『親友との約束』

 

「アバン! これはおまえを親友と見込んでの……いや! 男と見込んでの、頼みだ! オレに、おまえの最強の技……アバンストラッシュを教えてくれ!!」

 これ以上ない程真剣な目をして、そう訴える親友を前にして、アバンは戸惑わずにはいられない。

「はあ? そりゃあ構いませんが……」

 アバンには己の技を自分の物だけとして秘匿する気など、微塵もない。
 むしろ、積極的に自分の技術を後続の者に伝え、広く世間に知らしめたいと思う。もし、正義のために戦う志を持ち、己の技量を磨くだけの精神を持つ人間にならば、自分の秘伝の技を教えるのに抵抗はない。

 ましてや、目の前にいるのはアバンの親友、ロカだ。
 アバンが魔王を倒した勇者ならば、彼は勇者一行の最初の一員であり、最後まで行動を共にしてくれた戦士だ。

 ロカの戦士としての勇敢さや技量は、アバンは高く評価している。
 一本気な性格そのままに、荒っぽくて雑な傾向はあるものの、世界最強と謳われるカール騎士団に十代の若さで大抜擢された腕前は伊達ではない。
 魔王を倒すために旅だったアバンにとって、ロカの剣技には幾度となく助けられた。

(ですが、あの技はロカには向かないと思うんですけどね)

 アバンストラッシュは、天性とも言える絶妙なセンスが欠かせない技だ。
 敵の気配を察知する独自の感覚も、刹那のタイミングを見切って攻撃を仕掛ける感覚も、言葉で説明できるようなものではない。

 そして……残念ながら、ロカにはそのセンスに欠けている。
 それは、ロカが劣っているというよりも、戦士としてのタイプが違うというべきだろう。 アバンは戦士としては、決して理想的な体格をしているわけではない。

 体力や筋力に欠ける欠点を補うために、敵の攻撃を受ける前に躱し、一瞬のタイミングをついて反撃するライトファイタ−だ。
 それに対し、ロカは持ち前の頑丈さと根性を活かして、敵の攻撃を真っ向から受け止め、より以上の力で反撃するブルファイタ−だ。

 そんなことはロカも当の昔に知っているはずだ。実際、魔王軍との戦いの真っ最中にも彼は何度となくアバンの稽古に付き合ってくれた挙げ句、自分にはアバンストラッシュの習得は無理だと見切りをつけた。

 それ以来、アバンストラッシュを覚えたいなどとは言い出さないままだったのに、なぜ今になってから言い出したかは疑問だった。
 アバンが、魔王ハドラーを正式に倒したのはもう2年も前のこと。

 世界が平和になった後、ロカはもう一度騎士団長に復帰する様にと強く求められたにも関わらず、故郷を離れてネイルの村に住み着いた。
 小さな規模の田舎の村であり、とても救国の英雄が住むのに相応しくない辺境の地を、ロカが剣を捨ててまで選んだ理由はよく知っている。

 ネイル村は、レイラの故郷だからだ。
 アバンの仲間の一人であり、優しい心を持つ僧侶の娘であり――そして、強情で一徹者のロカの初恋の相手でもある。

 戦いの最中、二人がいつしか結ばれたのをアバンは心から歓迎したものだ。
 レイラとの平凡な、だが幸せな生活を望んだロカは、この村での生活に満足しきっているとアバンは思っていた。

 魔王との戦いが終わった後も、まだ旅を続けているアバンと違って、ロカは妻と共にこのネイル村でずっと暮らしていたのだから。
 約二年振りに会いに来たアバンを歓迎してくれたロカは、剣を鍬に持ち替えたこの田舎暮らしにすっかり馴染んだように見えたのだが……。

「ですが、教えていただけませんか? いったい、なんのために覚えたいんです?」

「そんなの、決まっている! 二十年後……いや、十五年後には必ず現れるであろう強敵に備えるためだ!」

 確信の籠もったロカのその言葉に、アバンの眼鏡の奥の目が一瞬、鋭い光を見せる。

「――!」

 強い驚きが、アバンを襲う。
 これがロカではなく、マトリフが言った言葉だったのなら、驚かなかっただろう。
 百の魔法を操り、すべての魔法使いの頂点に立つといわれた、大魔道士マトリフ。

