『欲張りなお姫様』

 

 昔、昔、あるところにそれは美しいお姫様がいました。
 彼女はとても美しく、利口で、誰からも愛される姫でしたが、困ったことにとても欲張りだったのです。

「素敵なドレスがほしいわ」

 お姫様の望みは、叶いました。とても綺麗なドレスが、彼女のものになりました。
 ですが、お姫様はまだ満足しませんでした。

「素敵なお城がほしいわ」

 お姫様の望みは、叶いました。とても素敵でこれ以上ない程美しい城が、彼女のものになりました。
 ですが、お姫様はまだまだ満足しませんでした。

「素敵な王子様がほしいわ」

 お姫様の望みは、叶いました。お姫様の愛を勝ち取るために、ドラゴンとさえ戦った王子が彼女に結婚を申し込んできました。
 ですが、それでもお姫様は満足しなかったのです。

 ある日、お姫様は望みました。

「どんな願いも叶えてくれる、魔法使いがほしいわ」

 そして、お姫様の望みは――。

   






「姫様、おはようございます。お目覚めでしょうか?」

 パプニカ王女レオナの朝は、侍女のその言葉から始まる。
 毎日、決まった時間に起床を促しにくる侍女がくるまで、レオナは基本的に寝室から離れることはない。

 目覚めの良いレオナは至って早起きな方であり、別に起こされなくても自力で目を覚ます。
 だが、王家と言うものはしきたりを重視するものだ。

 王族は侍女、もしくは侍従によって起床時の手続きをするのが当然だという不文律が、王宮には存在する。
 本人の好みに合おうと合うまいと、それらのしきたりを尊重するのも王の役目と割り切っているレオナは、一人でもできることを侍女の手を借りながら行うのが常だ。

 侍女がレオナの身支度を調える間、三賢者のエイミかもしくはマリンがやってきて、今日のスケジュールを確認する――それが、レオナのいつもの朝の始まりである。
 だが、今朝はいつもと少しだけ違っていた。

「姫様? ……どうかされたんですか、お顔の色が優れないようですが……」

 スケジュールの読み上げを中断してまで気遣わしげにそう尋ねてくるマリンに、レオナはにっこりと微笑んだ。

「そう? ちょっと、今朝方の夢見が悪かったからじゃないかしら」

 着替えを手伝い、レオナの長くさらさらした栗毛を梳る侍女達は、それだけで納得したかもしれない。

 だが、レオナが幼い頃からずっと遊び相手として、成長してからは三賢者の一人として身近にいてくれたマリンには、そんな強がりはお見通しだった。
 少し考える素振りを見せた後、気を引き立てるように言ってくれる。

「姫様、今朝はダイ君やポップ君とご一緒に朝食をとられてはいかがですか?」

 スケジュールは後で調整しますから、と言ってくれるマリンの心遣いをレオナは嬉しく思う。
 大戦時代からの仲間であるダイやポップは、レオナにとってはある意味では家族も同然だ。彼らと一緒に食事を共にするのは、彼女の楽しみの一つだ。

 だが、残念ながらパプニカのたった一人の王族となったレオナの毎日は、多忙だ。
 食事を取る時間さえ惜しいぐらいの過密スケジュールのせいで、夕食の時間を気のおけない仲間達と共にとるようにするだけでも精一杯なのである。

 もっとも、レオナだけでなくダイやポップも自分達のスケジュールの合間を縫って、互いにしょっちゅう行き来したり、お茶を楽しんだり、こっそりと城を抜け出したりなんてのは日常茶飯事ではあるが。

 だが、それでもチャンスがあれば、仲間達と一緒に楽しい時間を過ごしたいと思うのは、当たり前の感情だろう。
 スケジュールの変更は大変だと分かっていながら、レオナはここは素直にマリンの好意に甘えることにした。

