『魔の森での出会い』

 ラインリバー大陸は、他の大陸に比べて森林地域が多いのが特徴だ。
 森の王国の名に相応しく、ロモス王国の近隣は多くの森に囲まれている。

 その中で最大の森である緑豊かなその森は、多くの動植物を育んできた。だが、その豊かな土壌ゆえか、動物だけでなく数えきれない程の怪物の棲まう場所となっている。
 それゆえ、人々はその森をいつしかこう呼ぶようになった――魔の森、と。





「ふぅ……っ」

 満足げに息をつき、彼女は手にしていた籠を一度足下に下ろした。
 ズボン姿の上に男の子のように飾り気のない服装なせいで一瞬性別を間違えそうになるが、よく見れば整った顔立ちや起伏のある体付きは隠せない。

 まだ十代半ば程の娘だった。
 ちょうど、少女から娘へとなったばかりの年齢で、年頃の娘なら当然そうするように身を飾るなんてことはいっさいしていない彼女だが、健康的でさっぱりとした魅力が溢れている。

 肩まで届くほどの長さの髪を自然に流している娘は、籠の蓋を開けて中身を確かめる。十分な量の薬草が入っているのを確認した後、彼女は再び歩きだした。
 魔の森などと言う禍々しい名で呼ばれてはいるものの、ここはそれほど怖い場所ではない――それが、彼女の信念だった。

 だからこそ旅人だけでなく村人でさえ恐れて決して一人では歩かない魔の森を、一人で平然と歩ける。
 慣れた足取りで獣道を歩く彼女の耳に、怪物の上げる奇声が聞こえてくる。

 だが、彼女の歩くペースは少しも変わらなかった。
 怪物とは言え、自分達と同じ場所に生きる生き物には違いはない。確かに怪物は、時に人を襲うこともある恐ろしい生き物であるとは理解している。

 しかし、それは野生の獣と同じこと。
 むやみに刺激を与えず、互いの縄張りを尊重しあえば、取り立てて戦う必要などない。 それこそが、彼女の信念だ。

 だから、遠くから聞こえる怪物の声は、彼女にとっては小鳥の囀りと大差がない。怯えることなくそのまま静かに歩いていた娘だが、怪物の声の調子が変わったのを聞いて立ち止まった。

(……なにかしら?)

 熟練の猟師が獣の鳴き声から遠く離れた場所にいる獲物の状態を知るように、彼女もまた、怪物の声音を聞き分けることができる。
 さっきまでの吠え声は、怪物が争いの時に立てる威嚇の声だった。かすかとは言え聞こえてくる騒音も、戦いを想像させるものだ。

 だが、それは別に驚くに値しない。
 野生の獣が縄張りを争うように、怪物もまた争いを繰り返す。
 それもまた、自然の掟だ。

 単に怪物同士が争っているのならば関わり合いたいとも思わなかったが、妙に甲高い、悲鳴のような鳴き声が聞こえだしたのが、彼女の気を引く。
 本能的に、彼女はそれが成体ではなく、未成熟な子供の声だと悟った。怪物の声には違いないが、それでも子供の悲鳴は彼女にとって、特別な意味を持つ。

 たとえ異種族のものであろうと、助けを求める子供の声を聞き捨てにはできない。
 迷わず、彼女は走り出していた。





「……っ!?」

 その現場に飛び込んだ彼女は、驚きに目を大きく見開いた。
 数匹の怪物と向かい合う、たった一人の人間。
 彼らの間に戦いがあったのは明白で、森の中の空き地はかなり踏み荒らされていた。

 これが、怪物が人間を襲っていたのなら、彼女もそれ程驚かなかっただろう。悲しいことだが、最近怪物が凶暴化してきた魔の森では珍しくもない光景だ。
 だが、今の光景はそれとは全く逆だった。

 しっかりと武装した戦士は、どう見ても優勢だった。数匹いる怪物をものともしないどころか、完全に押している。
 傷つき、怯えきって逃げ腰になっているのは明らかに怪物の方だった。
 意外な光景に驚いたのは、彼女ばかりでなく戦士や怪物にとっても同様だったらしい。

