『手を握り返す勇気』

 

 それは勇者一行にとってはある意味で見慣れた、だからこそ微笑ましい光景だった。
 身を寄せ合って眠っている、勇者と魔法使い。
 有り合わせの木箱を寄せ集めて作った即席のベッドの上で、ダイとポップは一緒に一枚に毛布にくるまって眠っていた。

 そんな二人にぴったりとくっついて、すやすやと寝息を立てているのはゴメちゃんだ。いつもならダイの側で寝るはずのこの小さなスライムは、今はポップに寄り添って気持ち良さそうに眠っている。

 疲れが出たのかぐっすりと眠っている二人と一匹は、当分起きそうな気配も感じられない。
 ポップはともかくとしてダイでさえ、自分達を覗きこむ仲間の存在に気がついていなかった。

 年相応の子供に戻って眠っている彼らを起こさない様に、音を立てない様に気遣いながら、皺の浮いた手がポップの額に触れる。
 その手がかすかに青白い光を発光しているのは、魔法力を放っているなによりの証しだ。
 普通の回復魔法とは異なる、少し風変わりな色合いの魔法の光だが、その光に疑問を差し挟む者は誰もいなかった。
 なにしろ、その魔法を使っているのは大魔道士マトリフだ。

 全ての魔法使いの頂点に立つとまで称えられ、回復魔法においては最高級の賢者を上回る実力を備えた彼の魔法に、異議を唱えられる者などいはしまい。
 むしろマトリフの邪魔をしないようにと、その場にいる者達は息さえも潜めて、そっと彼らを見守る。

 その時間は、そう長くはかからなかった。
 手から魔法の光を消すと、マトリフは無言のまま眠っているダイ達から離れ、奥の部屋の方を顎でしゃくって見せる。

 その意図を真っ先に悟ったレオナは、足音を忍ばせて隣室へと向かう。
 二部屋しかない小さな山小屋だが、話をするのなら病人の枕元よりも、まだ隣の部屋の方がいいだろうと言う心遣いなのだろう。

 ヒュンケルもクロコダインも彼らに習い、後に続く。その後から慌てて、だが控え目に後を追ってきたのはメルルだった。ナバラも少し迷いを見せたものの、その後を追う。
 一同が隣室にそろったのを見届けてから、マトリフは小声で言ってのけた。

「……フン。やっぱり、発熱してやがったぜ。無理もねえがな」

 忌ま忌ましそうな口調ながら声を潜めている辺りに、一見横暴なマトリフの弟子への気遣いや、優しさが見え隠れしている。

「それで、ポップは大丈夫なのか?」

 単刀直入に聞くクロコダインの声もまた、ひそめられた囁き声だった。普段の彼の声が巨体に見合った大声であることを知る者には、いかに今のクロコダインがどれ程、気を遣い、細心の注意を払って言葉を発したのかを察するだろう。
 それは即ち、ポップへの気遣いや心配に他ならない。

 そして、ポップを心配しているのはクロコダインのみではない。珍しくも無言のまま、だが真剣な目をしてマトリフの返答を待ち受けているレオナやメルルの顔からは、手に取るようにポップへの心配が読み取れる。

 レオナの様にストレートに表情には表さないものの、ヒュンケルさえもが眉をひそめている。
 一見、無表情か、せいぜいがところ怒っているようにしか見えない表情だが、マトリフ程に世間知に長けた者にとっては、その心など簡単に見透かせる。

 マトリフの目には、今のヒュンケルは弟を心配する兄にしか見えない。
 世捨て人を気取っているナバラでさえ、ポップの容体には無関心ではいられないようだ。 一人一人の顔を眺めてから、マトリフは軽く肩を竦めて見せた。

「蘇生自体は、成功しているぜ。怪我はさておき、五体満足で特にこれと言った悪影響もねえ。
 だが、『大丈夫』だと保障するには、まだ数日早いな」

 説明の前半を聞いてホッと緩みかけた全員の表情が、最後の一言を聞いて一気に沈み込む。
 遠ざかった保証に青ざめるレオナ達に向かって、マトリフは情け容赦なく真実を叩き込む。

