『色褪せない約束』

  


 それは、遥か昔の物語。
 今となっては、遠い遠い昔の物語。
 ある時代に、使命を背負って地上に下り立った一人の竜の騎士がいた――。





「なあ。おまえは竜の騎士を知っているか?」

 年老いた師匠にそう聞かれ、その弟子である少年は頷いた。
 それは、口に出して「はい」と答えることさえ、馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいの愚問だ。誰が「太陽を知っているか?」と言われて、答えに詰まるだろうか。

 神々の最終兵器にて、三界の守護者。
 世界を乱す者が現れた時に必ずや現れ正義を行う、世界の裁定者。

 ましてやこのテランでは、竜の騎士の伝承は身近だ。テランに生まれた者ならば、ほんの子供であっても竜の騎士の伝承をそらんじることができて当たり前だ。
 だが、そんな少年であっても、師匠の次の質問には首を傾げた。

「なら、竜の騎士ってのが、どんな奴だが想像がつくか?」

「……いいえ、まったく」

 少年は、まだ竜の騎士を見たことはない。
 それは、少年に限ったことではない。竜の騎士は、常に存在し続けるというものではない。

 世界が戦乱に満ちた時にこそ、竜の騎士は現れる。だが、ここ数十年は平和が続き、竜の騎士はただの伝説の存在になっていた。
 伝承される先代の竜の騎士は、数十年は昔の話である。

「師匠は、ご存じなのですか?」

「まあな。オレが会った竜の騎士は、そりゃあ色男だったぜ。ちょっと線の細い優男風でな、性格も穏やかでおっとりした男だったよ。
 浮き世離れしてるってのか、欲のない男でよ、いつもにこにこと穏やかに笑っていた」

 くっくとおかしそうに笑う師匠の言葉を、弟子は目を丸くして聞いていた。

「竜の騎士様が、ですか?」

「なあに、竜の騎士だのなんだの言ったって、戦っていない時は普通の人間とたいして変わらねえんだよ。ったく、あいつときたら人が好すぎるぐらいにお人好しで、呆れちまうぐらいに真面目で、馬鹿正直な奴だったっけなぁ」

 それは、伝説として聞くのとは全く違い、一人の人間へ対する評価に等しい。
 懐かしい友人を語る口調で、師匠は竜の騎士について語っていた。

「オレの出会った竜の騎士は……ディノスって名前だった。ディノスはよ、このテランの湖が気に入っていたよ。
 暇な時は、いつもあのほとりに腰掛けて、何時間でも湖を眺めていたもんだ……」





 その青年は静かな湖のほとりに座り、穏やかな表情でその中心部を眺めていた。美形で、長身の均整の取れた体付きの青年は、そこにいるだけに絵になる。
 湖面の美しさと相俟って、まさに一幅の絵と思える調和の取れた光景だったが……新たな青年の登場が全てをぶち壊した。

「やいっ、ディノスッ! 勝負だっ!」

 彼の登場とともに、一気に周辺の空気が変わる。
 やってきたのは、美形とは程遠い男だった。がっちりとした体型や、しっかりと筋肉のついた腕はいかにも逞しそうだが、にきびの浮いたごつめの顔はお世辞にも色男とは呼べないだろう。

 火傷の跡だらけの腕で、まだ湯気のたっている抜き身の剣を持ち、それを美形青年に突き付ける。

「へっへっへっ、見てろよ〜、今日という今日こそは、てめえに勝ってやるよ! なんつってもこの剣は、このサウロン様が半月がかりで鍛えた、とびっきりの自信作なんだからよ!」

 と、自信満々な挑戦を受けて、ディノスと呼ばれた青年は困った様に少し苦笑する。

「……やれやれ、またかい。
 いい加減に諦める気はないの? せっかく作った剣なんだし、たまには店屋に卸した方がいいんじゃないかな。また、親方に怒られても知らないよ?」

