『大魔道士か、魔法使いか』

  
 


「ポップ君、急に呼び出して悪かったわね。さ、遠慮せずにずずいと入って♪」

 にこやかな笑みを浮かべながらのパプニカ王女の誘いかけに、魔法使いの少年はなにやら怯えたように立ちすくむ。
 目の前にいるのは、ただのお姫様とは訳が違う。

 まだ正式に王位にこそついていないが、魔王軍との戦いの最中に先王が死亡して以来、弱冠14才の身でありながら一国を統率してきた少女である。

「あら? どうしたの。遠慮なんてあなたらしくもないわね」

 一見容姿端麗な美少女ではあるものの、その性格のキツさを知っているポップは用心深く彼女と、周囲の様子を窺った。
 ここはパプニカ王国の大聖堂であり、ただ今は世界会議の真っ最中である。

 最後の戦いが終わってから一ヶ月……戦後初の世界会議なだけに、並んでいるメンバーは戦時中よりも増えていた。
 世界各国の王様やら重臣達がずらりとそろっている様はさすがに圧巻だ。

 勇者一行の主力メンバーであり、各国の王達とも面識を持っているポップではあるが、こんな重要な会議の真っ最中に邪魔をしたいとは思わない。

「……会議の最中なん……ですよね? おれ、後でまた出直しますけど?」

 いつもは誰に対してもざっくばらんな口調でしゃべるお調子者も、周囲を身分のある人で囲まれると勝手が違うらしい。
 回りに気を使ってのその発言を聞いて、レオナは鈴を振るような声でコロコロと笑う。
「やぁだ、その会議に必要だからわざわざポップ君をここに呼んだんじゃない。さ、どうぞ、その椅子に座って頂戴」

 各国の王達が等間隔に席を置く円卓の大きな机の中で、唯一の空位の席。
 そこを指差されてポップは嫌そうな顔をしたが、近衛兵がわざわざその椅子を引いてまでくれたともなれば、固辞するのも気が引ける。

 椅子に変な仕掛けでもあるんじゃないかと言わんばかりの様子で、ビクビクしながらそこに腰を下ろす。

 くつろいでいるとは程遠い様子だが、レオナはポップが着席するのを待ってから、いたって真面目に話を切り出した。

「時にポップ君。今日の議題の要点って、知っているかしら?」

「いいや」

 考えもせずに、ポップは即答する。
 実際、ポップにしてみれば世界会議の議題なんてなんの興味もない。

 ダイの捜索停止の公式発表が行われるとは知っているが、それだけだ。
 その後に何が話されるかなんて、関心すらなかった。

「今日の議題はね、世界の復興についてよ。具体的にいうのなら、人材の確保が最大の問題ね。魔王軍との戦いで、各国とも多くの人命が失われたわ。これから国を立て直すために必要なのは、一も二もなく人なの。国を動かせる有為の人材を、どの国も喉から手が出る程欲しているわ」

 レオナの演説を、ポップは気がなさそうに聞いていた。一応真面目に聞いているようには見えるが、ポップをさんざん授業したアバンの目には、右から左へと聞き流している様子が簡単に見て取れる。

 無論、ポップとの付き合いの長いレオナもそれは承知しているだろうが、彼女は素知らぬ顔で念を押した。

「ね、あなたもそう思うでしょう?」

「うん、そう思うよ」

 いかにもおざなりな風の相槌だが、レオナはそれを聞いて手を打たんばかりにはしゃいでみせた。

「そうよねっ、賛成してくれて嬉しいわっ」

 大袈裟にはしゃいで見せた後、レオナは打って変わって真面目に話しだす。

「それでね――我がパプニカ王国では、宮廷魔道士として待遇するわ。三賢者よりも高位の地位を確約するし、大臣と同等の発言権、そして各国への大使と同じ権利を与えるつもりよ。ああ、そうそう、年収は……」

