『空っぽの腕』

  


 空を見上げても、月も星も見えない。ただ、真っ暗な闇だけが広がっていた。

(まるで、もう夜明けなんか来ないみたいだな……)

 一瞬そう考えてから、馬鹿な考えだとポップは自分でそれを打ち消す。
 そんなことなど、あるはずがない。ちゃんと、月も星もあるに決まっている。太陽だって、朝になればちゃんと昇ってくる。

 ただ、今は見えないだけだ。
 森の木々があまりに茂り過ぎて、空が見えないだけだと分かっている。

 分かっているのに、それでも不安感が込み上げてくるのは……こんな時に決まって側に居てくれた人が、いなくなってしまったせいだ。
 いつだって自分を守ってくれた優しい先生には、もう二度と会うことはできない――。
(先生……)

 目や鼻の奥が、つーんと痛む。込み上げてくるものを押し殺そうと、ポップは毛布替わりのポンチョを深くかぶり、震える自分の身体を強く抱きしめる。

「……ポップ?」

 とっくに眠ったと思っていたダイから呼び掛けられて、ポップはギクッと身を強張らせた。
 泣きそうになっていたのがバレたのかと咄嗟に身構えたが、続いて聞こえてきた声は拍子抜けするものだった。

「ポップ……寒いの?」

 単純なダイは、ポップが震えているのを見てそう思ったらしい。

「ん……まあ、ちょっとな。でも、平気だよ」

 背を向けたままそう答える。実際、寒くないわけでもない。
 朝晩はさすがに少しは寒さを感じるようになってきたし、森の中での野宿だ。おまけに場所が悪くて、火も焚けない。

 だが、我慢できないほどではない。
 なのに、ダイはごそごそとポップの方に近寄ってきたかと思うと、ふわりとしたものを上にかけてくる。

 それがダイのポンチョだと気がついて、ポップは振り返ろうとした。だが、それよりも早く、二重のポンチョの下に小さな身体が滑り込んでくる。
 そして、小さくてもがっしりとした手が、いきなりポップを抱きしめてきた。

「おい、いきなり、なにしてんだよ?」

 驚くというよりは呆れてそう聞くと、ダイがしっかりとポップにしがみついたまま言い切った。

「だって、こうやって一緒に寝た方があったかいよ」

「…………ま、確かにな」

 実際、それは認めないわけにはいかない。
 二枚のポンチョもさることながら、お子様なダイの体温はポップよりも遥かに暖かい。
「ポップ、寝ていいよ。おれが、絶対に守るから」

 そう言われて一瞬どきっとしたのは、心を読み取られたかと思ったせいだ。
 アバンを失って以来、ポップはなかなか眠れなくなってしまっている。

 だが、ダイに心配をかけたくないのと、弱っているところを見せたくはないという見栄が手伝って、ポップは普段通りに振る舞っているつもりだった。
 そんな強がりを見透かされていたのかと焦ったが、ダイはいたって無邪気なものだった。
「見張りとかしなくても、平気だよ。モンスターとか出てきたら、おれ、ちゃんと分かるから。だから、ポップも寝なよ」

(……って、分かってねえのかよ?)

 眠れていないのをごまかすために、ポップは見張りをしているんだと、ダイには言ってきた。
 それをまともに信じ込んでいるのか、ダイは力強く請け負った。

「安心して、眠ってよ」

 見た目よりずっと力の強い手が、ポップの身体の向きを強引に変えさせ、真正面から抱きついてくる。
 そのくせ、その身体はポップよりも一回り以上も小柄で、ポップの腕の中にさえすっぽりと収まってしまう。

「……バーカ、生意気言ってるんじゃねーよ、別におめえに守ってもらわなくったって、おれは平気だって」

 ダイの頭を撫でるついでに、その身体を抱きしめ返すと、暖かさがより強まるような気がした。

 それがひどく心地好くて――不安を薄れさせてくれた。今まで張り詰めていた気が、ゆるりと解けていくのが分かる。
 アバンを失って以来、初めて感じる眠気に、ポップは逆らわずに身を任せる。

