『翼が生えた日』 |
「バッカヤロォオ――ッ!!」 空を飛んでいった軌跡に向かって声の限りに叫んだポップの声は、森の木々の間に響き渡る。 光の塊は、置き去りにしたポップに見向きもせずにアッという間に見えなくなってしまった。 「あの……っ、くそジジイめっ!!」 たった今、瞬間移動呪文で飛び去った老魔道士。 アバン先生の仲間なら強いに決まっているし、自分達を助けてくれるに決まっている。そんな甘えた考えが、ポップの中になかったと言えば嘘になる。 姫を助けてほしいと頼み込むエイミやバダックをにべもなく断る点で、すでにアバンとは全く違っていた。 ダイが熱心に頼んだのが効いたのか、レオナ救援のために知恵を貸してもいいと言ってくれたまではよかった。 だが、抵抗する間もなく無理やり魔の森に連れてこられ特訓をされまくったのは、ポップとしてはありがたくもなんともなかった。 その後無理強いされた魔法の特訓だって、こんなにきついのは初めてだった。わずか半日あまりの修行にすぎないが、その間何度、もう死ぬと思ったことか。 もう魔法力も使い果たしかけてヘトヘトになっているのに、自分の魔法で戻って来いと言い捨てられ、魔の森に置き去りにされてしまった。 「そんなの……っ、無理に決まってるぜ、できるわけねえじゃねえか……っ!」 ルーラ――瞬間移動呪文。 術者の望みに応じて、一瞬で遠方に移動する魔法。 なにせ、まともに移動すれば何日もかかる旅路だ。実際にポップがダイやマァムと一緒にロモスからパプニカに向かうために、数日を費やしている。 魔物が増えたせいで交易船の数が少なくなっていたこともあり、もしダイ達が独力でパプニカに向かおうとすればもっと苦労を強いられたことだろう。 ポップも魔法使いの端くれだが、ここまで魔法らしい魔法を見たのは初めてと言ってもいいかもしれない。 挑戦することを考えただけでも身が竦んでしまうほど難しい課題に、ポップはどうしていいか分からずにその場にへたりこんでしまった。 だが……すでに日は沈みかけているし、シンと静まり返った森に、ポップはようやく取り残された事実を実感した。 (そういや……ここ、魔の森なんだよなぁ) ポップがここに来るのは、初めてではない。 大半が問題にもならない雑魚だが、稀に図鑑でしか見たことがないような強敵も混じっているから油断のならない場所だ。 (まずい……っ、まずいよ、こんなところで一人でいるなんて冗談じゃねえっ) たった一人で怪物と相対するなど、ポップにしてみればごめんだった。前にもこの森にきた経験があるとはいえ、その時はダイとマァムも一緒だった。 「え、えっと……目的地の明確なイメージ化、だよな?」 焦りながら、ポップはさっきマトリフに言われたことを思い出そうとした。 「ダイ達の所へ……!」 目をギュッと閉じて、ポップは強くそう思う。それと同時に、魔法力を全身から放出した際、ぐんと身体が上に持ち上げられるのを感じた。 恐怖を感じるぐらいの強さで持ち上げられる浮遊感に、成功したのかと喜べたのは一瞬だった。 「ぐぁっ!? つ……痛……っ」 高い所から落下したかのような衝撃に、ポップは呻く。全身を打ち付けられた痛みに呻きながら周囲を見回して、ポップは絶望せずにはいられなかった。 「な、なんだよ、これっ!?」 たった、1メートル。 自分が失敗したのだとやっと悟った瞬間、ポップの心に浮かんだのは怒りとも不満ともつかない感情だった。 「くそっ、あのジジイめ……っ!」 騙された。 だが、実際に挑戦して見てポップは悟った。 慣れるまでかなりのコツを必要とする呪文と言える。 「う……っ、ぐ…、ちくしょ……っ」 地面に無様に転がったままの姿勢で、ポップは痛みが引くのを待つ。