『意味深なリング …おまけ』

  

「マァム! 待てよ、待ってくれったら!」

 どんなに呼びかけても、決して振り返ってくれない。
 馬の尻尾のようにくくった髪の毛を揺らしながら走っていくマァムを追って、ポップは必死に追いかけた。
 そりゃあもう、必死にならざるを得ない。

 心理的な意味でもそうだが、肉体的な意味でも全力を出さなければとてもついていけない。
 ポップとマァムでは、はっきり言って足の速さはともかく、体力が段違いだ。元武闘家であり、現役騎士であるマァムの方が、格段に上なのだ。

 デパートの中という、人込みや障害物がやたらとある場所だからこそ、マァムも全力疾走できないからポップでもついていける。
 もっとも、ポップにしてみれば、いっそ邪魔がない方が楽なのだが。魔法を使って飛びさえすれば、マァムに追いつくなど簡単だ。

 だが、こんな人込みのある室内で飛翔呪文を使うのはさすがに非常識だし危険だという概念が、ポップを地に縛りつける。
 だが、チャンスが訪れたのは、マァムが逃げるために階段を選んだことだった。

 ベンガーナデパートには、魔法技術を駆使したエレベーターが完備されている。一階から最上階にあたる五階まで移動出来る優れものなのだが、これは昇り専用であり、降りる時は自力で階段を下りていくしかない。

 レオナとの付き合いで何度かこのベンガーナデパートにきたマァムもそれは知っていて、迷わずに階段を駆け降り始めた。
 ポップに優に一階分以上の差をつけて、マァムは階段を駆け降りる。
 が、ポップはその後は追わなかった。
 階段の踊り場にある窓に飛びつき、一気にそこから飛び下りる。

「おっ、お客様っ、何をっ!?」

 後ろから店員の仰天した声が、地上からは身投げを目撃した一般市民の驚愕の声が上がる。
 ポップの身体はまっすぐ落下すると見せかけて、徐々に速度を落とし、地上に落ちる時にはほとんど制止に近いほど緩やかになっていた。

 有り得ない光景を目の当たりにして、一同は驚きに目を見張る。
 上からも下からも、双方の見物人が呆気に取られる様子はなかなか壮観だったが、ポップは見てもいなかった。
 ちょうど、入り口まで駆け出してきたマァムの前に立ちはだかって、両手を広げる。

「待ってくれよ、マァム! 誤解だっ、話を聞いてくれよっ!」

 今すぐにでも逃げ出しそうなマァムの腕をしっかりと掴み、ポップは彼女を説得しようとする。
 が、マァムは顔を合わせるのを拒む様に、外方を向いて手を振り払おうとした。

「いやっ、離して!」

「マァムッ、話だけでも聞けって! 誤解なんだよ、違うんだっ!」

 一見すれば、それはよくある痴話喧嘩な光景だった。
 喧嘩の後、言い訳をする少年が少女を力ずくで言いなりにさせようとしている図――事情を知らない者の目にはそうとしか見えまい。

 だが、ポップとマァムの腕力の差を知っているものから見れば、話は全く違って見える。そもそも、ポップの腕力でマァムを取り押さえるなど、不可能だ。もしマァムがその気になれば、ポップが渾身の力を込めている腕など、余裕で振りほどける。

 それをしないというのは、つまりはマァムの意思で、ポップに腕を掴まれるままになっているということ。
 ――が、周囲だけでなく、言い訳に夢中なポップも、まだ自分の想いに無自覚なままのマァムも、それに気がついていなかった。