(変な奴だよな……)

 ここは怪物がやたらと出てくる森の中で、自分達は現在地がどこかも分からないまま、絶賛迷子中で。
 魔王を倒してお姫様を助けるだなんて夢みたいなことを言っている小さな勇者候補と、一緒に旅しているという無茶にも程のある旅の最中。

 なのに……不思議に安心できるのはなぜなのか。
 出会って間もない小さな勇者が、ひどく頼もしい存在に思える。こいつとなら、なにがあっても一緒に乗り越えられるんじゃないかと思えてしまう。

 互いに互いの暖かさに暖められながら眠りに落ちようとした時――腕の中で、ダイがなにかを呟いた。

「え? 今、なんつったんだ、ダイ?」

 思わず聞き返すと、今度ははっきりとその声が聞こえた。

「……ごめん……。ポップ……!!」

 その言葉と同時に、腹に鈍い痛みを感じ、突然の落下感がポップを包む。
 だが、その落下の恐怖よりも、ダイが遠ざかっていく感覚の方が遥かに勝っていた。

「ダイ――ッ!?」

 無我夢中で叫び、ポップは精一杯手を伸ばしてダイを掴もうとした――。
    





                               

「……っ!?」

 目が覚めて、真っ先に見えたものは空っぽの腕だった。
 なにもない、腕。

 しっかりと抱きかかえていたはずの、あの見慣れたぼさぼさ頭の少年の姿など、気配すらない。
 失望が胸を潰すのを感じてから、ポップはようやく現実を認識した。

(ああ……そっか……)

 あれは、夢だ。
 嫌になるぐらいリアルだったが、それでもただの夢だ。まだ、ダイと一緒に旅だったばかりの頃の、過去の記憶をそのまま夢でなぞっていた。まあ、最後だけは違っていたが、あれも過去の記憶の焼き直しなのには変わりはない。

 それだけのことなのに、凄まじいまでの悪夢となって寝起きを台無しにしてくれる。
 ポップは強く首を振って、夢を追い払おうとした。
 今、目の前にあるこここそが、現実だ。

 野宿とは程遠い、宿屋の一室。質素とはいえ、洗濯の行き届いた敷布や毛布や充分に寝心地がよく、暖かい。
 だが、夢と比べて、ひどく寒く感じるのはなぜだろう。

 ちゃんと毛布を被って寝ていたのはずなのに、やけに寒い。目覚めるなり、喉から勝手にこぼれだす咳は止まらないし、身体も妙に重い。

「風邪……引いた、かな」

 胸に感じる疼痛をあえて無視してそう呟き、ポップはゆっくりと起き上がった。


「おや、あんた……。ずいぶんと顔色が悪いけど、大丈夫なのかい?」

 宿代の支払いを済ませようとして、いきなりそう言われるのはいい気分のするものではない。
 だが、ポップはここしばらくの間にすっかりと身に付いてしまった笑顔を浮かべ、へらっと調子よく答えた。

「え? おれ、いっつもこんなものだけど。それよりさ、もう出発するからお勘定頼むよ」
 人のよさそうな宿屋のお女将さんは、まだなにか言いたげにポップを見ていたが、それでも引き止めるだけの理由が見つけられなかったらしい。

「まあ、それならいいんだけど……。今日は雪が降るとか言っていたし、気をつけておいき」








「…ハァ……ハァ……」

 荒い息をつきながら、ポップは手近な木に寄りかかる。
 そのまま座り込みたくなる誘惑に耐えながら、ポップは息を整えようと何度も深呼吸を繰り返す。

 さっきから、ずっとそうだった。
 ここ最近、急に寒くなってきたせいか、どうも身体の調子が悪い。
 決して、無理をしているつもりなどない。

 身体に負担のかかる野宿も避けて、わざわざ宿屋に泊まっているというのに、体調は良くなるどことか、日々、少しずつ悪くなっていくような気がする。
 特に、今日はひどかった。

 通常よりも格段にゆっくりと歩いているのに、いつも以上に身体が重たく感じられた。 宿を出た時は少し身体がだるい程度ですんだのに、歩けば歩く程、ひどくなっていく。段々と足が止まりがちになり、木にすがりつく時間が増えていく。

 とうとう我慢できず、非常用の薬を飲もうと荷物を探って初めて、薬が切れていることに気づいた。

(どうしよう……?)