「なっ、なんなんだよっ、てめえはっ!?」

 戦士がすっ頓狂な声をあげて思わず乱入者に目を向けたが、その瞬間を怪物達は見逃さなかった。
 戦士の目が逸れたのがチャンスとばかり、一斉に逃げにかかる。それに気がついた途端、戦士は剣を構え直して怪物に向き直った。

「あっ、こらっ、待ちやがれ、この臆病者っ!」

 叫ぶと同時に相手の逃げ道を読んで先回りする足は、見事なものだった。一番遅れて走っていった小さめの怪物……おそらくは子供であろうリカントが、先ほど森の中で聞いたのと同じ甲高い悲鳴を漏らす。
 傷つき、足を引きずっている怪物が逃げ切れるはずもなかった。

「へへっ、逃がさねえぞっ、覚悟しやがれ!!」

 そう言いながら剣を振り下ろそうとする戦士の目の前に、彼女は飛び込んでいた。

「お待ちなさいっ!」

「うわぁっと!?」

 不意に両手を広げて飛び込んできた若い娘を危うく切りつけそうになり、戦士は慌てて剣を止める。
 全力で振り下ろした剣を途中で止めるのはなかなかの高等技術がいるものだが、それをなんなくやってのけた戦士は、不満そうに少女に怒鳴りつけた。

「な、なにしやがるんだよっ、てめえはっ!? 危ないだろうが、もう少しで切っちまうところだっただろ!? ったく、女の癖にこんな危ないところに来るんじゃねえよ、そこをどけよっ!」

 一気にまくし立てるその顔を見て、少女は目の前にいる戦士が思ったよりも若かったのを知った。

 体格ががっちりとしていて逞しく、背丈だけを問題とするならすでに成人並に達している。剣の腕もそこそこ立つようだから一人前の男と見えたのだが、真正面から向き合えば顔つきにはまだまだ幼さが残っている。

 わんぱく坊主のようなきかんきさと、意思の強さを感じさせる目をしているが、浮かべる表情は機嫌を悪くして膨れた男の子そのものだ。
 多分、娘とそう大差のない年齢であり、やっと少年から青年へと呼ばれるようになったばかりと言ったところだろう。

「聞こえてないのかよっ、どけっつってんだよ、邪魔なんだよ!」

「いいえ、どくわけにはいかないわ!!」

 短気な戦士に負けないように、娘も声を張り上げる。

「この子はまだ子供だし、傷ついているわ。とどめを刺す必要なんて、ないはずよ」

「はぁあ?」

 今度は、戦士の方が驚きに目を丸くする番だった。呆気に取られた表情を見せる青年だが、すぐに立ち直って文句を言い始める。

「何、甘っちょろいことを言ってるんだよ、いいか、そいつは怪物なんだぞっ!? 今は子供でも、すぐに大きくなって人を襲うに決まっている! なら、今のうちに退治しておくのが筋ってもんだろ!」

 口調こそ乱暴でも、彼の言葉は正論には違いない。だが、その理屈は娘にとっては受け入れ難いものだった。
 何より、感情が先に立ってしまう。怯えて震えている小さな怪物を、死なせたくないと心の底から思う。

「必ずそうなると決まったわけじゃないわ! 無理に倒さなくとも、追い払えばそれで十分でしょう!? 自衛以上の攻撃など、必要ないはずよ!!」

 神の教えと愛を信じる娘にとっては、それこそが正義だった。
 だが、戦いを職業として選んだ若い青年は、娘が訴える慈悲など鼻で笑い飛ばす。

「はん、だから女は駄目なんだ、甘いったらありゃしねえぜ。いいか、戦いに女が口をだすもんじゃねえよ、おとなしくすっこんでろよ!」

 娘を怪物から引き離すために放った言葉――だが、それは娘の怒りに火を注いだも同然だった。

「なんですって、あんまり女を馬鹿にしないで! だいたいさっきから聞いていればずいぶんと女を差別しているみたいだけど、それって失礼よ!! ううん、女性全体に対する侮辱だわ、礼儀知らずの野蛮人もいいところね!! あんたって、サイテーよッ」

