『遠き山に日は落ちて』

 

「へい、いらっしゃい、今日は武器屋の大安売りの日だよ」

 不貞腐れきったような口調で告げられる、棒読みの店員の言葉。
 その無愛想さはともかくとして、台詞だけなら武器屋で聞くのに相応しいものだと言える。
 だが、ジンは驚きに目を見開かずにはいられなかった。

「って、何やってんだよ、ポップッ!?」

 山奥の田舎村であるランカークス村の、たった一軒っきりの武器屋のカウンターに、仏頂面をして座り込んでいる少年。
 武器屋の息子である彼が、この場にいることに不信を抱く者はほとんどいまい。

 だが、ポップの正体を知っている者ならば、話は別だ。
 なにせ、彼はただの村の若者ではない。
 今や世界の英雄の一人……勇者と共に大魔王を倒し、今はパプニカ王国で王女の右腕として活躍している大魔道士ポップ。

 家出した幼馴染みがいつのまにか、子供でさえ知っている大英雄となっていた事実にもびっくりしたジンだが、今の驚きもそれに優るとも劣らない。
 なにしろ大英雄様が、ごく普通の村人Aのごとく店番などをやっているのだから。

 だが、ポップはひどく馴染んだ態度で、行儀悪くもカウンターの上に腰を下ろしたまま、やる気なさげにあくびをする。

「何って、店番に決まってんだろ、見りゃ分かるだろうに」

(いや、それ、分かんないと思うっ。というか、それって店番の態度じゃないよ!?)

 さすがに声には出さないものの、思わずジンは心の中で突っ込まずにはいられない。

 二代目大魔道士が片田舎の武器屋の店番をしている不自然さを差っ引いて考えたとしても、ポップの態度はどう見ても店番向きではない。
 案の定、この店の店主であるジャンクもそう思ったらしい。

「こらっ、このクソガキがっ! お客さんに向かって、なんて口を利きやがる!?」

 通りすがりに息子の頭をゴチンと殴る態度が、武器屋の店主として相応しいかどうかは議論が分かれるところだが、言っていることは至極真っ当だ。
 しかし、ポップは頬を膨らませて猛然と文句を言い返す。

「お客っつったって、ジンじゃねーかよ!? いちいち気を使うような相手じゃないし、別にいいだろっ!?」

「馬鹿野郎っ、おまえの友達だろうがなんだろうが、お客はお客だろうが! いいか、店番ぐらいしっかりしておけよっ!」

 文句のついでにもう一発殴り、ジャンクは大荷物を抱えてのしのしと店から出ていく。その後ろ姿にこっそりとあっかんべしている辺り、子供の頃からほとんど進歩がない。

「おー、痛ェ。ったく、少しは手加減しろってんだ、ったくもう……!」

「あーあ、大丈夫? それにしてもポップ、いつから村に帰っていたんだよ、教えてくれればよかったのに」

 尋ねる声に熱が籠もるのも、当然だろう。
 昔と違って、今はジンはポップと顔を合わせる機会はほとんどない。
 村人には内緒にしているが、今はパプニカ王国に仕えているポップは要職を任せられている関係上、めったに村には帰ってこない。

 一方、ジンは現在、奨学生に選ばれ、ベンガーナの学校に留学中だ。
 めったに村に戻らない幼馴染み同士が顔を合わせられる機会は、ごく少ないのだ。
 それでもジンは普段は学校の寮で暮らしているものの、実家まで比較的近いこともあり、まとまった休みの時にはこまめに帰省する方だ。

 だが、ポップの方はそうもいかない。
 気楽な学生と違い、世界的な有名人であるポップは長期休暇などとりにくいらしく、村に戻ってくる時は大抵は急にやってくる。

「あ、それ、無理。
 実はおれも今日の特別休暇の話って、昨夜になってから聞かされたんだよ。驚かせようと思ったとか言ってないで、前もって教えてくれた方がありがたいのによー」

 ぶつくさと文句を言っている相手は、どうやらポップが時折こぼす『とびっきり手強くて、人使いの荒い上司』らしい。
 国家機密に関わるからと細かくは教えてくれないが、時折こぼすポップの愚痴から察するによほど怖くて厳しい上司なんだろうとジンは理解している。

