『帰ってきたもの』

  

「でもさあ……ポップ。おれ、ちょっと気になるんだけど」

 と、ダイが言い出したのは、ポップの記憶回復を喜び合う気持ちもなんとか落ち着いて、しばらく経ってからのことだった。
 ダイは首を捻りつつ、いたって真顔で聞いてきた。

「決闘、途中でやめちゃったのって、よくないんじゃないかなあ?」

「アホかっ、てめえはっ!? あんな妨害のはいった決闘をこれ以上続けて、なんになるってんだっ!?」

 と、思わず全力で突っ込み返したポップに対して、ダイは相変わらず首を傾げつつ言う。

「でも、あれって、ハドラーがやったようには見えなかったよ?」

 その点は、ポップも同意見だ。
 ……というか、十中八九あれはザボエラの暴走だろうと見当もつけている。
 ついでに言うのなら、今回のハドラーの態度はポップだとて立派だと認めざるを得ない。

 最初に剣を返した態度と言い、怪物の暴走が起こった時もどさくさ紛れにダイやポップを襲うような真似などしなかった。
 宣言した通り、彼は正々堂々と戦いを挑んできた。五分の条件の決闘を望んだ覚悟と誠意を、認めないわけには行かない。

 だが、だからと言ってあれ以上不利な闘いをダイにさせるのには賛成できない。

 ハドラーのパワーアップは、驚異的だった。
 ダイのあの剣を以てしても、ろくな傷を与えられなかった上に、ハドラー自身の覚悟がまるで違っていた。

 超魔生物へとなったことで、ハドラーが変わったのは身体の強度だけではない。見違える程に、精神までもが変わっていた。

 これまでのハドラーは、もっと感情的な面が目だっていた。
 よく言えば、自信家。悪く言えば、傲慢。
 自分の強さに絶対の自信を持っているからこそ、ダイ一行を見下してかかってくる傾向が強かった。

 しかし、今のハドラーは違う。
 常に、自分以上の強敵と戦う覚悟を持ってきたポップには、よく分かる。
 今のハドラーは、慢心などかけらもない。以前以上の強さを持ちながら、強敵と戦う覚悟で挑んでくる相手だ。

 しかも、その覚悟はほとんど捨て身に近い。
 精神的な隙すら無くした魔王は、これまで以上に恐るべき敵へと成長してしまった。

 あの乱戦を片付けて消耗したダイでは、絶対にハドラーには適わないだろう。
 そう判断したからこそ、ポップは『逃げ』を選択した。

 多少卑怯な気がしないでもないが、ポップにしてみれば堂々たる決闘の成就よりも、仲間の無事を優先したいという気持ちがある。
 それに――自分の判断が間違っているとも思えない。

「ダイ、忘れたのか? ハドラーの奴は、超魔生物になったってのに、魔法まで使ってたんだぜ」

「……!!」

 ポップの指摘に、ダイがハッとしたように息を飲む。
 そのダイの顔を見ながら、ポップはゆっくりと告げた。

「今回はお流れになったけど、ハドラーとは、またやり合う機会が来る。それでいいじゃねえか」

 気休めだけでなく、本心からポップはそう言った。
 魔王軍との戦いを続ける以上、そう遠くないうちにハドラーとの決戦の日は来るだろう。ならば、無理に今すぐに雌雄を決するより、ダイの方も心構えや準備を整えてから当たった方がいい。

「…………うん……!」

 生真面目な顔で、ダイがこっくりと頷いた。
 子供っぽい返事だが、その表情はちょっと驚く程、険しいものだった。
 普段は同年代の子供に比べても子供っぽすぎるぐらい幼いのに、時として、一足飛びに大人になったような年齢離れした表情を見せる。

 戦いに関することでは、特にそうなるのだとポップはかなり前から気がついていた。

 だが、それもダイだ。
 竜の騎士なんて、人間とはかけ離れた能力を持って生まれたダイが、自然に持ち合わせているもの。

 穏やかなおおらかさとは裏腹に、研ぎ澄まされた闘争心もまた、ダイの中にある。
 強敵を前にして、挑みたいと願う心。
 しかし、それもまたダイの一部なのだと、ポップは受け入れていた。
 否定する気なんて、ない。

 でも、そんな風に深刻な顔ばかりしているのなんて、ダイには似合わないと思う。
 張り詰めた気を散らせるため、ポップはダイの頭に手をおいて、思いっきりくしゃくしゃに掻き混ぜた。