「ちょ……ちょっと待てよっ!? なんの話をしてんだよっ!?」

 さすがに聞き流せない話の内容に、ポップは戸惑いもあらわに遮った。
 さっきまでは一応王様連中の手前ということもあってか、建て前程度の敬語も使っていたが、今や素のままだ。
 しかし、その反応さえ予測ずみとばかりに、レオナは余裕たっぷりだ。

「あら、もちろんポップ君の就職勧誘の話に決まっているじゃない」

 パプニカの姫は、ケチのつけようのない見事な笑顔でそう宣った。







 魔法使いポップ。
 いや、大魔道士ポップというべきだろうか。

 勇者ダイの親友であり、一行の主力メンバーとして魔王軍とのすべての戦いに参加したポップの存在を、今や周囲は高く評価している。
 高いレベルの魔法使いとしての能力だけでなく、僧侶としての魔法も使いこなせる。

 蘇生魔法級の回復魔法さえ使える人材を、周囲が放置しておくはずがない。
 ましてやポップの長所は、それだけではない。
 卓越した魔法の腕に加え、大魔王バーンの裏をもかいた頭脳の冴え。

 魔法力を度外視したとしても、ポップの頭脳は軽んじられない。ポップの強みは、その柔軟な思考力と、土壇場での度胸にある。
 その二つが、ポップに単なる聡明な少年ではない深みを与えている。

 長所はそれだけにとどまらない。
 一見軟弱に見えて、実は強靭な意志の強さ。常に他人を引き立てる明るさ。――それらが、どれほど勇者一行の力になったことか。

 魔王軍との戦いの中で活かされてきたものが、国を動かすために役立たないはずがない。それが、各国の王達の結論だった。







「そんな無茶な……!」

 呆然とした顔で、ポップがそう呟くまで少々時間がかかった。
 聞き流していた話を理解し、受け入れるのには多少の時間を必要とする。

 ましてや、それが突飛な内容ならばなおさらだ。
 しかし、レオナは微笑みを崩さずに、事も無げに言う。

「あら、魔王軍と戦う程には無謀じゃないと思うけど?」

「だって……おれはまだ15なんだぜ!?」

「あら、私なんて14才よ?」

「姫さんとおれとじゃ、話が全然違うって! おれは国や政治のことなんか、まるっきり知らないしさ」

「大丈夫、たった一年ちょいで大魔道士になったあなたなら、すぐに覚えられるわよ」

「そんなの覚えたくなんかないよっ!」

 悲鳴じみた声を上げ、ポップは救いを求めるように周囲を見回した。顔見知り程度の知り合いがそろうこの場で、ポップが最も頼れる存在と言えば師であるアバンしかいない。
「せ、先生〜っ、先生からもなんとか言ってくださいよーっ!?」

「『なんとか』とは?」

 カール王国女王たるフローラの隣にごく当たり前のように鎮座し、常に変わらぬ穏やかな笑みを投げかける最初の師に、ポップは必死の形相で訴えかける。

「だから〜っ、おれにはそんなの無理だって、姫さんに言ってやって下さいよっ」

 縋る弟子の訴えを、アバンはいつもの笑顔のまま一蹴した。

「そんなことはないでしょう。ポップ、あなたなら必ずできますよ。彼女も同じ意見ですし」

「せっ、先生っ!?」

 ポップの目付きは、まるで拾われると信じきっていたのに寸前に見捨てられた子猫そのものだった。それを眺めながらも、今度はフローラが口を開く。

「カール王国はね、歴史は古いのだけどそのせいか、頭が固いというかちょっと常識に拘る傾向が否めないの。だから私としては、柔軟な思考力を持つあなたに期待をしているわ、大いにね」