「しかも、特別休暇って割にはたった一日ぽっきりなんだぜ!? まったく、どうせならどーんと一ヵ月ぐらい休ませてくれたっていいのによ」

「……とりあえず、一ヵ月は長すぎなんじゃない?」

「でも一日じゃ、どこにも行けねーよ。
 ま、久々だからたまには里帰りしようと思って昨夜、来たんだけど……母さんが留守でさー」

 溜め息を付くポップを見て、ジンは思い出した。

「ああ……、そう言えばおばさん、ベンガーナに行ったんだっけ」

 今回ばかりは日が悪かった――そうとしか言い様がない。
 スティーヌは村の主婦数人と一緒に、昨日からベンガーナへ二泊三日の旅行に出かけてしまっている最中だ。

 ランカークス村の商店での仕入れは、そのほとんどがベンガーナ王国からの入荷に頼っている。
 商品を仕入れる都合上と運送費節約のため、数人で小規模な隊商を組んでベンガーナに行き、商品を仕入れてランカークスに戻るのがこの村の商人達のやり方だ。

 仕入れは普通は男の仕事なのだが、女の目が必要な時もある。それに気晴らしもかねて、女達もたまにはベンガーナに遊びに行きたいと言い出したため、今回の女性限定ツアーが誕生したのだ。

 主婦が集団になって言い出した計画に、真っ向から反対できる旦那などいるはずもない。話はとんとん拍子に決まり、主婦軍団はさっさと出かけてしまった。

「それは気の毒だったね。おばさんも、知っていたら残っていただろうに」

 ジンの目から見れば、スティーヌは理想的なまでに優しくて献身的な母親だ。たまにしか帰らないポップをいつも案じている彼女は、息子の帰郷を心から楽しみにしている。

 もし、ポップが今日戻ってくると知っていれば、スティーヌはきっと旅行をキャンセルして村に残っただろう。
 だが、ポップは首を横に振った。

「あ、それはいーんだよ。母さんはめったに村から出ないんだし、たまには旅行ぐらいしたっていいと思うしさ」

 別にポップも、母親が旅に出ること自体は反対ではないらしい。
 村に籠もりがちな母が、息抜きがてら旅行で羽を伸ばすのに反対する息子はそうはいないものだ。

 が、よりによって、それが自分の休暇と重なってしまったことだけは、ちょっぴり不満のようだ。
 ポップにしてみれば、母親がいないのなら家に帰ってきてもしょうがない。

 母の手料理が楽しみで戻ってきたというのに、何が悲しくて父親と二人で留守番する羽目になり、さらには今更店番を押しつけられてしまうのやら。

「けどよ……親父と一緒に留守番ってのがよ〜っ。昨夜も朝も昼も、食事なんか固パンに干し肉、チーズだったんだぜっ!? 旅しているよりも酷い保存食じゃん! 店番させられているから、外にも出てないし! あー、逃げ出してえっ」

 頭をかきむしってぼやきまくりながらも、それでも逃げ出さないポップの気持ちは、ジンにはよく分かる。
 今や世界に名だたる大魔道士とは言え、ジンはポップを小さな頃から知っている。

 息子にとってはみんなそうだろうが、容赦なくしかり飛ばす昔気質の頑固父親というのは怖い存在だ。
 成長したところで、それはそうそう変わりはしない。

 大魔王と渡り合った大魔道士と言えども、所詮18才に満たない上に結婚もしていないポップは、まだまだ一人前扱いとは程遠い。
 幼児の頃から、容赦なく鉄拳制裁を食らわせてくる父親への恐れや苦手意識はしっかりと刷り込まれている。

 現在の実力差などは問題ではない。幾つになっても、子供には親に逆らえない部分があるものだ。
 だからこそポップもなんだかんだ言って逃げ出そうともせず、おとなしく店番をしているのだろう。

「で、ジン、おまえ、いったいなんの用なわけ?」

 促されて、ジンはやっと本来の目的を思い出した。思いがけないポップとの再会と、今となっては珍しくなった漫才じみた親子喧嘩に気を取られてしまったが、本来は別の用事があったのだ。

「え? あ、ああ、剣を買いに来たんだけど。あんまり高くなくて、初心者でも使いやすそうな奴、あるかな?」

「そりゃあるけど、おまえが使うのかよ」

「うん、剣術訓練の授業でね。学校で買うと高くつくしさ」

「なら、いい剣があるぜ。これなんかどうよ?」

 そう言ってポップが無造作に取り出したのは、シンプルな造りの細身の剣だった。
 見た目よりずっと軽い印象のその剣は至って持ちやすく、その上なかなかデザインもよくてジンは一目で気に入った。