「だいたい蘇生直後に動くこと自体、無茶にも程のある話だぜ。本来なら、蘇生呪文で復活した人間は数日は絶対安静にするもんなんだよ。
 いくら通常の蘇生方法とは違って、伝説と言われた竜の騎士の血で復活したとは言っても、基本は大差ねえだろうぜ」

「…………っ」

 マトリフの説明を聞いて、唇を噛み締めて俯いたのはレオナだった。
 老魔道士の叱責が、堪えたのではない。そもそもマトリフの言葉はレオナに向かっての叱責ではなく、自分の知識を淡々と披露しているに過ぎない。

 かの大魔道士は、決してレオナを責めてはいない。彼女を責めているのは、彼女自身だ。 レオナは、自分の知識不足を悔いずにはいられないのだ。
 いくら高度な魔法を覚えていたとしても、ただ呪文を唱えるだけでは賢者とは呼べない。
 賢者とは、あらゆる呪文を使うことのできる、神に選ばれし者にこそ与えられるべき尊称だ。
 卓越した知識も身に備えてこその、賢者だ。

 なのに、蘇生呪文に失敗しただけでなく、レオナはその後のポップの手当てにおいても失敗をしてしまった。
 ポップの手当てはしたものの、その後、疲れがでて眠ってしまっていた自分が、悔しかった。

 自分の甘さを、レオナは痛みと共に噛み締める。
 本来なら、賢者であるレオナこそが今の知識を知っていなければならなかった。
 蘇生したばかりのポップに絶対安静が必要だと知っていれば、最初からそのつもりで手を打っていた。

 いくら疲れていたとはいえ居眠りなどする前に、絶対にポップを安静にさせておくようにと仲間達に頼み込んでおくべきだったと、今更ながらの後悔に震えるレオナに対して、誰もかけるべき言葉が思い当たらない。

 可憐な容貌とは裏腹に、彼女は志し高く頭をあげた指導者だ。
 そして、指導者にミスは許されない。的確な判断を持って、人々を導くのが指導者の役割だ。

 それを誰よりもよく承知している少女は、自分のミスを誰よりも激しく責めずにはいられないのだろう。
 無言のまま、自責の念に囚われている少女に向かって、マトリフは珍しくも慰めるような口調で言って聞かせる。

「まあ、ここで責めるべきは、当の本人だろうがな。あのアホウめが、アバンの教えを受けていて医療知識が皆無ってわけがねえだろう。
 なによりてめえ自身の身体なんだ、自分で体調の悪化が分からなかったとは言わせねえぜ」

 辛辣に弟子をこき下ろす老魔道士の言葉に、誰一人として反論はしなかった。心情的には、まったく同感なのだから。

「ただでさえ、蘇生直後ってのは体調が安定せずに崩れがちになるんだ。そこで無理をすれば、あの世に逆戻りしたいって言ってるようなもんだ、全く」

 注意はそれだけだと短く締めくくったマトリフは、ついでのように一行にこの後はどうするつもりだと、問う。

「オレもパプニカに帰るついでだ、なんならおめえらをルーラで連れて行ってやってもいいが……あの魔法は、ちょっとばかり病人には向かねえからなァ」

 瞬間移動魔法……ほぼ一瞬で、術者の意図した場所へと移動することのできる、便利な魔法には違いない。
 だが、人間の身体を急激に移動させる呪文なだけに、多少のリスクはあるものだ。

 健康な人間にとっては、移動呪文はほぼ悪影響を及ぼさない。しかし、病人や怪我人などには、移動の際に多少のダメージを与えてしまうことがある。
 そもそも人間の身体は本来、急激な変化に耐えるようにはできていないのだ。

 魔法発動の際、自動的に発生する自分や周囲の人間を守ろうとする安全機能によって身体を保護はしているとは言え、通常よりも衰弱している人間を完全にフォローできるわけではない。

 重病人を無理に移動魔法で動かしたがゆえに、病状を悪化させてしまったという事例はいくらでもある。
 差し迫った状態ならともかく、今の状態ではポップに無理をさせるのはためらわれる。

「……そうね」

 優れた判断力を持つレオナも即座に決めかねているのか、思案する素振りを見せる。そして彼女が次に口を開く前に、ヒュンケルとクロコダインがハッとしたように顔を上げ、武器を軽く手にして入り口を向き直った。
 その反応から一歩遅れて、ドアをノックする音とよく通る声での口上が聞こえだす。

