、レオナはさもおかしそうにコロコロと笑う。

「いやあね、別に結婚してくれなんて言ってないわよ?」

「だって、今、婚約って……」

「ええ、婚約はして? でも結婚には及ばないわよ、適当な時期がきたら君から一方的に破棄をもちかけてちょうだいな」

 あまりにも常軌を逸した話というのは、理解を拒むものらしい。人並外れて頭脳の働きはいいと自負しているポップだが、レオナのそのお言葉を理解するのには数拍の時間がかかった。

 そして、理解した途端、猛烈な勢いで抗議する。

「待ていっ! そんなことしたら、おれ、とんでもない鬼畜最低男だろーがっ?! しかも王家のお姫様をこっちからお断り? どんだけ尊大な野郎なんだよ、おれ?!」

「大丈夫よ、勇者の片腕として世界を救ってくれた大魔道士様に、文句を言える人なんていないわよ」

「いるよっ、いくらでもっ!」

 真っ先に脳裏を過ぎったのは、万人に優しいくせに自分にだけは厳しい、赤毛の武闘家の怒った顔だった。控え目でおとなしいながらも、芯が強くて頑固な占い師の娘も。

 続いて鬼より恐く感じる実の父親やら、泣かせると極めて辛く感じてしまう母親。
 年を食っても全く人格の丸くなっていない師匠のマトリフや、ニコニコ顔の割には意外と人の悪いアバン先生など、説教をしてくるであろう人物らの予想は山といる。

 なにより、それ以前にポップ自身が嫌だ。
 レオナが嫌いとは言わないが、彼女の思惑に突き合わされるなど、メダパニのかかった裸馬に乗せられて全力疾走する以上に恐い。

 お姫様という立場が嘘のように、大胆で思い切った気質を持つこの少女は、ちょっとした茶目っけを発揮する度に、他人を思いっきり振り回すのだから。

「だいたい冗談もいい加減に――」

 文句を言おうとして、ポップは途中で言葉を止めた。
 レオナは、確かに悪戯好きだ。

 人の悪い冗談を真顔で言うなんて日常茶飯事だし、他人を驚かせるのが好きなのも知っている。
 だが、今のレオナはただふざけているにしては、少し変だった。

 口調こそは軽くても、笑顔は変わりはなくても、その目が違っている。いつもは毅然と前を見つめているはずのハシバミ色の瞳は、今はどこか陰りを帯びていた。

 生まれながらの王者に相応しくない、追い詰められたような色合いの瞳――それを見て、ポップは小さく溜め息をついて、席に座り直した。

「姫さん……、いったいどういうつもりなんだよ?」

「どうもこうもないわ。……言うなれば、ビックで素敵な据膳? まさか君ともあろう者が、女性に恥をかかせたりしないわよね?」

 その笑みとからかう口調にごまかされたままなら、ポップは気安く言い返したかもしれない。だが、傷ついた瞳に気づいてしまった後では、見せかけのおふざけに付き合ってはやれない。

 そして、慰めてやる気もなかった。
 ポップは居住まいを正して、しっかりと彼女を見据える。

「やめとけよ、姫さん。もう一度、聞くぜ。どういうつもりなんだよ? まだ、たったの1年なんだぜ?」

 静かな中にも、鋭さを秘めた声音が響く。
 かつて大魔王さえも一喝した少年は、その必要があるなら、相手が王家の姫であっても遠慮などしない。

 そして、その言葉はたやすくレオナの急所を貫いた。仮面のように張りつかせていた笑顔が揺らぎ、年相応の傷ついた少女の素顔が除く。

「……もう、1年なのよ?」

 呟く声が、震えていた。
 どちらも、『何』から1年かは口にしない。
 するまでもない。

 彼らの脳裏には、その瞬間が焼きついている。勇者がいなくなったその時から、ある意味ではポップとレオナにとっての時間は止まっている。

 だが、世間では時間は飛ぶように過ぎ去っていく。彼らにとっては世界は平和であり、なんの問題もないのだから。

「昨日は……見合いの話が、15件も来たわ。一昨日はちょっと少なくて7件だったけど、どこぞの貴族のボンボンがわざわざつまらない書状を持って、父親の名代とかで無意味に挨拶に来たわね」

 レオナは、今年で15歳になった。
 王族の姫ならば、すでに適齢期だ。ましてやパプニカ王国のたった一人の生き残りである彼女には、王家を存続させるために一刻も早く結婚し、世継ぎを獲得する義務がある。
 国の内外から降るように注ぐ縁談話が、どれほどレオナを辟易とさせているか……それを悟れないほどポップは愚鈍ではない。

