『禁じられた遊び』

  

「ポップ〜ッ、鬼ごっこしようよ!」

 と、朝も早くから元気いっぱいに誘う勇者に対して、魔法使いの反応はいたって冷たかった。

「やだね、そんなの」

 にべもなくピシャッと断られたが、ダイは少しもめげたりしなかった。

「だって、すっごく面白いんだよ、やろうよ〜っ。あ、あのね、鬼ごっこってのは、ホントの鬼とは関係なくって、駆けっこみたいな遊びでさ……」

 と、熱心に説明をし始めるダイを、ポップは思わず怒鳴りつける。

「んなの、説明してもらわなくったって、知ってらぁ!」

「あれ? ポップもアバン先生から習ったの?」

「そーじゃなくてだなぁ……」

 がっくりと頭を垂れ、ポップはいまだに常識から斜め上にズレまくったままの相棒にどういったものかと、言葉に迷う。

 鬼ごっこなんて遊びは、誰もが知っている代表的な遊びだし、普通はほんの子供の頃にやる遊びだ。
 14才と17才の少年同士でやる遊びじゃない。――普通なら。

(でも、こいつ、フツーじゃねえからなあ、いろんな意味で)

 怪物だらけの島で生まれ育ち、二年ほど魔界に閉じ込められていたという超特殊な過去を持つダイが、常識にいたって疎いのはポップもよく知っている。

「ポップ、今日、お休みだからおれに付き合ってくれるって言ったじゃないか。たまには、一緒に遊ぼうよ」

 ダイにひどく熱心に訴えられると、ポップは弱い。
 散歩を前にした犬のような顔で、わくわくと自分を見つめている勇者の表情を見て、ポップは苦笑しつつも頷いた。

「しゃーねえな。まっ、たまにはつきあってやるか」

 ……と、これが間違いの始まりだった――。





「つっかまえたーっ♪」

 と、ひどく嬉しそうな声と共に、がしっと抱き締められてポップは思わず悲鳴を上げていた。

「いてっ、いててっ!? 力抜け、ダイっ! 骨が折れるだろうがっ!!」

「あ、ごめん」

 文句を言うと、すぐに手を緩めてはくれるものの、その反省は次に活かされない。さっきから何度となく文句を言っているのにも関わらず、ダイがポップをつかまえる時には、目一杯抱き締めてくるのだから。

(くそっ、この体力バカめ!)

 そう文句を言いたいところだが、息が苦しくてそれどころじゃない。
 足がめちゃくちゃ速い上に、体力満点のダイと追いかけっこするのは、正直きつい。
 ポップは魔法使いの割には足は早い方だが、持久力には欠けている。ましてや、日頃のデスクワークでなまりきっている身体では、息切れも早かった。

 飛翔魔法でも使えば別だろうが、魔法はズルだから無しでとダイが主張するのに従ってやったら、この有様だ。

 もう、何回も繰り返しているが、追いかける方も大変な上につかまる時はアッという間だし、正直言ってやってられない。
 が、ダイはいたって無邪気に言った。

「あー、面白かった。ポップ、も一回やろ!」

「冗談じゃねえ! もう走れねえよっ」

 足はとっくにガクガクだし、息が苦しくて心臓がドキドキいっている。いくらなんでも体力の限界だ。
 だが、ダイは元気満々だった。

「え〜、もう? そんなこと言わないで、もう一回やろうよ」

「ふざけんなよ、おめえの体力に合わせて鬼ごっこなんざ、やってられるかよっ。もうヤメだ、ヤメだ、こんなのっ」

「だって、もっとポップと遊びたいよ、おれ」

 ショボンとして訴えるダイの背後に、捨てられた子犬の幻影が浮かんで見えるのは気のせいなのか。
 ……しぶしぶ、ポップは妥協した。

「なら、せめて、鬼ごっこじゃなくてかくれんぼでもやろうぜ」





「ゆっくり100数えたら、探しに来い」

「うん、100だね」

 こっくりと頷いてから、ダイはちょっと指を折って数えてみたあげく、宣うた。

「あのさ、100って10の次ぐらいだったっけ?」

(………………家庭教師達も、さぞ苦労しているんだろうなあ)

