『勇者の預かりもの』

 

 それらの手紙は、いとも大切そうに丁寧にしまい込まれていた。
 それは季節の変わり目毎に、必ず届けられる手紙だった。
 短い、だが思いやりの感じられる文章が生き生きと綴られていた。
 何通も、何通も。

 それらの手紙はきちんと一通一通、封筒に入れられたままだった。
 今でこそ埃のかぶった箱の中に安置されているが、秘蔵品のようにずっとしまいっ放しだったわけではないのは、一目で見て取れた。

 おそらくは封筒から取り出しては何度も繰り返して読まれたせいだろう、折り目が何度も開かれた形跡や手擦れの跡が残っていた――。





「ちっ、なんだっておれがこんなことをしなきゃならねぇんだよ〜」

 などとぶつくさと文句を言いながら、ポップはひどく雑な手つきでハタキをふるっていた。
 家事ならなんでもお任せと豪語するアバンに師事していただけに、ポップは下手をすれば並の女性を遥かに上回る家事の腕を所有しているが、得手不得手はあるものだ。

 正直、ポップは掃除が一番苦手である。
 もともとが散らかし癖があり面倒臭がり家のポップは、整理整頓は得意ではない。

 その抜群の記憶力を無駄に活かして、散かしまくった部屋の中でも物は見つけられる特技があるから、むしろ掃除はサボりまくる傾向にある。
 そんなポップが掃除をしているのには、理由がある。

『こらっ、休みだからっていつまでもゴロゴロ寝てるんじゃねえ、このろくでなしがっ! たまにゃあ掃除でも手伝いやがれっ!!』

 久々の休みだからとランカークスの実家に里帰りをしたまではよかったものの、寝坊を父親に怒られたあげく押しつけられた罰だったりする。
 世界有数の有名人であり、二代目大魔道士とは言え、父親はどうもポップを未だに『ふらふら半家出中のドラ息子』と解釈しているらしく、全く容赦してくれない。

 まあ、ポップにしてみても、大魔王とも互角に渡り合った癖に未だに父親の鉄拳制裁が怖いのだから、お互い様というべきか。
 仕方がなく命じられるままに倉庫の掃除をしてはいるものの、全くやる気が出ないのでいい加減なものになるのも、ある意味で当然のことだろう。

 しぶしぶとやっていることだけに、実におざなりにハタキを振り回しているだけだった。だいたいのところ、この倉庫は普段は全く使ってもいない代物だ。錆びて使い物にならなくなった剣やら、ぼこぼこに歪みまくって修理もできなくなった盾など、主に売れ残りの在庫品を保管しているだけの場所である。

(……こうして見るとろくなものないよな、ここって)

 新品のまま古びてしまった『どたまかなずち』等を軽く見やりながら、ポップは軽く溜め息をつく。

 ポップが子供の頃には、危ないから絶対に近付くなときつく戒められた場所だった。基本的にはいつも鍵が掛けられていたし、勝手に入った時はひどく叱られたものだ。
 だが、その頃はここは、ポップにとってはある意味では憧れの場所だった。

『これか? これはな、勇者様からの預かりものなんだよ。もう……ずいぶん昔の話だがよ』

 あれは、いつだっただろうか。
 ずっと昔、まだポップが小さかった頃のことだった。多分、5才にもなっていない頃だったと思う。

 扉が開けっ放しになった倉庫の中で、父親がじっと何かを見つめていたことがあった。いつになく深刻な表情をしていた当時の彼が、何を考えていたのか……そんなことが幼いポップに分かるはずがない。

 だが、武骨ながらも働き者な父が、そんな風に長い間じっとしているのが不思議で、ポップはそのまま倉庫に入り込んで何を見ているのかと聞いた。
 その時、父親が持っていたのは古ぼけた箱だった。

 古いながらも中にはクッションが敷かれ、その上に鮮やかな黄色の布が置かれていた。
 珍しく機嫌のよかったのか、ジャンクは勝手に倉庫に入ったポップを叱らず、そう教えてくれたのだ。

 もっとも、勇者の持ち物と聞いて目を輝かせてもっと詳しい話を望むポップに、ジャンクは掃除の邪魔だと言い放ち、さっさと追い出しにかかったが。

 すぐに箱の蓋は閉められ、倉庫の一番奥の高い棚にしまわれてしまったので、じっくり見ることも適わなかった。
 そのせいか、ポップにはかえって印象が残り、あの黄色の布は宝物として目に焼き付いた。

 それからしばらく経って、ポップはこっそり倉庫に忍び込み、なんだかんだあってその黄色の布はポップの宝物として未だに彼の頭に巻かれている。

 それ以来、この倉庫はポップにとって特に意味を持つ場所ではなくなった。なにしろ、勇者に少しでも縁のあるものがなくなった後は、ここはただの不用品の武器倉庫にすぎない。

 武器家の息子の癖に、武器や防具にはほとんど関心のないポップにしてみれば、ここはガラクタ置き場も同然だった。
 特に家出後は、この倉庫に入るのなんて初めてだ。
 だから、特に関心もなく嫌々掃除を続けていたポップは、その棚を見て意外に思った。

