『蘇る魔法陣』

  


「え? これ、まだ残ってたんだ……!」

 『それ』を目にして、ポップの目が驚きに見開かれる。
 正直、意外だった。







 思いもしなかった『それ』に目を奪われた様に、ポップはしばし、ここに来た用事も忘れて見入っていた――。

 カール王国北部の、山脈地帯に位置するロロイの谷。
 地面がクレーター状に広く窪んだほぼ中央に、灯台にも似た、巨大な筒状の建物がそびえ立っている。だが、この奇妙な建物は、不思議なことに入り口も無ければ、窓らしき物も無い。

 実は、これは建築物ではなく、人外の者の手によって作り上げられた物だ。
 その正体が、世にも危険な超爆弾だと正確に理解している者は、そう多くはないだろう。
 だが、その恐ろしさはいまだに世界の人々の記憶に新しいはずだ。

 ほんの一ヵ月前、世界は大魔王バーンの手によって滅ぼされようとしていた。
 その際、大魔王が地上を滅するために落とした6つの爆弾――それがピラァ・オブ・バーンだった。

 黒の核晶を源とし、一つが爆破すれば誘爆して地上を焼き尽くし、消滅させるという恐るべき兵器。
 だが、氷系呪文で凍らせて作動を半永久的に止めてあるため、当面の危機は去った。

 やっと手に入れた平和を謳歌している者達にとっては、すでに忘れ去りたい過去の遺物。
 これはその内の一つであり、そして、今となっては最期の一つでもあった。

「おい、何をしている」

 後から声をかけられ、ポップは一瞬、びっくりする。が、それが聞き覚えのある声だと知って、すぐに気を抜いた。

「サボってないで、さっさと済ませてもらおうか……オレとしちゃ、こんな仕事に駆り出されたのは、心外なんだからな」

 そう言ったのは、ロン・ベルクだった。

「ああ、分かってるって。おれだって、こんな作業、好きこのんでやりたかねえんだしさ」
 ポップとロン・ベルクが、二人でこのロロイの谷に来たのには、理由がある。
 ピラァ・オブ・バーンの処分……というより、正確には黒の核晶の確保のため、と言った方がいいだろう。

 平和な世には不要な、だが、だからといってそのまま放置しておくにはあまりに危険な爆弾。
 それを、誰の手にも触れられないように封印することを強く推し進めたのは、カール王国女王、フローラだった。

 だが、世界に向けてそう主張したのは彼女でも、実際に裏でその計画を推奨し、なおかつ実行に手を貸しているのはアバンだった。
 その計画の実行員として、世界各国の王達に承認されたのは、わずかに三名。

 大勇者であり、今や世界屈指の破邪魔法の使い手であるアバン。
 先代勇者一行の魔法使いであり、全ての魔法使いの頂点に立つといわれている大魔道士マトリフ。

 そして、勇者ダイの魔法使いであり、二代目大魔道士ポップ。
 この三人が中心となっての爆弾の除去、および封印作業をする点に関しては、誰もが反対の声を上げなかった。

 この難事業は、そもそも卓越した魔法力が無ければ、不可能な作業なのだから。その上、これ以上信用できる人選もないだろう。
 最も、ある意味で名誉と言えるこの任務を、ポップは決して歓迎してはいなかった。

 ポップの感覚では、これは厄介なお使いにも等しい。ダイ捜索を優先したいポップにとっては、それ以外の作業は興味を持てない。
 だが、捨て置くにはあまりに危険過ぎる上に、二人の師匠より協力を頼まれては、断れなかった。

 世界各地に散ったピラァ・オブ・バーンから黒の核晶を取り除き、アバンとマトリフの待つ場所へ運ぶのがポップの主な役目だ。
 封印作業自体の方も手伝ってはいるが、そちらは補助の役割に近い。

 封印の術に関しては、アバンとマトリフが中心となって行うことになっている。
 念を入れて、一つ一つ封印の場所を変え、探知魔法で探そうとしても探せない場所に封印する準備を整えるため、二人の師は手一杯だった。

 だが、ポップ一人で黒の核晶を取り除くのは、できないわけではないとは言え、かなり難しい。
 そこで、白羽の矢が立ったのが、ロン・ベルクだった。

 魔界の刀工である彼は、魔界の機械じかけには詳しい上に、爆弾を恐れない度胸も合わせ持っている。
 腕の治療の件でポップに恩義を感じている為か、彼はポップの補助役を無造作に引き受けてくれた。

 もっとも、いささかひねくれている上に変人なこの男の善意は、ポップには今一歩伝わりきっていないが。

(まあ、ありがたいといや、ありがたいんだけどさ、素直に感謝したくないタイプだよな、このおっさんも〜)