 彼の豊富な知識や洞察力は、アバンの上をいっている。今はアバンしか気づいていない予兆を感じ取っていても、何の不思議もない。
 いつか、魔王ハドラーが復活するかもしれない可能性――。

 それはハドラーと実際に相対し、最後まで戦い抜いた者だからこそ感じ取れる予兆だった。
 確かにアバンは魔王を倒したはずだが、それでも完全に奴が滅びてはいないかもしれないと、ふと不安を感じずにはいられない。

 だが、確証もない不吉な予感を口にすることもためらわれ、アバンはこの件に関しては口を閉ざしたままだった。
 世界が平和を謳歌している現在も、アバンが勇者という身分を隠しながら後進の育成に力を注いでいるのは、まさにその予兆のせいだが、それを口外する気は無かった。

 これが取り越し苦労なら、それでいいと思う。
 この不安が益体も無いもので終わり、アバンの苦労が徒労で終わるのなら、むしろ歓迎したい。

 誰にも言わず、アバンの心の奥だけに秘めておいたその予兆を、ロカもまた、感じ取っていたのだろうかと、まじまじと彼を見つめてしまう。

(ロカ……!)

 思わず緊張を感じるのは、彼にだけは知られたくないと思うせいだろう。
 ロカは、友情に厚い男だ。

 アバンが苦労するのを、黙って見過ごせる様な性格ではない。以前、名誉も地位もあっさりと捨てて国を飛び出し、当ても無い旅に付き合ってくれた時の様に、同じことをしかねない。

 だが、アバンは親友にそうして欲しいとは思わない。
 もちろん、彼の手助けはありがたいものではあるし、一人で苦労するよりも心強いのも分かっている。

 しかし、今のロカは身軽な独り身では無い。愛する妻と可愛い子がいる身なのだ、どんな強敵が先に待っているとしても、ロカを巻き込みたいとは思わない。

「それで……その、敵というのは誰なんです?」

 内心の動揺を押し殺しながら、アバンはさりげなく探りを入れる。
 だが、鼓動が高鳴るのまでは止められなかった。もし、ロカが真実に気づいているのだとしたら――。
 しかし、親友の口から告げられた名は、予想外のものだった。

「決まっている……男だ!」

「は?」

 あまりにも大ざっぱな敵の分類に、アバンは目を点にしてしまう。が、ロカはアバンのその反応など気に求めず、憎々しげに続けた。

「いや、男なんて呼ぶのも勿体ない! 悪い虫……つーか、害虫だっ、害虫っ。オレの可愛いマァムにまとわりつくような輩には、アバンストラッシュをぶちまかしてやるんだ――っ!!」

 後半はほとんど絶叫と成り代わってのその叫びに、アバンは唖然としたままそれを聞き……他人事の様に思った。

(ああ……意外とロカって、親馬鹿なタイプだったんですねえ。新発見ですよ……)

 別に発見したくはなかったけれど、と、心の奥底で付け足しながらアバンはゆっくりと溜め息を吐きだしていた――。






「おいっ、アバンッ!? なにをぼーっとしてやがるんだよ!? とにかく、そういうわけだから、いっちょアバンストラッシュを教えてくれ!」

 と、ロカにせっつかれるまで、アバンはしばし呆然としていたらしい。
 もはやいろんな意味で脱力してしまったアバンは、気のない様子で返事した。

「い、いや、そういう事情でしたら、教えるのはちょっと……」

 技を出し惜しむ気はないが、親友が将来行うであろう暴挙を思えば、ためらってしまう。しかし、未来に訪れるであろう敵の影に焦るロカは、アバンのその弱腰が気に入らなかったらしい。

「おまえなぁっ、なにを悠長にかまえていやがる!? 将来、マァムがどうなってもいいって言うのかよっ」

「いや、落ち着いてくださいよ、ロカ。どうなると決まったものでもないでしょうに……」

「どうなると決まったようなもんだろうがっ。あの子は母親似なんだからよ!」

(惚気ですか、それは?)