「そうね、お願いするわ」

 そう言いながら、レオナは化粧台に手を伸ばす。
 年齢のせいもあるが、レオナは普段はあまり化粧をしない方だ。パーティや公式の場にでるならともかく、普段はできるだけ素顔のままでいたいと思う最大の理由は、ダイが化粧を好まないせいだ。

 人一倍五感の鋭いダイは、匂いには妙に敏感だ。ダイに言わせると、化粧品の匂いはやたらと不自然にきつくて、レオナ本人のいい匂いをぶち壊してしまうのだと言う。
 だが、今日はレオナは敢えて化粧品を手にとった。

 いささか青白く見える顔色をごまかすために頬紅をはたき、唇にも紅を足す。
 そうやって顔を繕いながら、レオナは今朝見た夢を振り払おうとした。
 思い出したくもない、不吉な夢を――。

 






「あっ、レオナ、おはよーっ」

 王族専用の食堂に入るなり、先に座っていたダイが元気よく手を振る。
 その屈託のない笑顔を見ると、それだけで釣られて笑顔になれる。だが、いつもならダイの隣にいるはずの少年の姿が見えないのを見て、レオナはわずかに顔色を曇らせた。

「ポップ君は?」

「ポップなら、朝ご飯はパスするって。えっとね、よく分かんないけど、お昼までに書かないといけない大事な書類があるからって言ってたよ」

 その書類については、レオナの方がよく知っていた。なにしろ、レオナが頼んだ書類なのだから。
 しかも、一流の文官でさえてこずるほど難しい書類であることは否定できない。

 それを仕上げるためには、いかにポップと言えどもかなりの苦労を強いられる代物だ。今日の昼が締めきりなことを思えば、それこそ食事の時間も惜しいだろう。

 そんなことは分かっていたはずなのに、ポップがここに来ないことに、レオナは密かにショックを受けてしまう。
 それに敏感に気が付いたのか、ダイは心配そうにレオナを見つめる。

「レオナ? どうかしたの? もしかして、おなか痛い?」

 ダイはひどく勘がよくて、優しい。レオナの微妙な落胆や表情の陰りを見逃さず、気遣ってくれる。

 もっとも世間知らずなせいで、その心配が明後日の方向に向いてしまってはいるのだが、それでもそんなダイの不器用な優しさが、身に染みる程嬉しい。
 だからこそレオナは動揺を振り払って、なんとか笑顔を取り繕った。

「ううん、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。じゃ、ポップ君の分まで食べちゃいましょうか」


  

 その日は、レオナの仕事は遅々として進まなかった。
 気にしないようにしようと思っても、どうしても今朝見た夢が気になってしまう。あまりのミスの多さに自分でも呆れて、レオナは一旦仕事の手を止め、気分転換にと侍女に命じてお茶を入れてもらう。

 その際、テラン産の茶葉を指定したのは、一人の少女を思い出したからだ。
 勇者一行の一員として活躍してくれた占い師であり、友人の一人であり、今はレオナと同じく一国の王女となったメルル。

 彼女は、予知の力を持っている。
 脳裏に浮かぶ不吉な予感や、夜に見る夢が、ただの夢ではなく現実となる――そんな能力を持ったメルルに、今、会いたいと思った。

 メルルと違い、レオナにはそんな能力はかけらもない。だから、今朝見た不吉な夢は、ただの夢にすぎないのだと、誰かに話して安堵した気持ちがレオナの中にある。
 だが、その気持ちが単なる甘えにすぎないことをレオナは百も承知していた。

 それに、不吉過ぎる夢は口にするのにもためらいがある。言葉にするだけで、それが実現してしまうのではないかという危機感……そんなのは馬鹿げた思い込みだと分かっていても、どうしても拭い去ることができない。
 だからこそ、マリンにもダイにもそれを言うことができなかった。

