『泣かない赤鬼』 |
(うーーーーん?) 何度も何度も首を捻りつつ、ダイはゴメちゃんと一緒に本を眺めていた。 勉強嫌いのダイは育ての親ブラスの涙ぐましいまでの努力にもかかわらず、文字判別能力においては……ぶっちゃけ、ゴメちゃんとどっこいだった。 手にしているのは、ダイよりももっと幼い子供向けに書かれた絵本であり、ほんの数ページしかないごく簡単なものだ。が、ダイにとってはちんぷんかんぷんな文字の羅列には変わりはない。 書かれている文字こそはさっぱりだが、それでも絵本なだけに絵だけならなんとか見ていられる。 大きなベッドに埋もれるように横たわっているのは、ポップだ。 微かに寝息を立てて、ころんと寝返りを打つポップが、そこにいる事実がとても嬉しかった。 本人はもう大丈夫だと言っているものの――蘇生直後の時からずっとそう言っているだけに、説得力というものが大幅に欠けている。 それに、なんだかんだ言ってもまだ本調子ではないのか、威勢のいい口先とは裏腹に、ポップの眠っている時間はいつもよりも長かった。魔法使いにとって睡眠は普通の人以上に重要だとは、ダイでさえ知っている。 だから邪魔をしてはいけないと分かっているのだが……ダイは途中で本を放り出してそっとポップの側に近寄ってみた。 「ピィ、ピィ?」 やめた方がいいとばかりにゴメちゃんが小声で鳴くが、ダイは確認せずにはいられない。起こさないように気をつけながらそっと触ってみると、暖かな体温が伝わってくる。だけど、それだけではまだ怖い。 (……だって、あの時もポップの身体はまだ暖かかった) 死亡直後だったせいか、ポップの身体は冷たくはなっていなかった。ただ、ぐったりと動かなくなっていただけで――。 ダイはそっと毛布をまくり上げて、眠っているポップの胸に耳を当ててみた。 目を覚ませば、いつもの明るい笑顔を見せてくれるだろう。 しばらくはおとなしく絵本を眺めているものの、意味が分からなくて退屈なせいもあり、不安がぶり返すのも早いらしい。 さっきと同じ手順で耳を押し当てようとしたところ――ぐいっと伸びてきた手がその耳を引き寄せ、ついでに怒声がとんでくる。 「こらっ、いいかげんにしやがれっ、ダイ!」 「わっ!?」 なまじ耳がいいだけに、不意打ちで怒鳴られるとダイにはキツい。ビックリした弾みでその場にひっくり返る有様を、ゴメちゃんは呆れたように見下ろしていた。 「ピッピピ、ピピー……」 言葉が通じなくても、今のゴメちゃんの鳴き声が『だから言ったのに……』と、聞こえる者は多いだろう。 「えへへ、起こしちゃった?」 照れたように笑うダイに対して、ポップの方はおかんむりだった。 「あったりまえだろ!? ひっきりなしにこんな真似されりゃ、どんなニブい奴でも目が覚めるっつーのっ!」 ベッドの上に起き上がったポップは、まだやり足りないとばかりにダイの首を締め上げ、ついでに頭にグリグリと拳骨を当てる。 「わっ、わっ、ごめんっ、ごめんってば、ポップ!」 と、大袈裟に騒ぐダイにしろ、首を絞めているポップの方にしろ、本気とは程遠い。互いに笑いを抑えきれもしない二人は、じゃれ合っているようなものだ。 それが分かっているせいか、ゴメちゃんも止めずに楽しげに鳴きながら、その辺をぱたぱたと飛んでいる。 「ちょっとぉ! 何を騒いでるのよ!?」 途端に、二人と一匹は抱き上がって飛び上がるっ。 「わわっ」 「うわぁっ!?」 「ピッ!?」 果たして、驚いたのは不意打ちのその声のせいか、それとも傍若無人に部屋に乱入してきた声の主を目の当たりにしたせいか。 「ダメじゃない、ちゃんとおとなしく寝てないと! 怪我や病気は治りかけが肝心なんですからね!」 つかつかと足音も高らかに入ってくるレオナを見て、ポップはダイを盾にセコくも隠れようとしながらも、必死に反論を試みる。 「だから、もう治ったっつてんじゃないか! だいだいよ、なんだってみんながとっくに動き回っているのに、おれだけがいつまでもベッドにいなきゃなんねえんだよ!?」 絶対安静を申しつけられて数日も横になり続けていれば、いい加減退屈にもなってくるというものだ。 