『二人と一人と一匹で』

 

「さあてっ、ついたわよっ!!」

 楽しそうにそう言って、レオナは馬の手綱を強く引いて止める。
 いや、正確に言うならば、止めようとした。
 だが、いささか乱暴な上にきちんとした乗馬の訓練を受けていないレオナの手綱捌きは、今一歩だったらしい。

 むしろ、走れとの合図かと勘違いした馬が再び走りそうになったのを、係員の男が必死になって止める。

「お、お客様っ、手綱はこちらにお任せをっ。お、おい、誰か手を貸してくれっ」

 男の声に、同じ制服を着た2、3人の係員がやってきて馬を宥め、繋ぎ杭の所へと連れて行く。
 馬や馬車がずらりと並ぶこの一角は、ベンガーナデパートの馬車置き場だ。

 遠方から来る客のため、客の買い物中は馬や馬車を責任持って預かるサービスを行っているのである。
 そのために専門の係員や警備員まで用意してある辺りが、ベンガーナデパートの並々ならぬ財力を示している。

 が、そんなことなど、レオナの荒い運転からやっと開放されたダイとポップにとっては、どうでもいいことだった。
 特に、乗馬にはあまり慣れていないのかポップは青ざめているし、ずいぶんとヘバッているように見える。

「た、助かった〜。や、やっと、ついたのかよ〜」

「ポップ、なんか顔がスライムみたいな色だけど、大丈夫?」

「そりゃあんだけ揺られりゃ、顔色も悪くなるっつーの。おめえ、よく平気だなぁ」

「だって、慣れてるもん」

 馬に乗るのは初めてだが、怪物の背中に乗って走り回るのはダイにとっては日常だ。デルムリン島では、それこそダイは毎日のように違う怪物達の背中に乗せてもらっては、島中を駆け回っていた。

 馬車よりもずっと揺れる上に安定感のない怪物の背中に比べれば、こんなのはどうってことはない。
 しかし、ポップの方はずいぶんとダメージをくらっているように見える。

「ピピピー?」

 ゴメちゃんから見てでさえそれが分かるのか、金色の小さなスライムは心配そうにポップの肩にまとわりついてパタパタと羽を震わせる。

「ああ、ヘーき、へーき。もう終わったんだし、馬車から降りりゃマシになるさ」

 ヘロヘロの声で言いながら荷馬車から降りようとするポップを、ダイは慌てて支えた。

「ポップ、危ないって」

 何しろ、ここは荷馬車の上だ。
 レオナの急な思い付きでベンガーナにきただけに、専用の馬車など用意されてなどいない。

 たまたま目に入った荷馬車を、レオナが見事な交渉で借りたのである。そのせいで乗り心地も悪かったが、乗り降りに関してもいいとは言えない。
 たいした高さではないとはいえ、本来、荷馬車の荷台は人が乗り降りすることを想定して作られてはいない。

 むしろ、勝手に荷物が落ちないようにしっかりとした囲いがつけられているため、その分乗降しにくくなっている。
 乗る時は魔法で身体を浮かしてひょいと飛び乗ったポップだったが、今は気分が悪いせいか魔法を使う余裕もなく普通に囲いを乗り越えて降りようとしていた。

 本人的には降りようとしているつもりなのだろうが、なにしろ足下がふらついているせいで見るからに危なっかしい。
 そのまま転がり落ちるのではないかと危惧して、ダイはポップを抱えたままひょいと馬車から飛び下りる。

 ダイからしてみれば純粋に親切心からしたことだが、ポップにしてみればその扱いはどうも気に入らなかったらしい。

「ちぇっ、女の子じゃあるまいし、一人で平気だっつーの」

 などとぶつくさと文句を言うポップに、ダイはちょっぴり不思議に思う。

「? ポップが女の子じゃないって、そんなの知ってるよ」

 なにしろ一緒にお風呂にも入った仲だ、性別を間違えるなんてことはさすがにない。だが、ダイのその答えにポップは大袈裟に溜め息をついて見せる。

「あーあ、そーゆー意味じゃないっつーの。そういうのはだな、普通、女の子に対してやるもんなんだよ」

「えー、そうなの?」

 思わずダイが首を傾げてしまったのは、今までの旅の経験のせいだった。
 ダイと、ポップと、マァムと。それにゴメちゃん。
 男の子二人、女の子一人にプラス1の旅を送ってきたが、その中で特に女の子を優先して庇ってきた記憶など、ダイにはない。