 悪戯っ子を微笑ましく思いながらも、それでも大人の責任としてたしなめるような雰囲気を持つディノスに、サウロンは頑として言い放った。

「何言っていやがるっ、そんなのはどうでもいいんだよ!」

「そんなのって……、だって、君の親方、この前も最上の鉄鋼を勝手に使って無駄にしたって嘆いていたじゃないか」

「あーっ、うっさい、うっさい! 天下の竜の騎士様がみみっちく金勘定のことなんて、気にしてんじゃねえよ! 
 とにかく、オレは挑戦しにきたんだ! おまえじゃなくて、おまえの剣にな! 
 さあっ、勝負に応じやがれっ!!」

 威勢よく怒鳴るサウロンに、ディノスは軽く肩を竦めながら立ち上がった。

「分かった、それなら応じるよ。でも、何度も言っていることだけど、無茶は禁物だよ、サウロン。
 剣を合わせるだけの一太刀勝負……それでいいね?」

 腰に下げた剣を抜き、ディノスがそれを身構えた。それを見た途端、サウロンも目を輝かせて己自身の剣を構える。

「おうともよ! じゃあ、行くぜっ!」





 ……それから、数分後。
 ものの見事に折れた剣を地べたに叩きつけ、サウロンは大袈裟に悔しがる。

「かぁーっ、ちっくしょう、また折れやがったーっ!?」

「……だから、言ったのに」

 苦笑しながら、ディノスは自分の武器を腰に差す。

「だいたい、いくら頑張ったところで、普通の人間が作る武器がこの剣に適うはずがないんだよ。
 いい加減、諦めて普通の武器を作ればいいのに」

 そんな風に忠告しながらも、ディノスにはそれが全く無駄だろうとは分かっていた。

「へん、嫌だね! いいか覚えてろよ、オレは絶対、その剣を越える剣を作るんだよっ!」

 少しも懲りることなく叫ぶ青年に、さすがの竜の騎士も呆れずにはいられない。だが、それはディノスにとっては心地好いものではあった。
 竜の騎士である自分が、いかに特別な存在か……ディノスは嫌と言う程知っていた。

 姿形こそは人間に近くとも、その本質は竜――化け物に等しい。だからこそ、多くの人間達はディノスに近付こうとしない。
 助けが必要な時は祈りを捧げるが、竜の騎士の戦いは人々を恐れさせるだけのものだ。
 だからこそ、ディノスは戦いの時以外は一人でいることが多かった。そんなディノスにしつこく関わってくるのは、サウロンただ一人だ。
 まだ、見習いの武器職人の青年。

 だが、彼は『与えられた最善』を真っ向から否定した。
 竜の騎士が使うことのできる、真魔剛竜剣。それが地上最高にして、至上の武器だなんて、認めない、と。

 いつか、竜の騎士をもってしても到底適わないと思うような――いや、切磋琢磨しあってもっと互いの強さを引き出せるような最強の武器を作るのが武器職人の夢だと、生き生きと語るサウロンは、ディノスにとっては初めての友人になった。

 その宣言通り、性懲りもなく何度もチャレンジしにくる武器職人の青年と過ごす時間を、竜の騎士は楽しんでいた。
 だが、ディノスには分かっていた。
 こんなにも楽しい時間は、そう長くは続かないのだ、と――。

「くっそおっ、やり直しだっ、やり直しっ! いいかっ、次は10日後……いやっ、一週間後に挑戦しにくるから、覚悟しとけよ!」

 折れた剣を拾いながらそう宣言するサウロンに、ディノスは一瞬返事をするのが遅れた。だが、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべ、頷いてみせる。

「分かった、一週間後だね。楽しみにしているよ、サウロン」





 支度は、特にいらなかった。
 テランの湖のほとりの小屋に住んでいるディノスだが、そこは仮の住まいに等しい。時々、竜の騎士を崇める者達が手入れをしてくれたおかげで、一応は住居としての体裁は整っていたが、ディノスの個人的な荷物はほとんどなかった。

 おせっかいなサウロンが持ってきてくれた雑多な品だけが、辛うじて人が住んでいた気配を醸し出している。
 武器造りのついでに作ったという、金属製で不格好なコーヒーカップを、ディノスは懐かしげに見つめる。

