『天然な彼女』

 

「どーアルかね、お客さん! これだけの服がたったこれっぽっちの値段だなんて、お買い得アルよ! 首吊り覚悟の出欠大サービスアルね!」

 と、得意げに商人の男はマネキンが身につけたチャイナドレスを見せびらかした。
 確かに言うだけのことはあって、そのチャイナドレスは非常に良い出来だった。生地もとびっきり上等だし、デザインも秀逸だ。

 シンプルながらも女性の曲線美をあますことなく表現するチャイナドレスは、大胆に横にスリットが入っているだけでなく、胸元にも肌を露出する小窓が開いたデザインになっている。

 だが、それでいて露出過剰にならない品の良さがどこかにある。
 ややピンクがかった赤い色合いも、セクシーさよりは可愛らしさを感じさせるものであり、若い娘によく似合うと思えるデザインだった。
 だが、サングラスをつけた猫背の老人は、重々しく首を振った。

「ダメダメ、こんな格好をさせるには、あの娘はまだ早すぎるんだよ〜ん」

 外見にそぐわないふざけた口調がものすごいミスマッチではあったが、商人にとって老人は昔からの常連だ。
 たとえ、彼が拳聖と謳われた武術の達人、先代勇者一行の一員でもあるブロキーナだと知っていても、商人の商魂にはさしたる影響はなかった。

「早すぎるってことも、ないアルね。B88W59H90とは、ボンキュッボンッのナイスバディ、子供じゃなくて立派なレディーアルよ!

 それで子供扱いはむしろ失礼ね!
 となれば女武闘家の弱点を埋め、長所を引き立てるためにも、ここはセクシーチャイナでうっふんお色気チラチラ大作戦がお薦めね!」

 チッチと指を振りながら、商人が薦めるのも一理はある。
 女性武闘家は、男性のそれに比べるとどうしても身体的に不利だ。男性と女性では、骨格からして自ずと違う。筋力も体格も、男性の方が有利だと言うことを、ブロキーナはもちろん知り抜いていた。

 格闘技に置いて、体格差は大きな意味を持つ。
 その意味で、女性武闘家は最初からハンデを抱え込んでいるようなものだ。なにしろ男性に比べると格段に非力であり、体格に劣る傾向を否めない。
 だが、女性には女性だけに備わった武器もある。

「このお色気チャイナで戦えば、太股チラチラ、胸元セクシーなうっふん効果追加で男は気になって仕方がないアルよ! 女の魅力で一撃を、というやつね!」

 男性はどうしても、女性には弱いものだ。
 それも、若く、魅力的な女性ともなれば、ただそこにいるだけで異性の目を引きつける。そんな女性が肌も露わな格好で動いているのを見て、気を殺がれない男はいないと言ってもいい。

 女性であることを強調した衣装……それ自体が一つの武器であり、相手の油断を誘う手段に成り得るのだ。
 だが、ブロキーナはそんな手段を良しとは到底思えなかった。

 もちろん、そんな手段も有効だと承知しているし、実際にその手段を実行する女戦士にケチをつける気も、異議を唱える気もない。
 それも、一つの戦法なのだから。

 だが、ブロキーナが武闘着を贈りたい女性とは、彼にとって旧友の子供であり、愛弟子でもある少女だ。
 親が子の性的な成長についてまだ早いと思うように、ブロキーナも弟子に対して同じ感情を抱いていた。

 それに、ブロキーナにも拳聖と呼ばれた誇りがある。どうせなら自分の教えた武術だけで戦って欲しいと思う気持ちは、否定出来ない。
 女の魅力や武器に頼らずとも、自分の力だけで戦えるだけの力量を備えていると信じているし、どうせなら誰に恥じることもない王道を進んで欲しいとも願う。

 そんなブロキーナだから、セクシーチャイナの武闘着などは論外だった。
 さらに言うのならブロキーナはこの先、弟子が戦うべき敵の強大さを知っていた。
 色香による幻惑など全く期待も出来ない、怪物や魔族との戦いに挑むであろう愛弟子に、少しでも防御力を持たせる服を贈りたいと望む。

