『欲張りなお姫様』 |
昔、昔、あるところにそれは美しいお姫様がいました。 「素敵なドレスがほしいわ」 お姫様の望みは、叶いました。とても綺麗なドレスが、彼女のものになりました。 「素敵なお城がほしいわ」 お姫様の望みは、叶いました。とても素敵でこれ以上ない程美しい城が、彼女のものになりました。 「素敵な王子様がほしいわ」 お姫様の望みは、叶いました。お姫様の愛を勝ち取るために、ドラゴンとさえ戦った王子が彼女に結婚を申し込んできました。 ある日、お姫様は望みました。 「どんな願いも叶えてくれる、魔法使いがほしいわ」 そして、お姫様の望みは――。
パプニカ王女レオナの朝は、侍女のその言葉から始まる。 目覚めの良いレオナは至って早起きな方であり、別に起こされなくても自力で目を覚ます。 王族は侍女、もしくは侍従によって起床時の手続きをするのが当然だという不文律が、王宮には存在する。 侍女がレオナの身支度を調える間、三賢者のエイミかもしくはマリンがやってきて、今日のスケジュールを確認する――それが、レオナのいつもの朝の始まりである。 「姫様? ……どうかされたんですか、お顔の色が優れないようですが……」 スケジュールの読み上げを中断してまで気遣わしげにそう尋ねてくるマリンに、レオナはにっこりと微笑んだ。 「そう? ちょっと、今朝方の夢見が悪かったからじゃないかしら」 着替えを手伝い、レオナの長くさらさらした栗毛を梳る侍女達は、それだけで納得したかもしれない。 だが、レオナが幼い頃からずっと遊び相手として、成長してからは三賢者の一人として身近にいてくれたマリンには、そんな強がりはお見通しだった。 「姫様、今朝はダイ君やポップ君とご一緒に朝食をとられてはいかがですか?」 スケジュールは後で調整しますから、と言ってくれるマリンの心遣いをレオナは嬉しく思う。 だが、残念ながらパプニカのたった一人の王族となったレオナの毎日は、多忙だ。 もっとも、レオナだけでなくダイやポップも自分達のスケジュールの合間を縫って、互いにしょっちゅう行き来したり、お茶を楽しんだり、こっそりと城を抜け出したりなんてのは日常茶飯事ではあるが。 だが、それでもチャンスがあれば、仲間達と一緒に楽しい時間を過ごしたいと思うのは、当たり前の感情だろう。 「そうね、お願いするわ」 そう言いながら、レオナは化粧台に手を伸ばす。 人一倍五感の鋭いダイは、匂いには妙に敏感だ。ダイに言わせると、化粧品の匂いはやたらと不自然にきつくて、レオナ本人のいい匂いをぶち壊してしまうのだと言う。 いささか青白く見える顔色をごまかすために頬紅をはたき、唇にも紅を足す。
王族専用の食堂に入るなり、先に座っていたダイが元気よく手を振る。 「ポップ君は?」 「ポップなら、朝ご飯はパスするって。えっとね、よく分かんないけど、お昼までに書かないといけない大事な書類があるからって言ってたよ」 その書類については、レオナの方がよく知っていた。なにしろ、レオナが頼んだ書類なのだから。 それを仕上げるためには、いかにポップと言えどもかなりの苦労を強いられる代物だ。今日の昼が締めきりなことを思えば、それこそ食事の時間も惜しいだろう。 そんなことは分かっていたはずなのに、ポップがここに来ないことに、レオナは密かにショックを受けてしまう。 「レオナ? どうかしたの? もしかして、おなか痛い?」 ダイはひどく勘がよくて、優しい。レオナの微妙な落胆や表情の陰りを見逃さず、気遣ってくれる。 もっとも世間知らずなせいで、その心配が明後日の方向に向いてしまってはいるのだが、それでもそんなダイの不器用な優しさが、身に染みる程嬉しい。 「ううん、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。じゃ、ポップ君の分まで食べちゃいましょうか」
