『色褪せない約束』 |
年老いた師匠にそう聞かれ、その弟子である少年は頷いた。 神々の最終兵器にて、三界の守護者。 ましてやこのテランでは、竜の騎士の伝承は身近だ。テランに生まれた者ならば、ほんの子供であっても竜の騎士の伝承をそらんじることができて当たり前だ。 「なら、竜の騎士ってのが、どんな奴だが想像がつくか?」 「……いいえ、まったく」 少年は、まだ竜の騎士を見たことはない。 世界が戦乱に満ちた時にこそ、竜の騎士は現れる。だが、ここ数十年は平和が続き、竜の騎士はただの伝説の存在になっていた。 「師匠は、ご存じなのですか?」 「まあな。オレが会った竜の騎士は、そりゃあ色男だったぜ。ちょっと線の細い優男風でな、性格も穏やかでおっとりした男だったよ。 くっくとおかしそうに笑う師匠の言葉を、弟子は目を丸くして聞いていた。 「竜の騎士様が、ですか?」 「なあに、竜の騎士だのなんだの言ったって、戦っていない時は普通の人間とたいして変わらねえんだよ。ったく、あいつときたら人が好すぎるぐらいにお人好しで、呆れちまうぐらいに真面目で、馬鹿正直な奴だったっけなぁ」 それは、伝説として聞くのとは全く違い、一人の人間へ対する評価に等しい。 「オレの出会った竜の騎士は……ディノスって名前だった。ディノスはよ、このテランの湖が気に入っていたよ。
「やいっ、ディノスッ! 勝負だっ!」 彼の登場とともに、一気に周辺の空気が変わる。 火傷の跡だらけの腕で、まだ湯気のたっている抜き身の剣を持ち、それを美形青年に突き付ける。 「へっへっへっ、見てろよ〜、今日という今日こそは、てめえに勝ってやるよ! なんつってもこの剣は、このサウロン様が半月がかりで鍛えた、とびっきりの自信作なんだからよ!」 と、自信満々な挑戦を受けて、ディノスと呼ばれた青年は困った様に少し苦笑する。 「……やれやれ、またかい。 悪戯っ子を微笑ましく思いながらも、それでも大人の責任としてたしなめるような雰囲気を持つディノスに、サウロンは頑として言い放った。 「何言っていやがるっ、そんなのはどうでもいいんだよ!」 「そんなのって……、だって、君の親方、この前も最上の鉄鋼を勝手に使って無駄にしたって嘆いていたじゃないか」 「あーっ、うっさい、うっさい! 天下の竜の騎士様がみみっちく金勘定のことなんて、気にしてんじゃねえよ! 威勢よく怒鳴るサウロンに、ディノスは軽く肩を竦めながら立ち上がった。 「分かった、それなら応じるよ。でも、何度も言っていることだけど、無茶は禁物だよ、サウロン。 腰に下げた剣を抜き、ディノスがそれを身構えた。それを見た途端、サウロンも目を輝かせて己自身の剣を構える。 「おうともよ! じゃあ、行くぜっ!」 ……それから、数分後。 「かぁーっ、ちっくしょう、また折れやがったーっ!?」 「……だから、言ったのに」 苦笑しながら、ディノスは自分の武器を腰に差す。 「だいたい、いくら頑張ったところで、普通の人間が作る武器がこの剣に適うはずがないんだよ。 そんな風に忠告しながらも、ディノスにはそれが全く無駄だろうとは分かっていた。 「へん、嫌だね! いいか覚えてろよ、オレは絶対、その剣を越える剣を作るんだよっ!」 少しも懲りることなく叫ぶ青年に、さすがの竜の騎士も呆れずにはいられない。だが、それはディノスにとっては心地好いものではあった。 姿形こそは人間に近くとも、その本質は竜――化け物に等しい。だからこそ、多くの人間達はディノスに近付こうとしない。 だが、彼は『与えられた最善』を真っ向から否定した。 いつか、竜の騎士をもってしても到底適わないと思うような――いや、切磋琢磨しあってもっと互いの強さを引き出せるような最強の武器を作るのが武器職人の夢だと、生き生きと語るサウロンは、ディノスにとっては初めての友人になった。 その宣言通り、性懲りもなく何度もチャレンジしにくる武器職人の青年と過ごす時間を、竜の騎士は楽しんでいた。 「くっそおっ、やり直しだっ、やり直しっ! いいかっ、次は10日後……いやっ、一週間後に挑戦しにくるから、覚悟しとけよ!」 折れた剣を拾いながらそう宣言するサウロンに、ディノスは一瞬返事をするのが遅れた。だが、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべ、頷いてみせる。 「分かった、一週間後だね。楽しみにしているよ、サウロン」