「失礼します、私はテラン城の兵士カナルと申します。レオナ姫及び勇者一行の方々はこちらにおいででしょうか?」

 その名に、レオナとメルルは聞き覚えがあった。テラン王と面会した時、王の護衛をしていた近衛兵の名前だ。
 レオナの様子を見て、尋ねてきたのが危険な相手ではないと悟ったのか、ヒュンケル達はそれぞれの武器を収めて扉を開けた。

 まだ若い、生真面目そうな兵士は、こんなおんぼろの小屋には似つかわしくない態度で恭しく膝を突き、レオナに向かって礼をする。

「早朝に突然訪問する無礼を、お許しください。主君の命により、姫に伝言を託されました。
『姫の気遣いには感謝するが、遠慮は無用。テランには最大限の助力を惜しまない用意がある』とのことです」

 思わぬ伝言に、レオナもさすがに驚いた様に目を丸くする。
 それは一国の王が他国の王女に与えるには、大きすぎる意味を持つ厚遇だ。
 王には自国を最優先して守る義務がある。

 それゆえに、たとえ善意からのものだとしても他国への干渉は極力控えるのがセオリーだ。

 どんな形であれ、下手な約束は相手に言質をとられ、最悪の場合、半ばごり押しのように協力を要請されることになりかねないからだ。
 ましてや戦乱に関わるようなことには、尚更慎重にならざるを得ない。

 互いに暗黙の了解としてそれを承知しているからこそ、レオナも負傷した一行の手当ても頼まずにテラン城を後にした。
 元々、レオナが願い出たダイを匿うという頼みすら、無茶で一方的な頼み事だった。何の義理もないテラン王に、これ以上迷惑をかけるのも悪いと思い、あの場を去ったのだ。

 それなのにわざわざ伝令を送ってきてまで再度協力を申し出てくれたテラン王の誠実さに打たれた様に、レオナは呆然と立ち竦む。

「また、主君はこうも申されました。今回の件は未曾有の非常事態であり、被害を最小限に抑えてくれた勇者一行には深い謝意を表明したい、と。
 あなた達は我が国にとって恩人です、なにか恩返しができるのであれば全力をもって尽力する所存であります」

 王の命令をそのまま口にしているだけではなく、カナル自身の意思も込められているのだろう。
 ただの伝令以上に熱意の籠もったその言葉が、レオナの心を強く揺さぶる。だが、まだ迷いのあったレオナの背を決定的に押したのは、やはり勇者の一言だった。

「レオナッ!!」

 奥の部屋から慌ただしく駆け寄ってきたダイは、一目で寝起きと分かる恰好だった。旅先、しかも戦時中だから着のみ着のまま寝ていたのはしょうがないとはいえ、寝癖でボサボサになった頭のままだ。
 だが、それを笑うにはダイの表情はあまりにも切迫したものだった。

「たっ、大変なんだ、レオナ! ポップが、なんだか様子が変なんだ!! お願いだよ、ポップを助けてあげてよっ」






 時は、ほんの少しだけ遡る――。

(……あったかいや)

 ゆっくりと意識が戻ってきたダイは、真っ先にその温もりを感じ取っていた。
 しっかりと抱きしめた親友の身体が確かな温もりを持っていることに、ダイは心の底から満足する。

 昨夜、突然やってきたマトリフが小屋にたった一つしかないベッドをちゃっかりと占領してしまったため、ポップを寝かせる場所がなくなってしまった。
 まあ、それに関しては別に文句はない。

 ブラスに育てられたダイは、年よりと女の子には親切にする様にと躾を受けているし、老齢のマトリフに寝心地のよい場所を譲るのになんの不満もない。
 そもそもマトリフが来てくれなかったら、ポップを初めとした仲間達が全滅していた可能性すらあるのだ。

 それを考えれば感謝の印としてベッドを譲るなど、安いものだ。
 だが、ダイは全然不満はないとして、ポップを休ませる場所がなくなったのだけは、ちょっと困った。

 ポップ本人は別に床で構わないと言ったのだが、ダイとしてはそれは大いに構う。生き返ったばかりで、しかも毒を食らったばかりのポップを少しでも楽なところで眠らせてあげたいと思った。