その日は、レオナの仕事は遅々として進まなかった。 その際、テラン産の茶葉を指定したのは、一人の少女を思い出したからだ。 彼女は、予知の力を持っている。 メルルと違い、レオナにはそんな能力はかけらもない。だから、今朝見た不吉な夢は、ただの夢にすぎないのだと、誰かに話して安堵した気持ちがレオナの中にある。 それに、不吉過ぎる夢は口にするのにもためらいがある。言葉にするだけで、それが実現してしまうのではないかという危機感……そんなのは馬鹿げた思い込みだと分かっていても、どうしても拭い去ることができない。 一人で抱え込んでいる分、余計に重く感じる悪夢を抱いたまま、レオナはゆっくりと思い出そうとしていた。 すでに題名さえ忘れてしまったし、手元にも残ってはいないだろう。図書室で調べてもらえば見つかるかもしれないが、どうせ子供向けのお話だ、オチの予測など簡単につく。 (……これが、私の『罪』なのね) 童話は、ある意味で正しい。 みんなを――とりわけ、最後まで一緒に戦っていた魔法使いを助けるために、最後の最後で自ら、致命的な爆弾を抱えたままいなくなってしまった勇者。 勇者の犠牲と引き換えに世界は平和になったが、それだけではレオナは満足できなかった。 (だけど……望んだだけだったわ) 自嘲と後悔を込めて、レオナは声に出さずに呟く。 レオナ自身が何も努力をしなかったとは言わないが、自分の力が戦いにおいてさしたる影響を与えなかったことなど彼女が一番よく自覚している。 身動きすらも封じられ、ダイやポップ達の苦闘を見ているしかできなかった歯がゆさは、今も鮮明だ。 その後も、レオナがしてきたのは望むことばかりだった。 まるで、童話の姫のように、ただ望むだけしかできなかったレオナの代わりに、それらの望みを一つずつ叶えてくれたのは、魔法使いの少年だった。 レオナが不安な時や、困った時には、それこそ魔法のように必ず側に来てくれて、助けになる言葉をくれた。 『大丈夫だって、姫さん! あの大バカ迷子は、絶対におれが見つけてやるからさ』 いつだって調子よく、だが、その実、泣きたくなるぐらいの優しさを込められたポップの言葉に、何度救われたか分からない。 各国に留学して古い伝承を調べ、幾つもの遺跡を探し歩いて必要な魔法道具を集め、ポップはダイを地上につれ戻すための魔法を使ってくれた。 だが――その代償の大きさを、レオナは一度足りとも忘れたことはない。 現在でこそ一応安定しているが、無理を重ねればいつ倒れてもおかしくはない体調であることに変わりはない。 今でさえ、ちょくちょく無理をしては体調を崩すのは、たまにある。 文句を言いつつも、彼は他人に気付かせないように、自分が貧乏くじを引いている。いつだって一番面倒で厄介な仕事を、さりげなく引き受けてくれているのだ。 その心遣いが嬉しくて――だからこそ、心配になる。
それを見ていただけなのに、レオナにはなぜか絶望的な程の確信として、分かってしまった。 そんなポップの名を呼ぶ、悲痛な声。
「姫様っ! 失礼しますっ!!」 レオナの物思いは、その声と同時に飛び込んできたエイミによって破られた。 「どうしたの?」 息を切らして飛び込んできたエイミを見れば、ただごとではないのは一目で分かる。よほどの急用かと身構えるレオナに、エイミは一気に用事を吐きだした。 「い、今、ポップ君が倒れて……っ、姫様、申し訳ありませんが一緒に来ていただけませんか!?」 レオナの手から紅茶のカップが滑り落ち、不吉な程大きな音を立てて砕け散った――。