 さっきまでが義憤に駆られた怒りなら、今や完全に個人的な感情で怒りだした娘がまくし立てる勢いに驚いたのか、後ろに隠れていた怪物の子供が慌てて逃げていく。
 が、もはや青年も娘もそんなことなど目に入っちゃいなかった。

「なっ、なんだとーっ!? オレのどこが野蛮人なんだよ!!」

「ほらっ、そうやってすぐ怒鳴る!! そんなところが野蛮なのよ、大きな声を出せば女が言いなりになるなんて思ったら大間違いよ!」

 いきなり猛烈な口喧嘩を始めた青年と娘だったが、そこにひょっこりと第三者が割り込んできた。

「あー、いたいた、ロカ。探しましたよ〜、まったくあまり先に行かないでくださいね、怪物にであっても深追いはしなくていいって言ったでしょう?」

 茂みを掻き分けて登場したのは、ロカと同じ鎧を身につけた戦士だった。やはり年齢も同じぐらいだが、長い巻き髪を伸ばしているせいか、戦士離れした雰囲気がある。
 どこかおっとりとした印象のある新たな青年は、娘と目が合うとにっこりと笑顔を見せた。

「おや、初めましてお嬢さん。えーと、何があったかは知りませんが、もしかして……私の連れが迷惑をかけました? 
 あー、それはすみませんでしたね、親友として代わりに謝りますよ」

 のんびりとした口調で素直にそう謝られると、怒っていたはずの娘も毒気を抜かれてしまう。

「あ……いえ、そんな」

 今になってから、初めて会った青年相手に恥ずかしいところを見せてしまった自覚が込み上げてきて恥じらう娘だが、笑顔の似合う青年はそれを別の意味として受け取ったらしい。

「あ、すみませんねー、自己紹介もまだでしたね、女性に対して失礼をしました。
 では、改めて……私は、アバン・デ・ジニュアール三世と申します。こちらの戦士は、私の親友でロカと言います。共にカール騎士団の一員であり、怪しい者ではありません。 ところで、よろしければあなたのお名前をお教えいただけませんか?」

 折り目正しいその挨拶に、娘はさっきとは違って意味で目を丸くする。親友と言ったあのロカと言う戦士と違い、アバンはひどく紳士的で優しい。
 それにカール騎士団と言えば、勇猛さで知られた有名な騎士団ではないだろうか。ここから遥か離れたカール王国の騎士の名に驚きつつも、娘も素直に答えを返す。

「私は……レイラと言います。この近くのネイル村に住んでいます」

 そう言いながら、レイラは今更だがアバンの服が血がついているのに気がついた。ダイ出血という量ではないが、色鮮やかな血の色は怪我をして間もないことを示している。

「アバン様、その腕の怪我は……」

「あ、これですか? さっき、失敗しちゃいましてねー、たいしたことはないから大丈夫ですよ」

「ふん、何言っていやがる。子供連れだからって怪物なんかに情けを掛けるから、そんな怪我なんかするんだよ!」

 不貞腐れたように文句を言うロカをちょっぴり反感を感じながら、レイラはアバンの腕に手を伸ばす。
 その手からフンワリとした白い光が放たれ、アバンの怪我が見る見るうちに消えていく。

「これは……! 回復魔法を使えるとは、あなたは僧侶だったのですか?」

 驚くアバンに、レイラはコクリと頷いた。

「はい、まだ未熟ですけど」

 去年、正式な僧侶と認められたばかりだが、レイラはすでに最大回復呪文も習得した、れっきとした僧侶だ。
 あまり得意とは言えないが一応は武器の扱いや、初歩的な僧侶の攻撃魔法も使える。身を守る力を持っているからこそ、魔の森を自由に歩けるのである。

「へー、おまえ、意外とやるじゃん」

(……女の子への褒め言葉じゃないわよ、それ)