 と言うよりも、優先的に庇わなければならなかったのは、どう考えてもポップだった。 僧侶戦士のマァムよりも、魔法使いのポップの方が体力もなければ防御力にも劣り、動きだって鈍い。マァム自身もそれは知っていて、彼女の方がポップを庇っていたぐらいだ。

 今と同じように、降りるのが難しい場所にポップとマァムがいたとすれば、ダイは自然にポップの方に手を貸していただろう。
 だが、ポップは途方もなく間違った回答を受け取った教師のような顔をして、レオナの方へと軽く顎をしゃくって見せる。

「そーゆーもんなの! ほら、分かったらおれなんかよりも姫さんに手を貸してやれって」

 ポップのその言い分に、ダイは完全に納得したわけではなかった。
 荷台と違い、御者席は一応乗り降りがしやすいように作られている。それに、係員が足場になるようにと気を利かせてレオナの足下に踏み台を運んできたところだ。

 おまけに、馬車を止めるのに手を貸したようにいざとなれば手を貸すつもりなのか、係員は今もレオナの側に控えている。
 自分の手助けなんていらないんじゃないかなぁと思いながらも、素直なダイは言われるままにレオナの所へと行った。

「レオナ、大丈夫? 手、貸そうか?」

 そう声を掛けた途端、一瞬だけ驚いた顔を見せたレオナは次の瞬間嬉しそうに微笑んだ。

(あ、これでよかったんだ)

 その顔を見て、ダイにもストンとそう納得できる。

「ありがとう、お願いするわ」

 ごく自然な、堂に入った仕草でレオナはダイに手を差し伸べる。他人の手を借りるのを当たり前と考える、貴婦人ならではの態度だ。
 いかにもお嬢様なその優美な仕草に、さすがはお姫様とポップは妙に感心してしまう。

 もし、ポップがその手を差し出された側だったら、ちょっと萎縮してぎこちなくなってしまうかもしれない。
 が、ダイは全くそんなことは考えもしなかったようで、延ばされた手を無視してレオナの胴を掴む。

「きゃっ?」

 さすがに驚いたのか小さく声を上げたものの、ダイはお構いなしにレオナの胴を掴んでそのままふわりと持ち上げ、地面へと下ろす。
 そのせいで、レオナの身に付けていた薄絹がフワリと風に舞い、翻る。

 ダイ本人は意識してはいなかっただろうが、それはまるでダンスを踊っているかのように見えた。
 恋人同士と呼ぶにはまだまだ早すぎるが、お姫様と小さな勇者のどこか微笑ましい光景――だが、絵になる光景は一言の言葉でぶち壊しになる。

「あれ? レオナ、重くなった?」

「え?」

 ダイのその唐突な一言に、レオナは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、プウッと頬を膨らます。

「なによ、ダイ君! レディーに向かって失礼ねっ」

 女の子の体重を重いと発言するは、望んで相手を怒らせようとしているとしか思えないぐらい失礼な行為なのだが、生憎と言うか、ダイにはその辺の『常識』が皆無だった。
 突然怒りだしたレオナに、今度はダイの方がきょとんとした顔になる。

「失礼って、どうして?」

 ダイにしてみれば、今のはただの質問にすぎない。さっき、ポップに手助けをしたらなぜか機嫌を悪くされた理由が分からないように、今、レオナが不機嫌になった理由もダイには分からない。

「どうしてもこうしても、決まっているだろ。おまえなー、もうちょっと言葉を選べよー」

 呆れたようにポップが言われるのが、ダイにはなんとなく悔しいような気がする。
 ダイにはレオナがなぜ不機嫌になったのかまるっきり分からないのに、ポップには分かっているらしい。

 さっきだってポップはどうすればレオナが喜ぶのか、ダイよりも早く気がついていた。
 ポップの方が頭がいいのは知っているが、それでも自分の方がレオナとは前からの知り合いなのにと思うと、ちょっと悔しいと言うか、張り合いたいような気分にさせられる。
 そのせいもあってか、ダイは頑固に言い張った。