 お世辞とは思えない熱意を込め、フローラはポップを勧誘した。

「もし我が国に仕えてくれる気があるなら、待遇は……そうね、大使を兼ねた一級学士として扱わせてもらうわ」

 学士という身分は、そう高いものとはいえない。少なくとも、宮廷魔道士に比べれば格段に下だ。
 だが、敢えて身分を抑えたのは、フローラの聡明さというものだろう。

 前例にこだわるカール王国では、まだ未成年の子供に高位の役職を与えても、軋轢が大きくなるばかりで本人の居心地を狭めるだけと分かっているからだ。

「ですが、ありとあらゆる国政会議への出席権と非公式な発言権を与えます。公的書類にはあなたからの発言と明記はしませんが、扱いは他の重臣と同等かそれ以上にさせてもらうつもりよ。自由な発想からの、忌憚のない発言を期待するわ。大臣クラスと同等の年収と、国の秘文書である呪文書を読む権利も確約しましょう」

「………………!」

 ポップの口はもはやカクンと開いたままの形で固まり、戻る気配すら見受けられない。そんなポップの様子に気付いているのかいないのか、ベンガーナ王が豪快に笑いながら割り込んできた。

「あー、ワシにも勧誘権があるぞ。なんと言っても、ポップ君は我が国に縁の深い地域の領民なのだからな!」

 その言葉の意味を計りかねてポップが首を傾げるのを見たのか、アバンが教師の口調で優しく教え諭す。

「ポップ、あなたの生まれたランカークス村は20年ほど前まではベンガーナ王国の領地だったのですよ」

「へ?」

 生まれてから家出するまでずっとランカークス住民だったが、そんなの初耳である。
 だいたい、ランカークスぐらいの田舎の村ともなると、王からの支配権など極めて薄い。直接年貢を納める領主様に馴染みがある分、自国の王様など意識しないのが普通だ。

「じゃあ……おれって、ベンガーナの国民だったのか?」

「いや、そうとも言えないでしょう。国境問題の調整のために、20年前の領土不可侵条約の改正の折に、互いに譲渡された村は幾つかあります。ランカークスもその一つで、現在はテラン領になっていますから。つまり正式に言うのなら、ポップはテランの国民と言うべきでしょうね」

「テラン……ねえ?」

 さっき以上に当惑しながら、ポップは首を捻る。15才になってから偶然に一度だけ訪れた寂れた王国が、実は祖国だったと言われても、まったく実感が湧きもしない。
 悩むポップに、豪快な胴間声が誘いをかける。

「ポップ君、ベンガーナ王国に来てはくれんかね? 知っての通り、我が国は軍備に力を注いだ分、魔法の使い手が少ないんじゃ。君のその魔法力を発揮してくれるのを期待しておるぞ。ベンガーナにくるのなら、君のために豪邸を用意させよう! もちろん、年収も弾ませてもらうつもりだ。待遇は大神殿の司祭を予定している」

「司祭って……おれ、魔法使いなんだけど?」

 あまりに好条件を並べ立てられても、頭には入らない。むしろ、どうでもいい部分が気になり、ツッコんでしまったポップに対して、ベンガーナ王の隣に座っていた痩せぎすの大臣が補足的に付け足した。

「我が国では武勇を貴ぶのが、国是。魔法使いの数自体が少ないだけに、高位の役職というものが存在しないのです。新たに宮廷魔道士という役職を作るのも検討しましたが、とってつけたような新役職では実権が薄まりかねません」

 その点、司祭ならば確固たる地位として認められる立場ではあるし、国政への発言権も少なくはない。悪い話ではないでしょうと説明する大臣の言葉を、ポップは愕然と聞くばかりだ。

 ポップに言わせれば、魔法使いと僧侶は大違いだ。
 確かに今のポップはその両方の魔法を使えるが、それでも自分の基本は魔法使いだと自覚している。

 それ以外の職業につきたいなんて、思ってもいない。
 その衝撃が大きすぎたせいか、ロモス王やリンガイア将軍からの勧誘では再び宮廷魔道士の地位を薦められたのを聞いてもポップはさほど驚かずにすんだ。