 見た目は悪いし、使いにくいしといいところのないそのカップだが、ディノスは気に入ってずっと愛用していた。
 だが――もう、これを使うことはないだろう。

 名残を惜しむ様にそのカップを一度手に取ってからそっと伏せて置き、ディノスは何も持たずに小屋から出た。
 身につけているのは、竜の騎士の剣である真魔剛竜剣のみだ。

 そのまま旅立つ。
 そのつもりだったのだが……扉のすぐ前に、道を阻むように佇んでいる影があった。逆光なせいで顔は見えなかったが、感じられる気配だけでもディノスには充分だった。

「サウロン……」

 むすっと押し黙ったまま通せんぼしている友達の顔は、当然見えない。
 だが、ディノスにはありありと分かるような気がした。いかにも不機嫌に、顔を顰めて睨みつけている彼の顔が。

「まいったな、君には会わないでこっそりと旅立つつもりだったのにな」

 だからこそ、ディノスはわざわざあの日から三日目の夜を選んで旅立つつもりだった。剣作りを始めると夢中になるサウロンが、自分の旅立ちに気がつかないように。
 だが、その心遣いは無駄だったようだ。

「おまえって正直過ぎて、隠し事が下手過ぎなんだよ、バレバレだっつーの。
 ひでえ奴だな、てめえって奴は! 
 せっかくオレが剣を作るって約束したのに、それをすっぽかすつもりかよ!? 本当のことを、言えばいいだろう!! また、旅に出るから当分戻れねえって!」

 怒りに満ちた声で怒鳴りつけるサウロンを、ディノスは温かい目で見つめる。明かりがないせいで顔が見えなくてもなお、生き生きとした表情を感じさせる友人の声音は、彼にとっては心安いものだった。

「そうだね……正直に言うべきだったね。ごめん」

「そうだよ、言っとけよ! また、数か月も行方不明になる気か? 予定だけでもいいから、教えておけって」

 竜の騎士であるディノスは、世界のバランスを崩す戦いが起こる際は、無条件でその場に駆けつけなければならない。
 幸いにもディノスには予知の力があるため、戦いを事前に察知することができるし、一足先に駆け付けることができる。

 だが、かなりギリギリでなければ分からないため、サウロンに行き先を告げることができないまま、急遽旅立つことも珍しくはない。
 その度に本気で怒ってくれる親友に向かって、ディノスは静かな声で言った。

「次の武器造りは急ぐ必要はないよ、サウロン。
 今度は……ないんだから」

「なんだよ? それ、どういう意味だよ?」

 不機嫌な声は、意味不明な言葉に対する怒りのせいか。それとも、薄々こちらの言いたいことを悟っているがゆえに、不安を怒りに紛らわせようとしているのか。
 どちらだろうと思いながら、ディノスは彼の顔が見えないのに感謝する。
 とても、親友の顔を見ながら言える真実ではなかったから。

「――予知を得たんだ。
 ぼくが今度の戦いが終えた時、聖母竜が現れるとね」





「……………………っ」

 長い沈黙を、隠そうにも隠しきれていない動揺の気配を、ディノスは嬉しく思う。
 竜の騎士がいる時代の聖母竜の降臨――それは、竜の騎士の伝承を知る者なら誰もが知っている意味がある。

 今、現在存在する竜の騎士が命を終える時にだけ、聖母は迎えにくる。
 聖母竜の出現の予知は、すなわち、ディノスの死を意味する。
 ディノス自身は、それもしかたがないと受け入れた。

 竜の騎士とは、戦いが全てだ。戦いに明け暮れる一生は、常に死と隣り合わせである。命を落とすのも、また使命の一つだ。

 だが、この諦めの悪い親友には、なかなか受け入れがたいことのようだ。何度も息を飲み、何かをいおうと口を開きかけてはまた閉じる、ごくかすかな音が聞こえてくる。
 その挙げ句、やっと、彼は口を開いた。

「なら……、なら、せめてオレも行……」

「だめだっ!」

 最後までその言葉を言わせずに、ディノスは強い勢いで拒絶する。
 武器職人であるサウロンは、それなりに剣も使える。……というよりも現在の段階では未熟な武器職人としての腕よりも、剣士としての腕前の方がまだ勝っている。

 サウロンは今まで何回か、ディノスと共に戦いの場に赴いて協力したこともある。だが、今度ばかりはディノスはそれを許す気はなかった。

「次の敵は、魔界にいるんだ。あそこはとてもじゃないが、並の人間に行ける場所じゃない。
 人間にとって、魔界の瘴気は身体に触る……いくら君の頼みでも、決して連れて行くわけにはいかない……!」