 喉元まででかかったその文句を辛うじて飲み込んだのは、ロカも怪我をしているのを見つけたからだった。

「やだ……っ、これ、ひどい怪我じゃない!?」

「ん? ああ、こんなのかすり傷だって。たいしたこたぁねえよ――って、いてぇっ!?」

 傷を負った肩に触れられたロカがそれこそ飛び上がって騒ぐが、レイラはビクともしなかった。

「男なら、いちいち大袈裟に騒がないでよ! ……あら嫌だ、思ったよりも深いわよ、これ。
 アバン様のお怪我も決して軽くはありませんし……、あの、よろしければ傷が治るまでうちの村でご逗留されてはどうですか?」

「ああ、それはありがたいお言葉ですねえ。どうです、ロカ、ここは一つご厚意に甘えちゃいましょうか?」

 にこやかに話を進めていくレイラとアバンに置き去りにされたロカは、痛みに顔をゆがめながら叫ぶのが精一杯だった。

「って、てめーらっ、人を無視して勝手に話を進めやがって……っ!? だいたい、オレとアバンで態度が違い過ぎじゃねえかーっ!? って、聞いてるのかよーっ、おぉいっ!?」





「アバン様、あっちにいこうよ! すごくきれいなお花がいっぱいあるの、一緒にお花詰みしようよ〜」

「そんなのダメだい、ね、ね、アバン様、向こうで剣の稽古をしてよ!」

 村の子供達は先を争うようにアバンの手を取り、一緒に遊びたがる。その光景を見ながら、レイラは思わずにはいられない。

(さすが勇者様……と言うわけかしら)

 ネイル村という片田舎に住む村娘でも、世界に今や暗雲が迫っているのは知っている。

 魔王ハドラー。
 世界を支配しようと企む魔王が現れたせいで、世界各国は危機感に震えていると聞く。現にこのネイル村とて、ハドラーの影響を全く受けていないわけではない。

 魔王が誕生したからこそ、怪物達が活性化して魔の森の怪物達も凶暴化してしまった。それに心を痛めながらも、一介の村娘であるレイラには何もできないと思っていた。

 しかし、そうではない人間もいるものなのだ。
 カール王国から、魔王を倒すための勇者が旅だったという噂は聞いていたが、まさかその当人に会えるだなんて思いもしなかった。

 しかも、アバンは噂以上の人物だった。
 博識で若さに似合わず穏やかで落ち着きがあり、人を安心させるような雰囲気を持つアバンは、あっという間にネイル村に馴染んでしまった。

 大人達の暗い空気を察してか、どこか沈みがちだった子供達があんなにも無防備にアバンに懐き、はしゃいでいる。
 そこにいるだけで、周囲を元気づける力があるかのようだ。

 彼ならば、世界を救えるかもしれない――そう期待させるなにかが、アバンにはある。
 そんなことを思いながらレイラは、手にした薪を運ぼうとする。力を込めて重い薪を持ち上げかけた時、脇からヒョイと伸びてきた手が乱暴にそれを取り上げた。

「貸せよ」

「ロカ……」

 勇者の親友である戦士は、薪を手で持って大袈裟に眉を潜める。

「ああ、こんな重たいの、女の仕事じゃねえだろうが。ったく、無理してねえで早く言えばいいだろ!!」

 怒っているのか、親切にしているのか分からないその態度に、レイラはくすっと笑わずにはいられない。
 第一印象は、最悪の一言。
 それが、レイラがロカに抱いた印象だった。

 だいたいのところ、ロカは頭が固すぎる。頑固な男尊女卑主義で、短気で、口が悪くって――その印象は、今でも全然変わらない。
 だが、数日をネイル村で一緒に過ごすうちに、レイラは知った。