横たわっているせいで座り込んだ時よりも強く感じる地面からの冷えが、思っている以上に今の事態がまずい事実をポップに教えてくれる。 簡単どころか、魔法習得には時間がかかるかもしれない――そんな気持ちが込み上げてくる。 それを思えば、時間が掛かるのを承知で休息を取ることを考えた方がいいかもしれないと思える。 (せめて、ネイル村に戻れればなぁ……) さっきネイル村についたのは確かだから村からそう離れていないはずだが、その後マトリフに無茶苦茶に追いかけ回されたせいですっかり方向感覚を見失ってしまった。 特にその森の住人ではなく、ただの旅人に森の中の道とさえ呼べない道の差を区別するのは難しいだろう。 どの道を戻ればネイル村に戻れるのか、それさえ今のポップには分からない。だが、それほど距離は離れていないことだけは確実であり、村を探すのは不可能ではない。 「……ダメだっ、そんなの!」 理屈では、この状況ではそれが一番安全だとは分かっていた。 マァムの母レイラは優しい人だし、一夜の宿を提供してくれるだろう。最悪、呪文の習得が出来なかったしても、ネイル村にさえ辿り着ければロモス城に行く道も教えてもらえる。 ロモス王は優しく、また寛大で気前のいい王だ。事情を話せば、ポップに助力してくれる可能性は高い。 それでは、ダメなのだ。 ましてや、敵の呪文で氷に閉じ込められてしまったレオナ姫の無事など、もっと保証出来ない。 彼女を助けるためになら、ダイはどんな不利な戦いにだって怯まずに立ち向かうだろう。そして、優しく正義感の強いマァムもそれに力を貸すに違いない。 ダイと一緒に旅をして、力を貸す――それは、ポップの中ではもう決定事項だ。自分一人では無理でも、ダイと一緒なら勇気を出せる。 もっと、強くなれる。 『……生意気をぬかすなっ!! ヒヨコ以下の癖に、たいそうな口をききおって……!』 マトリフの一喝が、蘇る。 ポップは、それに言い返すこともできなかった。マトリフの言葉が余りにも正しすぎて、反論できなかったのだ。 だが、ポップにとってそれだけは承服出来ない。 「おれは……ダイ達の所へ戻るんだ!」 ダイは、ポップを信じてくれた。 ヒュンケルとの戦いの時だって、ポップの作戦を全面的に受け入れ、力を合わせて戦った。 マァムは、ポップを見直してくれた。 その二人のためにも、自分が何も出来ない足手まといだなんて認める訳にはいかない。 最初っから失敗をするのを前提に、逃げ道や言い訳を用意してはますます呪文の成功から遠ざかる――そんな気がする。 「ルーラッ!!」 結果は、さっきまで以上の痛みだった。 「じょ……冗談じゃねえ……! おれは……足手まといなんかじゃねえぞ……!!」 度重なる失敗や痛みに折れてしまいそうなる気持ちを奮い立たせようと、ポップは負けん気を振り絞る。 もう、残りの魔法力は残り少ない。唱えられても、後一回が限度だろう。追い詰められたような状況の中で、ポップは唇を噛み締める。
アバンのその説明に、当時のポップは疑問を感じずにはいられなかった。 「なんでですか? ルーラって、そんなにレベルが高い呪文じゃないんでしょ?」 「ええ、そうですね。確かにレベル的にはそれほど難しい呪文ではないんですよ。ですがね、この呪文は使い手を選ぶというか、コツがいるというか、少しばかり使い方が難しい呪文なんです」 いつもながらの穏やかな笑顔で、アバンはポップにそう教えてくれた。 「先生は使えるんですか? 見たことないけど」 「もちろん、使えますよ」 「だったら、なんで使わないんですかー? そうすれば、こんな風にテクテク歩く必要なんかないじゃないですかぁ!」 「おや、歩くのが嫌ですか? なら、ポップがルーラの呪文を覚えればいいじゃないですか。