「わわっ!? い、いきなり何すんだよっ!?」

 びっくりしたのか、今までの真剣さも忘れたダイに向かって、ポップはわざと気楽に言った。

「とりあえず、そろそろ帰ろうぜ、ダイ。ンな、深刻な面で悩み込んでたからって、どうなるってもんじゃないだろ」

 そう言われて、ダイは一瞬きょとんとした顔をし――それから、満面の笑みで答えた。

「うん、帰ろ、ポップ!」

「おうっ。じゃ、そーゆーわけだから、おまえ、ルーラを使えよ」

 と、ごく当然のようにポップは手をダイに差し出したが……ダイは、こてんと首を傾げる。

「えー、おれが? なんでだよ、ポップが使えばいいじゃないか」

「おれはさっきので、魔法力使い果たしたの! ほら、文句言ってないでとっととルーラしろよ」

「無理だよ!! だって、おれもさっきの戦いで魔法力、ほとんど使っちゃったもん!」

「……って、おまえ、トベルーラしか使って無かった癖に、もう魔法力が空なのかよっ!? それでよくもまあ、空中戦を挑んだなっ!?」

 さも呆れたように、ポップがケチをつける。
 それは一面正しいかもしれないが、魔法抜きで危険な場所に自ら来たポップには言われたくは無い台詞だろう。
 ――が、問題はそこではない。

「つーかっ、それじゃあおれ達どうなるんだよっ!?」

 二人が降りた場所は、島でも何でも無いただの岩礁だ。潮が満ちてくれば、完全に水中に陥没してしまうような代物だ。
 ――というか、すでにもう、その兆候は現れていた。

 二人の足下を、ひたひたと波が洗っていく。
 ダイはともかくとして、ポップにはとうてい、魔法抜きで他の島まで行ける距離ではない。

 かといって魔法力が回復するまで休んでいたりすれば、確実に水浸しになるのは間違いない。
 周囲をキョロキョロと見回してから、ダイは途方に暮れた様子で呟いた。

「…………ど、どうしよ、ポップ?」

「今更何を言ってやがるんだっ、それはこっちの台詞だぁああーーっ!!」

 南の海に、魔法使いの絶叫が響き渡った――。








「メルル? 何か、感じるの?」

 気遣う口調でマァムにそう声を掛けられて、メルルは慌てて正面を向いた。

「い、いえ、なんでもないんです、ごめんなさい」

 つい、無意識のうちに空の方をぼんやりと眺めてしまっていたが、それは何かが見えたり、感知できたからではない。
 予知の能力が働かない時は、メルルはどこにでもいるような、ごく当たり前の一人の少女にすぎない。

 空を見てしまったのは、ダイやポップが戻ってこないかとの期待が、行動になってしまっただけだ。
 恋する少年の身を案じずにはいられない一途な乙女心のなせる技だが、メルルはそれを自分の身勝手さと責めてしまう。

(私ったら……せっかくの姫様やマァムさんのご好意なのに……!)

 今、メルルを含む勇者一行のいる場所は、パプニカ城のテラスだ。
 ダイ達が戻ってきたら一目で分かるようにと、できるだけ高く、見晴らしの良い場所に行こうと言ったのはマァムだった。

 そして、どうせ待つのなら間の時間をムダにしないようにと、お茶会でもしましょうと誘ってくれたのはレオナだった。

 それはいかにも彼女達らしい、前向きで逞しい対処方法だった。
 彼女達とて、ダイやポップを心配しているのは変わりはないだろうに、それをおくびにも見せずに今できることをやる強さを持っている。

 帰りを待つしかできないなら、少しでも気楽に待てるようにとのレオナの気遣いが分かるだけに、メルルもできるだけ明るく振る舞っていたつもりだった。

 しかし、やはり自分は弱い人間だとメルルは思ってしまう。
 少しでも気を抜くと、ついついぼんやりと空を見上げてしまう。予知を感じているわけでもないのに、未練がましい自分が嫌になる。

 空が気になるなら気になるで、いっそ、チウやクロコダインのように見張り台で堂々と見張れればいいのに、そこまで思い切ることもできない――。
 と、その時、望遠鏡を手にして張り切っていたチウが、指しながら大きな声を上げた。

