『親友との約束』 |
「アバン! これはおまえを親友と見込んでの……いや! 男と見込んでの、頼みだ! オレに、おまえの最強の技……アバンストラッシュを教えてくれ!!」 これ以上ない程真剣な目をして、そう訴える親友を前にして、アバンは戸惑わずにはいられない。 「はあ? そりゃあ構いませんが……」 アバンには己の技を自分の物だけとして秘匿する気など、微塵もない。 ましてや、目の前にいるのはアバンの親友、ロカだ。 ロカの戦士としての勇敢さや技量は、アバンは高く評価している。 (ですが、あの技はロカには向かないと思うんですけどね) アバンストラッシュは、天性とも言える絶妙なセンスが欠かせない技だ。 そして……残念ながら、ロカにはそのセンスに欠けている。 体力や筋力に欠ける欠点を補うために、敵の攻撃を受ける前に躱し、一瞬のタイミングをついて反撃するライトファイタ−だ。 そんなことはロカも当の昔に知っているはずだ。実際、魔王軍との戦いの真っ最中にも彼は何度となくアバンの稽古に付き合ってくれた挙げ句、自分にはアバンストラッシュの習得は無理だと見切りをつけた。 それ以来、アバンストラッシュを覚えたいなどとは言い出さないままだったのに、なぜ今になってから言い出したかは疑問だった。 世界が平和になった後、ロカはもう一度騎士団長に復帰する様にと強く求められたにも関わらず、故郷を離れてネイルの村に住み着いた。 ネイル村は、レイラの故郷だからだ。 戦いの最中、二人がいつしか結ばれたのをアバンは心から歓迎したものだ。 魔王との戦いが終わった後も、まだ旅を続けているアバンと違って、ロカは妻と共にこのネイル村でずっと暮らしていたのだから。 「ですが、教えていただけませんか? いったい、なんのために覚えたいんです?」 「そんなの、決まっている! 二十年後……いや、十五年後には必ず現れるであろう強敵に備えるためだ!」 確信の籠もったロカのその言葉に、アバンの眼鏡の奥の目が一瞬、鋭い光を見せる。 「――!」 強い驚きが、アバンを襲う。 彼の豊富な知識や洞察力は、アバンの上をいっている。今はアバンしか気づいていない予兆を感じ取っていても、何の不思議もない。 それはハドラーと実際に相対し、最後まで戦い抜いた者だからこそ感じ取れる予兆だった。 だが、確証もない不吉な予感を口にすることもためらわれ、アバンはこの件に関しては口を閉ざしたままだった。 これが取り越し苦労なら、それでいいと思う。 誰にも言わず、アバンの心の奥だけに秘めておいたその予兆を、ロカもまた、感じ取っていたのだろうかと、まじまじと彼を見つめてしまう。 (ロカ……!) 思わず緊張を感じるのは、彼にだけは知られたくないと思うせいだろう。 アバンが苦労するのを、黙って見過ごせる様な性格ではない。以前、名誉も地位もあっさりと捨てて国を飛び出し、当ても無い旅に付き合ってくれた時の様に、同じことをしかねない。 だが、アバンは親友にそうして欲しいとは思わない。 しかし、今のロカは身軽な独り身では無い。愛する妻と可愛い子がいる身なのだ、どんな強敵が先に待っているとしても、ロカを巻き込みたいとは思わない。 「それで……その、敵というのは誰なんです?」 内心の動揺を押し殺しながら、アバンはさりげなく探りを入れる。 「決まっている……男だ!」 「は?」 あまりにも大ざっぱな敵の分類に、アバンは目を点にしてしまう。が、ロカはアバンのその反応など気に求めず、憎々しげに続けた。 「いや、男なんて呼ぶのも勿体ない! 悪い虫……つーか、害虫だっ、害虫っ。オレの可愛いマァムにまとわりつくような輩には、アバンストラッシュをぶちまかしてやるんだ――っ!!」 後半はほとんど絶叫と成り代わってのその叫びに、アバンは唖然としたままそれを聞き……他人事の様に思った。 (ああ……意外とロカって、親馬鹿なタイプだったんですねえ。新発見ですよ……) 別に発見したくはなかったけれど、と、心の奥底で付け足しながらアバンはゆっくりと溜め息を吐きだしていた――。
と、ロカにせっつかれるまで、アバンはしばし呆然としていたらしい。 「い、いや、そういう事情でしたら、教えるのはちょっと……」 技を出し惜しむ気はないが、親友が将来行うであろう暴挙を思えば、ためらってしまう。しかし、未来に訪れるであろう敵の影に焦るロカは、アバンのその弱腰が気に入らなかったらしい。 「おまえなぁっ、なにを悠長にかまえていやがる!? 将来、マァムがどうなってもいいって言うのかよっ」 「いや、落ち着いてくださいよ、ロカ。どうなると決まったものでもないでしょうに……」 「どうなると決まったようなもんだろうがっ。あの子は母親似なんだからよ!」 (惚気ですか、それは?) と、口に出したかったが、賢明にもアバンはそれを控えた。 