 この一本気な勇者の親友が、不器用な優しさを持っていることを。悪態をつきながら、何度もレイラを助けてくれる。
 その度に、不思議と嬉しさを感じてしまう。

「そうね、ありがとう。今度からはすぐに言うわ」

 そう言うと、ロカは困ったような顔をして足を止めた。

「あー……、今度は、ねえな。オレ達、明日には旅立つんだ」

「え……っ!?」

 予想以上のショックを受け、レイラはそんなにもショックを受ける自分にも驚く。
 そんなことは、最初から分かっていたはずだった。
 アバンの目的は、ハドラーの討伐。

 そのために故郷を旅立って、今はまだ旅の途中にすぎない。こんな田舎の小さな村に、いつまでもいられるはずがないのだ。だいたい治療の間だけでもと、彼らを引き止めたのは自分の方だ。

 もう怪我も治った二人が、いつまでもここにいるはずもない。
 そんな当たり前の事実を、今の今までレイラは失念していた。

「おい、なんて面してんだよ、らしくもねえなぁ」

 よほどレイラの自失ぶりがひどかったのか、ロカがそんな風に励ましながら背を叩いてくる。

「大丈夫だって、アバンの奴ぁあれでいざって時は、やる奴だからな!
 ハドラーなんかケチョンケチョンにやっつけて、世界に平和を取り戻してくれるって。心配なんか、いらねえよ」

 見当違いな励ましを掛けてくるロカの言葉に、レイラはふと涙を零しそうになる。それをごまかすため、レイラは慌てて俯いた。

「馬鹿……! そんなに強く叩いたら、背中が痛いじゃない」

「えっ、あっ、悪ィ、どっか痛めたか!? おいっ、誰か呼んでこようか!?」

 途端に慌てふためくロカの狼狽ぶりに、レイラはいささか呆れる。彼は、レイラが僧侶だと言うのも忘れてしまっているらしい。
 ――だが、そんな不器用ささえ嬉しかった。

(ホント、女の子の扱い方を知らないんだから……!!)

 今こそ、レイラは気がついてしまった。
 自分が心配しているのは、アバンではない。
 アバン以上の怪我を負いながら、親友の手助けをしようとしているロカを心配しているのだと、レイラはこの時にはっきりと自覚したのだ――。





「え……!? な、なんだよ、それ!? 本当なのかよっ、アバン、おまえまた嘘ついてんじゃないだろうなっ!?」

 ひどく驚いた様子で、親友の喉首を締め上げんばかりに迫るロカに対して、アバンは余裕たっぷりだった。

「『また』とは、ひどい言い方ですね〜。それじゃあ、私が嘘ばっかりついているみたいじゃないですかー」

「実際に何度もオレを騙してくれただろうが、おまえはっ!? いやっ、そんなことはいいんだよっ、それよりレイラも一緒に旅についてくるってのはホントなのかよっ!!」

 ロカにとっては、それは寝耳に水だった。
 いや、寝起きに水、というべきか。

 村人に黙ってこっそりと旅立とうと昨夜の内に決め、いざ、村外れまでやってきた段階で相棒がそう言ってきたのだから、これはもう確信犯と言わざるを得ない。
 だが、アバンは全く悪びれなくシャアシャアとしたものだった。

「ええ、本当ですよ。昨夜、是非にと頼まれましたので。私って、女性の頼みは断れない質なんですよね〜。
 ここで待ち合わせの予定なのですが、女性は身支度が遅いものですからね、もう少し待ちましょうか」

「なに呑気なこと言ってるんだよっ! 別に、僧侶なんか連れていかなくっても、おまえで間に合うだろうが!」

 ひどい言われようですねえと笑うものの、アバンはそれを否定しなかった。
 ロカは確かに根っからの戦士であり、魔法などからっきしだ。だが、アバンはそこそこの回復魔法を使えるし、薬草の知識にも詳しい。

 そんな二人が旅をするのに、今のところ回復が間に合わないということもなかった。
 準備のいいアバンは、特に効果の高い薬草を調合し、それをいくつかロカに持たせるのを忘れた試しがない。
 実際、今までの旅でアバンもロカも回復が足りなくて困るということはなかった。

「それによ、おめえ、狙っている仲間がいるんだろ?」

 アバンが切実に求めている仲間は、後衛を任せられる魔法使いだ。それも、できれば賢者の能力を持っている方が望ましい。
 そして、アバンにはその人物に心当たりがあるらしい。