教えてあげますよ?」 「と、とんでもないっ。そんなに使い手が少ないんじゃ、おれじゃ無理ですよ〜っ。それに、行ったことのない場所には行けないんじゃあんまり役に立ちそうもない呪文だし」 少なくとも、あの時のポップにはそう思えてならなかった。 アバンと一緒に、常に未知の場所へと旅をし続けているポップには、全く不要の呪文だった。 「おやおや……いつも言っていますが、どんな呪文も使い方次第なんですけどねえ。それに、こうやって歩くのも無駄にはなりませんよ」 旅の移動手段として、アバンが選んでいたのはほとんど徒歩だった。それも、ポップの足に合わせてゆったりとしたペースで歩いていたから、そう早くは移動出来ない。 「ルーラは、正確にその場所をイメージすることによって初めて発動する魔法です。
懐かしい思い出と共に、ポップの脳裏に閃くものがあった。 それは言い換えれば、イメージがあやふやならば飛ぶことができないという事実を示唆している。 ダイの所に戻る――それでは、駄目なのだ。人物を目標に移動目標を絞ることは出来ない。そして、パプニカという漠然としたイメージでも足りないのだ。 あの中にいた時間は、そう永くはない。しかも、ろくすっぽあそこを確かめてはいなかった。 (落ち着け……落ち着いて、集中するんだ) アバンがよく、魔法は精神集中が大切だといっていたことを思い出しながら、ポップは思考を集中させる。 (考えろ。考えるんだ、おれの印象の強いパプニカの地ってどこだ!?) 港――あそこは、難しいかもしれない。 同じ理由で、地底魔城も向いていない。印象は強くても、マグマに飲まれて姿を大幅に変えてしまった。 だが、パプニカに戻るだけでは駄目だ。 最終的にマトリフの洞窟に行くために、そこから比較的近くてイメージしやすい場所――それが叶う場所は一つしかなかった。 (神殿跡なら……!) 目を閉じれば、廃墟の中、そこだけはぽっかりときれいに片付いた地下倉庫入り口のイメージが思い浮かぶ。 ダイの失敗のせいで火薬を吹き飛ばされた時は唖然としたが、そのせいで印象は強い。多分、あそこならば明確にイメージ出来るだろう。 「ルーラッ!!」 その瞬間、今までで一番の浮遊感がポップを包んだ――。
「う……く……」 とにかく身体を起こそうと寝返りを打とうと伸ばした手が、堅いものに擦れて痛む。その痛みに、ポップは気が付いた。 (……え? これって、石?) 痛みを堪えながら目を開くと――そこは、森ではなかった。痛いのも道理で、下はさっきまでのように地面ではなくて整備された石畳だった。 「や……ったぁ……!」 本当なら、躍り上がって喜びたい。だけど魔法力だけでなく体力も限界なポップは、小さくガッツポーズをするだけで精一杯だ。 (あの時はダイにさんざん文句言っちまったけど、おかげで上手くいったんだし礼ぐらい言わないとな) ちょっぴり苦笑しながら、ポップは方角を見定める。 (あのくそジジイに、絶対見せてやるんだ。おれが足手まといなんかじゃないってところを、絶対に……!) 強く心にそう決め、ポップは痛む身体を引きずる様に歩き始めた――。
《後書き》 原作隙間の捏造話、ポップがルーラを習得するお話で〜す。 アニメ版でマトリフが初めてルーラを使う時、ふざけ半分に世界を各地を数か所飛び回って見せるシーンがあるのですが、それをいれるぐらいならポップの一人修行のシーンを増やしてほしいと思ったのを覚えています。 まあ、その時の不満というか要望を、まさかこんなにも時間が経ってから自力で解決するとは思いもしませんでしたが(笑)
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