『帰ってきたもの』 |
「でもさあ……ポップ。おれ、ちょっと気になるんだけど」 と、ダイが言い出したのは、ポップの記憶回復を喜び合う気持ちもなんとか落ち着いて、しばらく経ってからのことだった。 「決闘、途中でやめちゃったのって、よくないんじゃないかなあ?」 「アホかっ、てめえはっ!? あんな妨害のはいった決闘をこれ以上続けて、なんになるってんだっ!?」 と、思わず全力で突っ込み返したポップに対して、ダイは相変わらず首を傾げつつ言う。 「でも、あれって、ハドラーがやったようには見えなかったよ?」 その点は、ポップも同意見だ。 最初に剣を返した態度と言い、怪物の暴走が起こった時もどさくさ紛れにダイやポップを襲うような真似などしなかった。 だが、だからと言ってあれ以上不利な闘いをダイにさせるのには賛成できない。 ハドラーのパワーアップは、驚異的だった。 超魔生物へとなったことで、ハドラーが変わったのは身体の強度だけではない。見違える程に、精神までもが変わっていた。 これまでのハドラーは、もっと感情的な面が目だっていた。 しかし、今のハドラーは違う。 しかも、その覚悟はほとんど捨て身に近い。 あの乱戦を片付けて消耗したダイでは、絶対にハドラーには適わないだろう。 多少卑怯な気がしないでもないが、ポップにしてみれば堂々たる決闘の成就よりも、仲間の無事を優先したいという気持ちがある。 「ダイ、忘れたのか? ハドラーの奴は、超魔生物になったってのに、魔法まで使ってたんだぜ」 「……!!」 ポップの指摘に、ダイがハッとしたように息を飲む。 「今回はお流れになったけど、ハドラーとは、またやり合う機会が来る。それでいいじゃねえか」 気休めだけでなく、本心からポップはそう言った。 「…………うん……!」 生真面目な顔で、ダイがこっくりと頷いた。 戦いに関することでは、特にそうなるのだとポップはかなり前から気がついていた。 だが、それもダイだ。 穏やかなおおらかさとは裏腹に、研ぎ澄まされた闘争心もまた、ダイの中にある。 でも、そんな風に深刻な顔ばかりしているのなんて、ダイには似合わないと思う。 「わわっ!? い、いきなり何すんだよっ!?」 びっくりしたのか、今までの真剣さも忘れたダイに向かって、ポップはわざと気楽に言った。 「とりあえず、そろそろ帰ろうぜ、ダイ。ンな、深刻な面で悩み込んでたからって、どうなるってもんじゃないだろ」 そう言われて、ダイは一瞬きょとんとした顔をし――それから、満面の笑みで答えた。 「うん、帰ろ、ポップ!」 「おうっ。じゃ、そーゆーわけだから、おまえ、ルーラを使えよ」 と、ごく当然のようにポップは手をダイに差し出したが……ダイは、こてんと首を傾げる。 「えー、おれが? なんでだよ、ポップが使えばいいじゃないか」 「おれはさっきので、魔法力使い果たしたの! ほら、文句言ってないでとっととルーラしろよ」 「無理だよ!! だって、おれもさっきの戦いで魔法力、ほとんど使っちゃったもん!」 「……って、おまえ、トベルーラしか使って無かった癖に、もう魔法力が空なのかよっ!? それでよくもまあ、空中戦を挑んだなっ!?」 さも呆れたように、ポップがケチをつける。 「つーかっ、それじゃあおれ達どうなるんだよっ!?」 二人が降りた場所は、島でも何でも無いただの岩礁だ。潮が満ちてくれば、完全に水中に陥没してしまうような代物だ。 二人の足下を、ひたひたと波が洗っていく。 かといって魔法力が回復するまで休んでいたりすれば、確実に水浸しになるのは間違いない。 「…………ど、どうしよ、ポップ?」 「今更何を言ってやがるんだっ、それはこっちの台詞だぁああーーっ!!」 南の海に、魔法使いの絶叫が響き渡った――。