 と、口に出したかったが、賢明にもアバンはそれを控えた。
 親馬鹿度を差し引いたとしても、マァムは確かに可愛い少女だ。
 基本的に母親似の優しい面立ちだが、しっかりとした眉や髪の色は父親似で、それが母のレイラとは違った闊達な勝ち気さとして魅力になっている。

 長じれば、きっと母親であるレイラに優るとも劣らない美少女になるだろうと言う意見には、アバンも異論はない。
 ……だが、今のマァムはまだ、たったの三歳なのだが。

「しかしですね、いくらなんでもまだそんな心配など早いでしょうに」

 と、たしなめるアバンが敵であるかの様な目付きで、ロカはキッと睨みつけてくる。

「分かるもんか! 嫁入り前の娘に近付くような男は、みんな害虫か狼だ! まだ早いのなんのとか言っているうちに、とんでもないことになったりするんだよっ」

「……あなたがそう言うと、説得力がありますね〜、ある意味で」

 説得している最中なのも忘れて、アバンはしみじみと納得してしまう。
 実際、ロカもレイラとは所謂『出来ちゃった婚』……つまりは、嫁入り前の娘に手を出した狼達のご同類なのだ。

「だろう!? だから、そんな輩を蹴散らすためにも、一発、必殺技は必要なんだよ!」

「いや、いくらなんでも手加減は必要なんじゃないですか、ロカ」

「いいんだよ! だいたい、それっくらい平気で耐えるような男じゃなけりゃ、オレのマァムに近付く資格なんかねえ!」

「あのですねー、アバンストラッシュを防げる様な男なんて、そうそうはいませんよ? なんですか、ロカ。あなたはマァムを魔王にでも嫁入りさせる気ですか?」

「ふざけるな、絶対に許せるか、そんなのっ!! とにかくマァムに近付く様な悪い虫なんざ、徹底排除だっ! 四の五の言ってないで、そん時はてめえも協力しろよ、アバンッ!」






(……なんて、そう言えばそんなこともありましたっけねえ)

 しみじみと思い出しながら、アバンはゆっくりと茶をすする。少しばかり煮出し過ぎてしまったお茶は、苦みを帯びていたが温かく味わいものだった。
 ネイルの村だけで飲まれているそのお茶は、多少癖があって万人好みのものとは呼べないかもしれない。

 それにそれほどの美味とも言えず、グルメな者が舌鼓をうつほどのものではない。
 だがアバンにとっては懐かしいその茶の味は、昔の友の記憶を色鮮やかに思い出させてくれる。

 あれからもう、14、5年は過ぎ……親友の予言は、当たった。
 美しい娘へと成長したマァムの周囲に、男性がまとわりつくようになっている。

 本来なら今は亡き親友の頼みに従って、そして父親代わりとして悪い虫はとりのぞいてやるべきなのかもしれない。
 が、問題は――。

(すみませんね、ロカ。二人とも、私の弟子なんですよね〜)

 内心溜め息をつきながら、アバンは同じテラスのテーブルに着いている者達に目をやった。
 アバンと一緒に、楽しそうにお茶を楽しんでいるのは、三人の若者達だ。まず、パッと目を引くのが紅一点である少女――マァムだ。

 かつてロカが望んだ通り、今のマァムは美しい娘へと成長した。
 アバンの目から見れば、母親であるレイラの若い頃の姿を彷彿とさせる美少女は、その美貌とは裏腹に乱暴な手つきですぐ近くにいる少年をピシャッとひっぱたいている。

「もう、ポップったら! 相変わらずお行儀が悪いんだから。子供じゃないんだから、いっぺんにお菓子を頬張らないでよ」

(そういえば、レイラも食事中の作法にはうるさい方でしたねえ)

 弟子の少女と、その母親の共通点を微笑ましく思いつつ、アバンは今度は少年に注目する。

「いいじゃないかよ、ちょっとぐらい。それに、先生の手作りのお菓子なんて、久々なんだもん」

 マァムに叱られながら、楽しそうにお菓子をつまんでいる少年の名は、ポップ。
 年齢から言えばそろそろ青年と呼ばれてもいい頃なのだが、まだ子供っ気が抜けないというのか、細身な外見も相俟って少年にしか見えない。

 彼は魔法使い……いや、二代目大魔道士ポップと呼んだ方が今はあっているだろう。
 一見平凡で、どこにでもいるような少年にしか見えないポップだが、見た目によらぬ実力と実績の持ち主だ。