「ヒュンケルやおっさんなんかは、もう修行を始めたっていうじゃないか。姫さんだって、あの翌日からずっとうろつき回っている癖してよ」 ぶつぶつとぼやくポップに対し、勇猛果敢なパプニカ王女はケチのつけようのない笑顔を浮かべて見せる。 「だって、あたしはほとんど攻撃されなかったし、ダイ君達は元々体力があるもの、ダメージからの回復だって早いわ。それに引き換え、ポップ君は体力がない上に、一回死んじゃったし、その上毒までくらったじゃない。完全回復するまでは、十分に注意しなくちゃね」 ずけずけと遠慮無しに言ってのけるのがレオナの長所とはいえ、実に容赦のない指摘っぷりだ。 「ダイ君もダメじゃない。おとなしくしているっていうから、見舞いを許可してあげたのよ?」 ――ポップに対する情け容赦ない追及に比べると、格段に甘いようだが。 「ごめん、レオナ」 安静が必要なポップと違い、もうとっくに良くなったダイは、本来なら病室にいなくてもいい。 その気持ちを汲んでくれたレオナが、ポップを起こさないように、静かにおとなしくしているという条件付きでここにいるのを許してくれたのだ。 「分かってくれればいいのよ。――あら? この本、ダイ君が読んでいたの?」 レオナが足下に転がっていた本に目を留め、それを拾い上げる。 「え、えーと、その、読めないから、見てただけだけどね」 謙遜でさえない事実を口にしつつ、ダイはたははと照れ笑いをする。 「でも……なんで、この本を?」 驚きに目を軽く見張るレオナは、まじまじとその本を見つめる。その様子がポップにとっては不思議だったのか、ひょいと口を出してきた。 「おい、姫さん、それ、なんか特別な本なのかよ?」 角度が悪いせいでポップの位置からは、その本のタイトルは読めない。が、いかにも薄っぺらな厚みや、原色を多用した裏表紙の装丁から判断しても、ごくありふれた子供向けの絵本としか思えない。 レオナが驚く程の本とは到底思えなかった。だが、実際にレオナは本に気を取られて、ポップの質問にすら答える余裕はない様子だ。 「ダイ、おまえなんの本を読んでたんだよ?」 「分かんない!」 と、実にきっぱりと、ダイは力強く答える。 「最初は先生の本読もうと思ったんだけど、あれ、すっごく難しくってさ」 ヒュンケルがそうしていたように、ポップの回復を待つ間、同じ部屋のかたすみでアバンの書を読んで時間を潰す……なんて真似は、ダイには不可能だった。 世界に一冊しかない、貴重なアバンの書をよだれで汚しかねない勇者様を見兼ねたのか、三賢者のリーダーが救いの手を差し伸べてきた。 「アポロさんが本がいっぱいある部屋に連れてってくれて、好きな本、貸してくれるって言ったんだ」 「……そう。じゃ、これ、ダイ君が選んだのね?」 やっと驚きから立ち直ったらしいレオナからの質問に、ダイはこっくり頷いた。 「うん。なんか、絵が面白そうだったから」 子供向けの優しい絵本であろうと、ダイに取っては読めないのには変わりがない。挿絵で選ぶのは当然だろう。 きらびやかなお姫様の絵や、ドラゴンの絵や、かっこいい勇者や騎士の絵などいろいろあった挿絵の中で、ダイが気になったのは頭に角が生え、全身が真っ赤な異形の生き物の話だった。 周囲の人間とは、明らかに違う姿。 羨ましそうに大勢の人間を眺めたり、寂しそうな顔をしたり、笑ったりしている。 「でも、この人、なんで泣いてるのかな?」 「ダイ君、これは人じゃなくて、鬼のお話なのよ」 「おに?」 初めて聞く言葉にきょとんとするダイに、レオナは分かりやすく説明してくれる。 「これは東方に伝わるとされる物語なの。その国にはね、鬼と呼ばれる人間ではない生き物がいたそうよ。あたし達の言葉で言えば……魔族にあたるのかしらね?」 人間よりはるかに力が強く、変わった姿形を持つ種族。それが鬼だと言うレオナの説明に、ダイはあんまりピンとはこなかった。 「ま、まさかその本って……」 「『泣いた赤鬼』ってタイトルよ」 すました顔で答えるレオナに対して、ポップの方は愕然とした顔で顎を落とす。 「? ポップも知ってる話なの?」 