 だからこそダイは半ば無理やりポップを抱きしめ、木箱を組み合わせて作った簡易ベッドで一緒に眠った。腕力ならダイが圧倒しているし、力ずくでそうしてしまえばポップがいくらもがいたって関係がない。

 抵抗は無駄だとしぶしぶ従ったポップは、それでも諦め悪くこんな木箱なんかじゃ二人分の体重には耐えられないんじゃないか、などと文句を言っていたが、大丈夫だった様だ。

(よかった……! ポップもよく寝てるみたいだし)

 安心しきって、もう一度ポップにしっかりとしがみついたダイだが――そこで問題にやっと気がついた。
 確かに、今のポップは暖かい。

 時々、昏睡状態に陥って急激に体温が下がるのに比べればずっと安心できたのだが……暖かすぎるのだ。

 ダイの方が子供で体温が高いせいなのか、いつもならダイがポップに触るとひんやりとしているように感じる。
 だが、今のポップは明らかにダイよりも体温が高かった。

「……ポップ? ポップ、大丈夫?」

 なんとなく心配になって呼び掛けると、ポップは気怠そうに目を開ける。だが、その目付きはどことなく空ろであり、元気のないものだった。

「ん……へーき、だよ」

 弱々しい声でやっとのようにそう言われて、どう安心できるというのだろうか。

「平気って、そんなのウソだろ! だってポップ、真夏にお日様にあたりすぎたスライムみたいに生暖かくてグニャグニャしてるよ!?」

「ピピピーッ!!」

 その通りだと言わんばかりに、ゴメちゃんも大袈裟に鳴きながらポップの側にまとわりつく。

 そんな風にダイやゴメちゃんが騒げばいつもなら即座に言い返してくるポップだが、今は話す気力もないのかぐったりとしているだけだ。それを見て、ダイはますます不安に駆られた。

「待ってて、今、レオナを呼んでくるから!」

 レオナはダイが知っている中で、一番の回復魔法の使い手だ。どんな大怪我をしても、レオナの手に掛かればたちまち治ってしまう。
 そんなレオナなら、きっとなんとかできる……ダイは単純にそう考える。
 返事も待たずにベッドから飛び出し、ダイは隣室へと駆け込んだ――。






「やだ、ひどい熱じゃないの! まったくどうしてもっと早く言わないのよ、ポップ君!?」

 文句を言いながらもレオナは、ポップに手を当てて回復魔法を発動させる。その効果でポップの顔色はわずかに好転し、身体を起こす。
 だが、多少とはいえ元気を取り戻した途端にポップはもがいてレオナの手から逃れようとする。

「い、いや、たいした熱じゃねえし。それに、もういいよ。どうせ、あんまり変わりがないんだしさ」

 そう言って遠慮しようとするポップは、おそらく知っているのだろう。
 怪我に対しては劇的な効果を上げる回復魔法だが、病気にはほとんど効かない。
 本人の体力が落ちている状態では、身体を完全に治すだけの力を発揮することはできないのだ。

 せいぜい、幾分か楽になる程度の一時凌ぎ的な効き目しか期待できない。
 もっとも、今はそれだけで充分だった。

「何言っているのよ、これから移動してもらうんだから、それに耐えられるぐらいは回復してもらわないとね。
 ああ、クロコダイン、悪いけどポップ君を運んでもらえないかしら? 無理をして歩いて、また調子を崩されたんじゃたまらないもの」

「それは構わないが、どこに運べばいい?」

 気のいい獣王の問いに、レオナはきっぱりと答えた。

「テラン城へお願いするわ」

「姫、それでは……!」

 その答えに、パッと目を輝かせたのはカナルだった。職務に忠実なテラン兵に向かって、レオナはパプニカ王女に相応しい淑やかさと威厳を漂わせて頷いてみせた。

「ええ、ご助力、心より感謝致しますわ。お言葉に甘えて、負傷中の勇者一行の治療と療養をお任せしたいのですが、よろしいでしょうか? ダイ君にポップ君、それにヒュンケルとクロコダイン……彼らを数日、そちらの城に滞在させていただきたいのです」