 パプニカ王国という持参金を持った美しい姫に、下心を持つ者が群がるのは当然だ。しかも、レオナが戦うべき相手は、そんな婚約者候補達ばかりではない。

 パプニカ王国が復興を果たした後で、なんのためらいもなく、ぬけぬけと姿を現してくる厚顔無恥な重臣達。

 魔王軍との戦いの最中はいち早く城を脱出して雲隠れしていた貴族連中は、国が潤うのを待ちもせずに自らの権利を振りかざしながら城へと舞い戻ってきた。

 いくら三賢者という信頼のおける忠臣がいようとも、父王という最大の後ろ盾を失った王女は今や孤立無援に等しい。

 ましてや、レオナはただのお飾りの王女でいる予定などかけらもない。名実共に王となり、自身の理想のままに国を導こうとするレオナの前には、魔王軍の戦いとは全く違う戦いが待っている。

 まだ成年に達していない年齢で、政務に長けた重臣達と渡り合っていかなければいけない苦悩。

 それは、ポップにも分からないでもない。
 宮廷魔道士見習いという特殊な地位を受け、各国の王国に留学しているポップもまた、政務とは無縁というわけではないのだから。

 王と親しげだとか、功績をあげたという理由から妬まれるなど、もう日常となってさえいる。

 もちろんそれは承知の上だし、自分にしろレオナにしろ、それに負けるほど弱くはないつもりだが……それでも、辛くてたまらなくなる日はあるものだ。

「……姫さん」

 俯いたまま、顔を上げないでいるレオナの側に、ポップは近づいた。
 かすかに震えているレオナの肩は、痛々しいほどに細い。これ以上の重荷には耐えきれないとばかり震えるその肩に、ポップはそっと手を伸ばしかけ……途中で、止めた。

 ポップは知っている。
 自分には、この孤独な王女を助けるだけの力があることを。

 婚約者となって、彼女の隣に立つぐらいの力量はある。
 それだけの知名度も、すでに世間に知らしめている。
 今のポップなら、彼女の肩に掛かる重荷を、半分背負うこともできる。

 何より、彼女が今、心から助けを欲しているのも……。
 迷いながら、ポップはゆっくりと手を伸ばした。

「……!」

 ポップの手が触れた途端、レオナの華奢な身体がびくんと震えた。

「……ごめんな、姫さん。なんにもしてやれなくって」

 手袋越しに、彼女の体温が伝わってくる。
 結局、手を伸ばしたのは彼女の肩ではなく、よく梳かれた頭の上だった。

 小さな子供に対するように、その髪をくしゃくしゃっと撫でる。
 以前、親友に対してよくそうやっていたよりも、もう少し丁寧な手つきで。

「ホントに悪いな、姫さん。おれはただの魔法使いでさ……白馬の王子様でもなきゃ騎士でもないんだ」

 どんな敵も恐れぬ雄々しさで、姫の危機を救う騎士ならばさぞやカッコいいだろう。
 他の追随を許さぬ凛々しさで姫の心を奪う王子ならば、なお言うことがない。だが、良くも悪くも、ポップはそうじゃない。

 ただの、臆病で非力な魔法使いにすぎない。
 おまけにすでに手一杯で、レオナのために差し延べられる手すらない。
 この手を使って助けたい者を、すでに心に決めているから。

「ホント、情けないけどさ……手を貸してやれる余裕もねえんだ。ごめんな……」

「……………………っ……」

 深く俯いたまま、レオナは両手で顔を覆う。その際、何か言った言葉はポップには聞き取れなかった。

「え? 今、なんて……?」

 つい聞き返してしまったポップに、叩きつけるように威勢のいい言葉が返ってきた。

「…………………分かってない人ねって言ったの!」

 その勢いの良さにびっくりしたものの、ポップの顔には安心したような笑みが浮かぶ。


「なんだよー。手厳しいな、姫さん」

「だって、ホントのことじゃない。ほんっと、君って人は肝心なところでニブすぎよ。頼りになるんだか、ならないんだか分からないんだから!」

 まだ、顔は伏せたままだが、レオナの声音にはいつもの彼女らしい気丈さが戻ってきている。それに応じて、ポップの口調も軽くおどけた物になった。

「ヘーヘー、ご説ごもっとも。一言も返せませんよ。でもさあ、お姫様が頼りにするのは、魔法使いなんかじゃないだろ?」

 その先は、ポップは決して言葉にはしない。
 いちいち言葉にする必要などないのだ、ポップもレオナも知っているのだから。
 お姫様を助けるのは、勇者と相場が決まっている、と。