 が、真の驚愕は最後に待ち構えていた。
 王達の中で最も高齢で物静かな印象のあるテラン王は、淡々とした口調で述べた。

「君も知っての通り、テラン王国は活気に欠ける小さな国だ。君の明るさと行動力で、新しい風を入れて欲しいと願っておる。もし、君がテランに来てもらえるのなら、時期国王候補として遇しよう」

「こっ、国王っ!?」

 驚きのせいか、ポップはついに椅子から立ち上がってしまった。倒れた椅子がバタンと大きな音を立てるが、誰もその無礼を咎めない。

「何ムチャクチャ言ってるんですかっ!? だいたいテランには、王様や王子がちゃんといるじゃないすか!」

「いや、ワシはそろそろ引退を考えておるところだし、王子達は国を継ぐ意志が薄い……新たなる候補者が必要かと案じていたところでな」

 その知識は世界有数と評価され、民から尊敬を集めているフォンケル王だが、家族には恵まれていない王であり、実子がいない。

 血統を第一に考える他国ならば由々しき事態だが、テランでは養子が王家に加わるのはそう珍しいことではない。

 現在、テランで王子と呼ばれている人物は三人存在するが、それらは王にとっては甥や養子に当たる。

 それぞれ高位の王位継承権を持っているし、早い時期から王宮に引き取って英才教育は受けさせてはいるが、正直、どの王子もさしたる器ではない。

 本人達の望みも国務に関わることよりも、別方向に向いている。
 ならば、新たな国王候補を――そう考えるのも、自然な流れだろう。

「それに、テランは代々竜の騎士様をあがめてきた国……騎士様の親友なら不服を唱える者などおりますまい。歴史を振り返って見れば、昔は血筋に関係なく騎士様が選んだ人間が国王となったと記録が残っておる。これは、他国の方々もご存じのはずじゃ」

 その言葉に、各国の王や重臣達はこれ以上はない勧誘方法に多少眉をひそめはしたものの、異議は唱えなかった。それは、消極的とはいえ肯定の意思を見せたも同然だ。

 その様子を見てポップはようやく、今更ながらにこの勧誘が質の悪い冗談でもなんでもなく、本気だと悟って青ざめた――。







「ハハハッ、たいしたものじゃないか! 各国の王達からそうとまで望まれるとはな。たいした出世ぶりだ」

 豪快なクロコダインの笑い声に、周囲にいる人間もまた笑いを隠せない。
 勇者一行の中で、まだパプニカに残っている者達がそろっているこの客室の中で、不機嫌なのはポップ一人だけだ。

「ちぇっ、笑い事じゃねえぜ、おっさん。他人事だと思って……!」

 膨れて、ポップは露骨にそっぽを向く。だが、そんな拗ねた態度をとってはいても、ポップは真剣に悩んでいた。
 このお調子者の魔法使いは、根っこの部分ではいたって真面目なのだ。

「で、どうするつもりなんだ、ポップ?」

 無関心そうな顔をしていても、きっちりと話を聞いていたらしいヒュンケルが質問する。 いつものポップなら、彼からの質問というだけで反発するのだが、今はそうするだけの余裕がないらしい。

「そんなの……っ、断るに決まってるじゃないか! だいたいンな難しそうな仕事なんかおれには絶対無理だし、堅苦しい宮仕えなんか性に合わないよ!」

「あら、無理とは思わないけど? それにそんな断りぐらいじゃ、そうそう諦めてはくれないと思うけどね〜」

 からかうような声をかけてくるのは、レオナだった。
 ついさっきまで、ポップを勧誘する王の一員だった彼女は、今はただの仲間としてここにいる。
 公式の顔と私的な場での顔を器用に使い分ける彼女は、実に楽しげに指を振って見せた。
「交渉ってものは、Noと言われてからが本番なのよ。そこからが、交渉人の腕の見せ所なんだから」