 それを聞いた途端、猛烈に反対し始めたのはポップだった。

「い、いいよ、いいってば! 別にわざわざそんな大袈裟なことをしなくてもっ!? こんなの、すぐ良くなるって!! 
 それより姫さん、パプニカに用があるんだろ、だったらそっちに戻った方が……」

「あら、もちろん、あたしはすぐにパプニカに戻るわよ。でも、ポップ君やみんなはもうしばらくテランにいて。
 次の戦いに備えて体調を整えるのも、大切なんだから」

 毅然としたレオナの宣言は、理に適っている。だが、それでもポップは諦め悪く反論を口にせずにはいられない様だ。

「でもよ、戦力を分けるってのは……」

 その言葉も、正論だった。
 ポップに言われるまでもなく、レオナもその危険は百も承知だ。戦いの場において、戦力を分断するのは決して得策とは言えない。

 ましてや、レオナの上げた言葉に従うのなら、一時的とは言え主力部隊を国外へ配置することになる。
 一国の王女として考えるのなら、それは途方もない愚策だろう。

 そして、単に一人の少女として考えるにしても、それはあまり嬉しいことではない。仲間と呼べる親しく、頼もしい人達と自ら距離を置こうとしているのだから。
 この分断は、レオナ一人にとって不利に働く。だが、それが分かっていても彼女は怯みはしない。

 今、レオナはもっと大きな視点を持とうとしているところなのだから。
 だからレオナはポップの反論を最後まで言わせず、きっぱりと宣言した。

「大丈夫、パプニカまではマトリフ師が送ってくださるそうだし、何の心配もないわ。あなたの言いたいことは分かるけど、でも、あたしはもう決めたの。
 昨日も言ったでしょう? 私は、私にできる最善を尽くしたいの」

「昨日も言っていたけど、その最善って、なんだよ? 手がいることなら、少しでも人では多い方がいいんじゃ……」
 まだ諦め悪く食い下がるポップを、レオナはぎろりと睨みつける。

「いつまでグダグダ言っているのよ!? いつまでもごねるんなら、ラリホーで眠らせちゃっているうちに運ばせてもらうわよ!?」


 姫にあるまじき迫力で文句をまくし立てるレオナを見て、ポップは怯えた様にドン引き、カナルは見てみぬ振りを貫こうとしているのか微妙に視線を逸らす。

「心配しなくても、助けを借りたい時にはきちんとあなた達にも説明するわ。だから、今はちゃんと休んでいて。
 いいこと!?」

「わ、分かったよぉ〜」

「う、うん……っ!」

 レオナの迫力に押されたのか、ポップだけでなくダイまでもがこくこくと頷く。それを見て、レオナはふわりと表情を柔らかくして微笑んだ。

「そう、それでいいの。安心して、そう長くは待たせないから」

 自信満々にそういってのけたレオナの胸の内を、この時はまだ、誰も気がついてはいなかった――。






「じゃあ、みんなをよろしくお願いね。テラン王には後程、正式な感謝の書状を送りますとお伝え願います」

「はい、確かに承りました。それでは、レオナ姫もお気をつけて……」

 いささか心配そうに、カナルはレオナを見やる。メルルやナバラもテラン城に身を寄せたいと言ったため、結局レオナとマトリフを残した全員がテランに向かうことになった。 そのため、レオナとマトリフだけが取り残される感が否めない。

「レオナ、気をつけてね」

 ダイもレオナが気に掛かるのか、何度も後ろを振り返る。だが、そんな心配を笑い飛ばして見せたのもレオナだった。

「あら、あたしは平気よ。だって、世界一の魔法使いが手を貸してくれるんですもの。それより、どこかの無鉄砲な魔法使いの方がよーっぽど心配だわ」

「ちぇっ、姫さん、ひでえなぁ」

 ぼやくポップを中心に笑いが広がり、別れの雰囲気をぐっと明るいものへと変えてくれる。
 彼らが見えなくなるまで見送った後、レオナは改めてマトリフに向き直った。

「そう言えば、まだ礼も述べずに失礼しましたわ。
 本当になんと言ってお礼を言えばいいか……この度はありがとうございます、マトリフ師」

 深々と頭を下げる若い王女を前にして、マトリフは苦虫を噛み潰したような顔をして頭を掻く。
 その心境が、レオナには分かる気がした。

 父王から何度となく名前を聞かされた偉大な大魔道士は、煩わしい人間関係を嫌って自ら王宮を去った。
 もはや王族には関わりたくないと公言して憚らない世捨て人ならば、王女からの感謝など迷惑なだけだろう。