 一瞬、場違いな同情が浮かんだが、まあ、それはこの際どうでもいい。

「ゆっくり10を、10回数えろ! そうすりゃ、100だ!」

「うん、分かった。い〜〜ち、にぃ〜〜い……」

 樹の幹に顔を押し当てるようにして、生真面目に数を数え始めたダイを目の端で確認し、ポップはその辺の茂みの奥にゴソゴソと隠れ込む。
 少し近すぎるような気がするが、鬼ごっこと同じく城の庭の範囲内でというルール内で遊ぶと決めた以上、どうせあまり遠くには行けない。

 それに、ポップとしては疲れた身体を一時でも休めるのが重要であって、すぐに見つかっても構わなかった。
 遠くに隠れるより、近場に隠れて少しでも休んでいた方が少しでも長く休める。

(ふわぁ、疲れたなぁ)

 ゴロンと横になると同時に疲れと眠気が込み上げてきて、あくびが込み上げてくる。ダイの数を数える単調な響きが子守歌のように眠気を誘い、ポップは自分でも驚くぐらい早く、眠りに落ちていた――。





(ちぇっ、ポップと鬼ごっこ、もっとしたかったのになー)

 一生懸命指を折って数えながら、ダイはさっきまでの楽しい時間を思って、ちょっぴり残念に思う。
 鬼ごっこは、楽しい遊びだと知っていた。

 だが、ポップと一緒にやると、アバンから教わった時以上の楽しさがあった。特に、ドキドキする感覚が、たまらない。
 追いかけられるのも、楽しい。

 だが、逃げるポップを追いかけるのもワクワクするし、掴まえる瞬間の楽しさといったら、思っていた以上だった。
 思いっきりポップに抱きつける機会など、今となってはなかなかない。

 ダイとしては、今でもチャンスさえあれば、そうしたいと思っているのだが、ポップが嫌がることが多い。
 もう、そんな年じゃないだろと、邪険に突き放されることがほとんどだ。

 ダイにしてみれば、それの何がいけないのか、実はさっぱり分からないのだが。が、今日は遊びのせいか、思いっきり抱きついてもポップはそれほど嫌がらない。
 それだけでも、ダイにとっては嬉しかった。

(ポップを見つけたら、うんとぎゅっと、つかまえちゃおう!)

 密かにそう決心しつつ、律義に数を数え終わったダイはポップを探し始めた。
 だが、鬼ごっことかくれんぼでは、訳が違う。

 姿を常に視認できて、追いかける楽しさのある鬼ごっこに比べれば、対象の姿の見えないかくれんぼは、つまらない。
 どこに隠れているのかと、あちこち探すのは最初こそはわくわくして楽しかったが、全然ポップが見つからないので段々つまらなくなってくる。

 実際にはポップの隠れた場所は、すぐに見つかりそうな場所に過ぎないのだが、なにせダイはかくれんぼなど生まれて初めてだ。
 物陰を探すなど思いも寄らないのだから、なかなか見つからないのも無理はない。

 延々探すだけの時間が、どんどん長くなっていく。普通の子供なら、もうとっくに降参して止めようと呼び掛けるだけの時間はとうに経ったのだが、ポップは見つからないままだ。
 だが、ダイはかくれんぼ初心者の上に、妙に真面目だった。

(ポップ……どこに、隠れちゃったんだろ?)

 と、ダイが真剣に悩みだしたのは、かくれんぼ開始から優に一時間は経った後の話だった。
 少しためらったが、さすがにこれだけ長く見つけられないと余裕も吹き飛んでくる。

 ダイは目を閉じて、意識を集中し始めた。
 目を使わずに、気配で他者の居場所を探るのは、ダイにとっては簡単なことだ。特に、ポップの気配はなじんでいるだけに、探そうと思えばすぐに探し当てられる。

 ただ、そうすればすぐに見つけられると分かりきっているだけにズルかなと思い、今までは気配察知の能力を使わなかったが、敢えて意識を集中し、気を探ってみる。
 ――が、ポップの気配はしない。

(……?)