「ふむ……これがいいかね」

 と、ブロキーナが指差したのは、男女兼用とも思えるオーソドックスな武闘着だった。 ゆったりとしたズボンの上に前垂れのついた上着を重ねるタイプの中華服は、上着の色やデザインこそは女性的であってもセクシーさには欠けるものだ。

「あいやー、せっかくの若い娘へのプレゼントなのにこんな地味な服にするなんて、もったいないアルな〜。まったく、ブロキーナ師父ときたらマトリフの旦那と違って、真面目アルよ」

 どこか不満げにそうぼやきはするものの、商人もそこは商売だ。ブロキーナの意志が固いと見ると、それ以上の無理なセールスはやめてオプション販売に精をだす。

「で、今なら特別価格でお好みの流派の刺繍をできるアルよ! あ、そうそう、せっかくだから肩当てや脚半なんかはどうアルね、防御力がぐーんとアップね!」

 ……どこまでも商魂逞しい商人ではあった。





「え? これを私にくださるんですか? わぁ……っ、ありがとうございます!」

 と、心の底から嬉しそうな笑顔を見せるマァムを見て、ブロキーナは満足を味わっていた。
 商人に乗せられてずいぶんと高い買い物になってしまったりもしたが、こんなにも嬉しそうな愛弟子の笑顔を見られるのなら惜しくもないと思ってしまう。

「うむ、うむ。マァムや、おまえの進歩は目覚ましく、もはや武闘家と呼ぶのに相応しいからね」

 別に職業にあった服装をしなければならないという決まりはないが、職業によって身体を動かす率や魔法を使う率が違うことを考えると、職業に合わせた格好をするのが最も効率的だ。

 たとえば、マァムの僧侶戦士の時の服装は動きやすさを重視しているものの、やはり基本的には僧侶のための服だ。

 僧侶、魔法使い系の服の布地には、魔法に対する力を多少は織り交ぜてある。魔法をかけやすくするとか、魔法を放つ際のダメージを減らすなど、いずれにせよごくわずかな効果ではあるが、そんな工夫をするものである。

 だが、魔法に対する力を込めた分、その他に対する力が劣ってしまうのは否めない。マァムの場合なら、武闘家になった今、僧侶系の魔法に対する微々たる効果のある前の装備は、あまり意味はない。

 その職業の長所を伸ばし、欠点を補う服装を選ぶ方が賢いだろう。それに、一人前になった弟子にそれに相応しい装備を与えるというのは、古くから伝わる習慣だ。

 努力を重ね、普通の人間なら何年もかけるであろう修行をほんの二週間余りで体得したこの少女を祝福するためにも、ブロキーナとしては自分に用意出来る最高の装備を与えたかった。

「あー、マァムさん、いいなぁ。老師〜、ぼくにはっ!? ぼくにはないんですか!?」

 勢い込んで聞いてきたのは、もう一人の弟子だった。
 3年前から弟子にした、チウは人間ではない。大ねずみという種族の怪物だ。
 本来、動物系の怪物は魔王がいない時代には比較的おとなしく、野生動物と大差のない行動を取るものである。だが、このチウはずいぶんと元気の余った奴だった。

 平和真っ直中な時代から色々といたずらをしたり、近くの村人に迷惑をかけまくってくれた大ねずみだった。
 だが、見掛けによらず強い意志や人間に近い感情を持っているこのねずみを気に入って、無理やり弟子とした。

 多少強引な教育が功を奏して、すっかりと人間に近い言動を取る様になったもう一人の愛弟子を眺めつつ、ブロキーナは思う。

(あ。……忘れちゃってたよ〜ん)

 怪物であるチウが、普通の怪物ではないことを示すためにブロキーナはかなり前から、チウに武闘着を与えはした。
 村人や旅人が、チウをただの大ねずみと間違えて退治しないようにと考えた、心遣いだ。
 だが、正直、その服はブロキーナのお手製であり、適当なズタ袋を多少いじった程度の申し訳程度のものだ。
 そのうち、チウが一人前と言える程度の力を身につけたならなんとかしてやろうとは、思っていた。

 だが、山奥で一人隠れ住んでいるブロキーナにとっては、買い物は結構面倒臭い。ましてや、武闘着のように特殊な装備品を買うともなれば移動呪文かアイテムを使ってわざわざ遠方まで行かなければならない。

