『ハロウィン・パーティ!』 |
「言っておくけど国王命令よ、これは」 反論なんか聞かないわよとの気迫を秘めて、レオナはきっぱりと言い切った。 一応は彼女の臣下に当たるポップやヒュンケルはもちろんのこと、婚約者候補であるダイは無言で目を見合わせるばかりだし、外国からの賓客であるマァムやメルルさえも異を唱えない。 「ねえ、ポップ。はろういんって、なに?」 「万聖節の前の晩にやるお祝いのことだよ。ま、カボチャのランプを飾ったり、仮装して町を練り歩いて、いろんな家を訪ねては『お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!』って言って、お菓子をもらう日だな」 「? なんでそれで、お菓子もらえるの?」 南の島育ちの純朴なお子様には理解しにくい習慣らしく、ダイはいまいち納得出来ないのか小首を傾げたままだ。 「そういう風習なのよ。子供はみんな、そうやって楽しく過ごすの。私も小さな頃は、ハロウィンの日はいつもお菓子をいっぱいもらったわ」 「お菓子がいっぱい……!」 マァムの説明の中から、明らかに自分好みの印象的な部分だけを拾ったダイは、うっとりとした表情になる。 小難しい単語が混じるレオナの説明にも、特に口を挟まなくなった。 「じゃ、納得してもらったところで、みんな、さっそく仮装してもらうわよ。それぞれのイメージに合わせて衣装を用意しておいたから、手っ取り早く着替えてね」 彼女が丁度そういい終わった時、部屋の隅にあった衝立の影から、異形な人影が姿を現した。 「いぃいっ!?」 思わず素っ頓狂な悲鳴を上げたのはポップだったが、その姿を見て他のメンバーも驚きを隠せない。 赤い色にまみれた銀色の鎧姿の男が、自分の首を抱えて歩いている――と、切り離されたその首は、ギョロッと視線を一行に向け、ニヤリと笑った。 「おいおい、何をビビッてんだよ? 勇者様ご一行ともあろうものが、なっさけないなー」 「ヒ、ヒムッ!?」 正体を知って、さらにびっくりして一同は大きく目を見張る。 「勇者だろーとなんだろうと、いきなり首無しの奴が生首抱えて歩いてたらビビるだろっ、フツーわっ!! なんて格好してやがんだよ、てめえっ!?」 「何って、ハロゥインの仮装に決まってるだろ。親善のため、デルムリン島の代表としてわざわざ参加しにきたんだぜ。首無し騎士……いわゆるデュラハンの格好だよ、どうだ、似合うだろう?」 と、小脇に抱えた首から話されるせいで、なんとも気持ちが悪い。 「似合うとかそれ以前の問題だっつーの! なんだって首を切り落としてんだよっ!?」 「オレの核はこの頭にゃないから、別に平気だって。おまえらだって知っているだろうに、なんで驚くんだよ?」 確かに、それは知っている。 事情やヒムの体質を承知しているポップでさえビビるというのに、一般人がこの衝撃に耐えられるはずもない。 現に、ヒムをまともに見てしまったメルルはショックの余り気絶しかかって、すぐ隣にいるマァムに介抱されている。 「姫さん……っ、この企画、なんとかしろよっ。これじゃあ親善どころか、嫌がらせだっ! 怪物排斥運動が強まるだけだぞ、絶対!」 「そ、そおね。ヒ、ヒム、すまないけど、首は戻してもらえるかしら?」 さすがに悪戯好きのお姫様も、これはやり過ぎだと悟ったのだろう。 「ほれっ、さっさと首を乗せろよ! ホイミかけてやっからよ!!」 「あっ、バカ、後ろ前に首を乗せるなぁああーっ!! みっともねえだろうがっ」 ヒムとポップが騒ぎつつ首を元に戻そうとしている間に、他の仲間達は次々と着替えていく。 「姫……これでよろしいのですか?」 と、姿を見せたのは黒いマントを軽くなびかせ、黒ずくめのスーツをびしっと決めたドラキュラだった。 「まあっ、思ったよりずっと似合うじゃない、ヒュンケル」 嬉しそうにそうはしゃぐレオナの言う通り、ヒュンケルのドラキャラの仮装は憎らしいほどによく似合った。 