「あれっ!? あっち! あっちに、何か発見!」

 見張りとしては問題や突っ込みどころ満載な発言だが、その場にいた全員が一斉に指の方向――ほぼ真上を向いた。
 最初は、小さな点としか見えなかった影。

 が、それは見る間に近付いてくる。真っ直ぐに、とはお世辞にさえ呼べないヨタヨタとした飛びっぷりでやってくるのは、二人の少年だった。

「ああっ、ポップ、飛び過ぎてるっ!? っていうか、このままじゃお城、通り過ぎちゃうよーっ!?」

「喧しいっ、騒ぐ前にしっかりと風に乗れってのっ! もっと集中して浮力を強めろ!」

「え? えっと、ポップ、しゅーちゅーは分かるけど、『ふりょく』ってなに?」

「なんでおまえはトベルーラを使えて、んな言葉も知らないんだーっ!?」

 大騒ぎしながら、やっとのように空を飛んで来るのは紛れもなくダイとポップだった。かなり高い場所を飛んでいる二人は、言葉の通り風に乗って移動しているらしく、糸の切れた凧の様にふらついている。

 騒ぎもそうだがそのヨタヨタした頼りない飛び方のせいで、二人が帰ってきた喜びより何より、今にも落ちるんじゃないかという心配の方が先に立つ。
 テラスの真上、かなりの上空の位置までようやく飛んで来た二人は、いきなり落下してきた。

「危ないっ!?」

 落下地点を予測したクロコダインが、素早く先回りする。それをトタトタ追ったのは、チウだった。
 重力のままドサッと落ちてくる二人を、クロコダインとチウが受け止める。

 それは、テーブルに着いてお茶をしていた女の子達には何もできないままの、アッという間の出来事だった。
 思わず息を飲んだ彼女達の前で、ぴょこんと起き上がったのはダイだった。

「ただいまっ、みんな!」

 元気に挨拶するダイに、真っ先にゴメちゃんがピーピー鳴きながら飛びついていく。

「ダイ君……! よかった……っ、無事で」

 ダイの無事を見て、レオナが笑顔を浮かべる。
 ちょっと涙ぐんだような、柔らかな笑顔……それはさっきまで彼女が浮かべていた、周囲の気を引き立てるための、王女としての微笑みとはまるで違う。

 大好きな人が無事に戻ってきたことを手放しに喜ぶ、一人の少女としての、年相応の笑顔に他ならなかった。

 ――だが、ダイのすぐ隣にいるポップを見て、レオナの表情が少しばかり強張った。
 どこか不安そうに、答えを探るように自分を見るレオナに対して、ポップは苦笑して左手をヒラヒラと振りながら返事をする。

「よ、姫さん、ただいま」

「――――!?」

 レオナが、大きく息を飲む。
 どこか遠慮の感じられた、気を使った口調ではなく、馴染み深い気安い口調。
 不吉極まりなかった腕輪が、消えた腕。

 なまじ、それが心の底から望んでいたものだけに、確かめるのが怖くて言葉がなかなか口までのぼらない。
 ためらうレオナよりも、クロコダインの反応の方が早かった。

「ポップ、おまえ、まさか……!?」

「ああ、ぜ〜んぶ思い出したぜ、おっさん。今まで迷惑かけて、悪ィな。
 でもよ、ご覧の通り記憶も戻ったし、腕輪もはずれた。おまけに、ダイの剣も無事に取り換えしてきたんだぜ」

 気楽な口調で言いながら、ポップはダイの肩にしがみつくゴメちゃんを軽く撫でる。

「よっ、ゴメ公、おめえもありがとよ」

「ピピピーッ♪」

 嬉しそうに鳴きながら、ポップの肩や頭の上をぴょんぴょんと跳ね回る小さなスライム。そこまでは和やかな風景だったが、ごく一部の例外があった。

「お、おまえな〜……っ。記憶が戻ったのは一応良かったと言ってやるが、いつまでそうしている気だっ!?」

 と、怒りにぶるぶると震えつつそう言ったのは、未だにポップの下敷きになっているチウだった。
 が、ポップはわざとらしくニヤリと笑って、すました顔で言ってのける。

「あれれ? おっかしいなあ、まだ記憶が一部、戻らないみたいだ。いやー、おまえって、いったい誰だったっけ?」

「き、きさまぁーーっ!? この恩知らずめぇっ!! そこになおれっ、正義の鉄拳を食らわしてやるうぅーーっ!」

 怒りのあまりジタバタともがきまくるチウだが、その態勢のままで、上に乗っているポップを撥ね除けられるわけがない。
 真っ赤な顔になって、ジタバタと尻尾をふるだけで精一杯だ。

「ポップったら……あんまり、ふざけないでよ。意地悪をしたら、チウがかわいそうじゃない」

 見兼ねたのか、マァムがポップをたしなめつつ、チウに救いを差し向ける。
 ――が、実際には憧れの女神から『かわいそう』などと、弱い者のように言われた言葉の方が、チウにとっては衝撃だったのだが。