「フローラ様は、15年も待っていたんだぜ」

「それ…、いくらなんでも長すぎるわよ」

 顔を覆う手をわずかに動かして、レオナは目尻に残った涙を拭う。しぐさからそれを察していながら、ポップはそれを見ないふりをする。

 と、レオナはポップの手を払いのける勢いでサッと頭を上げた。長い髪がさらりと流れ、王者のマントのごとく翻る。

「もう、大丈夫よ。……つまらない愚痴をきかせちゃって、悪かったわね。君だって、忙しいのに」

「いいよ、このくらい。言ったろ? 今日はおれ、休日なんだ。いくら手助けの一つもできない情けない男でも、空いている時間ぐらいなら手を貸すよ? ま、それ以上はできないけどさ」

 たははと笑うポップに、くすりとレオナが笑った。さっきまでの作り笑いとはまるで違う、自然な笑顔だ。

「その言葉だけで、充分だわ。分かっているの……これは、あたしが望んだ戦いなんだって」


 上げた顔には、すでに涙の痕跡すら見うけられらない。ほんのわずかな時間の間に、レオナはレオナらしさを取り戻した。
 その強さに、ポップは安堵する。

 レオナは、ただのお姫様じゃない。
 アバンの使徒の一人でもあり、大魔王バーンにさえ傷を負わせた天下無敵な女の子。
 彼女は、行方不明のダイを守るためにいち早く戦いを挑んだ戦士でもある。

 純粋な人間ではないダイが戻ってこれる場所を作るために、レオナは単身で剣を使わぬ戦場に立った。

「自分の言葉には、責任を持たないとね。あたしは、あたしでなんとかするわ。だから――君は、君のすべきことをしてね。君は……魔法使いなんでしょう?」

 騎士や王子の助けなど借りなくとも、レオナは充分に強い。
 騎士よりも雄々しく、王子よりも凛々しい少女王はいかにも彼女らしい毅然とした瞳で、まっすぐにポップを見上げる。
 その期待に、応えてやりたいと思う。

「ああ。おれは――魔法使いだよ。おれは、おれのできる方向であいつを探すさ」

 行方不明のダイを、探し出すこと。
 それが、ポップが決めたポップの戦いだ。

 世界各地を巡って直接探すのではなく、遠回りの方向から見つけだす道を選んだ。時に迂遠に思える回り道に苛立ちや不安も感じるが、そんな時に心の励みになるのがこのお姫様の存在だ。

 おそらくはポップ以上の不安と切望を抱きながらも、彼女はダイの捜索をポップに任せて後方援護に徹してくれている。だからこそ、彼女はポップにとっては女の子じゃなくて、この上もなく頼りになる同志と思える。

「その言葉、心強いわ」

 満足げに頷いたレオナはすっくと立ち上がり、ポップの両手をしっかりと握り込んだ。


「――ねえ、ところで、ポップ君? 君、さっき、言ったわよね?」

 同じ目の高さで視線を合わせながら、レオナは熱心にポップの手を握り込む。たおやかな腕は意外なくらいの力があって、振りほどけそうもなかった。

「え? …な、何を?」

 嫌な予感が、ポップの脳裏をちらつく。
 頭の切替えの早いのは、レオナの長所でもあるが、時折短所とも思える時がある。
 それに――この目は、アレだ。

 周囲を出し抜いて悪戯を仕掛けようとする時に見せる、茶目っ気に満ちた目だ。笑顔のまま、レオナは言質をとろうとする。

「いやね、忘れちゃった? 空いている時間なら、手を貸してくれるって。ね、ポップ君、自分の言葉に責任を持つのって、基本よね?」

 

 

「…………騙された……。姫さんって、しょせん、こーゆー女だよな。やっぱり同情なんかするんじゃなかった……」

 疲れすら滲ませて呟くポップに対して、レオナは済ましたものだった。

「何よ、人聞きが悪いわね。私がいつ、君を騙したっていうの? 君が自主的に言ってくれた手助けの範囲内で、手を借りたいって言っただけじゃない」

「そりゃ言ったけどよぉ〜…」

 情けない顔で溜め息をつきつつ、ポップは自分の格好を見下ろす。
 ポップが今着ているのは、やけに華美な印象の法衣だ。

 元々僧侶や賢者が着る法衣は中性的なデザインが多く、男物か女物か分からないものが多いのだが、今、ポップが着ているのは格段に女性寄りなデザインだ。

 どちらかというと女顔で、中性的な体付きのポップに似合わないデザインではないが、女装させられているみたいで気分的に面白くない。

「いいじゃない、お遊びとして付き合ってよ。この格好でなら、婚約とは思われないでしょ?」

「そりゃ誰が思うんだよ、これで」

 ポップが半ば女装しているのだとすれば、レオナは男装していると言っていい。
 女性らしさを際立たせる多少のアレンジをかけているとはいえ、彼女が今身にまとっているのは、タキシード姿だ。