 この薬は、師であるマトリフが特別に調合してくれたものだ。発作を起こしそうな気配を感じたら飲むようにと念を押されてもらったもので、今までポップはそれに従ってきた。 無くなりそうになったら必ずその前に来るようにとも命じられたのだが、今回は旅が長引いたせいと体調の悪さが響いて、足りなくなってしまったらしい。

 彼のところに戻りさえすれば、文句は言われるだろうが手当てもしてもらえるし、また薬も新しくくれるだろう。
 だが、それを実行すれば、せっかくここまで来た旅が台無しになってしまう。

 ポップの目的地は、この森の奥にあるという古い遺跡だ。
 今はもう失われた、古代の移動呪文の契約の魔法陣がある――それを確かめるために、ポップはやってきた。

 その呪文が、迷宮移動呪文……リリルーラの上位呪文である可能性があったから。
 迷宮の中ではぐれた仲間の元に移動できるリリルーラは便利な呪文ではあるが、あれは基本的に同一の迷宮内でしか機能しない。

 瞬間移動呪文のように、無限の範囲に有効な呪文ではないのだ。
 だが、古代に使われていた呪文の中には、今の呪文の効力を遥かに上回る物が幾つも存在していると聞く。

 もし、その呪文が、どんな遠くに離れた仲間の元にでも行ける効果を持つ呪文だとしたら――。
 ダイの手掛かりに繋がるかもしれないと思うと、とてもじっとしてなどいられなかった。
 苦労して、やっとここまで来たというのに、目的地まで後少しという所まで来て引き返すのは嫌だった。
 いくら、ポップが瞬間移動呪文を使えるとはいっても、魔法は万能では無い。

 瞬間移動呪文は、そうそう便利には使えない。知らない場所には行くことはできないのはもちろんだが、『知っている』場所に移動するのも、そう簡単ではない。
 町や村など、イメージが掴みやすい場所ならばいい。だが、森の中や荒野など、確固たる目印のない上に初めて来た場所は、そう簡単にイメージできない。

 近くにもっと印象深い場所があれば、無意識にそっちに移動してしまうこともあるぐらいだ。
 気分が悪くなったからといって一度、この場から撤退したのなら、この場所にまた戻ってこられるとは限らない。

 最悪の場合、また最初の地点から旅をやり直さなければならない可能性もあるのだ。それを思うと、安易に帰る道を選ぶわけにもいかない。
 空からチラチラと雪が降ってくるのを感じながらも、ポップは前進を選んだ。

(このぐらいなら……まだ、大丈夫だよな)

 左胸を服の上を押さえながら、ポップはまた、ゆっくりと歩きだした――。







「………………」

 言葉も無く、ポップはがっくりと膝を突く。
 雪がうっすらと積もりだした地面に直接降れたズボンに、冷たい水が染み込みだしたが、それさえ気にならない。

 巨大な石の柱を配置した、環状列石タイプの遺跡。
 森の奥に人知れず忘れ去られていた、苔むしたその遺跡を、ポップは絶望の目で見つめていた。

 ポップの目は、魔法陣の説明の書かれた碑文に釘付けだった。
 集団の人間を一度に運ぶための移動魔法を補助する、魔法陣……それは、確かに現在は失われた呪文だろう。だが、今、ポップが必要としている呪文からは程遠かった。

