『死神の独り言』

  
 

「さよなら、みなさん。そして、愛しい地上よ!」

 そう言ってのけるのは、実にいい気分だった。
 だって、そうだろう?
 ついさっきまで、彼らは幸せの絶頂にいた。世界を脅かす大魔王様を勇者が倒し、みんなで無事を喜び合う大団円!

 なんて退屈で、絵に描いたようなつまらない幕切れ。その程度の幸せなんかに浸っていた彼らに、ボクからの最後のプレゼント。
 幸せの絶頂から、絶望の底へ。

 最後の最後まで隠し持っていた、ボクの切り札の罠を披露してあげたんだ。感謝してくれたっていいはずだよ、そうだろう?
 さっきまで幸せと喜びに満ちていた彼らの顔に、絶望と緊張の色が浮かぶのを見るのは面白かった。

 最後まで見たかったけど、そうもいかない。
 黒の核晶が爆破する前に、ボクだけは一足先におさらばしなくちゃね。

「無人の荒野になってから……また遊びに来るよ……!!」

 その瞬間、ボクは少しばかり『油断』って奴をしてしまっていたらしい。
 風を切り裂いて飛んで来る、白い羽。
 それが、ボクの身体の動きを止めた。続いて襲ってきた、武闘家の娘の光速の拳。

 それこそが、ボクに致命傷を与えたもの。
 生物を死にいたらしめる光る拳は、ボクの身体の生命をアッという間に燃やし尽くした。


 肉体が滅びる最後の時に目に映ったのは、『もう一人のボク』の身体にしっかりと抱きつき、天高くへと飛び上がっていった勇者とその魔法使いの姿。
 まったく、なんてことだろう。

 この死神ともあろうものが、結局、最後の最後まであの魔法使いのボウヤに邪魔をされるとは。

「ち…ちくしょう……」

 悔しさの中、わずかに留飲を下げるのは、確定された勇者とその魔法使いの死。
 確かに、あの二人は『もう一人のボク』の身体を地上から引き離し、黒の核晶の爆破から地上を守ったかもしれない。

 だが、その代償は、少なくはない。地上は救われるかもしれない。
 しかし、あの二人は、絶対に逃れられない。

 ヴェルザー様の最大の敵となるであろう勇者クンと、ボクにとって一番目障りだった魔法使いクンを滅ぼせるなら、それも悪くはないかもしれない。
 絶対に逃れられない罠に、自ら飛び込んだも同然なのだから。

「…だが…、もう…アウト……だ…」

 それが、ボクの最後の言葉。
 その瞬間に、ボクの肉体は滅びた。全ては、無に帰した――。

 

 

 

 ……なのに、なぜだろうね。
 ボクの記憶は、その後もある。ボクの身体を抱きしめて力強く飛ぶ、二人の少年の姿が。


「けっ、結局…こうなっちまったか……!! だが……、もう手放している時間がねぇ!」


 魔法使いクンの判断は、正しいよ。
 黒の核晶の爆破の範囲は、広い。今更逃げられるはずもない。

「…おめえとなら……悪かねえけどな!! ……ダイ!!」

 おやおや、心中宣言?
 本当に、仲がよいことで。ボクは内心せせら笑う。
 ――つくづく、本当に、どこまでも、なんて邪魔な人間。

 人間なら、この黒の核晶の余波だけでも確実に死ぬ。
 それはもう、決定事項。
 だが、竜の騎士クンはその限りじゃない。

 まあ、運良く死んでくれたとしても、竜の騎士クンの記憶は魂の記憶として受け継がれる。あの忌ま忌ましい聖母竜が存在する限り、竜の騎士は何度となく蘇って来るんだから。 ここで、死を恐れて竜の騎士クンを裏切ってでもくれたのなら、次代の竜の騎士が少しは人間嫌いになってくれるかもしれないのに。