「んー、まだあったのかよ」

 それが、第一印象だった。
 倉庫の一番奥の棚に、ぽつんと置かれた古ぼけた箱。
 豪華な箱とはとても言えないが、丁寧な彫りの施された古い木箱は時代を感じさせる品ではある。

 他はごちゃごちゃと所狭しとばかりに物が詰め込まれているのに、その箱だけは別格扱いで棚に一つだけ、丁寧に鎮座してあった。
 長いこと使っていないのを示すようにうっすらと埃をかぶっているものの、他の部分に比べるとその量はやけに薄い。

 それが疑問で、ポップはその箱に手を伸ばした。
 昔は踏み台を重ねてようやく手が届いた棚は、今は手を伸ばせば届く。だが、まだほんの少し父親の背に及ばないせいか、下ろす際に手を滑らせてしまう。その拍子に蓋が開いて、白いものが散らばって床に転げ落ちる。

「……!?」

 からっぽかと思っていた箱から転げ出たものに驚くより、咄嗟に父親に叱られる心配からポップは慌ててその場にしゃがみ込み、『それ』を拾いあげようとした。
 だが、手に取ってから、ポップは目を丸く見張る。

「これ……!?」

 それらは、手紙だった。
 飾り気のない封書に入った手紙が、何通もあった。全部で6、7通ほどもあるだろうか。だが、問題なのはそこに書かれた文字だった。
 ちょっと小洒落た、独特の字体。

 それは、アバンの字に間違いなかった。彼に弟子入りしていたポップが、見間違えるはずがない。
 それらはすべてが、ジャンクに当てた手紙だった。一通だけ封書にあて名しか書かれていないものがあるが、その他の物は住所がきちんと書き込まれ切手が張られている。

 それらがすべて未封のものなら、さすがのポップも読むのをためらっただろう。だが、それらの手紙はすべて開封済みであり、しかもどれもそこそこ古そうな感じがするのがためらいを吹き飛ばす。

 なにより自分の師と親と言う親しい存在に関わるものなだけに、倫理観よりも好奇心の方が強まった。
 そう長く迷わないうちに、ポップは手紙を手に取って読み始めた――。





 ――寒くなって参りましたが、いかがお過ごしですか。
 この寒さのせいか、ポップは少し風邪を引きましたが、ご心配なく、軽い物ですしすぐによくなりました。ただ、その間寝ているのがつまらないと、じっとしてくれなくて困らされました。

 今は元気に、旅をしています。
 冬支度のマントが、よく似合っています。足も達者になってきて、もう豆を潰すこともなくなりました。
 旅に出た頃よりも、少しは背が伸びたように思います―― 





 郵送された一つ一つの手紙は、ごく短い。
 だが、手紙に書かれた文章や、封筒の消印の地名がポップに鮮明に当時の頃を思い出させてくれた。
 アバンの後をついて旅に出た自分が、目に映るようだった。





 ――ここのところ、蒸し暑い気候に変わってきましたがお変わりはないでしょうか。
 ポップは、元気です。
 ただ、最近夏バテ気味なようなので、湖へと連れて行きました。村では川しか無かったせいか、ひどく珍しがってくれました。

 最初は水を怖がってなかなか泳いでくれませんでしたが、慣れてくるとはしゃいで楽しんでいます。足が届かないような所まで泳いでいってしまう無茶さがあるので、心配で目が離せません――





 手紙は、季節の変わり目ごとに送られていた。
 魔法使いとしてではなく、ごく普通の少年としてのポップの成長や、旅での日常を簡単に知らせた短い手紙。
 それを、アバンは欠かさずにポップの両親へと送り続けていたのだろう。

 そう言えば、ポップには思い当たることがあった。
 アバンは季節の変わり目には、決まって大きな町へ訪れた。あれは、今思えば郵便の手配をするためだったのだろう。

 郵便のシステムは一応はできているものの、そもそも庶民はあまり字を書かないものだし、遠方の者と連絡を取る機会もほとんどない。
 当然、使用者はごく限られてくる。

 裕福で余裕のある者しか郵便など使わないため、大きな町に行かないと手紙を出すことなどできない。
 そう言えば、大きな町の宿屋に泊まる時、アバンはいつも夜遅くまで起きて机に向かっていたことも思い出す。

 何を書いているのかと尋ねたり、覗き込もうとすると、いつも『秘密です』と笑ってかわされた。
 その秘密が、今、分かった気がした。

「…………」

 一通だけあった、消印のない手紙はおそらくはポップが家出した直後にアバンがわざわざルーラで戻って届けたものなのだろう。それが、一番長かった。
 何度も繰り返して謝りながら、ポップを弟子にしたいから預からせてほしいと頼む手紙――アバンがそんな手紙を書いていただなんて、ポップは知りもしなかった。

 だいたい勝手に、一方的にアバンの後を追って、無理やり押しかけ弟子になったのはポップの方だ。
 それなのに、アバンはまるで自分に全責任があるかのように、ずっとジャンクやスティーヌへの気遣いを忘れてはいなかったのだろう。