 長い髪は後ろで緩く編んで垂らしているため、彼女は今や美少年と化していた。
 一目で女性と分かる可憐さを残した男装は、不思議な魅力を醸し出している。
 それは、年頃の貴族の娘ならではの『遊び』だ。

 夜毎に開かれるパーティは、貴族や王族にとってはかかせない社交場だ。特に、年頃の未婚の男女にとっては、未来の結婚相手を決めるための探りの場所ともなる。
 適齢期の娘は一際華やかに身を飾り、多くの男性とダンスを踊って、結婚の申し入れを受ける下地を作る。

 が、それとは逆に――結婚を避けたい娘ならば、パーティの場を逆に利用する。
 男装で参加すれば、その娘にはしばらくは結婚の意思はないと主張しているも同然だ。
 ましてや、僧侶や賢者などは通常、結婚相手として認識されない。
 彼らは神に仕える身であり、無性と判断されるからだ。

 それを承知しているからこそ、レオナはことさら大胆にポップと腕を組み、パーティ会場へと進んでいく。

「ほんとに助かっちゃったわ。今日のパーティはいろいろとややこしい人達が参加するから、虫除けが欲しかったのよ」

「……おれって、虫除けレベルなのかよ?!」

 小声ながらも、ポップはぶつぶつと文句をつける。

「姫さんって、ホントに油断もスキもないよなー。ちょっと同情したら付け込んでくるし、だいたいこの服はなんだよ? 最初っから、企んでたんだろ」

 緑を基調とした法衣は、ポップのサイズにぴったり合わせてある代物だ。とてもじゃないが、今夜のパーティの参加を午後に急に決めて、すぐに仕立てられるものではない。
 元々あった服を仕立て直したにしては、合わせた形跡すらなかった。

 となれば、ポップのためにわざわざ予め用意しておいたとしか思えない。
 だが、レオナは一向に悪びれた様子もなかった。

「いやね、企むだなんて。大魔王バーン相手に知略を尽くした戦いを挑んだ策士に、頭脳戦をしかけるほど馬鹿じゃないわよ。私は、ただ、準備がいいだけ。どんな事態にも対応できるように、備えておくのは基本でしょ?」

 パーティ会場に入るなり、次々と申し込まれるダンスの誘いや、挨拶をさらりと流して交わしながらレオナはぬけぬけと言い訳する。
 どこまでも抜かりのない姫君に、ポップは苦笑するしかない。

「……まったく、姫さんには敵わないよ」

 驚嘆すべき、頭の切替えの早さだ。
 利用できるものならば、抜け目なく利用できる判断力の高さは、ポップでも適わない。
 可憐な外見とは裏腹に、強く、凛々しく、雄々しい姫君。
 その逞しさと意思の強さには、ポップも脱帽せざるを得ない。

「君にそう言われるなんて、光栄ね。ならば、一曲、踊っていただけるかしら?」

 パーティ会場の、ダンスフロアの中心の一番目立つ場所。
 そこでポップから一歩身を引いたレオナは、わざとらしく足をかがめ、貴婦人に対する礼節を持って彼に手を差し延べる。

 小悪魔のように悪戯な笑みを浮かべる男装の姫君に、ポップは軽く肩を竦めつつも応じた。

「へいへい、いいですよー。村祭りの踊りぐらいしか踊ったことのない田舎者でよければね」

「ちょっと! どっかの誰かさんじゃあるまいし、もう少し、ムードってものを考えくれない?」

「注文が多いなぁ。じゃあ――喜んで。お望みのままにお相手しますよ、お姫様」

 今度は、ポップもふざけなかった。
 宮廷魔道士見習いになってからさほど間もないが、物覚えのいいポップにとっては礼儀作法を覚えるのはさして苦でもない。

 礼に則ったしぐさで一礼すると、レオナの手を受けいれる。
 そして、大魔道士と姫君は軽やかな足取りで踊り始めた――。 

                                                          END



《後書き》
 書いてて楽しいポップ&レオナ! この二人って恋愛な気は一切しないけど、気があう者同士って感じがするなあ。
 

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