 ――まあ、でもいいさ。
 魔法使いクン、キミはここで死ぬ。そして勇者クンか、でなければ竜の騎士の魂に消せない傷を残してくれれば、それでいい。

 だが、今度もまた、思惑通りには進まなかった。

「……。……ごめん……ポップ…!!」

「えっ?!」

 次の瞬間、勇者クンときたら魔法使いクンを蹴り落とした。
 おやおや、これもまあ、予想外。
 なるほどね、勇者クンは心中よりも、魔法使いクンの生存こそが望みというわけ。だが、それは魔法使いクンは気にいらないみたいだけど。

「なっ……なぜなんだよォオッ、ダイッ?!」

 最後に意識に残ったのは、その声。
 悲痛に嘆くような、怒りの限り叫ぶような、勇者の魔法使いの声。
 勇者クンと一緒に、ボクの身体が消し飛ぶその瞬間まで、その声だけ耳に残った。
 ――やれやれ、これで4度目の失敗か、と苦笑したのは覚えている。

 それを最後に、『もう一人のボク』の意識も途絶えた。いわゆる、死が、完全に『キルバーン』を包んだ――。

 

 

 

 「……目覚めたか?」

 聞き覚えのあるその声を、ボクは魔界のマグマの中から聞いた。
 ここは、魔界の深層部。
 ヴェルザー様以外は誰も知ることのない、生命を宿すマグマの吹き溜まり。

 ここから生まれいずる怪物や魔族の存在を、知っている者はそう多くないだろう。
 ここは、数百年……あれ、数千年前だったかな?
 まあ、いいや。どっちにしろはるか昔、まだヴェルザー様が自由だった頃、部下を生み出すために作り出した火山の中。

 生命の源となるマグマが、宿る場所。
 今となっては、封印のせいで自由には使えないはずだけれど、そこはヴェルザー様、冥竜王の名は伊達ではない。

 自分の手で生み出したのなら、その生死さえも彼の手の中。死んだ部下の命を呼び戻すなど、彼にとってはたやすいこと。
 だけど、変だなと思わずにはいられなかった。

 確かに失った命を蘇らせるなんて、ヴェルザー様にはたやすいこと。だけど、記憶を完全に蘇らせるのは、めったにやらない。
 第一、そんな意味などない。

 竜の騎士が戦いの記憶以外はほぼ伝承されないように、『ボク』の記憶も毎回抹消されるはず。
 実際、『キルバーン』となる前の『ボク』もヴェルザー様に仕える部下だったはずけど、『キルバーン』の名と任務をもらう前のことなんか、覚えていない。

 不要な記憶など、いらないはずなのに。
 だが、疑問はさておき、主君が話しかけているんだ、ちゃんとお答えしなくてはね。

「はい、ヴェルザー様。再会が叶うとは、思いも寄りませんでした」

 目の前に浮かび上がるヴェルザー様の幻影に向かって姿勢を整えようとして、『ボク』はまだ身体がないのを思い出した。
 今のボクは意識だけの精神体、マグマの中に漂う心だけの存在。

 ヴェルザー様に名と任務を与えられるまでは、実体さえできないあやふやな存在。だからこそ、ボクはヴェルザー様には忠実でなければ、ならない。
 彼から与えられる任務こそが、ボクの全て。――内心は、どうであれ。

「それでヴェルザー様、ボクの任務とは?」

「うむ……バランの息子を覚えているだろう」

 問いかけでさえないその言葉に、ボクははいと答える。
 わざわざ前回の『ボク』の記憶を残してくれたおかげで、あの勇者クンの記憶は嫌という程残っている。――あの、魔法使いクンの記憶と共に。

「あれが、今、魔界にいる」

「へ? 勇者クンが、ですか?」

 意外過ぎて、ボクはヴェルザー様の言葉を問い返してしまうという失態を見せてしまった。
 でも、正直、驚きだ。

 いくら竜の騎士とはいえ、彼は混血児。
 純血よりは能力が落ちているはずなのに、あの爆破に生き残り、なおかつ魔界に落ちてなお生き延びるだなんて、予想外もいいところ。

「ああ。あれは今、オレを取り巻く結界の中に囚われている」

「……! それは、それは――」

 驚きが、納得へと変わる。
 竜の騎士もまた、竜の端くれ。
 精霊の封印は、冥竜王を封じるために発動されている。だが、それはヴェルザー様個人を封じるためのものではない。