 ポップがどいたにもかかわらず、そのまんまの格好で硬直しているチウだったが、不幸にもダイとポップが無事に生還した喜びが強すぎて誰もそれを気に留めなかった。

「まったくもう……っ! 本当に、よくも心配ばかりかけてくれたわよね!? このお返しはちゃーんとしてもらうから、覚悟してよね?」

 わざと怒った風に言うレオナの脅しさえ、喜びを隠しきれてない。それが分かるだけに、周囲だけでなく文句をつけられているポップでさえも、笑顔のままだった。

「げっ、姫さんへのお返しって、メチャクチャ高くつきそ〜。勘弁してくれよー」

 ひとしきり笑いあってから、ポップはふと周囲を見回した。
 ここにいるのは、勇者一行の主だったメンバーだが、一人、足りなかった。
 ポップのその怪訝そうな表情に真っ先に気がついたのは、メルルだった。

「あ、あのっ、ポップさん、どうかしましたか……?」

「あー、いや、どうかしたってわけじゃねえけど、ヒュンケルの奴は?」

 それを聞いて、レオナは大袈裟に肩を竦めてみせる。

「ああ、あの頑固者ね。もうあたしにはお手上げだし、適任者にお任せするわ、ポップ君。さっそく『お返し』ってことで、よろしくお願いね♪」








 地下牢に一人、やってきたポップは、中を覗きこんで露骨に顔をしかめた。

「……おまえなー。いったい、いつまでそこにいる気なんだよ?」

 ヒュンケルは、見張りもいなければ、鍵もかかっていない地下牢に座していた。

 しかも床に直接座ったままなのが、いかにもこの男らしい律義さだ。軽く目を閉じ、彫像の様に身動きしなかった戦士は、ポップが声を掛けてから始めて目を開けた。

「ポップか……」

 妙に悟り済ましたような落ち着いた声で返され、ポップはなんとなくカチンとくるものを感じる。

「まったくいい迷惑だっつーの! だいたい、おれはちゃんと鍵は残してったろ? それなのに好きこのんで自分から牢屋に入るだなんて、何考えてんだよ!?」

 怒りだしたポップに、ヒュンケルは言い返しもせずにわずかに苦笑を浮かべる。
 その態度がまた、文句をまくし立てる自分を子供扱いしているようで、ポップにとっては癪の種以外なにものでもない。

「こんな状況で何笑ってんだよ、てめえっ!?」








(……おまえには、分からないだろうな)

 ポップを怒らせてしまったようだが、ヒュンケルには悪気など微塵もなかった。

 ただ、嬉しくて、抑えきれないだけだ――ポップの無事が。
 ポップの記憶が、戻ったのが。
 口に出してそれを伝えるにはヒュンケルは余りにも不器用だし、そもそも教える気もなかったが。

 そして――ここに閉じこもった理由もまた、教える気もなかった。
 自分の罪を自覚したからこそ、ヒュンケルは牢屋に自ら籠もったのだ。

 ポップが帰ってこなかったのなら、出る必要すらなかった。
 赦しと償いの機会を与えてくれたレオナには悪いが、今度こそ死罪に相当する処分を自分に科すつもりだった。

 いかにポップが望んだとしても、魔法も使えない魔法使いを安全圏から戦場へと送り出すような真似をしたのは、明らかに無謀だ。
 ヒュンケルの判断ミスのせいで、ポップをみすみす死地へと追いやったのなら、その罪は決して償いきれるものではない。

 万が一、ポップが帰ってこられなくなったのなら、ダイの帰還も無いだろうとヒュンケルは覚悟していた。

 記憶を失ったダイを、人間へと繋ぎとめたのは紛れも無くポップの存在だ。そのポップを失ってしまって、ダイが今までと変わりなく過ごせるとは思えない。
 人間を守りたいと思う、彼の純粋な心を保てるかどうかも怪しいところだ。

 最悪の場合、ポップだけでなくダイも――勇者さえも失うかもしれないと承知していながら、ポップを信じて送り出すのは相当な覚悟が必要だった。
 自分の決断が罪になるかもしれない覚悟……それを抱いたまま、のうのうと寛ぐ気持ちには到底なれなかった。