 議論の余地もないとばかりに、ディノスはサウロンを拒絶する。
 それは、少なからず辛いことだった。
 我が儘で頑固者で、一度決めたことには一本気なこの武器職人の青年を、ディノスはひどく気に入っていたのだから。

 本来なら、最初から相手にしない方が彼のためだと分かっていたのに、気がつくと自分の懐に踏み込むのを許していた。

 ずかずかと遠慮無しに人に絡んでいる様に見せかけて、その実はぶっきらぼうな優しさを持つこの親友が気に入ったからこそ、無茶だと分かっている武器作りを止めもせずにいた。

 今も、そうだ。
 そう遠からず辛い別れが訪れると分かっていたのに、人間と親友になってしまった。

(許してくれ……と言ったら、君は怒るのかな)

 怒りっぽい親友の憤りを感じながら、それでもディノスは彼を置き去りにするのが正しいのだと確信していた。
 竜の騎士でさえ命を落とす戦いに、彼を巻き込む必要はない。

 戦うのは、竜の騎士の宿命だ。
 自分の戦いによって築かれる平和の中で、親友が幸せに暮らすことだけが、ディノスの望みだった――。





「さあ、どいてくれよ。ぼくは、もう行かないと……」

 やんわりと、ディノスはサウロンを押しやろうとする。
 もっとてこずらされるかと思ったのに、意外にもサウロンは押されるままに場所を空ける。

 その理由を、小屋の外に出て始めて、ディノスは悟った。
 さっきまでは逆光となっていた月の光が、今は確かな明かりとして全てをさらけ出していた。

「ちくしょう……オレにもっと力さえあれば、おまえの度肝を抜くような武器を作って、その目をひんむかせてやるのによ……っ! 
 せめて、時間があれば……っ」

 サウロンは、泣いていた。
 両手を握り締め、ひどく悔しそうに。溢れる涙をぬぐいもせず、何度も同じ言葉を繰り返しながら。

 いつの間にか、彼は膝を突いて蹲っていた。もはや立つ力も無いとばかりに、四つん這いになったまま身動きもしない。
 ひどい衝撃に心が折られてしまったようにひたすら嘆くサウロンを、そのまま捨て置いて旅立つのは、ディノスにはできなかった。

「……なら、時間をあげる、と言ったら?」

 その言葉に、サウロンはピクリと反応した。
 驚いた様な目が、自分を見上げるのをディノスは見た。

「この先、どんなに時間が掛かってもいい。竜の騎士に相応しいと思える武器を、作ってくれ。ぼくは、それを楽しみに待つから」

 そう言いながら、ディノスは自分の腰に手を伸ばす。
 サウロンから目を離さないまま、片手だけで剣の下げ緒を解いた。
 鮮やかな黄色の布が、ひらりと揺れる。
 それはただの布であって、ただの布ではなかった。

 仮にも神から与えられた剣に備わっている付属品の一部だ、並の布ではない。
 布でありながら、ただの布以上の頑健さを持つ。そして、剣と同じように破けたり壊れたりしても、自動的に元に戻っていく再生能力が備わっている。

 いつまでも色褪せず、いつまでも今の色のままであり続ける黄色の布。
 竜の騎士と、竜の騎士の半身とも言うべき真魔剛竜剣を繋ぎとめていた下げ緒を、ディノスはしっかりと手に握り込む。

「何年でも……いや、何十年、何百年でも待つよ。君が今の心と、この布を持ち続けてくれるのならね」

 そう言いながら、ディノスは自分の手をサウロンの前に突きつけた。

「ぼくが死んだとしても、竜の騎士の記憶は、継承される。……とは言っても、継承されるのは戦いに関する記憶のみで、個人の感情は比較的継承されにくいものなんだけどね。でも、それでも、ほんのわずかでも可能性はあるかもしれない」