 おまけに古すぎて石の柱は半ば以上壊れ、地面に配した石の置き場もずれてしまっている。これではもはや効力もない上に、正しい魔法陣の形すら推察もできない。
 ……もっとも、ダイを探す手掛かりにならないと分かった以上、そんなものはポップにとってはもはやどうでもいいことではあったが。

 ショックが大きすぎて、立つこともできない。
 しんどい身体を騙し騙ししながらやっと辿り着いた結果がこれでは、救われない。今まで気力で押さえこんできた疲労が、倍加してドッと押し寄せてきた気がする。
 静かに降り積もる雪が、魔法陣を白く染めていくのを、ポップは呆然と眺めていた。

「……?」

 ぽとっと、口元からなにかが落ちる。下を見ると、雪の上に赤い染みが突然咲いていた。 それが自分が零した血の滴だと、ポップが気付いたのは次の血の塊が喉元に込み上げてきてからだった。

「う……っ!? …く……っ」

 熱い塊が喉を逆流する不快感と、胸をかきむしるような痛みのどちらがより強いのか、自分でも判別できない。
 咳き込み、倒れる自分を、ポップはどこか人事のように感じていた。

 ごく浅い雪は、倒れるポップを受け止める役には立ってくれない。ただ、服を濡らすだけで、体温を奪うだけだ。
 移動呪文を唱えようとして――ポップは初めて、自分にそれだけの気力さえ残っていないのに気がついた。

(こんなところで……終わり、かよ…………)

 自嘲じみた思いが込み上げてくるが、それはすぐに諦めへと変わった。
 魔王との戦いの中、なんとかぎりぎりで生き延びてこられたが、ポップはそれを自分の実力と思ったことなど無い。

 いつも、誰かに助けられてばかりだった。
 自分一人っきりでできることなど、どうせこの程度だ。平和になった世界での旅の最中に、うっかりと死んでしまうなんて間抜けな最後は、いっそ自分に相応しい気さえする。
(でもよ……できるなら……ダイに、もう一回、会いたかったなぁ……)

 空を見上げても、厚い雲に遮られて太陽も見えない。
 ちらつく雪が、霞んで見える。このまま意識を失ったのなら、もう二度と起きられないだろうなと思いながら、ポップはそのまま気を失った――。
 





                                   

 ふと気がつくと、暖かくて、心地の良い場所にいた。
 そして、どこかからかはしゃぐ子供の声が聞こえる――。雪が降ったのが嬉しくてたまらないとばかりにはしゃぎ、楽しそうに転げ回って遊ぶ子供の声が。

(ダイ……か?)

 さっきまでの胸の痛みも和らいでいるし、また、夢でも見ているのかとポップは思う。
 ――だが、夢なら、夢でもいい。
 ダイに会えるならそれでもいいと思い、ゆっくりと目を開けるか開けないかの内に、優しい声が降り懸かってきた。

「おお、目が覚めたかね」

 ポップのすぐ目の前にいたのは、年老いた神父  はっきり言って、見覚えのない人だ。 寝かされているベッドも、部屋も、初めてみる場所だった。

 なによりポップを失望させたのは、窓の外の光景だ。積もった雪の中ではしゃぎ合って遊んでいるのは、ダイじゃない。
 大勢の見も知らぬ子供達が、楽しそうに遊んでいるだけだった。

「ここは……?」

 起き上がろうとするポップを、老神父はやんわりと制した。

「ああ、無理に動かない方がいい」

 ここは魔王軍との戦いで、親を失った子供達が暮らしている孤児院だと軽く説明しながら、老神父の皺の浮いた手で優しくポップの額に触れる。
 その手が、かすかだが回復魔法を帯びていることに、ポップは気づいた。

「よかった、熱もずいぶんと引いたようだね。君は、森の奥で倒れていたんだ。もう少し発見されるのが遅かったら、手遅れだったかもしれないんだよ……君は、本当に運がよかった」

