『魔の森での出会い』 |
ラインリバー大陸は、他の大陸に比べて森林地域が多いのが特徴だ。 その中で最大の森である緑豊かなその森は、多くの動植物を育んできた。だが、その豊かな土壌ゆえか、動物だけでなく数えきれない程の怪物の棲まう場所となっている。 「ふぅ……っ」 満足げに息をつき、彼女は手にしていた籠を一度足下に下ろした。 まだ十代半ば程の娘だった。 肩まで届くほどの長さの髪を自然に流している娘は、籠の蓋を開けて中身を確かめる。十分な量の薬草が入っているのを確認した後、彼女は再び歩きだした。 だからこそ旅人だけでなく村人でさえ恐れて決して一人では歩かない魔の森を、一人で平然と歩ける。 だが、彼女の歩くペースは少しも変わらなかった。 しかし、それは野生の獣と同じこと。 だから、遠くから聞こえる怪物の声は、彼女にとっては小鳥の囀りと大差がない。怯えることなくそのまま静かに歩いていた娘だが、怪物の声の調子が変わったのを聞いて立ち止まった。 (……なにかしら?) 熟練の猟師が獣の鳴き声から遠く離れた場所にいる獲物の状態を知るように、彼女もまた、怪物の声音を聞き分けることができる。 だが、それは別に驚くに値しない。 単に怪物同士が争っているのならば関わり合いたいとも思わなかったが、妙に甲高い、悲鳴のような鳴き声が聞こえだしたのが、彼女の気を引く。 たとえ異種族のものであろうと、助けを求める子供の声を聞き捨てにはできない。 「……っ!?」 その現場に飛び込んだ彼女は、驚きに目を大きく見開いた。 これが、怪物が人間を襲っていたのなら、彼女もそれ程驚かなかっただろう。悲しいことだが、最近怪物が凶暴化してきた魔の森では珍しくもない光景だ。 しっかりと武装した戦士は、どう見ても優勢だった。数匹いる怪物をものともしないどころか、完全に押している。 「なっ、なんなんだよっ、てめえはっ!?」 戦士がすっ頓狂な声をあげて思わず乱入者に目を向けたが、その瞬間を怪物達は見逃さなかった。 「あっ、こらっ、待ちやがれ、この臆病者っ!」 叫ぶと同時に相手の逃げ道を読んで先回りする足は、見事なものだった。一番遅れて走っていった小さめの怪物……おそらくは子供であろうリカントが、先ほど森の中で聞いたのと同じ甲高い悲鳴を漏らす。 「へへっ、逃がさねえぞっ、覚悟しやがれ!!」 そう言いながら剣を振り下ろそうとする戦士の目の前に、彼女は飛び込んでいた。 「お待ちなさいっ!」 「うわぁっと!?」 不意に両手を広げて飛び込んできた若い娘を危うく切りつけそうになり、戦士は慌てて剣を止める。 「な、なにしやがるんだよっ、てめえはっ!? 危ないだろうが、もう少しで切っちまうところだっただろ!? ったく、女の癖にこんな危ないところに来るんじゃねえよ、そこをどけよっ!」 一気にまくし立てるその顔を見て、少女は目の前にいる戦士が思ったよりも若かったのを知った。 体格ががっちりとしていて逞しく、背丈だけを問題とするならすでに成人並に達している。剣の腕もそこそこ立つようだから一人前の男と見えたのだが、真正面から向き合えば顔つきにはまだまだ幼さが残っている。 わんぱく坊主のようなきかんきさと、意思の強さを感じさせる目をしているが、浮かべる表情は機嫌を悪くして膨れた男の子そのものだ。 「聞こえてないのかよっ、どけっつってんだよ、邪魔なんだよ!」 「いいえ、どくわけにはいかないわ!!」 短気な戦士に負けないように、娘も声を張り上げる。 「この子はまだ子供だし、傷ついているわ。とどめを刺す必要なんて、ないはずよ」 「はぁあ?」 今度は、戦士の方が驚きに目を丸くする番だった。呆気に取られた表情を見せる青年だが、すぐに立ち直って文句を言い始める。 「何、甘っちょろいことを言ってるんだよ、いいか、そいつは怪物なんだぞっ!? 今は子供でも、すぐに大きくなって人を襲うに決まっている! なら、今のうちに退治しておくのが筋ってもんだろ!」 