『宝玉の輝き』 |
最初は、それは目の錯覚だと思っていた。
その剣には、銘は刻まれてはいなかった。 それは、魔界随一と言われた武器職人、ロン・ベルクの最高傑作とも言える剣だ。 その剣に与えた名も、至ってシンプルだった。持ち主となる少年の名を冠しただけのもの。
台座に据えられた剣の周囲には、花が満ちていた。野に咲く花をまとめたような、素朴な、だが暖かみのある拙い花束がいくつも捧げられた台座。 まるで、慈しむ様に。 手で軽く宝玉に触れ、手の影でひさしを作るようにしてから、やっと分かる程度の淡い輝き。 「今日も、ダイ君は元気みたいね。よかったわ」 レオナのすぐ後に立ってたのは、ノヴァだ。 パプニカ王国への親善大使としてやってきたノヴァは、現在、パプニカ城に短期滞在中だ。 面倒な公務やら儀式張った会見などを経て、やっとかつての仲間として、腹を割って気楽に話をできる時間を持てた。 「…………」 だが、せっかく護衛兵やら侍女の目を気にしないで忌憚なく会話できるチャンスだというのに、言葉に詰まってしまう。 実際にダイが行方不明となった時に居合わせ、その後、ダイの生存が確認できるまでの一行の嘆きや絶望を知っているだけに、ノヴァにはうかつな慰めは口にできない。 すぐに見つかるとか、もうすぐ会えるだなんて無責任な気休めは、相応しいとは思えない。 「その宝玉が輝いている限りは、持ち主は生きていると、先生が保証してくれましたからね」 ダイの行方は、分からない。 この剣の宝玉は、持ち主であるダイが生きている限り、輝き続けると。 だが、ノヴァがこの剣を見にくるのは、久し振りだ。 そのせいで、ダイの捜索にはほとんど手を出せない有様だが、気にしていないわけではない。 ノヴァもまた、ダイの剣の宝玉に手を触れ、輝きを確かめる。 そうやって二人で並び、黙って剣を見つめていると、聞き慣れた声がいきなり降ってきた。 「おーいっ、姫さん、ノヴァ。マリンさんが青くなって探してたぜ、そろそろ晩餐会の準備があるのにって」 そう言いながら、崖の上にふわふわと浮かんでいるのは緑色の服を着た少年。 「やだ、そうだったわね。そろそろ戻らないと」 「おう、そうしてくれって。二人そろっていなくなってくれたせいで、マリンさんとアポロさんが大慌てしてたぜ。まったく、こんなとこでなにやってんだよ?」 少しばかり不機嫌そうなポップに、レオナは済ました顔で言ってのけた。 「ちょっと、宝玉が曇ってるんじゃないかって、話をしていたのよ。ね?」 (……?) そんな話題など、かすりもしなかった。 「え? マジかよ?」 ポップは剣の側に舞い降りてくると、じーっと宝玉を見て、袖でそれを拭っては、もう一度覗きこむ。その様子を見て、ノヴァは息を飲んだ。 「……っ?!」 驚きのままポップに呼び掛けようとしたノヴァの袖を引き、レオナは静かに唇の前に指を一本当てる。 「なんだよ、なんともないじゃん。驚かせないでくれよな」 「あら、ごめんなさい、目の錯覚だったみたいね」 「ま、いいけどよ。それはそうと二人とも、すぐに城に戻ってくれよ」 「ええ、安心して。もう少ししたら帰るから」 「姫さんの『もう少し』って、いまいち信用出来ないんだけどな〜。ま、いいや。ノヴァはルーラ使えるだろ、姫さんを頼むぜ。おれはアポロさんを探して、二人が見つかったって伝えてくるから」 慌ただしくそう言うと、ポップはふわりと地面を蹴って再び飛んでいく。宮廷魔道士見習いになってからだいぶ立つはずだが、落ち着きのなさは変わりないなと呆れながらも、ノヴァはその姿が十分に遠ざかるまで待った。 「――見たでしょ?」 質問と言うよりは、確認を求めてのような言葉に、ノヴァは頷く。 「ええ。最初は、目の錯覚かと思いましたが……」 だが、見間違いではなかった。 「あたしも、最初はそう思ったわ。でも、何度か見かけて……違うって分かったの」 それは、レオナだけが知ってる秘密だ。 特に、何も知らない一般人が勇者の剣に花を捧げるような時間には、居合わせるのさえ嫌がる。 あの意地っ張りな魔法使いは、ダイの剣を見つめる自分を、他人から見られるのを好まないのだろう。 誰が触っても、宝玉は光るものだと思っている。 「不思議ですね……あ、そうだ、先生に聞いてみましょうか。どうしてなのか理由が分かるかもしれないし」 「ありがとう。でも、別にいいのよ」 「え……っ?」 まさか、申し出を断られるとは思っていなかったのだろう。ノヴァの表情に、当惑に浮かぶ。 そんな素直さと若さを残したままで、国の中枢に関わっている彼の苦労を案じながらも、友人としてその率直さを嬉しく思う。 「申し出は嬉しいのよ? でも、ごめんなさいね……別に、『理由』なんて知りたくはないの」 それは、真理を看破する正義の使徒にあるまじき思いかもしれない。だが、レオナの本心だ。 だいたい、聞かなくても予測だけなら幾らでもつけられる。 もしかすると、ポップの中に混ざり込んだ、ほんのわずかな竜の騎士の血が影響しているのかもしれない。 あの剣は注ぎ込まれる魔法力にも耐え、鞘を使えば増幅さえ可能な作りになっていた。つまり、元々、魔法力によく反応するように配慮を凝らした剣なのだ。 あの頑固者の偏屈職人な魔族は、言葉を飾らない。 彼の説明を聞けば、この密やかな疑問を綺麗に拭い去ってくるかもしれない。 サンタクロースの正体はどうせ両親なのだとせせら笑い、冷めた目でそれを確認しようと、誰が望むだろうか。 弾む様なこの胸のときめきを抱え、わくわくしながら夢が叶うと信じ、目を瞑っていたいのだ。 「ダイ君とポップ君は、魔王との戦いの中で、最初から最後までずっと一緒にいて……誰よりも信頼し合っていたわ」 独白のように、レオナは呟く。 「ちょっと妬けちゃうぐらいに、二人の絆は特別だった。かなわないなって思ったこと、一度や二度じゃないのよ?」 「気持ちが、分かる様な気がしますね。あの二人は、本当に特別だったから……」 ノヴァが生真面目に、言葉を返す。
今は、遠く離れているかもしれない。 そう思う。
魔界。 周囲に転がるのは、ダイがたった今切り捨てたばかりの魔物達であり、ヴェルザーは眠っている。 この澱んだ魔界では決してふくことののない、心地好い風か。 (……ううん、違うや) もっと暖かく、もっと懐かしく胸を焦がす記憶。 いつも自分の隣にいてくれた魔法使いが、当たり前の様に与えてくれたもの。 「ポップ……? おまえが、呼んだのか?」 ダイの呼び掛けに、答えが戻ってくることはない。 《後書き》
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