「運が、いい……ね。おれには、とてもそうは思えないけどな」

 思わず投げやりになってしまうのは、絶望感の方が強かったせいだ。
 ダイが行方不明になって以来、ポップの捜索は全てがからぶっている。ダイに似た少年がいるという噂を聞いては、確かめに行って失望を味わったことなど、数しれない。

 もう探す当てすらも見つからなくなって、伝説のアイテムや呪文などを求めて探し始めているのに、それさえも成功しないときては、運がいいどころか、運に見放されているとしか思えない。
 だが、老神父は首を横に振りながら言った。

「何を言うのかね、君は幸運に恵まれたからこそ助かったんだよ。そうでもなければ、あんな所にいたのに助かるはずがなかったんだから」

 ポップが倒れていた場所は、普段は誰も近寄らない場所だった。
 得体のしれない魔法陣を嫌ってか、樵や猟師でさえめったに近寄らないような森の奥地。
 一番近いのはこの孤児院だが、森は危険なので子供達にも入るのは禁じている。
 だが、今日だけは特別な日だった。

 クリスマスを祝うために、大人になってこの孤児院を巣立っていった者達が戻ってくる、年に一度の日。
 そんな一人が、たまたま近道を通ったために、ポップは発見された。

「これが幸運と言わずに、何と呼ぶのかね? 私には、クリスマスの奇跡としか思えないね」

「クリスマス……そっか、もうそんな時期だったんだ」

 すっかり忘れていたと、ポップはぼんやりと思う。ここのところ、ダイ捜索の旅でいっぱいいっぱいで時間の感覚すら無くしていた。
 そんなポップに、老神父は言い聞かせるように、優しく、だが、力強く言う。

「そうだよ、君はクリスマスの幸運に助けられたんだ。それと、勇者様のおかげでね」

「勇者……」

 突然、耳に飛び込んできた名前に、心臓が跳ね上がる。

「ああ、勇者様のおかげだよ。あの森は少し前まで、怪物が絶えない場所だったんだ。だが、勇者様が大魔王を倒してくれたからこそ、怪物がおとなしくなった。そうでなければ、君は発見される前に怪物に襲われていたかもしれないよ」

 だから君は幸運なんだよと重ねて言い聞かせる神父は、知るまい。老神父が思っている以上に、その言葉が真実であることを。
 まさに、ポップはダイに助けられたからこそ、命拾いしたのだ。

「何があったか知らないが……せっかくのクリスマスに、そんな顔をするものではないよ」
 老神父の言葉はどこまでも優しく、ポップを気遣ってくれるものだった。

「  そう言えば、ありがとうございます。助けてもらったのに、おれ、お礼も忘れてて……」

 今更ながらだが、ポップはなんとか身を起こして頭を下げる。
 ショックが強すぎてすっかりとそれに気を取られてしまったが、思えば目の前にいる人は命の恩人なのだ。

「いや、気にすることはない。それより、どうかね、これも何かの縁だ。起きれるようなら、うちのクリスマスに参加してくれないかね? クリスマスのお客様は、いつだって歓迎するよ」

 その誘いに、ポップは小さく頷いた――。







 それは、質素なクリスマスだった。
 この教会はかなり古いらしく、よく見れば壁にはひびが入っているし、設備も古い物ばかりだ。

 だが、丁寧に掃除され、子供達の手で精一杯の飾りつけがされている聖堂には、意外なくらい大勢の人がいた。

「おっ、あんた、もうよくなったのかい? よかったな!」

「あ、おにいちゃん、こっち、こっち! この椅子、一番暖かい場所なんだよー」

「ご飯、食べれる? あっ、当番さーん、もう一人前分のご飯、なんとかなるー?」

 はしゃいでいる人々は、突然紛れ込んだポップを快く歓迎してくれた。ポップの正体や事情を一切聞かないまま、優しくしてくれた。
 老神父の意外にもよく通る声が、ミサの祈りを捧げる。