口調こそ乱暴でも、彼の言葉は正論には違いない。だが、その理屈は娘にとっては受け入れ難いものだった。 「必ずそうなると決まったわけじゃないわ! 無理に倒さなくとも、追い払えばそれで十分でしょう!? 自衛以上の攻撃など、必要ないはずよ!!」 神の教えと愛を信じる娘にとっては、それこそが正義だった。 「はん、だから女は駄目なんだ、甘いったらありゃしねえぜ。いいか、戦いに女が口をだすもんじゃねえよ、おとなしくすっこんでろよ!」 娘を怪物から引き離すために放った言葉――だが、それは娘の怒りに火を注いだも同然だった。 「なんですって、あんまり女を馬鹿にしないで! だいたいさっきから聞いていればずいぶんと女を差別しているみたいだけど、それって失礼よ!! ううん、女性全体に対する侮辱だわ、礼儀知らずの野蛮人もいいところね!! あんたって、サイテーよッ」 さっきまでが義憤に駆られた怒りなら、今や完全に個人的な感情で怒りだした娘がまくし立てる勢いに驚いたのか、後ろに隠れていた怪物の子供が慌てて逃げていく。 「なっ、なんだとーっ!? オレのどこが野蛮人なんだよ!!」 「ほらっ、そうやってすぐ怒鳴る!! そんなところが野蛮なのよ、大きな声を出せば女が言いなりになるなんて思ったら大間違いよ!」 いきなり猛烈な口喧嘩を始めた青年と娘だったが、そこにひょっこりと第三者が割り込んできた。 「あー、いたいた、ロカ。探しましたよ〜、まったくあまり先に行かないでくださいね、怪物にであっても深追いはしなくていいって言ったでしょう?」 茂みを掻き分けて登場したのは、ロカと同じ鎧を身につけた戦士だった。やはり年齢も同じぐらいだが、長い巻き髪を伸ばしているせいか、戦士離れした雰囲気がある。 「おや、初めましてお嬢さん。えーと、何があったかは知りませんが、もしかして……私の連れが迷惑をかけました? のんびりとした口調で素直にそう謝られると、怒っていたはずの娘も毒気を抜かれてしまう。 「あ……いえ、そんな」 今になってから、初めて会った青年相手に恥ずかしいところを見せてしまった自覚が込み上げてきて恥じらう娘だが、笑顔の似合う青年はそれを別の意味として受け取ったらしい。 「あ、すみませんねー、自己紹介もまだでしたね、女性に対して失礼をしました。 折り目正しいその挨拶に、娘はさっきとは違って意味で目を丸くする。親友と言ったあのロカと言う戦士と違い、アバンはひどく紳士的で優しい。 「私は……レイラと言います。この近くのネイル村に住んでいます」 そう言いながら、レイラは今更だがアバンの服が血がついているのに気がついた。ダイ出血という量ではないが、色鮮やかな血の色は怪我をして間もないことを示している。 「アバン様、その腕の怪我は……」 「あ、これですか? さっき、失敗しちゃいましてねー、たいしたことはないから大丈夫ですよ」 「ふん、何言っていやがる。子供連れだからって怪物なんかに情けを掛けるから、そんな怪我なんかするんだよ!」 不貞腐れたように文句を言うロカをちょっぴり反感を感じながら、レイラはアバンの腕に手を伸ばす。 「これは……! 回復魔法を使えるとは、あなたは僧侶だったのですか?」 驚くアバンに、レイラはコクリと頷いた。 「はい、まだ未熟ですけど」 去年、正式な僧侶と認められたばかりだが、レイラはすでに最大回復呪文も習得した、れっきとした僧侶だ。 「へー、おまえ、意外とやるじゃん」 (……女の子への褒め言葉じゃないわよ、それ) 喉元まででかかったその文句を辛うじて飲み込んだのは、ロカも怪我をしているのを見つけたからだった。 「やだ……っ、これ、ひどい怪我じゃない!?」 「ん? ああ、こんなのかすり傷だって。たいしたこたぁねえよ――って、いてぇっ!?」 傷を負った肩に触れられたロカがそれこそ飛び上がって騒ぐが、レイラはビクともしなかった。 