 実際、とてつもない厚遇で各国から勧誘されたポップは、慌てふためいて断った。だが、一度断られたぐらいで交渉決裂と諦めるようでは、政治家は勤まらない。

 ポップの断りを聞いて、一斉に結託してまった王達は、自国への勧誘一時保留してまずはポップの拒絶の翻意を迫った。
 代わる代わる説得されてしまい、結局は考えてから返答すると答えざるを得なかった。
「姫さん、人が悪いぜ……! あんな議題があるならあるで、最初に教えておいてくれたっていいじゃないか」

「あら、あらかじめ教えたりしたら、ポップ君ってば逃げ出しちゃうでしょ」

 軽くからかってから、ふと、レオナは真顔になった。

「まあ、返事は急かさないからゆっくりと考えてみてね」








「あーあ、やっぱり行っちゃったわね」

 まだ、夜も明けきっていない時刻。
 開きっ放しの窓が、無人の部屋に風を吹き入れている。いつかも見たことのあるような光景に、レオナは苦笑を隠せない。

『姫さん、悪いけどおれはやっぱり、ダイを探しに行くよ』

 置き手紙とさえ呼べない簡単なメモを手に取りながら、レオナは動揺一つしていなかった。
 ――正直、この結末は見えていた。

 ポップにとって各国の王達の誘いなど、迷惑でしかあるまい。
 彼の一番の目的は、行方不明となった親友を探すこと――それだけだ。

 それを咎める気なんてないし、本音を言えばポップのその決心はレオナにとっては望むところだ。

 だからこそポップが逃げるのを見越して、わざと出て行きやすいようにきっかけを作ってあげた。
 それと同時に、あれはポップに対する密かな教訓と援護でもある。

 いまだに自分の価値というものを理解していないあの少年に、教えてやるためにわざわざ世界会議の場で彼を勧誘したのだ。

 ポップは、知るべきだ。
 『大魔道士ポップ』を、欲する人間が数多くいる事実を。

(ホント、ポップ君って分かってないんだから)

 人は、力を欲する。
 破壊の力もそうだが、救命の力――それを、望まないものがいるだろうか?

 特に、金や権力を持つ者ほど、その傾向が強くなる。歴史を振り返ってみても、国家資金や私財を注ぎ込んでまで怪しげな延命や救命の力や手段を求めた王の存在は、少ないものではない。

 ましてや、確実な救命の力を目の当たりにしたのなら、それを欲しがらない方がどうかしている。
 最後の戦いを、実際に目の当たりにしたのは戦いに参戦したわずかな者だけだ。

 だが、最後の戦いのすぐ前、ミナカトール完成直前の戦いに参加し、勇者一行を見た者は少なくない。

 あの時、凄まじい魔法力を発揮して、瀕死の少女を回復させたポップの姿は強い印象を残したはずだ。
 あの力を、欲しがる者は多いだろう。

 正直、各国の王達がポップを欲しているのは、それが一番の理由といってもいい。
 ポップの頭脳や性格、攻撃魔法の腕よりも、勇者一行の大魔道士という知名度と回復魔法の力――その評価の方が高いはずだ。

 その欲求は王族のみにとどまるまい。
 いざという時の保険として、回復魔法の使い手を配下におさめたいと考える貴族や裕福な商人も、後を絶つまい。

 ポップがいずれ、それらの勧誘合戦に巻き込まれるのは目に見えていた。なのにその自覚もなく、呑気にしているポップのお尻を少しばかり叩かせてもらった。

(悪く思わないでね、ポップ君)

 ポップ自身はむくれていたが、レオナにしてみれば悪気などない。むしろ、ポップへの援護も兼ねているつもりだ。
 王族からの勧誘は、今のポップにとっては迷惑なことかもしれない。

 だが、複数の王からの直接勧誘は、ポップにとってはそう悪くは働かないはずだ。世界会議の場で王族から士官を望まれた事実が世間に知れ渡れば、貴族や商人階級はポップの勧誘を遠慮する方向に出るだろう。