「へえ、これ、いいね」

 褒めると、ポップは自分のことの様に嬉しそうな顔をした。

「だろ? 作った奴は新米の鍛冶屋なんだけど、最近めきめきと腕をあげてきたんだよ。少しだけど、ベンガーナのデパートにも並び初めたんだ。ここでなら輸送費が掛からない分安くできるし、お買い得だぜ」

 ポップの上げた値段は予算内に収まる範囲だったので、ジンは迷わずに買うことにした。

「はい、毎度ありぃ〜♪ さて、サービスだ、荷物を運んでやるよ」

 いそいそと剣を包みだしたポップを見て、ジンは戸惑いながらも遠慮した。

「いや、いいよ、そんなの。これぐらい軽く持って帰れるし」

 重い物や量がある買い物をした場合、家まで運ぶサービスというのはこの村の商店ではよくやることだ。
 だが、それは主に力の弱い女子供や年寄り向けのサービスであり、ジンのように若くて元気のある男がやってもらうのは気が引ける。

 ましてや、力仕事という面においてはポップはジンよりも劣っている。
 だが、ポップはさっさと荷物をまとめると窓から身を乗り出して裏庭の方に向かって叫ぶ。

「おーい、親父ーっ。おれ、荷運びのサービスがあるから、ちょっと出かけるぜ。店番、交替してくれよー」

「ん? それなら、しょうがねえなぁ」

 裏庭で薪割りをしていたジャンクは、しぶしぶのように斧を下ろす。

(……店番をサボりたいだけじゃん!)

 どう聞いてもそうとしか思えないのだが、ジャンクは意外にも寛大だった。

「ま、行ってきな。ついでに、帰りがけに酒でも買って来てもらおうか。贈呈用なんだから、そこそこいい酒を選んでこい。
 いいか、夕方までにはちゃんと戻れよ!」

「はいはーい。じゃ、ちょっと行ってくるぜ」

 ジャンクの注意も軽く聞き流して、ポップは剣を掴んで嬉しそうに外へと飛び出していく。後を追おうとしたジンだが、その際、ジャンクが苦笑しているのが見えた。
 それで、分かってしまう。

(ああ、そうか……)

 息子には特に厳しく当たるし、口調が乱暴なせいでいささか誤解を受けやすいが、ジャンクは根は案外と優しい。
 今も、彼は息子のわざとらしい嘘など見抜いていただろう。

 ポップが口にしたのがただのサボリの口実だと知っていながら、見逃してくれたのだ。この狭い村の中、お使いをこなしたところでそう時間はかかりはしない。それを良く知っていながら、ジャンクは『夕方にはちゃんと戻れ』と命令した。
 それは『夕方まで、遊んでいてもいい』と許可を出したも同然だ。

 ジャンクとて、たまにしか帰らない息子と一緒に居たい気持ちはあるだろうに、ジンのためにそれを譲ってくれた。

「……ありがとう、おじさん」

 感謝を込めて頭を下げると、ジャンクは照れた様に鷹揚に頷き、早く行けとばかりに手をヒラヒラと振った――。

 






「へっへへー、上手くいったぜー♪ さーて、しばらくどっかで時間でも潰さないとな〜」

 親の心、子知らずと言うべきか、店の外に出た途端ポップは伸び伸びと背を伸ばしながら、鼻歌交じりで歩きだす。
 ジャンクの目の届かない場所に来た途端、もう剣を持つ偽装も必要もないとばかりにジンに押しつけてきたポップは、サボる気満々だった。

「いや、サボる前にお使いだけでも済ませとこうよ」

「えー、酒瓶なんか持って歩いたら重いんだけどなぁ」

 などとブツブツ言いながらも、ポップは素直に村でたった一軒っきりの道具屋へと向かう。
 店に入った途端、黄色い声が二人を迎えた。

「えーっ!? きゃーっ、ポップじゃない!? それにジンも一緒なの、どうしたのよ、久しぶりね!」

 道具屋の看板娘であり、ジンとポップの幼馴染みでもあるラミーははしゃいだ声で二人を迎える。

「やだ、帰ってきてたんならもっと早く教えてくれればいいのに。あ、そう言えばポップ、ヒュンケルさんは元気? 今度は一緒じゃないの?」

「ったく、面食いなんだからよー。あの野郎なら癪に障るぐらい元気だけど、そうそう一緒に来られてたまるかよ。
 それよりさ、強い酒が欲しいんだけど。銘柄はなんでもいいから、強ければ強い程いいや」