 パプニカ王国に籍を置く宮廷魔道士の彼は、今や世界でも最も著名な賢者として、文字通り世界を股に掛けて活躍中だ。
 もっともそんな肩書きなど無関係に、ポップとマァムの距離は、近い。
 ポップを容赦なく叱りながらも、マァムの表情はどこか楽しそうだった。

「やだ、ポップ、顔にクリームつけているわよ? ホント、だらしないんだから」

「わわっ、く、くすぐってえよ、マァム!」

「じっとしててったら! お茶がこぼれるでしょ、まったくこれだから目を離せないのよね……!」

 手のかかる弟の世話を焼くように、こまめにポップの面倒を見ているマァム――二人の関係を姉弟に近いと見るか、それとも姉さん女房と頼りない夫に近いと見るかは、人によるだろう。

 そんな二人を見ながら、静かに茶を飲んでいる青年の名は、ヒュンケル。
 一見無表情に見えるが、育ての親であるアバンの目には、ヒュンケルがわずかに微笑んでいるのが見て取れる。

 魔戦士と呼ばれた青年も、今やパプニカ近衛騎士隊隊長として、立派に活躍している。人付き合いが得意とは言えないぶっきらぼうさが欠点とはいえ、生来の生真面目さで誠実に仕事に精をだしているという点では、国への貢献度は高い。

 カール王国騎士隊長に大抜擢されながら、いきなり任務をほっぽりだして魔王退治に旅だったロカよりも、よほど騎士隊長らしいと言える。

「あ、ヒュンケル、もうお茶がないのね。お代わりはいかが?」

 ポップの面倒を見ている間も、目敏く青年の様子も見ていたマァムが声を掛ける。

「ああ……もらおうか」

 目が合うと、自然に柔らかな微笑みが浮かぶ。
 交わす言葉こそ少なくても、ヒュンケルとマァムの間には穏やかな空気が流れている。 ポップとマァムの間に感じられる距離とは、また趣を変えているが、これもまたいい雰囲気と言えるだろう。

 今はまだ、彼ら三人は仲間かもしれない。
 だが、少しでもきっかけがあれば、どちらかが一気に距離を詰めて恋人同士になったとしても、少しもおかしくない微妙な距離感。

 ポップとヒュンケル、二人とも弟子として手元に置いて育てたアバンにしてみれば、どちらも『悪い虫』とは思えない。
 女の子に対しては、誠実に、紳士的に振る舞うように仕付けた自負も一応はある。

 そして、二人ともそろいもそろって、アバン以上……魔王クラスの腕前の持ち主でもある。

 職業の差によって防ぎ方は大きく違うだろうが、アバンストラッシュも今となっては軽く防げるだろう。
 まともに立ち会ったのなら、アバンとて今の弟子達に勝てる気はしない。

(まあ、一応、あなたの出した条件はクリアしているわけだし、あの約束はもう時効……ってことでいいですよね?)

 と、こっそり心の中だけで都合のいい言い訳を思いながら、アバンはお茶をもう一口、口に含んだ――。


                                      END


《後書き》
 一周年記念アンケートで第4位だった、アバン&ロカコンビでした! いや〜、初書きロカです。
 ……なんだか、ギャグな扱いになってしまった気がして申し訳ないです(笑)
 しかも、ロカ、回想シーンしか出ていませんっ。ああっ、なんか記念作品になりきっていない気が…っ。


 でも、ポップ、マァム、ヒュンケルの三人の話を書くのは久々で、楽しかったです〜♪ めったに書きませんからね(<-これでも、一応ポプマ推奨サイト)
 ところで、ロカは男親丸出しでお父さんしまくってますが、レイラさんならもっとクールに対応しそうな気がします。

レイラ「そんなことを頼むだなんて、あの人らしいわね……、本当に不器用で熱くなりやすい人だったから」
アバン「はは、全くですね。ところで、レイラはどう思いますか?」
レイラ「あら、私はね、マァムがダイ君やポップ君と旅だったのを見送った時、ああ、これで孫の顔が見られるわと思ったのよ?」

 と、女親の方がこれっくらいさばけている気がしますね(笑)
                                  
 

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