「男なら、いちいち大袈裟に騒がないでよ! ……あら嫌だ、思ったよりも深いわよ、これ。 「ああ、それはありがたいお言葉ですねえ。どうです、ロカ、ここは一つご厚意に甘えちゃいましょうか?」 にこやかに話を進めていくレイラとアバンに置き去りにされたロカは、痛みに顔をゆがめながら叫ぶのが精一杯だった。 「って、てめーらっ、人を無視して勝手に話を進めやがって……っ!? だいたい、オレとアバンで態度が違い過ぎじゃねえかーっ!? って、聞いてるのかよーっ、おぉいっ!?」 「アバン様、あっちにいこうよ! すごくきれいなお花がいっぱいあるの、一緒にお花詰みしようよ〜」 「そんなのダメだい、ね、ね、アバン様、向こうで剣の稽古をしてよ!」 村の子供達は先を争うようにアバンの手を取り、一緒に遊びたがる。その光景を見ながら、レイラは思わずにはいられない。 (さすが勇者様……と言うわけかしら) ネイル村という片田舎に住む村娘でも、世界に今や暗雲が迫っているのは知っている。 魔王ハドラー。 魔王が誕生したからこそ、怪物達が活性化して魔の森の怪物達も凶暴化してしまった。それに心を痛めながらも、一介の村娘であるレイラには何もできないと思っていた。 しかし、そうではない人間もいるものなのだ。 しかも、アバンは噂以上の人物だった。 大人達の暗い空気を察してか、どこか沈みがちだった子供達があんなにも無防備にアバンに懐き、はしゃいでいる。 彼ならば、世界を救えるかもしれない――そう期待させるなにかが、アバンにはある。 「貸せよ」 「ロカ……」 勇者の親友である戦士は、薪を手で持って大袈裟に眉を潜める。 「ああ、こんな重たいの、女の仕事じゃねえだろうが。ったく、無理してねえで早く言えばいいだろ!!」 怒っているのか、親切にしているのか分からないその態度に、レイラはくすっと笑わずにはいられない。 だいたいのところ、ロカは頭が固すぎる。頑固な男尊女卑主義で、短気で、口が悪くって――その印象は、今でも全然変わらない。 この一本気な勇者の親友が、不器用な優しさを持っていることを。悪態をつきながら、何度もレイラを助けてくれる。 「そうね、ありがとう。今度からはすぐに言うわ」 そう言うと、ロカは困ったような顔をして足を止めた。 「あー……、今度は、ねえな。オレ達、明日には旅立つんだ」 「え……っ!?」 予想以上のショックを受け、レイラはそんなにもショックを受ける自分にも驚く。 そのために故郷を旅立って、今はまだ旅の途中にすぎない。こんな田舎の小さな村に、いつまでもいられるはずがないのだ。だいたい治療の間だけでもと、彼らを引き止めたのは自分の方だ。 もう怪我も治った二人が、いつまでもここにいるはずもない。 「おい、なんて面してんだよ、らしくもねえなぁ」 よほどレイラの自失ぶりがひどかったのか、ロカがそんな風に励ましながら背を叩いてくる。 「大丈夫だって、アバンの奴ぁあれでいざって時は、やる奴だからな! 見当違いな励ましを掛けてくるロカの言葉に、レイラはふと涙を零しそうになる。それをごまかすため、レイラは慌てて俯いた。 「馬鹿……! そんなに強く叩いたら、背中が痛いじゃない」 「えっ、あっ、悪ィ、どっか痛めたか!? おいっ、誰か呼んでこようか!?」 途端に慌てふためくロカの狼狽ぶりに、レイラはいささか呆れる。彼は、レイラが僧侶だと言うのも忘れてしまっているらしい。 (ホント、女の子の扱い方を知らないんだから……!!) 今こそ、レイラは気がついてしまった。