見とれるような色男ぶりに、ポップはやっかみも露わに舌打ちするが、エイミはうっとりと溜め息をつく。 寡黙で人付き合いが悪いせいで敬遠されがちとはいえ、水際だった美形の彼に心を留めている女性は少なくはない。 常に孤独なヒュンケルがこんな賑やかなイベントに参加するのは望ましいことではあるが、彼の魅力に気付く女性が増えるのは避けたいと思ってしまう――乙女心とは矛盾に満ちているものだ。 これ以上ライバルを増やさないように、エイミは最初、ヒュンケルにミイラ男の仮装を進めようかと思っていたぐらいだ。 が、せっかくの彼の顔を見せないと駄目というレオナの命令で、美形っぷりに拍車がかかるこの仮装と相成った。 色々と葛藤を抱えてはいるものの、それでも恋する人の艶姿に目を潤ませるエイミの足下を、やはり黒いマントが通り抜けていく。 彼もまた一応、黒いスーツ姿だが、チビな上に短足、尚且つずんぐりむっくりした体型では正直似合わない。 実際、エイミには完全にアウトオブ眼中をくらっているし。 (うわ、悲惨〜) ヒムの首を斜めにつけ直してしまって、やり直しをさせられているポップは、思わずそのドラキュラ達を見比べてしまった。 というか、あまりにもヒュンケルが決まり過ぎているのだ。 しかし、チウは大物だった。 「まあ、なんだな。うん、君もなかなかいい線いってはいるんだけど、やっぱりぼくのようなシティー派には少しばかり及ばないよなあ、はっはっは」 でも気を落とすことはないからと、ヒュンケルに励ましの言葉までかける余裕ぶりである。 「……チウの奴って、ある意味、すげーよなあ」 思わずポソッと呟くポップの背中に、もふっとした毛皮の手が抱きついてくる。 「がおー、狼男だぞ〜っ」 と、なんとも迫力に欠ける楽しげな声で言われても、どう反応すればいいのやら。 「こらっ、ダイ、邪魔すんなよ。またヒムの首が曲がってくっつくだろーが。ま、おれは別にいいけどさ」 「いや、よかねえよっ!? 手ェ抜かないでちゃんとまっすぐにつけろや、おいっ!?」 さわぐヒムをなんとかなだめつつ、とりあえず首をまっするにつけてやってから、ポップはダイを振り返った。 どうやらただの市販品ではなく、本物の毛皮を使った実に凝った作りの着ぐるみだった。 (……なんか、こう……どうも犬に見えるんだよな、ダイだと) むしろ、その後ろで恥ずかしそうにしているメデューサの方が遥かに本物っぽい。 「素敵、素敵。みんな、なかなか似合うじゃない? うふふ、苦労して衣装デザイン考えた甲斐があったわ〜」 手を打って喜びつつも、レオナはポップにも残った衣装を手渡そうとする。 「で、ポップ君にはこのミニスカ魔女っ子服ね」 「待ていっ!?」 と、抗議の声が上がるのも当然だろう。 「なんでおれだけ、そんなキワモノ衣装なんだよっ!?」 「キワモノだなんて失礼ねー、この衣装を考えるのに、一番時間がかかったのよ。それにサイズもぴったりなはずよ、この前、祭事用衣装作った時のサイズに併せてオーダーメイドしたんだもの」 「国家予算を無駄使いすんなよっ、しかもこんなもんのためにっ。だいたいこんな仮装衣装用の金額なんざ、どこから捻出したんだよっ!?」 なんせ、一度は滅亡しかかっただけに、パプニカの財政はそれほど豊かとは言えない。 そこら辺は、王国の財務管理にも関わっているポップは、よ〜く知っている。 「ふふっ、へそくりをするのは女の甲斐性ってものでしょ? 結構苦労したのよ、君の目をごまかして二重書類作るのに」 「んなことしてたんかいっ!?」 実に念の入った話に、ポップは唖然とするばかりだ。 そんなもののために、これほど凝った衣装ばかりを揃えるとは……庶民出身のポップの目には、壮絶な無駄遣いとしか思えない。 「とにかく、せっかく作ったんだから、使わないと勿体ないじゃない。