 精霊は、個人を認識することはできないのだから。
 ゆえに、精霊の結界は一定の条件にかなう者を無差別に封じる効果を発揮する。
 神代の時代より生きる、力強き竜を封じるための結界ならば、竜魔人化した竜の騎士にさえ作用する。

 それにしても、地上を欲した魔界の竜と、地上を守ろうとした勇者が、同じ結界に封じられるとは、なんたる皮肉!
 だが、彼とヴェルザー様の間には、大きな違いがある。

「だが、あれは、封印を解こうとしない」

 ヴェルザー様の幻影が、かすかに揺らいだ。苛立ちを示すかのように。

「あの勇者クンは、半分は人間ですからねえ。封印の解き方など、知らないのでは?」

 竜の騎士は、本来は神々の作った最高傑作の戦闘兵器だ。
 当然、神の封印になど本来ならものともすまい。自在に、封印を解くなどたやすいことだろうに。

「いや……それも、あるだろう。だが、何より、あれは、未だに地上を守ろうとしている。オレを封印より出すのを恐れ、この場で朽ちる覚悟してしまい、行動に出ないのだ。あれでは、竜の騎士お得意の継承された記憶も、役には立たない」

 勇者クンらしい――と言うべきか。
 自分の身を犠牲にしても仲間を助けようとした純粋な心は、いまだに変化がないらしい。
 

「あやつの気を変えさせよ。それが、おまえに与える任務だ。そのためにわざわざ、前回の記憶を残させた」

 ヴェルザー様のその言葉と同時に、『ボク』の中に力が流れ込む。
 その力を利用して、ボクは任務を達成するのに最適の身体を作り上げる。
 与えられる任務によって、身体はいつも違ってくる。

 例えば情報収集を命じられた時に、むやみに戦闘力が強い身体を作ったところで意味などない。
 前回のように強敵の見張りと最後の裏切りを命じられたのなら、身代わりの身体と、毒の一差しだけを備えればいいようにね、フッフッフ……。

 だけど、今回の任務に相応しい身体というのは、すぐには思い浮かばない。
 なにしろ、相手は封印の中。
 その中にいる勇者クンには、到底直接手をだせやしない。彼が、自分から結界の外にでるように仕向けるには――。

(あ、いいコト、思いつ〜いた♪)

