『意味深なリング …おまけ』 |
「マァム! 待てよ、待ってくれったら!」 どんなに呼びかけても、決して振り返ってくれない。 心理的な意味でもそうだが、肉体的な意味でも全力を出さなければとてもついていけない。 デパートの中という、人込みや障害物がやたらとある場所だからこそ、マァムも全力疾走できないからポップでもついていける。 だが、こんな人込みのある室内で飛翔呪文を使うのはさすがに非常識だし危険だという概念が、ポップを地に縛りつける。 ベンガーナデパートには、魔法技術を駆使したエレベーターが完備されている。一階から最上階にあたる五階まで移動出来る優れものなのだが、これは昇り専用であり、降りる時は自力で階段を下りていくしかない。 レオナとの付き合いで何度かこのベンガーナデパートにきたマァムもそれは知っていて、迷わずに階段を駆け降り始めた。 「おっ、お客様っ、何をっ!?」 後ろから店員の仰天した声が、地上からは身投げを目撃した一般市民の驚愕の声が上がる。 有り得ない光景を目の当たりにして、一同は驚きに目を見張る。 「待ってくれよ、マァム! 誤解だっ、話を聞いてくれよっ!」 今すぐにでも逃げ出しそうなマァムの腕をしっかりと掴み、ポップは彼女を説得しようとする。 「いやっ、離して!」 「マァムッ、話だけでも聞けって! 誤解なんだよ、違うんだっ!」 一見すれば、それはよくある痴話喧嘩な光景だった。 だが、ポップとマァムの腕力の差を知っているものから見れば、話は全く違って見える。そもそも、ポップの腕力でマァムを取り押さえるなど、不可能だ。もしマァムがその気になれば、ポップが渾身の力を込めている腕など、余裕で振りほどける。 それをしないというのは、つまりはマァムの意思で、ポップに腕を掴まれるままになっているということ。 「ポップ、離して! 離してよ!」 叫ぶ言葉とは裏腹に、マァムはポップの腕の中にいる。そして、ポップもマァムのその言葉と行動の矛盾に気がつかないまま、必死になって言い募った。 「だから、違うんだって! あの指輪はメルルにやるんでも、そもそもおれのでもねえんだよっ!」 その言葉は、劇的な効き目があった。 「……え……?」 もがくのをやめたマァムが、きょとんとした顔でポップを見つめる。 「それ……本当?」 「ああ、本当だって。見損なうなよ、おれが本気で他の女の子に指輪を贈るなんて、思ったのかよ?」 マァムが耳を傾けてくれたので少しは余裕を取り戻したのか、ポップはちょっとおどけてそう言った後で、一転して真顔で呟く。 「諦めるわけ、ねえだろ。まだ、おまえの返事も聞いてないのによ――」 それは、二人だけの間で通じる遠い約束。 「……ポップ――」 ポップの名を呼ぶマァムの声に、いつになくしっとりとした響きが混じる。 「あっ、ポップだ! マァムも、ここにいたんだね!」 「って、ちょっと、ダイ君っ!? せっかくのいいシーンだってのに、よけいなこと、言わないでよっ!?」 次いで聞こえたのも、聞き覚えがあり過ぎる程、よく聞く声。 「へ?」 「え?」 奇しくも、ぴったりと同じタイミングで間の抜けた声を上げたポップとマァムが見たものは――ダイの口を押さえようとしつつ、愛想笑いを浮かべているレオナの姿。 「「――っ!?」」 今まで自分達が公衆の面前にいることをコロリと忘れきっていた二人の顔が、一気に朱に染まる。 「あ、やーね、こっちは気にしなくていいのよー、お二人さん。あたしとしてはお邪魔なんかしたくないし、むしろラブシーン賛成派の方なんだから。 と、レオナに促されるものの、この状況下でその言葉に素直に従えるのは、極め付きのバカップルぐらいのものだろう。 「きゃぁあっ!? いやぁっ!?」 と、叫ぶなり、腕を振り払って今度こそ脱兎のごとく逃げ出してしまった。 なにしろ、照れたマァムが手加減抜きで力を振るってしまったせいで、ポップはひとたまりもなく吹っ飛ばされてしまった。 ものの見事に壁に顔に頭をぶつけ、目を回しているポップを見て、ダイはダイでレオナの手を振りほどいて心配そうに駆け寄った。 「わわわっ、ポップ!? ポップ、しっかりーっ!?」 見物人もそれに釣られたのか騒ぎだしたので、もはや収拾が付かない様な騒動が広がってしまっている。 (やれやれ。ホント、前途多難よね、あの二人って) なにやら思わぬ方向に大騒ぎばかりをして、一向に近付かない二人であった――。
『…おまけのおまけ♪』 「なーんだ、あの変態画家が言っていた今回のモデルって、メルルのことだったのかよ」 と、パプニカ美術館にて、ポップはとある絵の前に呟いた。 ここにいるのは、パプニカ王女レオナ、パプニカ王国宮廷魔道士見習いポップ、そしてテラン王女メルルの三人のみ。 「へえ、やっぱ、腕だけは確かだよなぁ、あの変態画家は」 性格に問題はあれど、ムッシュ・カタールの描く絵はメルルの魅力を十二分に引き出すものだった。 テランの王女としての盛装ではなく、簡素な占い師の装束を着た物静かな少女の、一途な眼差しが見る者を魅了する。 「ホントよねえ、この絵ってすごくメルルらしくて、羨ましいぐらいに綺麗よねえ。いいわねえ」 と、しきりに羨ましがるレオナも、実はムッシュの審美眼に適った一人である。数年前、まだダイに会う前に、レオナもムッシュに絵を描いてもらったこともある。 普通ならばムッシュは、今、目の前にいる女性の一番美しい一瞬を切り取った様に、画布にそのまま写し取るのを常とする。 インスピレーションが閃いたとかで、まだ幼かったレオナではなく、成長した姿を想定して、剣を持つ凛々しい戦女神として描かれたのだ。 ――が、一人の少女としては、この上なく無念で、不満いっぱいだ。 「そんな……、そこまで褒められると、かえって恥ずかしいですわ。この絵は、私なんかよりもずっと綺麗に描かれていますし……」 顔を真っ赤に染めながら謙遜するメルルだが、誰が見てもこの少女の方が本人より美しいとは思わないだろう。 「本当は、私、恥ずかしかったし、このお話はお断りするつもりだったんです。でも結局、……画伯さんに説得されちゃって……あの方ってば、お口がお上手で、つい乗せられてしまいましたわ」 恥ずかしそうにそう言うメルルに、同じくモデルに勧誘されている経歴を持つポップは、なんの気なしに聞いてみた。 「へえ、なんて言って口説かれたんだい?」 ポップにそう聞かれ、メルルは少し顔を赤らめながらも、大胆にも言ってのけた。 「ええ、画伯はこうおっしゃったんですわ……今の私の一番魅力的な姿を絵にして、想い人の目の届く様な場所に置けば、強力な求愛の意思表示になりますよ、って」 「――――!?」 途端に、ポップの顔が赤く染まる。 おとなしそうに見えるメルルだが、その心に秘められた情熱は、深く、熱い。そして、折りがあればそれをさらけ出すのも厭わない勇気を持っている。 「あらあら。モテる男は辛いわねえ、ポップくぅ〜ん♪」 完全に面白がっている笑顔で、レオナは声も抑えずに明るい笑い声を響かせた――。
《今度こそ、後書き》 |