大袈裟なまでのポップの反応を見れば聞くまでもない気もするが、雰囲気を察するという芸当のできないダイは、疑問をそのまま口にする。 「知ってるもなにも、あんなの、誰でも知ってるよーな童話だよ!」 「ふうん。面白い話?」 「すっげーつまんない上に、退屈な話だよ! そんな本なんかとっとと返してこい、他に面白い本なんかいくらでもあるって」 「あーら、決め付けはよくないわよ? どんな感想を抱くかは、本人の自由なんだし。ね〜え、ダイ君。なんなら、この話、読んであげましょうか?」 「え、ホント、レオナ!」 ダイがパッと顔を輝かせるのと対照的に、ポップは露骨に顔をしかめた。 「待ていっ! 姫さん。そのすっげー当てつけがましい童話のセレクト、なんとかならないのかよっ!?」 「いやね、ポップ君たら。これ、あたしが選んだんじゃないわよ?」 それはその通りなので、一瞬、ポップもグッと詰まる。 「だいたい姫さん、忙しいんじゃなかったのかよっ!? こんなとこで暇潰しなんかしている時間、あるのかよ!?」 パプニカへの帰城を決めて以来、レオナはなにやらひどく忙しそうで、あまりダイ達とも一緒にいられないぐらいだ。 だが、レオナはそんな忙しさなど微塵も感じさせない余裕の態度で、ふわりとポップのベッドの側に置いてある椅子に腰掛ける。 「今は昼休みだもの、絵本を一冊読むぐらいの時間はあるわよ。ダイ君だって、この話、気になるんでしょ?」 「えっと〜……うん、気になる」 答える前にちょっと間が空いたのは、ポップの方を伺ったせいだ。 ポップには悪い気はしたが、その誘惑には耐えがたい。とりあえずダイはゴメちゃんと一緒に、ポップのベッドの足下の方にちょこんと座った。 「なんでここに来るんだよ!?」 「え? だって、ここの方がレオナの話、聞きやすそうだし」 ダイにしてみれば、今まで見舞客が来て椅子が塞がる度にここに座っていたので、ポップが怒る理由が分からない。 「姫さんも姫さんだ! んなもん、わざわざおれの枕元で読まないで、どっか他の所で読めばいいだろっ!?」 と、ポップからあがる抗議の声も何のその、涼やかな声を転がすように、美しい姫は澱みなく物語を紡ぐ。 「……そして、赤鬼は大きな声で泣きました。いつまでも、いつまでも」 そう締めくくって、ぱたんと本を閉じたレオナが、面白かった? と疑問を投げ掛けるまでの間、部屋は沈黙に包まれていた。 ポップの方はコメントなんか絶対にしないぞとばかりに口を噤んでいたし、ダイはダイは、やたらと真剣に聞き入っていた分、やっぱり黙り込んでいたからだ。 「……なんかさあ、この話にでてくる青鬼って、ポップみたいだね」 ダイのその感想に、ポップは不機嫌そうにうなる。 「どこがだよっ!? おれは角なんざ生えてねえし、身体だって青くないっつーのっ」 「そうじゃなくてさ。んーと?」 と、ダイは首を捻って、言葉を探す。 人間と仲良くなりたいのに、仲間外れにされている赤鬼がいて。 「なんか、あの時のポップと似てると思うんだけどな〜」 赤鬼のために嘘までついて、みんなの嫌われ役を買って出た青鬼の姿が、あの時に見たポップの姿とだぶって見える。 「似てねえっつってんだろ! だいたい、どこが似てるつーんだよ!?」 「んー? なんとなく、かな?」 「なんでそこ、疑問系なんだっ、てめえはっ。しかも、なんでいつもおまえは『なんとなく』ですませんだよっ」 「ちょっと、ポップ君、ここ一応病室なんだからね! 安静中の患者があんまり大騒ぎしないでよ!」 「いてっ!? って、姫さんっ、今、さりげなく安静患者をぶん殴っただろっ!?」 「ピピピッ、ピピーッ!?」 わいわいぎゃあぎゃあと揉めまくる三人+一匹の騒ぎは、どうやら廊下にまで届いていたらしい。 「失礼します。ああ、やっぱりダイ君だけじゃなくて、姫様もこちらにいらしたのですか」 「あら、アポロ。いけない、もうそんな時間だったの? もう、行かなくちゃ」 と、レオナは日の高さを確かめるように窓の外に目をやる。 慌てて立ち上がるレオナと同じタイミングで、ダイもゴメちゃんと一緒にベッドから飛び下りた。 「じゃ、おれもそこまで一緒に行くよ。