 だから、鍵を開けてくれたレオナや、呼びかけるマァムの優しさに反してまで、ここにとどまっていた。

 だが――ポップが無事に戻ってきた以上、そんな一方的な覚悟などわざわざ教えるまでもないだろう。
 ヒュンケルは無言のまま立ち上がり、牢屋から出た。

「なんなんだよ、てめえは。案外、あっさりと出てきたな。姫さんがあんなに怒ってたぐらいなんだから、もっとごねるかと思ってたのによ」

 まだ文句を言いたりなさそうな顔をしてポップは、ぶつくさとケチをつけてくる。
 ポップ以外の誰がきても出るつもりがなかったことなど、ヒュンケルはもちろん言う気はなかった。

「姫には、悪いと思っている。これから謝罪に行くつもりだ」

「おお、そうしてくれよ、おめえのせいなんだから!」

 いい気味だと言わんばかりの口調で言うポップに、ヒュンケルは静かに問いかけた。

「それでポップ、おまえの記憶が戻ったのことは、もう、みんなに知らせたのか?」

「んなの、あったりまえだろ。知らないのなんて、てめえだけだっての。もう、とっくにみんな――」

 言いかけて、ポップは急に黙り込む。それから、急に階段を駈け登りだした。一階についた途端、ポップは一番近くの窓に飛びついた。

「すぐに戻ってくるから、ダイや姫さん達には適当に言っといてくれよっ」

 その言葉と同時に、窓枠を蹴って飛び出したポップの姿がフッと消える。
 瞬間移動魔法の力だ。
 どこに行くのかと、ヒュンケルは問わなかった。
 行く先は、分かっていたから――。








 ドォンッ!!
 砂浜に鈍い音が聞こえた時、マトリフは顔を顰めただけで身動き一つしなかった。

 その音だけで、誰が来たのかは分かってしまった。ならば、確かめるなんて無駄な手間をかける気はしなかった。
 だからそれまでと同じように、億劫そうに揺り椅子に腰掛けたまま、待っていた。

 そして、さして待つまでもなく、想定通りの人物が入ってくる。
 緑の魔法衣を着た魔法使いの少年が、肩で息をつきながら壁に縋り、やっとのように歩いてきた。ずいぶん疲れているように見えるが、それでもポップはマトリフと目が合うとニヤリと笑ってみせた。

「師匠……!」

 その一言だけで、マトリフには十分だった。
 説明などされなくとも、何があったのか悟るだけの頭脳がマトリフにはある。

「フン……、やっと思い出したってわけか、この半人前が」

「へへっ、まあね」

 ヘラッと調子良く笑い――そこまでが、ポップの限界だったらしい。
 その場で、ポップはペシャッと倒れ込んだ。

「…………!?」

 マトリフが急に席を立ったせいで、揺り椅子が大きく揺れる。
 手を当てて弟子の様子を確認し……それから、マトリフは深々と溜め息をついた。

「まったく、どこまで手を焼かせりゃ気がすむんだ、この考えなしのヒヨッコめが……」

 魔法力を使い果たして眠ってしまったポップに、マトリフは呆れたように毒づく。
 だが、乱暴な口調とは裏腹に、その目には彼にしては珍しく、優しい光が浮かんでいた。

 一を聞いて十を知る――それだけの頭脳に恵まれたマトリフには、全てが見通せた。この意地っ張りな弟子の、口には出さなかった気遣いに。

 当然といえば当然の話だが、エイミが急の知らせを持ってきた後は、マトリフの元には連絡を持ってくる者はいなかった。
 それに文句を言う気など、さらさらない。

 そもそも、人との接触を嫌って隠居生活を選んだのはマトリフの勝手だ。今更、情報を逐一知らせろと要求する程、身勝手に振る舞う気などない。

 ――しかし、気になるのも事実だった。
 ポップが無事に、記憶を取り戻せたのか。
 パプニカに、大事はなかったのか。

 全く気にならないと言えば、完全に嘘になる。だが、それを確かめるだけの体力がマトリフにはなかった。
 ハドラーとやり合った時に無茶をしたのが悪かったのかここのところ体調が悪く、瞬間移動呪文を使うのさえ億劫だった。

 それを知っているのは、ポップただ一人だ。
 持病を周囲に知られるのを好まないマトリフの気持ちも、ポップは承知している。

 だからこそポップは、自分の記憶回復をマトリフに知らせるために、無理を押してまで直接やってきたのだろう。

「しかし、てめえの方がぶったおれちゃ何の意味もねえだろうか。馬鹿か、こいつは。かえって迷惑なんだっつーの」

 ぶつくさ文句を言いながらも、ポップを引きずってベッドに放り込んでやるのは師匠としての最低限の優しさというべきか。
 だが、それ以上はしてやるつもりはない。

(本当に、つくづくアバンの野郎も面倒な弟子を育てたもんだ。騒がしい上に、人騒がせなことこの上ねえぜ)

