『信じていること』

  

「よしっと、これで準備完了!」

 ぱんぱんに詰めた小さなバックを軽く叩き、ダイは立ちあがった。
 そして、ちょっと考える。
 旅立ちの準備は、もうすんだ。

 後はいつでも出発できる。
 レオナからはダイの準備が出来次第出発するから、城門まで来るようにと言われた。

 なんでもパプニカ王国の国境近くにある洞窟で怪物が発生して、付近の住民が困惑している状況らしい。

 まだ問題や犠牲者こそでていないが、一刻も早い助けが必要なのは分かっているし、できるだけ急ぐようにと言われている。

(でも……ちょっとだけなら、いいよね?)

 自分に言い訳するようにそう思って、ダイは城門へ行く廊下とは反対方向へと歩きだした。
 洞窟の奥に巣くう怪物退治に出かければ、今日中には帰れない。

 レオナも、解決に2、3日はかかるだろうと言っていた。
 それなら、でかける前にポップに一言、挨拶してから行きたかった。

(まあ、ポップはどうせ知っているんだろうけど)

 元々、この仕事の担当にダイを推薦したのは、ポップだ。
 未来の国王候補でありながら、ダイは今のところ勉強を習っているのと、兵士の訓練に参加する以外にやっていることはないのだ。

 レオナやみんなは、まだ子供のうちは勉強が仕事だと言ってくれるのだが――ダイには、焦りがあった。
 ダイは今年で、15才になった。

 魔王軍との戦いに参加した時のポップと同じ年だ。
 そしてポップは、戦いが終わってまもない頃から宮廷魔道士見習いとして活躍している。
 あいにくその頃魔界にいたダイは、宮廷魔道士になったばかりの頃のポップは見てはいないが、各国の王様やレオナやみんなの話を聞く限りでは優秀な仕事ぶりだったようだ。


 戦いならともかく、頭脳労働方面ではポップにかなわないのは分かっている。
 仕事らしい仕事ができないとしょげているダイに、ポップはいったものだ。

『ばっかじゃないの、おまえ? わざわざ自分から、仕事をやってみたいだなんて。そんなに焦らなくとも、後しばらくたったら嫌という程押しつけられるっつーの』

 一度引き受けたら、際限なく後から後から仕事を押しつけられるんだぞと、ボヤくポップの口調には嫌という程のリアルティーがあった。

『だいたい人には向き、不向きってもんがあるだろ? おまえはおまえに向く仕事をやりゃあいいんだ、おれと同じ仕事をやる必要なんかないって』

『それはそうだけどさ……』

 いつもそうだが、ポップの言葉は正しい。
 でも、ダイはそれでも仕事をしたいと思う。
 忙しいポップの、少しでも手助けになれるように。

 どう見ても、ポップは働き過ぎだ。
 ほとんど一日中書類書きに追われているような有様だし、ポップに相談を持ち掛けに訪れる人の数はひっきりなしだ。

 下手をすると食事や休憩時間さえやってくる彼らを、ポップは突き放せない。
 基本的に人のいい彼は、気安く相談に乗って……ますます自分の仕事や負担を増やしてしまうのだ。

 もし、ダイが15才の時のポップほど――いや、せめてその半分でも仕事ができれば助けられるのにと思うと、悔しいぐらいだ。
 だが、ダイは文官としての才能はきっぱりとない。

 嫌々とはいえ勉強したのが功を奏して、簡単な書類を書くぐらいならできるようにはなった。

 が、書いた後でポップかレオナに最終チェックをしてもらわないといけないので……結局のところ、手助けにはなっていない。

 むしろ、最初からポップが書いた方が格段に早い上に楽という、情けない結果になっている。
 だが、体力や戦闘能力で勝負できるこんな探索任務なら、ダイでも活躍できる。

 忙しいポップが、雑談のついでにこぼしたダイの愚痴を覚えていてくれて、しかもそれに応じてくれたのが嬉しい。
 だからこそちゃんとお礼を言って、それから出かけたい。

「ポップ、いる?」

 声を掛けると同時に扉を半分開けてから、慌ててノックをする。
 レオナに厳しく言われているから、ノックをするように気をつけてはいるのだが、つい忘れてしまうのだ。

「……あれ?」

 ポップの執務室は、無人だった。
 いつもならこの時間は、机に向かって忙しくペンを走らせているはずなのに、今日はいないらしい。

 いつものように書きたての書類が、インクを乾かすために広げられてもいないし、山盛りにされた書類がきちんとそろえて置かれているところを見ると、トイレか何かにちょっと席を立ったというわけでもなさそうだ。