 思いつきの嬉しさのあまり、ボクの口に笑みが浮かぶ。

 それをきっかけに、『ボク』が形成されていく。
 かなりの長身の、魔族の身体が生まれていく。結構美形と言える顔だけど、どうせ仮面で隠すからさしたる意味はない。

 そうそう、黒づくめの道化師の装束も忘れちゃいけない。
 前回ずいぶんと役に立った愛用の大鎌もちゃんと手に握って、『ボク』はマグマの上に浮かび上がった。

「なんだ……前回と同じ身体ではないか。いや、今回はそれが生身のようだな」

 ヴェルザー様の目の前で、『ボク』……以前、キルバーンと呼ばれた機械人形と同じ姿の魔族が生まれる。
 そう、この身体こそが、今回の『ボク』だ。

「恐れながらヴェルザー様、この身体にも前と同じ名を与えてはもらえませんか……キルバーンとね」

 腹話術ではなく、生身の声で『キルバーン』としてしゃべるのは、ちょっと新鮮だった。なにより、楽だし。

「この身体も、名も、勇者クンやその仲間にとっては、忘れがたいもののはずですから。彼らの心を揺さぶるには、これが最適かと」

「勇者の仲間?」

 幻影の竜が、蜃気楼のように揺らめいた。

「ええ。勇者クン本人に働きかける前に、彼の仲間に働きかける方が得策と思いましてね。そのためにも、今回は地上への行き来の自由をお許し願えますか?」

 ここは大事なポイントなので、ボクは頭を深く垂れて許しを請う。
 ボクは、ヴェルザーの使い魔。
 自在に空間を渡り歩けるとはいえ、それには主君の許可が必須だ。

 以前のように、標的……つまり、バーンの居城を中心にしか動けないように限定されてしまっては、自在にどこかに行くことなどできない。

 それじゃ、面白くはないだろう?
 ボクが狙いたい獲物は、地上にこそいるんだから――。

「……ああ、そう言えば、バランの息子がやけに執着していた人間がいたな」

 ヴェルザー様の言葉に、ボクは少し驚き、でも納得もした。
 あの魔法使いクンは、特別の人間には違いない。
 大魔王バーンでさえ意識したあのボウヤに、ヴェルザー様が関心を持たれても不思議はないかもね――彼にとっては、不運かもしれないけれど。

「よかろう、許す。では、キルバーンよ、行け――」

 それだけを言い残すと、ヴェルザー様の幻影は跡形もなく消えた。
 だが、ボクは慌てない。
 未だに封印に囚われた我が主君は、力を振るうにも制限が多いし、意識を遠くに飛ばすにも限界がある。

 ヴェルザー様は、今、力を振るった代償としてしばらく眠りにつくだろう。
 大まかな指示しか受けていない今なら、自由に行動できる。

「さァ〜て、と。どうしようかな、まずは勇者クンを軽くからかいに行こうか……それとも、あの魔法使いクンにご挨拶と行こうかねえ?」

 あの後の記憶は、ボクもない。
 だけど、ボクは確信にも近い強さで、あの魔法使いのボウヤが生きていると信じられた。
 自分を迫害するかもしれない人間共をも愛し、どこまでも地上を守り抜こうとした勇者クンが、最後の最後でこだわったあの人間。
 きっと、生きているだろう。

 そして  あの魔法使いクンこそが、勇者の心を一番に揺さぶる源だ。

「クックック……趣味と実益が一致する獲物だなんて、嬉しいよねえ」

 3度。……いや、4度までも、ボクの手から逃れたてこずらされた獲物。
 5度目のチャンスこそは、逃さない。
 もう、前のような間違いも、犯さない。あの魔法使いクンの師匠の挑発になど、もう乗りはしない。

 あの魔法使いクンを陥れることこそが、かつての大勇者、アバン君にとっても一番の打撃になるだろうから。
 真正面から決闘だなんて愚の骨頂、今度こそ最悪の罠に堕としてみせる――。

「さて、再会を楽しんでもらうとしようか、魔法使いクン……!」

 魔界と地上を塞ぐ封印など、空間を渡る能力をヴェルザー様直々から拝領したボクには、なんの意味もない。
 大鎌で空間を切り裂き、ボクはその中の亜空間へと身を踊らせた。

 愛しき地上に行き、あの魔法使いのボウヤに再会するために――。

                                    END
 


《後書き》
 キャラクターアンケート記念企画第二段、キルバーン&ポップコンビでしたっ。
 ……って、厳密に言うのならポップの出番、ないんですけど(笑)
 キルバーンの設定は、各サイト様によって微妙に違うのが面白いのですが、うちではこの設定を基本でいくことにします。


 原作を見た限りだと、ヴェルザーは聖母竜がダイに生命をあげたのを知らないと思いますので、キルバーンとヴェルザーは聖母竜が生きていると考えた上で行動しています。
 ついでに『死神の誘惑』でキルバーンは、ヴェルザーの命令でポップを迎えにきた、みたいなことを言ってますが、ごらんの通り、ヴェルザーは直接はそうは言ってません(笑)

 あれは、拡大解釈みたいなもんですね。ヴェルザーの目的は、あくまでダイに封印を解かせることにあり、そのための手段なら何をしてもいいと、キルバーンに許可しただけですから。
 それにしても、ダイ大で一人称を書いたのは初めてです。
 

 物書きの修行を始めたばかりの頃は一人称でよく書いてたんですが、筆力が足りないとわざとらしさが先立つし、キャラクターの性格によっては違和感が強くて書きにくいもので。
 特に、女の子の一人称が大の苦手でっ。
 ……しかし、キルバーンだと意外なくらい書きやすかったのは、喜ぶべきポイントか、嘆くべきか(笑)
 

 

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