 内心のぼやきを押し殺しつつ、ポップはロン・ベルクを振り返った。

「今やるって。たださ、これが残っているとは思わなかったから、ちょっとびっくりしたんだよ」

 そう言いながら、ポップはまたちらっとそちらに目をやった。
 ピラァ・オブ・バーンのすぐ近くに存在する、半ば……いや、4分の3以上崩れかけている石造りの建造物。

 柱は折れてその辺に転がり、床を形取る石畳も粉々にひびが入り、原形を保っているのが不思議なぐらいだが、『それ』ははっきりと存在していた。
 かつて、ヒュンケルとクロコダインが処刑されそうになった場所。

 そして、ダイ達5人のアバンの使徒が、大破邪呪文に挑んだ場所でもある。ひびだらけの石畳の上に、弱々しく光を放つ魔法円があるのが、はっきりと見えていた。

「信じられねえよ。あの爆発で、まだ残っているだなんて……」

 驚いているポップに比べて、ロン・ベルクは淡々としたものだった。

「残ったわけじゃない。修復されたんだろうよ」

「へ?」

「おまえさんは見なかったかもしれないが、ここは一度、完全に爆破をくらってるんだよ」
 大魔宮に突入していった勇者一行と違い、ロン・ベルクは地上に残った人間達に助力する形で、最期の戦いに加わった。
 それだけに、この処刑台が消滅させられたところを目撃している。だが、彼の顔に驚きはかけらもなかった。

「魔界では、物質に自動再生能力を持たせる魔法技術がある。人間には珍しいかもしれんが、オレ達魔族にとってはそう珍しい技法でもない」

 ロン・ベルクの言葉に、ポップは思い出す。
 ヒュンケルの魔剣は何度か砕けたのに、再生した。ラーハルトの槍やダイの剣も、多少の傷なら自動修復するとも聞いた。

「核の部分さえ壊れなければ、一度込められた魔法力の続く限り、何回でも再生を繰り返す。その効力は術者が死んだとしても、続くんだ。さすがに再生能力は武器ほどは高くないから、完全に元に戻るまでは時間がかかるだろうけどな」

「へえ〜、便利だな、それって」

 素直にそう感想を言ったポップに対して、ロン・ベルクはおまえらにとっては禁呪と呼ばれる類いの物だと、釘を刺さす様につけ加える。

「まあ、巨大な物に対してかけるには莫大な魔法力が必要になるから、バーンの様に自分の城そのものにかけるような酔狂な奴は、普通いないがな」

「そう言えば……この石材、バーンパレスの壁や床のと似てるや」

 バーンの自慢の大魔宮は、輝く様な、眩いまでの白さを秘めた石材で作られていた。あの時はそこまで意識してはいなかったが、今、こうして見ると色といい艶といい、大魔宮で見た物に酷似している。

「おそらく、同じ素材なんだろうよ。まあ、この石材には浮遊能力は無さそうだがな」

 さして興味なさそうながらも、ロン・ベルクは結構律義にポップの言葉に応じてくれる。 それは、頷ける話だった。
 こんな辺鄙で人里どころか、物好きな旅人さえこないような場所に、元々処刑場などあるはずがない。

 ヒュンケルやクロコダインを殺すためだけに、バーンが命じて急遽用意させたものと考える方が自然だろう。
 作り手が同じならば、同じ材料を使ったとしても何の不思議もない。

「でもよお、この処刑台が再生されたのはまだ分かっけど、なんでまたミナカトールの魔法円まで残ったんだ?」

 この魔法陣は消滅した――ポップは今まで、そう思っていた。
 現にバーンとの戦いの際、ピラァ・オブ・バーンの落下と同時に大破邪魔法の効果はなくなってしまった。

 だが、今、ポップの目の前でひびの入った石畳の上に描かれた魔法円は、淡いながらも燐光を発して真円を描いている。
 そして、ポップが足を踏み入れた途端、魔法円は強く光り輝いた。

「――!?」

 あの日、レオナが大破邪呪文を唱えた時のごとく、光が天へと立ちのぼる。簡素な一重の魔法円だったはずなのに、それを二重、三重と取り巻く光が生まれて、最盛期の時と同じ光の魔法陣へと姿を変える。

「この魔法陣、まだ生きてるのか……!?」

 大破邪呪文を施行したのはレオナとは言え、ポップもそのメンバーの一人だったのは間違いは無い。
 施行者が魔法陣に入ることで、陣が活性化するのはめずらしいことではないが、ポップにしてみればこの魔法陣がまだあること自体が疑問だった。