じゃあ、アポロさん、ポップをよろしく頼むね」 日に一度、大抵は遅番の昼休みに当たる時間に、必ずアポロが病室を訪れるのは診察のためだ。 ポップの体内に微量に残っている毒素が、完全に消えたかどうか確かめるために、日に一度はアポロが解毒魔法をかけにきているのだ。 本来なら、解毒魔法をかけた瞬間に毒素が無効化されるのだが、ザボエラの練り上げた複合毒は嫌な意味で、特別中の特別だった。 マトリフが煎じた特製の毒消し薬を食事の度に飲ませ、アポロの解毒魔法をかけた時の反応で、毒の残量を確かめるというのが治療方法だ。 普通に呪文をかけるだけと違って、魔法に対する反応を探りながらかける解毒魔法には集中力がいるらしいので、ダイは治療の時間は邪魔にならないように席を外すようにしている。 「えっと、レオナ、本がいっぱいある部屋ってどっちだったっけ?」 廊下に出てからそう聞くダイに、レオナは一方向を指した。 「あっちよ。王間に行く途中にあるから、ちょうどいいわ。一緒に行きましょう」 だが二人が歩き始めた途端、ダイの肩に乗っていたゴメちゃんはピーピー鳴きながら、窓の外の方へと飛んでいく。 「あ、ゴメちゃんはあの部屋は、ダメだったんだね。うん、じゃ、その辺で待っててよ」 ダイも、ゴメちゃんもさして気にしている様子は見えなかったが、その言葉はレオナにとってはちょっぴり胸が痛い言葉だった。 性質もおとなしく、決して人間に害を加えるタイプの怪物ではない。 (……いずれ、なんとかしてみせるわ) そう心に固く誓いながら、レオナはダイと肩を並べてゆっくりと歩く。 こんな風にダイと二人っきりでいられる機会など、早々あるわけじゃない。 本を大事そうに抱え、隣の少女の足にあわせてかいつになくゆっくり歩く小さな勇者――それを見つめる姫君の表情は、いつになく柔らかなものだった。 だが、王女として、そして魔王軍と戦う指揮者として名乗りを上げる予定のレオナは、甘やかな感傷だけに浸ってはいられない。 「ねえ。ダイ君、一つ聞いてもいいかしら?」 その尋ねるのに珍しく躊躇するのは、聞くことでダイを傷つけないか心配だからだ。 「なに、レオナ?」 だが、屈託なく聞き返してくるダイの笑顔に勇気づけられる。だからこそ、レオナは思い切って聞くことができた。 「ダイ君は……記憶を失っていた間のこと、覚えているの?」 「……うん」 レオナの問いに、ダイは少しばかりためらってから答えた。 「ちょっとぼんやりしているけどね。なんか、夢でも見ていたような気がするけど……でも、覚えているよ。あの時のレオナのことも、ポップのこともね」 記憶は、ちゃんとある。 バランに記憶を消された後――目が覚めた時は、比喩ではなく、頭の中は真っ白だった。 誰もが親切ではあったが、どこか痛ましいものを見るように自分を見つめる目が、不安を掻き立てた。自分を思い出してと訴える少女や、自分に対して怒ってばかりいた少年――。 強引に自分に剣を突きつけ、それをふるえと言った少年が、ひどく恐ろしい存在に思えた。 「……みんなにはずいぶんひどいこと言っちゃったし、迷惑もかけちゃったね」 「いいのよ、もう」 何事もなかったようにレオナはさらりとそう言ってくれるが、『いい』で簡単にすませられる問題ではなかったのは、ダイが一番良く分かっている。 (おれがもっとしっかりしていたら、みんなだってあんな怪我したりしなかったし、ポップだって死んだりなんか、しないですんだんだ) 運良く生き返ったとはいえ、ポップの死はダイにとっては衝撃的なものだったし、もう二度と味わいたくない経験だった。 確かに、記憶は無くなった。 たとえば、きらきらと輝く小さなスライムに、友達になろうと呼びかけた時に。 記憶がないダイにとっては、ポップは見も知らぬ、怖いお兄ちゃんにすぎなかった。自分を檻に閉じ込めた人の一人で――しかも、一番ひどい言葉をぶつけてきたのも、彼だった。 『どうせ、こいつぁ人間じゃねえ』 そう言われた時、ダイは不思議な気持ちを味わった。 檻越しに、何の遠慮もなく手を突っ込んできて、乱暴に頭を撫でたあの手。 なのに、その手の感触はなんとなく覚えがあるような気がして――少しも嫌な気がしなかった。 