 一人で抱え込んでいる分、余計に重く感じる悪夢を抱いたまま、レオナはゆっくりと思い出そうとしていた。
 子供の頃に読んだ絵本を。

 すでに題名さえ忘れてしまったし、手元にも残ってはいないだろう。図書室で調べてもらえば見つかるかもしれないが、どうせ子供向けのお話だ、オチの予測など簡単につく。
 欲張ったせいで罰が当たり、お姫様は結局は全てを失ってしまう……そんな感じの最後だったような気がする。
 自業自得な姫君の話を、レオナは自嘲混じりに思い出しながら嘆息した。

(……これが、私の『罪』なのね)

 童話は、ある意味で正しい。
 童話の中の欲張りな姫が、自分の分を超えた望みを持った罪により最後に罰されたように、レオナも今、罰されている。
 自分の力量以上の望みを抱いた者には、すべからくそれに応じた罰が待っている。
  
 勇者ダイを、取り戻したい――。
   
 それが許されない望みだったとは、レオナは思ってはいない。
 あの心優しくて、誰よりも大きな勇気と強さを持っていた小さな勇者がいなくなってしまった時、レオナは心から嘆いた。

 みんなを――とりわけ、最後まで一緒に戦っていた魔法使いを助けるために、最後の最後で自ら、致命的な爆弾を抱えたままいなくなってしまった勇者。

 勇者の犠牲と引き換えに世界は平和になったが、それだけではレオナは満足できなかった。
 なんとしても彼を助け、地上に連れ戻したいとレオナは心から望んだ。

(だけど……望んだだけだったわ)

 自嘲と後悔を込めて、レオナは声に出さずに呟く。
 国を守りたい。
 世界を守りたい。
 そんな、分不相応とも言えるレオナの望みは、勇者やその仲間達が叶えてくれた。

 レオナ自身が何も努力をしなかったとは言わないが、自分の力が戦いにおいてさしたる影響を与えなかったことなど彼女が一番よく自覚している。
 少なくとも、神を超えようとした大魔王の前ではレオナはダイを助けるどころか、何一つとしてできなかった。

 身動きすらも封じられ、ダイやポップ達の苦闘を見ているしかできなかった歯がゆさは、今も鮮明だ。
 結局、世界の救命は、小さな勇者の捨て身の犠牲と引き換えになった。人間達の高望みの代償を一身に背負うような形で、ダイはそのまま行方不明になってしまった。

 その後も、レオナがしてきたのは望むことばかりだった。
 ダイの無事を、確かめたい。
 ダイの居場所を、確かめたい。
 ダイを地上に、連れ戻したい。

 まるで、童話の姫のように、ただ望むだけしかできなかったレオナの代わりに、それらの望みを一つずつ叶えてくれたのは、魔法使いの少年だった。
 ダイだけではない、レオナをも彼は助けてくれた。

 レオナが不安な時や、困った時には、それこそ魔法のように必ず側に来てくれて、助けになる言葉をくれた。

『大丈夫だって、姫さん! あの大バカ迷子は、絶対におれが見つけてやるからさ』

 いつだって調子よく、だが、その実、泣きたくなるぐらいの優しさを込められたポップの言葉に、何度救われたか分からない。
 そして、ポップがくれたのは言葉だけではなかった。

 各国に留学して古い伝承を調べ、幾つもの遺跡を探し歩いて必要な魔法道具を集め、ポップはダイを地上につれ戻すための魔法を使ってくれた。
 ダイが地上に無事に戻ってこられたのは、ポップのおかげだと誰もが認める事実だ。

 だが――その代償の大きさを、レオナは一度足りとも忘れたことはない。
 ダイを助けるために、強力な魔法を使い続けて無理を重ねたポップの体調は、ずいぶんと悪化した。

 現在でこそ一応安定しているが、無理を重ねればいつ倒れてもおかしくはない体調であることに変わりはない。
 なのに、ポップときたらその危険性を全くと言っていいほど自覚してはくれない。あの鈍感な魔法使いは、自分のことに関しては至って無頓着だ。