おせっかいなサウロンが持ってきてくれた雑多な品だけが、辛うじて人が住んでいた気配を醸し出している。 見た目は悪いし、使いにくいしといいところのないそのカップだが、ディノスは気に入ってずっと愛用していた。 名残を惜しむ様にそのカップを一度手に取ってからそっと伏せて置き、ディノスは何も持たずに小屋から出た。 そのまま旅立つ。 「サウロン……」 むすっと押し黙ったまま通せんぼしている友達の顔は、当然見えない。 「まいったな、君には会わないでこっそりと旅立つつもりだったのにな」 だからこそ、ディノスはわざわざあの日から三日目の夜を選んで旅立つつもりだった。剣作りを始めると夢中になるサウロンが、自分の旅立ちに気がつかないように。 「おまえって正直過ぎて、隠し事が下手過ぎなんだよ、バレバレだっつーの。 怒りに満ちた声で怒鳴りつけるサウロンを、ディノスは温かい目で見つめる。明かりがないせいで顔が見えなくてもなお、生き生きとした表情を感じさせる友人の声音は、彼にとっては心安いものだった。 「そうだね……正直に言うべきだったね。ごめん」 「そうだよ、言っとけよ! また、数か月も行方不明になる気か? 予定だけでもいいから、教えておけって」 竜の騎士であるディノスは、世界のバランスを崩す戦いが起こる際は、無条件でその場に駆けつけなければならない。 だが、かなりギリギリでなければ分からないため、サウロンに行き先を告げることができないまま、急遽旅立つことも珍しくはない。 「次の武器造りは急ぐ必要はないよ、サウロン。 「なんだよ? それ、どういう意味だよ?」 不機嫌な声は、意味不明な言葉に対する怒りのせいか。それとも、薄々こちらの言いたいことを悟っているがゆえに、不安を怒りに紛らわせようとしているのか。 「――予知を得たんだ。
長い沈黙を、隠そうにも隠しきれていない動揺の気配を、ディノスは嬉しく思う。 今、現在存在する竜の騎士が命を終える時にだけ、聖母は迎えにくる。 竜の騎士とは、戦いが全てだ。戦いに明け暮れる一生は、常に死と隣り合わせである。命を落とすのも、また使命の一つだ。 だが、この諦めの悪い親友には、なかなか受け入れがたいことのようだ。何度も息を飲み、何かをいおうと口を開きかけてはまた閉じる、ごくかすかな音が聞こえてくる。 「なら……、なら、せめてオレも行……」 「だめだっ!」 最後までその言葉を言わせずに、ディノスは強い勢いで拒絶する。 サウロンは今まで何回か、ディノスと共に戦いの場に赴いて協力したこともある。だが、今度ばかりはディノスはそれを許す気はなかった。 「次の敵は、魔界にいるんだ。あそこはとてもじゃないが、並の人間に行ける場所じゃない。 議論の余地もないとばかりに、ディノスはサウロンを拒絶する。 本来なら、最初から相手にしない方が彼のためだと分かっていたのに、気がつくと自分の懐に踏み込むのを許していた。 ずかずかと遠慮無しに人に絡んでいる様に見せかけて、その実はぶっきらぼうな優しさを持つこの親友が気に入ったからこそ、無茶だと分かっている武器作りを止めもせずにいた。 今も、そうだ。 (許してくれ……と言ったら、君は怒るのかな) 怒りっぽい親友の憤りを感じながら、それでもディノスは彼を置き去りにするのが正しいのだと確信していた。 戦うのは、竜の騎士の宿命だ。
やんわりと、ディノスはサウロンを押しやろうとする。 その理由を、小屋の外に出て始めて、ディノスは悟った。 「ちくしょう……オレにもっと力さえあれば、おまえの度肝を抜くような武器を作って、その目をひんむかせてやるのによ……っ! サウロンは、泣いていた。 いつの間にか、彼は膝を突いて蹲っていた。もはや立つ力も無いとばかりに、四つん這いになったまま身動きもしない。 「……なら、時間をあげる、と言ったら?」 その言葉に、サウロンはピクリと反応した。 「この先、どんなに時間が掛かってもいい。竜の騎士に相応しいと思える武器を、作ってくれ。ぼくは、それを楽しみに待つから」 そう言いながら、ディノスは自分の腰に手を伸ばす。 仮にも神から与えられた剣に備わっている付属品の一部だ、並の布ではない。 いつまでも色褪せず、いつまでも今の色のままであり続ける黄色の布。 「何年でも……いや、何十年、何百年でも待つよ。君が今の心と、この布を持ち続けてくれるのならね」 そう言いながら、ディノスは自分の手をサウロンの前に突きつけた。 「ぼくが死んだとしても、竜の騎士の記憶は、継承される。