「えー、そんないい加減な選び方でいいの? もっとヒュンケルさんの好みとかに合わせたらいいのに」

「違げーよっ、これは親父の知り合いへの土産なんだって! 今回の休みにはヒュンケルはいっさい関係ないんだから、いい加減あいつのことから思考を離せよっ」

 女の子のおしゃべりさや小理屈には普通の男の子ならついていけないものだが、口の達者なポップは決して負けてはいない。
 顔を合わせた途端にわいわいと賑やかに騒ぎだすポップとラミーのやりとりを、ジンは微笑ましく見守る。

 ポップとラミーは、昔からこんな風だった。
 あれからずいぶんと経つのに、それに顔を合わせるのは久しぶりのはずなのに、全然変わらない幼馴染み達の姿がジンにはなんとも嬉しく、心地好く感じられた――。


  





「へぇー。ここって、こんなに小さな川だったんだな」

 と、初めて見る様な顔をして、ポップは野原へと続く道を遮る小川を見つめる。
 ランカークス村の外れの方にある、小さな野原。
 そこは、村の子供達の遊び場だ。

 いつもなら子供の姿や声が絶えない場所だが、今日ばかりは誰もいなかった。なにしろ、村から半数近くの女達が一斉に旅行にでかけたのだ。母親不在の間、子供達がはしゃぎすぎて騒ぎを起こさない様に、全く手を打たないはずがない。

 子供達の勉強を見てくれる神父の計らいにより、今日と明日は通常の授業だけでなく特別にお楽しみ会を開き、いつもよりも長い時間子供達が教会にいるように手配されているのだ。

 そのせいで、今日は野原には誰もいない。
 その話をラミーから聞き、懐かしさに盛り上がった揚げ句に久しぶりに野原に行きたいと言い出したのは、ジンだったのか、ポップだったのか。

 どちらにせよ、三人とも久しぶりに野原に行きたい気分になったという意味では共通していた。
 店番しているはずのラミーなど、さっさと店を臨時休業にしてしまい、いそいそと飛び出してきた。

 小さな子供の頃は毎日の様に遊びに行く場所だが、成長するにつれ野原は次第に行かなくなる場所だ。
 まだ家の用事もほとんど手伝えない小さな頃は遊ぶ時間もたっぷりとあるが、大人に近付いていくにつれてそんな時間もなくなっていく。

 ほとんどの子は14、5歳にもなれば、もう野原で遊び回ることはない。
 成長と比例して次第に遊びに行く回数が減り始め、いつの間にか野原に行かなくなっている自分に気が付くものだ。

 ジンやラミーも、そうだった。
 だが、ポップは少し違っている。13歳の秋に家出したポップは、野原は自然に足が遠のいた場所ではない。

 村にいた頃はよく遊びに行っていた場所であり、村を離れてからは全く見掛けもしなくなった場所だ。
 それだけにジン達とは違う感慨があるのか、ポップはやけに興味深そうに辺りを見回している。

「チビの頃は、こんな小川を跳び越えるのにも苦労していたなんて嘘みたいだよなー」

 笑いながら、ポップは軽くひょいと小川を跳び越える。
 ほとんど大人へと成長した彼らにとっては、それはごく簡単なことだ。もっとも、女の子でありスカートをはいているラミーにとってはいささか不利ではあったが、ポップは慣れたしぐさで彼女に手を伸ばす。

「え?」

 ポップの手を借りたラミーは、目をきょとんと見張る。
 軽く手で手を支えているだけ――それだけの様に見えるのに、ラミーの身体はフワリと浮いて小さな小川を飛び越えていた。

 本人は一切ジャンプなどしていないのに、自然に身体が浮き上がって向こう岸まで運ばれた感覚。
 日常生活では味わうことのできない不思議さに戸惑うラミーに向かって、ポップは茶目っ気たっぷりにウインクして見せる。

 それで、ジンもラミーも気が付いた。
 これは、魔法なのだと。
 幼馴染みとしての時間が長かったせいでどうしても忘れてしまいがちだが、ポップは今や世界でも指折りの魔法使いだ。

 これぐらいの魔法を使えても、何の不思議もない。
 大魔道士であるポップにとっては、その気になれば空を飛ぶなど容易いことなのだろう。
 だが、ポップは空を飛ぼうとはしなかった。
 ごく当たり前の村人と同じように、普通に野原を歩いている。

「この辺はちっとも変わってないんだなぁ。お、野苺発見! なんだ、前と同じとこに生えるじゃん」

 屈み込んで野苺を摘み始めたポップを見て、ラミーは慌てて後を追う。

「あ、ポップ、独り占めはずるいわよ!」

「そうだよ、おれの分も残しておいてくれって!」

 野苺の味が、ひどく懐かしく思える。
 それは、そんなに美味しい物ではない。甘みよりも酸味の方が勝っている甘酸っぱい味は、品種改良されていない野生の味そのままだ。味で言うのなら、村で普通に作られている苺の方がよほど美味しい。