「あー、別に礼なんざいらねえさ。そんな改まって礼を言われるようなことなんざしていないし、これからだってそうだ。
 これだって、ただのついでだ。オリャア、あんたを国まで送ってはやるが、それ以上のことなんかする気はねえよ」

 ぶっきらぼうな口調や態度を取る老魔道士に、レオナは軽くかぶりを振って見せた。

「それだけで、充分すぎるほどです。
 それに、あなたはそれ以上のことをしてくださいましたわ。おかげで、大切なことを思い出させていただきました」

 もう一度、レオナは深く頭を下げる。
 ――本当に、いくら感謝してもし足りないぐらいだ。
 マトリフだけでなく、テラン王が差し伸べてくれた思いがけない手助けは、文字通り、レオナの目を覚まさせてくれた。

 突然の魔王軍の侵攻に、レオナはパプニカのことだけで手一杯になっていた。いつの間にか自分達だけが戦っているつもりになっていたが、それがいかに狭い視野なのか今になって分かる。

 バランとの激戦をくぐり抜けたレオナには、この戦いが国の命運を賭けた戦いではないと悟った。
 一国だけで済むはずがない。これは――世界の運命を賭けた戦いだ。

 ならば、世界に住む多くの人々全てが、その戦いに巻き込まれることになる。そんな戦いを、自分達だけでなんとかしようなどとんだ思い上がりだ。
 全ての人間が巻き込まれる以上、全ての者が協力し合う必要がある。

 そして、そのために必要な条件がレオナには見えた。
 他人を助けるために、手を差し伸べるのも勇気が要るだろう。だが、その逆も同じことだ。

 助けられる方も、その手を受け止める勇気が必要なのだ。そうしてこそ初めて両者の手は繋がれ、そこから全ては始まる。
 呼び掛けるのを恐れていても、また、助けられることを拒んでいるだけでも、何も意味はない。

 今回の戦いだって、そうだった。
 テラン王だけでなく、敵であったラーハルトやバランでさえ、手を貸してくれた。死んでしまったラーハルトや、考えの違いにこだわるバランは手を握り返すまもなく立ち去ってしまったが、失敗は二度と繰り返しはしまい。

 だからこそ、レオナは恐れげもなくマトリフに手を差し伸べた。

「パプニカへの移動のお申し出、本当に助かりますわ。あ、でも欲を言うのならついでにベンガーナの港に預けておいた気球船の引き取りもお手伝いしていただけると、もっと助けるんですけど。
 なにせ、当分の間あれが計画の要になりますから」

 さっき、丁寧に礼を述べた時のしおらしさや淑やかさはどこに行ったやら。
 助けてもらうならとことんまで面倒を見てもらわなければ損とばかりに、ちゃっかりとそう付け加えるレオナに、マトリフは珍しくも呆気に取られた表情を見せる。

 が、かの老魔道士にとってはもっと珍しいことに、その後で彼は声を立てて笑った。

「はははっ、本当にあんたは大したもんだぜ。王族なんかにしておくのが惜しいぐらいだ……いいぜ、気に入った。
 特別サービスだ、そのぐらいなら手伝ってやるよ」

 そう言いながら、マトリフもまた手を差し出す。
 王女と老魔道士の手が、しっかりと握り合わされた――。


                                      END


《後書き》

 ポップのメガンテ後の空白の七日間の捏造話の一つ、森の小屋からテラン城への移動までのお話です!
 実はレオナとマトリフの会話を入れたくて、この話を考えたようなものです〓

 ポップがメドローアの修行を終え、みんなでカールに出発する直前にレオナがポップに、マトリフのことを聞いているシーンがありますが、あれ、ずーっと気になっていたんですよ。

 物語上、レオナとマトリフって直接顔を合わせる機会って少ないんです。
 せいぜい、フレイザード戦後のパーティか、あるいはポップのメガンテ後に森の小屋に集まった時か……そのどちらかしかない。

 で、どちらかと言うとこのシーンの方がいいなと思って、二人の会話を捏造してみました。

 

小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system