 城を空ける時は必ずダイかレオナに教えてくれるから、城内のどこかにはいるのだろうが、さすがに探す時間まではない。

 がっかりしたものの、挨拶は諦めてもう出発しようと再度廊下にでたダイは――不意に顔をしかめた。

 血の臭いが、した。
 ほんのわずかに感じる血臭。
 それを感じ取ってしまった自分に、嫌悪を感じてしまう。

 普通の人間ならまず分かりもしないだろうかすかな臭いなのに、竜の騎士の本能は敏感に反応してしまう。

 平和な城に相応しくない異臭。
 それを感じ取ってしまう、自分こそが異端な気がしてならない。

(……やだな……)

 普段はできるだけ、血の臭いなど感じないように努めている。
 特に女性から時折、血の臭いを感じる時があるのだが、それを口にすると回りの人が困った顔をするし、ポップやレオナがやめろと言うから、黙って無視することにしている。


 だが、今の臭いはどことなく気にかかった。
 臭いの方向に目をやると、廊下に散らばっている数枚の書類が見える。

 曲がり角の向こうへ続くその書類の方へ歩いて行って、ダイは心臓がつぶれる思いを味わった。
 曲がり角のすぐ近く、書類を抱え込んだまま倒れている人影があった。

「ポップ……?!」

 廊下に倒れていたのは、ポップだった。
 そして、臭いの源も――。
 それに気がついた途端、ダイは咄嗟に辺りの気配を伺い……それから、ハッとしてポップに向かう。

「ポップ!」

 駆けつけて抱き起こしても、ポップはまったく無反応だった。ざっと見たところ、怪我は見当たらない。
 だが、苦しそうに胸を抑えたまま、固く目を閉じて動かない。

 そして……口許からわずかに滴り落ちる、よだれ混じりの血。
 息がひどく弱い。
 喉からヒューヒューと笛のような音が聞こえているのが、恐ろしかった。

 どうしていいか分からずに、ダイの頭は真っ白になる。
 だが、竜の騎士として本能は、的確に救命行動を行っていた。
 ポップの唇に自分のそれを押し当て、強く吸う。

 口の中に鉄錆臭い味が広がってから、自分の行為の意味に気がついた。
 ポップの気道に詰った血を取り払おうとしたのだと。
 反射的に飲み込みそうになって、慌ててその血を吐きだした。

 他人の血を躊躇なく飲み込もうとするなど、人間の発想ではない。
 それは――ある意味、獣の本能だ。
 口に含んだ時は大量に感じた血は、ほんのわずかの血に過ぎなかった。

「……ッ……ケホ…」

 多少咳き込んだものの血が無くなった分、呼吸が楽になったのか、ポップの息遣いが少しましになる。
 竜の騎士の本能は告げる。

 目の前にいる人間の応急手当ては済んだ、と。
 命に関わるような状態ではないから平気だと、本能は教えてくれる。
 だが、感情はそうはいかなかった。

「ポップ……! ポップ…、聞こえる?! 返事をしてくれよ……!」

 だが、意識を飛ばしたままのポップは、呼びかけには答えてくれない。
 青ざめた顔色のまま、ぴくりとも動かない。
 いくら歴代の竜の騎士の知識があっても、回復魔法を使えないダイには、これ以上の手当てが思いつかない。

 ポップ本人なら回復魔法を使えるものの、今のように気絶してしまったのでは何の意味もない。

 むしろ、自分で自分を回復させる間もなく倒れてしまったのかと、心配を呼び起こすだけだ。

(もし……ポップが死んだりしたら……おれは――)

 心臓が、嫌な感じに高ぶった。

 ポップが死んだら――ソレハ、誰ノセイ?