大体、女装が似合うのなんて若い内だけなんだから、やるんなら今のうちよ?」 「一生やらんでいいわっ、そんなもんっ!! だいたい、おれがわざわざ女装なんかしなくっても、本物の女に着せりゃいいだろうがっ。人材だっているだろ、マァムとか、エイミさんとか!」 ポップにしてみれば、自分よりも女性である彼女達の方がいいと単純に思う。 「いっ、いやよっ、そんな格好なんてっ」 マァムは今年で18歳だ。 年齢から言っても当然だが、今のマァムは以前に比べて女性らしさを増している。 つまり、やたら可愛らしいすぎる女の子女の子したデザインの服が、似合わなくなってくる年齢になってきているのだ。 紙一重で『可愛い』から『痛い』印象に変わりかねない、危険な衣装だ。 「わ、私も謹んで辞退しますわっ」 エイミの必死さは、マァム以上だった。 ついでに言うのなら、今年で21歳になるマリンはとっくの昔に逃げ出している。 「もう、どうしてみんなしてこの服を嫌がるのかしら? せっかく、私が直々にデザインした力作なのに!」 ――だからだよ。 と、ほぼその場にいた全員が声に出さずに、心の中で一斉にツッコむ。 ――いや、一人だけ勇者がいた。 「だったら、それ、レオナが着ればいいのに」 場の空気の読めない……いやいや、物怖じをしないダイは、ごく当たり前のようにあっさりと言った。 一度こうと決めたのなら、そう簡単には引かないのが彼女なのだから。 先ほど仮装したヒュンケルを見かけた時のエイミのようにパッと顔を輝かせて振り向き、声を弾ませて問いかける。 「えっ!? ダイ君、私が魔女っ子の仮装したところが見たいの!?」 ものすごく前向きな方向に拡大解釈したレオナの言葉に、ダイはちょっと首を傾げた。 (……ちょっと、違う気がするんだけど) ミニスカートの魅力を全く理解していないダイにとって、それは単に『軽装かつ、寒そうな服』に過ぎない。 だがまあ、レオナは常日頃からそんな格好をしているし、他のみんなが嫌がっているなら、本人が着ればいいだろう程度に考えただけのこと。 そう素直に言おうかなと思ったが、レオナの後ろから、ポップがやたら恐い顔をして、必死に合図を送ってくるのが見える。 声は出していないが『うなずいとけ』と言っているっぽいので、ダイはとりあえず従った。 「えーと、うん、そうだよ」 「そうなの、分かったわ! じゃあ、これは私が着るとして、ポップ君はこっちの魔女っ子服なんてどう?」 ……ポップにとっては、問題点はさほど改善されていないようだが。 「だからちょっと待てっつーのっ!? だいたいさっきっから姫さん、おれには魔女っ子しか薦めてないじゃないかよっ!?」 「あら、違うわ。大違いよ」 と、いたって真面目に否定しつつ、レオナは今度は裾のたっぷりと長い黒いドレスと小道具を取り出して見せた。 「さっきはミニスカだったけど、今度はオーソドックスな魔女服に見せかけて、実は猫耳魔女っ子なのよ?」 反省の色合いもなく、ぬけぬけとそう言い切るお姫様を前にして、ポップは声の限りに絶叫を響き渡らせた。 「だから、選択の幅が一向に増えてないんだよっ!! いーかげんに魔女っ子から離れろぉおおっ!!」 きらびやかな半透明の包み紙に包まれているのは、色とりどりのキャンディ。 ポップコーンをボール状にまとめ、網袋に入れたものや、その他、ダイが初めて見る食べたこともないお菓子が、そのバスケットには溢れる程に詰め込まれていた。 「わあっ……!」 背こそは伸びたものの、ダイの味覚はまだお子様の範疇から抜けだしきっていない。 「はい、これがダイ君の分ね」 「ありがとう! いっただきまーすっ」 さっそくお菓子を手に取って口に放り込もうとした時、がごんと堅い音と共に後頭部に衝撃が走った。 「こらっ、何いきなり食おうとしてんだっ、てめーはっ!?」 と、怒鳴ったのは、捩じくれた木の杖を持ち、ぞろりと長いローブ姿のポップだった。