……とは言っても、継承されるのは戦いに関する記憶のみで、個人の感情は比較的継承されにくいものなんだけどね。でも、それでも、ほんのわずかでも可能性はあるかもしれない」 ひらひらと、黄色の布ははためく。 「君が一生を懸けても、自分の信念を貫きたいと望むのなら、ぼくも懸けよう。 ごしりと乱暴に袖で目許をぬぐった後に見えたのは、見慣れた親友の目だった。 「お、おう……! なら、オレも約束してやるぜ。何百年かかろうとも、オレは、オレの夢を果たすってな!」 ケンカを挑むような口調で言いながら、サウロンはディノスから剣の下げ緒を受け取った――。 「それが……竜の騎士との約束……」 一言、一言噛み締める様に、弟子の少年はゆっくりと呟く。普段は決して過去のことを語ろうとしない師匠の昔話は、それだけに強い印象を持って少年の胸に染み透った。 「ああ、そうだ。……オレは果たすことはできなかったけどな」 懐かしそうに黄色の布を見つめながら、師匠はあっけらかんと呟く。 「だから、こいつはおまえにくれてやる。おまえが、この約束を果たしてくれ」 その言葉は当然のことながら、少年に驚きを与えた。 「だけど……っ、親方には息子さんがいるじゃないですか!? ならば、息子さんに託した方が……」 「はんっ、なにらしくもなく遠慮していやがる。 「でも、おれにはとてもそんな……」 躊躇する弟子に、師匠はなおも言う。 「おまえに出来なかったら、それはそれでいい。なんせ、時間制限のない約束なんでな。何十年、何百年かかったっていいんだ。おまえの腕を磨き……それでも足りなければ、おまえの腕を受け継ぐ者に、引き継げばそれでいい」 その言葉をどう受け止めたのか、少年の目から迷いが消える。 「分かりました、親方。では、これは必ず……!」 改まって、恭しく黄色の布を受け取る自分の弟子を、年老いた師匠は満足そうに眺めやった――。
弟子がいなくなった部屋の中で、武器職人は小さく呟く。 (ま、後は任せるぜ) 間近に迫る死を恐れず、武器職人は不敵に笑った。 たった今、弟子に話した伝承も、必ず伝わるとは限らない。 だいたいのところ、男の記憶ですらもはや曖昧になってしまった部分があるし、そもそも職人には無口でぶっきらぼうなタイプが多いものだ。 いつか必ず……、必ず、現れるはずだ。 人間の力が、人間の想いこそが、神々の遺産や思惑を超えるものだと証明できる人間が。 そして、意思を受け継ぐのが誰であっても構わないように、武器の形にももう拘りはなかった。 もっと別の形をした武器かもしれない。 (言ったことはなかったか、ディノス? おりゃあな、本当は最高の武器を作りたかったってわけじゃねえんだ) 生まれながらに使命に縛られ、神々の兵器ならばそれが当然とばかりに従容と運命に従っていた竜の騎士に、教えたかった。 おまえ一人で、戦わなくてもいいのだと。 だが、総合的な戦闘力で彼に劣っているにせよ、人間がなにもできないちっぽけな存在だとは、サウロンは認めたくなかった。 竜の騎士とは違う形であれ、人間にだってなにかができるのだと、証明したかった。 残念ながら、サウロンの思いを望んだ形で叶えることはできなかった。 そんな人間が現れた時こそ、竜の騎士は己の使命から開放される。 その強さが必要なくなるのなら、竜の騎士に残るのは人の心……後は、一人の人間として生きていけばいい。 ディノスが、あの心優しい竜の騎士が、本来望んでいたように――。
戦いに明け暮れた一生を送り、死の時には聖母竜に抱かれて転生を迎え――その繰り返しの末、最後の竜の騎士が誕生した。 ダイと名づけられた少年は、自分の出生や使命も知らないまま成長していく。 ――よろしく、ポップさん―― 二人の少年は出会い、そして、彼らの冒険の旅の果てに、約束は果たされる――。
《後書き》 地下の『未だ消えぬ残光』で語った、捏造バンダナ話の表バージョンのお話です♪ 今回は、ダイの名が恐竜の英語名(ダイナソー)から取ったというエピソードからヒントを得て、過去の竜の騎士とその友人は恐竜絡みから名前をもらいました。 ところで関係ないですが、恐竜名では筆者はマイラサウラが好きです。美しいトカゲ……いいじゃないですか! ティラノザウルスは昔はゴジラのような直立歩行系のモデルが多かったのですが、今は鳥の歩行形態に似た前傾姿勢が多くて、かっこよさが段違いで惚れ惚れしまくりです♪ んでもって、一度見てみたい恐竜の化石がフタバスズキリュウ! 日本で発見された数少ない恐竜だし、ロマンを感じますv |