 今でさえ、ちょくちょく無理をしては体調を崩すのは、たまにある。
 ここ数日も、そうだ。
 連日の暑さにバテているのか、ポップはここのところあまり顔色がよくない。だが、体調がよくない時ほど、ポップは巧くそれを隠して平気だと笑ってみせる。

 文句を言いつつも、彼は他人に気付かせないように、自分が貧乏くじを引いている。いつだって一番面倒で厄介な仕事を、さりげなく引き受けてくれているのだ。

 その心遣いが嬉しくて――だからこそ、心配になる。
 そんな不安があるからこそ、不吉な夢も見てしまうのだろう。
 目を閉じれば、嫌でも思い出してしまう今朝の夢だ。

  






 そこは、宮廷魔道士見習いのために用意した執務室だった。
 ぐったりとして、力なく倒れている少年……床に倒れているポップは、動かない。誰が呼んでも、揺さぶっても、閉じられたままの目が開くこともない。

 それを見ていただけなのに、レオナにはなぜか絶望的な程の確信として、分かってしまった。
 その瞼がもう二度と開くことはない、と――。

 そんなポップの名を呼ぶ、悲痛な声。
 誰よりも必死になって、それこそ血相を変えてポップの名を呼んでいたのは、ダイだった――。


  





「姫様っ! 失礼しますっ!!」

 レオナの物思いは、その声と同時に飛び込んできたエイミによって破られた。
 腹心の部下の慌てぶりに、レオナはすぐに施政者の顔に戻る。

「どうしたの?」

 息を切らして飛び込んできたエイミを見れば、ただごとではないのは一目で分かる。よほどの急用かと身構えるレオナに、エイミは一気に用事を吐きだした。

「い、今、ポップ君が倒れて……っ、姫様、申し訳ありませんが一緒に来ていただけませんか!?」

 レオナの手から紅茶のカップが滑り落ち、不吉な程大きな音を立てて砕け散った――。

  






「全く……っ! 呆れてものも言えやしないわっ、倒れてたんじゃなくて床に寝ていただけだなんてっ!
 しかも、これが初めてじゃないだなんて、どういうこと!?」

 口やかましく文句を言うレオナに対して、身を縮こませながらもポップはチョロッと突っ込みを入れる。

「ものも言えないって、それだけ言いたい放題言っておいて――」

 だが、そんな反論など一睨みで瞬殺する。

「いっ、……いえ、なんでもありません、デス」

 慌てて黙り込んだポップと、本能的直感ゆえか最初からおとなしく神妙に黙り込んでいるダイに向かって、レオナはさらに声を張り上げた。

「本当にもう……っ! 人を心配させるのもいい加減にしてちょうだいよねっ!! エイミから報告を受けた時、あたしがどんなに驚いたと思っているのよっ!!」

 続け様に文句を言いながら、レオナ自身が一番良く分かっていた。
 これが、単なる八つ当たりにすぎないことに。

 エイミの連絡を受けてすぐ、レオナは即座に自分に打てる最大の手を打った。侍医を呼ぶだけで無く、マトリフやアバンにまで連絡を飛ばし、すぐに呼び寄せる手配をとった。

 レオナが、ポップの側に駆けつけたのはその後のことだ。
 今にして思えば、分かる。
 それは判断ミスだった、と。判断ミスというよりは、早とちりと言った方がいいかもしれない。

 実際に顔を合わせてみて、ポップが瀕死どころか至って元気だった事実に、肩透かしに似た気分を味わったものである。
 今朝見た夢の不吉さに惑わされたとはいえ、今日のレオナの行動は先走りが過ぎている。

 ことの真偽も確かめないうちに、最初から緊急警戒を発動させ大騒動にしてしまったのは明らかにレオナの責任だ。なのに、ダイやポップに文句を言うなんて筋違いもいいところだろう。
 だが、そうと分かっていても文句を言うのを止められなかった。