 ベンガーナで売られているような高級の苺や、ましてやポップが日頃口にしているであろう王室御用達の苺の味と比べ物になどなるまい。
 だが、思い出という調味料が、ただの野苺の味を数倍までにも引き上げる。

「美味しい……!」

 数年振りに、三人で並んで仲良く食べる秘密のおやつの味は、実際以上に美味しく感じられた――。


  





「あーあ、そろそろ帰らないとな〜」

 どこか、残念そうにそう言ったのはポップだった。
 山間の村では、日が落ちる時は早い。
 遠い山が夕日で照り返され始めたのなら、夜の帳が下ろされるのはもうすぐだ。
 立ち上がって歩き始めたポップに習って、三人で並んで歩き始めた。

 楽しい時間は、過ぎるのが早かった。
 野苺を摘みながら互いの近況をおしゃべりし、腹を抱えて大声で笑い合った。思い出話や懐かしさに釣られて、子供の頃にかえって鬼ごっこや駆けっこまでした午後は、アッという間に過ぎてしまった。

 ちょっと物足りないような、切ない気分。
 まだまだ遊びたいのに、沈んでしまう夕日がちょっぴり恨めしくて――。

(……なんか、懐かしいよな、こんな感じも)

 子供の時に感じた切なさまで思い出しながら、ジンはそっとポップとラミーの横顔を伺う。
 互いに口に出さないものの、同じことを考えているだろうと確信があった。

 おしゃべりな二人でさえ、口数が少ない。
 村の外れの三差路に辿り着いたところで、三人の足はぴたりと止まった。
 ――ここが、三人の分かれ道だ。

 それぞれの家への別れ道……そして、それ以上の意味を持って道が分かれてしまった象徴の様にさえ思える。
 それぞれが家に帰った後も、道はバラバラに別れてしまう。

 道具屋の看板娘として働くラミーは、いい。彼女は明日もこのランカークスにいて、道具屋にいるだろう。

 だが、ジンは明日の朝にはベンガーナの学校へと戻るために、旅立たなければならない。ポップに至ってはもっと早く、今晩中にパプニカに帰ると言っていた。

 明日の今頃は、三人とも別々の場所にいるのだ。遠く離れ、そうそう簡単には行き来できない所に。しかも、次にいつ会えるかは、彼ら本人にも分からない。
 それを思えば、別れの言葉はなかなか口にできなかった。

 あの頃は、決まって「また、明日」と言って手を振って別れた。次の日の再会を、疑いもせずに。
 だが、今は――。

「………………」

 なんとなくためらい、立ちすくむジンとラミーの目の前で、笑顔を見せたのはポップだった。

「じゃ、またな!」

 悩みを吹き飛ばす様な、明るい声。
 昔とちっとも変わらないその声と態度が、ジンとラミーの中にあるモヤモヤとした不安を溶かした。

「あ、ああ。またな、ポップ、ラミー」

「そうね、またね!」

 別れを告げる言葉なのに、思いがけず明るさや弾みがあったことに自分で驚き、ジンは苦笑する。
 確かに、今の三人は昔とは違ってしまった。

 明日、ではないかもしれない。
 だが、自分達は必ず『また』会える。
 日が沈んでも、また昇るように。

 どんなに距離を置いても、また、時間を置いても決して切れない絆があるのだと、そう思える。
 心に深く根づく確信が、幼馴染みの三人の中にはある。それを思い出せたのなら、しばしの別れなどたいした問題ではない。

 小さな頃にそうした様に、手を振り合ってそれぞれの家路を辿る。
 バラバラの道を進む三人の背を、夕日が照らしていた――。

         END



《後書き》

 350000hit 記念リクエストです!
 『ランカークス村がメインでポップとジンとラミーが出てくる話をお願いします。ジンとラミーはポップが大魔道士って事を知っている設定で、ランカークス村以外の人々はあまりなしでお願いします』とのご注文だったので、書く時は結構悩んだんですよ、実は。


 ランカークス村が舞台で村人以外はださないとなると、事件らしい事件が起きそうもないですし〜。
 でも、たまには平和なお話もいいかと開き直って、武器屋の少年Aと村人B、道具屋の少女Cののんびりした午後の話にしてみました♪

 

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