「さあな。オレは魔法など専門外の武器職人だ。ましてや、人間にしか使えないような魔法などは、なおさらだ。おまえの方が詳しいんじゃないのか」

 回復魔法ならまだしも、神と精霊の力を借りて思考する破邪呪文の類いは魔族には使えない。
 だが、破邪呪文は施行するには高い資質を要する魔法なだけに、人間であっても使い手は極端に少ない。

 ポップ自身も、正式に習得したとは言えない呪文だ。
 それでも、最初の師であるアバンが破邪呪文を得意としていただけに、知識だけはあった。

「そりゃ本来通りの破邪呪文なら、効果が残っていてもおかしくはないんだけどよ……」
 破邪魔法は、基本的に息の長い呪文だ。
 それこそ術者が死亡したとしても、半永久的に存在し、最初に込められた魔法効果を発揮し続ける。

 実際に、アバンが前にデルムリン島を覆った魔法陣は、今も立派に機能している。アバンが地面に刻んだ魔法陣の線そのものは、雨風にさらされてとっくの昔に消去されているが、それは問題にさえならない。

 実際の魔法陣の線はなくなったとしても、魔法力が残っている限り魔法陣は効力を発揮し続ける。
 だが、あの時レオナが使った大破邪呪文は、特殊だった。

 持続時間や保存性を度外視して、効力だけを最重視して挑んだ初の大破邪呪文なだけに、不安要素は大きかった。
 術のレベルの高さを考えれば、レオナの力量はまだ未熟といっていい。

 彼女の実力では、術をそこまで強力に残す技術までは無かった。
 魔術的な妨害どころか、物理的な手段で魔法陣が消されれば、それだけで術が無効化される可能性が高かった。

 その危険性を危惧したからこそ、フローラ達は死に物狂いになって魔法円を死守しようとしたのだ。
 実際に、ピラァ・オブ・バーンの物理攻撃によって、大破邪呪文は一度、完全に失われた。

 しかし、今、目の前で明らかに復活している光の魔法陣をどう考えていいのか迷いながら、ポップはしゃがみこんで石畳に手を触れてみる。
 無数に入ったひびとは明らかに違う、魔法陣の形をなぞる浅い溝が触れる感触に、ポップは目を大きく見開いた。

「そっか……! この石のせいか!」

 本来なら、媒介を使わずに術者の意志力で描いた魔法陣は、床や地面には直接は刻まれない。地面そのものではなく、薄皮一枚ほど上に浮かぶ光の線となるだけだ。

 それにも関わらず、はっきりと石に彫り込まれた光の線を見れば、導き出される答えは一つだ。
 思えば、さっきロン・ベルク自身が言ったばかりだった。

 物質に自動再生能力を持たせる魔法技術がある、と。当然、その術を施された物質は、魔法効力を受け入れる性質を帯びることになる。
 その際、使い手が誰かは、意思のない物質が選ぶはずもない。

 大魔王の用意したこの処刑場こそが、勇者一行の作り上げた光の魔法陣を保護する結果に繋がったとは、ある意味で皮肉な話だった。

「処刑場が復活すると同時に、上書きされた魔法陣も復活する、か。……バーンなら、それぐらい分かっていただろうに、なんでこの処刑台の核ごと破壊しようとは思わなかったんだろ?」

 ポップにしてみれば、それは不思議だった。
 地面に突き立ったピラァ・オブ・バーン……それが、ほんの数メートルもずれて落ちれば、魔法陣は完全に潰れていたはずだ。

 この処刑場の核の位置までは分からないが、魔法陣が全部この巨大な爆弾物に押し潰されては、さすがに再生するとは思えない。
 と、魔法に関しては口を噤んでいたロン・ベルクが、武器や兵器に関しては専門分野とばかりに、口を挟む。

「あのピラァ・オブ・バーンは、精密爆撃を行えるような精度はなかったんだろう。役目を考えれば、その必要もないしな」

 ピラァ・オブ・バーンは、爆弾の魔法的な効力を高めるために六芒星を描く一点となるよう、地上に落下させるだけの武器だ。
 もちろん人間達にとっては、ピラァ・オブ・バーンの落下点付近にいれば致死を免れない、傍迷惑な巨大爆破物には違いない。

 だが、ピラァ・オブ・バーンは落下による衝撃での殺傷を目的とした武器では無い。これほど巨大な大きさの爆弾にもかかわらず、規模で考えればクレーターは浅い上に、そう広くは無い。

 むしろ、落下の衝撃から弾頭を守るために、中間の筒の部分が長く設置されているし、地面に突き立つ際の影響も低くなる様に設計されていると言える。
 メルルが寸前に予知で知らせたとはいえ、その場にいた全員が魔法も使わない徒歩での避難で難を逃れたのが、その何よりの証拠だ。

