『戦いの狭間に』

 
  
 

 大斧が風を撒いて、唸る。
 あまりにも巨大な斧は、その大きさからは信じられないぐらいの迅さで少年に迫る。だが、彼はすぐには逃げなかった。

 ぎりぎりまで斧を引きつけてからブーツを履いた足が強く地面を蹴り、身体を後ろに逃がす。
 しかし、その動きは完全に相手に読まれていた。一度振り切られた斧は、返す形で再び軌道を変え、即座に唸りをあげる。

 その斧に対して、少年の手に握られた武器は杖だった。
 腕力のない女子供であろうとも軽く持てる程度の重さしかない杖は、一応は金属製とはいえいかにも細く、頼りない印象は否めない。

 だが、両手でしっかりと杖を握りしめた少年は、渾身の力を込めてそれを振るった。
 真正面からぶつかりあえば、ひとたまりもなく折れるか切れるのは、杖の方だ。だが、斧の動きに逆らわず、かすめるように叩きつけられた杖は、堅い金属音を立てて弾かれる。

 しかし、そんなわずかな接触でも斧の軌道を変えるだけの力はあった。
 わずかに軌道を逸れただけでも、避ける時間を稼ぐには立場には充分だ。そのほんのわずかな隙を逃さず、少年はなんとかそれを避ける。

 正直言って、少年の動きは華麗とは言いがたかった。そもそも彼の動き自体は、それほどは素早くはない。
 小技を使いまくってやっと、それこそ紙一重のぎりぎりになんとか逃げているような有様だが、それでもたいしたものだ。

 戦いの場で、相手の動きをきちんと見切って的確に動くのには想像以上に難しいものだ。 戦場では、あらゆる意味で普段通りの行動を取るのが難しい。
 戦いに対する感情……恐怖や怒りなどの思いさえもが気負いや動揺を生み、身体の動きを呪縛する。

 戦いの時にいつも通りの動きをとれるようになるまでには、少なからぬ慣れと訓練を必要とするものだ。
 そして、それ以上に必要とされるのは、勇気。

 敵を前にして、怯まずに自分のペースを保てるかどうかが、戦いの場での生死を分ける。 その意味では、少年は戦場に相応しい胆力を備えていた。
 斧を振るっているのは、人間ではない。

 人間以上の巨漢であり、魁偉な姿を誇る鰐系の怪物。
 リザードマンと呼ばれる獣人を相手に、少年は杖だけを武器になんとか渡り合っている。
 だが――。

「……そろそろ限界のようだな、ポップ」

 リザードマンの口から漏れたその一言に、少年――ポップは肩で息をしながらも首を横に振った。

「ま……まだ、まだだっ!」

 疲れのせいで構えた杖が少しずつ下がっているが、それでもポップは杖を持つ姿勢を崩さない。
 徹底抗戦の姿勢を見せるポップに苦笑しながらも、リザードマン――クロコダインは穏やかに水を向けた。

「おまえがまだでも、オレは一息入れたいところでな。さすがにこんな形式での訓練では普段とは勝手が違って、案外疲れる」

 再度の誘いに、ポップはやっと持っていた杖を下ろす。

「お、おう、……おっさんが、そこまで、言うなら……休んで、やっても…い、いいぜ」

 どう聞いても強がりなその一言と同時に、ポップはぶっ倒れるようにその場に寝っ転がった――。






 ことの起こりは、クロコダインの律義さだった。……いや、ポップの無茶さと言うべきか。
 つい数日前にダイ達勇者一行が遭遇した、最大の攻防であるバラン戦。

 その際、ポップはダイを守るために単身で敵に挑んだ。無謀だと止められるのを見越して、わざと仲間割れをしたフリまで装って、敵の数を減らそうとしたポップのその選択――。

 その時一緒にいたクロコダインやレオナから見れば、真相を知った時の衝撃は大きかった。
 ポップの憎まれ口を真に受けて、演技だということも見抜けず、みすみすポップの独走を見逃してしまったことへの後悔。

 ポップの真意も読み取れずに疑った詫びにと、好きなだけ殴れと思ったクロコダインは律義にもその約束を守ろうとした。

 バラン戦の後、ポップの体調回復を待ってから、クロコダインは生真面目にその話を持ちかけた。
 が、ポップ本人がそれを嫌がったのだ。

「冗談じゃないぜっ。ンなことをしたら、おれの手が痛くなるなるだけだっつーのっ!」

 騙したのはこっちだし、疑われて当然。怒ってなんかいないからと、主張するポップからすれば、クロコダインの申し出は予想外のものだったらしい。
 絶対に嫌だと拒否するポップだったが、クロコダインとてそれで引く気はなかった。
 はっきり言って、それではとても気がすまない。