 魔王軍時代も、ポップはしょっちゅう無茶をしては死にかけていた。実際、ポップは一度死んだことさえある。

(だけど……もう、世界は平和で……。危険なんかない世界になったのに)

 ――違ウダロ。

 嘲笑う声が、心のどこかで響く。
 平和な世界。
 それは、地上の上だけのこと。

 その下に広がる魔界は、いまだに渦巻く暗雲の世界。
 普通の人間ならば、即座に身体を蝕まれる瘴気に満ち溢れた邪悪な世界。
 しかも、人間界と魔界の間には強固な結界が存在する。

 強大な魔力を持つ魔族ならまだしも、ただの人間の身でそれを打ち破る方法を見つけるのがどれほど大変なことか……。
 ダイを助けるために、わざわざそこまでやってきたポップは……そのために、どんな無茶をしたのだろうか?

『ちょろいもんだったぜ。なんたって、おれは大魔道士様だからな!』

 詳しい話は教えてくれず、ポップはそう笑っていただけだった。その癖……戦いを終えて一緒に地上に戻ってきた後は、しばらく寝込んでいた。
 ポップはただの人間で、ダイと違って人並外れた頑健な身体など持っていない。

 職業のせいか、体力だってそうある方じゃない。
 それなのに、平和な地上でさえポップの仕事量は呆れるほどに多かった。
 忙しいせいで、充分な睡眠さえとっていないことをダイは知っている。

 文句ばかりを言いながらも、ポップはやらなくきゃならない仕事はきっちりとこなしていた。
 ダイに比べて、あまり背が伸びていないポップ。

 それなのに以前よりずっと痩せているのに、ダイは気がついていた。
 ポップが元気にしていたから、言わなかっただけで……。

 ――違ウダロ。

「……ふり…だけ、だったんだろ? ポップ……?」

 呼びかけた声に、当然、ポップは答えなかった。
 だが、おそらくはそれが正解なのだろう。
 普段は疲れたのだるいだの文句ばかり言うくせに、本当に辛い時はポップはそうは言わない。

 それどころか元気なふりをして、周囲に悟らせまいとする。
 実際、ダイは気がつかなかった。

 ここ最近、ポップが咳き込んでいるのを見ていたのに、平気だと笑うポップにごまかされてうかうかと見逃していた――。

「ダイ君! ダイ君、どこ? まだ支度はできないの?」

 遠くから聞こえる声を、ダイは上の空で聞いていた。
 レオナの声だとは分かっていたが、返事をしたいとも思えない。

「ダイ君? ここにいたの?」

 ダイを見つけると同時に、レオナの足がぴたりと止まる。

「ダ…ダイ君……?」

 怯えている様に見えるレオナを見て、ダイ、わけもなく笑いそうになる。
 今の自分は竜魔人になったわけでも、なんでもないのに。
 それでも、人でなくなりかけていることが分かるものなのだろうか。

 しかし、気丈な姫はそのまま逃げだしたりしなかった。すぐにいつもの彼女に戻って、駆け寄ってくる。

「え…っ、ポップ君……?! どうしたの?!」

 ポップの名を含めての問い掛けに、やっとダイは反応した。

「……分かんない。ポップが、ここに、倒れてた……」

「嘘…っ、また倒れたの?!」

 動揺したようにそう言いながらも、レオナの動きには迷いがなかった。
 一瞬の躊躇もなくレオナの手が、ポップの胸に触れる。
 途端に生まれる白い光は、回復魔法の輝きだ。

「ベホマ」

 上級回復呪文を受けて、ポップの顔色がわずかによくなった。

「しっかりして、ダイ君!! ポップ君なら、無事よ! すぐに部屋に運んでちょうだい、すぐにお医者様を呼ぶから!」

 


 バタバタと人が慌ただしく動き回る中、ダイは身を固くしてポップの部屋の隅に立っていた。

 怪我と違い、病気には回復魔法はほとんど効き目がない。
 ゆえに、病気の治療を行うのは医者の役割だ。

「さっき、無理はしないで安静にしているようにと言ったばかりなのに……」

 宮廷医師や侍女達が漏らすそんな言葉を、ダイは聞き逃さなかった。それに、わざわざ調合するまでもなく薬がすでに用意されている点も。
 決して病状が悪化した訳でも、先に出した診断結果が間違っていた訳でもない。

 ポップの症状は、過労気味なところに風邪を引きこんだという診断に、変わりはないと言った。

 倒れたのは過労から来る貧血のせいであり、吐血は風邪の咳のせいで喉の粘膜が少し切れただけだとの説明は、ダイはもちろん、レオナの気を軽くしてはくれない。
 慌ただしく医師団が去った後、ダイはレオナに聞いてみた。