「ポップ、離して! 離してよ!」

 叫ぶ言葉とは裏腹に、マァムはポップの腕の中にいる。そして、ポップもマァムのその言葉と行動の矛盾に気がつかないまま、必死になって言い募った。

「だから、違うんだって! あの指輪はメルルにやるんでも、そもそもおれのでもねえんだよっ!」

 その言葉は、劇的な効き目があった。

「……え……?」

 もがくのをやめたマァムが、きょとんとした顔でポップを見つめる。

「それ……本当?」

「ああ、本当だって。見損なうなよ、おれが本気で他の女の子に指輪を贈るなんて、思ったのかよ?」

 マァムが耳を傾けてくれたので少しは余裕を取り戻したのか、ポップはちょっとおどけてそう言った後で、一転して真顔で呟く。

「諦めるわけ、ねえだろ。まだ、おまえの返事も聞いてないのによ――」

 それは、二人だけの間で通じる遠い約束。
 大魔王との戦いの中で二人が育もうとした暖かい感情が、ゆっくりと綻ぶように花開こうとしていた……のかもしれない。

「……ポップ――」

 ポップの名を呼ぶマァムの声に、いつになくしっとりとした響きが混じる。
 腕を掴まれていた少女は、もはや抵抗するどころか逆に少年を抱き締めるように、抱き返そうとした。
 が、ちょうどその時に、元気のいい声がかけられた。

「あっ、ポップだ! マァムも、ここにいたんだね!」

「って、ちょっと、ダイ君っ!? せっかくのいいシーンだってのに、よけいなこと、言わないでよっ!?」

 次いで聞こえたのも、聞き覚えがあり過ぎる程、よく聞く声。

「へ?」

「え?」

 奇しくも、ぴったりと同じタイミングで間の抜けた声を上げたポップとマァムが見たものは――ダイの口を押さえようとしつつ、愛想笑いを浮かべているレオナの姿。
 それと、まじまじと自分達に注目の視線を注いでいる、デパート周辺にいる不特定多数の一般市民達の姿だった!!

「「――っ!?」」

 今まで自分達が公衆の面前にいることをコロリと忘れきっていた二人の顔が、一気に朱に染まる。

「あ、やーね、こっちは気にしなくていいのよー、お二人さん。あたしとしてはお邪魔なんかしたくないし、むしろラブシーン賛成派の方なんだから。
 ささっ、どうぞ、ご遠慮なく」

 と、レオナに促されるものの、この状況下でその言葉に素直に従えるのは、極め付きのバカップルぐらいのものだろう。
 まだまだその域に達するには程遠い二人は、どうしたって照れが先に立つ。ことに、マァムの方はなおさら動揺したためか、反応が極端だった。

「きゃぁあっ!? いやぁっ!?」

 と、叫ぶなり、腕を振り払って今度こそ脱兎のごとく逃げ出してしまった。
 ――が、今度はポップは追わなかった。
 と、言うよりも、追えなかった。

 なにしろ、照れたマァムが手加減抜きで力を振るってしまったせいで、ポップはひとたまりもなく吹っ飛ばされてしまった。
 魔法使いの防御力で、元武闘家の全力の突き飛ばしなんかくらっては、たまったもんじゃない。

 ものの見事に壁に顔に頭をぶつけ、目を回しているポップを見て、ダイはダイでレオナの手を振りほどいて心配そうに駆け寄った。

「わわわっ、ポップ!? ポップ、しっかりーっ!?」

 見物人もそれに釣られたのか騒ぎだしたので、もはや収拾が付かない様な騒動が広がってしまっている。
 それを見て、レオナはこっそりと溜め息をついた。

(やれやれ。ホント、前途多難よね、あの二人って)

 なにやら思わぬ方向に大騒ぎばかりをして、一向に近付かない二人であった――。

  
 


                               END



《後書き》
 くっつきそうでくっつかない、それがうちのポプマクオリティ! …って、なんか嫌な標準装備です(笑)
 ダイポプだと遠慮無しにあれこれやっているのに、ポプマだとなんだか全然進展しませんね〜。
 そして、このおまけには、さらにちょっとしたおまけがついています♪
 ご興味のある方は、続きをどうぞv


 


『…おまけのおまけ♪』

「なーんだ、あの変態画家が言っていた今回のモデルって、メルルのことだったのかよ」

 と、パプニカ美術館にて、ポップはとある絵の前に呟いた。
 明日からは、ムッシュ・カタールの新作の絵のお披露目ということで行列が出来るに違いない美術館だが、今は関係者のみが最終チェックをしている状態だ。