長じれば、きっと母親であるレイラに優るとも劣らない美少女になるだろうと言う意見には、アバンも異論はない。 「しかしですね、いくらなんでもまだそんな心配など早いでしょうに」 と、たしなめるアバンが敵であるかの様な目付きで、ロカはキッと睨みつけてくる。 「分かるもんか! 嫁入り前の娘に近付くような男は、みんな害虫か狼だ! まだ早いのなんのとか言っているうちに、とんでもないことになったりするんだよっ」 「……あなたがそう言うと、説得力がありますね〜、ある意味で」 説得している最中なのも忘れて、アバンはしみじみと納得してしまう。 「だろう!? だから、そんな輩を蹴散らすためにも、一発、必殺技は必要なんだよ!」 「いや、いくらなんでも手加減は必要なんじゃないですか、ロカ」 「いいんだよ! だいたい、それっくらい平気で耐えるような男じゃなけりゃ、オレのマァムに近付く資格なんかねえ!」 「あのですねー、アバンストラッシュを防げる様な男なんて、そうそうはいませんよ? なんですか、ロカ。あなたはマァムを魔王にでも嫁入りさせる気ですか?」 「ふざけるな、絶対に許せるか、そんなのっ!! とにかくマァムに近付く様な悪い虫なんざ、徹底排除だっ! 四の五の言ってないで、そん時はてめえも協力しろよ、アバンッ!」
しみじみと思い出しながら、アバンはゆっくりと茶をすする。少しばかり煮出し過ぎてしまったお茶は、苦みを帯びていたが温かく味わいものだった。 それにそれほどの美味とも言えず、グルメな者が舌鼓をうつほどのものではない。 あれからもう、14、5年は過ぎ……親友の予言は、当たった。 本来なら今は亡き親友の頼みに従って、そして父親代わりとして悪い虫はとりのぞいてやるべきなのかもしれない。 (すみませんね、ロカ。二人とも、私の弟子なんですよね〜) 内心溜め息をつきながら、アバンは同じテラスのテーブルに着いている者達に目をやった。 かつてロカが望んだ通り、今のマァムは美しい娘へと成長した。 「もう、ポップったら! 相変わらずお行儀が悪いんだから。子供じゃないんだから、いっぺんにお菓子を頬張らないでよ」 (そういえば、レイラも食事中の作法にはうるさい方でしたねえ) 弟子の少女と、その母親の共通点を微笑ましく思いつつ、アバンは今度は少年に注目する。 「いいじゃないかよ、ちょっとぐらい。それに、先生の手作りのお菓子なんて、久々なんだもん」 マァムに叱られながら、楽しそうにお菓子をつまんでいる少年の名は、ポップ。 彼は魔法使い……いや、二代目大魔道士ポップと呼んだ方が今はあっているだろう。 パプニカ王国に籍を置く宮廷魔道士の彼は、今や世界でも最も著名な賢者として、文字通り世界を股に掛けて活躍中だ。 「やだ、ポップ、顔にクリームつけているわよ? ホント、だらしないんだから」 「わわっ、く、くすぐってえよ、マァム!」 「じっとしててったら! お茶がこぼれるでしょ、まったくこれだから目を離せないのよね……!」 手のかかる弟の世話を焼くように、こまめにポップの面倒を見ているマァム――二人の関係を姉弟に近いと見るか、それとも姉さん女房と頼りない夫に近いと見るかは、人によるだろう。 そんな二人を見ながら、静かに茶を飲んでいる青年の名は、ヒュンケル。 魔戦士と呼ばれた青年も、今やパプニカ近衛騎士隊隊長として、立派に活躍している。人付き合いが得意とは言えないぶっきらぼうさが欠点とはいえ、生来の生真面目さで誠実に仕事に精をだしているという点では、国への貢献度は高い。 カール王国騎士隊長に大抜擢されながら、いきなり任務をほっぽりだして魔王退治に旅だったロカよりも、よほど騎士隊長らしいと言える。 「あ、ヒュンケル、もうお茶がないのね。お代わりはいかが?」 ポップの面倒を見ている間も、目敏く青年の様子も見ていたマァムが声を掛ける。 「ああ……もらおうか」 目が合うと、自然に柔らかな微笑みが浮かぶ。 今はまだ、彼ら三人は仲間かもしれない。 ポップとヒュンケル、二人とも弟子として手元に置いて育てたアバンにしてみれば、どちらも『悪い虫』とは思えない。 そして、二人ともそろいもそろって、アバン以上……魔王クラスの腕前の持ち主でもある。 職業の差によって防ぎ方は大きく違うだろうが、アバンストラッシュも今となっては軽く防げるだろう。 (まあ、一応、あなたの出した条件はクリアしているわけだし、あの約束はもう時効……ってことでいいですよね?) と、こっそり心の中だけで都合のいい言い訳を思いながら、アバンはお茶をもう一口、口に含んだ――。
《後書き》
レイラ「そんなことを頼むだなんて、あの人らしいわね……、本当に不器用で熱くなりやすい人だったから」 と、女親の方がこれっくらいさばけている気がしますね(笑) |