「全く……っ! 呆れてものも言えやしないわっ、倒れてたんじゃなくて床に寝ていただけだなんてっ! 口やかましく文句を言うレオナに対して、身を縮こませながらもポップはチョロッと突っ込みを入れる。 「ものも言えないって、それだけ言いたい放題言っておいて――」 だが、そんな反論など一睨みで瞬殺する。 「いっ、……いえ、なんでもありません、デス」 慌てて黙り込んだポップと、本能的直感ゆえか最初からおとなしく神妙に黙り込んでいるダイに向かって、レオナはさらに声を張り上げた。 「本当にもう……っ! 人を心配させるのもいい加減にしてちょうだいよねっ!! エイミから報告を受けた時、あたしがどんなに驚いたと思っているのよっ!!」 続け様に文句を言いながら、レオナ自身が一番良く分かっていた。 エイミの連絡を受けてすぐ、レオナは即座に自分に打てる最大の手を打った。侍医を呼ぶだけで無く、マトリフやアバンにまで連絡を飛ばし、すぐに呼び寄せる手配をとった。 レオナが、ポップの側に駆けつけたのはその後のことだ。 実際に顔を合わせてみて、ポップが瀕死どころか至って元気だった事実に、肩透かしに似た気分を味わったものである。 ことの真偽も確かめないうちに、最初から緊急警戒を発動させ大騒動にしてしまったのは明らかにレオナの責任だ。なのに、ダイやポップに文句を言うなんて筋違いもいいところだろう。 「心臓が止まっちゃったりしたらどうしてくれるのよ!? ホント、人騒がせな真似はやめてちょうだいよね! あたしのか細い神経が持たないわよっ!!」 わずか半日あまりの間に、レオナを襲った感情の変化の波はあまりにも大きい。 ポップやダイを問い詰めて、単にポップが床に寝そべって昼寝していただけだと知って、どんなにホッとしたか……。 そのせいだろうか。 「あ……っ!?」 「「……!?」」 レオナ本人も驚いたが、ダイやポップの驚きっぷりはそれ以上だった。 「レッ、レオナッ!? ど、どうしたのっ!?」 慌てふためき、自分の側に駆け寄ってくるダイに、レオナはなんでもないと言い返すつもりだった。 いつものように適切な判断や対処なんて、とてもできやしない。 世界を救った勇者と魔法使いもまた、ごく普通の少年であるかのように、泣く少女を前にしてオロオロと機嫌を取り結ぼうとする。 「え、えっと、ご、ごめんっ、レオナっ。よく分かんないけど、多分、おれが悪かったよ! おれ、もう床で寝たり、お城の廊下を走ったりドアを壊したりしないから、泣かないで! ほらっ、ポップも謝らないと!」 「あ、ああ。な、なあ、姫さん……? おれが悪かったから、何もそんな風に泣かなくても……あっ、いや、非難や文句を言ってるわけじゃないから! 次から気をつけるから、だから、もう勘弁してくれよ〜」 うろたえつつも、レオナを気遣おうとしてくれる二人の少年の不器用な優しさが嬉しかった。 だからこそレオナは、いっそう甘えてしまいたくなる。
「そういえば姫様、この間はダイ君達に何をおっしゃられたのですか?」 そんな風にエイミが、それを口にしたのは騒動から数日後のことだった。 「え、何って……」 少しばかりの気恥ずかしさを感じるのは、王女らしからぬ真似をしてしまったという自覚があるせいだろう。 真相を知っているのは、レオナとダイとポップの三人だけのはずだ。 「ポップ君の部屋を見張っている兵士とダイ君の家庭教師達が感激していますよ、あのお二人がここ数日、ものすごく行儀がよい、と。 ヒュンケルからも、姫に感謝を伝えてほしいと頼まれたとはしゃいで告げるエイミの言葉を、レオナはむしろ呆気に取られて聞いていた。 「ええ。私も驚きました。 まあ、慎重過ぎて泥棒が忍び足をしているみたいに見えるのが難ですが、と笑うアポロもまた、ダイとポップの反応がレオナの説教のせいかと信じて疑っていない様だ。 「本当に、なんとおっしゃられたのですか、姫様? 後学のために、ぜひお聞きしたいですわ」 「………………」 予想を飛び越えて発生しているこの誤解に、レオナは戸惑わずにはいられない。 (なにこれ? すっごい買いかぶりというか、なんか嬉しくない方向に誤解されてないかしら、あたしって) この二人でさえこんな風に思っているのであれば、周囲の人間はなおさら、レオナがよっぽどきつい説教をダイとポップに与えたと思っているのだろう。 