 ここにいるのは、パプニカ王女レオナ、パプニカ王国宮廷魔道士見習いポップ、そしてテラン王女メルルの三人のみ。
 絵を寄贈された国の上層部に、絵のモデルという特権を活かして、世界に先駆けて名作間違いなしの絵を一足先に楽しんでいた。

「へえ、やっぱ、腕だけは確かだよなぁ、あの変態画家は」

 性格に問題はあれど、ムッシュ・カタールの描く絵はメルルの魅力を十二分に引き出すものだった。
 菫の花に囲まれ、手を組み合わせて、祈る様に何かを見つめている黒髪の少女。

 テランの王女としての盛装ではなく、簡素な占い師の装束を着た物静かな少女の、一途な眼差しが見る者を魅了する。
 見ているだけでこの少女のいじらしいまでの恋心が、伝わる様な逸品だった。

「ホントよねえ、この絵ってすごくメルルらしくて、羨ましいぐらいに綺麗よねえ。いいわねえ」

 と、しきりに羨ましがるレオナも、実はムッシュの審美眼に適った一人である。数年前、まだダイに会う前に、レオナもムッシュに絵を描いてもらったこともある。
 だが……ある意味では、レオナはその絵は気に入ってはいない。

 普通ならばムッシュは、今、目の前にいる女性の一番美しい一瞬を切り取った様に、画布にそのまま写し取るのを常とする。
 特に、花と女性の取り合わせをモチーフに描くのを得意とするのだが、レオナの場合はそうではなかった。

 インスピレーションが閃いたとかで、まだ幼かったレオナではなく、成長した姿を想定して、剣を持つ凛々しい戦女神として描かれたのだ。
 パプニカ国民には好評であり、魔王軍時代にはレオナの勇猛さを強く知らしめるのに一役買ってもくれたのだから、国主としてはこの上なく本望な絵だ。

 ――が、一人の少女としては、この上なく無念で、不満いっぱいだ。
 どうせなら、ムッシュの絵のモデルの大半がそうであるように、可憐な美少女として描かれたかったと思うのも、無理はない。
 そんな憧れがあるせいか、レオナは手放しにメルルの絵を褒めちぎる。

「そんな……、そこまで褒められると、かえって恥ずかしいですわ。この絵は、私なんかよりもずっと綺麗に描かれていますし……」

 顔を真っ赤に染めながら謙遜するメルルだが、誰が見てもこの少女の方が本人より美しいとは思わないだろう。
 だが、この可憐な美少女は、自分の魅力にまったく気がついていなかった。

「本当は、私、恥ずかしかったし、このお話はお断りするつもりだったんです。でも結局、……画伯さんに説得されちゃって……あの方ってば、お口がお上手で、つい乗せられてしまいましたわ」

 恥ずかしそうにそう言うメルルに、同じくモデルに勧誘されている経歴を持つポップは、なんの気なしに聞いてみた。

「へえ、なんて言って口説かれたんだい?」

 ポップにそう聞かれ、メルルは少し顔を赤らめながらも、大胆にも言ってのけた。

「ええ、画伯はこうおっしゃったんですわ……今の私の一番魅力的な姿を絵にして、想い人の目の届く様な場所に置けば、強力な求愛の意思表示になりますよ、って」

「――――!?」

 途端に、ポップの顔が赤く染まる。
 この絵がテランではなくパプニカ王国の美術館に寄贈されることになったのが、メルルの提案があってからこそだと、ポップはすでに知っているのだから、なおさらだ。

 おとなしそうに見えるメルルだが、その心に秘められた情熱は、深く、熱い。そして、折りがあればそれをさらけ出すのも厭わない勇気を持っている。
 だが、メルルからのそんなアプローチに、ポップは進歩もなくうろたえるばかりだったりするから、情けない。

「あらあら。モテる男は辛いわねえ、ポップくぅ〜ん♪」

 完全に面白がっている笑顔で、レオナは声も抑えずに明るい笑い声を響かせた――。


                        END


《今度こそ、後書き》
 というわけで、ムッシュがテランに向かった理由は、こんなわけでした♪
 ポップとマァムの恋愛話をメインにしつつ、メルルの片思い話を書くのも大好きです!
 
 

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