気遣う口調でマァムにそう声を掛けられて、メルルは慌てて正面を向いた。 「い、いえ、なんでもないんです、ごめんなさい」 つい、無意識のうちに空の方をぼんやりと眺めてしまっていたが、それは何かが見えたり、感知できたからではない。 空を見てしまったのは、ダイやポップが戻ってこないかとの期待が、行動になってしまっただけだ。 (私ったら……せっかくの姫様やマァムさんのご好意なのに……!) 今、メルルを含む勇者一行のいる場所は、パプニカ城のテラスだ。 そして、どうせ待つのなら間の時間をムダにしないようにと、お茶会でもしましょうと誘ってくれたのはレオナだった。 それはいかにも彼女達らしい、前向きで逞しい対処方法だった。 帰りを待つしかできないなら、少しでも気楽に待てるようにとのレオナの気遣いが分かるだけに、メルルもできるだけ明るく振る舞っていたつもりだった。 しかし、やはり自分は弱い人間だとメルルは思ってしまう。 空が気になるなら気になるで、いっそ、チウやクロコダインのように見張り台で堂々と見張れればいいのに、そこまで思い切ることもできない――。 「あれっ!? あっち! あっちに、何か発見!」 見張りとしては問題や突っ込みどころ満載な発言だが、その場にいた全員が一斉に指の方向――ほぼ真上を向いた。 が、それは見る間に近付いてくる。真っ直ぐに、とはお世辞にさえ呼べないヨタヨタとした飛びっぷりでやってくるのは、二人の少年だった。 「ああっ、ポップ、飛び過ぎてるっ!? っていうか、このままじゃお城、通り過ぎちゃうよーっ!?」 「喧しいっ、騒ぐ前にしっかりと風に乗れってのっ! もっと集中して浮力を強めろ!」 「え? えっと、ポップ、しゅーちゅーは分かるけど、『ふりょく』ってなに?」 「なんでおまえはトベルーラを使えて、んな言葉も知らないんだーっ!?」 大騒ぎしながら、やっとのように空を飛んで来るのは紛れもなくダイとポップだった。かなり高い場所を飛んでいる二人は、言葉の通り風に乗って移動しているらしく、糸の切れた凧の様にふらついている。 騒ぎもそうだがそのヨタヨタした頼りない飛び方のせいで、二人が帰ってきた喜びより何より、今にも落ちるんじゃないかという心配の方が先に立つ。 「危ないっ!?」 落下地点を予測したクロコダインが、素早く先回りする。それをトタトタ追ったのは、チウだった。 それは、テーブルに着いてお茶をしていた女の子達には何もできないままの、アッという間の出来事だった。 「ただいまっ、みんな!」 元気に挨拶するダイに、真っ先にゴメちゃんがピーピー鳴きながら飛びついていく。 「ダイ君……! よかった……っ、無事で」 ダイの無事を見て、レオナが笑顔を浮かべる。 大好きな人が無事に戻ってきたことを手放しに喜ぶ、一人の少女としての、年相応の笑顔に他ならなかった。 ――だが、ダイのすぐ隣にいるポップを見て、レオナの表情が少しばかり強張った。 「よ、姫さん、ただいま」 「――――!?」 レオナが、大きく息を飲む。 なまじ、それが心の底から望んでいたものだけに、確かめるのが怖くて言葉がなかなか口までのぼらない。 「ポップ、おまえ、まさか……!?」 「ああ、ぜ〜んぶ思い出したぜ、おっさん。今まで迷惑かけて、悪ィな。 気楽な口調で言いながら、ポップはダイの肩にしがみつくゴメちゃんを軽く撫でる。 「よっ、ゴメ公、おめえもありがとよ」 「ピピピーッ♪」 嬉しそうに鳴きながら、ポップの肩や頭の上をぴょんぴょんと跳ね回る小さなスライム。そこまでは和やかな風景だったが、ごく一部の例外があった。 「お、おまえな〜……っ。記憶が戻ったのは一応良かったと言ってやるが、いつまでそうしている気だっ!?」 と、怒りにぶるぶると震えつつそう言ったのは、未だにポップの下敷きになっているチウだった。 「あれれ? おっかしいなあ、まだ記憶が一部、戻らないみたいだ。いやー、おまえって、いったい誰だったっけ?」 「き、きさまぁーーっ!? この恩知らずめぇっ!! そこになおれっ、正義の鉄拳を食らわしてやるうぅーーっ!」 怒りのあまりジタバタともがきまくるチウだが、その態勢のままで、上に乗っているポップを撥ね除けられるわけがない。 「ポップったら……あんまり、ふざけないでよ。意地悪をしたら、チウがかわいそうじゃない」 見兼ねたのか、マァムがポップをたしなめつつ、チウに救いを差し向ける。 ポップがどいたにもかかわらず、そのまんまの格好で硬直しているチウだったが、不幸にもダイとポップが無事に生還した喜びが強すぎて誰もそれを気に留めなかった。 