「心臓が止まっちゃったりしたらどうしてくれるのよ!? ホント、人騒がせな真似はやめてちょうだいよね! あたしのか細い神経が持たないわよっ!!」

 わずか半日あまりの間に、レオナを襲った感情の変化の波はあまりにも大きい。
 あの不吉な夢から始まって、ポップの知らせを聞いた時の不安感や衝撃、そしてそれから一転した気が抜けるような真相の発覚。

 ポップやダイを問い詰めて、単にポップが床に寝そべって昼寝していただけだと知って、どんなにホッとしたか……。
 あまりにもその落差が大きすぎて、抑えようとしても感情が高ぶってしまう。

 そのせいだろうか。
 思う存分怒鳴り散らしてストレス解消するはずだったのに、レオナ本人にも意外なことに、ぽろりと涙がこぼれ落ちたのは。

「あ……っ!?」

「「……!?」」

 レオナ本人も驚いたが、ダイやポップの驚きっぷりはそれ以上だった。

「レッ、レオナッ!? ど、どうしたのっ!?」

 慌てふためき、自分の側に駆け寄ってくるダイに、レオナはなんでもないと言い返すつもりだった。
 だが、一度堰を切った涙を、自分の意思を引っ込めることはできない。むしろ、勢いよく溢れてしまう涙を隠そうと、両手で顔を覆って伏せるだけで精一杯だった。

 いつものように適切な判断や対処なんて、とてもできやしない。
 まるで、普通の少女のように顔を覆って泣き出したレオナに、二人の少年達もどうしていいのか分からない様子だった。

 世界を救った勇者と魔法使いもまた、ごく普通の少年であるかのように、泣く少女を前にしてオロオロと機嫌を取り結ぼうとする。

「え、えっと、ご、ごめんっ、レオナっ。よく分かんないけど、多分、おれが悪かったよ! おれ、もう床で寝たり、お城の廊下を走ったりドアを壊したりしないから、泣かないで! ほらっ、ポップも謝らないと!」

「あ、ああ。な、なあ、姫さん……? おれが悪かったから、何もそんな風に泣かなくても……あっ、いや、非難や文句を言ってるわけじゃないから! 次から気をつけるから、だから、もう勘弁してくれよ〜」

 うろたえつつも、レオナを気遣おうとしてくれる二人の少年の不器用な優しさが嬉しかった。
 いささか的はずれなのは事実だが、その勘違いぶりでさえ心地好い。

 だからこそレオナは、いっそう甘えてしまいたくなる。
 涙が完全に引っ込み、今のは泣き真似だったと言い張れる笑顔を浮かべられるようになるまでの間、一国のお姫様はただの少女に戻って泣いていた――。


 





「そういえば姫様、この間はダイ君達に何をおっしゃられたのですか?」

 そんな風にエイミが、それを口にしたのは騒動から数日後のことだった。
 アポロと連れ立ってやってきたエイミは、書類の受け渡しや報告などを終えた後、ふと思い出したようにそう聞いてきたのだ。

「え、何って……」

 少しばかりの気恥ずかしさを感じるのは、王女らしからぬ真似をしてしまったという自覚があるせいだろう。
 さすがにいい年をして、八つ当たり気味に泣きじゃくりました、だなんて側近に言うのは恥ずかしかったせいもあり、あの日のことは誰にも言っていない。

 真相を知っているのは、レオナとダイとポップの三人だけのはずだ。
 だが、あの日、三人揃ってしばらくの間、一部屋に籠もっていた事実に対して、周囲はレオナの思わぬ方向の解釈をしているらしかった。

「ポップ君の部屋を見張っている兵士とダイ君の家庭教師達が感激していますよ、あのお二人がここ数日、ものすごく行儀がよい、と。
 よくぞ諭してくださったと、彼らから感謝の言葉が届いております。
 今まで、他の誰が言っても全然聞いてくれなかったんですが……さすがは姫様ですね」