 ひらひらと、黄色の布ははためく。
 それは、手を伸ばしさえすれば、手の届く距離。だが同時に、手を伸ばさなければ、決して手の届かない距離でもあった。

「君が一生を懸けても、自分の信念を貫きたいと望むのなら、ぼくも懸けよう。
 ぼくではない、だが、ぼくの心を受け継ぐ竜の騎士が、この約束をきっと果たす、と」
 祈る様な思いで、ディノスはサウロンの反応を待つ。
 魂が抜けた様に嘆いていた青年は、何度も瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと立ち上がった。

 ごしりと乱暴に袖で目許をぬぐった後に見えたのは、見慣れた親友の目だった。
 竜の騎士の最高の武器に本気で挑むだなんて無茶を、何度となくやらかした不敵な目。

「お、おう……! なら、オレも約束してやるぜ。何百年かかろうとも、オレは、オレの夢を果たすってな!」

 ケンカを挑むような口調で言いながら、サウロンはディノスから剣の下げ緒を受け取った――。





「それが……竜の騎士との約束……」

 一言、一言噛み締める様に、弟子の少年はゆっくりと呟く。普段は決して過去のことを語ろうとしない師匠の昔話は、それだけに強い印象を持って少年の胸に染み透った。

「ああ、そうだ。……オレは果たすことはできなかったけどな」

 懐かしそうに黄色の布を見つめながら、師匠はあっけらかんと呟く。
 そして、何の惜しげもなくその布を弟子へと手渡した。

「だから、こいつはおまえにくれてやる。おまえが、この約束を果たしてくれ」

 その言葉は当然のことながら、少年に驚きを与えた。

「だけど……っ、親方には息子さんがいるじゃないですか!? ならば、息子さんに託した方が……」

「はんっ、なにらしくもなく遠慮していやがる。
 血筋は関係ねえだろうが。職人にとっちゃあな、自分の技術の方が優先だ。おめえはまだ若いが、才能はピカ一だ」

「でも、おれにはとてもそんな……」

 躊躇する弟子に、師匠はなおも言う。

「おまえに出来なかったら、それはそれでいい。なんせ、時間制限のない約束なんでな。何十年、何百年かかったっていいんだ。おまえの腕を磨き……それでも足りなければ、おまえの腕を受け継ぐ者に、引き継げばそれでいい」

 その言葉をどう受け止めたのか、少年の目から迷いが消える。

「分かりました、親方。では、これは必ず……!」

 改まって、恭しく黄色の布を受け取る自分の弟子を、年老いた師匠は満足そうに眺めやった――。





「なあ……。なにも、約束を叶えるのは、オレとおまえでなくてもいいよな」

 弟子がいなくなった部屋の中で、武器職人は小さく呟く。
 あの弟子は、長く喋ったせいで師匠が疲れた様子なのを気にして、医者を呼んでくると言って足早に出て行ったが――それは、多分、無駄になるだろう。

(ま、後は任せるぜ)

 間近に迫る死を恐れず、武器職人は不敵に笑った。
 若い頃に、いつか必ずと心に決めてからすでに数十年経った。
 技量は格段に上がったはずだが、それでもまた目標としたところまで追いつけなかった。

 たった今、弟子に話した伝承も、必ず伝わるとは限らない。
 ただでさえ、伝承というものは後世になればなるほど、本来の形から外れた物語と化していくものだ。

 だいたいのところ、男の記憶ですらもはや曖昧になってしまった部分があるし、そもそも職人には無口でぶっきらぼうなタイプが多いものだ。
 だが、どんなに変容しようともいい。
 この思いの切れ端でもいいから、伝わるならそれでいい。

 いつか必ず……、必ず、現れるはずだ。
 竜の騎士に対して、人間はただ守られるだけの存在ではないと知らしめることのできる人間が。

 人間の力が、人間の想いこそが、神々の遺産や思惑を超えるものだと証明できる人間が。
 それが、自分でなくてもいい。
 自分の息子や孫などの、直接の子孫である必要もない。
 この志を理解し、それを受け継いでくれる者なら、誰であろうと構わない。

 そして、意思を受け継ぐのが誰であっても構わないように、武器の形にももう拘りはなかった。
 もしかすると、サウロンが夢にまで見た武器は、彼が本来作ろうとしていた剣ではないかもしれない。