さんっざんもめた挙げ句、結局、ポップは典型的な魔法使いの格好に、マァムは猫耳魔女っ子の姿に落ち着いたのだ。 「ひどいなあ、痛いじゃないか、ポップ〜」 と、文句を言う割には、ダイのダメージは全然たいしたことはなさそうだ。 「なんで食べるの邪魔するんだよ、ポップだって籠いっぱいもらったくせに」 「バカかっ、おめえはっ!? ちゃんとさっきの説明を聞いてたのかよ。いいか、これはな、おれ達が食べるんじゃなくて、町の子供達に配るもんなんだよっ」 大戦から二年。 普段はめったに人前に出ない彼らが一堂にそろい、仮装して気さくにハロウィンに参加し、子供達にお菓子をプレゼントする――これが、レオナの立てた親善活動計画だ。 が、難しい説明を全てスルーし、マァムの話してくれた魅力的な説明しか聞いていないダイにとっては、初耳だった。 「え……えぇええええーーっ!? じゃ、じゃあ、おれ、これ食べちゃいけないのっ!?」 宝の山に匹敵する(注:勇者の個人的視点による)バスケットを抱え込んだまま、ダイは愕然とその場に座り込んだ。 その様子はさながら、好物の骨を前におあずけを言いつけられた犬のごとく。 「おら、いつまでも座り込んでないで、さっさと行くぞ。もう、城の近くに子供達が集まってるんだからよ」 今は毛皮で覆われた、いつもと違う手触りのダイの頭にポップの手がぽんと置かれ、乱暴に撫で回す。 「そんなにお菓子が欲しいなら、後でおれが作ってやるから、それまで我慢しろって」 ポップのその言葉が、ダイの落ち込みを一気に引き上げてくれる。 「ほんとっ、ポップ!?」 めったにその腕を披露してくれないが、ポップはなかなかの料理上手だ。師であるアバンに習ったと言って、ごくまれに美味しい料理やお菓子を作ってくれる。 が、そんな機会はめったにないだけに、ダイは期待を込めてポップを見上げる。 「ああ、ホントだって。このお菓子配りが終わったら、今日は後の予定はないしな。たまにはいいだろ」 「わぁいっ、約束だよ!! じゃあ、早く行こうよ」 さっきまでの未練がましさはどこへ行ったやら、ダイはみんなを引っ張るような勢いで走り出す。 「レオナも早く、早く……って、レオナ、どうかしたの?」 ミニスカ魔女っ子に扮したレオナは、なぜか先ほどまでの楽しげな様子とは打って変わって、浮かない表情だ。 むしろ、とてもよく似合っているだろう。 朴念仁のダイでさえ可愛いと思える格好なのだが、レオナの表情には今一つ冴えがない。 「う……ううん、なんでもないわ。それより行きましょうか、きっと今ごろは城門は賑やかよ」 「うん、そうだね。早く行こっ」 レオナの笑顔を見て安心したのか、ダイは元気よくまたポップの所に駆け寄って行く。 「ね、ポップ、今日はどんなお菓子作るの? おれ、あれがいいなあ、ひらべったくて、カリカリしてて、甘くて美味しい奴!」 「なんだよ、そりゃ? そんなんで分かるか、名前で言え、名前で!」 楽しくはしゃいでいるダイとポップを見ながら、レオナは誰にも気づかれないようにそっと溜め息をつく。 とても、言えるはずがない。 しかも、いくらパットをつけるのを前提に作ったとは言え、胸は別にきつくもなんとないのが、さらに屈辱感を煽ってくれる。 (少しダイエットしなきゃ、かも。でも、ポップ君の作るお菓子なんて、超レアだし〜) 密かに頭を抱えるレオナの側では、歩くだけで侍女達を振り返らせるヒュンケルを見つめつつ、一人気を揉んでうろたえているエイミの姿がある。 恋愛、恋愛とは別次元に関わらず、乙女には矛盾した悩みやら葛藤やらでいっぱいのようである。 だが、まあ、そんなことで悠長に悩んでいられるのも、勇者が勝ち取った平和があるおかげだろう。 とりあえずは。 END
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