 そして、その気遣いは両親にも感じることができた。
 送られた手紙は、どれも何回も読み返した痕跡が残っていた。特に、黒い指紋やそれを丁寧にはたいた跡の残っている手紙には、ポップは思わず苦笑してしまう。

 鍛冶も行うジャンクは炭を扱う機会も多い上、割合大ざっぱな性格のせいで手を汚してしまうことが多い。
 そのせいで武器家の帳面や必要な書類などは、いつだって黒い指紋の跡がべっとりと残ってしまっている。

 それは、スティーヌがいくら小言を言っても改善されなかった癖なのに、ジャンクはアバンからの手紙にはずいぶん気を遣っていたらしい。
 指紋が残っていたのは、最初の郵便だけだ。

 焦って指で封を千切って取り出した後、それをなんとか取り除けないかとずいぶんこすった跡が見て取れる。
 なにより、ジャンクがこの手紙を大事にしていたと分かる証拠は、入れ物となった箱だ。
 かつて勇者からの預かりものをしまっていた箱を、ジャンクは空っぽになっても大切にしまい続けていた。その箱にアバンからの手紙を納めたのが、ただ空いているとか手頃だったからという理由とは、ポップにはとても思えなかった――。





「――ップ! ポップ、おい、いるか!?」

 妙に焦ったような声で名を呼ばれ、ポップはギクッとせずにはいられない。情けないが、父親に強い調子で呼ばれるとビビッてしまうのは長年の習慣だ。
 慌てて手紙を箱に戻し、それを棚に戻すとポップはハタキを手に取ってその辺をパタパタして掃除をしていた風を取り繕った。

 そして、倉庫の入り口から顔を覗かせた父親に向かって、何事もなかったように返事をする。

「いるかもなにも、掃除しろって言ったのは親父だろ。ちゃんとやってるってばー」

「そ、そうか」

 安心したような、それでいて少し落ち着かない様子でジャンクはちらちらと倉庫内に目を走らせる。

 それが、例の木箱の置かれた棚の辺りに集中していることを、ポップは見逃さなかった。だからちょっとからかってみたくなって、ポップはことさら派手に木箱の棚にハタキをかける。

「見張ってなくても、ここもちゃんと掃除するって」

「あっ、いや、いいっ! そこは、別に掃除しなくても……いや、もう、これぐらいやったなら勘弁してやる!! 
 いいから、さっさとこっちに来い。母さんの作った飯が冷めるだろうが」

 仏頂面でぶっきらぼうに言うのは、昔っから照れた時に父親が見せる顔だと、息子であるポップはよく知っている。
 正直な話、めったにない機会なだけにからかってみたいと思わないでもなかったが、仲間ならばまだしも相手が父親ではさすがに怖さやためらいの方が勝る。

 それにおなかが空いてきたこともあり、ポップは素直にその言葉に従った。
 ポップを先に追い出してから、ジャンクはしっかりと倉庫に鍵を掛ける。その様子を見ながら、ポップは笑いを堪えるの苦労する。

(無駄なんだけどな、あれ)

 今のポップに、鍵などなんの意味もない。
 大魔道士になったポップは、望むのなら鍵を開ける魔法も使える。なにより、ジャンクが見られたくなかったはずの箱の中身は、すでに見てしまった後だ。

 それを指摘するのは、簡単だ。
 だが――ポップは知らん顔を決め込むことにした。親が隠そうとするものなら、敢えて見なかったふりをするのも親孝行というものだろう。

 自分が親不孝ばかり重ね、めったに家に帰らない自覚のあるポップにしてみれば、たまに細やかな親孝行をするのは吝かではない。
 それに、あの箱の中身をポップが知ったとしれば、ジャンクが他の場所に中身を移してしまう可能性が高いが、それはなんだか嫌だった。

 あの箱に入っているのがアバンの――勇者の手紙なら、その方がいいと思える。それは、きっとあの箱に相応しい品だろう。

(だってよ、あの箱には勇者からの預かりものが入っているってのは、昔、親父から教わったんだしよ)

 一人でこっそりと笑い、ポップは鍵を掛け終わった父親と並んで何食わぬ顔で家へと向かった――。


                                      END



《後書き》

 筆者は原作を読んでいた頃から、アバン先生がポップの近況を手紙でジャンク達に送っていたと勝手に思っていました♪
 子供がどんなに好き勝手をやっても、保護者はしっかりと子供の面倒を見守ってあげている  そんな話を書いてみたかったんです。

 で、旅が終わって平和になった後で、ポップがそのことを知ることができたらいいな、と。
 しかし、ダイ大世界に郵便システムがあるかどうかははなはだ疑問なんですが…(笑)
 それにあったとしても、届くのはきっと遅いでしょうね。下手したら半年遅れとかは、ざらにありそうな気がします。

 ところでこのお話、最初は『芳信』で、ジャンクとスティーヌ視点で書こうと思っていたのですが、なぜかできてみたらタイトルも中身も全然違ってしまいました(笑)

 

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