「だって、ホントにレオナ、重くなってたんだよ!」

 そう言い張るダイにレオナはますます膨れるものの、彼女が文句を言い返すよりも早く、ポップがひょいと口を出してくる。

「そういや……なあ、姫さん。あんたとダイが前に会ったのって、いつなんだ? けっこう前だったりするのか?」

 ポップの指摘に、レオナは軽く目を見張ってから、すぐに答えを出す。

「そうね……だいたい三ヵ月ぐらい前かしら」

「なんだ、それじゃあたりまえだろー。成長期なんだしさ」

「成長? って、背が伸びるってことだよね」

 ポップのその言葉に、ダイは改めてレオナを見返す。
 それが見上げる角度なのは、前と変わらない。
 ダイよりも二つ年上のレオナは、元々ダイよりも背が高い。しかし、まじまじと見ても、その差が広がったようには見えなかった。

「でも、あんまりレオナって背が伸びたように見えないけど?」

「そりゃ、単におまえも伸びたからそう思うだけだろ」

 あっさりとしたポップの一言だが、それはダイにとっては意外すぎる事実だった。

「え? おれが!?」

 慌てて、ダイはレオナにもう一度向き直る。
 確かに以前よりも差が広まるどころか、縮まっている。一度、自覚してみると、それは気がつかなかった方が不思議なぐらいだった。
 それに、表情を和らげたレオナがポップの言葉を保証するがごとく、後押ししてくれる。

「そうね、ダイ君は前と比べると結構背が伸びたわよ。会った時、びっくりしたもの」

「ホント?」

 ポップだけでなくレオナからも背の伸びを保証され、ダイは嬉しくなってしまう。
 レオナと初対面の時にチビだとからかわれて以来、背の高さのことはダイもちょっぴり気にしていた。

 ポップと会ってからもそうだが、出会う人がみんなダイよりも年上のせいか当然のように自分よりも背が高い人ばかりで、自分が一番小さいのは面白くないなとは思っていたのだ。

 それだけに、一番身近にいるポップや一番年齢の近いレオナが、口を揃えてダイの成長を認めてくれたのは嬉しい驚きだった。

「なんだよ、気付いてなかったのかよー。おまえさ、おれと会ってからだって結構背ェ伸びてるじゃんかよ」

 ポンと頭を叩かれるように手をおかれ、そのままくしゃくしゃと髪を掻きまぜる。

「んー、やっぱり前よりちょっと高くなってるよな」

「わわっ、ポップ、くすぐったいってば!」

 そう言いながらも、ダイはポップの手から逃れようとはしなかった。乱暴なようでいて、ポップの手はひどく心地好い。
 むしろ、その手が遠ざかるのが惜しいと思ったぐらいだった。

「それにさ、最近はおまえ靴を履く時だって苦労してんだろ。足だってでかくなってきたんじゃねえの?」

 言われてから初めて気がついたが、そう言われればポップの言う通りだ。
 ここのところなんだか靴が急にきゅうくつになってきたような感じで、履くのに時間がかかるようになってきた。
 それも成長の証しだと保証され、ダイはきらきらと目を輝かせる。

「そっかあ! おれ、おっきくなってきたんだね!」

「まっ、まだまだおれよりも全然チビだけどよ〜」

 ポップのからかいも、ダイの喜びに水を差すにはいたらない。嬉しそうにニコニコ笑っている勇者と魔法使いのじゃれあいを、レオナは少し、目を細めながら見つめていた――。






(ふぅん、意外よね。結構、見る目があるのね〜)

 頼りなさそうな魔法使い。
 それが、レオナのポップに対する第一印象だった。助けられておいてこう言うのもなんだが、レオナはポップを高評価しているとは言いがたかった。

 バルジ塔でも、ダイの活躍と比べてポップはほぼ何もしていなかったように見えたし、戦いが終わった後の細やかな戦勝パーティでの印象も薄い。

 かつては敵だったヒュンケルを庇おうとしたマァムの優しさの方が際立って見えたし、ヘラヘラとした調子のよさや軽さはレオナの目にはあまり感心すべき長所には見えなかった。

 ダイの友達だと聞かされなければ、積極的に知り合いになりたいとさえ思わなかっただろう。
 ポップがマァムに片思いしているのを知った時だって、本気で応援すると言う程に好意的な感情や親しみを感じていたわけではない。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、マァムを狙うのはポップにはいささか無理目なんじゃないかと思っていた。
 マァムとは深く知り合える程時間はなかったが、それでもレオナは彼女の人となりを一通り観察はできたつもりでいる。

