『勇者の預かりもの』 |
それらの手紙は、いとも大切そうに丁寧にしまい込まれていた。 それらの手紙はきちんと一通一通、封筒に入れられたままだった。 おそらくは封筒から取り出しては何度も繰り返して読まれたせいだろう、折り目が何度も開かれた形跡や手擦れの跡が残っていた――。
などとぶつくさと文句を言いながら、ポップはひどく雑な手つきでハタキをふるっていた。 正直、ポップは掃除が一番苦手である。 その抜群の記憶力を無駄に活かして、散かしまくった部屋の中でも物は見つけられる特技があるから、むしろ掃除はサボりまくる傾向にある。 『こらっ、休みだからっていつまでもゴロゴロ寝てるんじゃねえ、このろくでなしがっ! たまにゃあ掃除でも手伝いやがれっ!!』 久々の休みだからとランカークスの実家に里帰りをしたまではよかったものの、寝坊を父親に怒られたあげく押しつけられた罰だったりする。 まあ、ポップにしてみても、大魔王とも互角に渡り合った癖に未だに父親の鉄拳制裁が怖いのだから、お互い様というべきか。 しぶしぶとやっていることだけに、実におざなりにハタキを振り回しているだけだった。だいたいのところ、この倉庫は普段は全く使ってもいない代物だ。錆びて使い物にならなくなった剣やら、ぼこぼこに歪みまくって修理もできなくなった盾など、主に売れ残りの在庫品を保管しているだけの場所である。 (……こうして見るとろくなものないよな、ここって) 新品のまま古びてしまった『どたまかなずち』等を軽く見やりながら、ポップは軽く溜め息をつく。 ポップが子供の頃には、危ないから絶対に近付くなときつく戒められた場所だった。基本的にはいつも鍵が掛けられていたし、勝手に入った時はひどく叱られたものだ。 『これか? これはな、勇者様からの預かりものなんだよ。もう……ずいぶん昔の話だがよ』 あれは、いつだっただろうか。 扉が開けっ放しになった倉庫の中で、父親がじっと何かを見つめていたことがあった。いつになく深刻な表情をしていた当時の彼が、何を考えていたのか……そんなことが幼いポップに分かるはずがない。 だが、武骨ながらも働き者な父が、そんな風に長い間じっとしているのが不思議で、ポップはそのまま倉庫に入り込んで何を見ているのかと聞いた。 古いながらも中にはクッションが敷かれ、その上に鮮やかな黄色の布が置かれていた。 もっとも、勇者の持ち物と聞いて目を輝かせてもっと詳しい話を望むポップに、ジャンクは掃除の邪魔だと言い放ち、さっさと追い出しにかかったが。 すぐに箱の蓋は閉められ、倉庫の一番奥の高い棚にしまわれてしまったので、じっくり見ることも適わなかった。 それからしばらく経って、ポップはこっそり倉庫に忍び込み、なんだかんだあってその黄色の布はポップの宝物として未だに彼の頭に巻かれている。 それ以来、この倉庫はポップにとって特に意味を持つ場所ではなくなった。なにしろ、勇者に少しでも縁のあるものがなくなった後は、ここはただの不用品の武器倉庫にすぎない。 武器家の息子の癖に、武器や防具にはほとんど関心のないポップにしてみれば、ここはガラクタ置き場も同然だった。 「んー、まだあったのかよ」 それが、第一印象だった。 他はごちゃごちゃと所狭しとばかりに物が詰め込まれているのに、その箱だけは別格扱いで棚に一つだけ、丁寧に鎮座してあった。 それが疑問で、ポップはその箱に手を伸ばした。 「……!?」 からっぽかと思っていた箱から転げ出たものに驚くより、咄嗟に父親に叱られる心配からポップは慌ててその場にしゃがみ込み、『それ』を拾いあげようとした。 「これ……!?」 それらは、手紙だった。 それは、アバンの字に間違いなかった。彼に弟子入りしていたポップが、見間違えるはずがない。 それらがすべて未封のものなら、さすがのポップも読むのをためらっただろう。だが、それらの手紙はすべて開封済みであり、しかもどれもそこそこ古そうな感じがするのがためらいを吹き飛ばす。 なにより自分の師と親と言う親しい存在に関わるものなだけに、倫理観よりも好奇心の方が強まった。