ひどく驚いた様子で、親友の喉首を締め上げんばかりに迫るロカに対して、アバンは余裕たっぷりだった。 「『また』とは、ひどい言い方ですね〜。それじゃあ、私が嘘ばっかりついているみたいじゃないですかー」 「実際に何度もオレを騙してくれただろうが、おまえはっ!? いやっ、そんなことはいいんだよっ、それよりレイラも一緒に旅についてくるってのはホントなのかよっ!!」 ロカにとっては、それは寝耳に水だった。 村人に黙ってこっそりと旅立とうと昨夜の内に決め、いざ、村外れまでやってきた段階で相棒がそう言ってきたのだから、これはもう確信犯と言わざるを得ない。 「ええ、本当ですよ。昨夜、是非にと頼まれましたので。私って、女性の頼みは断れない質なんですよね〜。 「なに呑気なこと言ってるんだよっ! 別に、僧侶なんか連れていかなくっても、おまえで間に合うだろうが!」 ひどい言われようですねえと笑うものの、アバンはそれを否定しなかった。 そんな二人が旅をするのに、今のところ回復が間に合わないということもなかった。 「それによ、おめえ、狙っている仲間がいるんだろ?」 アバンが切実に求めている仲間は、後衛を任せられる魔法使いだ。それも、できれば賢者の能力を持っている方が望ましい。 全ての魔法を習得し、なおかつ僧侶系の魔法にも長けた世界最高の魔法使いがパプニカにいる――その噂を当てにして、アバンとロカはパプニカを目指しているところだ。元々このロモスに来たのも、ロモスの港を経由してパプニカへと向かうためだった。 正直、ロカには魔法なんてどうでもいいと思っているのだが、彼は親友の判断を信頼している。 一見、お人好しでニコニコしているようでいて、アバンは中身はとんだ狸だ。必要とあれば長年の親友も騙くらかしてくれるし、詐欺師顔負けの論法を平気で披露したりもする。 狙った獲物を逃すような、そんな甘い男ではないのだ。 (噂じゃ相当食えないジジイっぽいけど、気の毒に、厄介な奴に目をつけられやがったな) 「もうじき最高の賢者が仲間入りするなら、女僧侶なんて必要ないだろ。別に、連れて行くことはねえじゃないか。………………女にゃ危ない旅だしよ」 ぽつりと最後に付け加えてしまったおまけの一言こそが本音だと、ロカは自分では気が付いていなかった。 「おや、最大回復魔法を使える術者なら、何人いても邪魔にはならないと思いますけど? それなのに、なんであなたは反対するのですか?」 悪戯めかせて、アバンは笑う。 「な……、なんでって……」 言い返そうとして、ロカが詰まるのを面白そうに見ながら、アバンは済ました顔で言ってのける。 「あなたがその理由が分かるようになるまで、レイラが一緒にいた方がいいと、私は思うのですよ」 「? ? ? な、なんなんだよ、それ!? おい、自慢じゃねえが、オレはあんま頭がよくねぇんだよ、オレにも分かるように説明しろっ!」 「――全く自慢になっていませんね、確かに。 くすくすと笑いながら、アバンは親友の質問を躱す。 「すみません、待たせちゃって……! 両親を説得するのに思ったよりも手間取って……、でも、もう大丈夫ですから。 僧侶としての礼服に身を包んだレイラは、きちんと旅支度をしてアバン達に向かって笑顔を見せる。
200000hit 記念リクエストその2、『レイラがアバンのパーティに加わった過程』でしたっ♪ 先代勇者一行って好きなんですけど、データが少なすぎて想像しにくいのが難点なんですよね〜。筆者は十分なデータや自分なりの考察をベースにして二次創作を考えるタイプなので、出番が少ないキャラクター程、書きにくかったりするんですよね、これが。 特にレイラの方はマァムの母として振る舞うシーンと、若い頃のシーンで差がある分、人によってはずいぶんとイメージにブレがでそうですしねえ。 数少ない回想シーンでは、ポップとマァムにどこか似た感じで元気に口喧嘩をしてたので、鈍感な男に、天然な彼女……この組み合わせだったんじゃないかな〜と、勝手に思っています。 散々考えた末、ポップとマァムがそうだったように魔の森で出会わせてみました♪
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