 もっと別の形をした武器かもしれない。
 いや――そもそも、武器などどうでもいいのだ。

(言ったことはなかったか、ディノス? おりゃあな、本当は最高の武器を作りたかったってわけじゃねえんだ)

 生まれながらに使命に縛られ、神々の兵器ならばそれが当然とばかりに従容と運命に従っていた竜の騎士に、教えたかった。
 全てを諦めきったように、自分の幸せも希望も持たないで微笑んでいたあの穏やかな男に、伝えたかったのだ。

 おまえ一人で、戦わなくてもいいのだと。
 一人が、全ての責任を背負って世界を救う重責を担っているのなんて、間違っている。
 確かに、人間は竜の騎士に比べれば脆弱な生き物かもしれない。

 だが、総合的な戦闘力で彼に劣っているにせよ、人間がなにもできないちっぽけな存在だとは、サウロンは認めたくなかった。
 要は、友達を助けたかっただけだ。

 竜の騎士とは違う形であれ、人間にだってなにかができるのだと、証明したかった。
 武器作りにこだわったのは、それが武器職人である自分にできる、最大にして唯一の方法だと思ったからだ。

 残念ながら、サウロンの思いを望んだ形で叶えることはできなかった。
 だが――この約束だけは、きっと色褪せない。
 決して色の変わらないあの布を手にした人間が、頑迷なまでに使命に縛られた竜の騎士の考えを開放する日が、きっと来る。

 そんな人間が現れた時こそ、竜の騎士は己の使命から開放される。
 竜の強さと、魔族の魔法力を備えながら、人の心を持った最強の戦士。
 古代の神々の残した最終兵器が、その任務から解き放つたれる日が、きっと来る。

 その強さが必要なくなるのなら、竜の騎士に残るのは人の心……後は、一人の人間として生きていけばいい。

 ディノスが、あの心優しい竜の騎士が、本来望んでいたように――。
 その思いを最後に、サウロンは最後の息をつき……そして、そのまま深い眠りについた――。





 それからも、時は流れた。
 一定の早さで、だが決してとどまることなく。
 竜の騎士は戦乱の折に生まれ、人とわずかに関わりながら戦いの中を生き、様々な伝承を歴史に残していった。

 戦いに明け暮れた一生を送り、死の時には聖母竜に抱かれて転生を迎え――その繰り返しの末、最後の竜の騎士が誕生した。
 竜の騎士と人間の娘との間に生まれた、イレギュラーな混血児。

 ダイと名づけられた少年は、自分の出生や使命も知らないまま成長していく。
 そして、彼はいつか、とある魔法使いと出会うのだ。
 髪に鮮やかな黄色のバンダナを巻いた、魔法使いの少年に。

 ――よろしく、ポップさん――
 ――ポップでいいよ――

 二人の少年は出会い、そして、彼らの冒険の旅の果てに、約束は果たされる――。
 

 


                                      END


《後書き》

 地下の『未だ消えぬ残光』で語った、捏造バンダナ話の表バージョンのお話です♪
 遥か昔にも竜の騎士とその友人との間で交わされた約束があり、なにも知らない後世の人間が、その約束を叶える……そういう話って、好きなんです。

 今回は、ダイの名が恐竜の英語名(ダイナソー)から取ったというエピソードからヒントを得て、過去の竜の騎士とその友人は恐竜絡みから名前をもらいました。
 本来の恐竜の語源はギリシャ語の『恐ろしいトカゲ(デイノスサウロス)』なので、それをちょいといじったら……ディーノと大差ないですね(笑)

 ところで関係ないですが、恐竜名では筆者はマイラサウラが好きです。美しいトカゲ……いいじゃないですか!
 好きな恐竜と言えば、なんと言ってもダントツにステゴザウルスですがっ♪ 剣竜最大にして一番有名なあの恐竜は、昔っから大好きなんです!

 ティラノザウルスは昔はゴジラのような直立歩行系のモデルが多かったのですが、今は鳥の歩行形態に似た前傾姿勢が多くて、かっこよさが段違いで惚れ惚れしまくりです♪

 んでもって、一度見てみたい恐竜の化石がフタバスズキリュウ! 日本で発見された数少ない恐竜だし、ロマンを感じますv
 ……って、作品とは全く関係のない恐竜語りになってしまいました(笑)
 
 

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