 国同士の牽制の中で制限された勧誘条件の中で、自分の望む方向を見つける方が、ポップにとっては楽だろうとも思う。

「まあ、本音を言えば、手伝ってもらいたいところなんだけどね〜」

 ちらっと独り言が漏れるのは、未練というものだろうか。
 他の王族はともかく、レオナと……おそらくはアバンだけは、ポップの価値を正確に把握している。

 回復魔法の能力など問題ではない、ポップの頭脳そのものが国政に大きく役立つと、確信出来る。彼を自国にとどめ、復興の手助けをしてもらえたならどんなに心強いか……パプニカの王女としては、縁にすがり口説き落としてでも大魔道士を獲得したいところだ。
 あの人の良い少年が、頼み込まれて他人を見捨てられるはずがないという確信もある。 国を優先して考えるなら、そうするのが王女としての義務とさえ思える。
 ――が、レオナは王女である前に、一人の少女でいたかった。

(……ダイ君)

 肌身離さず身につけている聖なるナイフに手を触れ、レオナは行方不明のままの勇者の少年を思う。

 パプニカ王女としては、今日限りで勇者を捜すのは諦める――だが、レオナ個人としては、決して諦めたくなどない。
 だからこそ、その望みはポップに……勇者の魔法使いに託す。

 希代の大魔道士として世界復興に力を貸してくれる道よりも、彼が勇者の魔法使いとしてダイを救ってくれることを望む。
 そのための援護なら、惜しまないつもりだ。

「ポップ君、ダイ君をお願いね……」

 レオナの真摯な一言は、夜明け前の空に吸い込まれ、誰の耳にも届かない内に消えていった――。







 それと同じ頃――。
 わずかな荷物を手に、ポップは一人、こそこそと誰もいない道を歩いているところだった。

 とりあえず、瞬間移動呪文でパプニカからできるだけ遠くまで離れたものの、今まで行ったことのない場所に行くのは魔法の力では無理だ。

 歩きの移動を混ぜるのは別に文句はないが、しかし、こんな風にこそこそと一人旅立つと家出じみた気分になってきてしまう。

(しっかし、旅立ちっていうと夜逃げっぽいことばっかしている気がするな、おれ)

 多少は気が咎めるが、以前も経験ずみなだけに、慣れている。
 それに――後悔はしなかった。
 各国の王達になんと言われようとも、ポップの意思は決まっている。

 ダイを、どうしても見つけるのだ、と。
 ダイが戻ってくるのを待つ気なんて、さらさらない。こちらから捜しに行く――たとえ、手掛かりがなかったとしても。

 国の復興や、その手助けをして欲しいと言われても、それだけはどうしても譲る気になれない。

 期待を裏切ったと言われても、構わない。
 大魔道士としてできるだけ多くの人を助けたいなんて、思わない。

(おれは、ただの魔法使いでいい)

 ポップが手を貸したいと思うのは、ただ一人だけだ。
 あの日、デルムリン島から一緒に旅だった小さな勇者……ずっと一緒にいたくせに、最後の最後で自分を蹴り落としてくれたあいつに、もう一度会う。
 その想いはポップの中で、どこまでも揺るぎなく、固い決意としてすでに根付いている。
「待ってろよ、ダイ。必ず、見つけてやるからな……!」

 ポップの独り言もまた、未明の空に吸い込まれ、静かに消えていった――。
                                   


                                      END

 


《後書き》
 『レストア』直後の、ポップの旅立ち話〜。
 ところで、ポップの称号って『大魔道士』と『魔法使い』がありますが、筆者は魔法使いの方が好きです! 戦いの場や政治の場では『大魔道士』の方がハッタリが効きそうなんですが、『勇者の魔法使い』のフレーズがお気に入りなものでvv
 原作にはない言葉だし、サイトを巡り始めてから知ったフレーズですが、いいですね〜『勇者の魔法使い』って?
 

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