『世界を巡って…おまけ・レオナバージョン』 |
ヒュンケルが命懸けで魔境を冒険し、ポップが微かな情報を頼りにその後を追っていたのと同じ頃――。 「……遅い……っ! 遅すぎるわよ、なにやってんのかしら、あの根暗剣士にへっぽこ魔法使いったら……っ!!」 ――今や、パプニカで随一の騎士と評判を上げつつある美形剣士ヒュンケルに、全世界から二代目大魔道士として尊敬を集めているポップを、ここまで平気でこき下ろせる人はそうはいまい。 (もうっ、なにやってんのかしら、ヒュンケルも、ポップ君も! あんな簡単な用事もできないだなんて、どういうことっ!?) 今や、文字通り世界を飛び回っているポップが聞いたのなら異論があるだろうが、レオナ本人は心の底からそう思っていた。 『水着を選んできてほしいの』 二週間ほど前、レオナはそうヒュンケルに命令した。 だが、同時にそれは、彼に名誉挽回のチャンスを与え、わだかまりを消してスッキリするための口実みたいなものだった。 偶然が重なって、ダイの作ったホワイト・デーのお返しをヒュンケルが食べてしまった件。 が、本来さっぱりした気質のレオナは、いつまでもそれを引きずったりはしない。怒るだけ怒ったら、それで気がすむ。記憶力の優れたレオナのこと、その件を覚えていてちくんと相手をからかうぐらいはするが、いつまでのネチネチと気にしたりはしない。 むしろそれを気に病み、償いたいと気真面目に悩み続けていたのはヒュンケルの方だ。 だからこそ、レオナはヒュンケルにちょっとした罰ゲームを与えた。 『水着……ですか?』 困惑しきったように繰り返すヒュンケルに、レオナは重ねて命じた。 『ええ、あなたが最高だと思う水着を選んできてほしいの。あ、でも他の人……特に、ポップ君やダイ君に相談したりしちゃダメよ』 泳ぐには早すぎる春先に、水着を探すのはちょっと苦労するだろう。 (ヒュンケルが気に入るような水着なら、ダイ君だって気に入るかも、だものね) 魔物に育てられたヒュンケルと、怪物に育てられたダイは、常識のズレ方という点では意外と共通点が多い。 どう見ても悪趣味極まりないとしか思えない怪物を可愛いと言ってみたり、常人には理解不能な不気味な魔法道具を面白いと言ってみたり……感性が、少しばかり並ではないのだ。 前に、ダイが気に入って買ってきたドロルを模した木像のお土産を、いい出来だと褒めたのは城内でヒュンケルただ一人だった事実は、見逃せない。 ……正直、そのセンスにはやや疑問を抱くものの、ダイの好みに適うような水着を、レオナはなにがなんでもゲットしたい理由があった。 (もうっ、あんまり時間がないっていうのに、なにやってるのよ、ヒュンケルもポップ君もっ) 春の初めに、ダイは誕生日を迎える。 その日がきたら、仲間全部が集まってのお祝いをする予定だが……今年はそれをデルムリン島でやることになっている。 もう、指折り数える程日が迫ったその日に備えて、レオナの焦りは強まる一方である。 ダイの好みにかなった水着を用意しておきたいと願うのも、恋する乙女としては当然だろう。 『いい? これはあなたにしか頼めないの。お願いできるかしら?』 そう頼んだ時、ヒュンケルはやけに真面目に、そして大袈裟にはっきりと頷いたものだ。 ヒュンケルのその返事があまりにもかしこまった大仰なものであっただけに、レオナは頼んだその日に戻ってこなかったことを咎めようとは思わなかった。 上に何かがつく程生真面目で、一本気なヒュンケルのことだ。レオナの命令を必要以上に強く受け止めて、選ぶのに時間がかかっているのだろう、ぐらいにしか思わなかった。 が、二日、三日はいいとしても、もはや早二週間……何かを気にして待ち続ける日々というのは、人を必要以上に疲れさせるものだ。 そして、疲労は人を苛立たせやすくもする。 しかも、頼みごとの内容が内容なだけに、いつものように三賢者や部下を通じてことの成り行きを確かめさせるわけにはいかない。……そんなの、恥ずかしくて出来ない。 だからこそ、ポップに無理やりヒュンケルを連れてくる用事を押しつけたわけだが、まさかポップまでもがこんなにも自分を待たせるとは、思いもしなかった。 (もう、ここまで待たされたんだから、生半可なものじゃ許してなんかあげないわよ!) もはや、当初の目的がすっかりとすりかわり、レオナは半ば意地になっていた。 そして……レオナがようやく戻ってきたポップと一緒に、ヒュンケルの元に駆けつけ『水着』を目にするのはこれより5分後に起こる惨劇だった――。
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