16才の少女としては、少々……いや、少しどころではなく不本意な誤解ではある。 幸いにもと言うべきか、ダイもポップも真相を暴露するタイプでもない。女の子には妙に甘いところのあるあの二人は、レオナを泣かせてしまったのを気にして神妙に振る舞っているぐらいだ、間違ったって真相を言い触らしはしないだろう。 素早くそう計算したレオナは、ニッコリと外交用の笑みを浮かべながら思わせぶりに言ってのけた。 「あら。軽〜く、注意しただけよ♪」 その言葉は、掛け値のない事実だ。 「それより今日は天気もいいことだし、ベランダでお茶がしたいわ。ダイ君達も呼んでくれる?」 「はい、姫様。すぐに手配します」 姫君のわがままをエイミとアポロはすぐに快諾してくれた。エイミとアポロはそれぞれが手配のために去っていく。それを見送りながら、レオナは懐かしい絵本の最後を思い出していた。
ある日、お姫様は望みました。 「どんな願いも叶えてくれる、魔法使いがほしいわ」 そして、お姫様の望みは叶いました。 それに腹を立てた魔法使いは、魔法を使ってお姫様が望んだもの全てを消して、どこかに行ってしまいました。
だが、レオナは知っている。 (綺麗なお城? もちろん、必要だわ) ただ、住むだけならば城なんていらない。だが、それでは国民を導くことはできない。 有事が起こった際、そこを拠点に活動できる場所は必要不可欠だ。いざと言う時に動かせる人材をそろえ、また、有事の際に使うべき食料や財宝をためておくには、それなりの場所と広さが必要になる。 どうしても、城は不可欠な存在となる。 衣装だってそうだ。 国家の安定のためには、しかるべき配偶者……つまり、王子も必要だ。 全てが必要だし、全てが欲しい。 だからこそ、このおとぎ話を決して忘れない様に心に戒めておきたいと、レオナは思った――。
元気のいい声に見下ろすと、中庭を駆けてくるダイとポップが見えた。 「あっ、おいっ!?」 「あ、そうだった。ごめん、レオナ、今、ちゃんとドアから回るね」 いつになく礼儀を気にして慌ててそう言うダイに、レオナは思わず笑ってしまう。 「いいのよ、それぐらい」 礼儀的には、きちんとドアからノックして入ってくる方が正しい。だが、レオナは元々ダイやポップに――特に、ダイに対しては礼儀なんて求めてはいない。 おとぎ話のお姫様の様に、王子や魔法使いに対して自分の望みを叶えつづけてくれ、なんて望む気はない。 (欲張り過ぎは、身の破滅の元だものね) 「そりゃあ、ちゃんとしたパーティとかの時は礼儀を気にしてほしいけど、あたし達だけの時はそんなに気にしなくてもいいのよ? 早くいらっしゃいな、すぐにみんなも揃うわよ」 「そうなの? よかった」 「なら遠慮なく、お邪魔しぁーっす」 あからさまにホッとした表情になって、ダイは自前の体力で、ポップは魔法でふわりと身体を浮かして、それぞれが柵を飛び越えてベランダに入ってきた――。
『日頃の行い』のおまけ話というか、レオナバージョンのお話ですv 叱られるより、泣かれる方がしんどいってのはあるような気がします。 欲張りな妻を持った漁師が、ある日、なんでも願いを適えてくれる魚をつりあげます(<-なんでもできるくせに、なぜ網にかかるんだか) 逃がしてくれたなら願いは何でも適えてくれるという魚を、漁師は無償で逃がしてやるんですが、妻が「ただで逃がすなんて勿体ない! 願い事を叶えさせろ!」と何度となくせっつくんですよ。 その結果、金持ちになったり、御殿に住んだりするのですが、あまりに欲深すぎて最後には魚に呆れられて全てを失うという落ちになっています。
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