 しばらく意地を張り合った末、しぶしぶのようにポップが出してきた妥協案が、この武術訓練だった。

「ここんとこ全然動いてなくて身体がなまってるし、それに身体を使う系の稽古なんて全然やってないからさ」

 基本的に訓練嫌いのポップだが、実戦における格闘技の重要性は承知はしている。単に身体を鍛えるだけでは身に付かない、実戦形式の稽古の有効性も知っている。
 だが、残念ながらというべきか、アバンの手を離れて以来、それをやる余裕もなければ、丁度いい相手もいなかった。

 真っ正直なダイやマァムでは、稽古だからといって相手に手加減が出来るほどの腕も、経験もない。
 それこそ全力で、真剣勝負をするような勢いでかかってくる。
 だが、それではポップとしては困るのだ。

 いくらポップが魔法使いとしては異例なほど体術訓練を受けているとはいえ、本格的な戦士には程遠い。
 いくら模擬訓練とはいえ、本業の二人と互角に戦える程の技術も体力もない。

 たちまち負けてしまうだけでは、身体の動きを掴むどころか何もできやしない。ただ、無駄にダメージを受けるだけで終わりだ。
 マトリフと出会ってからは、魔法を使っての訓練は格段に進歩したが、体術の相手としては論外だ。いくらなんでも、年齢的に無理がある過ぎる。

 かと言って、ヒュンケルに頼むのは……ポップ的には死んでも嫌だった。
 冷静に判断するなら、ヒュンケルが一番技量がある分、手加減もできるだろうと分かってはいるが、分かっていても嫌なものは嫌だ。

 そんなこんなで、結局、長い間格闘稽古をやってこなかったポップだったが、バラン戦の時ほどそれを悔いたことはなかった。
 魔法が全く効かない相手に対して、ポップはあまりにも無力だった。

 決死の思いでかけたメガンテも、不発に終わったのは未熟すぎたとしか言い様がない。 もっと強くなるためには、苦手だのなんだのと言っていられない。しばらく寝込んでいたせいで、体力が落ちたことを思えばなおさらだ。

 その意味では、クロコダインからの申し出は、ポップにとってはいい機会ではあった。 クロコダインならば技量的には申し分ないし、こんな訓練をしていることを周囲にバレたくないポップに付き合って、口を噤んでくれるだけの度量もある。

 一方的に殴るよりも、遥かに得るものが多い実戦さながらの模擬訓練は、ある意味では丁度よかった――。






「しかし、魔法使いにしてはなかなか筋がいいな」

 ポップの息が整った頃を見計らって、クロコダインは感心したようにそう褒めた。
 実際、その言葉は本音だった。
 魔法を一切使わないという条件だった割には、ポップは意外なくらいに動きがいい。

 職業から言えば、それは大健闘と言えるだろう。
 魔法使いの大半は、身体能力がなっていない。ほぼ一般人と変わりのない者が多いし、下手をすれば頭脳労働に力を入れる分、肉体強化をおろそかにして、運動神経は通常以上の鈍い者も珍しくはない。

「そりゃあ、先生に習ったんだから、当然!」

 得意そうに、ポップが胸を張る。……まあ、まだ寝っ転がったままで言っているのだから、いまいち決まらないが。

「アバン先生はさ、いっつも言ってたんだぜー、心も身体も鍛えてこそ意味があるのだから、文武両道を目指しなさいって」

 その主義に乗っ取り、アバンは戦士のヒュンケルや僧侶戦士のマァム、勇者のダイにも知識の授業は欠かさなかったし、魔法使いであるポップにも格闘稽古を施した。
 アバンがポップに仕込んだのは、基礎レベルの護身術に過ぎない。だが、そのおかげで、ポップは並の一般兵士程度の動きなら可能だ。

 防御が薄いせいで敵の攻撃を食らえばそこで終わる可能性があるため、前線に出るのはかなり無謀と言えるが、完全に無茶とは言い切れない。
 ポップの動体視力はなかなかのものだし、瞬発力や反射神経も悪くはない。

 今は訓練ということで、ポップ自身の運動神経だけで避けていたが、これに移動魔法の力を加えて動きを底上げすれば、格段に動きは速まる。
 基本を抑えていればこそ、応用も利くのだ。

 そして、攻撃に関しても同じだ。
 腕力がない分、武器で攻撃したところで効果は薄いが、ポップには初級魔法から中級魔法までなら詠唱時間をほとんど使わずに魔法を発動させる素早さがある。

 その素早さを活かせば、並の剣士が剣を振るよりも早く、攻撃を仕掛けるのは十分に可能だ。
 さらに言うのなら、ポップの得意呪文は火炎系だが、その他の系統の魔法も多く習得している。

 呪文の多彩さと発動の早さで相手を攪乱させ、相手の隙を見て大呪文を打ち込めば、ポップの勝ちだ。

(実際、オレでも、……もう勝てぬかもしれんな)