「レオナ、なんで黙ってたんだよ……! ポップ、前から具合悪かったの?」

「…………」

 沈黙するレオナなんて、珍しい。
 そう思いながらも、ダイはそれ以上問い詰めようとはしなかった。
 そうするまでもなく、その沈黙こそが答えになっているのだから。

「おれのせい、なんだろ?」

「そんな……っ、ダイ君のせいなんかじゃないわ!」

 即座に否定し、ムキになって言い募ろうとするレオナを目線で制して、ダイはポップの枕元に置いてある椅子に腰をかけた。

 ポップは、まだ目を覚まさない。
 その顔をじっと見つめながら、ダイは独り言のように呟いた。

「おれの……せい、だといい」

 間違っても、他の人間のせいでないといい。
 そうあって欲しくない。
 でなければ……理不尽と知りつつも、全ての怒りを原因となった他者に向けてしまうだろう。

 まずは――ポップを疲れさせる要因を作ったレオナを。
 そして、ポップの側にいながら助けようともしなかったヒュンケルも。

(ああ……そういう基準なら…マァムや先生も範疇に入っちゃうんだ……)

 どうして、止めてくれなかったのか。
 マトリフだって。
 ポップのお父さんやお母さんだって。

 それどころか……パプニカ城の侍女や兵士達も。
 いや、パプニカに住む全ての人達も。
 そう言えば、ポップは外交でよく各国にも飛び回っていた。

 ならば……それらの国も、その国に住まう人間達全ても同罪ではないだろうか?
 そんな風に考えながら、自分の思考がそら恐ろしくなる。
 冷静な部分は、それは無茶な理屈だと理解はしているのに。

 ポップは、一度決心したことは翻さない。
 いざとなれば自分を犠牲にしても貫こうとする。それを止められる人なんて、いない。
 ダイ自身にだってできるかどうか。

 それなのに、ポップを止めてくれなかったと他人を責め立てるなんて間違っている。
 なのにそうと分かっていても、心は止められなかった。

「失礼します。姫様、ちょっと……」

 ノックと共に、エイミが入室して控え目に声をかけてくる。
 それをチラッと見て、ダイはとっさに思う。

(…エイミさんも敵かな……)

 そう考えた後で、自分の思考に嫌気がさす。
 さっき、ポップが倒れているのを見た時も、そうだった。

 助け起こすよりも、どうなったのかを考えるよりも早く、ダイは一瞬敵を探して周囲を警戒してしまっていた――。


 「ダイ君、ごめんなさい。あたし、ちょっと用があるから……すぐに戻るから、ポップ君をお願いね」

「……うん」

 一人、取り残されると、やけに部屋の中がしんとしているように感じる。

(まるで……魔界にいるみたいだ…)

 心がどんどん冷えていって、世界が色を失う感覚。
 息詰まるような空気の中では、時間の観念さえ怪しくなる。
 長かったのか、案外短かったのか……どのくらい経ったのか、良く分からない。

「……ん…」

 小さく呻き、ポップが瞬きをしながら目を開ける。
 起き抜けで状況が掴めないのか、ぼんやりとした目でダイを見あげる。

「ダイ……?」

「…………」

 返事も出来ずに、ダイはポップを見守る。

「……なんて面してんだよ? おめえの方がよっぽど病人みたいな顔してんぜ?」

 顔色に変化があった訳じゃない。
 が、ポップが本来の表情の豊かさを取り戻した途端、世界が明るさを取り戻す。

 周囲の空気までもが和らいだ気がした。
 息苦しさが消え、さっきまで押し込められていた感情が一気に吹き上がってくる。

「な…っ、何いってるんだよ、病人はポップの方じゃないか! おれ、本気で心配したんだぞっ!」

 心配やら不安やら感動やら安堵やら、さまざまな感情のままに、ダイはポップに文句を言っていた――。

 

 


「あ、レオナ!!」

 ポップの部屋から出てきたレオナを見かけて、ダイはいそいそと走りよる。
 だが、手にしたホットミルクをこぼさないように気をつけながらだから、そう早くは走れないが。

「レオナ、どこ行くの?」

「執務室よ。ポップ君がゆっくり休めるように、仕事を分配して休暇手続きを取っておかないとね。あ、それに洞窟探索の件も別の人を派遣するわ。しばらくは、ダイ君に彼を見張っていてもらわなくちゃならないし」