 仮にも王女と言う人を導く地位にいるのだ、レオナには人を見る目にはそれなりの自信もある。
 レオナの目には、マァムは信頼に足る生真面目さと正義感を持った少女として映った。

 それはそれで希有な長所ではあるが、反面、しっかりとしていて恋愛にあまり関心がなさそうなタイプにも見えた。
 そんなマァムとお調子者のポップは、いささか釣り合わないんじゃないだろうか……悪気ではなく、そう思う。

 ダイと二人っきりで買い物に出かけようと思っていたのに、一緒にポップもついてきた時は嬉しいと思うよりも正直言って邪魔だなと思ってしまう程度の認識しかなかった。
 だが、実際にダイとポップと共に行動してみて、改めて分かったことがある。

(ダイ君が、ポップ君を気に入るわけよね)

 ポップの観察力は、かなり高いようだ。しかも空気を読めるタイプというのか、他人が言ってほしい言葉やしてほしいことを敏感に察知する。
 それでいてその行動は少しも押し付けがましくなくて、自然なのだ。

 見逃してしまいそうなほど当たり前に、ポップはダイにもレオナにもちょっとした助け手を分け与えてくれた。
 そのおかげか、照れやぎこちなさを感じることなくこんなにも和む気持ちになれる。

 もし、ダイとレオナの二人っきりだとしたら、女の子の扱いを全然分かっていないダイに対してレオナがちょっとばかりわだかまりっぽい感情を抱いたり、逆にダイがレオナが意味不明なことで怒っていると不満を抱いたり……最悪の場合、そんな展開になったかもしれない。

 だが、ポップはダイとレオナの両方にとって嬉しくなる言葉をくれた。まるで魔法でも使ったかのような見事さには、感心してしまう。
 そして、もう一つレオナに意外だったのが、ポップの呼び掛けだった――。

「さて、そろそろ行こうぜ、姫さん。デパートの入り口ってのは、あっちでいいのかい?」
 いかにも気安いその口調を、レオナは上機嫌のままで聞くことができた。

(不思議と、嫌な気がしないのよね)

 王女であるレオナに対して気さくに話しかけられる人間は、ごく少ない。天衣無縫な野性児であるダイでさえ、レオナが王女と言うことを意識してかしこまった口調を使った時があった。

 だが、レオナにしてみれば親しい友達から『姫』と呼ばれるのは、好きではない。まるで、一本の線を引かれているかのように距離を置かれているようにを感じてしまうからだ。
 しかし、ポップの『姫さん』と言う呼び掛けには、そんな遠慮や距離感など全く感じられない。ついでに敬意のかけらも感じないが、まあそれは最初から求めていないので、もっとどうでもいい。

(ふぅん……あたしの見込み違いだったのかしら、いろんな意味で)

 改めて、レオナはポップを見返さずにはいられない。
 自分の中の第一印象が覆されていくのを、レオナは興味深く感じていた。
 それは、ある意味で嬉しい驚きだ。

 人を見る目があるからこそ、レオナの第一印象はそうそうめったなことでは外れない。だからこそ、それを覆す人に出会うのは新鮮でさえある。

(もしかすると、お邪魔虫どころかとんだ掘り出し物な可能性もあるかもね)

 久しぶりにダイとゴメちゃんと一緒に、ちょっとした冒険気分を味わいたいと言うワガママから始まったこのベンガーナ旅行が、がぜん面白みを増したように感じられた。
 三人と一匹で買い物を楽しむのも、それはそれで面白そうだ。

「ええ、あっちよ。さ、ダイ君もポップ君も行きましょう! もちろん、ゴメちゃんもね」
 笑顔で答えながら、レオナはダイとポップを促して歩きだした――。


                                      END



《後書き》

 これはバラン編寸前の、ベンガーナデパートにダイとポップとレオナで出かける時の捏造隙間話ですv
 原作では馬車からデパートへ即移動しちゃっているので、たった一コマの間に起きた時の設定のお話になりますが(笑)

 でも、原作では特に書かれていないところで、キャラクターがこんな風に考えているのかな〜、こんなことをしたかもな〜、などと想像するのが楽しくてあれこれと捏造しまくっています。

 前にダイとポップとマァムの三人+1匹の旅話を書いたことがありますが、マァムがレオナへと交替する三人旅も好きなので、この時期の話も色々と書きたいですね〜。

 

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