 最初は、なにかの間違いかと思った。
 自分の勘が鈍って、ポップの気配を察知し損ねたのかもしれないと思い、ダイはもう一度、精神を集中してみる。

 だが、結果は同じだった。
 今、ダイがいる中庭に人はいない。
 だが、小鳥などの生き物の気配は、きちんと察知できる。それにも関わらず、ポップの気配はどこにも感じとれない。

「ポップ……?」

 不意に不安が強まる。
 ――まあ、気配が無いのも当然で、ポップはこの時、気持ちよく熟睡してしまっていた。眠ってしまえば、意識が醸し出す気配は察知出来なくなって当然だ。

 が、ダイがそんなことを知るはずもない。
 なまじ、気配で人の居場所を察知できる能力があるだけに、それを使っても見つからない事実に、不安が増すばかりだ。
 普通の人間が目をふさがれて不安を感じるように、ダイの不安は一気に上昇する。

「ポップ!? ポップーッ、どこ行っちゃったんだよっ!?」

 不安のあまり、ダイはポップの名を呼びながら、中庭だけでなく城の庭と呼べる範囲を必死に走り回りだした――。





 大魔道士ポップが、行方不明になった。
 城内の人間がそう認識するまで、それほどの時間は掛からなかった。
 なにせ、勇者ダイがポップの名を呼びながら、人目もはばからず城の庭を延々と走り回っているのだ。

 やたらと必死にポップを探すダイをみて、他の人もなにごとがあったのかと心配になってくる。

 事情を聞けば、涙を零さんばかりのダイが、ポップがいない、探していると言う――気が動転してかくれんぼの説明など一切出来ないだけなのだが、それを聞いて他の人が抱く印象が深刻になるのも無理はあるまい。

 やがて、兵士や侍女達の心配が伝播するように、レオナの耳に届くまで長くはかからなかった。

「ポップ君がいなくなったですって!?」

 ヒュンケルから報告を受け、レオナはその美しい眉を潜めて考え込む。
 それは、ある意味あり得ない事態だった。
 ポップは今日、休みだからのんびりすると言っていた。外出の予定も、特に無かったはずだ。

 なにより、ダイとポップが中庭で一緒にはしゃぎながら遊んでいた姿を、レオナ自身が目撃している。
 ダイと一緒に過ごすはずの日。
 それを、ポップが理由もなく反故にするとは考えにくい。

「ダイがひどく取り乱していて、状況はよく掴めないのですが……一緒に遊んでいたのに、急にいなくなってしまったそうです」

 ヒュンケルの生真面目な補足説明は、事実ではあるが肝心な部分がごっそりと抜けていた。

 ダイと同様に、やはり鬼ごっこやかくれんぼなどしたことのないこの男が、ポップが消えた状況を推測できないのも無理はない。
 さらに、無駄に生真面目な表情が、事態の深刻さを際立たせてしまう。

「ポップ君……どうしちゃったのかしら?」

 不安げに呟くレオナの脳裏を過ぎったのは、ダイが行方不明だった頃の記憶だった。
 無理を重ね、人前では元気に振る舞っていたポップは、力を使い果たしてぱったり倒れることは幾度かあった。

 幸いにも大事には至らなかったとは言え、当時のレオナにとってそれは恐怖以外なにものでもなかった。
 ポップが倒れて、誰もそれに気がつかないまま手遅れになったとしたら――そんな悪夢を見たのは、両手の指の数だけではきかない。

 もっとも、ダイが帰還してからはポップの格段に体調は良くなってきたし、そんな不安など薄らいでいた。
 だが、それでも完全に不安が拭いされるわけがない。

(……でも、もう、そうだとしたら?)

 万が一を思えば、不安はぶり返す。

「そうね……このまま放っておくより、早めに手を打って探した方がいいかもしれないわね」

「ええ、オレも同意見です」

 仕える主君の言葉に、ヒュンケルは力強く頷いた。
 この時、ヒュンケルの脳裏を過ぎったのは、レオナとは別の不安だった。
 城の警備と言う役目を負うようになってから、ヒュンケルはいかに他者の安全を確実に守るのが難しいことか、実感するようになった。

 高い身分の人間は、人々の注目を集める分、それだけで敵が発生する。
 世界平和への立て役者であり、人間と怪物の共存論をゆっくりと推進しているレオナやポップに、反発を感じている者は少なくはない。

 また、反感からではなくとも、卓越した回復魔法の使い手である二人を欲する者は多い。レオナやポップを誘拐しようとしたり、果ては暗殺をしようとした事件は、今まで何回かあった。

 特に、身分自体は低くて普段は護衛も連れ歩かず、気軽に城の外に出かけて単独行動を取る機会の多いポップは、危険率はレオナよりも高い。
 その度に未然に防いできたし、世界が落ち着くにつれそんな嫌な企みは減ってきたものの、完全にゼロになることは有り得ないだろう。