 それで長年ほったらかしにしていたが、今回、マァムの武闘着を誂えに出かけるついでに、チウの服も新調してやろうかなと思っていたのだ。
 だが、マァムの服の選択で店主とやりとりしている内に、そんなことはすっかりと忘れていた。

 まあ、マァムの服が予想よりも高かったこともあるし、覚えていたとしても予算オーバーで買えなかっただろうが。
 しかし、それを正直に言う程ブロキーナは愚か者ではなかった。

「チウや、おまえにはまだまだ修行が必要じゃ。おまえが一人前の武闘家となった時に、装備一式を揃えて贈ってやろう」

 内心冷や汗をタラリとかきつつも、表には一切それを見せない辺りが歴戦の手足れというものか。
 もっともらしい言葉に、チウは目を輝かせて頷いた。

「さすが老師! 分かりましたっ、なぁに、ぼくの実力からすればそう遠くはないことですしねっ」

 一人で納得して悦に入っているチウからそれとなく目を逸らしつつ、ブロキーナはマァムに薦める。

「さ、マァムや、それを着てご覧。サイズはぴったりだと思うんだけどね」





 柔らかな赤と桃色の中間色の上着に、クリーム色のゆったりとしたズボン。
 その武闘着は、マァムの身体にはぴったりとあっていた。だが、マァムはどうもいまいちしっくりこないとばかりに、首をわずかに傾げる。

 確かにサイズはあっている。だが、ピンとこないのだ。
 何がいけないのだろうと、マァムは試しの様にその場でくるりと回ってみる。その動きに合わせ、前垂れの部分やズボンの裾がひらりと揺れる。

 その感触に、マァムはやっと納得した。
 要は、そのヒラヒラとした感触に、違和感を覚えるのだ。
 元々、マァムは普通の女の子と違ってスカートをあまり履かない。ズボンやスパッツのような、身体にぴったりとした服装の方を好む傾向がある。

 幼い頃から村を守るために魔の森を毎日歩いてマァムにとっては、ヒラヒラとした服はそれだけで敬遠すべき存在だ。
 森を歩く際、余分な布地は枝や茂みに引っ掛かって動きを不自由にする要因である。だからこそマァムは、普段から動きやすさを重視する格好を選んできた。

 その観念からすれば、この武闘着のズボンはどうにも、裾が絡むというか、もったりとした感じがして動きにくいのだ。
 そうと分かったなら、マァムの決断は早い。躊躇せず、マァムは早速実行した――。





「老師〜、マァムさんの着替え、遅いですね。って、あっ、いやっ、気になるから見たいとかじゃなくて、どうかしたんじゃないかな〜って心配なだけですからっ!」

 落ち着きなくウロウロとうろつき回っているチウは、言わずもがなの言い訳を言いつつマァムが出てくるのを待ち続けている。
 その様子を苦笑するブロキーナもまた、マァムの着替えが楽しみではあった。

 なにせ、せっかく選んだ贈り物なのだ。どうせならそれが相手に似合い、しかも喜んでもらいたいと思うのは人情ではないか。
 だからこそ、マァムが登場した時はチウもブロキーナも同じように注目した。

「遅くなってごめんなさい、着替えに手間取っちゃって」

 そう言いながら出てきたマァムを見て――チウもブロキーナもそろって絶句した。顎をかっくんと落としかねない程驚き、彼女を凝視せずにはいられない。

「ありがとうございます、老師、これ、すごく動きやすいです! じゃ、さっそく修行を始めますね。組み手をお願いしたいんですけど」

 嬉しそうな、いつも通りのマァムの声も耳を素通りしていく。到底、それに答えられるような心境ではなかった。
 そんな兄弟弟子と師匠の様子の不審さにようやく気付いたのか、マァムは心配そうな表情を向けてくる。

「……老師? それにチウも? どうかしたの?」

「い、……いや、どうかしたもなにも……その格好……あ、あの、ズボンは……?」

 サングラスをかけた目をわずかに逸らしながら、ブロキーナはふるふると震える手でマァムの下半身を指差す。
 そこに広がるのは、眩いまでの太股。どこまでも健康的で、むっちりと肉ののった丸だしの太股は異性の目にはいささか眩すぎる。