 事務的にそう言うレオナの思いやりに気がつき、ダイは嬉しくなった。
 正直、ポップが倒れているところを見てから、洞窟にいく予定なんてすっぱりと忘れていた。

 ポップはもう大丈夫だから予定通り行動しろと命令することもできるのに、気遣ってくれるレオナの優しさに感謝する。

「あたしも彼にお説教しておいたけど、ダイ君はもっともっと言ってやってちょうだい。本っ当、ポップ君ってほっとくと無茶するんだから」

「あはは……、まあ、ほどほどに言っておくね」

 頬の十字傷のあたりをかきながら、ダイはあいまいに笑う。
 さっきまではダイも思いっきりポップに文句を言っていたが、気持ちが治まった今はそんな気も失せている。
 そして、落ち着きと余裕を取り戻した今なら、ダイは素直に謝れた。

「そういえば……レオナ、さっきはごめんね。きつい言い方して、悪かったよ」

 さらに、口には出さなかったが心の中で思ってしまった分も込めて、ダイは謝罪する。 レオナがちょっと驚いたような顔をして、それからダイの大好きないつもの笑顔になった。

「ううん、いいのよ。謝るのはこっちだわ……ごめんなさいね、ダイ君」

 その言葉を言い残し、レオナは去っていった。
 何に対して謝られたのか……ダイには分かる気がした。
 さっきの自分は、逸脱しかけていた。

 ――あのまま、怒りに支配されるかと思った。
 もう、二度と『人間』に戻れないのかとさえ思った。そんな自分を見て、レオナが怯えるのも当然だろう。

「……謝らなくていいよ、レオナ」

 ちょっぴり申し訳ないような気持ちで、ダイは一人、思う。

『竜は飢えれば猛り、満たされば眠る』

 そう言ったのは、冥竜王ヴェルザーだった。
 ある意味ではダイと最も近い属性を持つ、古代からの竜種の生き残り。
 それだけに、彼の言葉は事実無根と受け流せない。

 戦いの中で追い詰められれば……言い換えれば、飢えればダイもまた、第二のバーンやヴェルザーとなる可能性があるのだから。

 しかし、そうはなるまい。
 ダイを満たしてくれるのはポップの存在だ。
 時折わき起こる不安や、竜の騎士としての本能……それらを沈めてくれるのはいつもポップだ。

 ポップがいれば、ダイの中の竜は眠り続ける。
 戦いに明け暮れる生物兵器の宿命から、逃れられる。
 この地上で、大切な仲間達と共に、平和に生きていてもいいのじゃないかと思えてくる。


 竜の騎士の本能なんて、知らない。
 自分の目だって、信じない。

 ダイが信じるのは、ポップだ。
 いつでも勇気をくれるポップの言葉。
 それだけを信じる。

(でも……あいつ、時々嘘つきなんだよな)

 苦笑しつつ、それでもダイは思う。
 だが――それでも構わない。
 嘘ごと、信じよう。

 

「ポップ! 飲み物、持ってきたよ! ホットミルクでいい?」

 部屋に入ると、横になっていたポップが身を起こして手を振った。

「よお、ダイ。ごくろーさん」

「ポップ、起きて大丈夫?」

 それを手助けしようとしたが、ポップは一人で起きあがるとダイの手からカップを取り上げる。

「ああ、もう大丈夫だよ。近いうち、師匠や先生にも診てもらうし、今度はちゃんと休む予定だから心配すんなって。聞いて驚け! なんと、あの姫さんがだな、特別休暇をくれたんだ。いい機会だし、ゆっくりと安静にさせてもらうぜ」

 よくなってもしばらくは仮病を使ってサボろうかなと笑うポップを見て、ダイもやっと笑う。

 ミルクを飲みつつ、調子良くおしゃべりするポップに、ダイはニコニコしながら相槌を打つ。
 ポップが元気にしているのを見るのは、本当に嬉しいし安心出来る。

 自分の中の竜が緩やかに眠っていくのを感じながら、ダイは安らいだ時間に目を細めていた―。
                                                                                                      END

 


《後書き》
『決めていること』のダイ視点バージョン。ポップがいなくなったなら、ダイはバラン同様に荒れ狂う竜魔人化するだろうなと、筆者は勝手に思っとります。

 

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