「まったくもう……っ! 本当に、よくも心配ばかりかけてくれたわよね!? このお返しはちゃーんとしてもらうから、覚悟してよね?」 わざと怒った風に言うレオナの脅しさえ、喜びを隠しきれてない。それが分かるだけに、周囲だけでなく文句をつけられているポップでさえも、笑顔のままだった。 「げっ、姫さんへのお返しって、メチャクチャ高くつきそ〜。勘弁してくれよー」 ひとしきり笑いあってから、ポップはふと周囲を見回した。 「あ、あのっ、ポップさん、どうかしましたか……?」 「あー、いや、どうかしたってわけじゃねえけど、ヒュンケルの奴は?」 それを聞いて、レオナは大袈裟に肩を竦めてみせる。 「ああ、あの頑固者ね。もうあたしにはお手上げだし、適任者にお任せするわ、ポップ君。さっそく『お返し』ってことで、よろしくお願いね♪」
「……おまえなー。いったい、いつまでそこにいる気なんだよ?」 ヒュンケルは、見張りもいなければ、鍵もかかっていない地下牢に座していた。 しかも床に直接座ったままなのが、いかにもこの男らしい律義さだ。軽く目を閉じ、彫像の様に身動きしなかった戦士は、ポップが声を掛けてから始めて目を開けた。 「ポップか……」 妙に悟り済ましたような落ち着いた声で返され、ポップはなんとなくカチンとくるものを感じる。 「まったくいい迷惑だっつーの! だいたい、おれはちゃんと鍵は残してったろ? それなのに好きこのんで自分から牢屋に入るだなんて、何考えてんだよ!?」 怒りだしたポップに、ヒュンケルは言い返しもせずにわずかに苦笑を浮かべる。 「こんな状況で何笑ってんだよ、てめえっ!?」
ポップを怒らせてしまったようだが、ヒュンケルには悪気など微塵もなかった。 ただ、嬉しくて、抑えきれないだけだ――ポップの無事が。 そして――ここに閉じこもった理由もまた、教える気もなかった。 ポップが帰ってこなかったのなら、出る必要すらなかった。 いかにポップが望んだとしても、魔法も使えない魔法使いを安全圏から戦場へと送り出すような真似をしたのは、明らかに無謀だ。 万が一、ポップが帰ってこられなくなったのなら、ダイの帰還も無いだろうとヒュンケルは覚悟していた。 記憶を失ったダイを、人間へと繋ぎとめたのは紛れも無くポップの存在だ。そのポップを失ってしまって、ダイが今までと変わりなく過ごせるとは思えない。 最悪の場合、ポップだけでなくダイも――勇者さえも失うかもしれないと承知していながら、ポップを信じて送り出すのは相当な覚悟が必要だった。 だから、鍵を開けてくれたレオナや、呼びかけるマァムの優しさに反してまで、ここにとどまっていた。 だが――ポップが無事に戻ってきた以上、そんな一方的な覚悟などわざわざ教えるまでもないだろう。 「なんなんだよ、てめえは。案外、あっさりと出てきたな。姫さんがあんなに怒ってたぐらいなんだから、もっとごねるかと思ってたのによ」 まだ文句を言いたりなさそうな顔をしてポップは、ぶつくさとケチをつけてくる。 「姫には、悪いと思っている。これから謝罪に行くつもりだ」 「おお、そうしてくれよ、おめえのせいなんだから!」 いい気味だと言わんばかりの口調で言うポップに、ヒュンケルは静かに問いかけた。 「それでポップ、おまえの記憶が戻ったのことは、もう、みんなに知らせたのか?」 「んなの、あったりまえだろ。知らないのなんて、てめえだけだっての。もう、とっくにみんな――」 言いかけて、ポップは急に黙り込む。それから、急に階段を駈け登りだした。一階についた途端、ポップは一番近くの窓に飛びついた。 「すぐに戻ってくるから、ダイや姫さん達には適当に言っといてくれよっ」 その言葉と同時に、窓枠を蹴って飛び出したポップの姿がフッと消える。