 バーンとしては、真下にいる人間達を殺すのが目的では無かったのだから、魔法円からこの程度逸れて落ちたのは誤差の範囲内だろう。
 バーンとダイ達の力の差は、圧倒的だった。

 それを考えれば、大破邪呪文の復活の可能性など、バーンにとっては瑕瑾と呼ぶのさえおこがましい。

「……ま、それもそうだよなー。これが残ってたって、今となっちゃおれ達の役にも立ちそうもないし」

 大魔宮にいくために必須だった光の魔方陣は、すでにその役割を終えている。
 バーンパレスは、今となっては地上を遥か遠く離れてしまった。

 どんなに見上げても、目に入らない程高くまで飛んでいってしまった天空城は、もう誰も行くことができない。空間座標が以前と違った以上、ポップやアバンでさえ瞬間移動呪文を使っても、行くのは不可能だ。

 そもそも、バーンがいなくなった以上、誰もいない無人の城のはずだ。なにより、あそこにダイがいるとも思えない。
 もう、ポップは二度とあの場所に行く必要などない。
 その、はずなのだが――。

(バーンパレス、か……)

 光の魔法陣と、バーンパレスと同じ素材で作られた石。
 その二つを、ポップは心に刻みつける様に、注意深く眺めやる。
 だが、ロン・ベルクはポップほどその魔法陣に注意を払わなかった。

「おい、それよりいい加減に黒の核晶を運ばないと、打ち合わせ時間に間に合わないんじゃないか」

「あ、いっけね!」

 慌てて、ポップは立ち上がる。ポップが魔法陣を抜け出た途端、神秘的な光の輝きは消えて、それは弱々しい光の魔法円へと戻った――。







 地に響く音を立てて、入り口のない塔が震えだす。ゆっくりと、だが目に見える早さでピラァ・オブ・バーンは崩れ落ちていく。
 確固たる堅い物質は、驚く程の早さで崩壊していく。さながら、水を含んだ角砂糖が崩れる様に。

 灰と砂が混ざり合ったような残骸だけが地面に降り注ぐのを、空中に浮かんだままのポップとロン・ベルクは静かに見下ろしていた。
 飛翔呪文で身を浮かせながら、二人で黒の核晶を支えつつ、眼下を見下ろす。

 この光景は、二人にとってはもう6度目に見る光景だ。
 黒の核晶を切り離すと、ピラァ・オブ・バーンは役割を無くして存在自体が崩れ去っていく。

 無理に魔道を重ねた生命体や物質には、珍しくない現象である。
 最初こそは驚いたものの、遠くからでも人目につく、この忌ま忌ましい塔じみた物体が無くなるのはポップにとっては好都合だ。

 それは、ポップだけでなくて他の多くの人間も、同じ感想を抱くだろう。
 自らが穿った、クレーターを埋める様に砂の残骸が広がっていく。こんもりと不均一に広がったそれは、まだ、目につく存在だ。

 だが、時間が経てば、雨や風にならされて、他と変わりのない大地の一部になっていくだろう。
 そして、ポップは埋もれた砂に完全に隠されてしまった処刑場を、もう一度だけ見やった。

 もう、魔法円どころか、光のかけらも見えない。
 だが、確かにそれは、そこにあるのだ。
 ピラァ・オブ・バーンが時間と共に大地に同化していくのとは逆に、光の魔法陣の刻まれた処刑場はゆっくりと再生していくだろう。

 それが何の意味を持つのか、今のポップには分からなかったが、奇妙に気になる事実ではあった。
 ――だが、今は、ポップにはすべきことも、やりたいことも、いくらでもある。

「さ、いこうぜ。とっとと、この黒の核晶を片付けちまおう」
 思いを振り切る様に、ポップは瞬間移動呪文を唱えた――。
                                   

 


                                     END


《後書き》
 ぬっふっふ、辻褄合わせの理屈こねこねモード全開なお話です(笑)
 実際、拍手コメントで「あの光の魔法陣は消滅したのでは?」と聞かれた時は、頭の中が真っ白になりましたよっ(爆笑)
 そ、そーいえば、そうでしたっ。あわわ、解析と違ってSSは勢いで書くことが多いから、こんなことも結構あったりします(笑)
 しかし、この魔法陣を利用する気満々で先の展開を考えてしまっているので、今更なかったことになんかできないっ!


 こ、こーなったら、屁理屈だろうが、無理やりだろうが、この矛盾をなんとか説明する話を書こうっ……と決めて、無理やり話を書いてみました!
 いやー、人間、その気になればとんでもない無茶な理屈も、言えるものですねえ(笑) しかし、理屈はともかく、ポップとロン・ベルクのコンビも、意外と面白そうで割に気に入っていますv
 

 

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