 今は亡き旧友の顔を思い浮かべつつ、マトリフは再び揺り椅子に腰を下ろす。

 ポップが自然に回復して目を覚ますのが先か、それともポップの帰還が遅いと心配したダイ達がやってくるのが先か。
 どちらかといえば後者の確率が高そうだと、人の悪い笑みを浮かべつつ、マトリフはゆっくりと椅子を揺らした――。

 


                                                           END  


《後書き》
 『失われたもの』のおまけバージョンのお話ですっ。
 本編ではダイとポップの友情、ハドラーとの決闘に話を絞って書いていたので切りがよいようにあそこで終わらせましたが、お間抜けシーンやら仲間達とのわいわいした再会シーンも書きたかったものでv
 

 さらに、おまけとしてザボちゃんの腕輪設定もつけちゃいました!
 マイ設定部屋に置こうかと思ったんですが、ネタばれになるのでここにこそっと置いておきます(笑)
 

 


《余分なおまけ》

 今回ザボエラが使用した腕輪、実は最初から設定は決めていたんですが、話の展開上腕輪の蘊蓄やら歴史背景を述べる機会がなかったのが無念……!(<-自業自得)

 が、せっかく考えた設定を忘れるのも勿体ないので、ちょこっと付け足しておきます。もっとも、例のごとくこのおまけ文を読まなくてもssを読むにはなんにも不自由しないです(笑)



 ポップがはめていた腕輪は、正式名称は『希望の腕輪』
 古代期に、怪物の手によって作り出された魔法道具です。魔族の下位種族や配下として扱われることに不満を持った怪物達が、魔族に反乱を企んだ際に作ったものです。

 

 大半の怪物は動物並みに単純な思考しか持たないものですが、クロコダインのように高い意思の力を持つ者も存在します。そんな怪物達にしてみれば、自分達の種族を使い捨てにするように利用する魔族を許せないと感じる気持ちが強く、一時期魔界で大掛かりな怪物の反乱が発生しました。

 しかし、数では怪物が上回っていても、狡猾さや基本能力では魔族が圧倒的に有利。
 不利な戦況を打破するため、怪物達は逆転を狙える魔法道具や武器を複数開発しています。

 ただし、それらの道具には効力は強いものの、呪いの効果が備わってしまった物が少なくありません。
 希望の腕輪も、その一つです。

 効能は作中で語った通り、怪物の闘争本能を刺激する効果と、はめた本人が死亡すると自動的にメガンテが発動する効果。
 実は、一つ目の盗聴器&覗き見機能は本来なくて、ザボエラが勝手に付け加えたものです(笑) 闘争本能を刺激する効果の抑える効果も、ザボエラの研究により付け加えられた付加機能です。

 意思の低い怪物が多い場所で使用すると、自身が怪物の群れに襲われかねない代物ですが、チウがガルーダがそうだったようにある程度意志の強い怪物にとっては、この腕輪は闘争本能を高揚させる効果となって現れます。

 周囲の怪物のレベルが高ければ、バイキルトを常にかけ続けているも同然なので、魔族との戦いには非常に有効な物です。
 いわば、この腕輪は自爆テロ用……戦場で力の限り闘い、死ぬ時には敵を巻き添えにするのを目的で作られたものなのです。

 ただし、メガンテという魔法が自分の生命を投げ捨てる覚悟ができて初めて発動する魔法なだけに、この腕輪には自分の意思で身につけなければ効果が現れないという弊害があります。
 ザボエラが自分でポップにはめるようにとしつこく迫ったのは、ここに理由があります。
 ついでにいうのなら、希望の腕輪は本人の意思でつけることはできますが、外す時も同様に本人の意思で外せます。ただし、魔法力により効力が現れるアイテムなだけに、魔法力を使って解除を望まなければ、外せません。

 ポップのように、魔法力はあっても使い方を知らない状態ならば、はめたら最後外せなくなるので、ザボエラにとってはひどく好都合だったわけです。本人の魔法力により効力が現われるので、ザボエラが裏で手を引いているとバーン達にバレにくいというセコい計算もありました(笑)

 おまけですが、希望の腕輪は作品中で説明した通り本人の魔法力を変換することで発動するので、魔法力のない者では効果がまったく現れません。

 

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