あの時、ダイにもう少しでもいい、はっきりとした意思があったのなら。 ただ流されるだけで、他人を恐れ、自分を守ってくれる味方だけを求めていた記憶のない自分が、腹立たしいほどだ。 ――ポップが、この話に出てくる青鬼に似ているのだとしたら、自分は赤鬼みたいだとダイは思う。 「……おれが、もし、赤鬼なら、間違えないよ。もう、絶対に」 人間ではない生き物として生まれながらも、人間に焦がれる気持ち。 でも、それだけに心を囚われたりなんかは、きっとしない。 だが、自分の側にいてくれる大事な友達を、失ってしまう以上には、辛くない。 「おれなら、青鬼を探しに行くよ」 物語の赤鬼のように、失ってしまってから泣くだけですませる気なんてない。 「そうね。……あたしも、今度はきっとそうするわ。――ううん、最初から逃がさないようにする方が、効果的かもね」 聞き様によっては怖い台詞をさらりと言いながら、レオナは晴れやかに笑った。 「見た目が怖いからって赤鬼の本質を間違えたりなんかもしないし、青鬼がどんなに上手く嘘をついても、決して騙されてあげたりなんかしない」 童話の話をしているように見せかけながらも、その声音には確固たる信念が込められている。 そして、ダイに赤鬼と同じ後悔があるのだとしたら、レオナにとってもそれは同じだ。 「二度目は、ないわ」 力強く宣言したレオナに対して、ダイもまた、真顔で頷いた。 「うん……! おれも、そう思ってるよ」 勇者とお姫様は顔を見合わせ、戦友のように力強く頷き合い、共に笑いあった――。 「ポップ、もう治療終わっ……た……?」 図書室の前でレオナと別れ、ちゃんと本を返して、代わりの本を借りてから戻ってきたダイは、病室代わりの客間の扉を開けたまま立ちすくんだ。 「ポッ……プ……?」 ベッドは、きちんと整っていた。 「ポップッ!?」 大慌てで部屋を飛び出し、とにかく全速力で駆け出そうとしたダイは、ちょうどこちらにやってきた人と思いっきり正面衝突してしまった。 「いってえなあ、なにすんだよ、ダイ!」 ダイとぶつかった拍子に尻餅をついて、痛そうに腰を押さえつつ悪態をついているのはポップだった。 「ポップ……、よかった、どっか行っちゃったかと思った……!」 とりあえずホッとしてから、ダイはポップの着ているのがさっきまでの寝間着じゃなくて、見慣れた旅人の服に変わっているのに気がついた。 「でも、ポップ。寝てなくていいの?」 「あのな! いつまでも人を病人扱いしてんじゃねーよ、もう治ったっつーの。毒素もすっかり抜けたってアポロさんも認めてくれたから、床払いしたんだよ。それより、おまえこそどこ行ってたんだよ? ゴメの奴もいないしさ」 ポップの治療中、ダイとゴメちゃんは廊下か、その近くで待っていることが多かった。が、今回は図書室まで行くのに手間取ったせいでなかなか戻ってこなかったため、心配して探してくれていたらしい。 「なんだ? おまえ、また本を借りてきたのか? 字も読めない癖に、凝りねーな」 と、ポップにからかわれるまで、ダイは本のことなどコロリと忘れていた。 眠っているポップの側にいる間、時間を潰すために借りた本など、もう必要ない。 「ふーん……『マジック・ドラゴン』か、懐かしいな。小さい頃、母さんに読んでもらったっけ。――なあ、この本、おれが読んでやろうか?」 「え? ホント、ポップ!?」 気紛れのようなポップの申し出に、ダイはパッと顔を輝かせる。 ダイにはちんぷんかんぷんな字の羅列を、読み聞かせてくれるポップの声が嬉しくて、今までなんの興味もなかった『本』にちょっとだけ面白く感じられた。 「ああ、ホントだって」 くしゃくしゃと頭を撫でてくる手を、ダイは嬉しく受け止める。 「天気もいいし、せっかくだから外で読むか?」 「うんっ。ゴメちゃんも中庭かどっかで遊んでると思うし、行こうよ、ポップ!」 しっかりとポップの手を握りしめ、ダイは庭に向かって歩きだした――。
大切な友達が、身近にいるのを決して忘れたりはしない。 END
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