 そう――マァムは、武闘着のズボンをはいていないままだった。上着の前垂れや裾が長めに取ってあるから下着だけは辛うじて見えないものの、少しでも動けば裾がまくれて丸見えになってしまう格好である。

 てっきりズボンをはき忘れたのかと思ったブロキーナだったが、マァムの答えは斜め上だった。

「え、ああズボンなら邪魔だから、脱いじゃいました」

 何のためらいもなくそう言ってのけるマァムには、一点の曇りもない。
 まるで、室内だから帽子を取ったと同じぐらいの軽さで言いきれる無邪気さに、ブロキーナは返って言葉を失う。

 性を全く意識せず、コウノトリが赤ん坊を運んでくると信じきっている幼子に、真実を教えることをためらう様に、ブロキーナもまた、その服装に対しての注意や文句を言えなくなってしまった。
 そして、さらにそれに輪を掛けてくれたのはチウだった。

「そっ、そうなんですかっ!! マァムさんっ、その服、サイコーですっ! 大感激ですっ、すっごく似合っていますっ!」

 心からの称賛を贈るチウを、ブロキーナはいっそ蹴り飛ばしたい気分だった。いや、確かに、似合っていないとは言えないのだが。
 似合う、似合わないだけを論点にするのなら、確かにその武闘着はマァムに似合っていた。

 上下そろえてマネキンが着ていたところを目撃したブロキーナには、そう言う服こそが正統として映るが、今のマァムを始めて見たのならそれが正しいと思えなくもない。
 ちょっと大胆なチャイナ服と言えば、それで通ってしまう服ではあるのだ。実際、商人に最初に薦められたセクシーチャイナと大差がないと言えば大差がない。

「そう? ありがとう、チウ。じゃ、組み手の相手になってくれる?」

「よっ、よよ、喜んでぇえっ!!」

 飛び上がらんばかりに喜び勇んだチウは、さっそくマァムの組み手の相手になったはいいが、面白いぐらいにぼろぼろと攻撃を食らいまくっている。

「もう、チウったら今日は調子が悪いのね。やめておく?」

「いっ、いえいえっ、そんな勿体ない……じゃなくって、まだまだぁっ! もっともっと修行しますよっ、ぼくはっ!」

 マァムの気遣いを断り、チウは目は爛々と輝かせ、鼻血を抑えて組み手へと精をだす。
(………………セクシー大作戦、成功しまくっているなぁ)

 ちょっと遠い目で、ブロキーナはそれを眺めやる。
 マァムにはそんな意図は全くないのは疑う余地もないが、結果的にはセクシーチャイナ作戦と大差があるまい。

 こちらが気を使って避けようとしたというのに、本人が全く無自覚のままで想定以上のお色気作戦を実行してしまっている場合は、師としていかなる振るまいをとればいいのだろうか。

 自分の魅力に全く無頓着で、どこまでも天然な愛弟子を眺めつつ、とりあえずブロキーナは天国にいると思われる親友に謝罪せずにはいられない。

(……ロカ、ごめんよ〜。あの世で会う時は、怒らないでくれると嬉しいんだけどね)


                                      END

 


《後書き》

 マァム修行編のお笑い話です。
 前に拍手でマァムのあのチャイナ服が、○ラゴンボールの某殺し屋キャラと同じではないかという指摘を聞き、爆笑したのをきっかけに生まれたお話です♪

 本来はあれ単体の服ではなく、ズボンとあわせる上着ではないかというご指摘と受け、目から鱗が落ちました!
 筆者は長年、あんなセクシーチャイナを弟子を与えるとはブロキーナも結局はマトリフの仲間だと思っていたのですが(笑)、そうではないのではないかと。

 本来はズボンもついた普通のチャイナだったのに、マァムが動きにくいからとズボンを省いてしまったのでセクシーになったのでないかと開眼したのです!

 破邪の洞窟で動きにくいからとドレスの裾を大胆にまくり上げたマァムなら、あり得る……っ!
 と言う訳で、勝手に捏造しまくってみました♪

 

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