今は元気に、旅をしています。
最初は水を怖がってなかなか泳いでくれませんでしたが、慣れてくるとはしゃいで楽しんでいます。足が届かないような所まで泳いでいってしまう無茶さがあるので、心配で目が離せません―― 手紙は、季節の変わり目ごとに送られていた。 そう言えば、ポップには思い当たることがあった。 郵便のシステムは一応はできているものの、そもそも庶民はあまり字を書かないものだし、遠方の者と連絡を取る機会もほとんどない。 裕福で余裕のある者しか郵便など使わないため、大きな町に行かないと手紙を出すことなどできない。 何を書いているのかと尋ねたり、覗き込もうとすると、いつも『秘密です』と笑ってかわされた。 「…………」 一通だけあった、消印のない手紙はおそらくはポップが家出した直後にアバンがわざわざルーラで戻って届けたものなのだろう。それが、一番長かった。 だいたい勝手に、一方的にアバンの後を追って、無理やり押しかけ弟子になったのはポップの方だ。 そして、その気遣いは両親にも感じることができた。 鍛冶も行うジャンクは炭を扱う機会も多い上、割合大ざっぱな性格のせいで手を汚してしまうことが多い。 それは、スティーヌがいくら小言を言っても改善されなかった癖なのに、ジャンクはアバンからの手紙にはずいぶん気を遣っていたらしい。 焦って指で封を千切って取り出した後、それをなんとか取り除けないかとずいぶんこすった跡が見て取れる。
妙に焦ったような声で名を呼ばれ、ポップはギクッとせずにはいられない。情けないが、父親に強い調子で呼ばれるとビビッてしまうのは長年の習慣だ。 そして、倉庫の入り口から顔を覗かせた父親に向かって、何事もなかったように返事をする。 「いるかもなにも、掃除しろって言ったのは親父だろ。ちゃんとやってるってばー」 「そ、そうか」 安心したような、それでいて少し落ち着かない様子でジャンクはちらちらと倉庫内に目を走らせる。 それが、例の木箱の置かれた棚の辺りに集中していることを、ポップは見逃さなかった。だからちょっとからかってみたくなって、ポップはことさら派手に木箱の棚にハタキをかける。 「見張ってなくても、ここもちゃんと掃除するって」 「あっ、いや、いいっ! そこは、別に掃除しなくても……いや、もう、これぐらいやったなら勘弁してやる!! 仏頂面でぶっきらぼうに言うのは、昔っから照れた時に父親が見せる顔だと、息子であるポップはよく知っている。 それにおなかが空いてきたこともあり、ポップは素直にその言葉に従った。 (無駄なんだけどな、あれ) 今のポップに、鍵などなんの意味もない。 それを指摘するのは、簡単だ。 自分が親不孝ばかり重ね、めったに家に帰らない自覚のあるポップにしてみれば、たまに細やかな親孝行をするのは吝かではない。 あの箱に入っているのがアバンの――勇者の手紙なら、その方がいいと思える。それは、きっとあの箱に相応しい品だろう。 (だってよ、あの箱には勇者からの預かりものが入っているってのは、昔、親父から教わったんだしよ) 一人でこっそりと笑い、ポップは鍵を掛け終わった父親と並んで何食わぬ顔で家へと向かった――。
筆者は原作を読んでいた頃から、アバン先生がポップの近況を手紙でジャンク達に送っていたと勝手に思っていました♪ で、旅が終わって平和になった後で、ポップがそのことを知ることができたらいいな、と。 ところでこのお話、最初は『芳信』で、ジャンクとスティーヌ視点で書こうと思っていたのですが、なぜかできてみたらタイトルも中身も全然違ってしまいました(笑)
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