 全ての魔法を習得し、なおかつ僧侶系の魔法にも長けた世界最高の魔法使いがパプニカにいる――その噂を当てにして、アバンとロカはパプニカを目指しているところだ。元々このロモスに来たのも、ロモスの港を経由してパプニカへと向かうためだった。

 正直、ロカには魔法なんてどうでもいいと思っているのだが、彼は親友の判断を信頼している。
 ついでに言うのなら、アバンの抜け目のなさと妙に他人を巻き込む口の達者さも、だ。
 かの魔法使いがどんな人物であれ、アバンが目をつけて勧誘するのであれば、きっと仲間入りするだろうと信じている。

 一見、お人好しでニコニコしているようでいて、アバンは中身はとんだ狸だ。必要とあれば長年の親友も騙くらかしてくれるし、詐欺師顔負けの論法を平気で披露したりもする。 狙った獲物を逃すような、そんな甘い男ではないのだ。

(噂じゃ相当食えないジジイっぽいけど、気の毒に、厄介な奴に目をつけられやがったな)
 まだ見ぬ魔法使いに同情こそすれ、彼がいずれ仲間入りするのは疑いもしない。だからこそ、ロカにしてみればレイラの加入をアバンが認めたのが不思議だった。

「もうじき最高の賢者が仲間入りするなら、女僧侶なんて必要ないだろ。別に、連れて行くことはねえじゃないか。………………女にゃ危ない旅だしよ」

 ぽつりと最後に付け加えてしまったおまけの一言こそが本音だと、ロカは自分では気が付いていなかった。
 だが、アバンはそれさえも見逃さない。

「おや、最大回復魔法を使える術者なら、何人いても邪魔にはならないと思いますけど? それなのに、なんであなたは反対するのですか?」

 悪戯めかせて、アバンは笑う。

「な……、なんでって……」

 言い返そうとして、ロカが詰まるのを面白そうに見ながら、アバンは済ました顔で言ってのける。

「あなたがその理由が分かるようになるまで、レイラが一緒にいた方がいいと、私は思うのですよ」

「? ? ? な、なんなんだよ、それ!? おい、自慢じゃねえが、オレはあんま頭がよくねぇんだよ、オレにも分かるように説明しろっ!」

「――全く自慢になっていませんね、確かに。
 でも、ダメですよ、こればっかりはあなたが自分で気がつかないとね」

 くすくすと笑いながら、アバンは親友の質問を躱す。
 そこに、可憐な女性の声が響き渡った。

「すみません、待たせちゃって……! 両親を説得するのに思ったよりも手間取って……、でも、もう大丈夫ですから。
 さあ、行きましょう」

 僧侶としての礼服に身を包んだレイラは、きちんと旅支度をしてアバン達に向かって笑顔を見せる。
 それを、ロカでさえ拒まなかった。





 かくして、勇者アバンの一行は三人になった。
 後に大勇者と呼ばれる彼の、旅の最初の頃のエピソードである――。

 


                                      END



《後書き》

 200000hit 記念リクエストその2、『レイラがアバンのパーティに加わった過程』でしたっ♪

 先代勇者一行って好きなんですけど、データが少なすぎて想像しにくいのが難点なんですよね〜。筆者は十分なデータや自分なりの考察をベースにして二次創作を考えるタイプなので、出番が少ないキャラクター程、書きにくかったりするんですよね、これが。

 特にレイラの方はマァムの母として振る舞うシーンと、若い頃のシーンで差がある分、人によってはずいぶんとイメージにブレがでそうですしねえ。

 数少ない回想シーンでは、ポップとマァムにどこか似た感じで元気に口喧嘩をしてたので、鈍感な男に、天然な彼女……この組み合わせだったんじゃないかな〜と、勝手に思っています。

 散々考えた末、ポップとマァムがそうだったように魔の森で出会わせてみました♪
 ポップとマァムがいかにも少年と少女の出会いだったので、ロカとレイラは青年と娘の出会いと言うイメージで捏造しました!

 

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