『地の底からの祈り』 |
「え!?」 その目は、信じられない物を見るかのように見開かれていた。自分の身に何が起こったのか分からないと、言わんばかりに。 実際、ポップは警戒すらしていなかった。 手を伸ばしたまま、ポップは落下していく。 「な……っ、なぜなんだよォオっ、ダイッ!!」 「――!!」 声にならない呻きと共に、ダイは目を覚ました。 だが、ダイにとって、今の夢は悪夢どころか望んででさえ見たい夢だった。 (ポップの夢を見たの……、久しぶりだな) 悪夢だろうと、なんだろうと構わない。 夢に見るのは、決まって最後の……あの、別れ際に一瞬だけ見たポップの顔だ。 (でも……どうせなら、もっと他の顔が見たいのになぁ) そう思う資格など自分にはないと思いながらも、ダイはついそう望んでしまう。 怒ったり、泣いたり、笑ったり、拗ねたり、一時も休むことなくコロコロと変化する表情は見ていて飽きなくって、いつだって好きだった。 最初はちょっと頼りなかった癖に、いつの間にか誰よりも駆け足で強くなっていた、誰よりも信頼できる仲間。 ダイにとっての旅の思い出には、いつもポップが中心にいる。 太陽が輝き、緑に溢れた地上の大地。 一瞬の油断もできない地獄のような世界の中で目覚めたダイは、初めは戸惑うしかできなかった。 普通の人間ならばすぐに死んでしまう魔界に適応できたのは、竜の騎士としての本能のなせる技か。 だが――隣にポップがいないという事実に、ダイはなかなか慣れることができない。 空っぽの自分の手を、ダイはじっと見つめる。 (ポップ……!!) 空っぽのままの手を、ダイは握りしめる。 これは――罰なのだ。 一緒に死んでもいいとまで言ってくれたポップを、蹴り落としてしまった自分への。 (ポップ……、無事、だよ……ね?) それを確かめる術など、ダイにはない。 あの爆発の際、ダイは全力をもって竜闘気を発動させて黒の結晶の威力を押さえこんだ。地上を、大切な人々を、そして誰よりもポップを守りたかったから。 ダイは、全力は尽くしたつもりだ。 太陽のない不毛の大地。 それっきり、ダイには地上の様子を知る機会すらなかった。 地上は……みんなは、無事なのだろうか? あの戦いの中、限界を超える程の魔法力を使ったせいで、体調を崩したりはしなかっただろうか。 何度、自分に大丈夫だと言い聞かせたとしても、すぐに弱気の虫が頭を持ち上げる。 (捜さなくていいよ、ポップ) ポップは世界中を飛び回れる魔法使いだが、それでも行けない場所はあるだろう。 古代の神々がかけた強固な封印が二つの世界を阻んでいるせいで、魔界から地上に行くのは難しく、また、人間が来られるような場所ではない。 数千年の歴史を持つ潜在的な記憶を紐解いたところで、魔界へ自らの力できた人間の記録など一つもない。 自分がどこにいるかなんて、ポップが知っているはずがない。 (ポップは来ない。来れない、はずだ) 自分に言い聞かせるように、ダイは強く思う。 万が一、魔界に来る方法を見つけたとしても、魔界では人間は長くは生きられない。 竜の騎士であるダイだからこそ、ここでも生きていけるが――ポップでは無理だ。 いや……むしろ、魔法使いの常として脆弱な体力しか持っていないのだから。 (ごめん、ポップ、みんな……。おれは、ずっとここにいるよ) 今、ダイの目の前にいるのは、半ば石と化した姿でまどろむ一匹のドラゴン。 時折目覚める時もある邪竜だが、今は静かに眠り続けている。 目には見えないのに、その壁は非常に強固で、ダイはどうしてもここから出ることが叶わない。 どういう仕組みかは分からないが、この中に囚われた者は決して外には出られない。 もし、この封印が解けてヴェルザーが自由になりでもしたら――その時こそ、世界は滅ぶ。 竜魔人と化したダイもまた、ヴェルザーと同じく世界にとっては災厄。 ダイが地上に帰るには、この封印を破るしか道はない。 (それくらいなら、おれは……ずっと、ここにいるから) もう、自分は戻れない。 魔界で、一生を終えても構わない。 (ポップ。絶対に、来ちゃだめだよ。おまえは――地上で、暮らしてくれ) 祈る。 幾度も奇跡を起こし、状況を逆転させてくれたあの魔法使いが、今度ばかりは不可能への挑戦に挑まないように。
END 《後書き》 |