 ポップは自分の身を自分で守るぐらいの力は十分以上に持っているが……詰めの甘さの抜けないポップは、油断も多い。
 おまけに魔法使いの常で、防御力が弱い欠点ゆえに不意打ちには弱い。

 意識さえ残っていれば回復魔法が使えるとは言え、一瞬で気絶以上のダメージを負えば、意味がない。

「城門を閉鎖し、城内を一斉捜索するのが効果的かと思いますが」

 ヒュンケルの言葉に、レオナは即座に頷いた。
 不審者が紛れ込んでポップに危害を加えたにしろ、ポップがどこかで人知れずに倒れているにしろ、まずは城内を徹底的に探す必要がある。

「分かったわ、ヒュンケルは今すぐ兵士達を集めて捜索隊を編成して。庭部分を中心に、徹底的な捜索を頼むわ。敷地内にいないと分かったなら、捜索範囲を徐々に広げて! 私は三賢者に連絡を取って、侍女達を総動員して城内を探させるから」

 大戦時に陣頭指揮を執った指導力は、未だに衰えていない。
 手際よくポップ捜索隊を編成するために、レオナは仕事中の手を止めて立ち上がった――。





(……あ? おれ、寝ちゃってたのか……)

 チクチクとする草の感触と、いつの間にか忍び寄ってきた地面からの冷えのせいで、ポップが目を覚ましたのは、数時間後のことだった。

 横になって気を抜いた途端に襲ってきた睡魔のせいで、思っていたよりも深く寝込んでしまったらしい。
 日頃の疲れのせいもあってか、久しぶりに熟睡してしまった気がする。

 茂みの奥にまで差し込んでくる日の光は、すでに夕暮れ特有の茜色に染まりかけている。 確か、かくれんぼを始めたのが昼になるちょっと前辺りだったから、ずいぶんと寝たものである。

(あー、腹へった。つーか、ダイの奴も薄情だな、起こしてくれりゃいいのに)

 一瞬そう思ったものの、かくれんぼの途中で飽きて放り出して帰る子供など、そう珍しくもない。
 それ程の疑問も思わず、大きく伸びをして茂みから出ようとしたポップだったが――ガチャガチャと耳障りな音を立てて走る音のせいで、動きを止めた。

(……?)

 さっきまでは気にしなかったが、そういえば城がやたらと騒がしい。
 喧騒の雰囲気というものは、意外と伝わるものだ。城内から聞こえてくる物音や、回廊を走るように行き交う侍女達の姿は、普段とは明らかに違う。

 本来侍女達は、優雅に、足音も立てずに歩くことこそを求められるものだ。よほどの緊急時以外、侍女達が城内を走り回るなど有り得ない。
 それに庭からも、近場で兵士達の習練でも行っているような物々しい騒々しさが丸聞こえだった。

 任務中であることを示す鎧姿の兵士達は、重みなど感じさせない速度で走りまわりながら口々に、情報交換を報告し合う。

「ご報告します! 城内の外周付近に、不審な人物、及びポップ様の姿は見受けられませんでした! 近隣の住民への聞き込みは平行して行っておりますが、いまだ有益な情報はありません」

「城内の庭は、現在、7割程度まで捜索終了しました! しかし、ポップ様の手掛かりらしきものは見つかっておりません」

「地下室で物音が聞こえたとの侍女の報告ですが、兵士5人で探索した結果、人の姿は見つからず、数匹の鼠を発見したにとどまりました!」

 報告の声は、次々と中庭の中央部にあるテラスに向かってかけられている。そこが、レオナの執務室なのは当然、ポップはよく承知していた。

 一階の庭にあたる部分に執務室を備えているのは、有事の際には城内の兵士達を中庭に集め、対策所として機能させるためとは聞いていた。
 が、大戦も終わって平和になった今、目の当たりにするのは初めてである。

 ポップの隠れている茂みは同じ中庭とはいえかなり片隅に近いのだが、それでも葉っぱの隙間からテラスの様子は見て取れた。
 兵士達の報告を聞いているのは、近衛隊隊長であるヒュンケルと、国のトップであるレオナだった。


「そう……ご苦労様、引き続きポップ君の捜索を行ってちょうだい。いい、くれぐれも早さよりも、見落とさないことを優先してね」

 演説に慣れたレオナの声は、よく通って聞こえる。

(な……、なんなんだ、これはいったいっ!?)