その音だけで、誰が来たのかは分かってしまった。ならば、確かめるなんて無駄な手間をかける気はしなかった。 そして、さして待つまでもなく、想定通りの人物が入ってくる。 「師匠……!」 その一言だけで、マトリフには十分だった。 「フン……、やっと思い出したってわけか、この半人前が」 「へへっ、まあね」 ヘラッと調子良く笑い――そこまでが、ポップの限界だったらしい。 「…………!?」 マトリフが急に席を立ったせいで、揺り椅子が大きく揺れる。 「まったく、どこまで手を焼かせりゃ気がすむんだ、この考えなしのヒヨッコめが……」 魔法力を使い果たして眠ってしまったポップに、マトリフは呆れたように毒づく。 一を聞いて十を知る――それだけの頭脳に恵まれたマトリフには、全てが見通せた。この意地っ張りな弟子の、口には出さなかった気遣いに。 当然といえば当然の話だが、エイミが急の知らせを持ってきた後は、マトリフの元には連絡を持ってくる者はいなかった。 そもそも、人との接触を嫌って隠居生活を選んだのはマトリフの勝手だ。今更、情報を逐一知らせろと要求する程、身勝手に振る舞う気などない。 ――しかし、気になるのも事実だった。 全く気にならないと言えば、完全に嘘になる。だが、それを確かめるだけの体力がマトリフにはなかった。 それを知っているのは、ポップただ一人だ。 だからこそポップは、自分の記憶回復をマトリフに知らせるために、無理を押してまで直接やってきたのだろう。 「しかし、てめえの方がぶったおれちゃ何の意味もねえだろうか。馬鹿か、こいつは。かえって迷惑なんだっつーの」 ぶつくさ文句を言いながらも、ポップを引きずってベッドに放り込んでやるのは師匠としての最低限の優しさというべきか。 (本当に、つくづくアバンの野郎も面倒な弟子を育てたもんだ。騒がしい上に、人騒がせなことこの上ねえぜ) 今は亡き旧友の顔を思い浮かべつつ、マトリフは再び揺り椅子に腰を下ろす。 ポップが自然に回復して目を覚ますのが先か、それともポップの帰還が遅いと心配したダイ達がやってくるのが先か。
《後書き》 さらに、おまけとしてザボちゃんの腕輪設定もつけちゃいました!
《余分なおまけ》 今回ザボエラが使用した腕輪、実は最初から設定は決めていたんですが、話の展開上腕輪の蘊蓄やら歴史背景を述べる機会がなかったのが無念……!(<-自業自得) が、せっかく考えた設定を忘れるのも勿体ないので、ちょこっと付け足しておきます。もっとも、例のごとくこのおまけ文を読まなくてもssを読むにはなんにも不自由しないです(笑)
大半の怪物は動物並みに単純な思考しか持たないものですが、クロコダインのように高い意思の力を持つ者も存在します。そんな怪物達にしてみれば、自分達の種族を使い捨てにするように利用する魔族を許せないと感じる気持ちが強く、一時期魔界で大掛かりな怪物の反乱が発生しました。 しかし、数では怪物が上回っていても、狡猾さや基本能力では魔族が圧倒的に有利。 ただし、それらの道具には効力は強いものの、呪いの効果が備わってしまった物が少なくありません。 効能は作中で語った通り、怪物の闘争本能を刺激する効果と、はめた本人が死亡すると自動的にメガンテが発動する効果。 意思の低い怪物が多い場所で使用すると、自身が怪物の群れに襲われかねない代物ですが、チウがガルーダがそうだったようにある程度意志の強い怪物にとっては、この腕輪は闘争本能を高揚させる効果となって現れます。 周囲の怪物のレベルが高ければ、バイキルトを常にかけ続けているも同然なので、魔族との戦いには非常に有効な物です。 ただし、メガンテという魔法が自分の生命を投げ捨てる覚悟ができて初めて発動する魔法なだけに、この腕輪には自分の意思で身につけなければ効果が現れないという弊害があります。 ポップのように、魔法力はあっても使い方を知らない状態ならば、はめたら最後外せなくなるので、ザボエラにとってはひどく好都合だったわけです。本人の魔法力により効力が現われるので、ザボエラが裏で手を引いているとバーン達にバレにくいというセコい計算もありました(笑) おまけですが、希望の腕輪は作品中で説明した通り本人の魔法力を変換することで発動するので、魔法力のない者では効果がまったく現れません。
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