『死神の独り言』 |
「さよなら、みなさん。そして、愛しい地上よ!」 そう言ってのけるのは、実にいい気分だった。 なんて退屈で、絵に描いたようなつまらない幕切れ。その程度の幸せなんかに浸っていた彼らに、ボクからの最後のプレゼント。 最後の最後まで隠し持っていた、ボクの切り札の罠を披露してあげたんだ。感謝してくれたっていいはずだよ、そうだろう? 最後まで見たかったけど、そうもいかない。 「無人の荒野になってから……また遊びに来るよ……!!」 その瞬間、ボクは少しばかり『油断』って奴をしてしまっていたらしい。 それこそが、ボクに致命傷を与えたもの。
この死神ともあろうものが、結局、最後の最後まであの魔法使いのボウヤに邪魔をされるとは。 「ち…ちくしょう……」 悔しさの中、わずかに留飲を下げるのは、確定された勇者とその魔法使いの死。 だが、その代償は、少なくはない。地上は救われるかもしれない。 ヴェルザー様の最大の敵となるであろう勇者クンと、ボクにとって一番目障りだった魔法使いクンを滅ぼせるなら、それも悪くはないかもしれない。 「…だが…、もう…アウト……だ…」 それが、ボクの最後の言葉。
……なのに、なぜだろうね。
「…おめえとなら……悪かねえけどな!! ……ダイ!!」 おやおや、心中宣言? 人間なら、この黒の核晶の余波だけでも確実に死ぬ。 まあ、運良く死んでくれたとしても、竜の騎士クンの記憶は魂の記憶として受け継がれる。あの忌ま忌ましい聖母竜が存在する限り、竜の騎士は何度となく蘇って来るんだから。 ここで、死を恐れて竜の騎士クンを裏切ってでもくれたのなら、次代の竜の騎士が少しは人間嫌いになってくれるかもしれないのに。 ――まあ、でもいいさ。 だが、今度もまた、思惑通りには進まなかった。 「……。……ごめん……ポップ…!!」 「えっ?!」 次の瞬間、勇者クンときたら魔法使いクンを蹴り落とした。 「なっ……なぜなんだよォオッ、ダイッ?!」 最後に意識に残ったのは、その声。 それを最後に、『もう一人のボク』の意識も途絶えた。いわゆる、死が、完全に『キルバーン』を包んだ――。
「……目覚めたか?」 聞き覚えのあるその声を、ボクは魔界のマグマの中から聞いた。 ここから生まれいずる怪物や魔族の存在を、知っている者はそう多くないだろう。 生命の源となるマグマが、宿る場所。 自分の手で生み出したのなら、その生死さえも彼の手の中。死んだ部下の命を呼び戻すなど、彼にとってはたやすいこと。 確かに失った命を蘇らせるなんて、ヴェルザー様にはたやすいこと。だけど、記憶を完全に蘇らせるのは、めったにやらない。 竜の騎士が戦いの記憶以外はほぼ伝承されないように、『ボク』の記憶も毎回抹消されるはず。 不要な記憶など、いらないはずなのに。 「はい、ヴェルザー様。再会が叶うとは、思いも寄りませんでした」 目の前に浮かび上がるヴェルザー様の幻影に向かって姿勢を整えようとして、『ボク』はまだ身体がないのを思い出した。 ヴェルザー様に名と任務を与えられるまでは、実体さえできないあやふやな存在。だからこそ、ボクはヴェルザー様には忠実でなければ、ならない。 「それでヴェルザー様、ボクの任務とは?」 「うむ……バランの息子を覚えているだろう」 問いかけでさえないその言葉に、ボクははいと答える。 「あれが、今、魔界にいる」 「へ? 勇者クンが、ですか?」 意外過ぎて、ボクはヴェルザー様の言葉を問い返してしまうという失態を見せてしまった。 いくら竜の騎士とはいえ、彼は混血児。 「ああ。あれは今、オレを取り巻く結界の中に囚われている」 「……! それは、それは――」 驚きが、納得へと変わる。 精霊は、個人を認識することはできないのだから。 それにしても、地上を欲した魔界の竜と、地上を守ろうとした勇者が、同じ結界に封じられるとは、なんたる皮肉! 「だが、あれは、封印を解こうとしない」 ヴェルザー様の幻影が、かすかに揺らいだ。