 ヒュンケルからも、姫に感謝を伝えてほしいと頼まれたとはしゃいで告げるエイミの言葉を、レオナはむしろ呆気に取られて聞いていた。
 と、エイミを補足する様に、アポロもニコニコしながら言葉を続ける。

「ええ。私も驚きました。
 あれ以来、ポップもちゃんと休養を取るようになりましたし、そのせいかずいぶんと体調もよくなった様に見えますよ。
 ダイ君も、ここのところものすごく慎重に廊下を歩いていますしね」

 まあ、慎重過ぎて泥棒が忍び足をしているみたいに見えるのが難ですが、と笑うアポロもまた、ダイとポップの反応がレオナの説教のせいかと信じて疑っていない様だ。

「本当に、なんとおっしゃられたのですか、姫様? 後学のために、ぜひお聞きしたいですわ」

「………………」

 予想を飛び越えて発生しているこの誤解に、レオナは戸惑わずにはいられない。

(なにこれ? すっごい買いかぶりというか、なんか嬉しくない方向に誤解されてないかしら、あたしって)

 この二人でさえこんな風に思っているのであれば、周囲の人間はなおさら、レオナがよっぽどきつい説教をダイとポップに与えたと思っているのだろう。
 それこそ、勇者や大魔道士さえ震え上がらせるほどの説教をかました、と――。

 16才の少女としては、少々……いや、少しどころではなく不本意な誤解ではある。
 だが、一国の王女としては、そう悪い誤解とも言えない。世界に名を知られた英雄二人に対して、パプニカの王女が大きな影響を与えることができるとアピールできるのは悪くはない。

 幸いにもと言うべきか、ダイもポップも真相を暴露するタイプでもない。女の子には妙に甘いところのあるあの二人は、レオナを泣かせてしまったのを気にして神妙に振る舞っているぐらいだ、間違ったって真相を言い触らしはしないだろう。

 素早くそう計算したレオナは、ニッコリと外交用の笑みを浮かべながら思わせぶりに言ってのけた。

「あら。軽〜く、注意しただけよ♪」

 その言葉は、掛け値のない事実だ。
 だが、誤解の上にその言葉を聞いた者にとっては、意味深に聞こえてしまうだろう。エイミとアポロが、なおさら感心した様に頷くのを見ながら、レオナはこっそりと笑いを噛み殺す。

「それより今日は天気もいいことだし、ベランダでお茶がしたいわ。ダイ君達も呼んでくれる?」

「はい、姫様。すぐに手配します」

 姫君のわがままをエイミとアポロはすぐに快諾してくれた。エイミとアポロはそれぞれが手配のために去っていく。それを見送りながら、レオナは懐かしい絵本の最後を思い出していた。


 





 ある日、お姫様は望みました。

「どんな願いも叶えてくれる、魔法使いがほしいわ」

 そして、お姫様の望みは叶いました。
 どんな魔法でも使える魔法使いが現れて、お姫様の望みを次々と叶えてくれました。
 ですが、どんなに願いを叶えてもらっても、お姫様はまだまだ満足しません。

 それに腹を立てた魔法使いは、魔法を使ってお姫様が望んだもの全てを消して、どこかに行ってしまいました。
 そして、お城も綺麗なドレスも王子様もなくなり、お姫様はたった独りぼっちになりました――。

 


 欲張り過ぎて、全てを失った愚かなお姫様――ただのおとぎ話にすぎないと、忘れるのは簡単なことだ。
 自分はそんな愚かな真似などしないと、思うだけなら容易い。

 だが、レオナは知っている。
 一国の姫には、欲張りと思われてもそうしなければならない時があるのだと。

(綺麗なお城? もちろん、必要だわ)

 ただ、住むだけならば城なんていらない。だが、それでは国民を導くことはできない。 有事が起こった際、そこを拠点に活動できる場所は必要不可欠だ。いざと言う時に動かせる人材をそろえ、また、有事の際に使うべき食料や財宝をためておくには、それなりの場所と広さが必要になる。