 ポップにしてみれば、まさに寝耳に水。
 なんでまた、自分を捜索するために大騒ぎになったのか、理解に苦しむ。これは夢かと思いたいところだが、残念ながら紛れもない現実だった。

 王女であるレオナ直々が率いる、ポップ捜索隊が発生してしまっている。
 事情はなにがなんだかさっぱりと分からないが、今、この場の状況が自分にとって有利に働かないことだけはひしひしと分かる。

(まずい……まずいぞ、これっ!? こんなとこ、姫さんに見つかったら、何を言われるやら……)

 考えるよりも早く、本能が逃げろと囁きかけてくる。
 そろそろと実行しようとしたポップだったが、それは完全に遅かった。

「……ポップッ!? ポップだっ!」

 すっ頓狂な声と共に、ダイが兵士達をかき分けて一直線に走ってくるのが見えた。

(う、嘘だろっ、見えるわきゃないのにっ)

 茂みの奥に隠れているポップの姿は、外から視認するのはほぼ不可能なはずだ。だが、ダイはまるで見えているように一直線に走りよってきた。
 まずいと思い、なりふり構わず逃げようとした時――背中からがしっと抱きつく腕。

 まだ子供っぽさを残しながらも、がっちりと逞しい腕はしっかとポップの身体をとらえる。

「やったっ、ポップ、やっと見つけたーっ!」

 とびっきり嬉しそうな声の主が誰なのか、確かめなくっても分かる。しかも、ダイときたら、茂みの奥からポップを持ちあげるようにして外へと引きずりだす。

(うわあああ、なにしやがる、このバカッ!)

 叫びは、声にならなかった。
 ポップの姿を見て、兵士達どころかレオナやヒュンケルまで驚いたようによってくるのが、ひたすら気まずい。

 振り払おうにも、羽交い締めにされたような姿勢では全くムダだった。それこそ、息が苦しくなるような勢いでギュウギュウ抱きついてくるダイは、周囲の雰囲気になどまるっきり気づいてさえいやしない。

 ――いや、実際のところ、ポップを探すのに夢中になっていたダイは、レオナやヒュンケルの捜索隊など意識さえしていなかった。昼ご飯やおやつさえ忘れるほど夢中なのに、そんなのに構っている時間などない。

 なにやら、今日はやけに騒がしいなとは思ったものの、レオナやヒュンケル、三賢者の姿は見えるだけに、彼らの心配はしないですんだ。
 となれば、姿の見えないポップを探す方が優先で、事情を細かく聞くなんて真似はしなかった。

 レオナもレオナで、ダイの説明下手を知っている上、彼にこれ以上心配をかけるないようにと、特に質問しなかったわけだが――その気遣いがここまで裏目に出ようとは。

「よかったーっ、全然見つからないから、どうしようかと思っちゃった! ねえ、ポップ、もうかくれんぼやめて、別の遊びにしようよ。おれ、やっぱ、おにごっこの方がいいな」

 と、実に楽しげにせがんでくるダイの声など、ポップはほとんど聞いちゃいなかった。

 ポップの目や耳は、こちらに向かって歩いて来る美しい姫君に釘付けだった。
 彼女が一歩踏み出すごとに、まるで潮が引くように兵士達が自然と道を空ける。

 誰に妨げられることなくポップの前に進みでてきた姫君は、華やかな笑顔を浮かべていた。
 ポップにとってはお馴染みの、内心の怒りを押し殺して浮かべる凄みのある笑顔だ。

「ポップ君……どういうことなのか、説明してもらえるかしら?」

 晴れやかな麗しい声音で話しかけられ、ポップは顔を引きつらせずにはいられなかった――。





 その後、ポップをまっていたのがレオナのきつ〜い説教だったのは言うまでもない。
 そして――数日後、パプニカ王国法典で正式に定められ、城内でのかくれんぼは禁止となった。



「でも、鬼ごっこはやってもいいって言われたよ!」

「……もおやらんでいいわいっ」

 


                                      END


《後書き》
 こーゆー、事件にさえなっていない細やかな出来事で大騒ぎする話って好きです(笑) ところで、その昔は筆者は名作『禁じられた遊び』を、ちょっとえっちい話に違いないと思い込んでいましたねー(笑)
 
 

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