苛立ちを示すかのように。 「あの勇者クンは、半分は人間ですからねえ。封印の解き方など、知らないのでは?」 竜の騎士は、本来は神々の作った最高傑作の戦闘兵器だ。 「いや……それも、あるだろう。だが、何より、あれは、未だに地上を守ろうとしている。オレを封印より出すのを恐れ、この場で朽ちる覚悟してしまい、行動に出ないのだ。あれでは、竜の騎士お得意の継承された記憶も、役には立たない」 勇者クンらしい――と言うべきか。 「あやつの気を変えさせよ。それが、おまえに与える任務だ。そのためにわざわざ、前回の記憶を残させた」 ヴェルザー様のその言葉と同時に、『ボク』の中に力が流れ込む。 例えば情報収集を命じられた時に、むやみに戦闘力が強い身体を作ったところで意味などない。 だけど、今回の任務に相応しい身体というのは、すぐには思い浮かばない。 (あ、いいコト、思いつ〜いた♪) 思いつきの嬉しさのあまり、ボクの口に笑みが浮かぶ。 それをきっかけに、『ボク』が形成されていく。 そうそう、黒づくめの道化師の装束も忘れちゃいけない。 「なんだ……前回と同じ身体ではないか。いや、今回はそれが生身のようだな」 ヴェルザー様の目の前で、『ボク』……以前、キルバーンと呼ばれた機械人形と同じ姿の魔族が生まれる。 「恐れながらヴェルザー様、この身体にも前と同じ名を与えてはもらえませんか……キルバーンとね」 腹話術ではなく、生身の声で『キルバーン』としてしゃべるのは、ちょっと新鮮だった。なにより、楽だし。 「この身体も、名も、勇者クンやその仲間にとっては、忘れがたいもののはずですから。彼らの心を揺さぶるには、これが最適かと」 「勇者の仲間?」 幻影の竜が、蜃気楼のように揺らめいた。 「ええ。勇者クン本人に働きかける前に、彼の仲間に働きかける方が得策と思いましてね。そのためにも、今回は地上への行き来の自由をお許し願えますか?」 ここは大事なポイントなので、ボクは頭を深く垂れて許しを請う。 以前のように、標的……つまり、バーンの居城を中心にしか動けないように限定されてしまっては、自在にどこかに行くことなどできない。 それじゃ、面白くはないだろう? 「……ああ、そう言えば、バランの息子がやけに執着していた人間がいたな」 ヴェルザー様の言葉に、ボクは少し驚き、でも納得もした。 「よかろう、許す。では、キルバーンよ、行け――」 それだけを言い残すと、ヴェルザー様の幻影は跡形もなく消えた。 ヴェルザー様は、今、力を振るった代償としてしばらく眠りにつくだろう。 「さァ〜て、と。どうしようかな、まずは勇者クンを軽くからかいに行こうか……それとも、あの魔法使いクンにご挨拶と行こうかねえ?」 あの後の記憶は、ボクもない。 そして あの魔法使いクンこそが、勇者の心を一番に揺さぶる源だ。 「クックック……趣味と実益が一致する獲物だなんて、嬉しいよねえ」 3度。……いや、4度までも、ボクの手から逃れたてこずらされた獲物。 あの魔法使いクンを陥れることこそが、かつての大勇者、アバン君にとっても一番の打撃になるだろうから。 「さて、再会を楽しんでもらうとしようか、魔法使いクン……!」 魔界と地上を塞ぐ封印など、空間を渡る能力をヴェルザー様直々から拝領したボクには、なんの意味もない。 愛しき地上に行き、あの魔法使いのボウヤに再会するために――。 END 《後書き》
あれは、拡大解釈みたいなもんですね。ヴェルザーの目的は、あくまでダイに封印を解かせることにあり、そのための手段なら何をしてもいいと、キルバーンに許可しただけですから。 物書きの修行を始めたばかりの頃は一人称でよく書いてたんですが、筆力が足りないとわざとらしさが先立つし、キャラクターの性格によっては違和感が強くて書きにくいもので。
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