 どうしても、城は不可欠な存在となる。
 それが大きく立派であればある程、国民に与える安心感や影響力が大きくなることを思えば、立派な城であるに越したことはない。

 衣装だってそうだ。
 指導者が着る衣装は、その国家の財力を端的に示す秤になる。服道楽をする気が全くなかったとしても、この国は豊かだと誇示するために、国の上層部の人間は例外なく豪華な衣装を複数必要とするものだ。

 国家の安定のためには、しかるべき配偶者……つまり、王子も必要だ。
 ましてや、全ての問題を解決してくれる魔法使いが身近にいてくれるのなら、どんなに心強いだろう。

 全てが必要だし、全てが欲しい。
 おとぎ話のお姫様の強欲を、レオナは他人事のように笑うことなどできない。レオナとて、道を踏み外せば欲張りな姫として後世に伝えられる可能性は大いにあるのだから。

 だからこそ、このおとぎ話を決して忘れない様に心に戒めておきたいと、レオナは思った――。

 


「レオナーッ、きたよーっ」

 元気のいい声に見下ろすと、中庭を駆けてくるダイとポップが見えた。
 レオナの執務室は、中庭に面した一階に存在している。柵さえ飛び越えればそのままベランダ内部に入るのは簡単なのだが、そうしようとしたダイの手をポップが慌てた様に引っ張る。

「あっ、おいっ!?」

「あ、そうだった。ごめん、レオナ、今、ちゃんとドアから回るね」

 いつになく礼儀を気にして慌ててそう言うダイに、レオナは思わず笑ってしまう。

「いいのよ、それぐらい」

 礼儀的には、きちんとドアからノックして入ってくる方が正しい。だが、レオナは元々ダイやポップに――特に、ダイに対しては礼儀なんて求めてはいない。
 そもそも、そこまで欲張るつもりはないのだ。

 おとぎ話のお姫様の様に、王子や魔法使いに対して自分の望みを叶えつづけてくれ、なんて望む気はない。
 ただ、側に居てくれればそれでいい。

(欲張り過ぎは、身の破滅の元だものね)

「そりゃあ、ちゃんとしたパーティとかの時は礼儀を気にしてほしいけど、あたし達だけの時はそんなに気にしなくてもいいのよ? 早くいらっしゃいな、すぐにみんなも揃うわよ」

「そうなの? よかった」

「なら遠慮なく、お邪魔しぁーっす」

 あからさまにホッとした表情になって、ダイは自前の体力で、ポップは魔法でふわりと身体を浮かして、それぞれが柵を飛び越えてベランダに入ってきた――。


                                      END



《後書き》

 『日頃の行い』のおまけ話というか、レオナバージョンのお話ですv
 レオナの迫力溢れる説教にダイやポップが震え上がるというシーンは多いんですが、今回は珍しくもレオナが泣いちゃうという話になってます。

 叱られるより、泣かれる方がしんどいってのはあるような気がします。
 ところで、今回出てきた『欲張りなお姫様』のおとぎ話はでっちあげなんですが、元になった童話なら実はあるんです。

 欲張りな妻を持った漁師が、ある日、なんでも願いを適えてくれる魚をつりあげます(<-なんでもできるくせに、なぜ網にかかるんだか)

 逃がしてくれたなら願いは何でも適えてくれるという魚を、漁師は無償で逃がしてやるんですが、妻が「ただで逃がすなんて勿体ない! 願い事を叶えさせろ!」と何度となくせっつくんですよ。

 その結果、金持ちになったり、御殿に住んだりするのですが、あまりに欲深すぎて最後には魚に呆れられて全てを失うという落ちになっています。
 この話だけに限らず、欲深い妻と人がいい様でいて妻の言いなりな夫、という組み合わせでの願いごと叶えパターンって、童話ではいくつかありますね。

 

小説道場に戻る
トップに戻る

inserted by FC2 system