 クロコダインはそう思わずにはいられない。
 今回の訓練はポップの希望ということもあり、クロコダインの攻撃を魔法抜きでポップが避けるという形で行われた。

 だが、実際にはポップは魔法を使えるのだ。
 初めてポップと戦った時でさえ、彼の炎系呪文の威力は馬鹿にはできなかった。さすがにそれだけで即死する程やわではないが、直撃を受けたなら大ダメージは免れなかっただろう。

 不意打ちでダメージを与えられた後で、追撃を受けたのなら……かなり危なかったと今でも思う。
 当時でさえそうだったのに、今のポップはあの時よりもずっと成長している。

 ポップの魔法の威力が上がっていることを考慮に入れれば、魔法込みの訓練だったのなら――結果は全く逆になっていたかもしれない。
 だが、クロコダインのそんな感想など知らないポップは、呑気なものだった。

「それにしても、こりゃあ明日は筋肉痛になりそー。最近、ぜんぜんやってなかったから、なまりきってるよなあ」

 やっと起き上がったものの、身体のあちこちを擦りながら、ポップは大袈裟な悲鳴を上げる。
 あまりに大袈裟過ぎてとても本気で心配する気も無くすような泣き言を、クロコダインは目を細めて聞いていた。

 ポップを見つめるクロコダインの目は、優しく、暖かいものだった。
 ――彼は、この魔法使いの少年を気に入っている。
 臆病なお調子者のようで、根は呆れるほどに無茶で、時としてとんでもないことをしでかすこの少年を。

 以前、武人の誇りも忘れかけ、道を踏み外しかけていたクロコダインの目をぬぐってくれたのは、ポップだった。

 人間という種族をこれ程までに気に入ったのも、ポップの存在がきっかけだった。この少年に出会わなければ、クロコダインは人間の本当の素晴らしさを知らないままだっただろう。

 その意味で、ポップには心から感謝している。
 ダイに力を貸したいのとは少し違う気持ちで、ポップのためにも力を貸したいと思う。 そのためになら、どんな協力も惜しむつもりはない。

「さっ、十分やすんだし、もう少し付き合ってくれよ、おっさん。やっと勘を取り戻してきたところなんだ」

 ぴょこんと立ち上がったポップが、身体慣らしをするように軽く屈伸運動を始める。まだまだやる気に満ち溢れた姿を見ては、返せる言葉は一つしかなかった。

「おう」

 短く応え、クロコダインは斧を片手に立ち上がった――。
                                   

  
 


                                    END


《後書き》
 66666hit記念リクエスト、『クロコダインとポップの話』でした! このリクを受けて、真っ先に頭に浮かんだのは、バラン戦でした。バラン戦でのクロコダインとポップの会話とか、もう好きで好きで♪

『許せよ、ポップ。あの世で会ったら、好きなだけオレを殴れ…!!』

 バラン戦でのクロコダインのこの台詞、大好きなんです! まあ、結局はポップもクロコダインも死ななかったから、この覚悟は必要なくなったんですが(笑)
 でも、クロコダインのおっさんがこの決意を反古にしたとも思えなくて、妄想した結果こんな話になりました!
 この話は、ポップメガンテ死亡後の空白の七日間の最期ら辺のお話でもあります。
 ……いざ完成したらすんごく地味な稽古話になっちゃって、なんだかとても申し訳ないんですが。


 しかしポップの肉体戦闘力って、物語を書く上で悩みどころの一つです。
 ステータスを見てみると、最終段階でのポップの体力やHPはそこそこ高いんですよね、力は結局レオナよりも低いまんまですが(笑) 特に初期〜中期ぐらいまでのステータスでは、中ボス級の敵の攻撃が一発でも直撃したら、そのまんま即死圏内なHPの低さと防御力のなさ……っ(笑)


 だけど、ポップは曲がりなりにも前線で戦っているキャラクターなだけに、全く接近戦ができないってわけでもなさそう(<-と、思いたい!)
 実際にダイと一緒に受けていた修行では、ちゃんと体術訓練も受けていたし。
 アニメ版では、実は最初の頃はダイよりもポップの方が格闘訓練で上回っていたというデータすらあります!(<-うちではアニメ版は。徹底解析でも考慮の対象から外してありますけど)


 まあ、解釈は人それぞれでしょうが、うちでは今のところ、ポップは体術も多少はできるがそれ程のレベルではない。
 魔法抜きなら、ロモス武術大会出場者達>ポップ>チウ、バダックさん(笑)>一般兵ぐらいじゃないかなー、と。
 得意なのは、もちろん回避運動の方。
 敵の攻撃を躱しながらレベルの低い呪文で牽制をかけ、高いレベルの呪文で相手にとどめを刺すという戦闘スタイルを得意とするという、原作設定のままで考えています!
 
 

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