 年嵩の少女の引く拙いオルガンに合わせて、賛美歌を合唱する人々の表情は明るかった。 その後始まったこぢんまりとしたパーティは、素朴ながらも温かく、気持ちを和ませてくれた。

 やっぱりあまり体調がよくなくて、パーティの途中で引き下がらせてもらい横になる羽目になったが、それでも温かい気持ちは続く。
 さざ波のように聖堂から聞こえてくる、子供達のはしゃいだ声が不思議に心地好かった。
 それを聞きながら、ポップはぼんやりと思う。

(……そういやダイの奴、覚えているのかな……)

 無人島育ちで、クリスマスやサンタクロースなんて知らなかったダイに、ポップはそれがどんなに楽しくて、幸せな日なのか教えてやったものだ。
 実際にその時が来たら、ポップはダイのために、できるだけ賑やかなクリスマスを過ごさせてやりたいと思った。

 ダイだけではない、魔王軍との戦いで頑張っているレオナや、マァムやヒュンケルや、仲間達全員とクリスマスを送りたいと思っていたのだ。
 その前に、ダイがいなくなるだなんて思いもしないで――。

 ちくんと胸が痛んだが、さっきまでのように絶望に潰されることなく、ポップは窓の外を眺めた。
 今も、やはり月も星も見えない。雪が降る空が、全てを覆い隠してしまう。

 だが――無くなってしまったわけじゃない。
 ただ、今は見えないだけだ。
 明日になれば、太陽もまた昇る。月や星だって、きっと輝く。

(……そう、だよな)

 自分で自分にそう言い聞かせながら、ポップは思う。
 具合がよくなったら、まずはレオナに会いに行こう、と。
 考えてみれば、パプニカ城を飛び出してから、一度も連絡を入れていなかった。勝ち気な彼女のことだ、きっと怒るだろうが――怒られるのも悪くはない。

 怒りながらもレオナはきっと、ポップは知りたいと願う情報を教えてくれるだろうから。
 ついでに、この孤児院のことを相談してみるのもいいかもしれない。老神父は何も言わなかったが、これだけ子供がいる孤児院の経営が楽であるはずがない。

 一応、ここら辺はパプニカ領域だし、レオナか三賢者に相談すれば補助金やら、何かが出るかもしれない。
 それから、仲間達の消息を確かめよう。

 ずっと気に掛けていながらも、ダイ捜索を優先して会いもしなかった仲間達に、なんだか無性に会いたくて仕方がない。
 いや、別に会えなくてもいいから、元気かどうかだけも知りたい。

 勇者捜索が打ち切られた同時にバラバラになってしまった仲間達だが、別に連絡を絶ったわけではない。
 何か情報が集まったら、レオナのところに連絡し合おうと決めてある。

 もし、レオナも知らないようならば、ポップから会いに行ってもいい。瞬間移動呪文を使えるポップには、それができるのだから。
 そんな風に、元気と安心を分けてもらってから、また、改めてダイを探せばいい。

 そう心に決めて、ポップは目を閉じる。
 横たわるポップの腕は、いまだに空っぽのままだ。
 だが、空っぽのままの腕なのに、ほんの少しだけ温もりが戻ったような気がした――。                               

 

                                               END


《後書き》
 サイト開始以来、二度目のクリスマス話です〜。
 なはは、実は一年目のクリスマス話を書いた時、ダイがいない間のクリスマスにポップが行き倒れかけていたと書いたんですが、その詳しい話だったりします(笑)


 こ、こーゆーのも伏線っていうのかな?(<-絶対、言わない)
 でも、お話の原形は去年の時点で、もう浮かんではいたんですよね〜。
 

 ところで全くの余談になりますが、ポップを助けた孤児院は経営破綻寸前でした。いつになく里帰りする者が多かったのは、これが最後のクリスマスになるかもと……いう予感が強かったからなんですよ、実は。
 しかし、この後、奇跡的に国から助成金が出たおかげでちゃんと存続します。
 

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