『手放した宝物』

  
 

 無意識に手が、ここにはないナイフを探しているのに気づいてから、レオナは苦笑してそれを止めた。
 執務中、難しい問題に直面した時や、なんとなく心が迷う時、そのナイフを手にするのがレオナの癖になっていたようだ。

 ポップ達の旅立ちを見送って、自国に帰ってきたのは三日前のこと。
 いつも通りに仕事をしているつもりだったが、やはり宝物を無くした事実は多少なりとも影響を与えているらしい。

 頭ではちゃんと、ナイフはポップに貸したと分かっているのに、それが実感できるまでは少しばかり時間がかかりそうだ。
 それぐらいあのナイフは、レオナにとっては大切な支えだった。

 あの時から二年近く、ダイの思い出のかけらとして、常に手の届くところに置いてあった特別な品。
 そこまで思い入れを持って手元に置いていた宝がなくなってしまったのは寂しい気がするが、レオナはそれを後悔する気はなかった。

(だって、ダイ君が言ったんだもの。武器は、武器に過ぎないんだって)

 はっきりとそう言ったのではないが、要約すればダイの言いたかったことはそうだった。 思い出のある品だろうとなんだろうと、武器として使える物は武器と見なす精神。それは、突き詰めれば戦いのために生まれた竜の騎士ならではの発想なのかもしれない。

 だが、ダイのその単純かつ実利的な発想がレオナは嫌いではなかった。
 ダイは武器に込められた思い出よりも、目の前にいる仲間の無事を重視してくれた。
 実力的にはダイの足手まといにしかならない自分を仲間と認め、自分の身を守るために自分で戦ってくれと望んでくれた。

 ……それがどんなに嬉しかったか、レオナはいまだに忘れていない。
 だからこそ、あのナイフはレオナにとって特別なものになったのだ。
 あのナイフがあれば、あの時のダイの言葉をはっきりと思い出すことができるから。

 自分もダイ達の仲間であり、戦うための力があるのだと、自分自身を納得させることができる。
 そのために、レオナはあのナイフを手元に置き続けたのだ。決して、思い出に縋るために身近においたのではない。

 必要があるのなら、手放すのもやむ得ないと思う。
 ダイがそうしたように、仲間を助けるためにならいくらでも差し出せる。

(ダイ君だって、きっとそうするわよね? ポップ君を助けるためなら)

 実際のところ、レオナにはまだポップのやろうとしていることが、分からないままだ。 ポップの最大の目的はダイを見つけることなのには間違いないが、ポップのその計画の詳細を語ろうとはしない。

 時期がきたらきちんと話すし協力してくれとは言っているポップを、仲間達は無条件で信頼している。
 ポップなら、ダイを助けるための手段を見つけだすだろうと誰もが期待し、だからこそ彼が望む通り黙って見守っている。

 その点ではレオナも同様にポップを信じているが………だが、だからといって見誤るつもりはなかった。
 ポップがメルルに頼んだことを、レオナは額面通りに受け止めたりなどしない。

 旅など通過点で、その後が肝心だとポップが言ったのなら……予測出来る危険があるのだから。

(甘いわよ。騙されてあげるわけ、ないじゃない)

 『旅のその後』の協力を素直に頼み、レオナやメルルの身の危険を案じる姿に、騙されはしない。
 マァムやメルルのように、ポップの言葉をそのまま素直に信じられるほど、レオナはポップを信用してはいない。

 自分を省みようとしないポップの無茶さや無謀さを、見逃すわけがない。
 『その後』の魔法儀式がどれほど危険かは分からないが、レオナにははっきりと読み取れる。おそらくは、そこに辿り着くまでの『通過点』の方が、遥かに危険だということが。
 

 その根拠が、レオナには見えている。
 ポップはわざわざ、ラーハルトを旅のパートナーとして選んだ。
 洞窟探索をするのなら、ある程度は人数をそろえた方がいいと分からないはずがないだろうに、たった一人だけを。

 しかも、その人選が問題だ。
 いかに勇者一行の中で最強クラスの強さを持っているとはいえ、ポップと特に気が合っていると言える仲ではない。
 そんな相手をわざわざ選んだ理由など、簡単に見透かせる。

 いざとなれば、自分よりもダイの捜索を選ぶことの出来る相手を選んだ――レオナには、そうとしか思えない。
 他のメンバーでは、いくらダイを探すためとはいえ、ポップが目の前で無茶をするのを止めずに見ていることなど出来るはずがない。

 剣の輝きにより命の保証だけは確認出来るダイよりも、目の前にいるポップの危険を重視してしまうのは否めまい。
 だが、ダイを主君と崇め、一途に忠誠を捧げるあの半魔族の青年ならば、ダイのためにポップを切り捨てる選択など造作もなくできる……ポップはそう考えたのだろう。

 だが、そこまで読めているのに、ポップの考えに素直に従ってやるつもりはない。
 それならば、せいぜい護身のための『武器』を増やして押しつけてやるまでだ。止めはしないが、本人が望む、望まないに関わらず最大限の協力を押しつける――そういう形で力を貸そうと、レオナはとっくの昔に決めている。

(どうせ、止めたって無駄なのは分かっているもの)

 ポップの体調を知っているだけに、アバンやマトリフと一緒になって危険を禁じたい気持ちはあるが、レオナはあえてその方法を選ばなかった。
 師の禁止でさえ効き目がないのに、自分の制止がポップにとって強制力を持つとは、とても思えない。

 むしろ禁じられたせいで、仲間達から離れて単独で余計に無茶をする方向に行くのが目に見えている。
 それよりは、協力してやりながらこっそりと、ポップの無茶に歯止めをかける道を選択する。

 そのためには、手段を選ぶ気はない。言質をとるために小細工もすれば策を弄しもするし、宝物を手放すのも吝かではない。

「ほんっと、ポップ君ったら分かっていないんだから」

 わざわざ口に出して、レオナは苦笑する。
 ダイを助けることだけに夢中になっているポップには、見えていないものがレオナには見える。

 ダイを助けるだけでは、だめなのだ。
 そのためにポップが犠牲になっても、ダイは決して喜ばない。
 あの時、爆弾を抱えて共に飛び出していった二人を見送ったみんなが、考えていたことはたった一つだ。

 二人がそろって、無事に戻ってくること――。
 それが全員の願いなのだと、あの魔法使いの少年だけが理解していないのだから、手に負えない。

 だからこそレオナは強引に、ポップに約束を取りつけさせた。
 無理やり押しつけた餞別が、少しでもポップの無茶を諫めてくれるのなら、それでいい。 ただ、ポップが無事に戻ってくることを望む。
 

 そして、もし願うことが許されるのなら、その帰還がダイと一緒であることを望む――。
 祈りを捧げるように、レオナはしばし瞑目していたが、やがて気を取り直したように目を開けた。
 旅だっていったポップのことも気になるが、レオナに打てる手はすでに打った。後は、彼らに任せるしかないだろう。

 ならば、今、レオナがやるべきことは、ポップが旅を無事に終えた時に確実に手を貸せるように、自由にできる時間を作ることだ。
 一国を治める立場としては、仕事のスケジュールを前倒しに終わらせ、自由時間を確保するのは並の努力でできることではないが、レオナは怯まなかった。

 今まで支えとしていた宝に頼ることなく、レオナは自分の意思だけで問題に立ち向かおうと、再び書類に目を落とした――。
                END


《後書き》
 『細やかなる餞別』のレオナバージョンです。
 ダイとレオナにとって、パプニカのナイフは普通の武器以上に意味があるに違いない……原作を読む度にそう思っていますv


 でも、どんなに大事な宝であっても、ダイもレオナもそれを手放すのにためらわない潔さがあるのが、気に入ってます。
 まあ、ポップのように、アバンの形見だからと、他人の持ち物である魔弾銃が壊れるのを嫌がる拘りや駄々をこねるシーンも好きですが(笑)
 
 

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